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483 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:55:51 ID:BzyiZpjI0
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【第13話 こんてんぽらりん】
"('A`) "
――この話をする前に、お前らに聴きたいんだけど、
お前らのスマホって、最新機種だったりしないよな?
( ^ω^)「僕のは3年くらいまえのだお」
ξ゚听)ξ「私は高校に上がった時に変えたから、一年前の」
(´・ω・`)「僕は、2年前の」
川 ゚ -゚)「ガラケー」
おっ、クーさんガラケーだっけか?
実はな、俺もそうなんだけど、これには色々事情がある。
別にスマホが使いこなせる気がしないとか、愛着があるとかじゃなくて、
俺のガラケーの中には、ある"神性"が宿ってるんだよね。
コイツが実に厄介な奴で――。
まぁ、今から俺が話すのは、その、俺のガラケーと"神性"の話。
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484 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:56:27 ID:BzyiZpjI0
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――小学六年生の夏休み。
この夏は、久しぶりに母方の祖父母の家に行くことになっていた。
前も話した通り、父方の祖母ちゃんとは同居していたし、祖父ちゃんは既に死んでいたから、
たまには母方の方にも顔を出さないと罰が当たるよねって訳。
そもそも、お盆の時期は、毎年行けばいいじゃないかって思うかもしれないけど、そうはいかない理由がある。
俺の母親の出身は、沖縄で、しかも沖縄本島とか石垣島とかメジャーな島じゃなくて、"弓嫖島"っていう超ちっちゃい島なんだよ。
那覇空港まで飛行機で行ったとして、そこから更に船を二、三度乗り継いで、やっとたどり着くような孤島な訳だ。
ちょっとでも天候が悪いと、その島行きのフェリーは全便欠便になるし、そもそも全便って言っても
一日二本以下っていう渡航環境だから、お盆時期にオヤジの仕事が休み取れたとしても天候次第でいけないこともあって、
結局ここ6年くらい行けずじまいだったんだよな。
しかも、その"弓嫖島"は、"電子機器厳禁"っていうか、凄く自然に即した暮らしを心がけてる場所でさ。
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485 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:57:09 ID:BzyiZpjI0
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アメリカに暮らす、"アーミッシュ"ってやつらを知ってるか?
未だに、アメリカ開拓時代の生活を続ける、敬虔なキリスト信徒だけで構成された民族なんだけど、
自給自足の生活基盤と、文明の利器を毛嫌いする性質を持っていて、排他的かつ清貧な暮らしを守る暮らしをしているんだ。
"弓嫖島"もそれと全く同じ。
風呂は五右衛門、調理場は竈、遊びは自然で、灯りは囲炉裏。
飯は島で採れる魚と、その辺に沢山放牧してある山羊、あと少しの小麦と、本土からの米。
よくお袋はそこで暮らせてたね、なんて聞いたことあるけど、
『暮らせなかったから、お父さんと結婚したの』なんて目を細めて言われてしまった。
島に行くにしても、事前連絡は、手紙のみだから、どうしても段取りに時間がかかってさ、
そのせいで、毎年行く行かないで、結局止めとくか、ってなっちゃうんだよな。
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486 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:57:31 ID:BzyiZpjI0
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でも、来年俺が中学に上がるっている事もあって、
これ以上ドクオを沖縄の爺さん祖母さんに見せないと、下手したら死ぬまで会わないまま終わってしまうかも、
ってことで、絶対行くって事になったんだ。
それからもし天候の関係でフェリーが出なかったら、もう沖縄で普通にバカンスを楽しもうとも。
同居してる祖母ちゃんは、あんまり遠出をしたくないだとか、あの家のものは好かんとかで、
家で留守番している事になった。
俺は当時買ってもらったばかりの、携帯電話とか、3DSとかをバッグに詰め込んで、
