忌談百刑

第7話 「」ん

192 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/13(木) 23:59:42 ID:yaQAk/JE0
【第7話 「」ん】

"( ^ω^)"










('A`) 「次、誰行くよ」




――僕でもいいかお?




ξ゚听)ξ「ええ、お願いするわ」




おっおっ、ありがとうなんだお。

じゃあ、今まで怖いの続きだったらか、ちょっとファンタジーな話はいかがかお?



(´・ω・`)「ファンタジー?」




そうだお、この話は、僕を僕たらしめることになる、ある出来事のお話だお。

193 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:00:24 ID:kp8J7FH20


――これはまだ、僕が幼稚園から小学校に上がったばかりのお話。


最初の話よりも一年くらい前の話だお。


その頃僕は、カーチャンに公文式に入れられていて、でもそのおかげで周りのやつより勉強が出来たんだお。
計算にも強かったんだけど、何より、語彙力っていうのかな、言葉を他の子よりもいっぱい知ってたんだお。

だから口喧嘩なんかは負け無しで、上級生相手に突っかかっていくこともあったくらいだお。



(´・ω・`)「今のブーンからは想像できないね」



兎に角先生からは減らず口君とか屁理屈君とか散々に言われていたみたいだけど、
僕から言わせれば、小学一年生如きを言葉で納得させられない教師の方がどうかしていると思っていたんだお。




その要因のもう一端が、年の離れた従兄がくれた、段ボール一杯に詰められた漫画本だったんだおね。
レベルEとか、幽遊白書とか、あぁあと知ってるかお? "幕張"とか。



ξ゚听)ξ「小1が読むラインナップとは思えないわね」



('A`) 「奈良づくしな」



叶親君がお気にのキャラクターだったお。

194 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:00:46 ID:kp8J7FH20

まぁ、それは置いておいて。

ともかく、僕の年齢からしたら随分と上の世代が読むような漫画を、四六時中読んでいて
しかもその言葉を日常会話の中で使うのが"頭いい"と思っていたんだお。

お昼休みのドッヂボールで、自分一人が残った時には
"乾坤一擲の状況だぜ……"なんてひとりごちて、周りがぽかーんとしてるのも気にせずに悦に浸ってたんだお。

しかも、あとあと考えたら、あの時本当に言いたかったのは"背水の陣"で、
そんなちょっとした言葉のチョイスミスもしょっちゅうだったお。

195 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:02:17 ID:kp8J7FH20






――あれは、夏休みに入るちょっと前の事だお。




拝成市に、ちょっとした"怪人ブーム"が来たんだお。

確か地獄先生ぬ〜べ〜で、『怪人Aが来た!』って回が放送されて、
その終わり方が、まるで僕らの街にも怪人Aが来るかもって思わせるような、
そんな子供たちを震え上がらせる話だったから、嫌でもその話でもちきりになったお。

そういうのに怯えている僕に、カーチャンなんかは、
『悪い子にしてると怪人Aが来ますからね』なんて脅し文句に使ったりしてたくらいだお。

ともかく、学校でも、街でも、耳を澄まさなくても聞こえてくるのは怪人の話ばかり。
しかも殆どが"僕の考えた最恐の怪人"で、それでも小1の僕らは、日夜怪人たちの影に怯えていたんだお。

多分、あの年の拝成市には、数にするとおよそ100体以上の怪人がひしめき合っていたことになるお。



ξ゚听)ξ「生態系が乱れそうね」



まぁ、当たり前だけど、全部眉唾物に決まっていて、
結局"怪人を見たッ!"なんていう奴も、細かく状況を聞かれるとしどろもどろになって、
最終的には泣きながら、『見たんだもんッ!』なんて捨て台詞を残して帰っていくという感じだったんだお。

196 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:02:51 ID:kp8J7FH20








でも、僕は、その中で、唯一真実の怪人に出会ったことがあるんだお。





人面犬も、口裂け女も、花子さんも、ひきこさんも、てけてけも居なかったあの夏。






でも、"アイツ"だけは、





"怪人 「」ん"だけは、確かに僕を襲いに来たんだお。









.

