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735 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/22(土) 05:57:15 ID:8m7Dx.F60
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【第17話 案外近くの牛頭迷宮《ミノラビリア》】
"( ^ω^)"
――よっし、僕の話だお。
怪異と"隙間"ってどうしてあんなに相性が良いんだおね?
"隙間女"に"ベッドの下の男"、こと都市伝説には、この隙間から這い出てくる怪異達が今もなお後を絶たないお。
そこに、何かがいる気がする。
そこに、何かが潜んでいる気がする。
そこで、何かがこちらを見ている気がする。
陽の光や、蛍光灯の光では、照らしきれない、闇が、そこにある。
だから人間は、"隙間"を畏怖し、"隙間"に怪異をみるんだお。
でも、隙間って、そういう"空間"なのかお?
ξ゚听)ξ「どういうこと?」
僕は、"隙間"って言うのは、その中に、何かが"いる"っていう部屋みたいなものじゃなく、
僕らと、何か恐ろしい別の世界を繋ぐ、"通路"のようなものだと思っているんだお。
この世とあの世、現世と幽世、その境界線が、"隙間"なのだと。
僕のお話は、そんな"隙間"の話だお。
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736 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 05:58:12 ID:8m7Dx.F60
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――高校1年の初夏。
その日は、丁度高校に上がって初の定期考査があって、3時間で帰れるはずだったんだお。
でも、僕はそれをカーチャンに伝えるのを忘れて、朝に弁当を受け取ってしまった。
僕は、テストが終わってから、やっと弁当がいらなかったことに気づいて、どうしたものかと思案していたんだお。
別に家に帰ってから食べればいいんだけど、その日はなんとなく学校で食べてから帰ろうと思ったんだお。
その時、僕はピンと来たんだお。
いつもは、三年の先輩方が専有している"屋上"。
今日なら誰もいないのでは、と。
僕の通っていた小学校も中学校も、屋上の出入りは禁止だったから、
そこに侵入する憧れがあったんだお。
拝高は、屋上にベンチも備え付けられているから、そこで日向ぼっこでもしながら、
カーチャンの弁当に舌鼓を打つのも、"THE・高校生"みたいで、なかなか趣があると思ったんだお。
僕は、一緒に帰らないか、と誘ってくれたドクオの誘いを、少し図書室で勉強したいから、と断って、
実際に図書室で、生徒の大半が帰宅して、お昼時になるまで明日のテスト科目の勉強をして時間を潰したお。
('A`) 「あー、なんかあった気がする。妙に余所余所しいテストの日」
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737 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 05:58:38 ID:8m7Dx.F60
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やがて、勉強も一段落して、お昼も少し回った頃合いになって、僕はいよいよ屋上に向かったんだお。
ウチの拝高は、四階建てで、そもそも四階に上がること自体が中々無かったから、ちょっぴりドキドキしていたんだお。
なんか、上級生のクラスがひしめいている階って、足を踏み入れるだけでも、怖くないかお?
