忌談百刑

第19話 みのるくんって誰ですか?

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830 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:29:49 ID:VPrLjrCo0
【第19話 みのるくんって誰ですか?】


"(´・ω・`)"



――よーっし、僕がお話するよーっ!



( ^ω^)「底抜けに明るいヤツだお」

('A`) 「雰囲気もクソもないな」



みんな、"裁判"って傍聴したことあるかな?
傍聴自体は高校生でも出来るから、裁判所に行ってみるのも人生経験として一興かもしれないね。

裁判っていうのは、想像以上にエネルギィが必要だ。

何せ、あの狭い世界に、正義とか、悪だとか、生きるだとか死ぬだとかが内包されてるんだから。
そして、被告と原告、検察と弁護士、裁判官や裁判員が、互いの主張を互いに捻じ曲げ合うんだ。
場合によっては、その場で人間一人の運命を閉じることさえある。

恐ろしいというか、おこがましいというか、そういう人間の能力を超越した、神にも比肩する行いだよね。

でも、そうでもしないと、この国は、平和は立ち行かないことだってみんな理解している。

人と人の諍いを裁き、悪しき法を裁き、国の政治の悪行を裁く。

違憲立法審査権や、違憲審査、なんて聞いたことがあるだろう?

因みに、違憲立法審査権は国会に対して、違憲審査は内閣に対しての裁判所の働きだ。
立法権は国会しか有しないから、内閣に対して違憲立法審査権を発動するなんて答えると、
テストでは誤答扱いになるから注意だぞ。

「急に塾の先生みたいなこと言い出したお」

「小学校教諭志望なんだっけ?」


ともかく、そんな国の行く末さえ、人の生き死にさえ、たった10人に満たない人数で決定していく。
それが裁判な訳だよ。



僕が今から話すのは、そんな"裁判"にまつわるお話だよ。

831 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:30:53 ID:VPrLjrCo0


――僕は拝成市生まれ拝成市育ちな訳だけど、一度だけ市内で引っ越しをしたことがあるんだ。


あれは小学校4年生の、6月になったばかりのタイミングだった。

親が元々いた県外のデザイン会社から独立して、夫婦経営のデザイン会社を市内に開いたから、
その近くに家も建てることになったんだ。

両親は、元々通っていた学校にもギリギリ通える距離に家を建てたんだけど、
僕はより近い、拝成南第二小に転校することを決めたんだよね。


別に特別仲のいい友達がいるわけじゃなかったし、
登下校に割く労力が少なければ少ないほど他の事に時間が回せるっていう、
あまり子供らしくない打算的な考えもあったと思う。



ともかく、ボクは小4の梅雨前、人生初の転校をしたんだ。



どんなに大人ぶってる子供でも、"転校"っていうイベントには無性にドキドキしてしまう。

だって、その時の僕は、学校側からしたら"異端"であって、"極少数派"なわけだ。

クラスメイトになる生徒たちと、何の思い出も共有していない訳だから、
幼い僕からしたら、彼らは、共通言語を持たない"宇宙人"と言っても過言ではないんじゃないだろうか。


そんな未知との遭遇に、楽しみという考えを持てるほど、当時の僕は明るくなかったんだ。

ただ、上手く目立たないように、そこに溶け込む事だけを意識していればいいんだと割り切って、
当日起こるであろう幾つかのイベント事に対する対応策を考えながら、その日を待ったよ。

832 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:31:37 ID:VPrLjrCo0


「拝成西小から来ました、黛です。よろしくお願いします」



小4のクラスは、2階だった。
その中でも一番壁際の"4-1"が、これから僕の通う事になるクラスだ。


先生が僕を黒板の前に立たせて、新しいクラスの仲間が増えるという旨を、生徒たちに伝える。

彼らの目は、僕の想像した通りの、"異星人"を見るようなもので、裏を返せば、僕自身も
彼らをそういう人々を見るような目で見ているのだろうな、と思った。


僕はクラスの丁度真ん中あたりの席に座らされた。

なぜそんな場所が都合よく空いているのかは分からなかったが、ともかく黒板が見やすい位置で良かったかな、なんて考える。



ふ、と視線を感じた。それは、一人のものではなく、複数の、大勢の視線だった。



斜め後ろに振り返ると、ほんの一瞬だったんだけど、そこから見えるクラスの生徒が、みんな僕を見ていたんだ。


いや、そういうコトもあるだろうって思うだろ?

