-
695 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:34:07 ID:E/BR4xLI0
-
「兄者はいいなー」
授業合間の10分休み。
暇そうに鉛筆を弄びながら
不意に、独り言のように つーが呟いた。
なんとなくノートの端に落書きをしていた兄者は、手を止めて隣の席を見る。
なにが。兄者が聞くと
だって。つーが続ける。
「家に帰ったら母さんや父さんがいて、おかえりって言ってくれるんだろ?」
「……あたしには誰もいないんだ。だってあそこはしぃの家だもん」
「なんで、しぃには優しい母さんや父さんがいるのに、あたしにはいないんだろう」
「あたしの家族はどこにいるのかなぁ。
……何処にも、いないのかなぁ」
.
-
696 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:35:14 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「お前、つーだろ?何やってんだよ」
(*゚−゚)「………」
心許無げにぼんやりと佇んだまま、つーは何も答えない。
その沈黙と表情からは、いつもの明るい快活さは身を潜めていて
普段の彼女を知る人が見たら、別人と見違えても無理は無いと思える程だった。
影さえ薄くなったように思えるその様子は、まるで
世界から1人隔離されて、自身を食いつくそうとする孤独にじっと耐えているようにも
胸を掻き毟られるような激しい怒りと、何者にも対する冷やかな拒絶を呈しているようにも
はたまたそこに何かを見出そうとする意味など、何も無いかのようにも感じられた。
一つ溜め息をつくと、呆れたような顔をして兄者はつーに近づいた。
-
697 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:36:06 ID:E/BR4xLI0
-
(;´_ゝ`)「ほんと何やってんだよ。上履きのまま外出て……。
学校出る時は、靴履きかえるんだぞ。知らなかったのか?」
つーは訝しげに兄者を見た。
急に呼び止められたことと、予想外だった兄者の登場に若干目を丸くしながら
しばらくの間、彼女はただ推し量るようにじっと兄者を見ていた。
まるで、街を歩いていて突然見知らぬ他人から親しげに声をかけられたとでもいう風に。
(*゚−゚)「……」
兄者と目を合わせたまま、慎重につーは口を開いた。
(*゚−゚)「……靴、どこかわかんないもん」
( ´_ゝ`)「じゃあ、誰かに聞けば良かっただろ。靴箱の場所」
(*゚−゚)「あたしの靴なんか無いよ」
(*゚−゚)「知ってる癖に」
-
698 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:37:04 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「……鞄は?どうしたんだよ」
つーはチラと視線を外して、自分の手元を見た。だがそこに鞄は無い。
(*゚−゚)「……わかんない」
( ´_ゝ`)「なんだ、教室に忘れたのか?しょうがないな」
( ´_ゝ`)「じゃあ、一緒に取りに行ってやるから。
ほら、戻るぞ学校」
(*゚−゚)「やだ」
(;´_ゝ`)「なんでだよ。お金も定期も無いのに帰れないだろ」
(*゚−゚)「あたし、帰らない」
(*゚−゚)「しぃの家になんか、帰らないから」
( ´_ゝ`)「……なら、どこに行くつもりなんだ?」
沈黙。
-
699 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:38:03 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「どこに行くつもりだったんだよ。もう暗くなるってのに」
(*゚−゚)「……」
(*゚−゚)「……あたし……、あたしの家族を、探しに行く。
あたしの母さんと父さんを、見つけるんだ」
(*゚−゚)「言ったよな?いつか家族を、探しに行くって。それがあたしの夢なんだって」
( ´_ゝ`)「今からか?馬鹿だな、電車の乗り方も知らない癖に」
( ´_ゝ`)「迷子になって、心細くなって、絶対後悔するぞ。それでもいいのか?
