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318 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:31:43 ID:vygusHcs0
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――それからオーディション本番まで。
何度も何度もガーゼを変え、エタノールで濯ぎ、
恐らく常人ならその度に死を願うような激痛を耐え抜き、ついに彼女の"ポケット"は完成したわ。
親指の第一関節くらいが突っ込めるサイズの、右頬の内側に隠された"人肉ポケット"
彼女は、何度かそこに人差し指を突っ込んで、何の痛みも走らない事に感激した。
そして、そこに、あの【のど飴】を滑り込ませ、確かに肉に包まれてずれない事を、舌の側面で確認してから、
オーディション用の課題曲を歌ってみた。
凄い。完璧だ。
どんなに大きく口を開けても、飴玉が飛び出してくることも無い。
自由に、綺麗に、歌い続けることが出来る。
こうして、人気声優レモナは、あの役を勝ち取ったのよ。
('A`) 「お前こんなんテレビの前のお友達失禁するぞ」
あら?でもね、本当の不幸に比べれば、こんなのまだまだ、入り口に過ぎないのよ?
('A`)「うへぇ……」
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319 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:32:21 ID:vygusHcs0
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それから彼女はどんどんとメディアに進出していくわ。
今まで多彩な演技が評価されてきたのに加えて、歌まで達者ときたら、そりゃもう人気者にもなるわよね。
なんとかっていう雑誌の表紙を飾ったり、どっかのラジオの番組が始まったりしたわ。
彼女は幸せの絶頂にいた。
痛みと引き換えに勝ち取った勝利の美酒に酔いしれていた。
段々と、自身の"声と演技"だけでなく、彼女の全てが神の寵愛を受けているとさえ思えてきた。
だからかもしれない。
神が、驕り高ぶる彼女に、"罰"を与えたのは。
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320 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:32:57 ID:vygusHcs0
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――ある日の事。
その日も収録を終えて、意気揚々と帰路につくレモナだったのだけど、
急に雑踏の中に、聞き覚えのある声がしたの。
最初は誰の声か分からなかった。
でも、凄く懐かしい気持ちになって、その声のする方向に導かれるように歩いて行ったわ。
いつの間にか、見覚えのある道に来ていた。
あの日
オーディションで失敗して、落ち込みながら歩いたあの道。
ここで、私は、あの飴を手に入れて――。
カラオケ屋のネオンがあの日と同じように明滅している。
そして、そのネオンの下に、あの日と同じように、飴を配るお姉さんがいた。
『いーっす、いかがっすかー』
間延びして、だらけ切った声。おおよそ品物をもらっていただこうなんて気力も感じさせない。
しかし、どこか懐かしくて、耳の奥をくすぐる様な。
彼女は自分の記憶を探った。
あの日一瞬だけ聞いて、それで、こんなにも懐かしい気持ちになるものなのだろうか。
いや、違う、もっと、昔から、今まで、ずっと――。
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321 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:33:18 ID:vygusHcs0
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背中の中に、氷を入れられたような戦慄が走った。
爪先から頭の天辺まで一気に鳥肌が立つ。
あれは、"私の声"だ。
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322 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:33:41 ID:vygusHcs0
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頬の中に入れっぱなしにしていた飴玉に、肉の上から舌で触れる。
何時からだ、私がこの飴玉を入れっぱなしで生活するのに慣れたのは。
