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233 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:43:41 ID:kp8J7FH20
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【第8話 狐の窓を開くということ】
"(´・ω・`)"
――さぁ、始めようか。
( ^ω^)「無駄に美声だお」
――さぁ、始めようか。
('A`) 「うわっ、コイツ調子乗って二回言った」
ξ゚听)ξ「あんたその声どっから出してるの?」
あっ、これはデスボイスの中でも"グロウル"って発声法の応用で
まるでゲップをするように喉の奥をこじ開けることで――。
川 ゚ -゚)「いいから始めてくれるか?」
ちぇー。
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234 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:44:24 ID:kp8J7FH20
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――これは僕が小学五年の夏の話なんだけど。
その日僕は、東北新幹線に乗っていた。
秋田の祖父母の家に行くためだ。
隣の座席には、知らないおじさん。
父さんと母さんはどの座席にも乗っていない。
僕は、一人で田舎に行くのだ。
事の発端はこんな感じだった。
そもそも、例年なら、祖父母が僕らの住む拝成市まで来るはずだった。
しかし、祖母の方が、足を患ったらしく、あまり遠出が出来ないという。
なので今年は趣向を変えて僕らが秋田に向かう事になっていたんだ。
ウチがデザイナーの小さな事務所を夫婦で経営してるのは知ってる?
( ^ω^)「小さなって、結構オシャレなあれだお?」
('A`) 「ぶっちゃけ街の景観を無視しすぎの感があるシュッとした建物のあれだろ?」
君たち人の親の仕事場を"あれ"っていうの止めてもらっていいか?
まぁともかく、ウチの両親はデザイナーで、本来だったらお盆は空けてあるはずなんだけど
その年は、結構なお得意さんから、映画の告知ポスターの緊急発注があって
どうしても断り切れないってんで、仕方がないから、僕だけ先に祖父母に預けるって事になったんだよね。
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235 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:45:06 ID:kp8J7FH20
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東京駅から、東北新幹線に乗る時は、さすがに父さん母さんもついてきてくれた。
でも少し早く着きすぎちゃって、駅のホームで母さんが延々荷物の確認とか、
途中盛岡で秋田新幹線に乗り換える話とか、そんな事を目まぐるしく何度もされたよ。
でね、もうあと10分で電車が来るよって時に、そこまで一言もしゃべらなかった父さんが急に僕の肩を叩いたんだ。
僕の父さんは寡黙なんだけど、家族への思いやりは結構強い方でさ。
多分そこまでずっと、初めての一人旅で不安を抱えているであろう息子へかける言葉をずっと考えていたんだと思う。
でも、やっぱり口下手の父さんだから、その励まし方もちょっと可笑しくて、聞いてるこっちが思わず吹き出しそうだったよ。
『なぁ、ショボ、父さん――あぁ、父さんの父さんだから、爺ちゃんな。爺ちゃんの家の近くには、"狐"、出るから』
「え、ホント?」
『ああ、父さんも、子供の頃よく見たよ。でな、狐は、人を化かすから、気を付けないといけないぞ』
「なにそれ、そういうのは低学年で卒業したもんね」
『まぁ、そういうな。ショボ、お前が狐に化かされないように、いいもの教えてやる』
そう言いながら、画材の匂いが染みついた、大きく温かい手で、まだその頃は小さかった僕の手を包むんだ。
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236 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:45:57 ID:kp8J7FH20
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――"狐の窓"って知ってるかい?
( ^ω^)「知らんお」
ξ゚听)ξ「あれでしょ? 幽霊とかが見えるようになるっていう」
ちょっと違うね。正確には狐狸が人間に化けてると、その正体を見破れるっていう、まぁ手遊びみたいなものだよ。
はーいっ! じゃあショボンお兄さんと一緒にぃ〜? "狐の窓"を作ろ〜〜〜〜うっ!
('A`) 「コイツ急にお母さんといっしょみたいなテンション出しおった」
川 ゚ -゚)「ある意味ショボが一番人を化かしてるな」
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237 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:47:01 ID:kp8J7FH20
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右手と左手が狐さん〜♪
二人の狐は恋をして〜♪ もう少し〜で〜キスするぞぉ〜♪
あれ〜? 突然〜♪ 右手の狐がさかさまに〜♪
二人の狐は耳で〜♪ お互いの耳を〜掴みます〜♪
そっから〜、なんやかんやあってぇ〜♪
(;'A`) 「途中で投げよったっ!?」
あっ、というまにぃ〜"狐の窓"ぉ〜♪
――出来た?