197 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:03:27 ID:kp8J7FH20



――"「」ん"は、実態を持たない怪人なんだお。




ソイツは、街の何処かに、"「」"だけを描いて去っていく、そんな一見無害な怪人だったんだお。
最初の噂は確かこんな感じ。




"「」"の中に言葉を入れると、次の日に、その言葉を誰かが喋る。




ただ、それだけの噂。



それにだんだん尾ひれがついて、"「」を描いている奴を見た"だとか"紅いペンキを持ってるマントと仮面の男だった"とか
そんな風にディティールがはっきりしていって、"怪人 「」ん"は誕生したんだと思うお。

他の怪人が、殺される、だとか連れ去られる、だとか随分物騒なのに比べて、かなりこぢんまりとした怪人なのだけど、
正直、悪戯で再現しやすいだけ、その噂は根強く残ったお。

そりゃそうだお。"「」"を紅いペンキで描くだけなんだから。

切り刻まれた体の破片を用意しなくても、足首が付いたままの靴の片方が無くても、
それだけで、その怪人の存在は肯定される。




だから、随分と息の長い怪人に成長したのだと思うお。

198 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:04:17 ID:kp8J7FH20

その日は、丁度一学期の終業式だったと思うお。



朝顔の植木鉢を持ち帰って、邪魔だからどっかに捨てて、それで絵日記は適当に描いて。
そんな事を考えながら帰っていたと思うから、確かだお。

その頃僕の家の、隣の隣の隣は、売地だったんだけど、
近所の子供たちにとっては、恰好の遊び場になっていたんだお。

その空き地の、右奥の隅っこの壁に、真っ赤なペンキで"「」"が描かれていたんだお。




――マジかよ。




そん時の僕は、頭の冷静な部分で、こんなの下らない誰かの悪戯だって思っていたんだけど、
そうじゃない、もっと頭の深い所で、吸い寄せられるような魅力をそれに感じて、朝顔の植木鉢を置いて
ふらふらと、その"「」"に近寄ってしまったんだお。

僕の想像よりもだいぶ荒々しく、ずさんに描かれた"「」"の中には、まだ何も書き込まれていなかった。

大体20文字ぐらい書けそうなスペースが空いていて、僕はそれを見るうちに、
そこに何かを書き込んで、隙間を埋めたい欲望に駆られたんだお。

199 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:05:13 ID:kp8J7FH20
僕は肩にぶら下げてた絵具入れから、赤の絵具を取り出して、筆の先に無理やりくっつけて文字を書いたんだお。

水で伸ばされてないから、ざりざりの途切れ途切れだったけど、何とか書き上げることに成功したお。



"叶親君のちん○んの先っぽは真っ黒でした"


('A`) 「お前……」




幕張の叶親君の卒業式エピソードを丁度前の晩に読んで笑い転げていたんだお。

ともかく、僕はそう書き終わると、物凄い充足感に包まれて、鼻息荒く家に帰ったんだお。





次の日、そんなこともすっかり忘れて、僕は毎朝の日課にしていたアニメを見ていたお。

その日は丁度忍たま乱太郎がやっていて、僕は食い入るように画面を眺めてたお。





すると、急にヘムヘムが『叶親君のちん○んの先っぽは真っ黒でした』って言ったんだおっ!!










ξ゚听)ξ「えぇー……」

200 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:05:54 ID:kp8J7FH20


僕はもう目ん玉が飛び出るほどびっくりしたおっ!



だってそもそもヘムヘムって、"ヘームヘムヘム"しか言わねぇキャラだしっ!
言ったとしても、あまつさえ"ち○ちん"はねぇだろっ! って1人で口をあんぐり開けたまま固まったお。

でもはっきりと、あのヘムヘムのちょっとしわがれた声で、
『叶親君のちん○んの先っぽは真っ黒でした』って言ったんだおっ!





ちん○んって!!!