僕は中央階段から、ささっと四階まで上がって、更にそこから屋上への階段を上がったお。
他の階への階段が、つづら折り編成になっているのに対して、屋上への階段は、一直線の短い階段なんだおね。
その一番上の段の奥には扉が見えていて、そこに開けられた小窓は、外の光を取り込んで、白く光っていたお。
この階段は掃除が不十分なのか、ホコリがキラキラとその中を舞っていて、
本来汚いはずのソレが、粉雪みたいで無性にキレイだったのを覚えているお。
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738 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 05:59:12 ID:8m7Dx.F60
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階段を上がりきって、扉を開けると、南中した太陽の強い日差しが僕の目に刺さる。
僕は自分のてのひらで"ひさし"を作ると、屋上備え付けのベンチを探したお。
屋上の、隅っこに、半分塗装が禿げたようなベンチがあって、僕は自分の体重でぶっ壊れるんじゃないかと少し心配しながら、
恐る恐る腰を落として、その強度を確かめつつも、カバンから弁当を取り出したお。
思った通り、屋上ってめちゃめちゃ気持ちいいんだおね。
夏服に変わったばかりの、外気に晒された無防備な二の腕に、青葉の匂いを孕んだ風が触れる。
暑すぎず、寒すぎず、さわさわという木の葉擦れの音をBGMに、僕はゆっくりとお弁当を食べ始めたんだお。
時折、屋上からの景色を楽しみながら。
僕らの校舎は、太陽に相対するように建っているんだおね。
丁度、生徒の教室が、南からの太陽の光が取り入れられるように。
さらに、その先には広い校庭があって、その時はテスト期間だったから部活動は停止されていたけど、
本来ならあのグラウンドで、部活動をしているはずだったお。
思えば、この学校は、基本"南"を向くように作られている。
校舎の窓、グラウンド、校門だって、南の方角だお。
でも、思えば当たり前で、この学校の南には、拝成駅があって、
その駅から、遠方通学者が来るから、ソッチ向きの方が都合が良いんだお。
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739 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:00:01 ID:8m7Dx.F60
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じゃあ、"北"は?
思えば、僕は、この学校から"北"という地域にあまり足を踏み入れたことが無かったんだお。
たしか、北は住宅街で、あまり遊ぶところも無いから、足を踏み入れる必要も無いわけだけど。
多分中学の時の友人の家が、そっちの方面にあった気がするけど、
ただ、この拝高の真南ってわけじゃなくて、高校から見たら北西に当たる場所だった気がする。
だから、この校舎から北の地域は、僕にとっての"異界"だったんだお。
僕は食べ終わった弁当を再びカバンに戻すと、校舎北側のフェンスへ向かった。
緑に塗装された背の高いフェンスは、上のところがこちら側に湾曲していて、容易には乗り越えられないようになっていた。
僕はそのフェンスに手を抱えて、"北"の街を見下ろす。
ミニチュアみたいな家々が密集した、まごうことなき住宅街。
本当に、ただソレだけの、面白みの無い風景が、眼下いっぱいに広がっていた。
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740 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:00:57 ID:8m7Dx.F60
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「なーんだ」
思わず口からも、落胆の声を漏らしてしまう。
なんかもっと日当たりの悪い陰鬱とした街を夢想していたから、変に肩透かしを喰らった気分だったお。
僕はフェンスから顔を離し、ベンチに置いた鞄を持って帰ろうとする。
――でも、目の端に、あるものが映ったんだお。
僕はもう一度フェンスに向き直って、北の街を見下ろした。
丁度、その住宅街の中心に、"空間"が空いているんだお。
他の場所には、家とか、ソレを繋ぐ道路とか、そういう目に見て"何があるか"が分かるのに、
その"空間"は複数の家々の背に囲まれた、何もない虚無の場所のように見えたんだお。
そして、何より奇妙なのが、"そこにつながる道がない"ということなんだお。
幾つかの建物と、ソレを繋ぐように分岐した道が蜘蛛の巣のように張り巡らされているのに、
そこにだけは、どの道も繋がっておらず、生け垣とか、コンクリートの石の壁とかに、巧妙に塞がれている。
まるで、意図してそういう風に道を閉ざしているように。
