( ^ω^)マインドB!のようです

13話

659 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 18:58:52 ID:iWpP2IM.0


一昨年の春の話。


( ^ω^)「さて、じゃあまずは出席確認だお!準備はいいかお?出席番号1……」


始業のチャイムが鳴り終わり、教卓前にて出席簿を開くブーン。
黒板を前に横一列、等間隔に並べられた机は3席しか無い。

一番窓際の席には、3年生の男子生徒が座っている。
おっとりした性格の彼は、このクラスにいる時は面倒見の良いお姉さんだ。

その隣には、2年生の上履きを履いたジャージ姿の八又シャキン。
そして、4月にVIP高に入学してきたばかりの1年生の流石弟者。
みんなそれぞれ席に着き、名前を呼ばれるのを待っている。

窓からは丁度、薄桃色の咲き誇る桜木がそこかしこに覗いて
教室にいる彼らに自然と、これから始まる新しい学期の幸先を感じさせた。

660 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:00:36 ID:iWpP2IM.0
この場に姿の見えない津田ツン、彼女もこの年VIP高へと入学した新一年生なのだが
入学して半年程は、デレの為にもっと小さい子向けの就学プログラムに通っていた。
なのでブーンとは顔見知りであったものの、まだ正式にクラスの一員となってはいない。

ショボンの対人恐怖症は、ブーンとの1年間の取り組みにより
この頃にはやっと、家族と再びぽつぽつ会話をこなせるようになったレベルの話で
それが学校という環境下となると、道のりは遠くまだまだ絶望的であった。

そんな訳でシャキンは、ショボンが二年生に進学したことでますます気を引き締め
眉毛もきりっときめて、1年生の時と同じその席に、背筋を伸ばし姿勢正しく座っている。

つまるところ、いつも通りの頼れるシャキンだった。

661 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:02:17 ID:iWpP2IM.0
そして兄者は。


( ^ω^)「出席番号1、流石兄者!」

(*´_ゝ`)ノ「はい!はい!はい!はーい!!」

(;^ω^)「”はい”は一回で充分!!」


そう、兄者だ。

彼は、たった3人しか生徒のいないこの小さなクラスのことで春から舞いあがっていた。

なんせ彼にとって初めての、”まともな”学校生活がこの春ついに幕を切ったのである。


中学3年間は、学校側が特別に雇ってくれた講師からマンツーマンの補習授業を受け
勉強面での遅れを取り戻し、それとは別にマインドBの為のクリニックにも週2で通っていた。

しかしどうしても、中学校の普通クラスでは
”兄者”としての振る舞いを禁じられ、存在をないがしろにされて
弟者のオマケのような扱いを受けることが、いつも不満でたまらなかったのだ。


なんせ、弟者が変人扱いされない為だとは言え
クラスで自分の友達を作ることさえ許されなかったのだから。

マインドBに特別配慮があることで有名なVIP高への入学は
一般校で3年間我慢した兄者にとって、言ってみればご褒美のようなものだった。

662 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:03:44 ID:iWpP2IM.0
一旦入学が決まってしまえば、特殊学級であることなど彼は気にしなかった。

たまたま空いているからという理由でなく、その為だけに存在する自分達の教室と
弟者と共有する必要の無い机と椅子、同志のようなクラスメイト達。

それらの細々とした事柄に、人生を楽しむ才のある兄者は
次から次へ逐一特別な喜びを見出しては、傍から見れば馬鹿みたいに嬉しがって
まるで、初めて地球へ観光しに来た宇宙人のような、彼の喜びの爆発を見守りながら
ブーンは苦笑し、ロマネスクは呆気に取られ、シャキンは肩をすくめてみせた。


そうして、兄者はすぐにこのクラスのことを「俺達のクラス」と呼ぶようになった。


まずは弟者に、それから家族に。
そして、入学してすぐ仲良くなったジュルジュやなおるよ達にも
俺達のクラスが、俺達のクラスはと、得意気になって自分達の教室のことを話して回り。

中でも、否応なしに四六時中話の聞き手に選ばれてしまう弟者は
こと兄者相手だと特に発揮される持ち前の忍耐強さを示して
大抵の場合は寛容な心持ちで、その話に長い時間耳を傾けてやっていた。


