忌談百刑

第12話 平行世界の空想姉妹≪エヴェレット・マイシスタ≫

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435 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:02:02 ID:XnFhCepc0

【第12話 平行世界の空想姉妹≪エヴェレット・マイシスタ≫】

"ξ゚听)ξ"







――私が話すわ。




私たちが幼稚園の頃にやっていたTV番組で"平行世界に行く方法"っていうのが流行ったのって、みんな知ってる?



川 ゚ -゚)「それ、本当に私たちが五歳前後の話じゃないか?」



(´・ω・`)「今でもインターネットなんかでは、よく出てくるけどね」



諸説あるみたいだけど、私が知ってるのは、その番組でやってたものだけよ。

436 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:02:41 ID:XnFhCepc0

一応やり方を説明するわね。


まず、日めくりカレンダーを用意するの。
そうして、平行世界に行きたい日のページだけ、予め破りとっておいて、
そのページに、自分の名前を、赤いペンで書くのね。

次に、ビニール袋に塩水を入れて、その中に、さっきの紙と、
神社かお寺のご神木の注連縄の一部を切り取って、細かく切ったものを入れて、
口を縛って、日の当たらない暗い場所に一週間保存する。

カレンダーの方は、そのまま一切めくってはいけないのよね。

そして、破ったページの日が来たら、そのビニール袋に入った塩水を、
なんでもいいけど、どこかの扉にかけるの。

そして、その扉を、ノック。一回、二回、一回の順番で。

そうして、その扉を開けて、"向こう側"に行ったら、自分で扉を閉めるの。


これで、"平行世界"に行ったことになるらしいのね。


川 ゚ -゚)「どうやって、それを確かめる?」


そんな方法はないらしいわ。とにかく、それで、平行世界に行ったことになるんですって。
まぁ、確かめた人間は、誰一人戻ってこないらしいんだけど、不思議な話よね。

でもね、その方法で、確かに平行世界に行けるのよ。



だけど、一度でもそちらに踏み込んでしまったら、二度と元の世界に戻れない。




今から話すお話は、そんな"平行世界"に行ってしまった、私の姉妹のお話。

437 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:03:09 ID:XnFhCepc0

――高校1年の4月。

中学を卒業し、拝成高校への進学も決まって、あとは入学式を待つだけっていう、エアポケットみたいな日だった。

私は、入学前に出されていた、拝高からの課題を、ちょこちょこやりながら、これから始まる新生活に思いを馳せていたわ。
でも、やっぱり勉強に身が入らなくて、そもそも春休みまで勉強っていうのに段々腹が立ってきて、結局部屋の大掃除を始めてしまったの。



( ^ω^)「あぁ〜、ありがちな逃避だお」



とはいったものの、大晦日に一回大掃除していたから、そんなに汚れても無かったんだけどね。


まぁ、本棚の漫画を、ちゃんと順番に並べてみたりだとか、
CDラックの中身を、アイウエオ順に並べてみたりだとか、
クローゼットの洋服を、お気に入り順に並べてみたりだとか、
兎に角何かを並べてみたりして時間を潰していたわ。


その時、勉強机の上の高校受験用の参考書も、もうお役御免な事に気づいて捨てようと思って手を伸ばしたら、
さっきまで広げていた勉強道具の中の、うさぎ柄のペンが机の向こう側に落ちてしまったの。

正直色ペンの一本くらいなら取らない事もあるくらいなんだけど、そのペンは中学卒業の時に、別の高校に進学する
仲のいい友達から貰ったものだったから、無くしたくなくて、すぐ机と壁の隙間に手を伸ばしたわ。




