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454 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:13:36 ID:XnFhCepc0
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それから数日して、私はお母さんの料理を手伝っていた。
少なくとも、彼女と過ごした10年は、本物だったと、そう思い直すようにしたの。
だから、この家族もまた、本物であると、無理に偽物本物と割り切る必要はないとね。
その時、もうすぐやってくる高校初の中間テストの話をしていたわ。
なにせ拝成って県内一の進学校だし、私も自分の頭脳が、そこまで恥ずかしいものではないという自負があったから、
自信があるの、なんていう事をお母さんに宣言していた。
『ホントぉ〜? 最近勉強に集中してなかったみたいだけど?』
お母さんは、私の身の上に起こったことは知らなくても、娘の変調は感じていたらしい。
だから、やっぱりお母さんはお母さんなんだ、なんて妙に感動したの。
私は気が大きくなって、ジャガイモの皮を剥きながら、こう宣言した。
「任せてよ。絶対に10位以内に入ってみせるわ」
それを聴いて、お母さんはカラカラと笑いながら、言うの。
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455 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:13:59 ID:XnFhCepc0
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『もし、ホントに10位以内に入れたら、ツンちゃんの欲しがってた、ノートパソコン買ってあげるわ』
「え、ホントぉ〜?」
『お母さんが嘘ついたことありましたかな?』
「結構あった気がする。今日は肉じゃがよ〜なんて言いながら、味付け失敗したかなんかで急遽和風カレーにしたりさ」
『あんた細かい事覚えてるわね』
「あと、授業参観の時、あんまり派手な服着てこないでって言ったのに、どのお母さんよりも目立つワンピ着てきたり」
『あれは、お母さんが派手だったんじゃなくて、周りのお母さんが地味すぎなの』
「そういう言い訳するんだもんなぁ」
『じゃあ、指切りしたげる。これで信じてくれるかな?』
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456 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:14:56 ID:XnFhCepc0
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お母さんは、持っていた玉ねぎをまな板に置いて、身に付けたエプロンで手を拭いながら、その小指を差し出してきた。
――右手の小指を。
ズキン。
頭に釘でも打たれたような鋭い痛みが走る。
「――お母さん」
『なぁに? どしたの?』
その先の言葉は、言うべきではない。言ってはいけない。
きつく閉じられた、核心の扉に、楔を打ち込むような、そんな空恐ろしい確信。
私の中の、小さな、ほんの小さな、違和感のタマゴを、無理矢理孵化させるような。
それでも私は、頭に浮かぶ言葉を出さずにはいられない。
なにかとてつもなく、大きな勘違いをしてる。
世界は、私は、デレは、何かを"秘匿している"。
悟られてはならない真実に蓋をして、私からは見えないようにしているんだ。
"鍵"が、唇から、零れる。
「――なんで、右手で指切りするの?」
『……はぁ?』
お母さんは、質問の意図が掴み切れていない様子で、それでも首を傾げながら、私にこう言った。
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457 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:15:25 ID:XnFhCepc0
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『だって貴女、右利きじゃない――』
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459 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:17:39 ID:XnFhCepc0
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――ハサミ
――指切り
――デレ
――ノック
――扉
――平行世界
――甲殻類
――ビーグル
――お母さん
――お父さん
――左手
――右手
――じゃんけん
――カレンダー
――"私はツン"
――ハッピーバースデー
――姉ちゃん
――花瓶
――約束
――双子
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460 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:18:32 ID:XnFhCepc0
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私は、鞭を入れられた馬のように、猛ダッシュで階段を駆け上がった。
後ろから母親の心配そうな声が聞こえたけど、それが何だったのかは覚えていない。
机の上に置いてあった、充電器の刺さったスマホを引っこ抜き、私は"デレ"にコールする。
プルルルル、プルルルル、プルルルル。
その音を聞いている内に、思考が徐々にまとまっていく。
私の記憶の中の"ツン"は、何時だって、"左手"を使っていた。
指切りも、ノックも、咄嗟に花瓶を受け取る時も。
そして、あの時の、あの"ハサミ"
まるで、"左利き用"だったように、全く切れなかったあのハサミ。
そして、あの"じゃんけん"の話。
平行世界に行くには、自分の名前を日めくりカレンダーで書かなくてはいけない。
そして一週間、保存しなければならないのだ。
それを、"直前"に変えることなんて出来ない。
また最初からやり直さなければならないからだ。
母親を病床から救い出すための儀式に、そんな悠長な事をやってる暇なんてないはずだ。
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461 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:20:11 ID:XnFhCepc0
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だったら何をすればいい。
直前に、なにを、"変えればいい?"