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741 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:01:49 ID:8m7Dx.F60
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でも、僕はもう一つの事に気がついた。
道がない代わりに、ある狭い狭い裏路地から、まるで迷宮のように"隙間"がその体を伸ばしていて、
多分おそらく、その"空間"につながっているようだったお。
ただ、あまりにも複雑に絡み合って、ところどころ湾曲屈折しているから、正確な道順はわからなかったお。
ともかく、その"隙間"の始まりが、存外この校舎の近くにあって、
そこををずっと進めば、いずれはあの"空間"につけるらしいということは分かった。
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなったお。
いや、多分、家に帰ってテスト勉強したくないっていう逃避の意味合いが強かったと、今になっては思うけど、
それと同じくらい、そうだな、子供ころに行った遊園地のアトラクションの一つだった、巨大迷路の事を考えていたんだお。
大きな大きな迷路で、結局僕はあの時、迷路の真ん中で迷子になってしまって、
係員さんに付き添われて、ショーットカット用の扉を開けてもらってゴールしたんだっけ。
だから、その"リベンジ"ってわけじゃないけど、その"隙間"から、ゴールである"空間"を目指したくなったんだお。
僕はスタートである路地裏の位置と、それからゴールまでのおよその道順を覚えて、
屋上から出たんだお。
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742 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:02:21 ID:8m7Dx.F60
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――その隙間は、民家と民家に挟まれていた。
一方は大きな日本家屋。その竹垣と、手前の見事な草花で、その家の屋根しか見えなかったお。
竹垣の隙間からは、紫陽花の群れや、絡みつく蔦植物なんかが、命の息吹を感じさせる。
反対には、2×4《ツーバイフォー》の四角い今風の家。コンクリの壁は、隣の家とは正反対の無機質な冷たさを放っていたお。
丁度、"生"と"死"の"隙間"を行くようで、僕は無性にワクワクしたお。
でもやっぱりその"隙間"は僕の体格には窮屈で、
僕は体を半身にして、カニ歩きでその奥に体を滑り込ませる他無かったお。
ゆっくり、ジリジリ、僕の体は、"隙間"に飲み込まれていく。
様々な人間たちの、営みの合間を、縫うようにして進んでいく。
でも、どの家も高い塀に囲まれていて、その内容までを見ることは叶わない。
時折香ってくるカレーのスパイスとか、誰かが弾いてるピアノのソナタとか、
そういう実体を持たない感覚だけが、幽霊のように僕の体を通り過ぎていくんだお。
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743 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:02:56 ID:8m7Dx.F60
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不思議な感覚だった。
まるで、この一歩一歩が、僕の体から"肉"を削ぎ落として、そこに取り落として行くかのようだったお。
僕は、ひどく純粋なものに変わって、この先への進行が許される存在へと変貌しようとしているような。
時間と、空間の概念が曖昧になって、今何時くらいで、どの辺を通ってるのかがわからなくなっていく。
左に曲がり、右に曲がり、もう一度右、そのまま真っすぐ言って、今度は左。
辛うじて覚えているゴールへの道順を頭の中でなぞりながら、幾つかの分岐を越えたあたりだったお。
「あれ?」
ふいに、十字路に出たんだお。
まぁ、十字路と行っても、正式な道路の交差ではなく、やはりソレも隙間の交差に過ぎないのだけれど。
でも、僕が学校の屋上から見たときには、そんなもの存在していなかったんだお。
きっと幾つかの家に隠された地点に、この十字路があったらしい。
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744 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:04:17 ID:8m7Dx.F60
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僕はそこでカニ歩きの足を止めてしまった。
僕が来た方向を除外しても、3つの道がある。
例えば、後にこの3つの道も生き方によって繋がってるなんていうリカバリの可能性もあるわけだけど、
それでもなるべく最短の正解を行きたくなるのは人情ってものなのだろうか?
