忌談百刑

第5話 千眼瞳子≪センゲンドウジ≫

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119 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:26:59 ID:KyntKJDU0


――次の日、ペニちゃんは眼鏡をかけてこなかった。


他の友達が、びっくりしてて、ペニちゃんに『どうしたのー?』なんてはしゃぎながら聞いていた。
そりゃそうよね。他のクラスにまで知れ渡るほどの厚みを持った眼鏡が、たった一日で彼女の顔から消失したんだもん。

しかもね、ペニちゃん、眼鏡を取ると凄い可愛いの。

普段は女子なんてブスばっかなんて馬鹿にしていた男子も、ちらちら横目で気にしているのが
私にも分かったわ。

彼女は『特注のコンタクトレンズなの』なんてうそぶいていたけど、
もちろんそんなものではない事を私は知っていた。

でも、ペニちゃん幸せそうだったし、私たち二人の秘密っていうのも悪くないし、
それよりなにより、昨日の事を早く忘れちゃいたかったから、私はそれを語ることをしなかった。

お昼休み、いつものように彼女と、彼女の今後の恋について話していたわ。

当然、眼鏡というコンプレックスが無くなったのだから、積極的に行こうなんて私が言うと
『それはまだ早いよぅ』なんて、両の手を顔の前でわたわたと振る彼女は、本当に楽しそうだった。


