( ^ω^)マインドB!のようです

12話

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609 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:04:31 ID:6QjI/E4A0


『出席番号1、羽生つー!』


(*゚∀゚)「あひゃっ、おはよせんせ……、……あひゃ?」

聞き慣れた声に呼び起され意識奥から元気よく目覚めたつーは
声の聞こえた方に、普段なら教卓の後ろに立っているべき人物の姿が見当たらないことと
そもそも教卓も他の机も見当たらない、このがらんとした薄暗い場所が
いつもの教室とは違うことにすぐに気がついて、間の抜けた声を出した。

しばらくぽかんと口を開け瞬きした後、不思議そうに辺りを見渡す。

(*゚∀゚)「……???」

( ・∀・)「やぁ。おはようつーちゃん」

(*゚∀゚)「!あひゃっ、モララ先生?」

斜め向かいに置かれた椅子の隣に立つモララーが、そんな彼女を見下ろして声をかける。
右手に持つボイスレコーダーは、見えないようにそっと胸ポケットにしまった。

610 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:05:51 ID:6QjI/E4A0
今日、つーがモララーの顔を見るのはこれで二度目だった。

この日のマインドBクラスでの授業は5,6時間目で、いつも通りクラスでの2時間を過ごし
それが終われば先生や皆とお別れして、人格交代をし、そこから後は記憶が無い。

が、時間の感覚が非常に曖昧なつーにもはっきりと分かるのは
眠ってから今目覚めるまでの間、経過したと思われる時間は普段よりもうんと短く
午後の授業が終わってから、大した時間は経っていない筈だという事だった。

(*゚∀゚)「なんで、モララー先生がいるんだ?ブーン先生は??
    それに、今日はもう授業終わったんじゃないのか?」

( ・∀・)「今日はね、授業じゃないんだよ」

(*゚∀゚)「あひゃ?」

611 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:06:47 ID:6QjI/E4A0
つーは困惑した。

モララーは初めての授業の時から優しく、話し相手にもなってくれるし
勉強の苦手なつーがその問題を理解できるまで、時間がかかっても根気よく付き合ってくれる。
打ち解けさえすれば割と誰にでも懐く傾向のあるつーは、そんなモララー先生のことが好きだ。

だが自分と、目の前のモララー以外誰もいない、どこにあるのかも知らない教室。
いつもと違う、初めて直面する今の状況はわからない事だらけで不安を掻き立てる。

つーは、そわそわと落ち着かない様子でモララーの顔と周囲の景色に視線を泳がせた。

( ・∀・)「驚かせてごめんね。でも大丈夫、心配はいらないよ」

(;゚∀゚)「ブーン先生は?兄者は?デレは?……みんな、なんでいないんだ?」

( ・∀・)「ここにいるのは僕1人だよ。
       君と2人だけで、話したいことがあるんだ」

(;゚∀゚)「……?」

( ・∀・)「すぐに済むから、聞いてくれるかな?」

(*゚∀゚)、「う……うん」

612 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:07:35 ID:6QjI/E4A0
モララーは、今まで微妙に斜めに置かれていた椅子の角度を、机の正面に来るよう調節して
丁寧な動作でゆっくりと腰かけた。机向いに座るつーの目を覗きこみ、話を続ける。

( ・∀・)「君に教えてあげたいことがあるんだ」

(*゚∀゚)「?」

( ・∀・)「君のもう1人の人格。しぃちゃんの話だよ」

(*゚∀゚)「……しぃの話?」

つーは、しぃのことを知らない。
顔も知らないし、声を聞いたこともなければ、どこにいるのかもわからない。

時々は、しぃのことについてブーンから話を聞くこともあるにはあったが
彼女にまつわるどんな話を聞いても、つーにとってそれは所詮見も知らぬ他人の話でしか無く。

(*゚∀゚)「……」

その名前が出たからには、今回もまた今までと同じように
さして興味も抱かない、どこかの誰かのつまらない話を聞かされるのだろうと思った。

613 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:08:24 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「つーちゃんはしぃちゃんのこと、知らないんだったよね」

(*゚∀゚)「うん。知らねーんだ。会ったこともないし」

( ・∀・)「僕は今日、しぃちゃんと話をしたんだよ」

(*゚∀゚)「そーなんだ……」

( ・∀・)「何の話をしたと思う?」

(*゚∀゚)「?わかんない」

( ・∀・)「じゃあ教えてあげるね」

モララーは、いつも教室で勉強を教える時と同じような、優しい語り口調だった。
つーは、ブーンはどこにいるのだろう、隣の教室で待っているのだろうかと考えていた。

614 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:09:17 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「しぃちゃんはね」