何時からだ、仕事以外は喉を傷めるからと、地声で喋らなくなったのは。
何時からだ、何時から私は、"私で"喋ることを止めたのだ。
何時から、私は、自分の、声を、忘れて――。
恐る恐る、舌を使って、頬袋に入った飴玉を絞り出す。
それを指でつまんで、小瓶に戻し、そうして、ようやく、自分の声で話してみようと思った。
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323 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:34:29 ID:vygusHcs0
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『婀……』
ぞっとするような声が、自分の喉奥からひり出された。
それは、しわがれた老婆の喉の奥に、馬糞でも詰め込んだ挙句に、イボガエルかなにかの脚で、
そのババァの内臓と糞が一緒になるまで丁寧に掻き回した後に、ババァが盛大にゲロを吐いた様な、
いや、こんな表現じゃまだ足りない、おぞましい音が、自分の喉からせり上がってきた。
『撃囎豸墅、亟儺孥夥澑厮孥刳匯冩儺圍《嘘でしょ、こんなの私の声じゃない》ッッ!!』
そう叫んだ言葉すら、豚の下痢糞を、梅毒患者の爛れた膿とオリモノ塗れの性器にぶち込んだ後に、
練乳とカスタードクリームを注ぎ込んで、浮浪者たちの溜まり場になった公園の便器をゴシゴシ洗った後のブラシで
丹念にかき混ぜた後に、ひとつまみのゴキブリの死骸でも加えたような声だったわ。
その声を聞いた、酔っ払いが、電柱に向かって、さっきまで食べてた焼き鳥を噴射したわ。
それを見て、慌てて小瓶を取り出し、その中の【青いのど飴】を頬張ったの。
もう、自分の声は、私の中に無い。あるのは、地獄を煮詰めた声帯だけ。
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324 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:35:46 ID:vygusHcs0
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彼女は、憤慨して、その飴玉を配る無気力なお姉さんに掴みかかったの。
『返してよッ! 私の声返してよッ!』
そう言って目を剥くと、お姉さんの方はへらりと笑ってこう返したの。
『っにってんすかー。っべってんじゃねっすかー』
それは紛れもなく"レモナちゃん"の声なのに、それが、するすると目の前の女から出る。
『これは、私のじゃないのッ! 私は、私の声でしゃべってないのッ! アンタが盗ったんでしょうッ!』
でも、その時"ポケット"に入れたのが、たまたま青だったから、そんな激昂の言葉ですら、
落ち着き払ったような雰囲気で、しまらない。
『っけわかんねーっすよー、あたまバグってんすかー』
胸倉を掴まれてなお、右手で作った"拳銃"を、自身の側頭部でくるくる回しながら、へらへらと女は答えた。
『ふざけないでよッ!』
レモナちゃんが食い下がると、女はめんどくさそうに舌打ちし、
『ちゃんと説明よんだっすかー』
と言った。
読んだわよッ! とレモナちゃんが言うよりも早く、女は『うらっかわもっすよー?』と付け加える。
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325 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:36:36 ID:vygusHcs0
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裏側。
裏面と言う事だろうか。
いや、自分はちゃんと裏面も確認したはずだ。毒かもしれないという疑念が捨てきれず
あの日何度か説明書きを見返したのだ。
レモナちゃんが黙ってしまうと、女は、自身のポケットから、あのお菓子袋に入っていたのと同じ説明書きを取り出して、
その裏側を、レモナちゃんの眼前に突き付ける。そうして、一番右下についている、汚れみたいなものを指差してきた。
嘘だろ。
『かいてあるっすよー。ちゃんとみたっすかー』
へらへらと笑いながら女は、その汚れを指でなぞり上げて読み上げてみせる。
『長時間の使用は、自身の声帯を傷める恐れのあるため、お控えください。なお、この商品の使用における身体の重篤な問題などは
弊社は一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください』
レモナちゃんは膝から崩れ落ちたわ。こんなの詐欺じゃない。
こんなの――。
でも、こんなこと、誰にも言えない。言えっこない。
だって、そんな事したら、"変幻自在のレモナ"の価値は、地に堕ちる――。
じゃあ、自分の声は、諦める?