違うんだよ。その目は、決して、転校生に向けるような"興味"、"好奇心"じゃなくて、
もっと攻撃的な"畏怖"とか"嫌悪"の感情がこもったものだった。


そういう人の感情の機微に敏感だった僕は、何故初対面の人たちから、こんな目を向けられているのか、困惑した。

今日の僕の一連の流れを思い出す。
でも、過去の僕は、別段目立つような事も無く、自己紹介だって、当たり障りのないものをチョイスしたつもりだった。

にもかかわらず、前に向き直った僕のうなじに、まだ鋭い視線が刺さっているのを感じるんだ。


嫌なクラスに転校してしまった、とその時は思ったよ。

833 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:32:24 ID:VPrLjrCo0

でもね、そんな僕に気が付いたのか、隣の女の子が、こんな事を耳打ちしてきたんだ。



『そこね、本当は"みのる君"の席だから。黛君が悪いんじゃないんだよ』



急にそんなことを言われて、僕はきょとんとした顔で彼女を見つめる他無かった。

この席が"みのる君"の席だから、僕が座っちゃいけないのか?


だったら先生はなんでこの席に僕を座らせたんだろう。
生徒間だけに通じるルールが、このクラスを縛り付けているのだろうか。



しかし、そんなことも吹っ飛んでしまうような事を先生が言い出すんだ。














『はいッ、じゃあ"みのる君"の裁判ですが、予定通り、来週の火曜日に行います。みんな、それぞれ、有罪か無罪か考えておくように』












――は?

834 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:33:07 ID:VPrLjrCo0

更に意味が分からない。

今僕が座っている席に、元々座っていた"みのる君"が、裁判にかけられるというのだ。

しかも、有罪か無罪かを、どうやらこのクラスの皆で決めるらしい。
僕は口をぽかんと開けたまま先生を見るしか出来なかった。

そんな僕に気が付いたのか、先生は手刀を切るみたいなジェスチャーをしながら、


『ごめんね黛君、転校早々。君は、クラスのみんなから"みのる君"の話を聞いて、有罪か無罪か決めてくれればいいから』


と言った。



その瞬間、クラス全員の視線が一気に僕に集中して、
そしてまたすぐに霧散したのを確かに感じた。


この短い朝の会だけで、僕の頭はもうパンクしそうだった。


今僕の座っている席は、本当は"みのる君"という生徒の席だという。

そして、そんな彼は、来週の火曜日に"裁判"にかけられ、
生徒たちの投票によって、有罪無罪が決まるというのだ。


じゃあ今、その"みのる君"は何処にいるのか?

一体"みのる君"は何の罪を犯したのか?

そもそも、何故、僕ら生徒が、彼の罪を裁くのか?



次々に浮かび上がる"?"が、頭の上で割れては生まれてを繰り返していた。

835 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:33:47 ID:VPrLjrCo0


――給食の時間。


この学校では、四つの座席ごとにグループを作って、
向き合うような格好でご飯を食べる様だ。

僕が元々いた拝成西小では、普通にそのまま机を動かさずにご飯を食べていたので、
なんだか新鮮で気恥ずかしかった。


特に、女の子と向き合ってものを食べるというのが、とても緊張したのを覚えているよ。



思えば、何もかも、僕の想像していた"転校初日"のイメージとはかけ離れた一日だ。

僕の想像では、まず朝の会が終わった後に、転校生という珍獣に興味津々の生徒たちが、
僕の席を取り囲んで質問攻めにしてくるはずだった。

でも、彼らは、遠巻きに幾つかのグループを作って、僕の座る席を見ながら、ひそひそとやってくるだけだった。

その後の休み時間も、全てそんな感じで、僕は元々小柄な体を、うんと縮こまらせて過ごさなければならなかった。



普通、給食の時間って、生徒同士がおしゃべりとかするじゃない?

