忌談百刑

第23話 管理社会の演算機《ディストピア・カリキュレーター》

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82 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:22:51 ID:CLGK/LaE0
【第23話 管理社会の演算機《ディストピア・カリキュレーター》】


"( ^ω^)"



――じゃあ、始めるお。

みんな、変な"恐怖症《フォビア》"って持ってるかお?


(´・ω・`)「僕、蜘蛛がダメ」

ξ゚听)ξ「爬虫類は好きじゃないわ」

('A`) 「強いて言うなら、広すぎる室内。例えば東京ドームとかが苦手だな」

川 ゚ -゚)「子犬とか子猫、あと赤ん坊。踏み潰したらどうしようってなる」


まぁ、その辺だおね。

僕が持つ"恐怖症《フォビア》"は、"電卓恐怖症《カリキュレーターフォビア》"

あんまり聞いたことないおね?
でも僕は、電卓が怖くて怖くて、仕方がないのだお。

みんな普通に電卓を使ってらっしゃるけど、僕からしたら正気の沙汰じゃないお。
だって、"あいつら"って、何を計算しているんだお?

例えば、【隆くんが、みかんを3個、バナナを5個買いました。合わせて幾つの果物を買ったでしょうか?】
って問題があったとして、当然答えは【3+5=8】になるんだお。

なに当たり前のこと言ってるんだって思うかもしれないけど、
僕らは無意識の内に"3=みかんの個数"だし"5=バナナの個数"って理解しているはずなんだお。

でも、電卓って、そうじゃない使い方があるじゃない?
ただなんとなく、キーを押して、適当に四則記号を入力して、それで、"何か"の計算が完了して、数字がはじき出される。


――ねぇ、それって、一体何を"計算"したんだお?


それで出された"数字"って、何を表しているんだお?



僕が今から話すのは、そんな"電卓"にまつわる話だお。

83 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:23:23 ID:CLGK/LaE0




――小4の正月明け。



もうすぐ進級を目前にした、まだ肌寒い日。



僕らのクラスに、空前の"電卓ブーム"がやってきたんだお。

筆箱に入っちゃうくらいの、超ちっちゃいキーホルダー型電卓。
あれを持ってることが、一種のステイタスになっていたんだおね。

特に電卓の機能にプラスして、"相性占い"が行えるタイプのミニ電卓は女子たちの間で爆発的な人気を誇っていたお。
普通の電卓には付いていない、"ハートマーク"のキーを押してから、自分の生年月日を入力する。
その後に、"+"を押して、相性の測りたいもう一人の生年月日を押して、"="を押すと、百分率で、二人の相性が表示されるんだお。


当然そんなプログラムに従っただけの相性占いになんの根拠も無いのはわかりきっていたけど、
女子はああいうのに凄く凝る子が多くて、昼休みや放課後に、飽きもせずにキャイキャイやっていたのを覚えているお。


('A`) 「俺も覚えてるわ。お前だけ女子に生年月日聞かれて、俺も答えようとしたら『あ、ドクオはいいから』って言われたぜ」


川 ゚ -゚)「悲しい過去を掘り下げてくるな」


ξ゚听)ξ「私も結構やってたかも、その相性占い」



まぁ、当然そんな本来の電卓の使い方じゃない、なまじ玩具みたいな扱いの電卓の存在は、
あっという間に先生に知れ渡って、見つかったら即取り上げられるようになったんだけど、
逆に、そのスリリングな状況が、その電卓ブームの根底を支えていた気がするお。

84 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:23:51 ID:CLGK/LaE0

ともかく、電卓を使ったゲームが次々に考案されて、持ってないやつはその輪に入れないという状況まで来ていたんだお。


僕もカーチャンに頼んで買ってもらおうとしたんだけど、

ちょっと前に誕生日で、欲しかった自転車を買ってもらっていたことと、
電卓なら家にあるやつで良いでしょっ、なんて言いながら馬鹿でかい簿記用の電卓を出されたことで、
買ってもらうことは不可能であることを悟ったお。