僕は今まで辿ってきた道筋と、今自分が進んでいる方向、それからゴールの方角をもう一度頭で考えて、
正解の道を、導こうとする。
でも、それより先に、"声"が響いたんだお。
"ま――っぐだ――、まっす――"
遠くの方から、僕の耳に届くまでに拡散してしまって曖昧になった音が聞こえる。
その声は、どうやら"まっすぐ"を指しているようだ。
僕は首を捻って後ろを向こうとするが、壁が狭すぎて、首を進行方向外に向けることすら難しい。
僕のお腹と背中にピッタリと壁がくっついていて、進むに連れて"隙間"が狭くなっていっている事にその時初めて気づいたお。
今から来た道を戻ってもいいが、でもせっかく僕を導くような声も聞こえているし、
今更戻るのも、明日のテストから逃げた身としては、更にそこに"逃亡"を加えるのは癪に障ったので、
僕はその導く声を信じて、まっすぐに進んだんだお。
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745 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:04:51 ID:8m7Dx.F60
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それから、分岐に着くたびに、天からの声は聞こえてくる。
でも、それはどんどんと遠く、聞こえにくくなっていく。
どうやら声の主は、移動できない場所にいて、その定位置から僕を観測しながら声をかけているらしい。
"い――げ――、その――ま――ぐ――"
最後に聞こえた声は、焦りと恐怖を内包しているような、悲痛なものに聞こえた。
――僕は、やっとの思いで"ゴール"にたどり着いたんだお。
でも、少し、僕の思っていたものと違った。
僕の目の前は、今、石壁によって塞がれていた。
あの"空間"にたどり着けないように、意地悪く、通せんぼされているのだ。
しかし、それよりも、もっと奇妙なものが、その石壁の手前にはあった。
――階段だ。
僕のいる場所から数m先に、長方形に穴が空いていて、その穴の奥に、階段が降りているのだ。
どうやら、あの"空間"には行くことは叶わないが、その空間の"地下"には行くことが出来るらしい。
あるいは、その地下に梯子でもあって、それを登ることで、あの"空間"のど真ん中にたどり着くのではないだろうか。
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746 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:05:29 ID:8m7Dx.F60
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正直怖かった。
その地下への階段はそこまで長くなく、その終わりには鉄扉が見えている。
扉には窓は無く、ぴったりと嵌っているために、その先がどんな場所に繋がっているかは予測できない。
それでも、"地下"という概念には、忌避すべき響きが含まれていた。
僕は、数分そこでじっと考え込んでいたが、
ふいにあの巨大迷路での出来事を思い出して、今度はちゃんとゴールしようという気持ちになった。
しかも、もうゴール(らしきもの)は見えているわけで、ここで引き返すのは、
まるで、自分があの子供の頃から成長していないと言われているような気がして、
フンスッ!、と鼻息荒く、その階段への一歩を踏み出したんだお。
階段の先の鉄扉は錆びきっていて、開くのに一苦労したお。
ザリザリと言う感触がノブをひねる手のひらにも伝わってくる。
僕は、自分のワイシャツが汚れて、カーチャンに怒られること覚悟で、肩を使ってグイグイとその錆扉を押し開けていったお。
ゆっくりと開かれる扉の隙間から、強烈な光が漏れてくる。
向こうはやけに明るい電灯を使った地下空間になっているらしい。
半地下の薄暗さに慣れてしまった視界が、その光の白に塗りつぶされて何も見えなくなる。
やっとの思いで扉を開くと、勢い余ってつんのめった体が、どこか広い空間に投げ出された。
今までの隙間とは比べ物にならないほど広い、どこか。
未だに白い視界が、徐々にその風景を掴んでいく。
白、青、緑、灰色。
ゆっくりと色が形を成していく。
そうしてすっかり視力を取り戻したとき、僕は驚愕したんだお。
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747 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:06:14 ID:8m7Dx.F60
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――屋上だった。
今日、僕が、お弁当を食べた、拝高の、屋上に、出たんだお。
.
