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885 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:42:56 ID:lC.C.W2Q0
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【第20話 鳥籠の中のろくろ首≪デュラハン・イン・ザ・バードジェイル≫】
"('A`) "
――っふぅ。四週目のトリか、緊張するな。
みんな、人間の魂に重さがあるって話聞いたことあるか?
ある医師と科学者が協力して、魂の重さを測る実験をしたことがある。
もうすぐ死にそうな人間を、ストレッチャーに乗せて、それごと秤に乗せたんだ。
そして、その人間が死んだ際に、幾らの重さが失われるのかを計測した。
その平均の値が"21g"と言われている。
勿論現代の科学的検証によって、そんな事は嘘っぱちであることは既に証明されているんだけど。
でも、今度は新しい基準で"魂の重さ"を求めた科学者がいた。
それは、魂の"情報量"
人間の人格を、PC上に再現するには、一体どれくらいの容量が必要なのかという実験をしたんだ。
そして、この結果は、"およそ1GB"
たったこれだけで、人間の人格は再現可能だっていうんだ。
もちろんこのメモリの中には、その人間の記憶とかは含まれない。
他者との関係性とか、昨日まで読んでいた本の内容とか、そういうのはまた別として、
その人間を、その人間たら占める要素を掻き集めて記憶媒体に書き込むと、って話しな。
俺が今から話すのは、そんな人間の魂を封じ込めた、記憶媒体と、ある家の話だ。
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886 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:43:29 ID:lC.C.W2Q0
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――去年の冬。冬休みに入ったばかりの、もうすぐクリスマスって日の事。
俺はその日、無性に肉まんが食べたくなって、補導ギリギリの時間に家を飛び出した。
俺には、ほとんど贅肉というものが無いから、冬の外出は基本命がけだ。
ξ゚听)ξ「アンタのアバラの浮き出方、えっぐいわよね」
川 ゚ -゚)「リアルキンコツマンだよな」
( ^ω^)「身体測定の時、木琴って陰口言われてたお」
多分腹の中にサナダムシがいるんだよ。
そんなわけで、何枚も重ね着したうえで、コートとマフラーをがっちり装備して雪のちらつく街を歩いていたんだ。
"牛牧商店"ってあるだろ? 駅前から俺たちの通ってた小学校方向に行くとある、ババアがやってる駄菓子屋。
その向かいのファミマに、俺は行こうと思った。
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887 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:44:09 ID:lC.C.W2Q0
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夜の街っていうのは、なんていうか、死んでるみたいなんだよな。
特に雪が降ってるからそう思うのか。人影なんて一つも無くて、
その日は雪だったから車もそんなに走ってなくて。
自分の耳の熱がじんわり失われていくごとに、その雪の上に自分の魂も置いて行ってしまう、
そんな気分になってくる。
不思議なもので、そうなってくると、感覚が鋭敏になって、"雪の音"が聞こえてくる。
しんしん、っていうのか? そんな音が、俺の中に染みてくるんだ。
だからだと思う。普段だったら絶対に気にも止めない"ポスト"が目に入ったのは。
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888 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:44:30 ID:lC.C.W2Q0
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うっすらとまばらに雪の積もったポスト。
でも、そのポストの雪の積もり方に違和感があったんだ。
本当に小さい小さい違和感だったんだけど、そのまばらな積もり方の中に、"人工的な白"があったんだ。
2cm×1cmくらいの長方形に、白が切り落とされたような。
俺はポストに近寄ると、冷えた指先をポケットから出して、その長方形を摘み上げる。
平べったい厚紙のようなものだった。俺はそれを裏返す。
すると、そちら側には、たどたどしい字で、なにやら書かれていた。
"まいくろえすでぃかーど その1 8ぎが"
なんだこれ。
