( ^ω^)マインドB!のようです

4話

136 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:35:36 ID:JuAeFwpM0
( ^ω^)「久しぶりだおね、ショボン」

茜色に染まる放課後の教室。

昼間の賑やかさとは打って変わって、静けさに包まれた広い教室内は心なしか薄暗く
ただ遠く聞こえてくる、部活動に勤しむ生徒達の威勢良いかけ声が物寂しさを紛らわしてくれる。

そんな中でただ二人、机をくっつけて対峙する形となった、僕ともう一人の生徒。
僕の向かい側には、どこか儚げな印象を受ける猫背気味の男子学生が座っていた。

(´・ω・`)「……」

控えめに下がった眉が特徴的な、彼の名前は八又ショボン。

シャキンの基本人格である彼は、正真正銘、ここvip高等学校の三年生である。

137 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:37:31 ID:JuAeFwpM0
今日こうして彼との面談の場を設けたのは、通常の学校生活の時間内で
シャキンの協力無しに彼と直接話をする事が極めて難しいからだ。

厳密に言えばショボンは僕の担当する生徒では無い。
だが当然、だからといって彼に何も干渉しないというわけにはいかない。
基本人格とマインドB、二人の人間の協力無くして問題の解決は在り得ないのだ。

そしてその解決するべき、ショボンが現在抱えている大きな問題は
彼が極度の対人恐怖症であり、人前に現れる事を異常に恐れる事だった。

それが弊害となって、マインドBクラスでの授業時間以外でも
ほとんどシャキンに実世界での行動を任せている状態が、中学の時からほぼ三年間も続いていた。

138 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:38:38 ID:JuAeFwpM0
マインドBクラスでのシャキンの出席状態は完璧といっていい。

遅刻することもなく、毎日欠かさず出席し、成績も優秀。
精神年齢は高校生の域を超え、頼もしくリーダーシップ性のある性格で
クラスのみんなから親しまれる兄貴的存在だ。

だが、彼の基本人格であるショボンが所属するクラス―――
―――3年C組での八又ショボンの出席状態は酷いものだった。

学習面での能力は決して低くはない。
単純な成績だけを見れば、シャキン同様聡明で優秀な生徒と言ってもいい。
ただ、彼が授業時間中ペンを握り教師の声に耳を傾け
正当な評価を教師につけさせてくれることが出来たならばの話だが。

実際はほとんどの授業をシャキンが受け
家に帰った後、彼の部屋で人格間での特別授業が施されている模様だった。

139 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:41:11 ID:JuAeFwpM0
大多数の人間が押し込められた狭い教室内で
授業終了までの1時間、意識を保ち続けることは彼にとって非常に難しい責務なのだ。

そのため授業と同様、テストや試験もショボンは滅多に受けようとはしない。

結局のところ彼の代わりとしてシャキンが受けることになるのだが、
彼がショボンのフリをして授業に出たり、代わりにテストを受ける等といったことは決してしない。

正々堂々がシャキンのモットーで、そういった『ズル』行為は彼が極めて嫌うものなのである。

出席時にショボンの名前を呼ばれればきちんと、自分は八又シャキンであると授業担任に訂正させ
回収された答案用紙には、大抵の場合『八又シャキン』の名が書かれているのだが、
マインドBクラスに所属する生徒の成績を評価することは出来ないので
教科担任の教師はほとほと困って、結局ショボンの成績にしてしまう。

140 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:43:47 ID:JuAeFwpM0
この学習体勢を含めた今の生活が、ショボンにとって、そしてシャキンの双方にとって
良い結果をもたらさない事は誰が見ても明白だった。

このまま、シャキンに実生活のほぼ全てを任せ
ショボンを自分の殻に閉じ込めるままにしていては、確実に彼は駄目になってしまう。

ショボンに積極性を身につけさせ、シャキンへの依存傾向をやめさせる。
そしてシャキンにも、彼に対する過保護気味な姿勢を改めさせる必要がある。

それが、ショボンと、そしてシャキンの二人と解決していかなければならない大きな課題だった。

141 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:45:11 ID:JuAeFwpM0
( ^ω^)「最近どうだお?何か楽しい事、あったかお?」

(´・ω・`)「……」

声をかけるが、ショボンは決して僕に目を合わせようとはしない。
少し俯き加減で、目で見てとれるほど消極的なオーラを放っている。

これがいつもの彼のスタイルなのだが、最近は本当に彼と会って会話する機会が久しく無かったので
ショボンは僕が、彼に対して怒っていると思っているのではないかと心配になってきた。