川 ゚ -゚)「何回も言わんでくれるか」








――すまんお、当時の興奮が蘇ったお。

201 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:06:45 ID:kp8J7FH20

残念なのが、その時家族が誰も一緒にその番組を見ていなくて証人がいない事だったお。


僕はさっそく友達数人に連絡して、近所の公園で待ち合わせて遊びましょうという名目の下、証人探しを始めたお。





公園にある、ドーム状の、中が空洞になった滑り台の上で、僕は友達に昨日と、それから今朝あった事を話したんだお。



「――という訳で、"「」ん"の話は本当だったんだッ! 誰か今朝の忍たま見てなかったッ!?」



5人くらいいたんだけど、手を上げたのは、1人だけ。
でも、その一人も、可哀想な人を見るような眼で、



『そんなことヘムヘム言ってなかったよ』



って言うだけだった。


僕は頭に来て、今からその空き地に言って、"「」"を見に行こうって無理矢理そいつ等を連れて行ったお。



――でも、いや、案の定というか、空き地から"「」"も、僕の書いた言葉も消えていたんだお。



僕は全員に嘘つき呼ばわりされて、そのまま空き地を飛び出したお。

その足で、もう一度"「」"を探して、アイツらの鼻を明かしてやろうって息巻いていたんだお。

202 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:07:27 ID:kp8J7FH20

僕は街中を駆けずり回った。



小学校の体育館の裏、近所のデパートの駐輪場、クリーニング屋の路地裏。


どこにもない。ちくしょう。どこにあるんだ。どこに隠した。どこに隠れた。

当時はまだ熱中症なんて言葉は流行っていなくて、自身の躰に起きた変調なんて気にしている暇なくて


そうやって、徐々に景色がぼやけて言って、夏の日のアスファルトの上がゆらゆら揺れ出した辺りで、
僕は、"「」"を見つけることが出来たお。

それは、僕らがさっきまでいたはずの、公園の滑り台の空洞の中だったお。


ちょうどそこが陰になってるから、少し涼もうと思って中に入ったら、
薄暗いドームの中に、少しくすんだ赤で、"「」"は僕を待っていたんだお。


僕は嬉しさのあまり声を上げた。
その時に、本当に偶然、ブハッ、って鼻血が出たんだお。


ねっとりとした赤色が、糸を引くように僕から流れ出す。


今、絵具なんて持ってないから、丁度いいやって思って、僕はソレを親指に付けて、
ぐりぐりと"「」"の中に言葉を書いた。



"ブーン君は嘘つきじゃないよ!"



目が回りそうに朦朧とする意識の中、そう書いてやったお。

先ほどの悔しさを払しょくするために、自らのプライドを守るために


アイツらにもう一度僕の正しさを証明するために。

203 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:08:07 ID:kp8J7FH20





――次の日。

僕らはまた例の滑り台の上に集合していた。
昨日に引き続き、僕の"嘘つき裁判"が行われるはずだったんだお。

でも、僕は賭けていた。今この時この瞬間に、"「」"の効力が発動することを。

口々に僕への非難が飛び出してくる。その罵詈雑言の洪水の中でも、
僕はその瞬間だけを楽しみして、ほくそ笑んでいたお。

そしてついに、その時が来たんだお。

そのグループの中でも、僕に次いで二番目の権力を持っていたヤツが、
大声で叫んだんだお。





(・A・) 『ブーン君は嘘つきじゃないよ!』





('A`) 「俺やん!」




おっおっおっ。




思い出したかお?
あの時、ドクオが大声で叫んでくれたから、僕はその場を凌いだんだお。

204 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:08:47 ID:kp8J7FH20


『ド、ドクオ君、どうしたの急に』



(;・A・) 『え、あ、今俺何でそんなこと……』



「それは、僕が"「」ん"に言わせたんだお」



(;・A・) 『マジかよ……』








('A`) 「うわ、あったわそんな事……」


僕は一転、怪人遭遇の生き証人として、夏休みはヒーローとして過ごすことに成功したんだお。
毎日彼らは僕に10円ガムとか、うまい棒をくれて、その度に僕は"「」ん"の話をしてやったんだお。


