( ^ω^)マインドB!のようです

5話

157 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:08:20 ID:KkHzngcI0
l从・∀・ノ!リ人「デレちゃーん、こっちこっちー!」

ζ(゚ー゚*ζ「わぁっブランコやるやる!デレこっちね!」


ニューソク町から2駅離れた、シベリア町のラウンジ公園。


小さく寂れてはいるが、遊具は十分にあるこの公園で
妹者とデレが、元気いっぱいに声を張り上げ、楽しそうにはしゃぎ回っている。


(´<_` )「……ふぁ」

そんな2人の様子を、公園隅に設けられた大きな木の下のベンチで見守るのは
学校が終わった後、電車に乗って妹者を連れてきた弟者だ。


手元には時間潰し用の文庫本を持ちながらも、実際そちらにはあまり目をくれず
若干眠そうに目を擦りながら、遊びに夢中の2人を眺めている。

159 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:11:00 ID:KkHzngcI0
ζ(^ー^*ζ「わー、すごく高いよ!お空に飛んでいきそう!」

l从・∀・ノ!リ人「妹者も負けないのじゃ!」


小学4年生の妹者と、精神年齢が丁度それくらいであるデレの2人は大の仲良しだ。

デレは週に一度は妹者とこうして公園で遊べるよう、ツンと約束している。


その為、ツンはこの公園に来てデレへと人格交代し
何かあった時の為に弟者が2人を見守るという形を、VIP校に入学した一昨年からずっと続けていた。


自分達の暮らすニューソク町にもここより大きく、より手入れされた公園はある。

だが、毎回わざわざ電車に乗って2駅離れたシベリア町まで来るのは
ツンがそれを強く望んだからだった。

160 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:11:40 ID:KkHzngcI0
今「デレ」である彼女はああやって幼い子供同様にはしゃぎ、走り回ってはいるが
外見はVIP高校2年・津田ツンのままなのだ。

年頃の女の子、加えて優等生でプライドも高い彼女としては
同じ高校に通う生徒達や地元の人間に見られるのを恥ずかしがり、それを嫌がるのは当然だろう。


ツンの気持ちを考慮して、弟者も何も文句は言わず
こうして妹者を連れてきては、彼女らのボディガード役に徹している。


もちろん、今は制服ではなく、一度家に帰って着替えてきたツンは
汚れたり走り回っても良いよう、安物のジーンズにラフなTシャツと、ばっちり公園用の装備を固め
今は静かにデレの意識の底へと身を沈めていた。


それに、プライバシーな問題を除いても
子供も近所にはあまり住んでいないらしく、学校終わりの昼下がりの時間になってもそれほど賑わわず
弟者が妹者とデレの姿を見失わない、大きすぎる事の無い丁度良い広さのこのラウンジ公園は
ツンにとっても弟者にとっても、幼い2人の子を安心して遊ばせる事が出来る最適な場所なのだった。

161 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:12:46 ID:KkHzngcI0
(´<_` )「……」


弟者の意識の奥底でもう1人、その遊びに加わりたがっている大きな子供がいた。

今日一日、弟者によって謹慎を強いられた兄者だ。


学校という窮屈な場所からやっと解放され、2人の楽しそうな笑い声を聞いて
自分もはしゃぎたくてたまらないのだ。


だがここで彼が意識上に現れる事はない。

昼食の時のように、弟者が油断するのを待ち
隙あらば浮上しようと狙っている気配も感じられない。

162 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:15:42 ID:KkHzngcI0
それを十分理解しているから、弟者もあえて気を張る事はせず
あたかも兄者と並んでベンチに腰掛け、公園を眺めているかのように
普段通り平穏な心持ちを保つ。


『……』


脳内を反響する、いつもの喧しい軽口も聞こえず
ただ弟者の目を通してデレと妹者の様子を眺めている兄者。


その沈黙からは、誰よりも兄者に近い筈の弟者でさえ感情をよく読み取る事が出来なかった。

163 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:17:02 ID:KkHzngcI0


デレが、週に一度はこうして公園で思いきり遊ぶという約束を、ツンと交わしているのと同じように
弟者にも、お互いが上手くやっていける為にマインドBの兄者と約束しているルールがある。


