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2 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:04:53 ID:gGrCXBbQ0
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【第1話 感染性妹鬼事】
"( ^ω^)"
みんな、僕の妹を知っているかお?
"――"って言うんだけど。
('A`)「――ちゃんだろ? 元気か?」
うん、そうソイツだお。
でも、会った事は無いおね?
('A`)「いや、俺多分あったことあるわ」
――ああ、ドクオだけは会ったことあるんだっけ?
まぁ、ともかく、
――僕の妹は10年前に死んだんだお。
"アイツ"は僕の後ろをいつもちょろちょろついてくる、引っ込み思案なヤツだったお。
『兄ちゃん、兄ちゃん』て僕の服の裾を小さくつまんで。
僕自身を"ライナスの毛布"だと思っていたんだと思うお。
僕はそんな妹の事が大嫌いだったんだお。
友達と遊ぶにも、必ず妹がついてきて、そのせいで遊びの仲間に入れてもらえないなんてことが何度もあったんだお。
『お前の妹、トロいし、全然しゃべんねーし、一緒に遊ぶなんてムリじゃん』
そう言われてしまったら、当時まだ小学生低学年だった僕には、どうすることもできないじゃないか。
それなのに、妹はまた僕の裾を引っ張って、『兄ちゃん』って呼んでくるんだお。
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3 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:06:40 ID:gGrCXBbQ0
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――ある日、僕は自転車に乗って、遠くに行くことにしたお。
ξ゚听)ξ「遠くって、何処よ」
――え? 何処か?
何処でもよかったんだお、遠くなら。
丁度妹の自転車の練習も終わって、やっと補助輪を外せるようになったから。
妹と遠くに行くことが出来るようになったんだお。
妹は頭が弱かったけど、その分やけに体力はあったから、
年が3つも離れてるはずなのに、ぴったりと僕の後ろをついてきたんだお。
隣町を超えて、住んでいる市を超えて、ついには県境の山道までやってきた。
『兄ちゃん、暗くなってきたねぇ』妹の声が、後ろから飛んできて、夕闇に溶けたお。
僕はその声も無視して、ペダルを踏む足に力を込めたお。
――みんな、拝成山の麓から、美符市に通じる山道の途中に、神社があるのを知っているかお?
知らないのも無理はないおね、なんせ山道はずれの草木が茂って半分隠れたけもの道を登っていかなきゃいけないから。
そのけもの道を、拝成山の山頂目指してずーっと登っていくと、いやに発色の良い朱色をした千本鳥居があって、
その鳥居を全てくぐると、その神社に着くんだお。
一本でも脇を通ったりすると、その鳥居の先には何も現れない。
でも千本全て通ると、神社に着くんだお。
僕は、
そこに、
妹を、
捨てに、
行ったんだお。
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4 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:07:38 ID:gGrCXBbQ0
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川 ゚ -゚)「酷いな」
――今の僕もそう思うお。
酷い。
妹に罪は無いのに。
でも、その時僕が考えてたことは、明日から公園で友達と鬼ごっこをしようとか、そんな事だったんだお。
やっと、この"荷物"を下ろして、楽しい楽しい、年相応の、遊戯の輪の中へ飛び込んでいくことを夢想していたんだお。
自転車は、けもの道の前に置いて、僕は妹の手を引っ張って登ったお。
夏だったから、陽が落ちたって言っても、むせかえるような草いきれが僕らを包み込んだお。
土と草の吐き出す生臭い息が、頭の中の冷静な部分を掻き回す。
"お前のやってる事は悪い事だお"、"トーチャンとカーチャンにはなんて説明するんだお"
でも、その時の僕の眼は、攣り上がって、ギラギラ輝いて、このけもの道に相応しい相貌になっていたと思うお。
そんな声は、すぐに森の暗闇に飲み込まれていったお。
15分くらいかな、けもの道を登っていくと、急に道が広くなった。
もちろん整備されている、って訳じゃなくて、
そこだけ、好き放題伸びてたはずの枝葉が、刈り取られているって感じだった。
獣が折り取った、って感じじゃなくて、誰か人間が鉈でも振るって人為的に広くした様に思えたお。
多分、切り取られた森の"面"が、長方形に伸びていたからだと思うお。
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5 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:08:30 ID:gGrCXBbQ0
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そして、その道の先に、真っ赤――というには些か黄色を混ぜ過ぎたような鳥居があったんだお。
すごく不思議な感覚だけど、見た瞬間、"合わせ鏡"かと思ったんだお。
鏡と鏡を合わせるアレ、みんな知ってるおね?
(´・ω・`)「うん、知ってるよ」
あれをすると、鏡の中に鏡が映り込んで、その中の鏡にも鏡が映り込んで、
何処か異界にでも通じるトンネルの様に見えないかお?