……が、それが2週間も超すと流石の彼もとうとううんざりしてしまって
意味も無いのに耳栓を持ち歩き、顔を会わせる度ブーンにブツブツ文句を零す程だった。

663 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:04:58 ID:iWpP2IM.0


ブーンに連れられて、つーがこの教室へとやってきたのは
そんな、騒がしい最初の何週間かが季節の移ろいと共にゆっくりと過ぎゆき
落ち着いた親密さの元に、クラスがまとまりだした頃だった。


羽生しぃはここから3駅向こうの中学校で3年生のクラスに在席しており
つーがVIP高に入学し正式に特別クラスの生徒となるのは、まだ一年先の話だ。

だが、彼女が円滑な学園生活を送れるよう、丸一年かけてやっておかなければならない
下準備とも言える細々した計画を、ブーンはあらかじめ つーの為に用意しておいたのだ。

いずれ通うことになるこの教室の空気に慣れさせること。
それもその下準備の重要な一つだった。

前学期までに特別のカリキュラムが組まれ
つーは週3回、特別クラスにのみ通うことが決まった。


ブーンに付き添われて初めて教室へとやってきたつーは、まるで
大人に叱られて、不貞腐れながら嫌々罰を受けにきた子供のようだった。

664 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:06:09 ID:iWpP2IM.0
彼女の場合は、初めての自分のクラスとはいっても
兄者のように喜びに満ちたものにはならなかった。

まず、つーは閉じ込められることが大嫌いだった。

例えそれが錠のかかっていない部屋でも、鍵穴を見るだけで疑心を膨らませ
自分がここから出て行くことを制限されていると一度思い込むと
彼女はどうしても我慢がならないようなのだった。

どんなにブーンがその閉塞感から気をそらせようと頑張っても、途端に集中力を無くし
扉の方ばかり気にするようになって、何であれ他のことをさせることができなくなってしまう。

この恐怖症とも呼べるこだわりが、今まで連れられた専門施設やクリニックにおいて
立派な資格を持った心理学者やセラピスト達からの働きかけを頑なに跳ね退け
事態を極端に難しくしていた一番の原因だった。

ドア一つバタンと閉めるだけでたちまちそこはつーにとって安全な場所では無くなり
そんな危険な場所にいる人間達のことを、彼女は決して信用しようとはしないのだった。

665 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:07:46 ID:iWpP2IM.0
とはいえ、常に出入口を完全に開け放しておく、ということは難しい条件だった。

悲しいかな つーには、人を怪我させ物を壊した前科があり
その彼女が逃げ出してまた事を起こす可能性を、現時点で誰も否定することができないし
そうなった時一体誰が責任を取るのか、治療する側としては心配しないわけにはいかない。

そんなわけで、最低限手動でロックできる施錠設備の整ったドアのある部屋でしか
彼女とのセラピーの場は実現できなかったのである。

もちろんこれでは全く上手くいかなかった。

錠の締まる カチリという音一つで
つーにしか見えない、招かれざる恐怖が部屋に忍び寄りそのまま居座って
その日のスケジュールが滅茶苦茶に破綻してしまうことも、珍しいことでは無かった。

666 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:10:26 ID:iWpP2IM.0

そしてもちろん、つーは勉強も大嫌いだった。

マインドBの為の専門治療施設やクリニックとは違い、ここは学校でブーンは教師だ。
みんなと一緒に教室で1年を過ごすには、何かしら勉強し学ばなければならない。

ブーンが毎日、つーにもできる簡単な問題を用意してどんなに励ましても
彼女はそれに取り組むことを頑なに拒否した。プリントを見ようともしなかった。


ブーンにとってもつーにとっても、辛い何日間かが続いた。

つーはこの部屋にいることを拒み、勉強することを拒み、指示されることを嫌い
さらに、教室のみんなと仲良くしようと努力する気も、さらさら無いようだった。


まず彼女が攻撃の対象に選んだのは、年上で体格も良い、3年生の男子生徒。
女性のマインドBを持つ彼が、見た目は男なのに女の子のような振る舞いをするのを見て
つーは露骨に「頭がおかしい」と口に出した。ここは頭のおかしい連中のクラスだと。