それは、妹者とは月に3度、それも弟者と母者の承認の上でしか会ってはいけない事。
そして、妹者の前で人格交代はしない事。

この2つだった。


マインドBという複雑な疾患を理解するには、妹者はまだ幼すぎるからだ。

今はこうして、マインドBであるデレと友達として自然に接する事が出来ている妹者だが
それが身内であれば事はそう簡単にはいかない。

164 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:20:23 ID:KkHzngcI0
慣れ親しんだ兄が、物静かな口調で至極平穏に過ごしていたかと思えば
次の瞬間には子供のように突拍子の無い行動を取り、それまでしていた事を忘れ
記憶も、性格も、感情も、何もかも全くの別人となってしまうのだ。


最初に誰もが心配したのは、幼い妹者に混乱が生じ
精神的なショックを与えてしまう事だった。

家庭内でどちらかの親がマインドBを発症した場合
その子供の心のケアが必要になってくるケースも少なくは無い。


それが身近な近親者であればある程、当人の中に存在する、相反する2つの人格を
周囲が理解し受け入れる事は容易な事では無いのだ。
小さな子供なら尚のこと。


大人でさえも受け入れ難い、わけの分からない状況に、心と感情がその重荷を背負いきれず
幼い心に傷をつけてしまうかもしれない。それが大人達の危惧した事だった。


そこで、小学6年生の弟者にマインドBの症状が発覚した時
診断を下し、担当した精神科医と家族との間でその”ルール”は設けられた。

以来隙在らば周囲の目を盗み、盟約を破棄して妹者に会おうとする兄者に、皆は手を焼く事となる。

165 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:24:04 ID:KkHzngcI0
だが……

誰よりも兄者の事を大切な家族として、2人目の兄として慕っている妹者に
これ以上下手な嘘を吐いて誤魔化すことに、一体何の意味があるのだろうか?


弟者にマインドBが発症した時、ほんの幼児だった彼女ももう小学4年生。
今年で10歳になるのだ。

そろそろ大人達も、下手に隠す事をやめ、妹者に全てを明かし
ぼやかしてきた部分を、鮮明にさせる必要があるのではないか。


時が経ち、2人を取り巻く周囲の人々の認識は変わった。


妹者はおおらかな心を持つ優しい子供で、
何よりマインドBの兄者やデレに柔軟な理解を示す事が出来ているじゃないか。

妹者なら大丈夫。幼い彼女を守る努力をする期間はもう終わったのだ。

そう、誰もが思うようになった。

166 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:25:21 ID:KkHzngcI0
そこで今、ルールを解除する時期について
弟者と母者、ブーンの3人とで会談が行われている。

弟者の兄者に対する理解と、教師としての立場から見たブーンの判断を軸にして
話し合いは良い方向に進んでいた。


確かに兄者は稀にルールを破り、問題のある行動を起こす時もあるが
それも戒めるべき悪意は無く、兄者にしてみればほんの悪戯感覚と、純粋な愛情からくるものに過ぎない。

それに、一見自由奔放で無責任な性格ともとれる兄者だが、
彼の、弟者と妹者の兄としての責任感にはブーンも一目置いていた。


例え制限が外れたからといって、彼は決して暴走したりやりすぎたりしてしまう事は無い筈だ。

兄者は今までと変わらず弟者と妹者の良き兄でいてくれる。それがブーンの見解だった。

167 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:26:39 ID:KkHzngcI0
そして母者も、本心では自分のもう1 人の息子として兄者を受け入れ
彼が他の子供達と同じように、家族の一員としてごく自然に扱われる事を望んでいる。


もうすぐ、早ければ妹者が10歳の誕生日を迎える頃には
兄者も妹者の兄として、自由に毎日彼女と顔を合わせ
兄妹としてごく自然に日々をその傍で過ごすという、ささやかな日常が実現できるかもしれない。