('A`) 「お前その辺から太り始めたよな」


飽食の幸福を覚えてしまったんだお……。
駄菓子うめぇお……




ξ゚听)ξ「いいから続けなさいよ」

205 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:09:28 ID:kp8J7FH20

その後も、僕のもとに"「」"は表れた。

その度に僕は持ち歩くようにしておいた赤のマジックペンで、普段の生活で絶対聞くことのない漫画のセリフを書き込んでいった。



スーパーのおばちゃんが、カメハメ波を撃った。

電車の車掌さんが、イスカンダル行きを告げた。

テレビのアイドルが、ブーン君大好きッ!なんて言ってくるもんだから、鼻の下を伸ばしたりしてた。



楽しかった。僕の思い通りにみんな喋る。

僕が世界を動かしているかのような全能感。

小学一年生の脳には十分すぎるほど、僕はこの遊びに夢中になったお。

毎日外を歩き回っては、"「」"を探して、そこにマジックで漫画のセリフを書き入れて、
後は好きに遊んで、テレビを見て、昨日書き込んだあのセリフがいつ出てくるかなんて一日中ワクワクすることが出来た。








――だから、あの日、僕がアレを書いたのも、ただの気まぐれの、思い付きで。

206 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:09:58 ID:kp8J7FH20





その日は中々いい漫画のセリフが出てこなくて、早くしないと友達と遊びに行く時間が来てしまうから、
僕は"「」"の前でうんうん唸りながらしゃがみ込んでいたお。

別に何も書かずに遊びに行けばよかったんだけど、その行為はもう半ば日課になっていたから、
なんとしてでもその"「」"の中身を埋めなければならないという使命感に囚われていたお。



ドラゴンボールも、ワンピースも、犬夜叉も、はじめの一歩も、好きなセリフは全部使ってしまったんだお。



その時、頭に、ピーンとひらめくものがあったお。
それは、僕に漫画を大量にくれた、従兄の言葉だった。



『知ってるかブーン。漫画の"シーン"っていう表現はあの漫画の神様手塚治虫が考えたんだぜ?』



それを急に思い出して、僕は「ジョル兄、サンキューッ!」なんて言いながら
キュキュッと"「」"の中に、"シーン"って書き込んで、意気揚々と友達との待ち合わせ場所に向かったお。



友人と遊びながら、でもシーンなんてしゃべられても、一瞬過ぎて気が付かないかも、
失敗したなぁなんて考えていたけど、いつの間にかそんなことも忘れて、遊びほうけていたんだお。

207 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:10:28 ID:kp8J7FH20




――揺れていたんだお。



次の日。僕の身体は揺れていた。
そうやって徐々に眠りの底から、水面へと浮上していく。

どうやらカーチャンに起こされているらしいことに気が付いたんだお。
でもカーチャンもなにか声をかけてくれればいいのに、黙ったまま体を揺さぶってくる。



「カーチャン、起きてるから、やめてよ」



そんな事を言いながら目をこすって起きると、
やけに心配そうなカーチャンの顔がそこにあったお。

でも変なんだお。金魚みたいに、口をパクパクして、
そのくせ何にも喋んないんだお。



「……カーチャンなに遊んでんの?」



僕はそう言って大きなあくびを一つ。
カーチャンも、首を傾げながら部屋を出て階段を降りて行く。

208 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:11:06 ID:kp8J7FH20


トントントンっていうリズミカルな音を聞いて、
そういえばお腹が空いているから、朝ごはんでも催促しようと僕もカーチャンの後を追って階段を降りたんだお。

リビングの時計は昼の11時を指していて、随分とぐっすり寝ていたんだな、と驚いたお。
台所の方を向くと、カーチャンがまたこっちを見て金魚のモノマネをしながら、怪訝な顔をしているんだお。



僕が寝坊助さんなせいで、なんか怒らせたのかな。
それにしては怒る時の、あの剣幕ではないしなぁ、なんて思ったりもしたけど、
それよりもお腹が空いていたし、テレビを付けながら「カーチャンお腹空いたー」って声をあげた。