それでもその女の子が自分に優しく世話を焼こうとするのを鬱陶しがり、親切を跳ね退けて
終いには酷い意地悪を言って泣かせ、兄者を本気で怒らせることもあった。

667 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:13:02 ID:iWpP2IM.0

(#´_ゝ`)「謝れよ馬鹿つー!!」

(#゚∀゚)「なんだよ!あたしの邪魔するのが悪いんだ!
    泣き虫なのが悪いんだ!お前らみんな大っ嫌い!」

(#゚∀゚)「こんな教室大っ嫌いだ!!」


―――兄者とつーの組み合わせはまさに最悪だった。


ことあるごとに小さな衝突が絶えず、顔を合わせればすぐ子供の喧嘩が始まる。


身長175cmの兄者に対し、20cmもの身長差あるつーは
それでも気性の荒い山猫のように果敢に食ってかかり、相手を怒らせることに長けていて
その挑発に対して、子供のような性格の兄者もすぐ癇癪を起こすので
ブーンかシャキンか、それでも収拾のつかない時はロマネスクが出てきて
2人を引き離し、教室の両端に置いた椅子にそれぞれ座らせるまで続くのだった。

668 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:14:35 ID:iWpP2IM.0

兄者がよく自分の家族のことを口に出すのが、つーにはことさら気に喰わなかった。

教室でする普段の会話で、兄者はよく家族のことを喋りたがった。
ほんの5年程前まで、妹者以外、自分に家族はいないと思っていたのだ。

最初こそぎこちなく、”妹者の”家族として家の人達のことを見ていた彼だが
今ではすっかり家族の一員として流石家に馴染み、一線置くことも無くなって
自分を暖かく迎え入れてくれた皆のことが、兄者は大好きになっていた。


面倒見てくれる両親や姉、いつも一緒にいてくれる弟、そして、愛してやまない妹のこと。


―――そのどれも、つーには与えられないものばかり。


それ故、兄者本人にはその気が無くても
目の前で家族のことを口に出されると、まるで自慢されているように
どうしても、自分に対するあてつけのように つーには聞こえてしまうのだった。

669 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:15:55 ID:iWpP2IM.0

ガンッ‼

(#´_ゝ`)「いってぇこいつ!」

(#゚∀゚)「ふん、悔しかったらやり返してみろ!できねーんだろ弱虫!」

(#´_ゝ`)「しねーよ!弱虫じゃないけど!」

(#゚∀゚)「なんでだよ!馬鹿兄者!」

(#´_ゝ`)「自分より小さい奴に手をあげるなって、母者に言われたからだ!!」

(#゚∀゚)「……!!」カチン


―――こうして、第二ラウンド突入となるのだった。

670 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:17:04 ID:iWpP2IM.0

(;^ω^)「こら2人とも、やーめーるーお!兄者ほら、レモナが怖がってるお?」

|゚ノ ;Д;)「あーん!モナー君!モナー君!」

(#゚∀゚)「あぁもううるさいな!男の癖にぴーぴー泣くんじゃねぇ!」

(#´_ゝ`)「黙れ馬鹿つー!レモナさんは女の子だって言ってんだろ!」

(#゚∀゚)「どこがだよ!?どう見ても男じゃん!」

(`・ω・´)「レモナさん、落ち着こう。ほら、大丈夫だから」

(#´_ゝ`)「いたっ!ちょ、また蹴ったこいつ!先生なんとかしてよ!」

(;^ω^)「ああもう、2人ともいい加減n……(#ФωФ)「やめんかこらあああぁ!!!」

(;´∀`)「もなもな。何事モナ……」←レモナの主人格


教室は大混乱だった。

671 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:18:28 ID:iWpP2IM.0

( ^ω^)「つー。この教室では、誰かを傷つけるようなことはしちゃいけないんだお。
      レモナに酷いこと言うのも、兄者を蹴ったりするのもいけないことだお」

教室隅に置かれた反省用の椅子に座らされ、不貞腐れながらブーンを睨むつー。

(#゚∀゚)「……」

( ^ω^)「2人にちゃんと、謝らなきゃ駄目だお。
      そしたら今日は、残りの時間自由にしていいから」

(#゚∀゚)「……知らないっ!」

(;^ω^)「あっこら、つー!!」


癇癪が手に負えなくなると、逃げ出すことさえしばしばあった。

そうした場合、シャキンに後を任せ、急いでブーンが連れ戻しに走り
大抵はそのまま、ブーンとつー不在のまま終業の鐘が鳴る。

つーはまだ外を恐れていたので校舎から出ようとしなかったのは救いだが
すばしこく小柄なつーを広い学校内で見つけ出し、慎重にそっと近づいて
さらに逃げ出さないよう宥めて連れ戻すというのは、なかなか簡単なことでは無かった。