( ^ω^)「出来たと思うかお?」
ξ゚听)ξ「私は出来たわよ」
川 ゚ -゚)「私もだ」
('A`) 「女子の手先が器用で嫉妬」
うんうん、ツンちゃんとクーさんは出来てるね。
その格子状になった指の中心。その小さな小さな穴が、"狐の窓"なんだ。
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238 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:47:45 ID:kp8J7FH20
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僕は東北新幹線の中で、ずっとそれを練習していた。
子供は指が短いから、なかなか綺麗な形にならない。
別に本気で狐がいるなんて思っている訳じゃなくて、
あの父さんが、こんな風に、ちょっとした遊びを教えてくれるのも珍しかったかったし、
正直拭いきれてなかった両親から離れる際の一抹の不安や寂しさも相まって、
この手遊びに縋る様に、時間をつぶしたよ。
三時間程経って、そろそろ盛岡駅に着くぞって頃には、
形だけはだいぶサマになってくるようになった。
ただどうしても、手の大きさ上、僕の"窓"は小指の先っぽくらいのごく小さなものにしかならなかった。
僕はその窓から、世界を観測する。
隣に座ったおじさん。通路向かいの、僕と同い年ぐらいの子供。
お菓子やビールを詰めた台車を押す、乗務員のお姉さん。
窓から見える人間は、誰もが、そのままの形を保っていて、
"よかった、この電車には狐が乗っていないんだ"って気持ちと
"やっぱり父さんに担がれたな"って気持ちが合わさった、何とも言えないふんわりした気分になったよ。
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239 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:48:32 ID:kp8J7FH20
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盛岡駅で秋田新幹線で乗り換えて、終点に着く頃には、もう夕方になっていた。
僕は駅のロータリーに出て、お母さんから言われていた通り、タクシー乗り場の脇のベンチに座って、祖父母を待った。
その時も、何故か"ここからが本番だ"なんて言葉が頭を過ったから、
僕はもう一度狐の窓を作って、周囲を眺めていた。
『ショボちゃん』
聞き覚えのある声に、狐の窓に目を当てたまま振り向くと、祖父母がそこにいた。
僕の顔を見て一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに去年も見た、柔和な顔に戻った。
まぁ、びっくりするのも無理は無くて、そりゃ孫が顔面におかしな形に組んだ手を当てていたら
ちょっと熱中症を心配してしまうのがジジババ心というものなのだろう。
『1人で来れたねぇ、ショボちゃんは賢いねぇ』
お祖母ちゃんはそう言いながら、カサカサの掌で僕の頭をくりくりと撫でる。
僕は少し得意な気分になりながら、でもそんなことはおくびにも出さない謙虚な孫を演じて、
「そんな事より、おばあちゃんは足、大丈夫?」
と聞いた。
僕があまりにも大人びた発言をしたからだろうか、祖父母は一瞬だけ顔を見合わせると、
本当にうれしい、という風にに破顔して、やっぱりウチの孫は優しい思いやりのある子だよ、とか
ショボちゃんは将来とても偉い人になるわ、なんて言いながら目尻を押さえていた。
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240 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:49:08 ID:kp8J7FH20
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僕らは、お爺ちゃんの運転する車に乗り込んで、さっそく"田舎の家"に向かう事にした。
僕は幼稚園の頃に一度ここに来ているらしいのだけれど、正直周りの風景には一切見覚えが無かった。
駅の周りはそれでも少しは"街"の様相を呈しているんだけど、15分も走れば、立派な田舎道に出た。
秋田は日本でもなかなかの米どころだ。
あきたこまちなんかが有名だよね。
もう一面田んぼだらけ。
だからかは分からないけど、その田舎道の中心には大きな川がずっと僕らと並行で走っていて、
オレンジの夕日を反射しながら、燃えるようにチラチラ輝いていた。