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889 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:45:44 ID:lC.C.W2Q0
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携帯を買って貰えない子供が、自分で段ボールか何かで携帯電話を作って、それで遊んだ残骸なのだろうか。
しかし、それにしては、大きさというか厚みというか、
紙で出来ている点と、文字があまりにも下手という点以外は、かなり精巧に作られている気がする。
ともすれば、本当に携帯電話に挿入することが出来てしまいそうだ。
俺は冷え切った手と共に、それをポケットにしまうと、また雪の中をファミマへと急いだ。
そして、肉まんを2個買って、そのうち1個をカイロ代わりにしながら、ある事を考えていた。
俺の携帯は、前にも言った通りガラケーなんだが、ちょっと諸事情あって、
この携帯に、その長方形を挿入してみることは、はばかられる。
しかし、家にはたしか、お袋がガラケーからスマホに変えた際に、そのまま持って帰ってきていた
もう使っていない携帯がどっかにしまってあった気がする。それだったらいいかな。
俺は、この手作りのマイクロSDを、携帯に挿入したい欲求に駆られていた。
今思えば、また俺は、呼ばれていたんだと思う。
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890 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:46:19 ID:lC.C.W2Q0
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家に帰ると、買ってきた肉まんの1個と引き換えに、お袋から今はもう使っていない携帯の在り処を聞き出した。
別にそんな事しなくても教えてくれたとは思うが、まぁ正直2個買った所で、どうせ喰いきれなさそうだったから、
在庫処分の等価交換のつもりで渡しただけだ。
その携帯は、俺の使っている携帯と同じ充電器だったので、早速俺は携帯を充電器につなぐ。
そして、その側面に爪を立てて、マイクロSD挿入スロットを引き出した。
中には何も入っていない。まぁ買い替えた時に移し替えたか、もっと性能の良いSDに中身を移し替えた後に捨てたのだろう。
俺はコートのポケットに入っていた、手作りSDを取り出し、そのスロットにあてがってみる。
大きさも厚みも、ぴったりとこの携帯にはまるようだ。
俺は挿入する前に、もう一度その手作りSDを調べて見た。
本来のSDカードには、何というか基部があるものだと思うのだが、そう言ったものは見つからない。
それから、当たり前だが、製造元なども書いていない。
やっぱり、厚紙で精巧に作られた子供の遊び道具、という印象がぴったりだ。
そして表面に書かれた、子供の文字。"その1"という事は、これ以外にも、この手作りSDは存在するという事なのだろうか。
これ以上は分かる事はなさそうだ。
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891 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:46:42 ID:lC.C.W2Q0
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いよいよ、俺はSDを携帯に挿入した。
カチッと音がするまで、中に押し込んでみる。
何の抵抗も無く、携帯はSDを飲み込む。そうして、画面には、SDが挿入された旨が表示された。
つまり、あの紙のSDを、この携帯は、本物の製品として認識したことになる。
不思議とそれに恐怖は無い。何故か俺にはそうなる確信があった。
それは既にこの手作りSDカードを拾った時から感じていたものだ。
そして、もっと言うのであれば、真に俺を呼んでいるのは、このSDではなく、その"中身"であることも、分かっていた。
携帯を操作して、この中に納まっているデータを検索する。
中には、画像ファイルが1個と、テキストファイルが1個、それが納められていた。
俺はまず、画像ファイルの方を開いた。
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892 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:47:20 ID:lC.C.W2Q0
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「……っう」
表示された画像には、裸の少女が写されていた。
小学校低学年くらいの少女が、体中の痣をさらけ出すように、全裸で、しかも夜の"外"に立たされている。
顔は、自分の片手で目線のみ隠されている。
あんまり女子に言っても通じないと思うが、"素人投稿モノ"の写真みたいだと思った。
その少女の背景には見覚えがある。