すると、ペンと一緒に、なんかの紙切れみたいな感触もしたの。

そのままペンと一緒に人差し指と薬指に挟んで、その紙切れも摘みだしたわ。

438 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:03:43 ID:XnFhCepc0

――その紙切れは、丁寧に四つ折りにされた、日めくりカレンダーの1ページだったわ。


しかも、10年前の、今日の日付のものだった。

果たして、10年前の日めくりカレンダーの一ページが、今更見つかるものだろうか。
更に丁度、見つけた日と同じなんて、少し気味が悪い。


でも、それ以上に君が悪かったのが、"今の私の筆跡"で、ハッピーバースデーって赤文字で書いてあったのよね。


私の誕生日は、9/14だから、絶対こんなこと書くなんてあり得ないし、
よしんば友人の誰かの誕生日だとしても4/1に、その日を迎える誰かに心当たりは無かったわ。

私は、薄気味悪いその紙切れを、ペン立てにあったハサミで細かく切って、ゴミ箱に全部捨てたわ。

その日から、ふとした瞬間に、その日めくりカレンダーの1ページを見つけることが増えたわ。

ズボンの後ろポケットだったり、読みかけの小説の中だったり、
ベッドのマットレスの下だったり、カーペットの下だったりしたわ。

始めは家の誰かのいたずらかと思ったけど、お父さんもお母さんも、そんなくだらない事する訳ないし、
ウチで買ってる犬の"ビーグル"が、どっかに落ちてた日めくりカレンダーを破っては、家じゅうの何処かに隠して遊んでいたとしても、
そこに毎回、赤文字で何かしらの言葉が書いてある時点で、彼も犯人からは除外されたわ。




私の家は、それ以外の家族なんていないし、それから、4/1以降のメッセージが全て、
"私はツン"っていう言葉なのも、凄く気になっていたわ。

439 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:04:21 ID:XnFhCepc0

そんな気味の悪い悪戯が一ヶ月も続いて、せっかくの第一志望の高校生活も、なんだか乗り気でなくなってきていたわ。

誰か、目に見えない悪意のようなものが、私の新生活をねたんでいるような、そんなもやもやした実体のない怖さが、
常に私の周りを取り巻いていたの。





ある日、また机と壁の隙間から、日めくりカレンダーが出てきて、私は憤慨した。
"もういい加減にして"って青ペンで書くと、滅茶苦茶に折りたたんで、同じように机と壁の隙間に放り込んだの。

犯人が、またこの場所にカレンダを仕込もうと思った時に、これを見つけて、
それでこの下らない悪戯を止めてくれればって考えたのね。



でも、そんな予想よりも斜め上の出来事が起こったの。



次に見つけた日めくりカレンダーには、赤ペンで、数字の羅列が書いてあった。

090から始まる12桁は、明らかに、電話番号だったの。

しかも、その番号は、紛れもなく、"私自身の電話番号"だった。
その末尾には、"待っています"のメッセージ付き。



みんな、自分の電話番号に電話すると、どうなるか知ってる?
普通は、話し中になるか、留守番電話サービスにしているんだったら、留守電に繋がるわ。

こんな馬鹿げた悪戯に付き合ってやる義理もないって分かっていたんだけど、
その最後の"待っています"っていう筆跡も、紛れもなく私のもので、
しかも、ちょっと、悲しい事があった時の、自分の文字だったから、
私は、その自分の電話番号に、電話してみることにしたの。

440 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:04:57 ID:XnFhCepc0

夜だったと思うわ。

お風呂に入り終わった後の、濡れ髪のまま、ベッドに腰かけて、私はスマートフォンを握り締めていた。
既に自分の番号はプッシュ済みで、今はかけてる最中のプルルルって音が鳴っている。



そして、そのまま、留守番電話サービスに繋がる――。



――はずだった。




長い長いコール音の後に、どこかに繋がった事を示す、短い電子音が鳴って、
その後、電話の向こうで誰かが押し黙っている時の、あの"空気の音"みたいなサーっていう音だけが聞こえてきた。