よかったね、ペニちゃん。


心の中で祝福をしていた私だったけど、ふと、違和感を覚えたの。

最初は何なのか全然分からなかった。

まるで、ペニちゃんの顔で、だまし絵でもしているみたいに、
いつものペニちゃんの顔と、どこかが、何かが、親友の私にしか分からないレベルで、変わっている。

でも、私の頭の冷静な部分が言うのね。


"目玉に決まってるだろ"って。


私はペニちゃんの眼、特に右目を良く見たわ。

120 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:27:45 ID:KyntKJDU0





――斜視っていうんだっけ。

瞳の部分が、中心からズレるやつ。

ペニちゃんの右目の瞳は、ほんの少しだけ、本当に少しだけ、外側に傾いていたの。




いや、待て。

思えば私だって、眼鏡をかけていないペニちゃんを見るのは殆ど初めてに等しいんだ。
もしかしたら、最初からペニちゃんは右目だけ、そうなっていたのかもしれない。

今までは極厚の眼鏡のせいで、眼自体が凄く小さく見えていたから気が付かなかったのかも。




次の日も、ペニちゃんの右目は外を向いていた。

次の日も、次の日も、次の日も。



周りのみんなは気にしていなかったみたいだけど、親友の私は、一度気になったら、止まらなかった。
来る日も来る日も彼女の眼球ばかりを見ていたわ。

それに気づいたペニちゃんが、『もう、そんなに見られると照れちゃうよ』なんてワザと"しな"を作ってみせたけど、
私は曖昧に笑い返すことしか出来なかった。



もう、彼女の眼しか見えない。



眼は、"見る"ものであって、"見られる"ものではないのに。

121 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:28:29 ID:KyntKJDU0




――ある日、ついに決定的な事が起こった。



放課後、また彼女の恋夢想話に付き合っていると、
不意にいつも感じていた、彼女の右目に対する違和感が膨れ上がった。



明らかに、外側に向かって、瞳が動いている。

左目は、真っ直ぐ私を見ているのに、右目だけが、ゆっくりと、外側に、目尻の方に。


「ひっ」


驚いて声を上げた。


『どうしたの?』彼女は、もうほとんど黒目の見えなくなった右目をこちらに向けて、心配そうにのぞき込んでくる。


気持ち悪い。

反射的にそう思ってしまった。



「ペニちゃん、右目、変だよ」



震える声でそう言った。


でもペニちゃんは、訳が分からないという風に首をかしげるだけだった。

122 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:29:33 ID:KyntKJDU0

それなのに、なおも、彼女の右目は裏返り続ける。




ズ、ズズ、ズズ……。




でも、こんなの、"始まり"だったんだ。

やがて、彼女の右の瞳は、完全に真っ白になった。
でも、そうしたら、今度は、眼頭の方から、瞳が見え始めた。


――一周したんだ。


ぶるぶると震え出す自分の身体を自分で抱きかかえながらそう思った。

でも、ホントは違ったの。


ゆっくりと眼頭から這い出てくる瞳は、異様に小さくて、人間にはあり得ないくらいに小さくて、


そして、あぁ、なんてことなの……


次から次へと、小さな瞳が眼頭から溢れて、眼球全体を覆っていったの。


(´・ω・`)「……あぁ〜」


( ^ω^)「きっつい……」


彼女の右目は、ゴマを散らしたご飯みたいに見えたわ。

無数の眼球の集合体。それが彼女の、小学生の眼窩に押し込まれているのよ。

123 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:30:04 ID:KyntKJDU0

私は、もう我慢できなくて、ペニちゃんの制止を振り切って、トイレに駆け込んだ。

そしてそのまま胃の中身を全部便器にぶちまけたわ。

そうして、もう何も出なくなったところで、トイレの窓を開け放って、上履きのまま、外に飛び出した。

そのまま、家に帰って、布団に飛び込んで、泣いたわ。

口いっぱいに広がる胃酸のすっぱさも気にならないほど、怖くて怖くてたまらなかったの。

124 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:30:55 ID:KyntKJDU0





――次の日、学校を休もうとしたんだけど、お母さんに仮病を看破されて、仕方なく学校に行ったわ。

ランドセルもみんな教室に置きっぱなしだったから、手ぶらで、登校班には混じらずに、
本来の通学ルートとは違う道で、学校まで行ったの。




するとね、その道に、ペニちゃんがいたの。




右目には眼帯をしていて、それだけで、ペニちゃん自身が自分の身に――いえ、"眼"に起こった事を悟ったのだと気付いたわ。



『ツンちゃぁん』



泣き声だった。

泣き顔だった。

何かとてつもなく恐ろしい事になってしまって途方にくれているような、そんな顔。




私は彼女の手を引っ掴んで、私の家に戻った。
既に仕事に出ている両親がいない間に、部屋に戻って、貯金箱を砕いて、お金をポケットに入れて、
駅前のバス停に跳んでいった。

バスの運転手さんが、じろりと見て来たときには「遅刻しちゃったね」なんていう通じるかどうかも怪しい嘘を
これ見よがしに大声で言って、急がないとね、なんて言いながら一番後ろの席に座った。


それから宋豪寺の近くのバス停まで、二人で手を繋いで、無言で、肩を寄せ合ったわ。

125 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:31:36 ID:KyntKJDU0

お寺に着く頃には、太陽はすっかり頭上まで来ていたわ。
それなのに、街に人気が無かった。

バス停にも、お寺の前の通りにも、通りがかったコンビニの中まで、一人も。

当然お寺にも誰も居なかったわ。

私は震えるペニちゃんの手を引いて、千眼瞳子の前まで来たわ。






――果たして、ペニちゃんの右目は、そこにあったの。






ただのくぼみに過ぎなかったはずの石像の右目に、ぴったりと人間の目玉がはまっている。
それが、私とペニちゃんの顔を交互に見ているの。




きょろっ、きょろっ。




そして、いやらしく、半月状に、瞳を歪めて、笑った。

126 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:32:37 ID:KyntKJDU0
瞬間ペニちゃんは叫んだわ。


『それは私のよッ!!!』


掴んでいた私の手を振り払って、石像につかみかかる。
なおも石像は右目だけを歪めて、さも可笑しいと言った風に笑っている。


『返せッ! 返せッ!!』


石像の首が?げてしまうんじゃないかってほど激しく揺らすペニちゃんの表情は、
もうあの愛らしさなんてどこにもなくて、動物の、それもいっとう醜い豚のように崩れてたわ。