少なくとも、僕の前の学校はそうだったし、賑やかに食事するのが、小学校では普通なのかと思ってた。

でも、このクラスは違うんだ。

なんか黙々と、詰め込むようにご飯を食べる。誰もしゃべらない。

まるで、フォアグラを作る時のガチョウの工場みたいに、ただ胃袋を満たすだけの行為って感じで。

朝僕に"みのる君"の事を教えてくれた女の子も、今はご飯をスープで流し込んで、そういう機械みたいに食事をしている。
凄く不気味だったよ。




そうやって、給食の時間が終わるまで、誰一人、咳一つしなかった。

836 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:34:49 ID:VPrLjrCo0


お昼休みになる。

当然僕は誰にも遊びに誘われず、教室のど真ん中にぽつんと取り残された。
僕自身が、孤島に浮かぶ無人島にでもなってしまったかのようだ。


これはかなり手厳しいスタートになってしまったな。少しだけかぶりを振る。

流石にいきなりクラスの注目の的から人気者へのステップアップを狙っていたわけじゃないけど、

それでも、押し寄せる質問の波をスマートに捌いて、"ちょっとクールな気になるアイツ"ポジションを確立でもしときますか、
って昨晩は布団の中で思っていたのに、蓋を開ければ、完全なるぼっちスタートで、僕は少々の焦りを感じていた。


('A`) 「ちょいちょい上から目線なんだよなぁ」


川 ゚ -゚)「基本自分を如何に良く見せるかを考えて生きてるからなショボは」



僕なりの処世術にケチを付けないで頂きたいですなぁ。



ともかく、"孤立"っていうのは、目立つんだよ。

目立たないから、遊びに誘われないんじゃない。

その、"異端"が目立っているから、誰も関わろうとしないんだ。

しかも、僕に関しては、己に原因があるんじゃなくて、この席本来の主、"みのる君"のせいなんだ。


僕はその、実体のない"みのる君"にとり憑かれでもしたような気分になっていた。

837 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:35:19 ID:VPrLjrCo0

するとそこに、幾人かの女の子グループが近づいてきた。

その中には、僕の隣の席の女の子も居て、どうやらその子が主導で、僕に話しかけに来たらしい。
たしか、名前は、"リリちゃん"と言ったはずだ。

髪の毛が、幾つものキラキラしたビーズリボンで結わえてあって、見ているだけで少し眩しい。
小柄な僕よりも、さらに小柄だったが、顔立ちが整っているので、不思議と威圧感があった。



『あのね、黛君……その……、"みのる君"の事なんだけどさ……』


来た、"みのる君"だ

僕は思わず身を乗り出して、色々と聞き出したい欲求にかられたけど、
今ここで女子にひかれるのは、情報源という意味でも、今後の僕のクラスカースト的にもよろしくないと判断して、
努めて冷静に返した。


「あぁ、前に、この席に座ってた子なんだっけ」


僕がそう返すと、リリちゃん以外の後ろの取り巻きたちが、またひそひそとやる。

その態度に少し、むっとしたものを感じたけど、これもうまく隠した。


そして、ややあってから、再度リリちゃんが口を開く。

838 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:35:51 ID:VPrLjrCo0



『……あのね、来週の"裁判"なんだけど』



そうだ、"裁判"。

これも気になるワードだった。

小学校と言えば、今でこそ"学級裁判"なんて言葉も少しづつ浸透してきている。

例えば、クラスで飾っていた花瓶をふざけ合っていた男子たちが割った時に、
誰が一番悪いのか、みたいな責任の押し付け合いなんかを、帰りの会を使ってやるなんてことは、前の学校でもあった。