事故に遭うかもしれないし、先生や家の人にも迷惑かけるぞ。
そんなの俺が許さないから」
つーが兄者を睨む。
その瞳には怒りよりも、言い様の無い悲しみの色が滲み出ていた。
さらにこちらへ歩み寄ろうと近づく兄者から、警戒するように一歩後退る。
-
700 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:39:04 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「学校戻ろう、つー。
鞄見つけて、靴履き変えたら、しぃちゃんの家まで送ってってやるから」
(*゚−゚)「あたしが約束破ったこと、しぃの家族に言う気だろ」
咎めるように、つーは暗い目で兄者を見た。
(*゚−゚)「名前呼ばれるまで寝てなきゃいけないのに、“つー”のまま、外へ出たって」
(;´_ゝ`)「言わないよ。なんで今日に限ってそんな疑心暗鬼になってるんだよ。変だぞお前」
(*゚−゚)「あたし、家には帰らない。もう、しぃにもならないから」
( ´_ゝ`)「それは駄目だ。俺が送ってく。
もう遅いし、しぃちゃんのお家の人心配するだろ」
-
701 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:40:56 ID:E/BR4xLI0
-
(*゚−゚)「………」
(*゚−゚)「しぃが、いなくなったら。しぃの家族が心配する。
でも、あたしは?あたしの心配をしてくれる家族は、どこにいんの?」
( ´_ゝ`)「……」
(*゚−゚)「兄者にはわかんねーよ。
心配してくれる家族がいて。自分のことを認めてくれる誰かがいつも傍にいて。
あたしには……”つー”には何も無い。家も、家族も、自分の物も」
(*゚−゚)「あたしの靴なんて無い。あたしの鞄だって無い。
全部、全部しぃの物だ。あたしの為に与えられた物なんて、どこにも無い!」
声を荒らげそう叫ぶと、唐突につーは『羽生しぃ』と名前の書かれた上履きを乱暴に脱ぎだした。
いきなりの行動に驚いて、兄者は慌てて駆け寄り止めようとする。
-
702 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:42:20 ID:E/BR4xLI0
-
(;´_ゝ`)「なにしてんだよ!」
(#゚−゚)「こんな物!捨ててやるんだ、みんな!」
(;´_ゝ`)「やめろ馬鹿、裸足だと足怪我するだろが!」
(#゚−゚)「なんで止めるんだよ、しぃが困るからか!?
上履き無いと、しぃが困るから!」
(#゚−゚)「しぃが怪我すると困るからだ!そうなんだろ!!」
(#´_ゝ`)「違うわ!落ち着け馬鹿つー!」
脱いだ靴を地面に叩きつけて、兄者に肩を強く掴まれると
つーはその傷ついた瞳に、苛々とした怒りを含んで頭上の相手を睨みつけた。
二人の視線がかち合う。
―――そうしてすぐに、どうにもならない鬱憤と絶望が、大粒の涙となって溢れ出した。
今まさにその手で触れている、痛みの鮮烈さに戸惑って
兄者は言葉を詰まらせた。
-
703 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:44:02 ID:E/BR4xLI0
-
(;´_ゝ`)「……どうしたんだよ?つー。何があったんだ?」
(;´_ゝ`)「なにか……、誰かに何か言われたのか?」
(#;−;)「……もう、もうウンザリなんだよ!」
鋭くそう叫び、兄者の手を跳ね退ける。
(#;−;) 「もうウンザリだ!
“しぃ”なんて顔も知らねー奴の為に、あれやるなこれやるなって
赤の他人にとやかく言われて!制限されてよ!」
(#;−;)「ずっと眠ってるのなんか嫌に、決まってるのに!
あたしは、ずっとあたしのままでいたいのに!」
(#;−;)「先生だって結局は、しぃにばっか都合の良い約束守らせて
邪魔者のあたしに、言うこと聞かせたいだけなんだ!!」
涙と共に溢れ出る、抑圧され続けた感情を
つーにはどうしても止めることができなかった。
(#;−;)「……みんな……!