そうなってくれたなら兄者はもちろん喜ぶし、弟者も嬉しい。

兄者が真に妹者の事を大切に思っている事を、誰よりも知っているからだ。

168 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:27:29 ID:KkHzngcI0

l从・∀・ノ!リ人「ちっちゃい兄者ー!」

(´<_` )「ん、どうした?妹者」

l从・∀・ノ!リ人「ぎっこんばったんするのじゃ!ちっちゃい兄者、早く早く!」

(´<_` )「あー、はいはい」


手招きする妹者の後ろでは、デレがシーソーの片側に座ってにこにこと待っていた。


いくら心は同い年同然といっても、デレの体は女子高生のそれ。

決して彼女が重いと言っているわけでは無いが
妹者とデレがシーソーをしても重さが吊りあわず、あのギッコンバッタンが成り立たないのだ。


妹者に手を引かれ、本を鞄にしまい腰をあげる。

169 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:28:45 ID:KkHzngcI0
(´<_` )「2人とも、しっかり乗ったか?」

l从・∀・ノ!リ人「ばっちぐなのじゃ!」

ζ(^ー^*ζ「弟者おにいちゃん早くー」

弟者が長い木の板の片方に跨り、デレと妹者はもう片方に2人一緒に座った。
これが、3人でするいつものシーソースタイル。


そろそろこの公園内も、学校帰りの小学生や小さい子を連れた親御さん達で僅かながら賑わってきた。
少し恥ずかしい気もするが、2人の笑顔の前ならそんな取っ掛かりなどいくらでも捨てられる。

(´<_` )「よし。いくぞー」

l从*・∀・ノ!リ人「きゃー」

ζ(^ー^*ζ「あははは!」



高校生の男女と、小さな女の子1人。
楽しそうにシーソーに乗って笑う、3人の姿が微笑ましかった。

170 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:31:16 ID:KkHzngcI0

(;^ω^)「ですから先程から申してます通り、うちの学校ではそれは出来ないんですお」

応接室にて、ブーンは先程から何度目かのNOの返事を喉の奥から押し出した。


(゜д゜@「どうしてですか!?私はただこの子を元のタカラちゃんに戻してほしいだけなんです!」

(,,゚Д゚)「……」


ソファから立ちあがらん勢いで、すごい剣幕で迫る中年女性はなおも早口でまくしたてる。

その隣では、だるそうにポケットに手を突っ込んだ目つきの悪い男子が
そんな彼女を睨むようにしてソファに身を沈めていた。


マインドBを発症したという息子を、半ば引っ張るように連れてきて
ブーンの力を頼りに学校へと訪ねてきた母親。
その息子は、心底うんざりしている様子を隠そうともせず、怒りを含んだ黙りを決め込んでいる。


ブーンがマインドBクラスのある3階から降りてきて、応接室に姿を見せた時から
挨拶もそこそこ、ずっとこの調子だった。

171 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:33:32 ID:KkHzngcI0
(゜д゜@「早く、うちのタカラちゃんを元に戻して下さいって言ってるんですよ!
     先生のクラスはマインドBを発症した子を正常に戻して
     世に送り出す為の特殊学級なんでしょ?」

(;^ω^)「違いますお。このクラスでの方針と目的はあくまで治療ではなく
     人格それぞれにコントロール能力を身につけさせて、同じ体を持つ2人の人間として
     円滑に社会生活を送れるようにする事ですお」

あまりの剣幕に若干押されながらも、これ以上相手を刺激しないよう気をつけて
その誤った認識を訂正する。


マインドBという症例自体非常に稀少で、まだまだ世の中への浸透率も低いのだ。

その治療方法についても、正しい理解が得られていないのはある意味当然だった。

172 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:39:43 ID:KkHzngcI0
(゜д゜@「2人の人間?何言ってるんですか!タカラちゃんは、私のタカラちゃんは……」

だが今の彼女にはブーンの言葉は届かないようだ。
鬼気迫る様子でまくしたてる女性の隣から、舌打ちが聞こえる。

(,,゚Д゚)「……っせぇなぁ、クソババァ」

(゜д゜#@「!ほら!うちのタカラちゃんはいつもニコニコ笑ってる優しい子で、こんな言葉絶対に使いませんよ!
      こんな人はうちの子でもなんでもありません!早く消して!!」

(;^ω^)「お母さん、やめてくださいお。マインドBも一人の人間なんですお。
     本人の目の前で、彼の存在そのものを否定するような発言は控えてくださいお」

174 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:42:20 ID:KkHzngcI0
(゜д゜@「何言ってるんです先生、マインドBに人権が認められていますか?いないでしょ?
     これは病気なんですよ。病気なら治すのが筋の通った対処法ってもんでしょ!」