僕はそのきらめきをぼんやり眺めながら、明日は、あの川で遊びたいな、なんて考えていた。
すると、川の中に、小さな人影を見たんだ。
夕日を背にしてるから、真っ黒なシルエットしか見えないんだけど、確かに、僕と同い年くらいの三人の子供だった。
1人は糸が付いた長い棒を持っていて、"あぁ、この川には鮎か何かがいるのだろう"と思った。
僕は、助手席のお祖母ちゃんに尋ねる。
「ねぇ、あの子たちは」
お祖母ちゃんは、振り向かないまま、『あれは村ん子だねぇ、田崎さんのとこの子じゃないかい? ねぇ』
なんて運転しているお爺ちゃんに話を振った。
お爺ちゃんも、ハンドルを握ったまま『この村も、子供が減ったから、それぐらいしか、おらんからなぁ』
そう、少し間延びした声で言う。
『あん子たちは、いい子だから、きっとショボちゃんもすぐ仲よぅなるね』
これを言ってくれたのがどっちだったかは、忘れてしまったよ。
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241 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:49:55 ID:kp8J7FH20
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祖父母の家につくと、既にお風呂が沸かしてあって、
僕がお風呂に入っている間に、お祖母ちゃんが夕食を作ってくれて、
なんだか田舎特有の全体的に茶色い"煮つけ"を頬張りながら、
僕らは談笑を始めた。
基本的に僕が質問攻めにあっていただけなんだけど、一つだけ気になったことがあったので聞いてみる。
「ねぇ、父さんが、ここには狐がいっぱい住んでるって言ってたけど、本当?」
また、一瞬間があって、祖父母が数秒見つめ合って、また大きく笑い声を上げながら、
『本当だよ。山に入るとわんさかいる』
『山本さんのとこなんて、山で子犬を拾って来たって言ってずっと育ててたら、大きくなるにつれてどう見ても"狐"、なんてこともあったくらいだよ』
と口々に狐のエピソードを話してくれた。
それほどまでに、この集落には、狐が密接に関わっているらしい。
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242 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:50:21 ID:kp8J7FH20
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僕はもう一つ聞いてみる。
「でも、狐さんって普段は何を食べているの? 流石にお米は食べないでしょ?」
『基本は野山の小動物、ねずみとか、うさぎとか』
『あとは虫なんかを食べてるの、おばあちゃん見たことあるねぇ』
ふぅん。どうやら基本雑食の生き物らしい。
そういえば、僕の中の"狐"というのは、動物図鑑の中よりも、妖怪図鑑の中にいる方が収まりがいい位置にいる。
父さんの書斎にはデザイン本に紛れて、そういう画集――鳥山石燕とか――があったから、
僕は暇さえあれば忍び込んで、そういう怖い絵を見るのが好きだったので、多分その"引き出し"に入っているのだろう。
だから、こんな風に、動物としての狐の側面を聞くのは、なんだかとても新鮮だった。
夕食を食べ終えると、あっという間に眠気に襲われて、
僕はお婆ちゃんの吊ってくれた蚊帳の中で、すぐに眠りに落ちてしまった。
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243 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:51:15 ID:kp8J7FH20
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――次の日。
お爺ちゃんは、子供が退屈しないように、と幾つかのゲームを買ってきてくれていたみたいだったけど、
僕は拝成市にはない雄大な自然の中で遊ぶの選択した。
母屋の脇に立っているプレハブの物置に、僕の父さんが子供の頃使っていた虫取り網なんかが
当時のまま残っているかも、とお祖母ちゃんが言うので、僕は埃っぽいそこに頭を突っ込んで、
なんとか、虫取り網と、それから水中眼鏡を発掘した。
さっそく昨日見た、川に行こうと思った。
車の中から、大体の道筋は覚えていたから、僕は迷わずそこに着くことが出来た。
――果たして、そこには、昨日見た、三つの影の主たちがいた。