今だったら逆にウケると思って、その巨大電卓を持っていったかもしれないけど、
当時はそんな勇気なかったし、更にその"相性占い"の機能も当然付いていなかったから、
学校には持っていかなかったお。

85 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:24:31 ID:CLGK/LaE0



そんな日々が数日続いたある日。

友人と公園で遊び終わって、今日も今日とて泥だらけになりながら帰路についたんだお。

下ろしたてのTシャツにべっとり泥がはねていて、『またカーチャンにどやされるかも』なんて、ちょっと憂鬱になっていたのを覚えているお。

すると、不意に道の真中に、キラキラ光る何かが落ちている事に気がついたんだお。

丁度、たまごくらいの大きさで、でも平べったいクリアカラーのそれに、僕はすぐにピンと来た。

クラスの女子が、それを触っているのを何度も見ていたから。


あの中の基盤が見えるような透明の外装は、間違いなく、あの"電卓"だったんだお。


僕は辺りを見渡すと、誰の人影も無いことを確認してから、サササッとそれに近づいて拾い上げる。

やっぱりそうだ、あの"ミニ電卓"だ。大きさも、胸ポケットに余裕で入ってしまうくらいのサイズしか無い。
家でカーチャンが出してきた漫画の大判の単行本くらいある電卓とは比べ物にならない小ささだ。

沈みかけてる太陽の光に、クリアカラーを透かしてみると、中のごちゃごちゃした機械の塊が見える。
ここに電気が走って、何もかもを瞬時に計算してしまうと思うと、ワクワクがこみ上げて来たんだお。


そして何より、他の電卓にはない"相性占い"の機能ボタン。これが付いている事が堪らなくテンションを上げるんだお。


でも、やっぱり地面に落ちたていたからなのか、そのボタンの"ハートマークは"剥げ落ちていて、歪な"D"の字のようにしか見えなかったお。

それでも、この電卓ブームの中で、ただでミニ電卓を手に入れられたことは僕にとって僥倖でしか無かったお。


当然持ち主が見つかるまで、とも思っていたし、今日の夜には土砂降りになるって天気予報でもやっていた気がするし、
僕が今やっているのは、"泥棒"ではなく、"保護"なんだ、と自分をずるい方向に納得させながら、
結局僕はその電卓をポケットに滑り込ませて家路を急いだんだお。

86 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:25:31 ID:CLGK/LaE0




――次の日。



早速僕は、そのミニ電卓を自慢するために学校に持っていたお。

そして、お昼休み、いつものメンバーを集めて、僕は満を持して、その電卓を掲げた。

その日は雨だったこともあって、誰も外に遊びに行かなかったから、クラスの男子の半分くらいは僕の元に集まっていたと思うお。
更にその半数は、既に電卓を持ってはいたんだけど、この"相性占い"が出来るタイプのものじゃなかったみたいで、
僕が取り出したそれに、素直に羨望の目を向けてきたんだお。


曇天のせいで暗い教室の蛍光灯にクリアカラーを透かして、ひとしきり人気者気分を味わうと、僕らは早速相性占いを始めたんだお。


最初数人は『占いとか、女かよ』なんて言って、羨ましいのがバレバレで強がってたんだけど、
誰かがが、『じゃあ、お前と隣のクラスの津出さんの相性勝手に占っとくわ』なんて言ったら、
『や、やめろよぉッ!』なんて言いながら、結局占いに興味津々で電卓を覗き込んできたんだお。