( ^ω^)「シャキンから聞いたお。今、鉄道模型に凝ってるんだっておね。
     先生も子供の頃は夢中になったもんだおー」

僕は怒っていないということを分からせるために、極力声のトーンに気をつけて
沈黙の壁がどんどん広がっていかないように、一方的に声をかけ続ける。


僕の呼びかけに何のアクションも起こさず、こうして沈黙を貫いている彼だが
家族の前にさえも現れる事を頑なに拒否し続けた時期があったことを思えば
こうして面談の場を設けさえすれば、限られた時間ではあっても
教師である僕の前に赴いてくれるようになっただけ進歩したと言えるだろう。

142 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:46:30 ID:JuAeFwpM0
(´・ω・`)「……」

不思議なものだ。
同じ人間の顔なのに、彼になると途端、不健康で、どことなくやつれて見える。

生活面でもほとんどの行動を任されているらしいシャキンは、
自分を含めたショボンの体調管理も徹底的に取り仕切っている筈だから
そう見えるのは恐らく精神的なものからきているのだろうけど。

ぼんやりと、薄い膜がかかったかのような虚ろな瞳を
決してこちらに向けようとしない、暗く影の差した顔。

もしも日頃活き活きと活動しているシャキンだけを知っている人が、今のショボンを見たら
決して同じ人間とは思えないだろう。毎日顔を合わせている僕だって半ばそうだ。

143 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:47:49 ID:JuAeFwpM0
( ^ω^)「……ショボン?大丈夫かお?」

(´・ω・`)「……」

鉄壁の沈黙に加え、あまりにも彼の顔色が優れないので
もしかして本当に具合が悪いのでは無いかとだんだん心配になってきてしまった。

彼と面向かって話す機会が無かったここ最近、
一体ショボンがどれだけ外界の人間と接触をし、もしくは一切のコンタクトを絶っていたのか
僕にはシャキンの口から一言二言聞き出す以上に踏み入って知る術が無かった。

もしここ数日、学校でも家でもほとんど外界との関係を拒み
意識の奥深くにじっと身を沈めていたのだとしたら
こうして机を向かい合わせ、他人と顔をつき合わせている状態は彼にはきつすぎたのかもしれない。

144 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:52:42 ID:JuAeFwpM0
もっと違う形で対話に臨むべきだっただろうか……と考えあぐね
しばしの沈黙に身を委ねていると


(´・ω・`)「先生……ボク、知ってるんですよ」


唐突にショボンが口を開いた。


はっとして意識を戻すと、いつの間にか俯いていた顔を上げ、
視線を合わせるとまではいかないが、彼ははっきりと僕の方を向いていた。

( ^ω^)「え?」

あまりに小さな声だったので、これだけ距離が近くなければ完全に聞き逃していただろう。

……“知っている”?何を?

(´・ω・`)「あの人から聞いたんだ」

( ^ω^)「?あの人?……何の事だお?ショボン」

その問いに、ショボンは応えず、ただじっと僕の顔を見据えるままだ。
それは僕に何かを訴えかけている沈黙のようでもあり、そうでなければ他のどのようにも捉える事が出来た。

怒っているのか?責めているのか?それとも僕に何か救いを求めているのだろうか?
あるいはそのどれでも無いのか。
その声はか細く、表情はあまりに心許なく、何も彼の感情を読みとる事が出来ない。

145 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:54:51 ID:JuAeFwpM0
(´・ω・`)「先生ならボクたちを」


コン、コン


(´・ω・`)「!」

突然のノック音。
続けて何かを言いかけた彼の、見開いた目が素早く扉へと走り、そしてすっと光を失う。

それはかなり控えめで、遠慮がちな小さいノックだったが
それでも彼がこの場から逃げ出したいと思う理由に至るには充分だったようだ。

ガラッ

('_L')「ブーン先生、先生に相談したいという方が……
    ……あ、すいません。お邪魔でしたか?」

(`・ω・´)「……」

学年主任のフィレンクト先生が扉の前に姿を見せた時、僕の前に座っていたのは
凛々しい眉が印象的な、逞しく大人びた青年だった。

( ^ω^)「……いえ、大丈夫ですおフィレンクト先生。
      少し待っていて下さいますかお?」

('_L')「分かりました」

146 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:56:18 ID:JuAeFwpM0
今日はもう駄目だな。
シャキンに協力してもらっても、ショボンはもう出てこないだろう。
これ以上の彼との面談が不可能になった事を悟り、僕は若干肩を落した。