それは、俺が今日肉まんを買いに行ったファミマの前。"牛牧商店"の店先のように見えた。
その"牛牧商店"に備えてある、たばこの自販機の前に、この少女は立たされているようだ。
一気に不快感が、胃から喉へと駆けあがる。
写真の少女の口元は笑っていたが、その笑顔が本意ではない事はすぐに理解できた。
"青たん"が、まだら模様のように散った、幼い少女の四肢は、"虐待"あるいは"児童買春"の文字を想起させる。
しかも、よく見ると、顔を隠している方とは逆の、下ろされた腕の肘の内側は、より痛々しい紫色をしていて、
多分恐らくきっと、何かしらの薬物を投与された痕のように見えた。
そして何より気分が悪いのが、"これを撮影した人間がいる"という事実だった。
この少女から数m先に、ソイツは立っていたはずなんだ。
反吐が出るような悪意を感じる。
その悪意が、俺たちの街で、真夜中にそんな異常性癖を満たすためにこんなことをしていると思うと空恐ろしかった。
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893 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:47:58 ID:lC.C.W2Q0
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俺はこみ上げてくる吐き気を我慢しながら、テキストファイルの方も開いてみた。
そこには、たった一文だけが書かれている。
"わたしたちを さがして"
このSDカードは、写真の少女からのSOSなのだ。
だって俺には分かってしまったから。この少女が既にこの世に存在していない事が。
これも霊感なのかな。既に死んだ少女が、それでもなおこの世に縛り付けられていて、
だから、俺みたいな霊感持ちに、自身の痛々しい姿を見られたとしても、それ以上に救ってほしいと願っている、そんな気がした。
正直こんなもの、気持ち悪いと断じて、忘れることも出来ただろう。
でも、当時の俺は、こういう異常な状況にも少しづつ慣れが生じてきていたし、
お前らに、そういう"怖い話"をするのも、最近の楽しみの一つになっていたから、
話題作りの為に、敢えて巻き込まれに行こうと思ったのかもしれない。
いや、それ以上に、気恥ずかしさから、そういう"建前"に覆い隠してはいたが、
自分の中でちろちろと燃え始めていた"正義感"みたいなものに、突き動かされたのかもしれない。
ともかく俺は明日、"牛牧商店"に行ってみることにした。
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894 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:48:39 ID:lC.C.W2Q0
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――次の日の夕方。
俺は冬休みの宿題にひと段落を付けると、早速昨日と同じ重装備で、家を出た。
昨日と違って雪は止んでいたが、年の瀬だからなのか、クリスマス前だからなのか、
不思議と街に人の気が少なかった。
半そで短パンの子供の集団が、昨日の内に積もった薄い雪を丸めて投げ合っていたり、
コート姿のサラリーマンが足早に駆け抜けていったり、そういう何時もの風景が、まばらに散見されたくらいで、
それ以外の人影は、どこにもなかった。
"牛牧商店"には、下ろしたシャッターに年末休業の張り紙がされていた。
俺は、昨日のSDを挿入した携帯を開いて、もう一度画像ファイルを展開した。
こんな画像を他人に見られたら、間違いなく変態だと思われるな、と思いながら、
もう一度、背景と、商店の店先を照らし合わせる。
やっぱり、ここで合っている。
このたばこの自販機の前で、痣だらけの全裸少女は"悪意"に撮影されていた。
そう思って、この風景を見ると、途端この場所が、ごみ溜めに変わった気さえするから驚く。
俺は、自販機の周囲をくまなく探してみる。
昨日のSDが"その1"で、"わたしたちをさがして"ときたら、きっとここに"その2"がある気がしたんだ。
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895 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:49:10 ID:lC.C.W2Q0
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――果たして、もう1枚の手作りSDは、自販機の下、百円玉や十円玉なんかに紛れて、そこにあった。
やはり材質は厚紙で、片面には"まいくろえすでぃかーど その2 8ぎが"と書かれている。
俺はすぐに携帯にその手作りSDを挿入しようと思ったが、もし1枚目と同じような画像だったら、
この場で開くのは、はばかられたので、すこし路地裏に入ったところで、入れ替えることにした。
ビールケースや、ポリバケツの陰、ビルのダクトの下で俺は2枚目のSDの中身を展開した。
