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439 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:32:44 ID:EjaUCCVcO
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雨が降っていた。
低く唸る風と共に降りしきる、大雨だった。
(´・_ゝ・`)「失礼しますね」
(*゚ー゚)「ええ」
先生が、向かいに座っているお婆さんの右腕を持ち上げる。
着物の袖を捲り、肉の薄い腕に先生の指が触れた。
お婆さんの手は、だらりと垂れている。
先生は肘の内側を強く押した。
(´・_ゝ・`)「痛くありませんか」
(*゚ー゚)「痛くありませんねえ」
がたがたと窓が鳴った。
私は、びくりと身を竦ませる。
そんな私の様子に、お婆さんが少し笑った。
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440 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:33:22 ID:EjaUCCVcO
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私は水出しの緑茶を口に含み、雨が叩きつけられている窓を一瞥した。
薄暗い。
そろそろ夜が来る。
第十三夜『猫とノコギリ』
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442 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:34:17 ID:EjaUCCVcO
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この日は明るい内から神社に連れていかれた。
昔、境内で焼身自殺を図った男がいたとかで、その霊が出ると噂される神社だった。
が、成果はゼロ。
(´・_ゝ・`)『やっぱ夜の方が良かったかな』
('、`*川『また夜に来るつもりなら1人で来てよね』
坂の上にある駐車場へ向かう最中、お婆さんとすれ違った。
(*゚ー゚)
着物姿の、どことなく上品な雰囲気を漂わせた人だった。
70代にはなっていそうな。
足が悪いのか、左手に杖を握っている。
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443 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:35:57 ID:EjaUCCVcO
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(´・_ゝ・`)『何じろじろ見てるの』
立ち止まってお婆さんの背中を目で追う私に、先生が問う。
('、`*川『……なんか』
(´・_ゝ・`)『うん?』
('、`*川『あの人の背中、誰かくっついてた』
すれ違いざま、彼女の肩越しに、一瞬だけ人影が見えた。
先生は私の囁きを聞くと、お婆さんに目をやった。
(´・_ゝ・`)『焼死体?』
('、`*川『そういう感じじゃなかったと思う……』
焼死体がどんなものか知らないけど。
何となく、この土地のものじゃなく、あのお婆さんに「憑いている」ものに思えた。
私達の視線の先で、お婆さんは左足を庇うようにして坂を下っていく。
不意に、お婆さんの足が揺れた。
お婆さんがその場にしゃがみ込む。
私は踵を返し、彼女に駆け寄った。
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444 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:37:08 ID:EjaUCCVcO
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('、`;川『大丈夫ですか?』
(*゚ー゚)『ええ……すみません……』
お婆さんは私の腕に掴まり立ち上がろうとするが、上手くいかない。
いつの間にか近付いていた先生が、「どうしました」と問い掛ける。
(*゚ー゚)『左足に力が入らなくて……』
('、`*川『救急車呼びます?』
(*゚ー゚)『いいえ、病院に行くようなことじゃありません。
……すみませんが、すぐそこに私の家がありますから、孫を呼んできていただけませんか』
('、`*川『あ、おんぶしましょうか。近くならお連れ出来ますよ』
色んなバイトをしている手前、力仕事も結構やらされてきた。
正直、そこらの女よりは腕力もある。と思う。
小柄なお婆さん1人、どうってことない。
しかし先生は私を押しのけると、お婆さんの腰と膝の裏に腕を回し、抱え上げた。
横抱き。お姫様抱っこ。
お婆さんは左手で先生の肩に掴まった。
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445 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:38:45 ID:EjaUCCVcO
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(*゚ー゚)『あ……』
(´・_ゝ・`)『こちらの方が都合がいいでしょう』
お婆さんの右腕がぶらぶら揺れる。
片腕が不自由なのだと、私はそのときに気付いた。
左手だけでしがみつくしかないのだから、急な坂では、おんぶは危険だったろう。
それに彼女は和服だから、背負ったら裾が乱れていた筈。
そう考えると、先生の抱えかたの方が彼女のためになる。
自分の気の回らなさを恥じ、私はお婆さんの右手をとって、彼女のお腹に乗せた。
揺れるままにしておくのも、どうかと思ったのだ。
それから杖を拾い上げておく。
(*゚ー゚)『ごめんなさいね……ありがとう……』
(´・_ゝ・`)『お宅はどちらに?』
先生が、坂の上と下を交互に視線で示す。
お婆さんは下に行ってほしいと答えた。
散歩帰りだったのだという。