あたしのことなんて、どうでもいいんだぁ……!」
みんなに好かれる“いい子”でいようと
ずっと我慢し気持ちを隠し続けていたのは、しぃだけでは無い。
-
704 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:45:56 ID:E/BR4xLI0
-
つーも同じく、いや、もしくはそれよりもずっと―――
明るい笑顔と性格の舞台裏、彼女自身気がつかない無意識の内ではずっと
その心の奥底では常に、“あの日”自由を奪われた冷たい隔離室と同じ
自身を閉じ込める堅牢な檻に対して、日々膨らんでいく疑念や不満、そして恐怖を
なんとか押さえ殺しコントロールしようという、懸命な努力が続けられていたのだった。
だが―――それも、もう限界だった。
(#;−;)「こんなのズルいよ!もう嫌だ!!」
つーが怒鳴る。興奮のあまり擦れたそれは、もうほとんど叫び声に近かった。
-
705 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:46:51 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「……つー」
(#;−;)「兄者にはわかんない……」
(#;−;)「愛してくれる家族がいて。誰にも、嫌われてなんかいなくて。
いつだって好き勝手出来る、兄者にはわかんねーよ!!」
( ´_ゝ`)「………」
愛してくれる家族。
ああ、そうだったよな。兄者は思う。
つーはいつも、家族に憧れていた。
本当は誰より寂しがり屋で、小さな体に深い孤独を抱えていて。
いつだって一生懸命、誰かに愛してもらいたがっていた。
-
706 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:48:07 ID:E/BR4xLI0
-
なんとなく隣の席同士、暇な時間、お互い他愛も無い話をすることも多くなって。
ある日こっそり打ち明けてくれたそれは
自分にはどうしてやることもできない願いだった。
家族を……父親や母親を、彼女に与えるなんていうことは。
“父親や母親”を、与えてやること は。
兄者はしばらく考えを巡らせ、天井を仰いだ後
隣の席に座っているつーに そっと耳打ちした。
「親は無理だけど、兄者にならなれるぞ」
「へ?」
「だって俺は”兄者”だからな」
きょとんとした顔をして、隣の席の彼を見返すつー。
-
707 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:49:18 ID:E/BR4xLI0
-
「名前のことじゃないよ。兄貴って意味で」
つーはますます意味が分からない様子で、不思議そうにその顔を見つめている。
真っ直ぐな視線に晒されることとなり、若干怯んだ兄者はごにょごにょと付け足した。
「えーっと、だからな……」
理解するのに少し時間がかかるつーにも分かるよう、要領良い言葉を探す。
ペンを取り出し、机の上に広げたノートの端に
小さく 『兄者』『兄ちゃん』 と書いた。
「”兄者”って、兄ちゃんって意味なんだよ」
「?そうなのか?」
つーにも見えるよう差し出したノートの文字を、交互に指で示す。
「そう。漢字、一緒の入ってるだろ」
2つの文字をじっと睨みつけ、5秒程経ってから、つーはぱっと顔をあげた。
「あ、ほんとだ!おんなじ!」
「だろ?」
「これとこれ、おんなじだな!」
-
708 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:50:39 ID:E/BR4xLI0
-
「うんうん。話を先に進めるぞ?
だからだ。そしたらみんな、俺のこと『兄ちゃん』って呼んでることになるだろ?」
「えっ!ブーン先生も?」
「そう。先生も。シャキ兄も。ロマ先生とかもみんな」
「えー!なんか変だな、それ」
「そう。変だろ?俺別に、先生やシャキ兄の兄ちゃんじゃないもんな。
だから、先生達が俺のこと呼ぶときは、『兄者』っていう名前として呼んでるんだよ
……わかる?」
「うーん?んー……。……あ!そか、わかった!
『にぃ』っていう名前の人がいて、ちゃんをつけたらにぃちゃんだけど、
それはにぃちゃんって名前を呼んでるだけで、兄貴って意味にはならないってことだな!」
「お、おおぅ……発想の転換だな。お前実は結構頭良いんじゃないか?」
「あひゃっ、まーな!」
-
709 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:51:44 ID:E/BR4xLI0
-
「よし。まぁ、そういうことなんだけど
でも実は、この世で俺のことを『兄ちゃん』って意味で
『兄者』って呼んでも良い人がいます。さて、それは誰でしょう?」
「え?え?えと……」
「……あ、わかった!兄者の妹だ!」
「そう、正解!あと、弟者もな。この2人は俺のこと
兄ちゃんとか兄貴って意味で、『兄者』って呼んでるわけだ」
「そうなのか!」
「そうなの。『兄者』って呼ぶだけじゃ、知らない人が聞いても分からない。
俺の名前が流石兄者だって知ってる人が聞いたら、ただ名前を呼んだだけだと思うだろうな。
でも、本人同士だとちゃんと意味が分かってるんだ。それって、なんか良いだろ?」
「な……なんかかっこいいな!」
「だろ?」
-
710 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:52:35 ID:E/BR4xLI0
-
「……でな。ここからが、俺が言いたかったことなんだけど」
「あひゃ?なに?」
「つーも俺のこと、『兄ちゃん』って意味で、『兄者』って呼んでもいいよ」
「……え」
「親は流石に無理だけど。