やがて、叫び疲れたペニちゃんは、自分のランドセルをあさり始めたの。

そこから、キキララのペンケースを出してきて、鉄の定規を取り出したわ。

連れてきたのは私なのに、私はもう後悔し始めていた。

私がペニちゃんを助けるんだ、なんて思っていたけど、それはもうとても無理そう。



だって、体なんて、もうだいぶ前から動かないんだし。



『私の、私の右目ェェええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!』

絶叫と共に、ペニちゃんは、定規を石像の眼の下にえぐり込んだ。




ずちゅっ、っていう粘質の肉に固いものがめり込む、水がはじける音がしたわ。

127 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:33:24 ID:KyntKJDU0


『返せッ! 返せッ! 返せッ! 返せッ! 返せッ!』


言いながらペニちゃんは、定規をギコギコ揺らす。

その度に、石像の右目から血が溢れだして、ペニちゃんの頬に、腕に、服に、かかったの。



『ィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッッ!!!!!!』



言葉にすらならない叫びが、噛み締めた歯列の隙間から漏れ出した時、ついに石像から"ペニちゃんの目玉"が飛び出した。




まぁるいピンポン玉の後ろに、細い髪の毛のようなものが纏わりついていて、

"あぁ、あれが視神経か"なんて的外れな事が頭を過ったわ。

それをペニちゃんは、愛おしそうに両手で救い上げ、そのまま、口を開いて、



――ごくん。



ペニちゃんの目玉が、喉の肉を押し上げて、嚥下の軌跡を描く。




恍惚の表情のまま天を向いて、本当においしいものを食べた時のように歓喜で体を震わせて。

128 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:34:11 ID:KyntKJDU0

でも、それだけで終わらなかった。

石像のぽっかり空いた右目の穴から、無数の、無数の眼球が、ボロボロ落ちてきたの。

眼球の洪水、濁流。まるでウミガメの産卵のように、ずるん、ずるんって、ひり出される。



『あぁっ! もったいないっ!』



ペニちゃんはそういうと、両手でお椀の形を作って、その目玉の湧水を受け止め始めた。

受け止めては、ランドセルに入れる。

ランドセルの中身を、教科書だとか、給食袋だとかを全部外にぶちまけて、そこにせっせと眼球を詰め込む。



それを見ているうちに、私の指先は動くようになって、爪先も動くようになって。

すっかり全身動くようになったのを確認した瞬間、私は弾け飛ぶようにその場を走り去った。




ペニちゃんはお金を持っていないからバスには乗れないけど、



いや、バスには乗れないからッ、きっと追い付かれないっ!!



私はそのままバスに乗って、家に帰って、また布団の中で泣いたわ。

129 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:34:47 ID:KyntKJDU0





結局その日は学校から連絡が言ったせいで、親に学校に行かなかったことがバレたんだけど、

私はお得意の泣き落としで、"学校で怖い事があった"っていう事だけを前面に押し出して、

それで何となく、両親が怒りを心配に変えた空気を感じ取って、明日はちゃんと行くね、なんて

わざと鼻水だらけの顔で笑って見せた。






.

130 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:35:19 ID:KyntKJDU0







――あれから数日、ペニちゃんは学校に来なかった。



私が一番仲良かったのをみんな知ってたから、どうしたのかな? なんて聞いてきた。
けど、全部"分かんない、知らない"で通した。



そしたらみんな、"あっそ"って、存外興味なさそうにしてくれたから、
私はホッとして、それからを過ごしていたの。








.