でも、そこに"有罪"とか"無罪"って言葉がつくと、かなり大仰なものに感じる。

それから、その"被告人"が、このクラスに存在していないというのも不気味だった。




リリちゃんは僕の顔色を伺いながら言葉を続けた。


『その……黛君には、"有罪"に投票してほしいなって……』



そう言った途端、リリちゃんは俯いてしまう。



取り巻きは、神妙な顔つきで、うんうんと首を縦に振っていた。

839 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:36:30 ID:VPrLjrCo0


これで一つ分かったことがある。

"みのる君"は、何か、この子たちから嫌われるような存在だったんだ。

もしくは、嫌われるような行為をした、という事になる。



この女の子たちのお願いに乗るのは簡単だ。しかも、ここで恩を売っておけば、少なくとも一定の居場所がクラスに出来上がるのは確実だろう。


もちろん、この年齢で女子とばかりつるんでいるのは、男子勢から快く思われないのは分かっていた。

しかし、裏を返せば、この女子たちの個人的な情報を駆使して男子に取り入ることもまた可能なはずだ。

誰々ちゃんが○○君の事気になってるんだって、なんて話に、男子が喰い付かないはずがない。



('A`) 「でたっ! クズショボちゃんッ!」


( ^ω^)「女子のプライバシーを生贄に、男友達を召喚だお」


でも、それ以上に、僕は、この事態に、興味が出てきていたんだ。

僕にとり憑いた"みのる君"という存在を、ちゃんとこの世界に具現化したい。

そのうえで、僕は彼が有罪か無罪か決めたい。そう思い始めていた。


それはやっぱり、知らない人に、何も知らない僕が、ある意味で"罪"の烙印を押すことに抵抗があったからかもしれない。

840 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:37:27 ID:VPrLjrCo0

だから僕は、その"みのる君"がどんな生徒なのかを聞いてみた。


「"みのる君"って悪い子なのかな?」


すると、僕が無条件で、彼に有罪を投じてくれると思っていたのか、
それともいきなり転校生が"みのる君"問題に踏み込んでくるとは思ってなかったのか、
その女子の集団が、全員半歩後ずさった。

そのあと、リリちゃんが、少し待って、と言いながら、取り巻きたちとまた内緒話を始めた。
僕はもう段々とこのひそひそに慣れてきていて、椅子をガタンガタンと揺らしながら、その女子会議が終わるのを待った。

数分程話し込んでいたんだけど、結局そのグループから、またリリちゃんが出てきて、僕の質問に答えてくれた。



『あの……"みのる君"は、そんなに悪い子じゃないんだけど、でも、少し怖いの』


「怖いって、顔とかが?」


『顔……もそうだけど、なんていうか、オーラみたいな……』



どうやら"みのる君"は凄く強面で厳つい男子らしい。

しかしだからと言って、その容姿の情報だけで有罪にしてしまうのは、あまりにも横暴だ。
僕はまだ質問を続ける。



「今、"みのる君"って学校お休みしてるの?」


『ううん……多分、保健室に、いる』



保健室登校というやつか。

いじめなどの問題でクラスでの授業を受けるのが困難だったりする場合には、

特例でそういう措置が認められることがあるって聞いたことがある。

という事は、"みのる君"はいじめられっ子なのか。強面なのに。

841 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:38:17 ID:VPrLjrCo0
疑問は深まるばかりだが、まだまだ聞きたいことがあるので、
僕はいちいち考え込むことはせずに、矢継ぎ早に質問する。


「じゃあ"みのる君"はいじめられてるから、保健室にいるの?」


その質問は想定外だったのか、一度全員で顔を見合わせると、
リリちゃんは腕組みをしながら応えてくれた。


『ううん、どっちかっていうと……いじめっ子……かな』


そのリリちゃんの言葉に、周りの取り巻きも、"存在がね……"とか、"いるだけで……"なんて口々に零す。

"みのる君"の女子からの評価は相当低いようだ。粗野で不潔な男子だと、女子に実害はなくとも、こんな評価を下される時がある。
きっと"みのる君"はそういうタイプの生徒なのだろう。


僕の中で、"みのる君"が少しづつ像を成してきた。

もう昼休みが終わりそうだったので、僕は、最後の質問をした。


『……"みのる君"は、何か裁判にかけられるような、悪い事をしたの?』


リリちゃんの喉が、一際大きく動いた。

この質問が来ることは予想していたが、それでも本当に来るとどう答えていいか分からない、と言った感じだった。
取り巻きの女子も、固唾を飲んで、リリちゃんがどうこたえるかを見守っている。