( ・∀・)「君のことを消そうとしている」

(;゚∀゚)「へ?」

つーは虚をつかれモララーの顔を見た。

( ・∀・)「先週の金曜日に、デレちゃんが言っていた話を覚えてる?」

(;゚∀゚)「?デレが?……なんのこと?」

(;゚∀゚)「あっ」

( ・∀・)「マインドBを消す方法があるって話をしたこと、覚えてるかい?」

(;゚∀゚)「……」

先週。金曜日。
つーは前述の通り時間間隔が非常に曖昧で、曜日の概念にもまだ危ういところがあった。
それが先週のこととなると、さらに日付を特定し記憶を浮上させるのには時間がかかる。
だがデレが泣きだし、ブーンの話にショックを受けたあの日のことはすぐ思い出すことができた。

615 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:10:08 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「しぃちゃんはね」

モララーは続ける。

( ・∀・)「君にいなくなってほしいと、そう思っているんだ」

(;゚∀゚)「……??」

そんなことを言われても、つーはどう反応すればいいのか分からなかった。

あまりに突然の宣告であり、その言葉の意味の持つ冷やかさとは対照的に
モララーの声のトーンは変わらず柔らかで、他愛無い世間話を持ち掛けるかのようだ。

(;゚∀゚)「………」

ぐるぐると思考が回り出す。

しぃが、自分を消したがっている。

いなくなればいいと思っている。

デレの泣き出したあの金曜日に、ブーン先生が言った。
マインドBを消す治療法のこと。でもそれは昔のことで、今はしないって。

616 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:11:05 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「君はどう思う?」

(;゚∀゚)「へ?なにが?」

( ・∀・)「しぃちゃんに、消されてもいいと思うかい?」

(;゚∀゚)「え?やだ!」

( ・∀・)「だよね」

それはそうだろう。誰だってそう答える筈だ。
消されるのなんて嫌だと、痛切に訴えたデレの泣き声が記憶の中に響いた。

( ・∀・)「消されたくなんかないよね」

(;゚∀゚)「う、うん。……そんなのやだよ!」

( ・∀・)「じゃあ、どうする?」

(;゚∀゚)「??」

617 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:13:10 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「君はどうする?
       しぃちゃんに消されないために。どうしたらいいと思う?」

(;゚∀゚)「、え……?」

つーにはわけがわからなかった。
モララーの言う言葉の意味も、モララーが何故こんなことを聞いてくるのかも
ここは何処で、ブーンは何処にいて、ブーンはこのことを知っているのか??

不安と緊張から、昔の癖が出てきていた。チラチラと、教室の入り口に視線が泳ぐ。
戸はぴったり閉められているが、鍵はかかっていないようだ。おそらく。多分。
だがそれでも、閉じ込められているような気がして落ち着かない。

(;゚∀゚)「どうするって……。そんなの……」

つーの顔が歪んだ。

(;゚∀゚)「わ、わかんないよ。
    あたし……ほんとに、しぃのことは知らないもん。
    だから、そいつがどう思ってたって、どうしたらいいかなんてわかんない」

( ・∀・)「なるほどね」

絞り出すように、目まぐるしく忙しなく回転する脳内に若干の頭痛を覚えながらも
なんとか思考をまとめ言葉を紡ぐつーに対し、モララーは、飲みこみの悪い生徒に
ゆっくりと問題を諭す教師のように、寛大な笑みを浮かべ微かに頷く仕草を見せた。

618 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:14:09 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「つーちゃんは、ブーン先生のクラスが好きだよね?」

唐突に切り出された質問に戸惑いながらも、よく分からないままつーは大きく頷いた。

( ・∀・)「ブーン先生のことも、ロマネスク先生のことも、クラスのみんなのことも好きだよね」

(;゚∀゚)「うん」

( ・∀・)「―――彼女は君から、その全てを奪おうとしているんだよ」

(;゚∀゚)「!!」

その時初めて、つーの顔が恐怖で引き攣った。

619 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:15:03 ID:6QjI/E4A0
(;゚∀゚)「……」