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748 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:06:52 ID:8m7Dx.F60
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「え……はッ!?」
僕は驚いて、今来た階段を振り返る。
階段の先には、すでに日が沈みかけて紅に染まった夕焼け空が、家々の屋根の隙間から覗いている。
でも、この屋上の空は、真っ青で、それこそ僕がお弁当を食べていたときの空そのものだった。
意味がわからない。
僕は地下帝国にでも来てしまったと言うのだろうか。
フラフラと、吸い寄せられるように、グラウンド向きのフェンスにすがる。
グラウンドにも、その先の街にも、全く人気がない。
車の一つも、駅の電車も、何もかもが停止してしまっているように見える。
何かとてつもなく、異様で異質な"何か"に巻き込まれている。
急に自分の立っている足場が、もろく、とてももろくなって行くのを感じる。
昔に何度か感じたことのある感覚。
僕らの世界の"常識"が、たやすく崩れ去っていって。
そうして、今自分のいる場所が、話している相手が、見ているものが、
まるでこの世のものではなくなってしまったように思う、あの瞬間。
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749 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:07:26 ID:8m7Dx.F60
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僕は全身が総毛立った。
得体の知れない恐怖にもつれる足を引きずりながら、僕はもと来た階段を登ろうとする。
でも、丁度鉄扉のドアノブに手をかけた時に、聞こえてしまったんだお。
遠くの方から、酷くか細く、でも、たしかに聞き覚えのある声が。
"あれ?"
僕の、声だった。
僕は振りかえって、慌てて北のフェンスに顔を貼り付けた。
そして、本日二度目の驚愕。
街が、消えていた。
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750 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:08:11 ID:8m7Dx.F60
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いや、それは正確ではない。
正しくは、"壁だけ残して"、"全ての家々が"、跡形もなく、消え去っていた。
そう、丁度屋上から俯瞰してみると、その壁と壁の"隙間"が、まるで"迷宮《ラビリンス》"でも作るように
その街の隅々まで蔓延っているんだお。
そして、その迷宮の真中少し右上に、"僕"がいた。
あの十字路の手前で、ちょっぴり太めの体を横にした、僕がいるんだお。
僕は、ほんの数十分前の"僕"をこうして屋上から観測している。
それがなんだか奇妙でいて、でもそれ以上に、なんていうか、"不快"だった。
よく、ドッペルゲンガーに出会ったら死ぬ、なんて言うけれど、
その"死"っていう香りよりも、鏡の中の自分が、自分と違う動きをする違和感というか、
無意識的な、同族嫌悪っていうか、ともかく、言葉にしにくい、イヤな気持ちになったんだお。
気持ちわる。
無自覚にそんな言葉が声から流れ出て、僕はそんな僕自身も嫌いになりそうな気がしたから、
慌てて、"僕"から目をそらして、踵を返そうとしたんだお。
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751 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:08:55 ID:8m7Dx.F60
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そしたら、不意に、目の端に動く何かを見た。
"僕"ではない。"僕"の他に、この街にもう一つ動くものがある。
もう一度フェンスに向き合うと、僕はその違和感の主を探し始める。
そして、僕は発見する。
――牛頭天王《ミノタウロス》だ。
僕がスタートと定めた"隙間"の竹垣の奥の草花の中から、
大きな牛の頭骨を被った、上半身をさらけ出す、着流しの男が現れたんだお。
そいつは、腕に大きな肉切り包丁と携えて、その竹垣を乗り越えて、"迷宮"へと侵入する。
背が大きいのか、その被った頭骨は塀を越えていて、
上から見ると、まるで、巨大な牛の頭骨が塀の上を跨いで乗っかっているように見える。
そして、そいつが、猛烈な勢いで、進み始めた。
どこに? 決まってる。
"僕"に向かってだ。
あの巨大な肉切り包丁で、"僕"を細切れにしてしまうつもりなのだ。
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752 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:09:43 ID:8m7Dx.F60
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僕はフェンスにかじりつくようにして、その迷宮全体を見た。
真ん中には、僕がさっき屋上で見たときと同じように"空間"が空いていて、
僕はとにかく"僕"をそこに逃げ込ませなくてはいけないという強迫観念にもにた思いに突き動かされる。
ゴールから逆算して、"僕"の位置からの最短ルートを導き出す。
そして、僕は叫んだんだお。
「まっすぐだおッ!!! まっすぐッ!!」
その僕の叫びに反応したように、動きを止めていた"僕"は、少し身じろぎをすると、
僕の指示したとおり、まっすぐに進み始めた。
しかし油断は出来ない。なにせ、あの牛頭天王《ミノタウロス》は速いのだ。
僕の数倍大きいように見える巨体なのに、何故か壁を破壊することもなく、スルスルとその間を通り抜ける。
時折牛の頭骨がぐらりと傾くと、その丸太のような腕で、もう一度定位置に戻す。
僕は、"僕"に次々と指示した。
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753 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:10:33 ID:8m7Dx.F60
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「右っ! 左ッ! もう一回左ッ! まっすぐッ!」
そして、数度それを繰り返す内に、"僕"は最後の分岐にたどり着いた。
この道をまっすぐに行けば、僕はあの地下への階段にたどり着いて、
この屋上に逃げてくる事が出来るはずだ。
――屋上に?