丁度そんな感じに、鳥居が連なっていたんだ。
真っ直ぐ、真っ直ぐ並んでいるはずなのに、一番奥の鳥居の、その奥は黒い穴が開いているようにしか見えなかったお。
ξ゚听)ξ「ちょっと待って、その山に入った時、もう夜だったんでしょ?」
――そう、僕もその時気づいたんだお。
暗闇にいるはずなのに、その鳥居と、その周りは昼間の様に明るく見えたんだお。
――いや、それもちょっと違うかもしれんお。
なんていうか、もし人間に"猫の目"がついていたら、こんな感じに見えるのかもな、っていう
闇の中に、朱色と、その奥のさらに深い闇が見える、そんな感じだったんだお。
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6 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:09:11 ID:gGrCXBbQ0
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『兄ちゃん、怖い』妹が僕の握っていた手を、強く握り返してきた。
僕はそれに答える代わりに、口の中一杯に溜まった唾を喉を鳴らして飲み込んだお。
(´・ω・`) ゴクリ
そう、丁度そんな感じに
その音が残響になって、僕の耳の中で喚いて、そして消えて。
次に静寂がやってくる前に、僕たちは一本目の鳥居をくぐったんだお。
二本、三本、四本。
五本、六本、七本。
僕の心は高鳴ったお。
本当に神社があった事、妹をやっと捨てられる事、明日から友達と遊ぶ事。
これからはプリンを二つ食べられるようになるのかな、クリスマスもお年玉も二倍もらえるのかな。
妹が居ない世界にいけるのかな、妹を消した世界が待っているのかな。
楽しみで仕方なかったお
『痛いよ、兄ちゃん』そんな声が背後から聞こえたかもしれない。
でも、それがひどく曖昧な声で、果たして妹の声はこんなのだったかなって思ったんだお。
それから握っていた手の感触も、妹のモノかどうか怪しくなってきた。
ずっと一緒だったはずの妹が、鳥居を一本くぐるごとに、虚空に欠片を落としていく。
まるで拾う相手がいないのに、パンくずを撒き続けるグレーテルのように。
お前を捨てるのは、意地悪な継母でも、悪い魔女でもなく、
お前が心から信頼して、その手を離そうとしない、兄本人だというのに。
『二にちゃン、やダよ』伸びきったカセットテープみたいに間延びして低くなった声が後ろから聞こえたお。
握っていた手の感覚は、丁度あの頃流行った玩具の"スライム"みたいなぬめぬめぷるぷるに変わっていたお。
妹が、崩れていく。
その欠片を、鳥居の下に置き去って。
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7 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:10:52 ID:gGrCXBbQ0
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――ついに九九九本目の鳥居をくぐり、最後の鳥居の前に立ったお。
その鳥居の先には、ただの森があったんだけど、僕は確信していたお。
この鳥居をくぐれば、僕たちは神社に居て、僕は、そこで、この手を離そう。
そのまま振り返ることもせず、一目散に山を駆け下りて、僕は自由になるのだ。
妹の自転車は、ガードレール下の谷底に落とそう。
父親と母親には、何を聞かれても、知らないと答えよう。
そうやって、少しずつ、現世にこびり付いた"妹"を洗い落とし、
僕は、やっと、兄としてではない"僕の人生"を歩みだそう。
「さぁ、行くお、"――"」
これが、妹の名前を呼ぶ最後になると、直感でそう思ったんだお。
だから、何となく、呼んでやろう。冥途の土産だ、と。
『に ち 、ば い』
電波の悪い所でラジオを聞いたような、途切れ途切れの妹の声が、僕の聞いた最後の妹の言葉だお。
妹は、僕が鳥居をくぐるよりも早く、僕の手を振り払って、物音ひとつ無く、この世から姿を消したんだお。
僕は慌てて振り返ったけど、そこには誰も居なくて。
いや、いたとしても、僕はそれが妹だと確信を持てなかったのかもしれないけど。
だって、もう途中から、知ってる妹の声でも、手の感触でもなかったのだから。
まず頭を過ったのは、妹がこの道を引き返して、僕よりも早く家に帰り着く事だったお。
両親に、この出来事を告げ口されると思ったんだお。
こんな遅くに、山の中に、妹と二人で分け入って、あまつさえ、捨てようとしていた。
もちろん妹に、僕の思惑が伝わっている事なんて、万に一も無かっただろうとは思うけど、
その時の僕は本気で、妹が僕に捨てられそうになったことを親にバラしてしまうと思って、震えたお。
そんなに怖い両親ではなかったけど、この出来事はきっと彼らを失望させる。
今度この場所に、手を引かれやってくるのは、僕になるかもしれない。
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8 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:11:36 ID:gGrCXBbQ0
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半狂乱になりながら、けもの道を転がるように下りたお。
何かの枝葉が僕の頬を裂いて、腕のやわこい所を裂いて、むき出しのふくらはぎを裂いても
それでも、声一つ上げずに、歯を食いしばって、走った。
けもの道の先に街灯の灯りが見えて、その下のガードレールに括った僕の自転車のサドルが、ぬらぬら光っていたのを覚えているお。
慌てて跨って、帰路を急いだお。
僕は頭の中で、ずっと妹に謝り続けたお。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
僕が悪かったお、僕が悪かったんだお。
だからトーチャンに言わないでくれお、カーチャンに告げ口しないでくれお。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