変だと思ったけど、どうやら自分の音声を拾っているだけらしく、私が黙っているから、そういう音を拾ってしまっているんだと思ったの。

馬鹿々々しい。やっぱりこうなるんじゃないか。

私は、ワザと自分に言い聞かせるように、大きく溜息を吐いた。
その時、電話の向こう側から、息を飲むような、短く、且つ鋭く息を吸う音がして。




そして、"声"が聞こえたの。




『――もしもし?』





私の、声だった。

441 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:05:39 ID:XnFhCepc0

でも、完全に私の声なんだけど、少しの柔らかさも含んだような、そんな声。
私という人間が、人生の何処かで分岐して、今よりも優しさを当社比2倍にしたみたいな。

でも、現実の私は、そんな優しい人間ではないし、度重なる悪戯にイラついてもいたし、
それよりなにより、自分の番号から、自分が喋ってないのに、自分の声が聞こえてくる非現実に
怖気のようなものを感じて、かなり攻撃的な声で、こう返したの。


「アンタ、誰よ」


その言葉を受けて、向こうが返答に迷っているような雰囲気が伝わってくるわ。

以心伝心っていうの? 電話越しで、顔も見えていないのに、相手の感情が、直に私に流れ込んでくる感じ。
だから、その"実に困った"みたいな気持ちまで透けて伝わってくるから、なんか催促する気になれなくて
結局、そこから3分くらい、向こうの言葉をまったわ。

そしてやっと、言葉が返ってきたの。



『私は、"デレ"、です』



はぁ? そんな奴、私知らない――。




そこまで言いかけて、私は後頭部をガンと殴られるような衝撃を覚えた。

その拍子に、頭の中から目に抜けるスパークが、バチバチって走って、
自分の時間だけ、ひどくゆっくりになったような錯覚を覚えたわ。




そして、その時間の奔流の中に、まるで溺れでもするように、一人の女の子の像が、見え隠れし始めた。

442 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:06:03 ID:XnFhCepc0
五歳時くらいの、栗色の和毛を二つに束ねた、私にそっくりな女の子。

私は、その子と一緒に、いた気がする。


『姉ちゃん、ですか?』


そうだ、その呼び方。男の子みたいだから、何度もやめなさいって言ってた、その呼び方。
電話の向こうの彼女の"ピース"が、たった一枚だけど、はっきりと、私の下に帰ってきた――。


「デレ――、な、の?」


言葉を覚えたての幼児のようにたどたどしく紡がれた言葉は
果たして電話越しに彼女の鼓膜まで届いたかどうかも怪しい。



でも、それでも、彼女は、"デレ"は、答えた。



『姉ちゃん、私、だよ……』

443 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:07:02 ID:XnFhCepc0


それから2時間程、私たちは模試の自己採点でもするように、お互いの状況をすり合わせた。

二人に起こった出来事は、ほぼ同じだった。
唯一違うのが、私は怒りを書いたカレンダを投函して、デレは、自分の電話番号を書いて、机と壁の隙間に入れたという事だけ。
それ以外は4/1に急にハッピーバースデーと書かれた日めくりカレンダーが入っていたことや、
"私はツン"と書かれたページが、色々な場所に散在していたことも共通していた。

そして、彼女と話している内に、徐々に、その記憶が、"デレ"と過ごしていた日々が、蘇ってくる。
それはまるで、池に石を投げた際に、水底から巻き上がる澱みの残滓みたいに酷く曖昧なものだったけど、
少なくとも、たった一つの"事実"だけは、今はっきりと思い出していた。



"私と、デレは、双子の姉妹だった"



それが、本当に、そうだったのかは分からないわ。

"世界五分前仮説"って話を知ってる?