テレビ画面では、夏休み特有の忍たまスペシャルをやっていたお。
でも、それもなんかおかしいんだお。BGMはかかっているのに、キャラクターのセリフが入っていないんだお。
なんか放送局でミスしてんのかな、確か"放送事故"って言うんだっけ。

でも、そのくらいになってくると、うっすらと恐怖心が湧いてくるんだお。

決して確信ではないんだけど、いや、ワザと確信しないように、
その思考だけは、頭の隅に、隅に追いやって、気が付かないように、
小学校一年生ながら、自分のその考えに蓋をしようとしたんだお。





でも、その"恐ろしい想像の壺"の中身が、どんどん大きくなって、
膨れ上がって、中に閉じ込めていたものが、でろりと外に出てこようとして。

209 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:11:36 ID:kp8J7FH20
もう一度カーチャンの方を見る。

カーチャンは首を捻りながら、何かを料理している音はしている。
ジュージューというウィンナーか何かを焼く音が聞こえる。

「カーチャン」

僕は、声をかけてみる。
振り返ったカーチャンは、またパクパクと金魚みたいに口を閉じたり開いたりする。
でも、聞こえない。

いや、聞こえているんだ。

僕の耳の中を流れる血液の音が、痛いほど大きくなってきて、



"シーン"



って言っているんだお。











僕はもう駄目だったお。

210 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:12:06 ID:kp8J7FH20









「あぁあぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」








.

211 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:13:01 ID:kp8J7FH20

僕は叫んで、耳を塞いだお。

でもそれでも、僕の体内の"シーン"は止んじゃくれない。

むしろその存在はどんどん大きくなって、自身の昨日の行いを思い起こさせる。
"「」"にシーンなんて書いたから、僕の世界から、「セリフ」が、すべて消えてしまった。

僕の大声に驚いたカーチャンが、フライパンの火を止めて、僕の肩を揺らしながら



パクパク、パクパク。



でも何にも聞こえない。何もわからない。



"シーン"



僕は叫ぶ事しか出来なかった。自分の声でその静寂の唸りをかき消そうとした。
不思議の自分の声だけは聞こえた。それと環境音のようなものも聞こえる。
聞こえないのは「セリフ」だけなのだ。

カーチャンはある程度状況を察したのか、それでも多分、僕が難聴になってしまったくらいの認識だったのだろうけど、
僕を耳鼻科に連れて行った。

耳に何の異常も無いと診断されて、盗み見たカルテには"突発性"なんて文字が、医者特有のミミズ文字で踊っていた。

その後、カーチャンと僕は二人で項垂れて帰路についたんだお。

カーチャンはすぐに何処かに電話しているようだったけど、何言ってるか分からなかったから
僕はそんな風に口パクをしているカーチャンを見ているのも辛くて、すぐに部屋にこもって泣いてしまったんだお。



そうして、泣き疲れて、眠ってしまって。



目が覚めると、もう夜になっていたんだお。

212 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:13:34 ID:kp8J7FH20

月明かりが窓から差し込んでいて、灯りの無い部屋をふんわり照らしていたお。
その光の先は、僕の机の上に注がれていたんだお。



机の上には、見覚えのないノートが一冊。



僕は涙のせいで、バリバリにくっついたまぶたをこすりながら、そのノートを手に取る。
普通のキャンパスの大学ノートだったんだけど、やけに日に灼けた黄ばんだノートだったお。