672 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:20:01 ID:iWpP2IM.0
それでも授業時間中、ブーンは戸に内鍵をかけることは決してしなかった。

閉じ込めるのが逆効果だということは分かっていたし、なにより
ただでさえ慣れない環境からくる不安に押し潰されそうになっているつーに
これ以上少しでも余計な恐怖を与えたくなかったのだ。


他の子に苛々をぶつけ誰も寄せつけないよう肩をいからせながら
つーが必死に小さな自分を守り、恐怖と戦っていることがブーンにはわかっていた。


なので、あまりに大騒ぎの日が続き校長に大目玉を食らうこともあったが
しばらく彼女に無理強いはせず、慣れるまで好きにさせておくことにしたのだった。

673 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:21:44 ID:iWpP2IM.0

ある日、レモナが泣きながら教室に入ってきた。

聞けば、クラスの男子にからかわれて怖い思いをしたのだという。
みんなが声をかけ慰めたが、彼女はなかなか泣きやまなかった。

つーも明らかに気にしているようで、不安気な様子でピリピリと落ち着かず
そこでその日は通常の授業はやめ、話し合いから始めることになったのだ。


こういう日には、それぞれが抱える色々な気持ちや感情について
皆で話したり意見を言い合う、話し合いの時間を作ることに決めていた。

マインドBという特殊な症例を背負う子供達にとって、このミーティングは
自分の気持ちに向き合い、自分自身理解するのにとても効果的な方法だったからだ。

674 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:23:12 ID:iWpP2IM.0

そしてブーンはこれを、つーに自分の気持ちを話させる良い機会だと思った。

心無い悪口を言われ、どんなに傷つき悲しい思いをしたか
しゃくりあげながらレモナが話すのを聞いている最中、ちらとつーの方を見ると
珍しく静かである彼女は何か考え込むように、真剣な顔をして押し黙っていた。

レモナが話し終わり、皆がまた彼女に慰めの言葉をかけた後
それまで大人しく席に座り話を聞いていたつーに、ブーンは話題を振ってみた。

( ^ω^)「つーは今まで、何か怖い思いをしたことはあるかお?」

ブーンとつーを除く3人の視線が彼女に集中した。

(*゚ぺ)「………」

(*゚ぺ)「………あるよ」

急に注目されたことに少し怯みながらも、つーは口を開いた。

675 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:25:04 ID:iWpP2IM.0


その日の話し合いで初めて、つーは”あの日”、隔離室でどんなに怖かったかを口にした。

何がなんだかわけがわからず、誰も話を聞いてくれないし、閉じ込められて怖かったと。


この教室でやることに、つーがまともに参加しようとしたのはこれが初めてだった。
みんながじっと耳を傾け、自信無さげに語られるその話を聞いていた。

緊張をはらみ、時間をかけて紡がれるその言葉は
不思議と、聞く人の心に切に訴えかけるような力を持っていて
その場にいる全員が、つーの恐怖や痛みを傍でひしひしと感じることができた。


隣の席で話を聞いていた兄者は、つーが話し終えると
「俺もわけがわからなくて怖かった時があるから、わかるよ」と
ぽつりとその気持ちに同情を示した。

ブーンは、今まで兄者の口からそんな話を聞いたことが無かったので
多いに興味をそそられたのだが、その話についてはそれ以上触れられず
つーも詳しくは聞かなかったので、今掘り下げることはやめておいた。

677 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:27:56 ID:iWpP2IM.0
|゚ノ ^∀^)「誰も知ってる人がいないんだもの、怖かったに決まってるわよね」

(*。。)「うん」

(*。。)「それに、出してって何度も言ったのに、どうしても出してくれなかった」

(`・ω・´)「だから、教室にいなきゃいけないのが嫌いなのか?」

(*。。)「……わかんない。
    別に、閉じ込められてるわけじゃないって、わかってはいるんだよ」

(*。。)「わかっては、いるんだけど……」

678 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:29:19 ID:iWpP2IM.0


―――その日から、授業の最初に15分程時間をとって
気持ちの話し合いをすることが、このクラスでの日課となった。


つーもこれには毎回参加した。彼女は気持ちを言葉にするのが好きだった。
他の人が話すのに熱心に耳を傾けて、自分の思いを口に出すことに夢中になり
そうしている間は、いつも傍にある苛立ちや不安を忘れられるようだった。