そんな事も出来るわけない。私は、私の声で、"声優"になりたかったのだ。
今更、そんな簡単なことに気付く。失って初めて、という奴だ。
どうにもならない、行き場のない、ただただ自分に対しての失望感で、
目の前が真っ暗になる。
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326 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:37:09 ID:vygusHcs0
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『どうにかならないの……』
誰に言うでもなく、そう呟いた。
それを聞いた女は、今までの、へらへらではなく、一段と邪悪な笑みを浮かべて、彼女にこう告げたの。
『七つ全部口に入れてる間だけは、なおるっすよー』
その言葉に、レモナちゃんはガバッと顔を上げたわ。
『ほんとなのッ!? それって本当ッ!?』
『っんとっすよー。でも、七つも口に飴玉入れて、喋れればの話っすけどねー』
『そ、そんなの出来る訳ないじゃないッ!』
『じゃあ、しらねっすよー』
『そんな……』
そんな、七つの飴を、口に入れて、喋る方法など――。
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327 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:37:38 ID:vygusHcs0
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――ある。
――あるのだ。
"アレ"を。
"アレ"を、たかだかあと"六回"繰り返すだけじゃないか。
一回も、六回も、変わらない。
だって、それで、私の夢が叶うのならば。
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328 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:38:03 ID:vygusHcs0
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レモナちゃんは、ふらふらとした足取りで、薬局に向かったわ。
今度はもっと大量のガーゼと、エタノールがいるから。
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329 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:39:14 ID:vygusHcs0
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――某レコーディングスタジオ。
今から、レモナちゃんがラジオパーソナリティを務める番組の本番が始まろうとしていたわ。
その前に、差し入れと称して、局のプロデューサーさんが、可愛らしい包みに入ったマドレーヌを差し入れてくれたわ。
『嬉しぃです☆ ありがとうございますぅ☆』
そんな風に、愛想を振りまいた態度とは裏腹に、彼女はデスクの下で、そのマドレーヌを握りつぶしたわ。
だってそうでしょ? もう彼女、ゼリー状のものしか食べられないんだし。
咥内に開きまくった"ポケット"に食べかすが詰まると、後々それが腐って、凄い匂いになるの。
それからね、結局彼女、右頬左頬、左右三か所、計六か所に"ポケット"を作った時点で、スペースが足りなかったから、
最後の一個は、自分の"舌の内"にポケットを作ったの。
その時の"施術"のせいで、もう味覚なんて何処かに吹っ飛んじゃったから、それももう関係ないのよ。
でも彼女、幸せなんですって。
七色+自分の声の、合計八色を使いこなす、稀代の声優になれたんですから。
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330 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:40:30 ID:vygusHcs0
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<本番入りまーす。
はーいっ☆
――あっ!
チュポンッ
カツーン
カツーン
カツーン
コロコロ……
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331 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:41:00 ID:vygusHcs0
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……
ヒョイ
…
パクッ
グチョ、グチチ、ミチチィ……
ヌチャァ……
……
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332 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:41:59 ID:vygusHcs0
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さ〜ぁっ☆ 今週も始まりましたぁ~ッ☆ レモナのぉ〜ッ☆ 【Lemo・Lemo☆NIGHT】!!
まずは今日発売の私のニューシングルゥッ! この曲からいってみよう☆!!!
それでは聞いてくださいっ☆
"七色ポケット"
【七色ポケット 了】
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333 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/15(土) 05:43:08 ID:vygusHcs0
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【幕間】
( ^ω^)「あぁ……、もぉ……」
('A`) 「お前、またやったな」
ξ゚听)ξ「正直今までで一番難易度の高い"題"だったもんで、つい」
( ^ω^)「確かに、あんまりホラーな"題"では無かったけどもだ」
川 ゚ -゚)「ふむ、私は結構好きな終わり方だったけどな」
(´・ω・`)「女子って結構グロ耐性あるっていうよね」
ξ゚听)ξ「まぁ、毎月股から血を流しているから、見慣れてるっちゃ見慣れてるわね」
川 ゚ -゚)「なぁ」
( ^ω^)「まぁ、御下品ッ!!」
('A`) 「いやらしぃわぁ〜ッ! 最近の女子高生はッ!」
(´・ω・`)「なにこの茶番」
( ^ω^)「もうさっさと次の"題"貰って雰囲気変えるお」
川 ゚ -゚)「賛成だ」
ξ゚听)ξ「まぁ、百話もやってりゃ、こういう回もある」
( ^ω^)「元凶が自信満々に言うなお」
(´・ω・`)「じゃあ、最後はドクオだね」
('A`) 「"題"は>>340にするわ」
ξ゚听)ξ「了解したわ」
ξ゚听)ξ「それじゃ、次の"解"を求めましょう」
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340 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2017/07/15(土) 12:26:52 ID:s/rG4C8.0
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扁桃