……お前の兄ちゃんになら、なってやっても良いよ」
「………」
「………」
「………」
「へ??」
-
711 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:53:31 ID:E/BR4xLI0
-
ぽかん。
つーにまた、”何言ってんだこいつ”とばかり不思議そうな顔をされて
兄者は、さっきから自分で自分の名前を連呼したり、紙に書いて説明したり
小難しそうによく分からないことを言っている今の状況が、急激に恥ずかしくなってきた。
照れを誤魔化すように、わざとらしく咳払いをする。
そそっと、広げていたノートを若干縦に傾けて、今更なのだが
自分とつーが何を話しているか、周囲に極力バレないよう壁を作った。
まぁ、ブーン含め同じ教室内にいる他数名は既に
そんな2人の様子にはとっくに気がついていて
周囲の席から微笑ましげに見守っていたのだが。
-
712 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:55:04 ID:E/BR4xLI0
-
「だ……だからな。えっと、まぁ、お前が嫌ならいんだけど……さ。あの、つまり」
「あひゃっ、ほんとか!?」
急に嬉しそうな声をあげるつーを前にして、兄者は目を丸くした。
てっきりまた、理解が追いつかず頭に疑問符を浮かべまくっているものと思ったが
どうやらあの説明で、兄者の言いたいことはちゃんと伝わっていたらしい。
ついでになんと、思わず席から立ち上がる程度には喜んでくれているらしい。
「じゃああたし、兄者のことこれから兄ちゃんって意味で呼ぶ!
あひゃひゃっ!兄ちゃんができたんだ!兄者が兄貴だ!わーい!」
「つー。つーちゃん。つーさん?
ちょま、ちょ、ちょ、ちょっと。シー。シー!」
そんな反応をされるとは思ってもみなかった兄者はというと
慌てて人指し指を唇にあて、今や教室中が興味津々で注目する中
はしゃぎだしたつーの袖を引き必死で机に繋ぎ留める。
-
713 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:56:23 ID:E/BR4xLI0
-
「なんだ?兄者!」
「うん。はい。兄者で良いんだけど。
だけどほら、さっき言ったこと思い出してみ?」
「あひゃ?」
「本人同士しか分からない方がかっこいいって話だよ。な?
だから、つーが俺のこと『兄者』って呼んでも、知らない人が聞いたら
ただつーが俺の名前を呼んだんだなって、思うだけだろ?」
「だけど、つーは俺のこと『兄ちゃん』って意味で呼んだんだって、自分でわかってるし
俺も、つーがそういう意味で呼んだんだなってわかってる。
その方が良いだろ?秘密っぽくて。かっこいいだろ?な??」
兄者は最早必死すぎて自分が何を言っているのかもよく分からなくなってきていた。
本人は気がついていないが、既に恥ずかしさのあまり顔が真っ赤に染まっており
つーはそんな兄者の様子を、面白いなーと思いながら眺めていた。
-
714 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:57:30 ID:E/BR4xLI0
-
「あひゃー」
「わかった?つまり?」
「あひゃ。これから兄者はつーちゃんのこと、つー者って呼ぶってこと?」
「他の人に言い触らしちゃ駄目ってこと!!」
「あひゃひゃ、わかった!秘密だもんな!」
つーも兄者の真似をして、人差し指を唇に当てる仕草をし にかっと笑った。
-
715 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:58:18 ID:E/BR4xLI0
-
その後しばらく遊びのように、小声で時折、『兄者』と呼んではくすくす笑い
兄者がはいはいと返事するのが続いたが、やがてそれも満足したようで
鐘が鳴り授業が始まると、上機嫌で目の前のプリントに取り組み始めた。
家族のことを口にした時の暗い影は、いつの間にか消え去っていた。
「兄者と何話してたんだおー?」
「先生には秘密なんだー!」
“秘密”というワードを、まるで言葉を覚えたばかりの子供のように
嬉しそうに使う彼女は、本当に意味を分かっているのか。
真意がどうであれ、隣の席からその様子を眺める兄者は
この世で『兄』と呼ばれる相手が1人増えたことに、悪い気はしなかった。
-
716 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 18:59:36 ID:E/BR4xLI0
-
兄者にしてみれば、その時なんとなく思いついた話をポンと口に出してみただけで
孤独な彼女を慰めてやろうとか、励まそうとか、そんな偉そうなことを考えたわけでは無い。
どうしてあんなことを言ったのか、今考えてもはっきりした理由は答えられないが
あの時は、寂しそうに俯くつーに、ただ笑ってほしかっただけなのかもしれない。
つーには笑っていてほしかった。悲しい顔はさせたくない。
今だってそうだ。
兄者は、目の前で傷つき疲れた、ぼろぼろのつーを見た。
彼女はいつでも頑張り屋なのに、その見返りがあまりに少なすぎる。
-
717 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:01:05 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「……」
( ´_ゝ`)「……好き勝手、なぁ……」
(#;−;)「……」
( ´_ゝ`)「……俺だって、妹者に会いたいの我慢してんだけどな」
寂しそうに笑みを浮かべながら兄者は言った。
( ´_ゝ`)「そりゃ、うん。たまには破るけどな?