(;゚∀゚)「……なんで」

数秒の沈黙の後に、彼女の口から自ずと零れ落ちた疑問の声は
外の廊下を歩く生徒達の声に掻き消され、ほとんど聞き取れないほどだった。

( ・∀・)「しぃちゃんに聞いてみるかい?」

(;゚∀゚)「え?」

( ・∀・)「君に、しぃちゃんの声を聞かせてあげようか?」

(;゚∀゚)「な、なに?……どういうこと??」

( ・∀・)「“共在意識”という言葉を、ブーン先生から教えてもらったことはあるかな?」

(;゚∀゚)「……?えっと」

( ・∀・)「わかりやすく言えば、人格間で互いに共有できる意識のことだよ。
       例えばそう、兄者君みたいに」

( ・∀・)「兄者君が、弟者君と心の中で会話できたり
       弟者君を通して、意識の奥から外の世界を見たり聞いたりできるのを知ってるかな」

620 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:16:06 ID:6QjI/E4A0
つーは考える。

そういえば、教室で―――ごく稀にだが
まるで誰かと会話しているかのように、兄者が1人で喋っているのを見ることがあった。

大抵は退屈した時や、どうしても勉強をやりたくない時などに小声でブツブツ言っているだけで
ブーンにそれとなく注意されるとやめるし、授業中はそういう事はほとんどしない。
そんな、気にもならない程度のことなのだが。

この学校に来て最初の頃、不思議に思ってそれを見ていると
ブーンがやって来てどういうことなのか教えてくれた。

兄者は弟者と、デレはツンと、そして、ブーンはロマネスクと。
心の中で相手と話したり、外に出ていない時でも外の様子を知ることができるのだそうだ。


そう教えてもらっても、正直その時ブーンの話は見事に頭を素通りしていって
そして今日に至るまで、本当の意味ではなにもわかっていないのだった。

621 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:17:21 ID:6QjI/E4A0

そう、つーにはわからない。

前に何度か、その練習をしてみようということになって
ブーンから、しぃの姿を探してみろと言われたが
つーにはそれがどういうことだか、どうしても理解できなかったのだ。

つーはブーンの期待に応えようと、一生懸命言われたとおりやってみた。
ブーンに励まされながら、何日も何日も練習を繰り返した。
だが何度試みても手応えはなく、結果としてそれは一度も上手くはいかなかったのだ。


がっかりして落胆する自分に対し
今はできなくとも、焦らずゆっくりできるようになればいいとブーンは言い
そうしてとりあえず今は、その問題は端に置いておくことになったのだった。

622 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:18:16 ID:6QjI/E4A0
きっとモララーはそのことを知らないのだろう。
つーの目に、相手を失望させてしまうことへの恐れが滲み出た。

( ・∀・)「しぃちゃんの声を聞いてみたいと思わない?」

(;゚∀゚)「……でも。あたし、できない」

つーは俯いた。
悲しい気持ちが込み上げてきて、慣れない状況に疲れてもいた。

いつもなら意識の奥底で眠っている時間だ。
本当はそうしたかったが、意識ははっきりと覚醒しピリピリと緊張していて
どれだけズ太い神経の持ち主だったとしても、とてもこのまま自然に眠れそうにはない。

( ・∀・)「大丈夫。僕ができるようにしてあげる」

(;゚∀゚)「へ?」

どうやって?そう問いかけるつーの視線に、モララーはにっこりと微笑み返した。

623 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:18:56 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「彼女の声を聞けば、分かる筈だよ」

( ・∀・)「自分が消されないために、どうすればいいのか分かる筈だ」

(;゚∀゚)「……」

その言葉にどんな意味が含まれているのか、つーには分からなかった。

( ・∀・)「一時的に、君にしぃちゃんの声が聞こえるようにしてあげるね」

(;゚∀゚)「え……え?
    ……そんなこと、できんの?」

ブーン先生にも、できないのに?

( ・∀・)「僕ならできるよ」

(;゚∀゚)「……」

短くそれだけ言って、モララーはつーの目を覗きこんだ。
つーは少し身じろぎしたが、何故かそこから目を逸らすことはできなかった。

( ・∀・)「今からやってみようね」

624 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:19:39 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「いいかい?僕の目を見てね。今から僕が言うことをよく聞いてね」

(;゚∀゚)「う……うん」

そう促され、わけがわからないままに頷く。

( ・∀・)「いいかい」

( ・∀・)「今から君は眠るけど、でも意識だけは保っていて
       心の中で、彼女の言葉を聞くことができるんだよ」

( ・∀・)「それに、君が起きたいと思ったら、その時は
       誰かに名前を呼ばれなくても自然に目を覚ますことができるんだよ」

(;゚∀゚)「……」

モララーの声は不思議と胸に心地よく響いた。

625 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:20:32 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「君は眠るんだよ。いつもやってるみたいに。できるよね?」