やはり1枚目と同じように、画像ファイルが1個と、テキストファイルが1個入っている。
画像ファイルを選択し、展開する。
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896 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:50:04 ID:lC.C.W2Q0
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そこには、昨日と同じように、痣だらけの全裸の少女が映し出されていた。
しかし、1枚目の少女とは痣の位置や、皮膚の色、髪型が異なり、別人だと思った。
四つん這いになりながら、自身の片手で目線を隠して、どこかの公園の鉄棒に、放尿している。
首には首輪がついていて、そこに装着されたリードが、手前側に伸びていた。
どうやら、その撮影者が、そのリードを握っているようだ。
また、胸糞が悪くなる。
もしこれが、俺がそう言う幼女趣味を持っていたら、興奮する案件なのだろうか。
しかし、生憎、俺にはそんな趣味が無かったし、むしろ撮影者に対する憎悪が膨れ上がるだけだった。
今思えば、昨日から俺が抱いていた、"正義感"だとか"憎悪"だとかっていうのは、
このSDカード内から流れてくる、少女達の無念が俺に流れ込んできて、そう感じさせていたのかもしれない。
だって、やっぱりこの少女も死んでいるって思ったから。
いや、正確には"殺されている"の方が正しいのだろうか。
テキストファイルは、1枚目と全く同じで"わたしたちを さがして"とだけ書いてあった。
俺はなるべく、その少女を視界で捉えないようにして、
その背景から、撮影場所を割り出そうとした。
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897 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:50:25 ID:lC.C.W2Q0
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後ろの方に、駅前の時計塔の天辺が見えている。
でも文字盤が見えないという事は、どうやら駅の北西から撮影した物らしい。
俺は自分のガラケーで、拝成駅付近の公園を検索する。
そしていくつかヒットした中で、駅の北西にあるものをピックアップした。
"拝成なかよし公園"、どうやらここが、胸糞悪い撮影会が行われた場所らしい。
俺は怒りに歩を速めながら、その公園へと向かった。
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898 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:50:54 ID:lC.C.W2Q0
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――公園にも人影は無い。
しかし子供の足跡が多数残されているので、先ほどまでは遊んでいたのだろうと思う。
また17時だというのに、思えばもう日は落ちて、すっかり暗くなっている。やっぱり冬は陽が落ちるのが速い。
しかし同時に俺は、この状況に歯噛みした。
なんてったって、暗くなってきたうえに、雪が積もっているのだ。
もしさっきみたいに、地面に無造作に置かれているのであれば、発見はほぼ不可能だろう。
俺は地面に眼を落しながら、公園の中を練り歩いてみる。
子供の足跡によって、雪と泥の混ざった汚いまだら模様ばかりが延々と目に入る。
そのうち、遊具が固まっている一角にやってきた。
先ほどの2枚目の通りなら、撮影が行われた場所近くに3枚目のSDが落ちているはずだ。
俺はくるりと視線を巡らすと、支柱が黄色い鉄棒を見つけることが出来た。
あの写真と"黄色"という符号の合致が、あまり気分の良いものではない感情を呼び起こす。
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899 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:51:34 ID:lC.C.W2Q0
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鉄棒は、4つ連なっている。
低い鉄棒、中段の鉄棒、俺の胸くらいの高い鉄棒、そして、体操選手が使うような、俺の身長よりも高い鉄棒。
少女が尿を引っ掛けていたのは、一番低い鉄棒だったはずだ。
もう画像は見たくなかったので、記憶を頼りに、その周辺を探してみる。
支柱の根元を蹴り飛ばして、雪を払う。しかしそこにSDカードは無かった。
しゃがみ込んで、支柱の側面までくまなく探したが、見つからない。
俺は立ち上がってから腰を反らせる。バキバキと背骨が鳴った。
3枚目があるならここなんだ。それは間違いない。それでも見つからないのは、既に誰かが持って行ったのか?