でも、ブーン先生と約束したから、なるべく守るようにはしてるんだ」
( ´_ゝ`)「―――つーだってそうだろ?」
-
718 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:03:03 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「ブーン先生やロマ先生が、お前としぃちゃんが
どうやったら上手くやってけるかって、真剣に考えて、一緒に頑張ろうって言ってくれて。
自分達の為に一生懸命になって、本当に大事に思ってくれてること知ってるから」
( ´_ゝ`)「だから約束、守ろうって思ったんだろ。違うか?」
(*;−;)「……」
( ´_ゝ`)「……俺が自分の好きなようにしてるっていうのは
実際その通りだから、別に良いけどさ」
( ´_ゝ`)「ブーン先生のことそんな風に言うのは、つーらしくないよ」
ゆっくり、兄者が歩み寄る。つーはもう遠ざかろうとはしなかった。
-
719 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:06:31 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「それに俺は、お前のことどうでもいいなんて思ってない」
( ´_ゝ`)「……俺だけじゃないだろ。
先生も、デレちゃんも、シャキ兄も、レモナさんも。
みんな、お前のこと大事に思ってるよ」
( ´_ゝ`)「お前がこのままいなくなったりしたら、デレちゃんは泣くぞ」
( ´_ゝ`)「それから俺も。……妹がいなくなったのと、同じくらい心配するよ。
そして、絶対探しにいく。絶対に」
優しく、悲しげに兄者が言った。
( ´_ゝ`)「……だから、そんなこと言わないでくれよ。つー」
(*;−;)「……っ」
不意に新たな涙がこみあげてきて、つーの頬を滑り落ちた。
緊張の糸が切れ、体から力が抜ける。
見る見る間に、顔がくしゃくしゃに歪んで
つーは声をあげ、その場で泣きじゃくりはじめた。
-
720 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:07:46 ID:E/BR4xLI0
-
つーは泣いていた。泣きに泣いた。
先程までの不信に満ちた警戒心は消えていて
後に残ったのは、どこまでも脆く痛ましい無防備さだけだった。
そんな彼女を前にして、兄者は少し躊躇った。
目の前で途方に暮れ、泣いている女の子相手にどう行動したら良いのか
今までの短く浅い人生経験を辿り頭を巡らせてみても、情けないことにかなり自信が無い。
自分じゃなくて、昔からやたらモテ気質のある弟者ならば
こんな時とるべき一番スマートでスタイリッシュな方法を
なにか知っているかもしれなかった。
それは最早昔からの癖のようなもので、窮地に立たされた時よくそうするように
一瞬、彼にバトンタッチして、困っている彼女をなんとか助けてやってほしいと願ったが
いや、今そうするのは男として、兄としてやってはいけないことのような気がする。
そう考え直して、ギリギリ意識を手放すのを踏みとどまった。
-
721 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:08:39 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)(そうだ)
兄者は決めた。とりあえず、もし妹者が泣いたならこうする。
位置的にも丁度良いし、よく妹にやるのと同じように
自分の胸下あたりに位置している、つーの頭を撫でようと手を伸ばした。