出発の日を待っていた。
いや、待ってたのは、フェリーが欠航になって、沖縄で遊ぶ事だったのかもしれないけど。
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487 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:58:04 ID:BzyiZpjI0
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――結局そのお盆は、晴天が続いて、俺たちは"弓嫖島"に行くことになってしまった。
前の晩、止まっていたホテルの部屋で、お袋が、家族の持ってる電子機器を、全てフロントに預けていくと言った。
まぁ、俺もその島がどんな島かの説明は受けていたし、その島の人たちの暮らしを無為に侵害することも無いだろうと、
3DSは大人しく預けた。
でも、買ってもらったばかりの携帯電話は、『持ってくるのを忘れた』って嘘をついて、ポケットに隠してしまったんだ。
"弓嫖島"って、まさに手つかずの自然って感じの景観が未だに残っていてさ、せっかく100万画素を唄ってた、
その携帯電話のカメラ機能の性能を生かしてみたかったんだよな。
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488 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:58:39 ID:BzyiZpjI0
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当日、フェリーに揺られて1時間。俺たちは、"弓嫖島"にいた。
ボロボロの木組みの船着き場には、ギリギリ思い出の中にいた、爺さんと婆さんがいた。
沖縄だから、っていうつもりは無いんだけどさ、やけに背筋のしゃんとした、日に灼けた格好だった。
後から聞けば、爺さんは未だに素潜り漁で生計を立てているし、婆さんも山羊の世話でほぼ一日中丘を歩き回っているから、
そこいらの若者よりも足腰が強いって自慢された。
二人は六年ぶりに見る孫にいたく感激して、今日は山羊のフルコースだねぇなんて笑いながら頭をくりくりと撫でてくる。
それを見た母親が、慌てて『屠殺は見せないでね』って二人の背中に声をかけた。
小6の俺でも、"屠殺"って言葉の意味は知っていて、つまり、山羊を殺して喰うって事なんだなって漠然と思った。
そのいま俺を撫でている腕で、デカい刃物でも持って、山羊の頭を日夜跳ね飛ばしてるのかと思うと、
急に沖縄の祖父母の事が、とても恐ろしい人間に思えた。
オヤジは、沖縄の祖父母からは"娘を島から盗んだ男"として嫌われていると、
以前の家族団らんの中でお袋が笑いながら話していたけど、特段そういう事もないようで、
爺さんの丸太みたいに太い腕で、背中をバンバン叩かれながら『よう来た、よう来た』なんて言われている。
オヤジはオヤジで、ある程度の歓迎に恐縮して、それこそサラリーマン丸出しにへこへこしながら、
家までの道すがら、爺さんの世間話に付き合っていた。
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489 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:59:06 ID:BzyiZpjI0
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爺さんたちの家は、古き良き、沖縄家屋だった。
屋根の低い平屋に、風通しのよさそうな縁側。
家の周りは防風林と石垣に囲まれていて、屋根は台風などで瓦が飛んでいかないように、漆喰で塗り固められていた。
でも、石垣や、屋根の上に、"シーサー"は飾られていなかった。
俺は、そういう沖縄然とした風景とか風土に少し期待していたから、
家に入る直前に、『どこかにシーサーはいないか』と祖父母に聞いた。
すると、二人は、にっこりと笑い、また俺の頭をくりくり撫でながら、
"この島にはもっといい神様がいる"
と言った。
その真意をくみ取り切れなくて、首を傾げる俺に、二人は豪快に笑いながら、
この島に住まんなら、分からなくていいと、さっさと家の中に入ってしまった。
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490 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 06:59:54 ID:BzyiZpjI0
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その日は、本当に山羊づくしの食卓だった。
『シメたばかりの山羊は、臭くなくて旨いだろ?』