(*゚∀゚)゙

眠るのは得意だ。いつもブーン先生とやってるもの。

( ・∀・)「でも、覚えておいてね。完全には眠らない。心の中では意識を保っているんだよ」

(*゚∀゚)

( ・∀・)「目を閉じて」

言われるとおり、つーは目を閉じた。
体から、ゆっくりと、自然に力が抜けていく。

(*-∀-)「……」

( ・∀・)「君ならできるよ」

626 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:21:28 ID:6QjI/E4A0

見知らぬ教室。モララーの顔。どんどん遠ざかって消えていく。

暗闇の中、灯火のように揺らめく声だけが最後までそこに残っていた。

いつものまどろみとは違う、暗い穴へ すっと1人落ちていく感覚。

それを遠くから眺め見るように、傍観するように、でもやはり落ちているのは自分で



やがて何も見えなくなった。


.

627 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:22:14 ID:6QjI/E4A0


(*-∀-)


(*- -)


( ・∀・)



( ・∀・)「おやすみつーちゃん。
       次に君が目覚めた時、強い意志を持てるよう僕は願ってるよ」

628 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:23:08 ID:6QjI/E4A0


(*゚ー゚)

( ・∀・)「羽生さん」

(*゚ー゚)「え」

(*゚ー゚)「あ……あれ」

(*゚ー゚)「モララー先生?」

( ・∀・)「うん。おはよう」

しぃは驚いた顔をして、咄嗟に周りを見た。見慣れない教室だ。ここは?
そしてすぐに、つい先程交わしていたモララーとの会話を思い出す。

(;゚ー゚)「あ……」

629 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:23:55 ID:6QjI/E4A0
(;゚−゚)「……つーと話したんですか?」

( ・∀・)「ああ、話をしたよ。少しだけね」

(;゚−゚)「……そ、それで!」

(;゚−゚)「……どう、だったんですか……?」

その声は不安と緊張で震えていた。

( ・∀・)「そうだね。今日はまだ第一段階。
       ほんの抽象的なことしか話さなかったんだ」

( ・∀・)「それでも一応、君に協力する意志はあるかどうか、確認してみたよ」

(;゚−゚)「……」

630 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:25:04 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「ただ。残念ながら……」

モララーは一呼吸置いて、僅かに首を振った。

( ・∀・)「あまり良い返事はもらえなかった」

( ・∀・)「今のところ、彼女にその気は無いようだね」

(;゚−゚)

その答えを聞いて、しぃが明らかに落胆した様子が分かった。

( ・∀・)「あまり話もできないうちに、意識の奥へ帰って行ってしまったんだ」

( ・∀・)「……このままだと、協力してもらうのは少し難しいかもしれない」

(; − )

(; − )「……そう、……ですか」

631 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:25:46 ID:6QjI/E4A0
( ・∀・)「そんなに落ち込まないで。今日は第一段階だって言ったろ?」

( ・∀・)「初めからそんなに上手くいくことではないよ。
       こういうことには時間をかけなくちゃ」

(; − )「……」

(; − )「……上手く、いきますか?」

( ・∀・)「いくとも。でもさっきも言ったとおり、まずは本人の強い意志が大事だからね。
       それを覚えておいて」

ね、羽生さん。と彼は続ける。

( ・∀・)「つーに、いなくなって欲しいだろ?」

(; − )