が。いや待て、小さい子相手でも無し、撫でるのは流石に変かな。
そう思い改めて、行き場を無くした右手を数秒 虚しくさまよわせた後
手を伸ばし、思いきってその小さな体をぎゅうと抱きしめた。
小さなつーの体は兄者の両腕にすっぽりと収まる。
そっと手を添えると、彼女は兄者の胸に頭を預け大きく泣き出した。
-
722 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:11:15 ID:E/BR4xLI0
-
ここは学校近くの目立たぬ公道で、今の時間帯は人通りが少ない方だとは言え
帰宅途中の会社員や主婦、道行く誰かの視線が背中に突き刺さるのを
兄者はチクチクと感じていた。誰かがこちらを見ているのがわかっていた。
傍から見れば自分達は一体何をしていて
そして、どんな関係だと思われているのだろうか。
若干のきまり悪さを覚えたが、割とすぐに考えることをやめた。
何も気恥ずかしいことなんて無い。泣いてる妹を慰めてるだけ。それだけだ。
そう考えて、兄者はもうあれこれ気にしないことにした。
実際時間が経つと周りのことなどあまり気にならなくなっていた。
今気がかりなのはただかわいそうなつーのことだけ。
そして、世間知らずの彼女が1人でどこかへ行ってしまう前に、
危険な目に遭う前に姿を見つけ、こうして引き留められて良かったと
腕の中に確かに存在する安心を実感するのみだった。
-
723 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:13:23 ID:E/BR4xLI0
-
自分の視線より下にある、髪の跳ねた頭をポンと軽く叩く。
わぁわぁと、絶叫にも近い泣き声が段々と小さくなって
そのうち、しゃくりあげるようなすすり泣きに変わった。
つーはひどく疲れた様子で、大人しく抱かれたまま兄者の胸に頭をもたせ掛けている。
兄者はただ背中をさすって、つーが次第に泣きやむのを黙って見ていた。
(*;−;)「兄者」
( ´_ゝ`)「うん?」
ここまでぴったり寄り添っている状況でも無ければ
恐らく聞き逃していただろう、か細く擦れた声でつーがぽそりと呟いた。
顔を見たくないのか、見られるのが嫌なのか
それとも文字通り疲れ果てていて、目を合わせる為に頭をもたげるのも億劫なのか
つーは俯いて兄者のシャツを握りしめたまま、言葉を続ける為に短く空気を吸った。
-
724 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:14:25 ID:E/BR4xLI0
-
(*;−;)「つーちゃん、消されたくない」
( ´_ゝ`)「へ?」
つーの一人称が、『あたし』から
心に余裕がある時の、いつもの名前呼びに戻ったので
兄者は内心ほっとしつつも、間の抜けた声を発した。
(*;−;)「つーちゃん……ブーン先生や、ロマ先生や
兄者や、デレや、シャキ兄のことが、みんなのことが好きだ。
消されたくなんかないよ。ずっとあの教室で、みんなと一緒にいたい……!」
(;´_ゝ`)「消されるって?なんのことだ?」
(*;−;)「聞いたんだ、さっき」
声が震えた。
-
725 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:16:31 ID:E/BR4xLI0
-
(*;−;)「しぃが言ってるの、聞いたんだ。『つーなんかいなくなればいい』って!
それで、 “つー”のこと、消すつもりだって……そう、言ってた」
( ´_ゝ`)「!」
言ってた。
―――誰が?そう言ってた、の だったろうか?