( ^ω^)「……確かに、マインドBが認識され初めてまもない頃は、
     後に生まれたもう一人の人格を消す―――
     そういう治療方法が主流となっていた時代もありましたお」


急き立てる女性に対し、ブーンは落ち着いたトーンで説明し始めた。


( ^ω^)「でも、実際その方針を取ったマインドB完全治癒成功率は極めて少なく、
     かえって人格間の相互関係に混乱を招き
     本人達に悪い影響を与える結果となる事態が勃発したんですお」

175 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:44:24 ID:KkHzngcI0

( ^ω^)「人格を消すという事は ひとりの人間を殺す事も同じ」

普段と変わらない柔らかな声の調子。
しかしその言葉には、確とした重みがあった。


( ^ω^)「自分の存在が消されると知った当人は当然恐怖を抱き、
     その恐怖は自然と憎しみや敵意へと変わってしまう」

( ^ω^)「お互いどちらが生き残れるかの生存競争の相手として認識させ、関係を拗らせるよりは
     信頼関係を築き、協力し合って生きる力を身につけさせる。
     それが、この病気と向き合って生きていく、現時点での最も良好な手段なんですお」

176 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:47:09 ID:KkHzngcI0
(゜д゜@「……それって結局病気をそのまま見て見ぬフリしてやりすごすって事でしょ?
     先生はそれでもマインドBの専門カウンセラーですか!?」

なんとか理解して欲しいという、ブーンの切実な訴えは彼女の心を素通りしたようだ。


変わらず続く糾弾に、あからさまな溜息をついてギコが横から口を挟む。

(,,゚Д゚)「先生、こんな分からず屋のババァに理屈説いたって無駄だぜ。
    ちゃんとした病院も行ったんだ。何軒もな。でも聞きゃしねーんだから」

(゜д゜#@「あんたは黙ってなさい!」

(,,゚Д゚)「タカラの奴、もうこいつの声は聞きたくないって引っ込んじまって出てきやしねーんだ。
    おかげで俺が文句の引き受け番だ。耳がおかしくなりそうだよ」

178 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:49:58 ID:KkHzngcI0
( ^ω^)「……ギコ君、だったかお?君のことを話してくれるかお?」

(,,゚Д゚)「話すことなんか無いよ。ババァは始終こんな調子だし。
    どこへ行ったって、誰も俺の事をまともな人間として扱おうとしない。もううんざりだ」

( ^ω^)「僕のクラスではそんな事は無いお。
     ここでは基本人格もマインドBも、それぞれが1人の生徒として過ごしているお」

(,,゚Д゚)「先生のクラスの事は聞いたけどさ。……そんな事信じられねーよ」

( ^ω^)「さっきも言ったおね?
     同じ体を持つ2人の人間として、みんなに認められるようになるって。
     社会に出て、そう出来るように手助けすることが、僕のクラスの目的なんだお」

(,,゚Д゚)「……本当にそんなこと出来るのかよ?」

( ^ω^)「少なくとも、今の君の助けにはなれるお。
     そうだ。ギコ君が良かったら、一度うちのクラスの子達と会ってみるかお?」

( ^ω^)「みんな、ギコ君と同じマインドBの子達なんだお。
     僕もなんでだって話を聞くし、きっと、少しでもギコ君の力になれると思うお」


(,,゚Д゚)「……」

180 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:53:43 ID:KkHzngcI0
(゜д゜@「結構です!こんな学校にうちのタカラちゃんを入学させたりしないわ!もう帰ります!」

(,,゚Д゚)「!」

(;^ω^)「お。でもお母さん。ギコ君とタカラ君には、何かしらのサポートを受ける必要が」

(゜д゜@「もっと大きくてちゃんとした治療をしてもらえる病院に行きます!
     ほら、さっさと行くわよ、立ちなさい!」

(#゚Д゚)「……!」

ガタン!!


(#゚Д゚)「っせぇババァ!もうこんな無駄な診療所巡り、飽き飽きなんだよ!」


バン!!