ξ゚听)ξ「ちょっと、アタシじゃない。やめてよ」


('A`) 「あの頃ツンはクォーターの金髪で目立ってたからなぁ。お前、影で仕切り屋ババァって呼ばれてたぞ」


ξ゚听)ξ「知ってる」


川 ゚ -゚)「それはアレだな。好きな子に意地悪しちゃう"となりのトトロのカン太君現象"だな」



まぁまぁ。

87 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:26:07 ID:CLGK/LaE0


そんな訳で、僕らは意気揚々と"D"のボタンを押して、それから生年月日を入力した。

最初は多分、僕じゃなくて、クラスの誰かの生年月日だったと思うお。
"20000704"。こんな感じ。コレで"2000年7月4日生まれ"を表すんだお。


そして、その後に"+"を押したんだ。


でも、いつまで経っても、数字が"0"に戻らないんだお。

普通だったら、"0"に表示が戻って、それから、もうひとりの生年月日を入力するのに。

僕は、冷えていくみんなの視線を感じながら、色んなボタンを押してみたんだお。
でも、その液晶は"20000704"のまま変化しない。



『故障してんじゃねーの?』『不良品かよ』『んだよつまんねーな』



そんな級友の嘲笑と憐憫をつむじに感じながら、ガチャガチャと滅多にキーを押してみる。

すると、"="のキーを押した瞬間に、表示が変わった。




――"0000000001 人"



みんな、唖然としていたんだお。

コレがなんの表示なのか全く意味が分からない。

もし相性占いだった場合には、末尾が"%"で終わるはずなんだお。
それなのに、"人"ってどういうことなんだお? 



僕も分からないし、当然周りのみんなも首をひねるばかりだった。

88 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:26:37 ID:CLGK/LaE0
その後に、数人の生年月日を入力しても、"0000000000人"が殆どで、
たまに"000000002人"とか"000000003人"とか、出るだけだったんだお。


『これって、将来生まれる子供の数なんじゃねぇの?』


誰かがそう言うと、一斉に笑いが起こる。

なにせ殆どが0人なので、クラスの男子の大半は結婚すら出来なということになってしまう。

そこからは、子供をいっぱい作るなんでフケツだとか、一生結婚できなんてかわいそーとか
別の方向で盛り上がってしまったので結局この電卓の謎は解明されずじまいだったんだお。


僕も、まぁみんなが面白がってくれるならそれでいいかとも思っていたけど、
やっぱり拾いもんなんて、こんなものかって妙に世の中良く出来るものだ、と感心したんだお。
ズルとか、悪いことをすると、上手くいかなくなることの方が多いものだ、と。


他の男子の喧騒に女子も気がついて、子供を産む産まないの騒ぎが大きくなり始めた時。

僕はなんとなく、"明日の日付"を入力してみたくなったんだお。

どうしてそんなことを思い至ったのかわからないけど、何か違うパターンを試してみれば、
一体この数字が何を表すのか分かるかも、なんて淡い期待でもしていたのかもしれないお。



――結果は"0000000001人"



0では無かったけれど、それでも何度か見た表示で、僕は肩を落としてしまった。
この電卓で、少なくとも夏休みまでは人気者気分を味わおうという杜撰すぎる計画がはっきりと頓挫したのを感じたんだお。



その後すぐに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、
その騒ぎの余韻を残しつつ、みんな席に戻っていったお。

89 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:27:45 ID:CLGK/LaE0




――その日の夜。




僕は昼休みの出来事に落胆していたせいか、妙に疲れを感じていて、もう10時にはベッドに潜り込んでいたんだお。
そして、そのまま夢も見ずに、ぐっすりと眠ってしまった。






――ホントに急だけど、僕にはある"特殊な能力"があるんだお。


とは言っても、超能力だとか予知能力だとかではないし、手から炎が出る、みたいな厨二能力でもないお。
ネットなんかでは結構持ってるよ、って人の話を聞くんだけど、所謂"テレビが付いているのが分かる"ってやつなんだお。


……あれ? 皆さんご存知でない感じかお? ポカンとしてらっしゃるけど。



ξ゚听)ξ「いや、だって、そんなの私も分かるし」


(´・ω・`)「画面を見れば一発じゃん」




あー、違うんだお。そうじゃないんだお。



"部屋の外のテレビでも、付いてるのが分かる"んだお。



その頃うちはリビングにしかテレビが無かったんだけど、
そのリビングのテレビが付いてると、耳の奥に"サー"っていう音がするんだお。

普段はあんまり気にならないし、ぶっちゃけ意識しないとわからないくらいの些細なやつなんだけど、
寝る前の静かな時とか、特に"テレビが付く瞬間"に一際大きく感じる耳鳴りとか、そんなので分かってしまうんだお。