しぃはこくんと頷いた。
それを見てモララーは微笑む。

( ・∀・)「焦らず、ゆっくりやっていこうよ。また僕の元を訪ねてくれればいい。
       この学校で実習期間が終わるまでは、まだ時間があるんだから」

( ・∀・)「……だから今日は、もうお帰り。ね」

モララーに優しくそう諭されても、しぃは溢れ出る失望を隠すことができなかった。

632 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:26:44 ID:6QjI/E4A0

( ・∀・)「じゃあね羽生さん。気をつけて。またクラスで会おう」


しぃは、とぼとぼとした足取りで1階の空き教室を後にした。

今日で全てが上手くいく とまでは流石にいかないまでも
少なくとも今の状況から、少しでも良い方向へ前進できると。
そんな淡い期待を抱いていた。

だがそれは、あまりにも楽観しすぎた考えだったようだ。

考えてみれば、そんなに上手い話がある筈が無いのだ。
一朝一夕で片付くような、そんな簡単な問題では無い。

そのことは、頭では充分分かっていたつもりだった。期待しすぎてはいけないと。
何度も何度も自分の気持ちに歯止めをかけていた。今までずっとそうしてきたように。

633 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:27:33 ID:6QjI/E4A0
でも。

それでもと。しぃは考えてしまう。

ギコが教えてくれた話はあまりに理想的に聞こえて
ついつい無意識のうち、期待を膨らませすぎてしまっていたのだ。

不意に与えられた希望に縋ろうとする気持ちを、完全に抑えつけることなど無理な話だった。

今日で普通の子になれる筈だったんだ。
もう、特別クラスに通っているからと言ってクラスメイトから変な目で見られる必要も
それでも仲良くしてくれる、優しい渡辺に隠しごとをし続ける必要も無い。普通の。

もし何もかもが総て上手くいったならまず、何より親友である彼女に真っ先に知らせたかったし
日々一人娘の心配を抱え頭を悩ませている両親もきっと、その知らせを聞いて喜んでくれる筈だった。

のに。

待ち望んだその機会が、失敗に終わってしまった。

その事実を認めることはあまりに辛かった。

634 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:28:56 ID:6QjI/E4A0
しぃが密かに膨らませていた期待は、今では完全にしぼんでしまっていて
日の沈みかけた廊下をふらふらと歩く、彼女の足取りをのろく重くさせた。

モララーの言った言葉が頭の中で繰り返される。

つーは自分に協力する気は無い。協力してもらうのは難しいと。
彼はさも残念そうな口ぶりでそう言ったが、そんなことは最初からわかっていた。

だって、あの”つー”だもの。
隔離室に入れられ壁や床にぶつかり、喚き暴れていた、あの凶暴な少女が
素直にモララーの言うことを聞き、自己を犠牲にしてまで協力してくれるとは思えない。

そう。そんなことはしぃからすれば、分かりきったことだったのだ。

きっと、これから先何度モララーが説得を試みたとしても、自分の望みは叶えられないだろう。

635 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:29:52 ID:6QjI/E4A0
(*。。)「……」

きっともう、普通の子にはなれないんだ。

(*。。)「……そうだ、ナベちゃん」

咄嗟に携帯の画面を見て時間を確認すると、4時46分と表示されていた。
思ったより時間が経ってしまっていた。渡辺はまだ待ってくれているのだろうか?

重く、沈んだ気持ちを引き摺ったまま、階段をあがり1年A組の教室を目指す。
彼女の顔を見て楽しい時間を過ごせば、少しはこの気持ちも軽くなるだろうことを祈って。

636 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:30:40 ID:6QjI/E4A0




                  つーは闇の中で目を覚ました。




目を開いている筈なのに、辺りは真っ暗で何も見えない。

自分は何処で何をしているのだったか。つーは懸命に思い出そうとした。

つい先程まで誰かと話していたことをぼんやりと思い出したが
顔をあげ周囲を見回しても、何処にもその相手の姿らしきものは見当たらなかった。

誰もいない。ひとりぼっちだ。

何も見えない。何も感じない。つーは途方に暮れた。

.

637 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:32:05 ID:6QjI/E4A0
その時。

「!」

驚き、きょろきょろと辺りを見渡す。


―――誰かいる。


依然何も見えないが、確かにこの何も無い空間の中、自分以外の誰かの気配を感じたのだ。

その気配を手繰るように人の姿を探し続けていると、そのうち何処からか声が聞こえてきた。
声は非常に小さく、不明瞭な喋り方ではっきりしない。だが、確かに誰かが何かを喋っている。

つーは声のする方向へ耳を傾けた。


『〜〜〜、〜〜〜〜〜、〜〜〜〜〜〜〜』


―――まるで水の中で、誰にも聞かれないよう秘密の独り言を呟いているかのようだった。
音はくぐもりノイズのようなものも混じって、何を言っているのか全く聞き取れない。


つーは苛立った。もっとよく聞きたいのに。

638 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:33:06 ID:6QjI/E4A0



               ――――君は彼女の言葉を聞くことができるんだよ。



「!」

途端、そのボソボソとした声のボリュームが僅かに大きくなる。
まだ小さいが、さっきよりはずっと聞き取りやすい。つーはその声に集中した。

集中すればするほど、どんどんその声は近くなる。
分厚い壁は取り払われ、邪魔なノイズもいつの間にか聞こえなくなっていた。

「……?」

639 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:33:56 ID:6QjI/E4A0
そうして分かったのは―――どうやら声は
なにやらボソボソと文句のようなことを呟いているようなのだった。