(`・ω・´)「先生?」

( ^ω^)「お」

(`・ω・´)「上手くいかなかったんですか?」

( ^ω^)「いや、そんなことないお。もうちょっと長く話したかったんだけどおね。
      ……でも、ショボンも、ちゃんと自分から話もしてくれたんだお」

(`・ω・´)「そうですか」

( ^ω^)「今日はこれで良いお。また近いうちに、話そうと思うお」

(`・ω・´)「はい、お願いします先生。
      ショボンの奴も本当は、変わりたいとは思っているんです」

( ^ω^)「分かってるお。ここに来る子で自分の事を諦めてる子なんていないお」

(`・ω・´)「はい。……それでは先生、ボクは失礼します」

( ^ω^)「うん、協力してくれてありがとうシャキン。
      気をつけて帰るんだお。また明日ね」

(`・ω・´)「はい、また明日!」

147 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 14:58:15 ID:JuAeFwpM0
扉の前で待機していたフィレンクト先生にも威勢良く一礼し、
普段通りのしっかりとした足取りでシャキンは出ていった。

( ^ω^)「……あ、お待たせしましたおフィレンクト先生。
      ご用件はなんでしたかお?」

('_L')「はい、ブーン先生に是非相談したいという方から先ほど連絡がありまして。
    間もなく学校に来られるそうです」

( ^ω^)「というと」

('_L')「マインドBを発症した男の子の親御さんだそうです。
    つい最近発症したらしく、息子さんも一緒に連れてくるとおっしゃっていました」

148 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 15:00:29 ID:JuAeFwpM0
マインドB専属カウンセラーの資格を持ち
症状を持つ子供達のクラスを受け持っている事もあり
僕の元には時々こういうお客が訪れる。

心療内科に行けばマインドB専用相談窓口があるし、
無償で相談受付を行っているボランティアの支援団体もいくつか存在している。

それでも僕なんかの所へ来るのはやはり、金が一円もかからないという理由の他
学校の教師という、信頼のおける肩書きの力が大きいのかもしれない。

あまり力になれていると思うことは無いが、
それでも少しでも当人の心の支えや生活の手助けになれればと思い来客を断る事は無い。

発症者の状況によっては、僕より一流のカウンセラを薦める事もあるし
時間を見つけてちょくちょくその発症者に会って話を聞く事で、生活の手助けをしたり
自然な治療環境と通学が適任と判断した場合には、
他の専門士達と相談した上で我がマインドBクラスに迎え入れる事も稀にある。


発症者の状況も症状の度合いも、背負っているものは人それぞれ様々だ。

その発症者に一番合った改善方法は何か、それを見つける事が僕にできるほんの手助けだと思っている。

149 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 15:02:02 ID:JuAeFwpM0
( ^ω^)「そうですかお。分かりました」

('_L')「なんだかとても焦燥している感じでしたが……。入学希望者でしょうかね?」

( ^ω^)「いや、それは分かりませんお。
      とにかく当人も連れてきてくれるなら話が早い。直接話をして様子を伺ってみますお」

('_L')「お願いします。応接室にお通ししますので」

( ^ω^)「はいお。教室の戸締りしてから行きますお」

150 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 15:04:45 ID:JuAeFwpM0
フィレンクト先生が去った後、
先程までショボンと向かい合わせに座っていた机と椅子を直す。

そしてフと、先ほどのショボンの言葉の続きが気になった。

彼は何を言いたかったのだろう。
知っている?何を?あの人とは一体誰の事だ?
まったく見当がつかない。

あの暗く重く沈んだ瞳から、何かを読み取る事は出来なかった。
教師として、カウンセラーとしての未熟さ故だろうか。
決して自分の感情を他人に悟らせない、彼の鉄の防壁を
突き崩す術を未だに僕は持ち合わせていなかった。

そして、その堅固すぎる防壁は、僕や他の人間に対して頑なに聳え立つだけでなく
まるで、彼の保護者的存在であるシャキンさえも拒むかのような……

151 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/06/02(土) 15:06:20 ID:JuAeFwpM0
( ^ω^)「……」

……まあいい。少なくとも彼は僕に何か話したい事があるわけだ。

近いうち、彼が僕に今日の話の続きをしたくなったなら、
自然と彼と対話が出来る良い機会を持てるかもしれない。

この時僕は、ショボンの言った言葉についてあまり深刻には考えていなかった。
むしろ良い傾向だと。

そう捉える事にして、僕を訪ねてやってくるマインドB患者への対応へと脳を切り替えた。


一つ一つの窓に鍵がかかっている事を確認し、教室の戸に鉄の鍵を差し込む。
夕日色に染まる無人の教室を後にして、応接室のある一階へと向かった。

inserted by FC2 system