90 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:28:17 ID:CLGK/LaE0


その夜も、急に頭の中に、風船からゆっくり空気が抜けるみたいな音がし始めて、一階のリビングで、誰かがテレビを付けたのがわかったお。
そのせいで目が醒めてしまって、なんだか無性にトイレに行きたくなった。

もう小学五年生で、夜一人でトイレに行けないって年でもないし、
もうその頃は一人部屋だったこともあって、朝まで我慢はせずに、普通に一階のトイレに行くことにしたんだお。

たまにトーチャンの帰りが遅い日なんかは、こんな時間にひょっこり帰ってきて、ご飯だけ食べてまた出て行くなんてこともあって、
今日もまた、そんな感じでトーチャンがテレビを付けながら飯でも食べてるんだろうと、僕はそう思っていたんだお。


一階に降りて、階段脇のトイレに入ろうとすると、やっぱりリビングから灯りが漏れている。

でも、それは決してリビング本来の証明によるものではなくて、"テレビ画面だけの灯り"だと気づいたんだお。

トーチャン、こんな暗い中、電気も付けずにテレビの灯りだけで飯食ってるのかお? 僕は不思議に思ったお。

変に家族に気遣いの行き届いたトーチャンのことだったから、もしかして灯りが漏れすぎると、家族が目を醒ましてしまうとか
そういう風に思って、そんなことをしているのか?



いや、でも、夫婦の寝室も、僕の子供部屋も、二階にあるわけで、そんな気遣いは不要だ。


まだ寝ぼけた頭の中で、はっきりとしない思考が、もやもやと塊を作っていく。


酷く軽く、またおぼろげなそれに引っ張られるように、僕はフラフラとその灯りの方へ歩を進めた。

91 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:29:01 ID:CLGK/LaE0

対面式のキッチンがあって、その向こうにソファーとテーブルが見える。
その更に奥に、最近買い替えたばかりの大型液晶TVがTVラックの上に鎮座していた。



ぼんやりと光りを放つ、そのテレビ画面の左上には"D"と緑で表示されている。


いつもだったら、"2"とか"4"とかあるいは"ビデオ"なんて表示されるはずだ。
少なくとも、一度も"D"は見たことがない。




画面全体には、どこかの工場が映っていた。



手前に海があって、テトラポッドで縁取られた海岸線がその奥にある。
その上に、幾つもの管で取り囲まれた煙突が、もうもうと煙を吐き出している。

石油化学コンビナートだ。僕は反射的にそう思った。

最近小学校の社会科の授業で習ったばかりだ。


日本は地下資源に乏しいから、石油なんかは、全部海外からの輸入に頼っている。
カタールやサウジアラビアなんていう中東からの輸入が多いらしい。

そんな訳で、その石油を、更に幾つかの素材に選り分ける"精製"をするのが石油化学コンビナートという工場らしい。

基本石油は、ソレ専用のタンカーで運ばれてくるので、海岸線沿いに工場がある方が都合がいい。
その話を覚えていたから、海と工場の組み合わせで、コンビナートだと思ったんだ。


画面から感じる雰囲気は、決して明るいものじゃなかった。


セピア調というか、曇天の空の下、濁った海の上に、くすんで輝きを失った五円玉みたいな工場がその音を伸ばしている。

幾つかに分かれたそれらを、何本ものパイプが繋いでいるのが、まるで生き物の血管のように見える。
金属光沢でぬらぬらと鈍く光るソレは、たくさんの眼球がついているようだ。