そんな事を考えながら、腰を元の位置に戻すとき、俺は一番高い鉄棒の側面に、セロテープで何かが貼り付けられていたのを見た。
近づいてからよく目を凝らすと、それは俺の探していた3枚目のSDカードで間違いなかった。
俺は胸くらいの高さの鉄棒の上によじ登って、一番高い鉄棒の側面から、SDカードをはぎ取った。
"まいくろえすでぃかーど その2 9ぎが"やはり子供の字でそう書かれている。
そして、ここに人気のない事を再確認すると、2枚目と3枚目を入れ替えた。
同じだ。画像ファイル1個と、テキストファイル1個。
俺はまたこみ上げてくる吐き気を押さえながら、画像ファイルを展開する。
そこには、また全裸の少女が、目線を隠して写っていたのだが、
それ以上に俺はその背景に、予想だにしていなかったものを見た。
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900 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:52:14 ID:lC.C.W2Q0
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少女の背後に写っていたのは、数年前に病死した、"稀代の芸術家 王歯車≪ワン・チーヂェア≫"の邸宅だった。
皆も知ってるよな? 拝成市に住んでた芸術家で、よくテレビに出てたもんな。
( ^ω^)「知ってるお。たしか戦時中に中国の大連から来たっていう」
(´・ω・`)「40年くらい前の東京万博で、モニュメントのデザインをしたんだっけ?」
ξ゚听)ξ「あれでしょ? 変な家の」
そう、そいつだよ。そいつの家が写っていた。
なんでそんなすぐに俺が、その"王歯車"の家だってすぐに分かったか、当時の報道を覚えてるやつなら分かるよな。
10年くらい前、"王歯車"は近隣住民に集団訴訟を起こされていた。
理由は"街の景観を壊す邸宅の過剰改築"
芸術家だからっていうコトもあるんだろうけど、広い敷地いっぱいに、カラフルな家を複数個めったにくっつけたみたいな
派手で、背の高い、禍々しい家を建てたことで、住民トラブルに発展したわけだな。
当時そのニュースが何度か放映されたのを覚えていたから、その派手な外装に見覚えがあった訳だ。
"歯車城"とか"混沌庵"なんて揶揄されてたんだけど、
結局歯車が、その莫大な資産から、近隣住民を全員、もっといい一等地に土地と家ごと買って引っ越しさせたから、
その訴訟も取り下げられて、そこから次に歯車の名前を聞いたのは2年前の彼の病死で、それが最後だった。
それ以降あの家は、微妙に街の名物っていうか、半ば心霊スポット扱いされてるみたいで、
死んだ歯車が、あの三角の窓から顔を覗かせている、とか、あっちのハート型の窓から腕が見えたとか、
そういう話題に事欠かない、拝成の不思議スポットの一つになってるらしいな。
辺り一帯は全て歯車が購入した土地な訳だし、死後の管理は親戚に権利を引き継いだらしいんだけど、
本当に金に困るまでは売らないでくれっていうんで、未だに街に残り続けているってわけだ。
まぁこの辺は、この出来事があってから調べた事なんだけどな。
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901 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:52:34 ID:lC.C.W2Q0
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今から歯車邸に向かうとなると、午後7時を超えるか。
しかし、むしろそのくらいの時間の方が、あの辺の人気はより減るのかもしれない。
もしかしたら、あの混沌庵に不法侵入することもあるかもしれない。
俺は家に連絡し、今日は外で友人と飯を食べるとお袋に伝えると、
またちらつき始めた雪の中を、歩き始めた。
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902 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:53:09 ID:lC.C.W2Q0
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――歯車邸は、異質な存在感を放っている。
まず怖いのが、本当に一帯に人が住んでいないようで、どの家も明かりがないこと。
幾つかの家には、売地の看板が立っていたが、近くにこんな奇怪な家があるのでは、購入者も現れないのも納得だ。
やたらめったらな増築改築を繰り返した、とニュースでは聞いていたが、
あらためて目の当たりにすると、この家はまるで"生き物"だった。
その部屋≪細胞"cell"≫が増殖して、自らの体をより巨大なものに変貌させていったようにしか思えない。
そこに人為的な設計やデザインがあるとは思えず、ただ生物的本能によってのみ肥大化したような気持ち悪さがあった。
それは多分、はた目から見ても分かるくらい、その増築が"理"に適っていないからだろう。
"トマソン"って知ってるか?