婆さんはそういって、食卓いっぱいに山羊料理を並べていく。
シメた、っていうのはつまりそういう事で、数時間前まで生きていた山羊が、
こうして"バラバラ"に分解されて、美味しく調理されて俺たちの目の前に並んでいるという事実が、
何処か非日常的で、でもそれは日常でもあって、っていう、チープな二律背反的なもんを子供ながらに感じたよ。
「この山羊、婆さんが一から全部料理したの?」
俺は、"ひーじゃー汁"の中の山羊肉をつつきながらそう尋ねる。
婆さんは、そりゃ一般的な老婆よりも全然元気に見えたし、腕だって逞しくて力はありそうだったけど、
それでも、一人でしかも女で、少なくとも子ヤギよりは大きいであろう山羊を屠殺するなんて
相当な労力であるはずだった。
お袋は、食事中にやめなさい、なんて俺を窘めたけど、婆さんは答えてくれた。
『さっき、この島に、神様がいるって言っただろ? そのお陰さね』
沖縄訛りが強すぎて、本来の意味からは外れてしまうかもしれないが、
多分そのような事を言われたんだと思う。
でも、もし間違ってたら失礼かな、なんて思って、結局それ以上追及する事は出来なかった。
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491 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:00:15 ID:BzyiZpjI0
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オヤジは、爺さんの泡盛と"チーイリチー"の二重攻撃を受けていて、ぐでんぐでんになっていて、
お袋も婆さんとの6年分の世間話に花が咲いたようで、俺だけは早々に床の間に引っ込めさせてもらった。
寝る前に、婆さんが蚊帳を吊ってくれて、その中で"フーチバー香"を焚いてくれた。
沖縄の虫は、デカくて強い。刺されたり、血を吸われると、とんでもなく腫れるし、とんでもなく痒くなる。
虫除けは必須らしい。
"フーチバー香"はスーッとする草の匂いで、苦いような、甘いような、南国のフルーツの香りも混ざっていた。
その匂いに包まれて、俺はあっという間に寝入ってしまった。
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492 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:00:54 ID:BzyiZpjI0
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――次の日。
この島はテレビも無いし、扇風機も無いので、夏は基本みな海に行ったり、川に行ったり、森に行ったり、
兎に角暑さと日差しの凌げるところにみんな捌けていくらしい。
我が家は基本自由奔放というか、協調性が無いので、一家バラバラに活動することになった。
オヤジは、爺さんから釣竿を借り、船着き場の桟橋からの釣りを楽しむらしい。
お袋は、爺さんについて行って、久しぶりに素潜りで、銛打ちでもやってくるといって、何時もとは違った
野性的な雰囲気を滲ませながら、嬉々として小船に乗っていった。
婆さんは、今日も山羊の世話の為に、家の裏の丘に行くらしい。
「俺は?」
そんな風に、玄関先で早速出かけようとする家族達に聞いてみたのだが、
みんな一斉に笑い出し、『せっかくなんだから、誰かに決めてもらうんじゃなくて、自分で決めて遊びなさい』と言われてしまった。
『この島全部が、お前の遊び場になるだろうから』
しかし、とその言葉に爺さんが付け加える。
『この島の東の端には、森があるんだが、その先の"御嶽≪ウタキ≫"には近づいちゃいけないよ』
「ウタキ?」
『あぁ、多分森を東にずーっと行くと、切り通しみたいな谷底のような場所に出ると思う。
その更に先には、岩で蓋がしてあって、子供一人が通れるか通れないかくらいの三角形の穴が開いている。
その穴の向こうが"御嶽≪ウタキ≫"と言われる神聖な場所なんだ。その場所には神様が住んでいるから、
祝女≪ノロ≫以外は入ってはいけないし、見てもいけない。いいね?』
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493 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:01:34 ID:BzyiZpjI0
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沖縄の離島には、未だにこういう信仰が残っている島が多い。
昔は男子禁制で、しかもかなり厳しく管理されていたらしい。
一目でも御嶽を見た男性は、全員生皮を剥がされて処刑されたり、
祝女も、姦淫したら子宮を引きずり出されて海に流されたりと、