131 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:36:03 ID:KyntKJDU0


――ある日の夕方。



私はリビングでテレビを見ていたわ。好きなアニメの再放送がやってて、それを見てたの。
すると、家のチャイムが鳴った。

両親は共働きで、まだ帰ってきてなかったから、私はちょっと舌打ちして、
でも「ハーイ」なんて可愛らしい声を作って玄関まで言ったわ。

私の家の玄関の扉は、鉄製の格子にすりガラスが嵌め込まれていて、
玄関先に立つ人の、だいたいのシルエットが分かるの。




もうね、どう見てもペニちゃんなの。




だって、何度も遊びに来たことがあるんだもん。
今日みたいに、チャイムを押して、私が出迎えるのを待ってて。



「――ペニちゃん?」



恐る恐る声をかけたわ。










『そうだよぉ』

132 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:36:50 ID:KyntKJDU0





帰ってきた声は、確かに、確かにペニちゃんの物なんだけど、
でも、なんか変なの。



芸人とかが、"ワザと太った人のモノマネをしている"時みたいな、低くて間延びした声。



「ほ、ほんと?」



もう一度、声をかけてみる。



『ほんとだよぉ。今日はツンちゃんに謝らないといけないと思ってぇ。怖がらせてごめんねぇ』



喋るのすら苦しそうに、ところどころ詰まったような、太い、そんな声。



『きょうは、いっしょにぃ、おかしをたべようとおもってぇ、もってきたのぉ』









――本当にペニちゃんなのだろうか。

133 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:37:25 ID:KyntKJDU0











一度生まれた疑念は恐怖に変わって、だから、ワタシは玄関スコープを覗いた。









                  覗いてしまった。












.

134 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:37:58 ID:KyntKJDU0













                          『ばぁ』












.

135 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:43:20 ID:KyntKJDU0





スコープから見えたのは、


ペニちゃんの口いっぱいに詰め込まれた



眼     眼        眼 眼        眼 

  眼
         眼       眼   眼 

眼  眼      眼       眼     眼 


  眼   眼        眼    眼       眼 


  眼      眼   眼    眼 

 眼   眼              眼     眼 

眼        眼  眼   眼    眼      眼 

  眼   眼       眼    眼    眼    

 眼  眼   眼      眼    眼       眼 

           眼     眼       眼

136 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:44:10 ID:KyntKJDU0













                     それらが、ぎょろんと、私の方を向いて――。


















【千眼瞳子≪センゲンドウジ≫ 了】

137 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:44:53 ID:KyntKJDU0
【幕間】







( ^ω^)「あー、もー」

ξ゚听)ξ「なによん」

('A`) 「お前、やったな」

川 ゚ -゚)「ツンが一番グロテスクを持ってくるとは」

ξ゚听)ξ「一週目のトリだからね、張り切ってみました」

(´・ω・`)「僕、群衆恐怖症の気があるから、この手の話ダメ……」

('A`) 「つーか、伊藤って、普通に学校卒業したよな?」

ξ゚听)ξ「学区が違ったから、中学は別だけどね」

( ^ω^)「え、じゃあ、伊藤ちゃんが、ずっと喰ってた"お菓子"って……」

ξ゚听)ξ「んふふ〜」

(´・ω・`)「……もう、やめよ、追及するの」

( ^ω^)「はぁ〜、キモコワだったお」

138 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/12(水) 19:45:25 ID:KyntKJDU0
ξ゚听)ξ「さぁ、一周廻った事だし、だいぶ感じつかめてきたんじゃない?」

川 ゚ -゚)「そうだな、思ったより早く終わるかもしれないな」

(´・ω・`)「クーさん、気を抜かない事」

('A`) 「そうだな、"何でこんなことになったのか"を忘れちゃいけねぇ」

川 ゚ -゚)「分かっている。"刑罰"なのだろう?」

ξ゚听)ξ「じゃあ、忘れないうちに、二周目に入りましょうか」

( ^ω^)「"題"は>>145に任せるお」

ξ゚听)ξ「気を引き締めていきましょう」

('A`) 「解答者は?」

川 ゚ -゚)「じゃあ、私でいいか?」

ξ゚听)ξ「あら、やる気ね」

川 ゚ -゚)「同じ女として、エッグい話をブッこみたくなった」

('A`) 「なんで女性陣の方が臨戦態勢整ってるん?」

ξ゚听)ξ「いいじゃない、こんな状況で震えている足手まといになるよりは」




ξ゚听)ξ「さぁ、次の"解"を求めましょう」

145 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2017/07/12(水) 20:55:33 ID:FFt3R/q.0
凄いなぁ


146 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2017/07/12(水) 20:56:34 ID:FFt3R/q.0
やべ、お題は「動脈」で

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