一瞬、つーの頭に疑問がよぎった。
が、未だ心深く刻まれた、冷ややかな しぃの声が
僅かに生じたその疑問を、波のように攫っていく。
そうだ、しぃが言っていた。
繰り返し。何度も何度も。泡のようにフツフツと。
消してやるって。自分はそれを聞いたのだ。
確かそう……だった。筈だ。
何か肝心なことが抜けているような気がしたが、それが何なのかはわからなかった。
-
726 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:19:23 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「お前、しぃちゃんの声……聞こえるようになったのか?」
その言葉を聞いて驚くと同時、兄者は理解した。
なるほど。これで、つーがこんなにも急に取り乱してしまった理由がわかった。
先週デレが、ツンの読んでいた本の内容にショックを受けて泣き出したように
心の中で他の誰かの声を聞くことに慣れていないつーが
不安定なアンテナが遠い電波を拾い、途切れ途切れに言葉の端々を拾うように
思いがけず共在意識に目覚め、そんな言葉を聞いてしまったのだとしたら。
恐怖を感じ、こうして切迫した行動に出てしまったことにも納得ができる。
しぃが日頃つーを恐れているように、つーは今 しぃのことを
自分を殺そうとする幽霊のように怖がっているようだった。
そもそもまともに意志疎通のできない、頭の中で聞こえる声などホラーでしか無いだろう。
しかもその声が、自分の消滅を望むような不穏なことを呟いていたとしたらなおさら。
-
727 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:20:44 ID:E/BR4xLI0
-
いなくなったらいい、か。
もしも自分が相方に言われたら、正直かなりこたえる言葉だ。
面と向かって言われたことは―――あるな。一度か二度は。
でもそれも、弟者がマインドBの診断を下されて間もない頃
お互い色んなことが上手く行かなくて、些細なことで喧嘩ばかりしていた頃の話だ。
もちろん今でも、彼が日常でフとした瞬間、絶対にそう思わないとは思わない。
ただ数年の付き合いを経て、自分も彼も、思考にガードをかけるのが大分上手くなった。
そもそも誰より近い存在であれ、他人の頭の中を無暗に暴くようなことはしない。
自分がされて厭なことは、人にやってはいけない。母者の教えであり世の理だ。
何を考え、どう思うかなんて人の自由。2人とも何も言わずとも理解していることだった。
しぃとつーには、その信頼関係や、頭と心を守る術が一つも身につけられていない。
今回こうして、つーが傷ついてしまったのも仕方の無いことだった。
-
728 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:22:13 ID:E/BR4xLI0
-
どんなに酷い事でも、頭の中で思うだけでは罪にはならない。
言葉や文字にして外へ出さない限り、相手が超能力者や読心術の天才でも無ければの話
人の思考は人を傷つけない。誰も見たり聞いたり気にしたりはしない、その人だけの物だ。
だが、マインドBという特別な関係下においてはそうもいかない。
お互い意思疎通に不慣れな段階の人格間での、一番困った問題だ。
しぃが、相手を傷つけるような言葉をつい心の中で思ってしまい
それをつーが運悪く聞いてしまったからといって、誰も責めることなんかできない。
言うなれば今回のことは不幸な事故であり、誰も悪くなど無いのだ。
つーはそれを分かってくれるだろうか。
できるなら、いつもの朗らかさと、彼女の持つ純粋な優しさとで
明るく笑いながら、しぃのことも許してほしい。兄者はそう思った。
-
729 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:23:35 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「消されたりなんかしないよ。馬鹿だな。
しぃちゃん、ついそんな風に思っちゃっただけだって」
(*;−;)「でも、消してやるって。
つーちゃんから、みんな奪うつもりだって言ってた!」
( ´_ゝ`)「ほんとか?……。
……もしそうだとしても、心からそんな風に、考えてはないと思うけどなぁ。
誰だってカッとなって、つい酷いこと言っちゃうことってあるだろ?」
( ´_ゝ`)「つーは、しぃちゃんのことよく知らないだろ?
しぃちゃんだって同じように、つーのことよく知らないから
だから、なんとなく怖いって思ってるだけなんだよ。
それでつい、そんな風に思っちゃったんだ」
( ´_ゝ`)「人って、自分がよく知らない物に対しては、怖いって感じちゃうものなんだよ」
突然感情がこみあげてきて、兄者はそっとつーの髪を撫でた。
泣かないでほしい。つーにはずっと、笑っていてほしいと思った。
-
730 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:25:42 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「だからさ、つー。
せっかく、しぃちゃんの声が聞こえるようになったんだろ?」
( ´_ゝ`)「だったらこれから時間かけて、2人で沢山話して
ゆっくり、お互いのこと知っていったら良いんじゃないかなぁ。
つーのことちゃんと知ったら、しぃちゃんももう、そんなこと絶対に思わないから」
( ´_ゝ`)「しぃちゃん、そんな酷い子じゃないし。
お前だって、悪い子なんかじゃないもんな」
兄者は微笑んだ。
(*;−;)「………」
(*;−;)
(*つ−⊂)゙ グシグシ
何か考えるように黙り込み、しばらく静かになった後
唐突に、つーは乱暴に手で目元を擦りはじめた。
(;´_ゝ`)「あ、ちょっと待て。えっと」
慌てて、ブレザーのポケットを探る。無いか。
尻ポケット。無い。えーと
-
731 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:27:37 ID:E/BR4xLI0
-
(鞄!前ポケットだ兄者!)
(;´_ゝ`)(センキューマイブラザー!!)