その日課が良いきっかけとなったらしい。

少しずつ、つーは教室でクラスの皆と話をするようになった。

679 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:31:40 ID:iWpP2IM.0
最初こそ口数少なく、ブーンが質問をするとなんとなく応える程度だったが
しばらくすると積極的に他人との会話に参加するようになり、自分からも話をするようになった。

次第に、兄者と喧嘩することも、レモナに意地悪を言うことも無くなって。


そして何より前進したと言えるのが、しぃとの人格交代のやり方を覚え
初めてブーンに協力する姿勢を見せはじめたことだ。

何度も練習を重ね、上手くできるようになるのに時間はかかったが
最初の頃の、危なっかしい爆弾のような印象とはうって変わって
一度そのルールを身につけてしまうと、彼女はなかなかに信頼できる相手であることが分かった。

つーはブーンとの約束を誠実に守り
名前を呼ばれれば意識の奥から目覚め、決められた時間になるとしぃと交代し、眠った。
”出席”と”退席”をスムーズに行えるようになるまでに、2ヶ月もかからなかった。


これにはクラス全員が喜んだ。
なにせ、人格交代をコントロールできるようになれば
来年からの、つーとしぃ両方の高校生活が確実に上手くいくようになる。
あんなに難しいと思われていた始めの一歩を、彼女は持ち前の一生懸命さで見事勝ち取ったのだ。

皆に褒められ照れながらも、つーは得意気に歯を見せて笑った。

680 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:33:23 ID:iWpP2IM.0

クラスの皆が、つーがこの教室でゆっくりと花開いていく様子を見守った。

シャキンは暇な時に勉強を見てやったり、好きなスポーツのことを話したりして
レモナは女の子らしく、今までつーにとって全く縁の無かった
お洒落のことやファッションのことで楽しいお喋りを持ちかけ、ネイルの仕方等を教えてあげた。
最初の頃あんなに仲の悪かった兄者とは、何か2人だけで話しては楽しそうに笑っていた。

( ^ω^)「兄者と何話してたんだおー?」

(*^∀^)「先生には秘密なんだー!」

つーはよく笑うようになった。

いつの間にか閉所恐怖症的なこだわりも薄れ、扉が閉まっていても気にしなくなり
勉強は変わらず苦手だが、何事にも一生懸命取り組んで、ブーンや皆を喜ばせた。



そうしてつーも、『俺達のクラス』の仲間となったのだ。

681 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:35:11 ID:iWpP2IM.0

+ + + + + + + + + + + +


教室の壁にかけられた時計の針が、午後4時30分過ぎを指していた。

とっくに一日分の授業を終えた教室内。
見ればまだ数人の女子生徒が残っていて、行儀悪く机の上に腰かけ
雑誌をめくり、ぺちゃくちゃと尽きぬおしゃべりに笑い声をあげている。


从- -从 スー スー


そんな喧しい雑談の場からぽつんと離れ
まるで机と一体化しているかのように、爆睡する渡辺の姿があった。

1時間程前からほぼ同じ体勢のまま、一向に起きる気配も無く眠り続ける渡辺に
最初のうちは女子達もくすくす笑い、時々ちら見しては話のネタにしていたのだが
今ではもうほとんど景色の一部と化していて、最早誰もがその存在を覚えていない程だった。

682 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:36:21 ID:iWpP2IM.0
そんな渡辺が。


从- -从 スー…


从- -从 …ンガ


从- -从


从- -从


Σ从;- -从「えっ!しぃちゃんが!?」


起きた。

683 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:37:30 ID:iWpP2IM.0
「?」

「あ、ナベ起きた。おはよー」

「どしたの?」

从;'ー'从「……あ」

口元に涎のあとをつけながら、きょろきょろと辺りを見回す渡辺。

从;'ー'从「あ、あれ、……しぃちゃんは??」

「あはは、ナベちゃん寝惚けてる」

「しぃちゃん?ああ、羽生さん?いないよ?」

「ナベ、羽生さん待ってたの?
私らずっといたけど、教室には帰ってきてないよ。ねぇ」

「ねー」

从;'ー'从「……!た、大変だぁ……!」

从;'ー'从「しぃちゃん、探さなきゃ!!」

684 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:39:03 ID:iWpP2IM.0
そう言って勢いよく机から立ち上がったかと思うと、鞄も持たないまま
不思議そうに注目する女子達の前を通りすぎ、頼りない足取りでフラフラと教室を横切って