何処にも繋がっていない階段。出入り不可能な高い位置にぽつんと設けられたドア。
絶対に開かないであろう歪んだ扉、登って降りるだけのスロープ。
そういう建築物としての役割上無用の長物と言わざるを得ないパーツが、
無数にその巨体にこびり付いている。
更には家自体も、五軒六軒の家々を、巨人がおにぎりにでもしたかのような造形で、
何処が何処に繋がっているのか、外観からは全く分からなかった。
こんな家で暮らすってのはどんな気分なんだろうな。
案外玄関入ってすぐに、居住に必要な機能が固まっていて、後は全部張りぼてなのかもしれない。
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903 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:53:51 ID:lC.C.W2Q0
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しかし、俺はもう一つの可能性を頭に思い描いていた。
この家は、"誰かを中から逃がさないように作られた"んじゃないのか?
"ウィンチェスター・ミステリー・ハウス"っていうのが、アメリカのカリフォルニア州に存在する。
ウィンチェスターライフルなんて聞いたことないか?
あの銃製造のウィンチェスター社の社長の奥さんが、立て続けに娘と社長である夫を亡くし、
その件を霊媒師に相談したところ、ウィンチェスター製の銃で死亡した怨念たちが、家族を呪っていると言われたんだ。
そして、家を生涯増築し続けるように助言された。
それは、その彼女を追う悪霊≪レギオン≫達を、屋敷の中で惑わせるための策であり、
その屋敷の中から奴らを出さないための牢獄でもあった。
幾つもの行き止まりがその家のありとあらゆるところに存在し、彼女はそこに悪霊を閉じ込めてしまえると信じていた。
結局彼女は死ぬまで、その莫大な遺産を投じて、増築を続けたってんだ。
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904 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:54:30 ID:lC.C.W2Q0
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それと同じ感じがすんだよな。
何かとんでもないものを閉じ込める、そういう監獄、牢獄の雰囲気が漂ってるんだ。
家であるのに家でない。侵入されない為ではなく、脱走されないようにするための奇奇怪怪。
じゃあ、一体彼の隠したかったものはなんだ。逃げられたくないモノとは何だ。
決まってる。
俺は、その敷地内に備え付けられた、地蔵なのか悪魔のか分からない外見のポストと思しきものの口に手を突っ込む。
3枚目のSDカードの少女の横に写っていたのが、コイツだった。もし4枚目があるのなら、ここだと思っていたんだ。
この悪魔から内臓を引っ張り出すみたいに、喉奥を引っ掻き回す。
すると、指先に、なにか小さなものが触れた。
それを摘み上げながら、腕を引き抜く。
指先には、思った通り、あの厚紙の長方形、4枚目のSDカードが摘まれていた。
"まいくろえすでぃかーど その4 5ぎが"
また、幼い子供の文字だ。
直ぐに携帯に挿入した。また画像ファイルとテキストファイル。
画像ファイルにカーソルを合わせて、決定ボタンに親指を置く。
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905 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:55:00 ID:lC.C.W2Q0
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その瞬間、なんていうのかな、頭の中に、冷たい電波の痛みみたいなのが走ったんだ。
この画像ファイルは、今までのモノとは違う。
まるで、ここからが本番だとでも言うように、このファイルの中には、更に濃縮された"悪意"が塗り込まれている。
そういう確信めいた予感がしていた。
嫌な感じだ。胸騒ぎがする。これを押してしまったら、もう自制も、後戻りも効かなくなる気がする。
本当にそれでいいのか、という自分がいる。
その自分は、結局己が救えるものなど何もなく、お前はただ自己満足と、好奇心の上に
"正義感"なんていう大義名分を塗りたくって覆い隠しているだけじゃないのか、と俺の耳元で囁く。
でも、そんな頭の中に逆らうように、俺の指は決定ボタンをプッシュした。
画像が展開される。
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906 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:55:59 ID:lC.C.W2Q0