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446 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:40:16 ID:EjaUCCVcO
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坂を下りる。
典型的なインテリ派に見える先生だけれど、案外、力持ちだ。お婆さんが軽いのもあっただろうけど。
家に近付いた辺りで、先生が口を開いた。
(´・_ゝ・`)『そこの子がね、あなたの後ろに誰かいたーって言うんですよ』
('、`;川『ちょっ』
(´・_ゝ・`)『幽霊みたいなのが、あなたに悪さしようとしてたー……とかね。
そんなわけないでしょって僕は言ったんですけど』
言ってないだろうが。
私は先生を睨んだけれど、先生は何食わぬ顔でお婆さんに微笑んでいる。
(*゚ー゚)『……ギコさんだと思います』
('、`*川『え?』
(*゚ー゚)『私の後ろにいたっていう人。多分、ギコさんかと』
(´・_ゝ・`)『ギコさん?』
(*゚ー゚)『幽霊です』
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447 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:41:09 ID:EjaUCCVcO
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2階建ての家の前に辿り着く。
私は先生の代わりにインターホンを押した。
──そのとき、頭に何か当たった。
空を見上げる。ぽつり、今度は顔に。
やがて、それはぽつぽつと私達や敷石を打ち始めた。
('、`;川『げ』
雨だ。
(´・_ゝ・`)『予報より早いね』
徐々に強まっていく雨。
そこに、ドアを開く音が交じった。
(*゚∀゚)『あ、祖母ちゃん!』
顔を出したのは、20代半ばほどの若い女性だった。
彼女が孫らしい。
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448 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:42:01 ID:EjaUCCVcO
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玄関の中に入れてもらい、私と先生は坂でのことをお孫さんに話した。
彼女は目を丸くさせ、何度も礼を言う。
お婆さんの左足を見るお孫さんの瞳は、悲しみや怯えに揺れていた。
お婆さんもお孫さんも、病院に行こうと言い出さないのが気になった。
とはいえ他人事。あとはお孫さんに任せて解散──とは、いく筈もない。
だって先生は聞いてしまっている。「幽霊」という単語を。
それなのに、先生が何もせずに帰るわけがなかった。
そこから先は、彼お得意のでっち上げと出任せのオンパレード。
気付くと私達は、「論文のために各地の神社を巡っている教授と学生」になっていた。
先生はまたもや民俗学を齧っている経済学教授を演じている。
さらに、車も傘も、タクシーに乗るお金もないという設定まで付け加えていた。
実際は神社の駐車場に車があるし、傘も車内在中だし、
お金も先生の財布にぎっしり詰まっている(これはイメージ)けど。
(*゚ー゚)『なら、うちで雨宿りしていってくださいな』
まんまと──と言うのも何だけど──お婆さんは自分のテリトリーに先生が侵入するのを許してしまった。
もう先生のペースだ。
ちゃっかり、言葉巧みに「ギコさん」の話を聞き出す約束も取りつけていたし。素早い。
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449 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:43:11 ID:EjaUCCVcO
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お孫さん(つーさんというらしい)は私達を居間へ案内してくれた。
歩きながら、つーさんと彼女の夫、そしてお婆さんが暮らしている家なのだと教えてもらった。
つーさんにとって、お婆さんは父方の祖母らしい。
ただ、つーさんの母(お婆さんにとってはお嫁さんで義理の娘)がお婆さんを……というより、
彼女に憑いている「ギコさん」を敬遠しているので、
代わりにつーさんが祖母の世話を引き受けたそうだ。
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450 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:44:23 ID:EjaUCCVcO
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説明が長くなったが、私達がお婆さんの家に招かれるに至った経緯は以上である。
居間にお婆さんと向かい合うようにして座って、お茶とお菓子も出してもらって。
ようやく本題。
(*゚ー゚)「私の右腕と左足は、『ギコさん』に取られたんです。
右腕は20年以上前。……左足は、ついさっき」
話は、この言葉で始められた。
取られた、とはいっても、彼女の右腕と左足はそこにある。
「動かなくなった」ことが、イコール「取られた」に繋がるのだろう。
取られたから動かなくなった、と言うべきか。
冒頭の通り、先生はお婆さんの右腕に触れて確認した。
動かないだけでなく、感覚すらないようだ。
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452 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:46:41 ID:EjaUCCVcO
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(´・_ゝ・`)「そのギコさんっていうのは……。
あなたと面識のある人だったんですか?」
(*゚ー゚)「元は、野良猫でした」
(´・_ゝ・`)「は」
ゆったりと答えるお婆さん。
先生は二呼吸ほどおいて、私を横目で睨んだ。
(´・_ゝ・`)「君、『誰かくっついてた』って言わなかった?