その"神聖"を血と刑罰によって支えていた。
そもそも、この御嶽と祝女というシステムは、
女性の知的障害者や精神障碍者を、社会に上手く溶け込ませるための仕組みが始まりだと言われている。
力も無く、単純な力仕事をさせるにも、あまり役に立たないその存在に、シャーマンの役割を振り、
その精神的な高ぶりを、"神との交信"と捉え、崇めることで彼女らに居場所を提供した。
しかしながら、その存在は、普段は結局知的障碍者であり精神障碍者であり、
その顕著な異常性は、必ずその"神聖"の価値を落としてしまう。
だからこそ、他者の介入できない場所として御嶽≪ウタキ≫を用意し、
そこに、彼女らを隔離するとこで、その価値を保とうとしたのだろう。
当然、当時の俺はそんなことは知らなかったが、沖縄にそういう霊的な女人信仰がある事は
母親からぼんやりと聞かされていたので、爺さんからの戒めを破る気は無かった。
『もしあれだったら、丘向こうんところも、家族が帰ってきていて、丁度お前と同い年くらいの男の子がいるらしいから
南の白浜に行けば、今頃遊んでいるんじゃないか』
婆さんからそう教えてもらった俺は、さっそくその白浜に行ってみることにしたんだ。
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494 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:02:08 ID:BzyiZpjI0
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――浜には、誰も居なかった。
"弓嫖島"は元々の人口が50人に満たない小さな島だ。
さらにその中で、子どもなんか一人も居ない。
この時間、大人――とはいっても、大半が老人な訳だが――は殆ど漁に出たり、
家畜の世話か、畑作かで忙しくしている。
砂浜で遊ぶなんてことは、まぁあるはずがなかった。
俺は尻ポケットの携帯電話が気になって、海水につかる気になれず、
浜辺に打ち上げられた漂着物の中に、面白いものでもないか、海岸線沿いを、東に向かって歩き始めた。
今、沖縄って、そういう漂着物が結構問題視されてるんだってな。
特に、中国や韓国の民間ゴミ処理業者が、ゴミの回収をした後に、
正規の処理をせずに、海に全部流してしまうらしい。
その中には、ペットボトルや、お菓子の袋はもちろん、
大きいものになると、家電製品や、車のフレームなんてのまで流れてくることがあるそうだ。
ある海岸では、そこが毎年ウミガメの産卵場所になっていたのに、
そこにゴミが多く漂流しすぎて、上陸できなくなってしまったり、
あるいは、ビニールゴミをクラゲと間違って飲み込み、窒息死してしまったりと大問題に発展してるんだと。
"弓嫖島"にも、そういう漂着物が海岸に打ち上げられていた。
韓国語のお菓子のゴミ、変な匂いのする白い岩みたいなモン、デカい魚の白骨。
どれも、子供心を"くすぐらない"ものばかりで、太陽が南中する頃には、すっかりと飽きてしまっていた。
こんなんだったら、爺さんの素潜り漁にでもついていった方が面白かったかな、なんて思いながら、
もう家に帰って昼寝でもしてしまおうと踵を返した。
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495 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:02:46 ID:BzyiZpjI0
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――そこに、子供がいた。
砂浜の手前くらいに、半そで短パンで、釣竿を持った男の子がいたんだ。
俺はすぐにピンと来た。"コイツが例の男の子か"、と。
向こうにも、俺という同い年くらいの子供がこの島に来ている事は、伝わっていたらしい。
狭い島だ。そういう伝達能力があるからこそ、電話なんて普段はいらないのだろう。
男の子はテテテ、と走り寄ってくると、ニコニコと笑いながら、気さくに話しかけてきた。
『お前も、お盆でこの島に来たの?』
「う、うん……」
当時は――まぁ、今もそんなに変わらないんだけど――初めて会う人と話すのが苦手でさ、
なんか曖昧にしか返事が出来なかったよ。
でも、ソイツは無駄にコミュニケィション能力が高くて、そんな俺にもぐいぐいと話しかけてきた。
お互い自己紹介もせずに、俺たちは滞在期間が短いながらも気が付いた、
この島の不満点を言いながら、目的地も無く歩き始めた。
結局最後の最後まで自己紹介をしなかったから、彼の名前は最後まで分からない。
でも、なんか、笑い方が"あっひゃっひゃ"っていう特徴的な奴だったから、
コイツの事は、これから仮に"アヒャ君"としよう。
『この島さー。マジでなんにもなくてつまんないよなー。テレビもゲームもラジオもないんだぜー?