そのノートの表紙には、赤い色で"「」"がはっきり描かれていたお。




「うわっ」




ノートを思わず放り投げる。
そのままノートは僕のベッドに着地した。

その拍子に、表紙がぺらりとめくれて、その1ページ目に、また赤い文字で何かが書かれているのが分かった。
僕はノートには触れないようにして顔を近づける。






そこに書かれていたのは"怪人 「」ん"からのメッセージだったんだお。

213 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:14:09 ID:kp8J7FH20

********************* お知らせ *********************************

やあ ブーンくん ここまで ぼくの "「」"で あそんでくれて ありがとう

たのしんで くれたかな? きみは すばらしい あそびあいて だったよ

でもね それでも やっては いけない "ルール" というものが そんざいする

ぼくはね しゃべらせる かいじん なんだ

しゃべらせない のは "ルール" いはん なんだよ

だから きみには ばつを あたえる ことに しました

でも きみは こう おもうね 『そんな "ルール" しらないもん』

ごもっとも だ

だから きみには ひとつだけ チャンスを あげる

この ノート いっぱいに あしたの おしゃべりを ぜんぶ かくんだ

パパと ママと "――"と ともだちと テレビと 

そのた あすを いきる きみの まわりの ひとの セリフを ぜーんぶ かいてね

もちろん きみじしんの せりふも だ

あした いちにち きみは そのとおりに おしゃべりを するんだ

あしたは ぜんぶ きみが かいた セリフで すすむ

きみが つくる いちにちの ものがたり だよ

でも もし きみが きみじしんの せりふを いちどでも まちがえたら

あらたな ばつを あたえる

きみの いちばん さいしょの "あたま"を きみの "おしり"に くっつけちゃうから

かくご するように

******************************************************************

214 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:15:12 ID:kp8J7FH20

それを読み終わると同時に、僕はクローゼットの漫画がしまってある段ボールをひっくり返して部屋中にぶち撒けた。
部屋中の筆記具を集めて、そのノートの2ページ目から、目につくセリフを片っ端から書いたんだお。

会話の前後も何もかも関係ない。
埋めなければ、このノートを、明日が始まる前に、全て、完璧に、何もかも。

僕は狂ったように漫画のセリフをノートに書き写していく。



ドラえもんがタケコプターを出したら、ルパンが不二子ちゃんに飛び掛かる。

桜木花道がシュートを決めれば、キャプテン翼が必殺シュートを叫ぶ。

ラムちゃんが電撃を出せば、デビルマンが、ヒロインを殺されて慟哭する。



兎に角滅茶苦茶につなぎ合わせたノートの物語は混迷を極める。

その漫画の混沌の奔流に、僕の意識自体が飲み込まれていくようで

鉛筆の芯が削れているのか、僕の心の芯が削れていくのかもう分からなくなっていたお。

あるのは、皆の声が聴きたい、永遠にあの五月蠅い静寂を纏って生きていくのはまっぴらごめんだという
焦燥と、憤りと、戦慄と、恐怖とをごっちゃにした感情の蠱毒。

僕の書いたノートの中身のように、自分の内側がぐずぐずにシェイクされていく。

そうやって自分自身を切り貼りしたようなコピー&ペーストの中で、ただただ今までの行いを悔い、
明日を無事に切り抜けたら普通の小学生として生きていこうなんて言う意味の分からない決意だけが
妙なリアルを持って、僕の中で固まっていったお。