('A`) 「なんとなくは」


世界の全ても、今を生きる私たちの記憶も、たった五分前に神様に生成されたものに過ぎない。
そしてそれが間違っている事を、誰も証明することが出来ない。そんなお話。

つまり、私が、"デレ"と会話したことで、私の過去に、彼女との記憶が"捏造"されているかもしれないという事は否定できないわ。
でも、そうだとしても、今の私は、彼女と暮らしていた日々を、確かに"思い出す"という形で共有し始めている。


彼女の手癖、嫌いな食べ物、好きなアニメ、笑うとえくぼが出来た事、幼稚園に好きな男子がいるって話。


そんな、彼女を構成するピースが、間欠泉のように、脳内から溢れ出てくる。

向こうも同じようで、お互いが恐る恐る小さい頃の思い出を語る度に、『何で忘れてたんだろう……』って絶句していた。

そして、二人とも、ある事実にたどり着いたの。


私たち双子が、別々の世界に分かれた理由は、10年前の、4/1にあるという事。


でも分かったのはそこまで。それ以上の記憶は、霞がかかったように思い出すことが出来なかった。

444 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:07:25 ID:XnFhCepc0



――この日以降、私たちは定期的に連絡を取り合った。




それは、日常生活の中で思い出した、新たな思い出の話だったり、
あるいは、世界に秘匿されてしまった、あの4/1の話だったり、
あるいは、全く関係のない、高校生活の愚痴だったり、面白いテレビ番組の話だったり。



遠く隔ててしまった、"次元の壁"と、"時間の壁"を、少しづつ埋めて、
また双子の姉妹へと戻ろうとしている、そんな電話の時間は、私にとって、悪くないものになりつつあったわ。





でも、それと同時に、不可解な事も起こり始めたの。

445 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:07:55 ID:XnFhCepc0

まず、私は、家の中で、私の後姿を見始めた。

私が自室のある二階に行くとき、私が階段を昇っていくのが見える。
それを追うようにして二階へ上っても、誰もいないの。

お風呂に入ろうと、タオルを片手に浴室に向かうと、同じようにタオルを手に持った私の後姿が、
脱衣所に入っていくのが見える。

勿論その後、私が脱衣所を覗いても、やっぱり誰もいないの。

それから、お父さんが、リビングでテレビを見ている時に、
『あれ? さっきも牛乳飲みに一回に降りてこなかったかい?』なんて言われることまであったわ。



当然、私は、それが私によく似た、双子の妹"デレ"である事が分かっていたわ。



それと同時に、逆に私が、"デレ"の世界に迷い込むこともあったわ。


ふとした瞬間、例えば、定規を使おうと思って机の引き出しを開けると、
見たことない、なんていうの? 色んな図形の穴が開いた定規が、いつもの定規の代わりに置いてあったり。

朝、目が覚めると、カーテンの柄が変わっていたりしたわ。





最初はそれも、最近の出来事で混乱した脳が作り出した幻覚かもなんて思って、判然としない気持ちでいたけど、
確実に、それが"デレ"の世界である事を認識したのは、別の引き出しの中身を見た時だったわ。

446 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:08:32 ID:XnFhCepc0


私はその日、新聞の切り抜きをしていたの。

ちょっとした私の趣味でね、新聞の川柳欄をスクラップ記事にして保存するのが好きなの。

でもね、その日に限って、ハサミが全く切れないの。

なんていうか、急にハサミの刃が鈍くなったみたいに、何度切っても、ハサミの形に新聞がヘコッて曲がるだけ。
なんだかイライラしてきて、こうなりゃカッターで切り抜いてやろうと思って、机の一番上の引き出しを開けたら、
中から大量のカッターと、その替え刃が出てきたの。



しかも、カッターの大半には、赤茶色の液体が、乾いてこびり付いていて、
引き出しの中にはむせかえるような鉄の匂いが充満していたわ。



これは、私の引き出しではない。



そう思った瞬間、反射的に、引き出しを閉めていたわ。





どうやら、あの電話で私とデレの世界が接続した瞬間から、
世界は重なり合いつつあるのかもしれない。
しかし世界側に、二つの次元を同時に許容することは出来ず、その歪が至る所に現れ始めていた。
その歪みは、徐々に大きくうねりを増して、私たちの世界を侵食していく。