ゴチン☆


結果、扉から大幅に横へ逸れて柱に頭をぶつけた。

从;ー'从「あいたたたぁ〜……」

「「「大丈夫かなぁ……」」」

何がどうしたのか、いきなりの渡辺の行動に目を丸くしながら
おぼつかない足取りで教室を出て行く彼女の背を、級友達は心配そうに見送った。

685 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:40:50 ID:iWpP2IM.0

  _
( ;∀;)「だーっ!補習終わったあぁ!!」

('(;∀;∩「ジメジメした薄暗い地下牢からやっと解放された捕虜の気分だよー!!」

( う_ゝ`)「ふぁ〜、待ってんのだるかった。はよ本屋行こ2人とも」
  _
(#゚∀゚)「くぅ〜!俺らが苦しんでる間に1人だけのうのうと……!
    大体お前が居残りしなくて済んだのは弟者のおかげの癖にぃ!」

('(゚∀゚#∩「ついでに言うと図書室で本読んで時間潰してたのだって弟者の癖にぃ!」

(;´_ゝ`)「なんで責められてんの俺?理不尽!
      俺だってちゃんと待ってたよ!?」

('(゚∀゚∩「兄者よ。自分達の頭の足りて無さが赤点の原因だと分かってはいても
     1人補習免れた友人に、ただただ怒りと悲しみをぶつけるしか出来ない。
     そんな時もあるんだぜ俺ら」

(;´_ゝ`)「ただの八つ当たりって認めた!
      あっ、てか今の弟者の真似!?似てないし分かり難いよなっちゃん!!」

686 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:42:56 ID:iWpP2IM.0
  _
( ゚∀゚)「まぁとにかくだ。こうして解放されたからには、一刻も早くジャプソを買いに行くぞ!」

('(゚∀゚∩「そうだよ、早くしないと売れ切れちゃうよ!
     特に今週号は例の最終回が……」

( ´_ゝ`)「ん?」
  _
( ゚∀゚)「え?」

( ´_ゝ`)

(;´_ゝ`)「………あっ、悪ぃ!ジョルずになっちん。
      俺ちょっと、寄るとこあるんだった。忘れてた」
  _
(;゚∀゚) 「「えー!」」('(゚∀゚;∩

687 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:44:21 ID:iWpP2IM.0
  _
(;゚∀゚)「んもー、どこよー」

( ´_ゝ`)「業務スーパー。母者に買い物頼まれてたんだった」

('(゚∀゚;∩「ぅええ!?思いっきり反対方向だよ!」

( ´_ゝ`)「うん、ごめんな。俺買い物行くから、2人とも先帰ってて」
  _
(;゚∀゚)「はぁ!?」

('(゚∀゚;∩「なんだよ兄者、今になってジャプソの割り勘代惜しくなったのかよ!?」

(;´_ゝ`)人「違う違うそんなんじゃないってー。ほんと、ごめん2人とも」
  _
(;゚∀゚)「……ったく、しょうがねぇなー」

( ´_ゝ`)「急ぐから、じゃ、また明日な!ジャプソ頼んだぞー」

('(゚∀゚;∩「見せてもらう気満々かよ!図々しいよ!」

「来週号おごるからさー」そう言いながらブラブラと手を振って
兄者は校門前でジョルジュ達と別れ、帰り道とは反対方向へ歩いていく。

  _
(;゚∀゚)「なんなんだよもー、兄者の奴……」

('(゚∀゚;∩「よー……」

688 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/05/22(金) 19:47:18 ID:iWpP2IM.0

見慣れたその後姿には、すぐに追いつくことができた。

( ´_ゝ`)「おい」

校門を出て右に曲がった、駅から反対方向の通り道。
少し歩いてすぐに、目的の人物を見つけることができた。
横断歩道を前に立ち竦む、小柄な背中に声をかける。


( ´_ゝ`)「お前、つーだろ?何やってんだよ」


(*゚−゚)「………」


数秒の間を置いて、ゆっくりこちらへ振り向く顔。
固く結んだその表情から、感情は読み取れない。

やはり人違いではなかったようだ。


2年前の初夏、初めて会ってから
教室で過ごした騒がしい日々に彼女が見せたような
決して周りの人間を寄せつけない、手負いの山猫にも似たオーラを纏った
限りなく危なっかしくて、怖れる程に傷つきやすい。昔の”つー”がそこにいた。

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