1人はのっぽで、ガタイの良い、まさにガキ大将といった風体の男の子。
2人目は、その子よりも一回り小さい、坊主頭が眩しい男の子。
3人目は紅一点、スカートの下にスパッツを履いて、果敢に水に出入りしている低学年くらいの女の子
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244 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:51:58 ID:kp8J7FH20
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三人は目ざとく僕を見つけると、
長袖、長ズボンに、子供用とはいえシュッとしたベスト、といういかにも"都会のお坊ちゃん"風の僕を怪訝な顔で見やる。
そのまま、どれくらいだろうか、まぁそこそこ硬直していたんだけど、不意にのっぽ君が口を開いた。
『わ、なんね』
"わ"っていうのは、"我"って意味で、つまり"お前"って意味ね。
どうやらこの地方の方言らしいけども、当時の僕にはギリギリ解読できる範囲でちょっぴり安心した。
「あ、ぼ、僕は、お祖母ちゃんちに遊びに来た、黛ショボン、小学五年だよ」
『ふん』
面白くなさそうに、鼻で僕を笑うと、それ以降無視して、また三人で川で遊び始める。
坊主と女の子は、ちらちらこちらを見て僕を気にしてるようだったけど、
のっぽ君だけは、絶対にこっちを向かなかった。
――はっはぁ〜ん。これが田舎特有の閉塞的なやつね。
当時から読書家だった僕にとって、まぁ想定していたわけではないけど、
まるで進研ゼミの販促漫画みたいに"あっ! このシーン、前に読んだ本で見たとこだ"なんて的外れな事を思っていた。
大体このパターンは、都会のもやしっ子が、男気を見せることで、自然と認められて友情が育まれると相場が決まっている。
どうせ知能レベルの低い田舎のサル共だ。所詮ひと夏の付き合いでしかないこいつらに媚びるのも癪だが、
どれ一つ、"お前、中々やるやんけ"を拝借するとしましょうかね
( ^ω^)「その当時から、嫌になるほどショボだったんだおね……」
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245 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:52:38 ID:kp8J7FH20
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僕が川に近づくと、あからさまに嫌そうな顔をされた。
それもそのはず、彼らは魚取りをしているようで、ここに僕が飛び込んだら、魚が逃げてしまうのだ。
川面には、夏の太陽を、鱗の無い体に反射させた、幾つかの流線形が泳いでいるのが見える。
鮎かマスかは分からなかったけれど、小魚って感じじゃなくて、なんていうか"食用"って大きさだった。
のっぽ君は、足首まで川に入った状態で、御手製の釣竿を振るっていた。
坊主と女の子は、石で小さい池みたいなのを作って、そこに熊みたいに魚を弾いて入れるという
至極効率的という言葉から離れた原始的漁に勤しんでいた。
僕は、三人から発せられる無言の圧力を肌でひしひしと感じながら、
それでも、一切そんなの気にしてませんよ〜、なんていうお澄まし顔を作って、そのままざぶざぶと川に入った。
『おい』
のっぽ君の、怒気を孕んだ声が後頭部にぶつけられるけど、完全無視だ。
僕は川の中に、腰まで浸かった。
その状態で、一気にズボンを脱ぐッ!!!
('A`) 「なにやっとん」
同じような顔を、三人はしていたよ。
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246 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:53:10 ID:kp8J7FH20
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水中とはいえ、僕の真っ白ブリーフが、太陽の光を吸い込んで一段と輝く。
僕はズボンの足首を縛ると、水中眼鏡を付けて、川に潜り込んだ。
丁度大きな岩の陰辺りに、そのズボンの腰を石をのっけて固定して、
まるで尾ひれが二股に分かれたこいのぼりみたいに、僕のズボンは水中を流れに逆らって泳ぎ出す。
それを確認した僕は、水面からでて、一度呼吸を整えると、河原に一度戻った。
('A`) 「え、そん時ブリーフ丸出しなんだよね?」
丸出しだがぁ?