そんなの吉幾三の歌の中の世界だろーってなぁ?』
俺はその吉幾三の下りはよく分からなかったけど、内地の人間からしたら、よっぽど暇な島であるという観点には同意した。
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496 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:03:40 ID:BzyiZpjI0
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俺とアヒャ君は、南の白浜からぐるりと東側に向かって歩いていた。
もちろん、俺たちに、こっちが東側だなんていう知識も無かったかもしれないし、
あったとしても意識して歩いていたわけじゃないのは確実だ。
だから、海の景色が、やがて丘に変わって、森に入っても、
それが、どこなのかは分からずにいた。
でも狭い島だから、今来た道はしっかり覚えていたし、それを戻っていく自信もあったから、
そこまで重要な問題じゃないと思っていた。
――そう、思っていたんだ。
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497 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:04:18 ID:BzyiZpjI0
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『森にはハブがいるらしいぜー。ウチのじいさんは、森でとっつかまえたハブを、泡盛に漬けて、自分でハブ酒作ってるってさ』
「うまいのかな?」
『昨日チロっと舐めたけど、げろげろ〜って感じっ! アヒャッ!』
森の中は、内地では見たことのない植物がたくさん生えていた。
どれも葉が肉厚で大きかった。まるでここだけ原始の世界を色濃く残しているようだった。
カラフルな花なんかは割と少なくて、それ以上に、緑の濃さが際立っている。
湿気を多分に含んだ空気は重く、肺に吸い込むのすら億劫になるほどの草いきれだ。
その代り、葉からの蒸散効果なのか、それとも単純に、日差しが遮られているからなのか
暴力的なまでの南国の日差しによる、肌を焼くような暑さはだいぶ和らいできている。
俺とアヒャ君は、二人で『涼しいねー』なんて喜びながら、ずんずんと森の奥に進んでいった。
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498 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:05:06 ID:BzyiZpjI0
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やがて、森の奥に、岩場が見えたんだ。
こう、砂で作ったお山の真ん中だけ、細く、ほそーく刳り抜いたみたいな、高い岩の壁に挟まれた道。
その段になって、やっと気づいたよ。
あ、ここって、爺さんが来ちゃいけないって言ってた切り通しだ。
丁度夏休みに入る前の授業が、鎌倉時代の歴史の勉強で、
こんな風な道を、"切り通し"と言うのだというのを、教科書のビジュアルで見たのを覚えていた。
更にこの先には、この岩の通路を塞ぐように、また岩の蓋があって、
三角形の穴が開いてて、その先には――。
「ねぇ、この先って行っちゃいけないって言われた?」
『え、誰に?』
「爺さんとか、婆さんとか」
『言われてないけどー? なんでー?』
俺は、その頃にはだいぶ曖昧になっていた爺さんからの話を、
更に曖昧な言葉を使ってアヒャ君に説明する。
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499 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:05:29 ID:BzyiZpjI0
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『えー? それってなんかお化けとかいんのかなー?』
「分かんないけど……」
『でも、そんな怖い感じじゃ無かったんでしょー?』
「うん、なんか"絶対"って感じじゃなかったような気がする」
『じゃあ大丈夫でしょー? それに、面白そうじゃんっ! アヒャッ!』
そう言ってアヒャ君は、さっきよりも早いペースで奥へと歩いていく。
俺も、その頃には、森の熱気に浮かされたように気が大きくなってきていたし、
何となくこの場所で、アヒャ君を一人にするもの、俺が一人になるもの、少し怖くて、
結局彼の後についていくことにした。
最終的に、その三角の穴を覗かなきゃいいのだ。その時はそう考えていた。
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500 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:06:57 ID:BzyiZpjI0
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――カリギュラ効果って知ってるか?
ξ゚听)ξ「あれでしょ? 禁止されたことは、ついついやりたくなってしまうっていう」
そうそう。
そのカリギュラ効果ってやつは凄い魔力でさ。
段階があるんだよ。その効果を増幅させるような順番がさ。
禁止事項が段階的に成っている場合、その中の、"小項目"なら破っていいだろうって人間は考える。
でもその小項目を破ったら、次は、それよりも少し厳しい"中項目"も破っていいかなって気になる。
そうやってそれを繰り返している内に、全ての禁止事項をすっかり敢行してしまうっていう寸法よ。
だから、俺たちが、既にこの"切り通し"に足を踏み入れてしまった時点で、
それはもう、全ての"禁"を破ったことに等しくなるなんて、その時の俺にはしる由も無かったよ。
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501 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:07:35 ID:BzyiZpjI0
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幾つもの剣が、生々しく岩から生えているような鋭い岩肌に蜥蜴がへばり付いている。