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「……っち」
思わず舌打ちが出た。
いや、そんな風に、悪態をついて、軽くあしらえるレベルのように扱わないと、
胃の内容物を全てぶちまけたくなる、そんな画像だったんだ。
食堂なのだろうか、薄暗い、長い長いテーブルに、幾つかの燭台と、料理が並べられている。
そこには数人の全裸の少女が、目隠しをして、ナイフとフォークを持って座らされていて。
そして、そのど真ん中に置かれた料理は、明らかに人の形をしていた。
首を切り離された少女の胴体が、まるで北京ダックみたいに香ばしい飴色に焼かれている。
その上に、これもまた目隠しをされた少女の生首が乗っかっていて、
舌を引き出され、そこには11本の蝋燭と、"お誕生日、おめでとう"のメッセージカードが突き刺さっていた。
本当に、くそったれなお誕生日会の様子が、そこには映し出されていた。
ここまで来ると、俺の中の疑念は、もう確信に変わっていた。
この写真を撮ったのは"王歯車"だ。アイツは、幼女嗜好≪ペドフィリア≫の加虐性欲者≪サディスト≫だったんだ。
テキストファイルを開く。そこには、今までと違う文字列があった。
"うらの ぴんくの かべの うえから ごばんめ みぎから さんばんめの しかくい まど"
今までの流れから言うと、きっとこれは、この悪魔の屋敷への侵入経路なのだろう。
ムカつく胃をコートの上から殴りつけながら、俺は裏手に回った。
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907 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:56:47 ID:lC.C.W2Q0
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裏は裏で、酷い造形をしている。家の隅の部分が二・三個連結したようなそこは、
側面が全て違う色で塗られていて、目がチカチカする。
そこからピンクの壁を探して、壁に沿って歩く。すると、丁度真ん中あたりに、三角形のピンクの壁が現れた。
様々な形の窓が、そこに無数に取り付けられている。その中から、テキストファイルの指示通り、
上から五番目、右から三番目の四角い窓探す。
あった。確かに四角い、小さな窓がそこには存在した。
試しに他の窓を開けようとしてみたが、鍵がかかっていて開かなかった。
しかし、その四角い窓は、少しの抵抗があったものの、やがてその両翼を広げるように開いたんだ。
薄いほこりがサンには残っていて、歯車の死後、誰もここを開け閉めしていない事が分かる。
俺はその小さな窓に、体を捩じ込むようにして歯車城に侵入した。
降り立った場所は台所だった。丁度流し台の上あたりに出た。
俺はシンクに一度降りて、その後床に飛び降りた。
家電製品などは取っ払われているのか、収納以外には冷蔵庫やレンジなどは存在しなかった。
唯一調理場に備え付けられているオーブンだけが残っている。
台所だけでも、三方向に出入り口があった。扉は無く、その先が見える。
しかし、ただそれだけで、あり得ないほど暗かった。
それはそうだ。この家は、内部に行けば行くほど、何の燈も存在しなくなるのだ。
台所には無数の窓があるからまだいいが、それよりも奥には、窓からの月明かりさえ入らない暗黒空間だった。
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908 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:57:29 ID:lC.C.W2Q0
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俺は自分の携帯の方のカメラ用ライトをつけて、三方向それぞれを照らした。
二方向は長い廊下だったが、左斜め向こうの出入り口だけは広い空間に繋がっているようだった。
そこには長いテーブルの先端が灯りの輪の中に見え隠れしていて、あの画像の食堂であることが分かった。
あの少女の丸焼きが乗っけられていたテーブル。
忌々しいその地獄の入り口に、一歩踏み込む。
冬の空気に締め付けられた寒さが、この食堂の中に渦巻いている。
赤絨毯を敷かれた床を歩いても、一切の足音がしなかった。
テーブルの上の燭台には当然明かりは無い。ただ磨き込まれているのかライトが当たると、眩しすぎるくらいに反射した。
俺はそのテーブルをくまなく探してみた。備え付けの椅子も、その背もたれや、腰掛の下部に至るまで。
だが見当たらない。
次に俺は、その長テーブルに掛けられたテーブルクロスをくぐって、その真下をくまなく探した。
すると、その真ん中あたりにあった机の支えの脚部に、またマイクロSDがセロテープで貼り付けられている。