机に強く両手を叩きつけ、荒々しく立ちあがると
ブーンが反応する間も無く、乱暴に戸を開け放ち、ギコは走り去ってしまった。

181 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:55:13 ID:KkHzngcI0
(;^ω^)「あ、ちょっギコ君!待ってくれお!ギコくーん!!」


(゜д゜@「………」


(;д;@ ブワッ


(;д;@「……もうあんな人知らないわ!
     私のタカラちゃんを返してよ!!」


(;^ω^)「お、お母さん!?待って下さいお!!せめて連絡先を―――!!」


居た堪れない空気が数秒。そして、突然泣き出した母親までもが
部活で遅くまで残っている生徒達が目を丸くする中、脇目も振らずに廊下の彼方へと姿を消した。

182 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:56:11 ID:KkHzngcI0

(;^ω^)「……Oh……」

親子が去り、1人取り残された応接室。


唐突な事態に呆気に取られ、身動きできないブーンに代わって
追うのは無駄と判断したロマネスクが、やれやれ、といった様子で元の席へ腰を降ろした。

(;ФωФ)「凄まじい剣幕のご婦人であったな。我輩耳が痛いわ」

一つ深く息を吐くと、柔らかいソファに身を沈め
痺れてしまった聴覚を正常に戻そうとするかのように、軽く首を振る。

流石の猛将・ロマネスクも彼女の剣幕には気押されてしまったようだ。


最も彼がその場をブーンに任せ、親子との話し合い中一切姿を見せなかったのは
何もあのオバサンの迫力に萎縮し逃げ腰になったからという理由では無く
それぞれの担う役割というものを、端然と踏まえているからなのだが。

183 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 17:58:34 ID:KkHzngcI0
(;^ω^)「2人とも行っちゃったお……。なんてこったい」

( ФωФ)「結局こちらからは何も手は出せず、か」

テーブルに並べられたまま結局誰も手をつけなかった、来客用の良質の茶に手を伸ばし
ブーンに出されたそれを啜る。
渋い。


( ФωФ)「だがあそこまで取り乱すのも、無理は無い事かもしれんな。
       実の親御であれば尚更だ」

( ^ω^)「だお。一概にあのお母さんの言う事が間違ってるとも言えないお」

( ФωФ)「ああ。
       ……難しいことであるな。全てを受け入れろというのは」

( ^ω^)「無理もないお。
     特に身内にとっては、それまで普通に暮らしてた家族が
     いきなり全くの別人になっちゃうんだから。
     すぐにそれを受け入れろって言っても、無理な話だお」


( ФωФ)「ふむ。……マインドBが、ただ障害としてでは無く
       一つの個性、個人として認められる世の中になればいいのだが」

( ^ω^)「それを実現させるのが、教師を目指した時からずっと僕の、僕らの目標だお!」

( ФωФ)「うむ。もちろんである」

184 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:00:06 ID:KkHzngcI0
( ФωФ)「しかし、あのギコという少年が気になるな。
       あのままではとても、まともな治療やセラピーが受けられるとは思えん」

( ^ω^)「でも結局連絡先も何も分からずじまいだったお……」

( ФωФ)「ああ。だがあの2人、既にいくつかの治療機関を巡回済みのようであったな」

( ^ω^)「……お!」

( ФωФ)「この町付近の心療関係の知り合いをあたれば、
       ギコの情報を掴む事が出来るかもしれんぞ」

( ^ω^)「だお!その可能性は大だおね。
     さっすがロマネスクだお。さっそく何人かに電話してみるお!」

185 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:00:55 ID:KkHzngcI0
道が見えなくなってしまったと思った時でも、ロマネスクがいれば心強い。

ブーンは元気を取り戻し、鞄から取り出した手帳をパラパラと捲った。

そして、例え自分の生徒でなくても、助けを必要としている子供がいれば放っておけない。
そんなブーンの御節介焼きに手を貸すのも、ロマネスクは悪い気はしなかった。


ブーンの力になれる事がいつも誇りだった。

これから先もずっと、自分にとってもブーンにとっても、それは変わらないだろう。

187 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:03:24 ID:KkHzngcI0


( ・∀・)「やぁ!君、ギコ君って言うんだろ?
      君の事は知っているよ。君が何を必要としているのかもね」



怒りに任せて学校を飛び出してからどれ位経っただろう。もう日も暮れてきた。

行く当ても無ければ、帰る場所だってどうせ無い。
ぶつけようの無い苛立ちを、ふつふつと沸き立たせながら
馴染みの無い町をぶらついていた、ギコの目前。



いやに馴れ馴れしい声音で自分の名を呼ぶ男が、電柱に寄りかかって笑っていた。

188 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:06:15 ID:KkHzngcI0
その男の存在で真っ先に目を惹いたのは
まったく傷んでいる様子の無い――天然色なのかもしれない――月の光のような金髪。