紙なんかに書かなくても、その場で変えられるものが、あったんじゃないか?
右手と、左手。
右利きと、左利き。
4/1の"ハッピーバースデー"
"私はツン"
『今から、私が"デレ"、貴女が"ツン"よ』
――。
ピッ
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462 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:21:05 ID:XnFhCepc0
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『――もしもし、姉ちゃん?』
「あ――、も――」
『どうしたの? なんかあった?』
「あ、あの……」
『なによん。たった二人の姉妹じゃない。なんでも言ってほしいな』
「――デレ、貴女、利き腕、どっち?」
『――利き腕?』
「……そう」
『――"左利き"、だよ』
「――あ、」
『……』
「あの、」
『……』
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463 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:22:03 ID:XnFhCepc0
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「――"姉ちゃん"?」
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464 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:23:30 ID:XnFhCepc0
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『――』
「……」
『――』
「……」
『――キャハッ!』
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465 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:27:08 ID:XnFhCepc0
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キャ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
ハ
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466 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:27:37 ID:XnFhCepc0
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『気付いた? やっと気づいたのっ!?』
『遅すぎだよ"デレ"ッ!!』
『もうマジ、こっちから言おうかどうか本気で悩んだわぁ』
『アンタやっぱり、子供の頃からそういう思考力、マジで鈍いよね!』
『あの時あんたが死ぬほど泣くからさぁ、お母さんの為に、あたしがこっちに来たけどさぁ』
『ホントいい加減にしてほしいよねぇ〜〜〜〜ッ!!』
『分かってんの? 元の世界を捨ててさ、自分の名前を捨ててさ、そうやってこっちの世界に行ってやったんですけどッ!』
『なのにあんたは、のうのうと、そっちの世界で生きさらばえた挙句に、本当の世界を偽物呼ばわり』
『マヂウケるんですけどぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!』
『どうだった? 独りぼっちの世界は寂しかった? 悲しかった? ねぇねぇ〜〜?』
『でもね、私がこっちの世界で受けた孤独ってこんなもんじゃないからッ!!!!』
『アンタがビービー泣かなければ、こっちに来るのはあんただったのにッ!!!!』
『私は自分の"名前"まで捨てて、別の世界に"生まれ変わって"、何のつながりもない偽りの家族と暮らしてッ!!』
『"ツン"は私なのッ!!! 私の物なのッ!!! 返しなさいよッ!! この泥棒がッ!!!』
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467 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:27:59 ID:XnFhCepc0
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『――あぁ〜〜〜、ごめんねぇ、酷い事言っちゃったねぇ〜〜〜〜〜〜ッ!』
『いいの。もう、"ツン"を返してなんて言わないの』
『――その代り、アンタが、こっちの世界に来てよ』
『私じゃダメなのッ!! もう扉が開けられないのッ!!!』
『何十、何百、試してもダメなのッ!! こっちからは開けられないのッ!!!』
『だから、アンタが開けなさいよッ!!! そして、私と交換してよッ!!!!』
『返してよッ!!! 元の世界を、お母さんをッ!!! "ツン"を返してよッ!!!』
『――ああ、嘘、嘘なのよ、ツン。あ、デレ。あれ? あんたどっち?』