見たことも無いカラフルな体表は、おそらく毒を持っている事を示す"警戒色"ってヤツなんだろう。
夏の湿気が、日陰で冷やされた岩肌を濡らしている。
たまに差し込む木漏れ日が、その表面を不気味に、すべらかに照らしている。
その頃には、俺もアヒャ君も、口数を減らしていった。
疲れもあったのだろうが、それ以上に、この"場"を包む雰囲気が、
なんていうか、行ったことは無いんだけど、"屠殺場"っていうものに変わっていくんだよ。
脳内に直接、有機物無機物問わずに、バラバラにされていくイメージだけが、
そのバラバラにされている物自体にはモザイクがかかった状態で、送信されてくる。
生物の、物質の、本質の分割。
兎に角細かく、細かく、細かく、ていう、ただそれだけの概念が
この場に渦となって混在しているような、そんな感じなんだけど、少し伝わりにくいよな。
もっと端的に言えば"何かをバラバラにしたい"っていう気持ちと、"誰かにバラバラにされてる"って気持ちが
同時に、複雑に絡み合って、自分の中に送られてくる。そんな感じ。
(´・ω・`)「ミキサー買いたて、みたいな?」
なんだよそれ。
でもまぁ、想像しやすいならなんでもいいや。
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502 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:08:00 ID:BzyiZpjI0
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そうして、俺たちは、その"終点"にたどり着いた。
爺さんは、三角形の穴だって言ってたけど、本当はそうじゃなかったんだ。
三つの岩が重なるように置かれていて、その重なりきれていない隙間が、三角形に見えるだけなんだ。
その三角形からは光が差し込んでいて、向こうが開けた空間であることを示唆している。
俺たちは、顔を見合わせると、どちらともなく、三角形に己の瞳を近づけた。
今思えば、完全に呼ばれていたんだと思う。
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503 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:08:38 ID:BzyiZpjI0
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穴の先は、砂浜だった。
あの南の砂浜よりも、なお白い、純白の砂に覆われた、小さな浜辺。
その浜辺いっぱいに、家電製品が散らばっていた。
テレビ、エアコン、電話、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、食器洗い機、デスクトップ型パソコン、スーファミ。
そう言ったものが、サビに塗れて、砂浜にその身を埋めている。
そのサビは、まるで返り血を浴びているように見えて、"死体"のように見える。
そして、その家電の中心に、"ソイツ"は座り込んでいた。
俺たちに背を向ける格好で、何かを弄っているようだった。
人間の胴体から伸びる四肢は異様に長く、関節も肘や膝だけじゃなく、不規則に配置されている。
それら、複数の関節が、複数の方向にガシャガシャと曲げられ、鳴子のような音を立てている。
へばり付く皮膚は、その体のサイズに会わせて無理に引き伸ばされてしまっている様に、
腕足が伸びている方向に、何本もの筋となって深く皺を刻んでいる。
首も同じく、ぐいんと長く、一度上空に向かって伸びたかと思うと、そこから真下に曲がっていて、
座り込んでいるそのちょっと前あたりに頭があるらしかった
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504 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:09:01 ID:BzyiZpjI0
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こん、てん、ぽらりん。こん、てん、ぽらりん。
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505 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:09:36 ID:BzyiZpjI0
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子供の声だ。しかもかなり幼い、女子児童の声。
アニメ映画で、素人の子供が声優をしている時みたいな、
その場面から浮いている、下手くそな、感情のこもっていないあの声だ。
それが、まるで童謡でも歌うように、意味の分からない歌詞を紡いでいる。
こん、てん、ぽらりん。こん、てん、ぽらりん。
その歌と共に、そいつの長い手足が、関節が、ガタガタと動かされ、
背中で隠された場所から、金属の悲鳴が上がる。
何かを"分解≪バラ≫"しているのか?
この海岸に溢れる、不法投棄されたであろう漂着物の家電製品を、一心不乱に。
こん、てん、ぽらりん。こん、てん、ぽらりん。
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506 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:10:10 ID:BzyiZpjI0
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『な、なんだよアイツ……』
アヒャ君は、絶句しつつも、その異様な存在から目が離せない様だ。
俺だって同じだった。どう見ても今までの常識の中のどんな生物の枠にも収まらない
その風体に、目が釘付けだった。
途端、俺はある事に気が付いた。
自分の尻ポケットに入れられた、携帯電話の存在を。
恐る恐る、ポケットに手を伸ばす。
――ある。
この島に持ち込むことを禁止されている、最新機種が。
それにはカメラがついていて、アイツの姿を撮ることが出来る――。
そんな事をして何になるかは考えていなかったけど、
兎に角こいつを、カメラにおさめて、どうするかは、後で決めればいい。
しかるべき専門機関があるはずだ。そこに持って行ってもいい。