215 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:16:02 ID:kp8J7FH20





――そして運命の日。





僕はノートを抱えてびくびくしながら一日を過ごしたお。

朝っぱらからカーチャンに霊丸をぶち込まれ、友達には鬼斬りをかまされたお。

ちなみにドクオには『ギャルのパンティー、お〜くれっ!』って言わせたお



('A`) 「お前……」



どうやらそのセリフを言った本人は無意識らしくて、自分の言った言葉を覚えてないみたいだったお。

近所のいつも飴玉くれるおばちゃんは、その日も飴を僕に握らせながら、『きたねぇ花火だ……』なんていうし

僕らが"ピート"なんて勝手に名前を付けてた佐倉さんちのブルドックも、
今日ばかりは『安西先生……』『バスケがしたいです……』って哭いてたお。

不合理で不条理に歪んでしまった非日常に足首から徐々に埋まっていく怖さが、
僕のごく正常な部分を麻痺させる。

僕は、何か、自分まで、漫画の中の、一部になってしまったかのような。

僕の自由意思とは、僕の自己決定とは、僕という人間の自己同一性とは。

自分がバラバラに引き裂かれて、パクリ駄作漫画の一ページに書き込まれていくような。

216 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:16:51 ID:kp8J7FH20
自分で作った演劇の台本通りに進行する無秩序の舞台上で、繰り返される似たような展開に吐き気を覚えながら
僕は、"僕"を演じて、その意味のないセリフを繰り返して、明日来る、"いつも"を夢見て、
キチガイを演じて、いや既に本当に僕はキチガイになってしまったのでないかしらんとどこか嘯いて。
完成した水彩画の上に、水を垂らして、垂らして、徐々にぼやけて色が混ざって、そうやって輪郭を失って
溶けだして、意味のないセリフを繰り返して、駄作舞台の一ページに溶けだしてキチガイになって
無秩序の登場人物のセリフをキチガイみたいに繰り返した駄作の一ページに拡散して、僕は完成した
水彩画をキチガイみたいに完成した水を垂らした舞台の駄作の一ページになってバスケがしたくなって
キチガイみたいにブルドッグを完成して溶けていく舞台は駄作の夢を見て水が垂れていくのをきたねぇ花火だから
歪みがマヒしたキチガイみたいに水を垂らしたキチガイが一ページに拡散していく無秩序の中で嘯いて、
水彩画の駄作のパクリのバスケの舞台の不条理の不合理のセリフを繰り返したキチガイみたいに輪郭を失って
その僕は僕を演じた水彩画の中でバスケをしながらきたねぇ花火が完成した駄作の中の舞台の一ページの
キチガイが水彩画のきたねぇバスケのセリフをしたいですの感覚がマヒしていく中で僕の自己決定はバスケと
花火とブルドッグとキチガイと水彩画と舞台と漫画と台本と非日常と自由意思と安西先生と飴玉と
垂らしたブルドックの水彩画の飴玉をババァに叩きつけて、僕は自己決定して、そのままデビルマンと
ラムちゃんが激しいセックスをしてキチガイの僕はそのラムちゃんのきたねぇ駄作から零れる飴玉を
ぺろぺろ舐めながら、僕の自己決定による快楽の奔流の中に、桜木花道と孫悟空と僕とでホモセックスに勤しんで
やった3Pだぜなんて思いながらキチガイの僕はラムちゃんの脳髄に自分のちんぽを突っ込みながらきたねぇ飴玉を
水彩画に描こうと舞台の台本だからこれは仕方なく不条理の3Pで、そもそもホモセックス自体がキチガイの所業
なんだから、不条理も糞も無いだろうと思いながら僕は悟空のきたねぇ飴玉をぺろぺろ舐めたら、悟空がバスケを
したくなって、だから僕は桜木花道のデビルマンを僕の舌の上でコロコロ転がしながらホモセックスしながら
ああもう僕はぐずぐずになって溶けだしてとりとめもなく水彩画の上で、舞台上を描いてババァと3pとデビルイヤー
は地獄耳だから、きっとキチガイっていうのはそういうセンテンスの中に存在する可哀想なネバーランドの住人として
生を受けた世の中のつま弾きものの飴玉を集めた花火みたいに儚く散っていくんだろうという安西先生の名セリフが
あって、だから僕は自分自身の自己同一性をかけたホモセックスを飴玉をしゃぶるみたいにババァして3Pさせられたんだ
と思うんだけど、でもそれはラムちゃんの画策した陰謀論の裏側の玉筋の蟻のと渡りをニッパーで切り刻むみたいな
暴虐邪智なセンテンスを持った悟空とババァのホモセックスを眺めるキチガイみたいなそういう存在感を醸し出す
ヌード専門もモデルみたいな気持ちで初々しく恭しくつま弾き者たちの快楽の花火が打ち上がった――。

217 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:17:39 ID:kp8J7FH20



――永劫とも錯覚する苦しみの中で、それでも時間と台本は正確に進んだお。



僕はやりきったお。

昨晩造った"8/12日"は後数分で終わるはずだったお。



最後のセリフは、カーチャンの"おやすみ"