外見的には、20代後半といったところだろうか。いや、もっと若いかもしれない。

イケメン。
彼の容姿をなるべく短く、簡素な言葉でまとめる必要があるとするなら
そのカタカナ四文字で充分事足りるだろう。


だが、決して大口というわけでも無いのに
固まったまま貼り付けられたような、笑っている口だけが
その整った顔の中でやけに強く存在を主張していて、その、どこか作りモノのような笑みが
美形の優男という単調なイメージに、アンバランスな不自然さを生み出していた。


(,,゚Д゚)「ああ……?」

怪訝な表情で男を見やるギコの前、それは軽やかに柱の影から躍り出た。

189 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:08:00 ID:KkHzngcI0
( ・∀・)「完全なひとりの人間になりたくはないかい?
      もう二度と誰からも、君がただの分裂した人格だの、想像の産物だなんて言わせないよ」

(,,゚Д゚)「あんた誰だ?」

( ・∀・)「名前なんて大した意味は無いが、今は、モララーと名乗っておこうかな。
      君を助ける事が出来る人間だ」


モララーと名乗るその男の美しさや、爽やかでカリスマ性のある外見と反して
口から出てくる言葉ははっきり言って胡散臭さMAX。
心の警報がたちまち喧しい音と光を出して騒ぎ出した。


(,,゚Д゚)「?……あんた精神科医か?セラピスト?」

もしくは詐欺師かペテン師か。そうでなければ頭のイかれた宗教団体の勧誘か?

190 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:10:05 ID:KkHzngcI0
(,,゚Д゚)「ふん、本当にそんなこと出来るのかよ」

( ・∀・)「僕なら君にそうしてあげる事が出来るよ。君だけが本当の人間になる。
     もう、人の影にコソコソ隠れて出てこようとしない意気地無しや、
     君の事を認めようとしない、あんな女に付き合うのは嫌だろ?」



――――“あんたは人間じゃないわ!!”



赤の他人である女の金切り声が、耳の奥で劈いた。


まったく予期しなかった電流。

不意を突かれ、警戒と不信感に身を固めていたギコは―――
その思いがけないショックに、築きあげた防壁に微かな穴隙を穿ってしまった。

192 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:13:05 ID:KkHzngcI0
(,,゚Д゚)「……タカラはどうなるんだよ?」

( ・∀・)「君がそんな事を考える必要は無いさ。彼は不要な人間だ」

(,,゚Д゚)「どういうことだ?」


( ・∀・)「君がこの世に現れたのがその証明さ。マインドBは新人類なんだ。
      この世界に相応しい、真の人間こそがマインドBであり君だ。
      もう1人は不要になったんだよ。だからこの世界には、新たに君が必要となった。
      そうだろ?」


(,,゚Д゚)「……」



やはりこの男は怪しい。というか多分、頭がおかしい。
言ってる事はわけが分からないし、そのツクリモノじみた笑顔からは
どことなく危険で、不穏なオーラさえ感じる。

193 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:16:32 ID:KkHzngcI0
……なのに、心の奥底では
この男の言葉に惹かれはじめているのは何故だろう。



俺だけが ほんものの人間になる。



―――駄目だ、飲み込まれるな。
ギコは軽く頭を振った。

194 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/28(木) 18:17:42 ID:KkHzngcI0
(,,゚Д゚)「……よく分かんねーけど」

(,,゚Д゚)「でも、あの学校の先生は、俺達が2人の人間として生きていけるようになるって言ってたぞ。
    その手助けをしてくれるって」


( ・∀・)「ははっ!そんなこと信じちゃいけない」

( ・∀・)「そう言って油断させながら、君を消してしまうつもりだよ」


(;゚Д゚)「……!」


( ・∀・)「そんな言葉を信じちゃいけないよ。奴らの言うことはなにもかも」



ただの、キレーゴトなんだから。





そう言って、宵の空に輝く金色の髪をした男は、三日月のように笑った。

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