テレビに売ったって良い。そういう妖怪とかに詳しい友人に見せびらかしてもいい。
何でもいいのだ、100万画素の性能を生かして、コイツを写真におさめることが出来れば、それでいい。
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507 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:10:43 ID:BzyiZpjI0
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俺は、震える手で、ポケットから携帯を引き抜き、カメラモードを作動させた。
そして、背中側に付けられたレンズを、その三角の穴に近づける。
『あ、お前のそれ、新しいやつじゃね?』
俺の携帯に気付いたアヒャ君が、目ざとく反応してくる。
俺はそのテンションに、少しだけ優越のニュアンスを含んだ笑顔で返す。
そうして、今度は、携帯の画面の方に顔を向けた。
液晶のスクリーンに、はっきりとソイツの後姿が映っている。
もしかして、幽霊か何かだったりしたら、カメラには映らないかも思っていたが、杞憂だったようだ。
少し距離はあるが、その異様な四肢と首の伸びは、十分すぎるほどに捉えられている。
このまま決定ボタンを押せば、コイツの姿をカメラに、携帯に封じ込めることが出来る。
――でも、同時に、怖くもあった。
急にいくつもの禁忌を破ってきたことを思い出し、言いようのない罪悪感に囚われる。
今ここで引き返せば、まだ許されるのではないかという淡い免罪への期待が、自身の指を止める。
段々ここに居る理由を頭の中で探し始める。こんなことになっている理由を探し始める。
当然答えは見つからない。何となく、それこそ、ここに流れ着いた"漂着物"のように、
そこに意思はなく、意味も無く。
そうやって、そうまでして、犯す意味の無い罪を犯し、侵す意味の無い領域を侵している。
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508 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:11:08 ID:BzyiZpjI0
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急に冷静になった思考が、俺の腕を下げた。
それを見たアヒャ君が、俺の腕に触れた。
『なんだ、とらねーの? 写真』
「うん、なんだかキモいし、怖いし」
そう伝えると、何故だか、アヒャ君は、さも愉快な事を思い付いたように、にやぁといやらしく笑った。
そうして、俺の掌から、携帯をもぎ取ると、『俺が撮ってやるよ』と言って、カメラモードのままだった画面を三角形の穴に向けた。
「あっ」
言うよりも早く、彼は決定ボタンを、押してしまった。
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509 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:11:31 ID:BzyiZpjI0
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――カシャッ。
音が、鳴った。
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510 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:12:05 ID:BzyiZpjI0
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至極当たり前な機能だったが、俺は、俺たちは、そんな事失念していたんだ。
瞬間、ソイツの首が、ギュンッ!! とこちらに伸ばされた。
背は此方に向けたまま、丁度仰け反るみたいに。
頭がさかさまのまま、俺たちと岩一枚隔てた距離まで、一気に向かってきた。
「ヒィッ!!」
――女の顔だった。
片目を、前髪の房で隠した、白目の女。
口の端は、包丁か何かで耳元まで裂いたように、歯列の奥まで開かれていた。
鼻はそぎ落とされていて、細い二等辺の三角形が二つ、並んでいる。
『う、うわぁああああああああああああああああああああっ!!!』
アヒャ君は、俺の携帯を取り落とすと、一目散にもと来た道を逃げていく。
俺の方は、腰が抜けてしまって、一歩も動けなかった。
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511 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:12:46 ID:BzyiZpjI0
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こん、てん、ぽらりん。
女の化け物が、口を動かして、さっきの唄を歌う。
そして、さかさまの頭のまま、その狭い穴に、顔を捩じ込んできた。
その穴は、俺たち側に向かうにつれ、どんどん細くなっているようで、
最初は女の顔の大きさとピッタリだったのだが、徐々にその顔の皮膚が引っ張られるように後方に伸びていく。
こ ぉ ん 、 て ぇ ん 、 ぽ ぉ ら ぁ り ぃ ん 。
顔の皮が伸ばされていくのと同じように、ソイツの唄も、間延びしていく。
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512 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/18(火) 07:13:08 ID:BzyiZpjI0
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みちみちぃ……。
皮だけでなく、その相貌に薄く張り付いた肉までも、その穴に詰まって、その場にとどまろうとする。
やがて、皮膚も、肉も、ゆっくりと、裂け始める。
その裂けた皮膚から、血液じゃなくて、かさぶたみたいな、褐色色の薄い塊が零れてくる。
――サビだ。
サビが、ぼろぼろと、剥離して、傷口から、吐き出される。
鼻血が出た時よりも、もっと濃い、鉄の香りが、俺の脳天にまで達したとき、
やっと這いずるように携帯を握り締めて、逃げ出すことが出来たんだ。