吐き出される煙だけが、妙に白くて清浄な感じがして、ソレが嫌に浮いていて、嫌悪感に拍車をかけていた。

92 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:30:09 ID:CLGK/LaE0

未だ靄のかかっている頭の片隅で、何か不穏な警鐘が小さく鳴り始めたのを感じて、
僕は慌てて踵を返し、本来の目的であるトイレへと向かおうと、テレビに背を向けた。



その時。











『おおいし まさかず さん、67才。以上です』










声が、した。


警察24時なんかで、暴れる男性にモザイクがかかっているときの、あの低く加工された声。



抑揚も何もない、感情のこもっていない、それが、背後から、聞こえたんだ。

93 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:30:32 ID:CLGK/LaE0

僕は振り返る。


すると、そのテレビ画面の一番下の方から、"大石 正和"の白文字が、スーっと上に向かってスクロールしていくのが見えたんだお。

そしてやがて、一番上のところでピタッと止まって、そこから、動かなくなった。
更に、その後、その名前を追うように、もう一つの文字列が、画面下からせり上がってくる。



それは、丁度、お昼休みに見た、あの"0000000001人"の表示。



僕は、目が離せなくなっていた。



あの声が、頭の中で何度も何度もリフレインする。

粘っこい、耳障りな、人間として違和感のある、あの、加工品の声。

そして、あの"大石 正和"の文字。"0000000001人"の数列

背景の工場から立ち上って、画面外に消えていく煙。

全部が、"嫌な予感"をべったりと僕の体に塗りたくってくる。



だから僕は、それが怖くて、気持ち悪くて、動けなかった。

94 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:30:55 ID:CLGK/LaE0





――ブツンッ!





急にコンセントを引っこ抜いた時みたいな音とともに、テレビの画面が消えた。


それで僕はやっと動けるようになって、苦虫を噛み潰したように顔を顰めながら、トイレを済まして2階に上がったんだお。

そしてそのまま頭からすっぽりと布団をかぶって、眠ってしまうことにしたんだ。

95 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:31:21 ID:CLGK/LaE0




――次の日。






深夜のことは、やっぱり覚えていた。

いや、一回睡眠を挟んで脳内で情報が整理されたのか、昨日感じていた非現実感が、それらの情景から取り払われていて、
むしろ今の方がリアルに感じられてしまうくらいだった。



憂鬱も憂鬱になりながら、それでも小学生の領分として学校に行かなくてはならない。

そうだとしても、もしかしたら、級友にこの件を話せば、笑い話にでも変えてくれるかも知れない。
そうなったら儲けものじゃないか。



そんな風に自分を鼓舞しながら、その日は学校に向かったんだお。








でも、その見通しは、朝の会で早速ぶち壊された。

96 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:32:16 ID:CLGK/LaE0
その日教室に入ってきたのは、担任の女教師ではなくて、教頭先生だったんだお。

教頭が言うには、担任のお父さんが、昨日急にお亡くなりになられたので、数日間お休みを取ることになったのだと。
そして、その間教頭先生が担任を務めることになったと説明してくれたお。

クラスの全員がざわざわし始める。

それに合わせて、僕の脳内も、ザワザワと、蟲が這いずるような感覚が興る。
なんだ、この感じ。


何か、とても、とんでもない、何か、もっと、重要な――。


こめかみが酷く痛む。カーチャンがたまに、そうしているように、自分もそこを押さえながら顔を顰めて俯く。
"偏頭痛"とカーチャンは言っていたっけ。


僕は、以前、聞いたことがある。

担任の先生は、結婚している。
その話題になった時に、クラスの女子の誰かが、"結婚したら名字が変わる"なんて話をしだして、
それで、先生の、前の名字を、"旧姓"を、聞いたんだ。

それが、そう、確か――。




"大石"