さも人間の形をした何かがいたかのような表現をしておきながら──」
('、`;川「わっ、私が見たのは人の形だったわよ!」
(*゚ー゚)「お嬢さんが見たのも、ギコさんでしょうね」
私と先生は、同時に首を傾げた。
猫が人間? どういうことだろう。
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453 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:48:45 ID:EjaUCCVcO
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(*゚∀゚)「お2人、食べられないものとかありますかー?」
そこへ、つーさんがひょっこり顔を出して訊ねてきた。
私達が「ない」と答えると、彼女は満足げに頷いて台所へ引っ込んだ。
晩御飯までご馳走になることになってしまった。
申し訳ない。
ばらばらと打ちつける雨の音を聞きながら、お婆さんは口を開いた。
(*゚ー゚)「……ギコさんの名前は、私が勝手につけたものです。
ノコギリの、ぎこぎこっていう音……」
お婆さんが、右の袖をさらに捲った。
肩が露わになる。
二の腕の真ん中に、細い線条が一本あった。
薄い刃物で分断した腕を改めてくっつけ直したような、そんな痣だった。
ここから、お婆さんの話。
*****
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454 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:50:21 ID:EjaUCCVcO
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──私が幼い頃に住んでいた土地には、ある野良猫がいた。
体が大きくて獰猛で、頭のいい雄猫だった。
田畑を荒らすため、人間からは嫌われていた。
どんな罠を仕掛けても、ひょいとすり抜けて野菜や干物を奪う。
猫も生きるのに必死なのだろうが、不作の年が続いていたこともあり、
「彼」を憎む人間は多かった。
ある日、ついに「彼」が捕らえられる。
憎き敵を捕まえた人間達の仕打ちは酷かった。
猫の足を4本ともノコギリで切断し、瀕死の猫を棒で打ち据え、最後に首をもいで燃やした。
当時の私はまだ子供で、その行いは見ていなかったが、父から話だけは聞いていた。
どの大人も、清々したと言っていた。
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455 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:51:20 ID:EjaUCCVcO
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ただ、ある女性は猫のことを可哀想だと思ったらしい。
名士の娘であった彼女は、家の裏手に猫の焼け残った部分を埋め、簡単な墓を作ってやっていた。
その女性はヒートさんといった。当時、15歳ほどだったと思う。
(*゚ー゚)「こんにちは」
ノパ听)「やあ、今日も来たか」
私はたまにヒートさんが作った墓を見に行き、
山で採った木の実などを供えた。
ヒートさんは、よく、そこにいた。
心の優しい人だった。
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456 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:52:27 ID:EjaUCCVcO
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それが悪かったのだろう。
10年後、彼女が産んだ子供には、四肢が無かった。
子供が産まれるまでの間、夜中になると、ぎこぎこという音がしていたそうだ。
ノコギリで骨を断つ音に聞こえたと、ヒートさんの夫は話していた。
まるで、彼女の子が、ノコギリで四肢を落とされたかのよう。
皆は噂した。
猫に祟られたのだ、と。
*****
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457 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:54:57 ID:EjaUCCVcO
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(*゚ー゚)
お婆さんは、ガラス製の湯飲みに口をつけた。
私が身じろぎすると、籐椅子がきしきしと鳴る。
('、`;川「祟られた?」
(*゚ー゚)「ええ」
('、`;川「お墓を作ってあげた人が?」
(´・_ゝ・`)「あまり珍しくもないよ」
肘掛けに右腕で凭れかかり、先生が答えた。
(´・_ゝ・`)「嬲り殺しにされた蛇を憐れんだ人が祟られる、
車に轢かれた猫の死体に同情した人が取り憑かれる」
(´・_ゝ・`)「直接危害を加えた者じゃなく、心を痛めた人の方にとばっちりが行くってのは
よく聞く話だ。迷信の域を出ないけど」
('、`;川「そんな……」
(´・_ゝ・`)「まあ、『祟られた』のか『気に入られた』のか、その違いは僕には分からないけどさ」
どっちにしろ困る。
先生の「気に入られた」という言葉に、お婆さんは頷いた。
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458 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:56:42 ID:EjaUCCVcO
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(*゚ー゚)「祟りよりは、その……気に入られた、というのが相応しいと思います。
……ともかく、忌み子だとして、彼女とその子供は、田んぼの傍にある小屋に住まわされました。
元は農具をしまう場所でしたが、中を空っぽにすると、親子2人が寝るのに充分な広さはありました」
(*゚ー゚)「ご飯は、ヒートさんの家の者が運んでいるようでした。