ξ゚听)ξ「なんでこんなに強気でいられるの?」
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247 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:54:02 ID:kp8J7FH20
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そして、河原で僕の拳骨くらいの石を幾つか集めると、上流の方から、
次々に川に投げ込んだんだ。
『やめろやぁっ!』
のっぽ君が叫んだけど、僕は止めなかった。
そして、丁度さっきの大岩くらいまで石を投げ込み終わると、もう一度川に飛び込んで、
ズボンの中を確認した。
――うん、いるな。
そうやって腰に置いた石を外して、きゅっとまとめると、中にたっぷり水を含んで重くなったソレを
河原まで引き上げた。
『わァ、なにしよるんやっ!』
のっぽ君が掴みかかって来ようとするよりも早く、僕はズボンをひっくり返す。
ザバァ、と河原の灼けた石に水が被さる。
川の水特有の、苔の匂いが辺りに充満する。
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248 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:54:52 ID:kp8J7FH20
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『兄ぃ! 凄いでっ!』
坊主頭が大きな声で歓声を上げた。
女の子もうわぁなんて言いながらこちらに走り寄ってくる。
水で濡れて、黒くなった石の上を、数匹の魚が飛び跳ねていた。
「ねぇ、この魚って喰えるの?」
僕はのっぽ君にそう尋ねた。
のっぽ君は悔しそうに歯噛みをしながら、『喰える』と返してきた。
『なぁ、これもろてもいいか?』
坊主頭がキラキラした目でこちらを見上げてくるので、
僕は優越感に浸りながら、でもそんなものおくびにも出さないように、実に当然といったように「どうぞ」という。
坊主と女の子は、両手で魚を手づかみにすると、川に晒してあった"魚籠≪ビク≫"の中に、それらを放り込んだ。
――僕の"勝ち"だぁ……。
川 ゚ -゚)「クッソ性格悪いなコイツ」
('A`)「ブリーフ姿で仁王立ちなのにな」
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249 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:56:11 ID:kp8J7FH20
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さぁ、来いぃ……、あの一言、"中々やるやんけ、お前"を言うんだよのっぽぉぉぉ……。
僕は横目で、悔しそうなのっぽ君を見やった。
決してこちらからは声をかけない。これは決まりなのだ。儀式と言い換えてもいい。
田舎の野生児と、都会のもやしっ子の邂逅。夏の日差しを浴びながら、セミの鳴き声をBGMに僕らの友情サクセスストーリーが始まるのだ。
『兄ぃ』
『兄やん』
すっかり僕に手なずけられた少年少女が、上目遣いで、僕とのっぽ君を交互に見やる。
その穢れなき瞳に根負けしたのか、のっぽ君は軽く溜息を吐くと、こちらに向き直った。
『わぁ、名前は?』
「さっきも言ったじゃない。ショボン、黛ショボンだよ」
『変な名前じゃのう』
「うるさいな」
『よっしゃっ! ほなら、わァは、今日から"ボン"じゃ』
「"ボン"〜?」
『ほれで、子分にしたるわ』
はいはいはい、なるほどなるほどぉ〜?
このパターンね。
まぁ、ここで食い下がっても、また面倒な事になるから、
子分とか親分とか、そういう要素はさらっと流して、固めの握手で、決めてしまおう。
僕の実に打算的な内情など知る由もないのっぽ君だったが、
彼は、僕の無言で差し出した手を、気恥ずかしそうに握ってきた。
ふん、案外ちょろいものだ。
これで、僕は、ここに居る間の体の良い遊び相手をゲットしたのであった。
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250 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:56:43 ID:kp8J7FH20
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僕の予想通り、彼らは三兄弟なのだという。
のっぽ君は、名前を"ニダ"といい、小学六年生。
坊主君は、"ネノ"で、小学三年生。
一番小さい女の子は"ピャー子"ちゃん、小学二年生。
この村に二十人しかいない子供たちで、普段は全員同じ教室で勉強しているらしい。
合同学級というやつか。つくづく田舎なのだと実感する。
その後は、びしょびしょになった服を河原に乾かしている間に、
四人で魚取りに勤しんだ。
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251 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:57:18 ID:kp8J7FH20
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すっかり日も落ちた頃、ようやくこの魚取り会はお開きになった。
ピャー子ちゃんはもう眠ってしまっていて、そこはお兄ちゃんらしく、ニダ君が背負ってあげていた。
僕には兄弟がいないから、何かそういうのが凄く羨ましくて、別に夕日のせいじゃなくて、眩しく見えた。