あの牛頭天王《ミノタウロス》を引き連れて?
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754 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:11:20 ID:8m7Dx.F60
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一瞬、目の前に黒いカーテンが降りてきたかと錯覚する。
酸素を失った脳が、意識を切るときの、浮遊感と共に暗転する視界。
"僕"がここに来る、ということは、"奴"もここに来るのだ。
そうしたら僕は、僕らはどうなる? 二人で扉を押して、あいつが入ってこれないようにする?
そもそも、ドッペルゲンガーと会ってしまうのはどうなんだ。
それとも、あの"僕"は、ここではない別の"拝高の屋上"にたどり着くのか?
分からない事が多すぎる。不安要素が拭いきれない。
"死"あるいは"消滅"、どちらにしても自分自身が消えてしまうかもしれないという危機的な状況に、
僕の脳は上手く回ってくれない。打開策が出てこない。
代わりに汗ばかりが体から吹き出す。皮膚にねっとりと絡みつく脂汗だ。
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755 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:13:37 ID:8m7Dx.F60
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"僕"は、僕の声を待つように、分岐点から動かない。
何をのんきに突っ立っているのだ。後数分もすれば、
巨大な肉切り包丁でなます切りにされてしまうと言うのに。
そもそも、僕にヒントを貰いながらこの迷宮を突破するっていうのは、
あの日巨大迷路のアトラクションで泣いていた僕と、何ら変わりないのではないか?
自身の進む道筋を、他者に決めてもらって、そうして別の他者に"厄災"をなすりつける。
そのおこがましいとしか言いようのない行いは唾棄すべきであり、
今から自分が行おうとしているのは、そんな"他人任せな僕"との決別であり、
決して、今から行う行為に伴い発生するであろう罪悪感とかそういったものに対する自己防衛などではなく――。
そんな言い訳がましい正論が僕の頭のなかでリフレインする。
でも、ホントに言いたいことはそんなことじゃない。
もっと卑怯で、下劣な、自分本位の、あるいは悪意にも似た、苦肉の策。
――つまり、僕は、"僕"を囮に、生き延びようとしたんだお。
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756 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:14:47 ID:8m7Dx.F60
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痛いほどフェンスに指を食い込ませて、カラカラの喉の奥から、
すでに遠く離れて小さく見える"僕"の頭目掛けて、最後の"道案内"を叫んだ。
「……右だおッ!!!! 右に急ぐんだおッ!!!」
右は、数度曲がれば、行き止まりだ。
その声が、"僕"に届いたのだろう。
やや逡巡する風な動きを見せた後に、僕の支持に従うよに、"地獄への一歩"を踏み出したんだお。
そんな緩慢な"僕"の動きとは裏腹に、もう牛頭天王《ミノタウロス》はそのすぐ背後まで迫っていた。
でも、"僕"は振り返らない。振り返れない、といったほうが正解かもしれない。隙間が狭すぎるのだ。
だが確かに、その脅威が、自分の後ろまで迫っていることは感じているようだ。
この世界にいる二人の僕は、ある程度の感情、感覚を共有しているのか、
途端に僕の中に真っ黒い恐怖が流れ込んでくる。
今から自分の命が損壊されるという事実を予知してしまった者の
ある種の諦念にもにた、どす黒いい"死"に対する恐怖心。
僕の耳にもうっすらと聞こえ始める、"奴"の激しい吐息。
人間のものよりも、凶獣に近い、生臭く激しい息遣い。
そして、"僕"は、振り返ることも出来ないまま、真後ろに迫る恐怖だけを、その脊髄に流し込まれて、
それでも前進を止めない。
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757 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:15:20 ID:8m7Dx.F60