ベッドの下から、ワンワンなんていうビーグルの声がするから、
その隙間を覗き込んで見ると、肉の立方体の塊が、ワンワンって哭いてたり。

ソファに座っていたお父さんの後姿に声をかけると、振り向いたその顔が、
一瞬甲殻類のそれに見えたり。

家の中に、女の腐乱死体が転がっていたり。



まるで、ゲームのバグだ。テクスチャが剥がれた世界構造の鱗片が、私の家に集まり始めている。

447 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:09:25 ID:XnFhCepc0


それともう一つ。


そういう出来事がある度に、デレと過ごした日々が蘇ってくる。
しかも、単純に一緒に楽しく過ごしていた記憶ではなく、あの4/1に一歩一歩確実に近づいていくのがはっきりと自覚できたの。



特に色濃かったのが、病院の記憶。


病室のベッドに、お母さんが眠っているの。
私たちは、私たちを産んでから、ずっと入院しているお母さんのお見舞いに、来ていた。
まだお母さんの容態が、どんな状況なのかを理解しきれていない私たちは、
"早く元気になるといいねー"なんて言いながら、ベッドの上のお母さんの膝に抱き着いたりしていた。


いや、お母さんは今、別に元気なのよ?


というか、そもそも、お母さんが入院するほどの何かにあっていたことさえ、今までの記憶の中には存在していなかったわ。
でも、今の私の中に、確実にその時の記憶が存在し始めている。

あの病室に立ち込める清潔な匂いとか、その時のお母さんの手の冷たさとか、
花瓶に刺した花の鮮やかな発色とか、そう言ったものがリアルに思い出せるようになってしまったの。


その病室のシーンは、必ず、お母さんとの指切りげんまんで終わるの。


私はお母さんの左手に、自身の左手の小指を絡ませて、
デレは、お母さんの右手に、右手の小指を絡ませて、
そうやって、"お母さんが早く元気になりますよーに"なんて、指切りのルールを無視した願掛けをして、
二人ではしゃいでいたんだわ。

その時、私ははしゃぎ過ぎて、花瓶のおいてある棚にぶつかってしまって、花瓶を落としてしまうの。
咄嗟に伸ばした私の左手は、空を切って、その花瓶がリノリウムの床に叩きつけられて粉々に砕けた所で、
私の記憶は終わるの。



それで、最後の最後の一瞬に残るのは、"お母さんが死んじゃう"っていう焦燥感。



何故かすごく泣きそうになってしまう。

448 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:09:52 ID:XnFhCepc0



「ねぇ、お母さんって、私が小さい頃、入院したことってあったっけ?」


ある日の食卓、思い切って両親にそう聞いてみても、二人は笑いながら、
『健康が取り柄のお母さんだぞ』なんて言って私を見た。



でも、その病院の記憶は、既に私にとって"かけがえのない"といったレベルにまで引き上げられている。
不思議と、"私と、デレと、母と、三人で過ごした、最後の"っていう胸が締め付けられるような冠までつくようになって。
だからかもしれない。この大切な大切な愛おしい感情に、一本の筋を通そうとして、私は一つの結論を作り出した。




お母さんは、入院していないけど、入院したんだ。
二つの事象が同時に存在している状態が、私達双子の頭の中だけに存在している。




私と"デレ"がいた世界の母だけは、確かにあの時、死に向かっていたんだ。

だから私たちは、お母さんを救うために、一つの世界を、二つに分割した。

つまりは、世界は、二つじゃなくて、"三つ"あって、母親が死んでしまうという"最悪の世界"を消すために、
私の世界と、デレの世界に、分割したんだ。

449 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:10:24 ID:XnFhCepc0


瞬間、あの日、デレと初めて出会った日のような、脳内スパークに襲われる。




それは、暗闇に沈む、私の部屋。

二人の子供が、扉に向かって座り込んでいる。

片方の手には、ビニール袋が握られていて、じぃっと扉を睨んでいる。
そうして、言葉は無く、ただ時間だけが無為に過ぎていく。
やがて、月にかかった雲が切れて、月光が、二人の部屋を照らしてくれる。
双子の片割れは、立ち上がり、ビニール袋の中の塩水を、月明かりに白く浮かびあがる扉に浴びせた。