爪でその端を引き剥がしてから、一気にそれを剥ぎ取った。
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909 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:58:00 ID:lC.C.W2Q0
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"まいくろえすでぃかーど その5 6ぎが"
机の下から這い出ると、すぐに携帯に入れ替える。
中身は変わらず、画像ファイルと、テキストファイル。
正直もう画像ファイルは見たくなかったが、開かない訳にはいかない。
震える指で決定ボタンを押す。読み込まれた画像が、鮮明に映し出される。
同じだ。全部。歯車の"底なしの悪意"を濃縮したような写真がそこに納められている。
目玉を刳り抜かれて裸にむかれた少女が、四肢全てを鎖に繋がれ、宙づりにされていた。
さらに、小児児童特有のぷっくりと膨れた腹に、まるで"ダーツ盤"のような模様が描かれていて、
そこに幾本もの"ダーツ矢"が突き刺さっていた。
次に、テキストファイルを開く。そこには"たすけて"の四文字だけが、
その短さの中に、悲痛と悲壮をありったけ込めて書き込まれていた。
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910 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:59:04 ID:lC.C.W2Q0
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――俺は、最後の部屋に辿りついていた。
6枚目のSDカード、"まいくろえすでぃかーど その6 4ぎが"
画像:少女が自らの手首に傷をつけて、風呂に溜めている。その風呂にも、一人の少女が浸かっている。
テキスト:"いたいよ"
7枚目のSDカード、"まいくろえすでぃかーど その7 10ぎが"
画像:ハート形の扉のノブに、少女の物と思しき、手首だけがくっついている。
テキスト:"ここだよ"
この二枚のSDカードを、それぞれ、
壁から鎖の無数に生えた部屋と、ただっぴろい部屋のど真ん中に小さなバスタブが置いてある浴場から発見した。
そして、俺は最後のSDカードに写っていた、ハート形の扉の前にいるのだ。
ここまで来るのに、だいぶ時間を使ったし、正直、元の経路をギリギリ覚えてはいるが、
ちょっと道を忘れたら、永遠に出ることは不可能な気がする、やはりこの家は奇妙に捩じくれ繋がってるようだった。
何にもない部屋が無数に点在し、更に狭い通路が幾重にも折り重なってさらに伸ばされていて、
それらが上下左右前後に接続しているのだからタチが悪い。
移動手段も、階段に梯子に、登り棒のようなものから、滑車や、自分でクランクを回すエレベーターと
ありとあらゆる方法での移動をさせられるので、正直ある程度の知能知識がないと、移動すらままならないだろう。
それこそ、内部奥深くに閉じ込められた、年端のいかない少女には絶対に脱出は不可能だと言い切れる。
大人の力がないと動かない仕掛けや、身長がないと届かないドアノブなど、意地の悪い趣向を持って、
この家は彼女らを飲み込み、かみ砕き、咀嚼し、溶かし、苛み続けたのだろう。
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911 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:59:26 ID:lC.C.W2Q0
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俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く。
黴臭い匂いと、鉄のサビの匂いが、その隙間から零れてくる。
更に、驚くことに、そこからはうっすらと光が伸びてきた。
そして、全て開き切った時、俺は"王歯車"のその"悪意"の全てを見た。
大きな広間だった。この部屋はあの"混沌庵"の中でも一番高い位置にあるらしい。
相当高い位置に開けられた天窓から、月の燈が入ってきて、"それ"の全てを照らしていた。
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912 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/25(火) 04:59:51 ID:lC.C.W2Q0
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――大きな、鳥籠だ。
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