ネノ君は魚がはみ出しているビクをぐるぐる回しながら、遠心力で魚が落ちてこないゲームをしながら
兄の後をちょこちょこと追う。
そんな三人の後ろを僕はついていく。
――なんか、いいなぁ。
夕日映えするというか、その実に兄弟って感じが、何か妙に感慨深くて、僕は思わず、"画角"を決めた。
これは父さんが良くやるんだけど、デザインの仕事の関係で、カメラを良く使う人だからさ、
街を歩きながら、こう、両手の人差し指を親指で"四角"を作って、大体のカメラ映りを把握するアレの事ね。
それを、僕は、"狐の窓"でやってみたんだ。
その、"狐の窓"を覗くと――。
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252 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:58:14 ID:kp8J7FH20
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――別に、何にも起こってなかった。
普通に人間の三人が、さっきと同じように歩いているだけで、やっぱり狐なんかじゃなかったんだ。
その時、急にニダ君が振り返った。能面みたいな、無表情な顔だった。
『ボン、なにしよる』
その時、僕は、なにかすごく失礼な事をやってしまった気がして、
しどろもどろになりながら、"狐の窓"の事を説明した。冗談のつもりであったと。
「だ、だって、何か三人とも目つき鋭いし、もしかしたら狐さんかなー、なんて……」
そう言って僕が肩の中に首を引っ込めようとすると、ニダ君は急に笑い出した。
『おんたちが目ェ細いんは、祖父ちゃんが大陸系だからじゃ。戦争ん時連れてこられたけど、日本人騙くらかして、山に逃げたんだと』
「そ、そうなの?」
『それでいうと、最後まで逃げ切ったんやから、狐なんかよりも人騙すの上手かったんやろな』
カラカラと笑うニダ君には、なんていうか、悲壮感なんて微塵も無くて、
凄く難しい言葉になるんだけど、"今を生きてる"って感じがして、一気に好感が湧いたよ。
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253 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:58:37 ID:kp8J7FH20
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一方が山に続く二又道で、彼らとは別れた。
僕は久々に体を動かして遊んだ充足感と、プール授業の後の数学みたいな倦怠感に包まれながら帰路についた。
途中、ずっと僕らの脇を流れていた川の土手に、薄紫の星形の華を見つけた。
都会では見たことのない、キレイな花で、なんだか妙に気になって、僕は土手に引き寄せられた。
本当に星の形で、葉っぱは平行脈だから、ユリ科の植物かな、なんて
習いたての理科の知識をひけらかしながら、植物博士の気分を味わった。
華からは、ほんのりとミントとおしろい粉を混ぜたような、優しい清涼感のある香りがした。
だから僕は、その華を二、三摘んで、ハンカチで丁寧に包むと、ズボンの後ろポッケに入れて、また帰路を急いだんだ。
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254 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 22:59:18 ID:kp8J7FH20
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――それから三日。毎日のように彼らと遊んだ。
虫を採ったり、誰かの家の畑からスイカを盗んで川で冷やして食べたり、
ホタルを見に川の上流に行ったり、僕が持ってきたトランプで、河原で大富豪をやったり。
田舎の割には遊べるじゃん、くらいだった初日から、
僕はいつの間にか本当に彼らと、この村が大好きになっていた。
僕らは、僕のおばあちゃんの作ってくれたおにぎりを四人で頬張りながら、土手に腰かけていた。
ピャー子ちゃんは梅干しが嫌いらしくて、どれが梅干しじゃないおにぎりかを真剣な顔つきで選んでいる。
そんな彼女を横目に、ニダ君は話しかけてきた。
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255 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 23:00:28 ID:kp8J7FH20
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『ボン、今日ん夜、暇け?』
「うん? なんで?」
『今日ん夜、村の大人たちが、子供んために肝試しやるんじゃ』
「へぇ〜」
『毎年恒例での。うちらのガッコに、大人たちがお化けんふりして待っとう。そこに提灯もっていくんじゃ』
「すっげぇ面白そうっ!」
『じゃろ? もしよかったらボンもこんか?』
「村の子じゃないけどいいの?」
『どうせ、20人しかおらんのじゃ。増えても減っても変わらんじゃろ』
「じゃあ、行きたいッ!」
『ええ返事じゃっ! じゃあ、夜の8時に、またこの河原で、ネノとピャーと三人で待っとうから、絶対こいな』
「おっけーっ!」
僕はまた日が暮れるまで遊ぶと、まっすぐ家に帰って祖父母に、今日の肝試しに参加することを告げた。
お爺ちゃんは、お前のお父さんも参加していたんだよ、なんて長い昔話を始める兆候を出してきたけど、
それを察したお祖母ちゃんが、じゃあ夕飯早く食べちゃおうね、なんて助け舟を出してくれて、
僕は夕飯をいつもよりも多く食べた後、意気揚々と家を飛び出したんだ。