天の啓示のような救済の囁きを脳にキャッチして
鞄を開け、中からポケットティッシュを取り出す。
几帳面な相方に感謝しつつ、というか、聞いていたのか弟者よとつっこみをいれつつも
1、2枚引き抜いて差し出してやると、素直に受け取り一生懸命涙を拭いて
それから、彼女にしてはなかなか控えめな仕草で小さく鼻をかんだ。
(;´_ゝ`)(あ、ハンカチかな)
こういう時は。
そう思って一応ハンカチも取り出し渡そうとすると、遠慮しているのか首を振る。
なので、なんとなくまだ濡れている頬に、手を添えてそっと拭いてやった。
一通り涙と鼻水を拭き終えたつーの顔は、それはまぁ酷い有様だった。
その顔を見た途端なんだか気が抜けてしまって、思わず兄者が笑うと
それにつられたつーも表情を緩め、白い歯を見せて笑った。
-
732 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:29:39 ID:E/BR4xLI0
-
( ´_ゝ`)「落ち着いた?」
しばらくして、兄者が尋ねた。
つーは小さく頷く。
きまり悪いのか、少し顔を赤くして俯いている。
( ´_ゝ`)「学校、戻るか?」
(*。。)「……ぅん」
( ´_ゝ`)「よし。どうする?ブーン先生、まだ残ってると思うけど。
先生んとこ行って、いつもみたいにしぃちゃんと交代してから帰るか?」
(*。。)「……」
( ´_ゝ`)「家に帰るまで起きてたいんなら、それでもいいよ。
だけど、家に着いたらちゃんと、しぃちゃんと交代しなきゃ駄目だ。できるか?」
(*。。)「……わかんない。
交代は、いつも先生に手伝ってもらってたもん」
(*。。)「つーちゃん、1人で上手くできるかわかんない。
……それに、しぃの家の人に会うの、怖い。会いたくない」
( ´_ゝ`)「……じゃあ、ブーン先生のとこ行かなきゃな」
-
733 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:31:05 ID:E/BR4xLI0
-
(*。。)「怒られる」
( ´_ゝ`)「別に、なにか悪い事したわけじゃないだろ。怒ったりなんかしないって」
( ´_ゝ`)「それにあの時言っただろ」
( ´_ゝ`)「俺はお前の兄貴なんだから、お前がもし怒られたら全力で庇ってやるよ」
(*。。)「……」
(*゚∀゚)「……ん」
ずっと俯いていたつーが顔をあげた。
( ´_ゝ`)「よーし。じゃあ行くぞ」
(*゚∀゚)「……うんっ」
つーが笑った。
少し照れ臭そうに頬を赤らめ、鼻を啜ってはにかむ。
いつもの、特別教室での2時間が大好きな、やんちゃで元気なつーの顔だった。
-
734 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:32:30 ID:E/BR4xLI0
-
その顔を確認し、兄者は一つ頷くと
道に転がったままだった上靴を二足拾い上げた。
(*゚∀゚)、「あ!わ、悪ぃ。靴……」
Σ(;゚∀゚)「あひゃっ!?」
―――そうしてついで、ひょいとつーの体を抱き上げる。
背と両足のひかがみに腕を回し、落ちないようしっかりと支えて。
完全に不意を突かれたつーは小さく収まって、そのまま運ばれる形となった。
-
735 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 19:34:17 ID:E/BR4xLI0
-
(;゚∀゚)「ちょ、何すんだよ兄者っ!」
( ´_ゝ`)「上履きは外で履くもんじゃないからなー」
(;゚∀゚)「じゃ、このまま歩くって!降ろせよ!」
( ´_ゝ`)「駄目」
(;゚∀゚)「なんでだよ!?」
( ´_ゝ`)「言っただろ。道に何か落ちてたら危ないからなー」
(;゚∀゚)「はぁ!?そんなの……!」
(;。。)、「………!
あ……、そ、そうだな。
しぃの体に怪我させちまったら、悪いもんな……」
( ´_ゝ`)「阿呆」
( ´_ゝ`)「”つー”が怪我しないようにだろ」
つーが兄者の顔を見る。
すぐ傍で目と目が合って、兄者はニッと笑った。
( ´_ゝ`)「靴なんかどうだって良いけど、お前が、痛い思いしたら嫌だからだよ」