そして、リリちゃんは、小さく深呼吸をすると、僕の目を見て、こう言った。


『"みのる君"は、私達の仲間になろうとしたの。それがね、怖いの、凄く』






――それって。

そうリリちゃんが言った瞬間に、昼休みが終わるチャイムが鳴った。

僕は、その最後の言葉に対する質問のチャンスを失ってしまって、
僕は彼女の方に伸ばした手を、空を切るように、下ろしてしまった。

842 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:38:45 ID:VPrLjrCo0


次の時間は算数だった。

僕の前の学校では既に終わった範囲で、僕は時間を持て余した分だけ、先ほどのやり取りの事を考えていた。

"みのる君"は、女子から嫌われるタイプの男の子で、でも現在は保健室登校をしている。
そして、彼に突き付けられた罪状は"仲間になろうとした"。



何故、それが罪になるのだろう。

何か、彼とは友人関係を結んではいけないという決まりがあったのだろうか。

例えば、この地区には、今もなお、穢多非人の部落差別のようなものが色濃く残っていて、
彼はその部落の子供だから、仲良くしないようにと大人たちがルールを敷いているとか。



でも、それにしたって、先生が"有罪か無罪か決めるように"なんていうだろうか。

しかも、暴力沙汰とか、傷害事件とか、そういう物理的な悪行は一切ないにも関わらず、

教師が先導してそんな真似をするだろうか。

843 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:39:48 ID:VPrLjrCo0

その時、僕は朝の会と同じように、右斜め後ろから強い視線を感じた。

思わず振り返る。


まるで時が止まってしまったかのように、僕以外の生徒は机に向かって動かない。

先生の授業の声も、酷く間延びして聞こえる。

時間にしたらほんの一瞬だったんだろうけど、僕は確かに見たんだ。


後ろのドアの隙間から、真っ黒い影みたいなものが、確かに此方を見ていた。

その鋭い眼光から放たれる視線が、僕の目の中に飛び込んできた。


途端、ぞっとするような冷たい感情が、首筋から尾てい骨までを、一直線に走った。


「うわっ!」


僕が出したそんな声で、止まっていた時が一気に動き出した。

――と、思ったら、また停止した。

今度は、クラス中の視線が僕の方に集まっていて。

でも、その目もまた、朝の会の時と同じように、急に声を上げた転校生に驚く、とかじゃなくて、
なにか恐ろしいものに怯えるような、そんな目だったんだ。


『黛君、どうしたの? 後ろ向いちゃだめでしょ?』


先生は、そんな言葉を僕にかけた。

僕は「ごめんなさい、ドアの向こうに大きな蜂がいたので……」と誤魔化す。

生徒たちは口々に"蜂だって……"、"ビビらせんなよ……"などとこぼし始める。
彼らは一体何に怯えているのだろうか。

844 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:40:32 ID:VPrLjrCo0





                 決まっている。










                "みのる君"だ。










.

845 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:41:04 ID:VPrLjrCo0


彼らは、この席に座っていた"みのる君"と、それからドアの外にいたかもしれない"みのる君の影"に怯えてるんだ。

そして今は保健室にいるであろう"みのる君"が、再びこの席に戻ってくることに。



全員の視線が再び机に戻されて、僕は最後にもう一度、ドアの方をみた。


そのドアは、今はぴったりと閉じられていた。

846 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:41:42 ID:VPrLjrCo0


それから数日経ったある日。



僕が登校すると、僕の席に、クラスのみんなが集まっていた。

ざわざわという音の中には、酷く陰鬱なものを感じて、決してそれが良いもので盛り上がっている訳では無い事を悟った。

僕が教室に入ったことに誰かが気付いて、全員が入り口の僕を見ると、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの席に戻っていく。
そして、またひそひそをやり始める。