ぱしゃん。



そうして、扉の前に歩み寄り、震える左手で、ノック。



一回、二回、一回。



そして、一度だけ、たった一度だけ、この世界に置いていく、片割れに振り返る。

あまりにも悲しい笑顔、あまりにも孤独な笑顔。
年不相応な悲壮と悲哀を湛えた、その横顔。



「さよなら、デレ」



そう言って、"私"は、扉の向こうに消えていった。

450 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:10:54 ID:XnFhCepc0



気がつけば、私の瞳からは、涙があふれている。
私はあの日、確かに"平行世界"に渡ったのだ。


自分の世界を、"双子の世界"を捨てて、私は、この、元の世界ではない、
私の世界ではなかった、この世界を、私の世界としたんだ。


それが、嫌なんじゃない。でも、気付いてしまったから。


この世界にとって、自分が本来異物であることに。
私と、この私の世界に溢れる全てに、つながりがない事に。



お母さんも、お父さんも、本当の両親ではないのかもしれない。

でも、私を愛してくれていて。

きっと、今の私のように、私があの扉を超えた時に、私が生まれてから、そこまでの記憶が、生成されたんだろう。
だから、本当は、私は、今のお母さんから生まれていないのだろう。




途端、世界に、独りぼっちになったような気がしたから、私は泣いたのだろう。

451 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:11:20 ID:XnFhCepc0


その日の夜。私はデレに連絡した。


デレも、私と同じタイミングで、その結論に至ったのだという。

やはり、私とデレは、双子の姉妹なんだねって、そこで久しぶりに笑った気がした。
でも、私たちの世界はもう分岐してしまったし、一度平行世界に渡ったら、もう戻れないし、
結局私たちは、それぞれの世界で、それぞれの人生を、歩むしかないのだ。



明日も、明後日も、もう死んでしまった"双子の世界"の代わりに、
私たちはそれぞれの世界を、それぞれの脚で、歩んでいくのだ。



ただ、一つだけ、幸運なのは、電話越しとはいえ、片割れを取り戻したこと。



私のかけがえのない、大切な、妹を、思い出すことが出来たこと。



お父さんも、お母さんも――いや、この世界のすべてが、"私がこの世界に踏み出した瞬間"に作り出されたモノだとしても、
この妹との絆だけは、紛れもない、"本物"なのだ。




だから、私は、私たちは、きっと明日も歩んでいけるのだ。

452 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:11:45 ID:XnFhCepc0

『姉ちゃん、私たちだけは、本当に双子なんだよね』

「そうよ、私たちは、記憶の底で、感情の先で、繋がっているんですもの」

『――ごめんね。姉ちゃん』

「何を謝ってるのよ」

『私が、"妹"だから、姉ちゃんは、自分が平行世界に行くって――』

「いいのよ。姉だったら当然の事なのだから」

『あの時、私がじゃんけんで負けたのに……』

「――じゃんけん?」

『あれ? 姉ちゃん、それは覚えてないの?』

「――うん」

『あの時、私たちは、平行世界に行くのは、じゃんけんで決めようって言って、それで私が負けたの』

「そんなことが……」

『でも、直前になって私がやっぱり怖いって泣いたから、"姉ちゃんに任せなさい"って、それで……』

「――いいのよ、貴女は気にしないで。私は、こっちでも、結構幸せにやってるから」

『うん、有難う。大好きよ、姉ちゃん』

「私もよ、デレ」



私たちは、世界が分かたれたとしても、どこかで繋がっていられるから。

だから、寂しくなんかない。悲しくなんかない。









何処にいても、私たちは"双子"なのだから。

453 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/17(月) 18:12:58 ID:XnFhCepc0







――なぁんて、



            世界は、


                   そんなに、


                             優しく
   

                                     なくて








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