僕はそれを聞いたら、布団に入って、それで終わりだったんだお。



さっきまで、戸愚呂弟と浦飯幽助の最終決戦を延々と繰り返していたトーチャンとカーチャンに「もう寝る」って言って、
僕は二階への階段を上ったお。その背中に、カーチャンが『おやすみ』って言ってれたから、
僕はいつもと同じく、「おやすみ」なんて返して、妙に感慨深くなって、半泣きで布団に入ったんだお。








――それでもやはり、朝は来るわけで。

218 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:18:33 ID:kp8J7FH20


僕は明日が来るのが楽しみだったから、いつもより少し早く目覚ましをかけて、
今日は家族団らんの朝食を楽しもうと思ったんだお。

階段を降りると、鰹出汁の利いたカーチャンのホウレン草の味噌汁の匂いがして、
ウィンナーの香ばしい匂いもして、とっても幸せな気持ちに包まれたお。



嗚呼、素晴らしき哉、日常。



目にこびり付いた目ヤニを人差し指の腹でこそぎ落としながら、食卓につくと、
トーチャンが読んでいた新聞を畳んで、少し意外そうな顔をした後、妙にほころんだ顔で、こういったんだお。




『やぁブーン、ただいま』



ウチのトーチャンは、そういう分かりにくいボケをかます愉快な面があって、
はは〜ん、今日のは"それを言うならおはようだろっ!"なんて僕のツッコみを待ってる、
そんな顔をしていた。


僕は昨日の今日で、あの恐怖の一日から解放されて上機嫌だったから、ストレートに返してやろうと思った。



何言ってるんだい父さん。それを言うなら――


「――おはよう、だ」





ろ。




――が、出てこない。

220 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:19:13 ID:kp8J7FH20

喉の奥の、胃じゃない、なんかもう一つの違う袋から、
何かがせり上がってくる。

その袋から、人間大の何かが、僕の身体の内壁を掴んで
登ってくる。

そいつは、きっと"怪人 「」ん"なのではなかろうか。



僕は、ハッと気が付く。



そういえば、僕は、あの"「」"ノートの最後に、僕の「おやすみ」は書いていたかしらん。



ぼくは ばつを あたえられるのだ



食道を、気道を、口内を伝わって、出てくる言葉。

ああ、そういう事なのか。




"最初の頭を"、"おしりにくっつける"



僕が今日、一番最初に放った言葉は、











その"頭"は――。

221 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:19:34 ID:kp8J7FH20








                     おっ!












【「」ん 了】

222 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/14(金) 00:20:53 ID:kp8J7FH20
【幕間】



('A`) 「……」

(´・ω・`)「なにこれ」

( ^ω^)「いや、僕のファンタジーな部分を皆さんにお伝えしたんだお」

ξ゚听)ξ「いや、昔からなんで語尾に"お"を付けてんだろとは思ってたけど」

(´・ω・`)「安易なキャラ付けかと思ってた」

( ^ω^)「っぶっぶぅ〜、正解は呪われていたんだおぉ〜」

川 ゚ -゚)「妙に余裕だな」

( ^ω^)「もう10年以上の付き合いになりますので」

川 ゚ -゚)「別に必ず"お"が付く訳じゃないんだな」

( ^ω^)「その辺はよく分からないんだけど、怪人さんの匙加減なんじゃないかお?」

('A`) 「う〜ん、こわいっつーか、こう、もやっとするな」

('A`) 「っていうか覚えてるわ、お前が小汚いノート持ちながらびくびくしてた日」

川 ゚ -゚)「奇妙な話だったな」

( ^ω^)「はいはいなんか出生の秘密喋ってるみたいで恥ずかしくなってきたから、もう次いくお!」

ξ゚听)ξ「え、ええ」

(´・ω・`)「じゃあ次の"題"は>>230にしようか」

川 ゚ -゚)「了解した」

ξ゚听)ξ「担当は誰にする?」

(´・ω・`)「僕が行こうかなぁ」

ξ゚听)ξ「私は構わないわ」

( ^ω^)「異論ないお」

ξ゚听)ξ「それじゃ、次の"解"を求めましょう」

230 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2017/07/14(金) 01:53:19 ID:iTBM7lhE0


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