僕は不快感を感じながらも、自分の席に向かう。




そして、僕自身も、その"机の状態"に戦慄した。




僕の机の天板には、"ここは僕の席だ みのる"という言葉が、何か硬質なもので削ったように刻まれていた。

瞬間的に、クラスの全員を見渡す。別に犯人捜しをしようとしたわけじゃない。

この教室の何処かに、これを書いた"みのる君"がいる気がしたからだ。



僕がぐるりと教室を見ると、その視線を避けるように、全員が姿勢を低くする。



どれもここ数日で見た顔で、少なくと知らない顔は無かった。

847 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:42:17 ID:VPrLjrCo0



ホッと胸を撫で下ろした僕だったが、ふと強い視線を感じて、ベランダの方を見た。





いるんだよ、"知らない子"が。




その頭の上半分だけを窓から見えるように出して、こちらを覗いていた。

その短く刈り揃えられた坊主頭と、その下の鬱屈した、下弦の月みたいな目が、
僕の事を睨んでいた。




僕は、一瞬たじろいだが、すぐに身を持ち直して、
背負っていたランドセルを机に叩きつけるように放り出すと、ベランダに走り寄った。


でも、猛然と走りながら、頭の冷静な部分が僕に語り掛ける。





"お前は今、あそこがベランダだと言ったか?"



"教室のあちら側が、ベランダだったのは、前の学校の話だろ?"






"この学校は――"

848 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:43:25 ID:VPrLjrCo0


そして、僕が、教室入り口反対側まで辿りついてやっと、僕自身が何が言いたいのかが分かった。



ベランダじゃない。この学校にベランダなんてないんだ。



窓なんだよ。ただの窓。その外に、人が立つスペースなんて無いんだ。

窓の外にぶら下がってるって事も考えたけど、ここは二階だ。

少なくとも、小学4年生が、ただ自分の席に座る人間を睨みつけるために隠れる場所としては、あまりに危険で、現実的じゃない。



じゃあ、奴は、"みのる君"は、何処に行ったんだ?



僕は窓を開けて、身を乗り出しながらきょろきょろと見回す。

当然上にも下にも右にも左にも、人影が、壁に張り付いているなんてことは無い。



そしてまた、強い視線を背中側に感じる。

でもこれは、誰のものか分かりやすい。

クラスのみんなだ。急に窓に走り寄った僕を、"異端"の目で見ている。





僕はみんなに聞こえない様に舌打ちすると、窓を閉めて、自分の席についた。

849 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:43:58 ID:VPrLjrCo0


すると、隣の席のリリちゃんが話しかけてくる。



『ま、黛君、どうしたの? 大丈夫?』


僕の机に彫り込まれたこの文を見て、大丈夫なんて言葉良くかけられるな、とむしろ感心さえしたが、
冷静な態度を取り繕いつつ、その言葉に返した。


「いや、うん、大丈夫。何か窓の外に"みのる君"っぽい人がいる気がしたけど、気のせいだった」


言ってから、失敗したことに気付いた。

案の定、女子から短い悲鳴が漏れる。

男子からは、"嘘だろ……"っていう絶望にも似た声が零れた。

こんな事言わなくてよかったんだ。大丈夫、で切っておくべきだった。

女子が"みのる君"に怯えている事を知っていたのに、わざわざ不安を煽るような回答をしてしまった。

850 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:44:56 ID:VPrLjrCo0


『オイ、お前、ホントに気のせいなんだな?』


そこに、皆の緊張を引き裂くように、そんな言葉がかけられた。

振り返ると、後ろの席の、クラスでも一段と体格のいい男の子が、怖い顔で、僕を睨んでいる。

確か、彼は――狐野君と言ったはずだ。みんなからは"フォックス君"と呼ばれている、ガキ大将タイプの生徒だ。



ξ゚听)ξ「え、その子」


('A`) 「あの?」



うん、彼は2年後に死ぬよ。



川 ゚ -゚)「さらっと言うな」


( ^ω^)「どういう感情で聞けばいいのか分からないお」












ウケる。

851 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/24(月) 06:45:19 ID:VPrLjrCo0
でね、

彼は、怒気を孕んだ目線の中に、少しの怯えをブレンドさせながら、僕を見ていた。


「うん……、気のせい、気のせい」


彼のその顔を見ていたら、ビックリするほど冷静な自分が生まれてきて、
だからなのだろうか、変に浮ついた笑顔で、軽薄にそう返したんだと思う。


そして前に向き直ると、鞄の中身をお道具箱に入れ替えて、朝の会が始まるのを待った。



後ろからの視線は、まだ消えていなかった。

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