ぐぼっ。


急に、胃の中から、僕が朝食べたスクランブルエッグとトーストのぐちゃぐちゃになったやつが逆流する。
口いっぱいに、臭くて酸っぱいゲロが溜まる。

ぐりんぐりんという胃の煽動が、更にその中身を押し上げようとしているのを僕に伝えてくる。

たまらず僕は口元を押さえながら、辛うじてその場で吐き散らかすことはせずに、
先生の静止を振り切って、トイレに駆け込んだ。


そして、自分でも冷静だと後で思ったんだけど、ちゃんと個室に鍵をかけて、
それから盛大に、全部、全て、何もかも、胃の内容物を便器にぶち撒けたんだお。

97 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:32:46 ID:CLGK/LaE0

すっかり吐き切ってから、僕は水道で口を濯いで、教室に戻る。

まだ朝の会は続いていて、みんなが教頭先生を質問攻めにしている最中だった。

ガラガラという扉の開く音に合わせて、全員の視線が僕に集まる。
教頭も『内藤くん、急にどうしたの?』と尋ねる。


「目にゴミが入ってしまって、痛すぎてトイレで洗ってました」


僕は戻ってくる最中に考えていた言い訳を言ってみる。
しかも、ちゃんと左目を強くこすって充血させておいたんだお。

変に便所に駆け込んだ野郎だと噂されたくはなかったんだお。
小学生にとって結構致命的なダメージになるから。

みんなその僕の真っ赤な左目に騙されて、その場は納得してくれたようだったお。
そして、席に着くと同時に、僕は教頭に、ある一つのことを訪ねたんだ。


「教頭先生、その、亡くなった先生のお父さんって、名前、まさかず、っていうんだお?」


再度、全員の視線が僕に集まる。

でも、だとしても、僕はそれを聞かねばならなかった。


聞く権利と義務があった。

98 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:33:21 ID:CLGK/LaE0

教頭は、一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして僕を見つめたけど、
すぐに元の表情に戻して、『よく、知ってるね』とだけ言った。



――やっぱりだ。



すぅ、と血の気が引いたのが分かる。
僕は『前に、先生に聞いたことがあるんですお……』と力なく返すと、それきり黙り込んだ。


その後、いつもとは違った教頭先生の授業や、あるいは担任の先生の父親が死んだという非日常感に、クラスが浮足立った雰囲気を醸している中、
僕だけは、深夜に見た、"大石 正和"と、"0000000001人"、それから、今日も僕のポケットに入っている、あの"電卓"、
それらの関係性を考え続けていたんだお。




算数の教科書に隠すように、こっそりと、ポケットから電卓を引き抜いて、机の角に置いてみる。
そして、まじまじと、観察してみる。





僕の中で、ほぼ答えだろうというものは既に見つかっていた。



つまり、"死の予言"



僕が昨日入力した"今日"の日付。

そして、表示された"0000000001人"という数列。


それから、あのテレビ。


どう考えてもテレビ放送で、あんな風に死者の名前が流れてくるのはおかしいんだ。

99 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:34:08 ID:CLGK/LaE0
だから、僕は、こう思った。



"この電卓に日付を入力すると、その日に入力者の周りで死ぬ人の人数を教えてくれる"



"相性占い"なんて目じゃなくらいに、とんでもない占いが、この電卓では可能なのだ。
この小さなボディの中で、人間の死の運命を、この電卓は計算して、そしてはじき出しているんだお。



恐怖心。それよりも強い"好奇心"



子供だったから、っていうのが免罪符になるのかおね?


僕は、もしかしたら、自分のせいで死んだかもしれない"大石正和"なる人物のことなんてすっかり忘れて、
また、明日の日付を入力してしまったんだお。

電卓は、すぐに数字を表示させる。




"0000000002人"




液晶には、そう出た。




もし、明日、僕の近くで、2人の死者が出たならば――。









変な高揚感が、僕を取り巻いていた。

100 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/11(金) 01:34:31 ID:CLGK/LaE0




――その日の夜も、果たしてテレビは付いたんだお。




僕の知らない、二人の名前。


名字が同じだったから、多分親子なんだと思った。



そして、最後に"0000000002人"の数列。



昨日と同じだ。

この"D"のチャンネルには、死者の名前が映るのだ。


いや、まだそうと決まった訳ではないが、いずれにせよ、答えは明日出るのだ。


僕はまた、その工場の画面が何らかの力で消えるまで、画面を見つめ続けた。

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