『いや、そんな事、どっちでもいいの、もうどうでもいいの』
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468 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:28:21 ID:XnFhCepc0
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『やっぱり、平行世界は、平行世界なのッ!!』
『全員、全て、何もかも、元の世界と違うのッ!!!』
『空が赤いのッ!! ビーグルは肉なのッ!! お父さんはカニみたいな頭なのッ!!!』
『お母さんは、ぶよぶよの、べしゃべしゃの、ぐちゃぐちゃの、ぼろぼろなのッ!!!』
『なのにアイツッ!!!何回殺してもッ! 死なないのッ!!』
『寝込みをッ!! カッターでッ!!! 何度も何度も切り裂いてもッ!!!!』
『お父さんは、毎晩毎晩ッ!! 私にのしかかってッ!! 』
『痛いのッ!! 苦しいのッ!! 気持ち悪いのッ!!! もう嫌なのッ!!!』
『こんな目に合うって知ってたらッ! 絶対来なかったッ!! あんたを絶対に生贄にしたッ!!』
『ほらッ!!! 来てるのッ!! 今夜もッ!! アイツがッ!!! 階段をッ!!!』
『もうマジで無理なのッ!! ねえッ!! もう産めないッ!! 産めないのッ!!』
『私もうぶっ壊れちゃったんだからッ!! あんたのせいでッ!!! もう限界なのッ!!!!!!』
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469 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:29:12 ID:XnFhCepc0
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『――ねえ、貴女、もう、私、本当に無理なの』
『10年間もそっちで楽しんだんでしょ? もう十分そっちで生きたんでしょ?』
『だったら代わってよッ!!! 元々はあんたがこっちに来るはずだったんだッ!!!』
『代わってよッ! 代われよッ!! オイッ!!! 聞いてんのかッ!!!』
『黙ってねぇでッ! 何とか言えよッ! デレェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!』
ザザ、ザザザ、ザザー
『オイ―― 聞いて―― ふざ―― デ―― 電波―― 真実―― 一つに――』
ザザザ、ザザー
『アイ―― 来るの―― お願―― 助け――― 神様―― 世界が――デ――』
ザザザ、ザザー
『――たしが―― ツ―― のに――』
ザザザ、ザザー
プツッ
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470 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:29:39 ID:XnFhCepc0
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つー、つー、つー、つー。
【平行世界の空想姉妹≪エヴェレット・マイシスタ≫ 了】
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471 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:30:24 ID:XnFhCepc0
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【幕間】
(。'A`) 「……」グスン
( ^ω^)「ドクオ、泣いちゃったお」
(´・ω・`)「ツンちゃん、またやったな」
ξ゚听)ξ「ふひひ」
川 ゚ -゚)「後味の悪さに定評のあるツン」
ξ゚听)ξ「怪談の後味の悪さったら堪らないわよね」
川 ゚ -゚)「――で、実際は"どっち"なんだ?」
ξ゚听)ξ「え〜? "謎"にしてたほうがかっこよくない?」
('A`) 「仮面ライダーじゃねぇんだぞ」
( ^ω^)「ドクオ、大丈夫かお?」
('A`) 「もう、誰も信じられない」
(´・ω・`)「あーぁ、人間不信になっちゃった」
川 ゚ -゚)「まぁ、面白い試みだとは思うがな」
ξ゚听)ξ「その分いつもより時間かかっちゃったけどね」
( ^ω^)「じゃあ、次行くかお?」
(´・ω・`)「ていうか、グダグダするから話す前に担当決めとこうね」
('A`) 「じゃあ、次は俺が行くわ。絶対ツン泣かす」
ξ゚听)ξ「かかってきんしゃい」
('A`) 「"題"は>>480でいいな?」
ξ゚听)ξ「うっしゃ、来いッ!」
ξ゚听)ξ「それじゃ、次の"解"を求めましょう?」
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480 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2017/07/17(月) 19:13:57 ID:Y2WI0asw0
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コンテンポラリー