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少しでも早く、少しでも前に。
さっきの僕の言葉に縋って、僕の言葉を信じて、一歩一歩を踏んでいく。
きっと"僕"の中では、あの曲がり角を曲がれば、ゴールがある、そうしたら、僕は逃げ切ることが――。
でも、その曲がり角の先に、無慈悲に現れた壁を見たとき、"僕"は気が狂ったように叫びだした。
もうだいぶ小さくなったその頭から、僕に届くまでにか細く減衰した、怨嗟の叫喚。
それが、生暖かい風に包まれて、僕の髪を揺らした。
「……ごめんお」
僕がそう零したとき、天高く掲げられた、牛頭天王《ミノタウロス》の肉切り包丁が、
"僕"の背中に振り下ろされ、頭の右半分を吹き飛ばしてから、その体を真っ二つに裂いた。
そうして、周りの壁一面に、己の体の中の"赤"をぶちまけて、"隙間"の底に沈んでいった。
牛頭天王《ミノタウロス》は、その"僕"の残骸にゆっくりと覆いかぶさるように、壁と壁の間に消えていく。
そして、その後二度と浮上してこなかった。
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758 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:15:55 ID:8m7Dx.F60
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――助かったのか。
僕は全身を包む疲労感を纏ったまま、屋上からの階段を"登った"。
そして、来たときよりも長い時間をかけて、スタートに戻る。
でも、僕は確かに見たんだお。
あの地下から、"一つ目の分岐点"の左の道の先に、まるで真っ赤なペンキをぶち撒けたようなシミが広がっているのを。
そして、そのシミの海に浮かぶ、誰かの頭を切り落としたみたいな、そんな半分の後頭部を。
それから、僕は"隙間"が苦手になったお。
あの、もう一つの屋上という異界の事を思い出すのもそうだったし、
その奥に潜む、説明の出来ない"厄災"の存在のこともその原因だお。
でも、それ以上に、僕はあの日以来、"視えて"しまうんだお。
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759 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:16:39 ID:8m7Dx.F60
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隙間の奥から、恨めしそうに僕を睨む、頭半分を牛の頭骨に変えた、"僕"の顔が――。
【案外近くの牛頭迷宮《ミノラビリア》 了】
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760 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/22(土) 06:17:14 ID:8m7Dx.F60
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【幕間】
( ^ω^)「どうだお?」
(´・ω・`)「短くまとめてきたね」
('A`) 「こういう不条理って、ある種ホラーの醍醐味だよな」
川 ゚ -゚)「謂れのない暴力が、ブーンを襲う!」
('A`) 「クーさんテンション高いなぁ」
ξ゚听)ξ「今でも、その"隙間"ってあるの?」
( ^ω^)「二度と北の住宅街に近寄ってないから分からんお」
ξ゚听)ξ「その"空間"っていうのも気になるわね」
(´・ω・`)「案外、色んな利権が絡んで不当に価値が吊り上げられた土地なのかもね」
川 ゚ -゚)「ヤクザの抗争の原因になってそうだな」
(´・ω・`)「じゃあ、次行こうか」
('A`) 「"題"は>>770にするぜ?」
川 ゚ -゚)「次、私が行ってもいいか」
ξ゚听)ξ「よろしく頼むわ」
ξ゚听)ξ「さぁ、次の"解"を求めましょう」
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770 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2017/07/22(土) 11:25:40 ID:WnxlCtXI0
-
靴