もしくは不満や悲しみを嘆いているのか。その声の主が酷く落ち込み、沈んでいる様子が伺えた。

やはり、誰かに話しかけているわけではないようだ。
そしてもちろん自分に話しかけているのでもない。


一体何を喋っているのだろう。まだよく聞こえない。

何故かはわからないが、その声を聞かなければ。
言葉を聞かなければいけない気がした。


つーはもっとよく聞こえるよう耳を欹て、じっと神経を集中させた。


――――――………

.

640 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:35:04 ID:6QjI/E4A0





               『“つー”なんていなくなればいいのに』





「!?」


びくりと体を震わせる。

だしぬけに自分の名前が呼ばれたことにも驚いたし
なにより、その言葉の持つ ぞっとする程の冷やかさに身を強張らせた。

641 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:35:56 ID:6QjI/E4A0
声が明瞭さを増すと共に、何も見えない暗闇の中
ぼんやりと、誰かの輪郭が浮かびあがってきた。

誰か――― 誰、だろうか。人であることは確かだ。

(* − )

顔はよく見えない。女の子、だと思う。学校の制服を着ている。



――――――ああそうか。あれが。



(あれが、“しぃ”なんだ)



つーは感覚的にそう理解した。

ブーンは、心の内に目を向けて、その姿を探してみるよう言った。きっと見つかる筈だからと。

これがそういうことだったのだ。これが、そういうことだったのか。

自分にもその姿を見つけることができた。つーは夢中になってもっとよく見ようと目を凝らした。

642 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:37:20 ID:6QjI/E4A0
あれがしぃなんだ。

あれがしぃなんだ。

あれが“つー”のことが嫌いな“しぃ”なんだ。


改めて、その姿をまじまじと見つめる。
暗い顔をして俯くその女の子は、年は自分と同じくらいか。

……あれが しぃ?

つーが今まで想像していたイメージよりもずっと
なんとも弱弱しく、小柄で、ちっぽけな存在に思えた。



(* − )『“つー”なんていなくなればいい。“つー”なんて……』


               ―――彼女は君から、その全てを奪おうとしているんだよ……



(……どうして)

643 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:39:55 ID:6QjI/E4A0



どうしていつも 与えられるのは彼女で 奪われるのは自分なのだろう。



つーの心は急激に色を失っていった。

まだボソボソと何か言っているしぃの姿を、視界に捉え続ける必要は最早無い。

視界は再び黒一色となり、辛うじて見えていたその輪郭も呆気なく塗り潰された。

だが、それはもはや静寂の黒では無く。

644 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:41:39 ID:6QjI/E4A0




――――させない――――




怒り、が。




――――そんなことさせない!!――――




黒闇の中で 閃光を発した。

645 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:43:03 ID:6QjI/E4A0
2階までもう2,3段というところで、1年A組の教室が見えてきた。

戸にはめられたガラス窓から、まだ教室に数人の生徒が残っている様子が伺える。

ようやく階段をあがりきり教室に近づくにつれ、丁度真ん中あたりの席
机に突っ伏し寝入っている状態の渡辺の姿を確認することができて、しぃは安堵した。

(*゚ー゚)(良かった、まだ残っててくれた)

1時間前教室を出た時と全く同じ体勢の渡辺に、思わず笑みが零れる。

こんな時間まで待たせてしまい申し訳ない気持ちと、その姿を見つけて嬉しいのとで
今まで重かった足取りが自然と軽くなるのを感じながら、しぃは教室の戸に手をかけた。

646 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/03/21(土) 23:44:31 ID:6QjI/E4A0
(*゚ー゚)

(;゚−゚)「!!?」

ぎょっとして、咄嗟に後ろを振り返る。
今、確かに、誰かの声を聞いた。それも、耳のすぐ傍で。


いる。


誰かがそこに立っていた。自分の背後、すぐ後ろに。


(*゚−゚)「ぇ」


しかし、驚きに目を見開いた彼女の瞳には―――

その”誰か”の姿はおろか、向いの1年B組の教室も
見慣れた廊下や壁、天井や床さえ、何ひとつ

何ひとつ映し出されることはなかった。

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