ξ゚听)ξ「おもいっきり自己保身じゃない」
おっおっおっ。
その通りだお。
本当は妹のことなんでどうでもよくて、僕は僕だけの為に妹に謝り続けたんだお。
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9 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:12:24 ID:gGrCXBbQ0
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家に飛び込んだ時、まず未だ夕飯前だったことに驚いたお。
小学生の僕の計算でも、夜の9時は越えているだろうと思ったのに、
テレビには僕の大好きなアニメが映ってて、まだ六時になったばかりだと告げていたお。
『ちょっと、ブーン、今日遅いわよ』
台所の方から声がして、そっちに顔を向けると、カーチャンが味噌汁か何かを掻き回している後姿が目に入ったお。
妹は、家にいるとき料理してるカーチャンの後ろから、その手元を見るのが好きだったから、
妹の姿がそこに無い事に軽い安堵を覚えたお。
「カーチャン、"――"は?」
そう言った瞬間、カーチャンは掻き回していたお玉を離して、物凄い形相でこちらに振り返ったんだお。
『ブーンッ!! "――"はっ!? 一緒じゃないのッ!?』
その後、カーチャンの眼球がブルブルッと左右に小刻みに震えたのを僕ははっきり見ていたお。
2秒か、3秒か、眼球を震わせたカーチャンと見つめ合っていたんだけど、
その後、カーチャンは口を開くことなく、また鍋に向き戻ったんだお。
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10 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:13:09 ID:gGrCXBbQ0
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意味が、分からなかったお。
そもそも、さっきのカーチャンのセリフにも違和感があったんだお。
まるで、"さっきまで妹を探していたような"そんな感じしたんだお。
妹を探している途中に、妹の事を忘れ、料理を始めた。
そして僕が妹の話をした時に、カーチャンは妹を思い出した。
――そしてまた忘れた。
疑念だった。妄念だった。妄執だった。妄想だった。
でも一旦そう思ってしまったら、もう、そこから抜け出せなかった。
そのうち帰ってきたトーチャンにも試した。
妹の名を出せば、この時間にいない妹の安否を大仰なリアクションを持って心配した。
でも、それも一瞬。次の瞬間には、またナイター中継を見て、ビール片手にふがいない巨人の打線に悪態をつき始めたお。
妹の服も、靴も、文房具も、食器も、何もかも、無くなっていたお。
写真も、ビデオも、母子手帳も、へその緒も。
思い返せば、ガードレールの下の自転車も、無くなったのかもしれないお。
何日も何日も実験し、検証し、その疑念は、確信に変わったお。
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11 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:14:19 ID:gGrCXBbQ0
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つまり――
"妹は、僕が名前を呼んだ時だけ、存在がこの世に現れる"
――僕は、あの日、妹を、あの鳥居の下に、捨てて来たんだお。
ただ一つの欠片を除いて。
その欠片は、僕の中に染みついて、
何処までも、何時までも追いかけてくる。
名前を呼んでくれるのを待っている。
椅子の下から、冷蔵庫の陰から、本棚の裏側から、部屋の角から、
もう無くしてしまった両目の穴から、僕を覗き込んで。
『に ち 、あ ぼ』
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12 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:15:35 ID:gGrCXBbQ0
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ほら、
今も、
僕の、
裾を、
引っ張って――
【感染性妹鬼事 了】
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13 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:17:22 ID:gGrCXBbQ0
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【幕間】
( ^ω^)「なーんていう話でどうだお?」
ξ゚听)ξ「うん、雰囲気は良かったわね」
('A`)「いや、でも俺幼稚園からお前と友達だけど、お前に妹なんていねぇの知ってるし」
( ^ω^)「おっおっおっw 知り合いがいるとこの話はつまんねーおw」
川 ゚ -゚)「まぁ、いいじゃないか。付き合いの浅い私からしたら十分怖かったぞ」
(´・ω・`)「クーさんは恐怖の閾値が低いからね」
川 ゚ -゚)「言ったなショボ、じゃあ次は私だ」
ξ゚听)ξ「盛り上がってきたわね」
('A`)「じゃあ、"題"はどうする?」
(´・ω・`)「>>18にしようか」
( ^ω^)「それでいいお」
ξ゚听)ξ「さぁ、続けましょう」
ξ゚听)ξ「"解"を求める百物語を」
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18 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/11(火) 00:26:05 ID:TnVrZgA60
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