それ以外の者は近付いてはいけないと言われていましたので」
きしきし。
籐椅子の軋む音。
私でも先生でもなく、お婆さんの方からしていた。
彼女は口以外を動かしていないのに。
一瞬、窓から激しい光が入り込んだ。
続いて雷鳴。
(*゚ー゚)「……私は2ヶ月に一度ほど、人の目を盗んでは、彼女達の様子を見に行っていました」
*****
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459 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 02:59:01 ID:EjaUCCVcO
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(,,゚Д゚)「……あー」
ヒートさんの子供が3歳になった頃、私は21歳になっていた。
子供は知能や言葉に遅れが見られたが、手足が無いなりに、健康に育っているように見えた。
きっとヒートさんが、私などには思いも及ばないほどの努力をしたのだろう。
相変わらず彼女の身内以外は小屋に近付かない。
私は、たまに様子を窺いに行っていた。
何だか放っておけなかったのだ。
(,,゚Д゚)「うーう」
その子供はいつも、僅かに突出した「手足のなり損ない」を蠢かせながら、私に近付こうとした。
私は彼をあやして、ヒートさんと軽い世間話をし、小屋を去る。
それがいつもの光景。
会うのは二月に一度ほどの頻度だったが、子供は私を忘れることはなかったらしい。
ヒートさんいわく、子供は、私が来たときだけ活動的になっていたそうだから。
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460 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:00:20 ID:EjaUCCVcO
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(*゚ー゚)「調子はどうですか?」
ノパ听)「うん……元気だよ」
──この頃から、ヒートさんは自身の耳をよく触るようになっていた。
四肢のない息子を産んでも狭い小屋に閉じ込められても強靱な精神を保っていた彼女だったが、
息子が3歳になって以来、会う度に弱っていった。
そして──さらに一年が過ぎた頃だろうか。
ヒートさんの左腕が動かなくなった。
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461 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:01:35 ID:EjaUCCVcO
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ノパー゚)「……ははは」
感覚さえも無くなった腕に右手で触れ、ヒートさんは力なく笑っていた。
祟りだ。
彼女の父親は、近隣の住民達にそう話していた。
(*゚ー゚)「……偶然ですよ」
ノパー゚)「違うよ。ふふ。猫だ」
くすくすとヒートさんが笑う。
彼女は、耳を指差した。
ノパー゚)「ぎこぎこって。聞こえたんだ」
──かつて聞いたのと同様の音が、ここ一年の間も聞こえていたのだという。
ノコギリで何かを切断するような音が。
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462 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:02:40 ID:EjaUCCVcO
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ノパー゚)「この子の手足だけじゃ、気が済まなかったんだな。
ふふ。それともやっぱり、赤ちゃんの腕と足じゃ、すぐに使い物にならなくなったのかな」
ヒートさんが、横に転がる子供を右手で撫でる。
明らかに様子がおかしかった。
ノパー゚)「抱っこも出来なくなっちゃった。ふふふ」
彼女は私に視線を向け、左袖を捲り上げた。
二の腕に赤い線条。
ノコギリで彼女の左腕が切断される様を想像し、背筋が寒くなった。
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463 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:03:36 ID:EjaUCCVcO
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そのとき、後ろから、足音と怒鳴り声がした。
振り返ると、ヒートさんの家の者が小屋に駆けてきていた。
近付くなと言った筈だ。
そう怒号を飛ばし、ヒートさんの父は私の頬を打った。
倒れ込む私の前で、彼らは、ヒートさんと子供を運んでいった。
ヒートさんが子供の面倒を見るのが難しくなったから、家へ戻すのだろう。
(,,゚Д゚)
老婦に抱えられた子供と目が合う。
その目が、一瞬、猫のそれに見えた。
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464 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:06:53 ID:EjaUCCVcO
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翌年。私が、他県に住む遠い親戚のもとに嫁いでから間もなく、
ヒートさんの右腕も動かなくなったと親の便りで知った。
それから2年後に右足が。
さらに5年後、ついに左足まで動かなくなったそうだ。
私は30歳になっていた。
あの子供は12歳になっている筈だった。
その年の冬、ヒートさんが亡くなった。
詳しくは知らないが、首を切断するような事故があったという。
葬儀のために、私は、一旦故郷に戻った。
──ヒートは頭がおかしくなっていたから、父親が殺したのだ──
そんな噂もあったが、私には真実は分からなかった。
ただ、日を同じくして子供も死んだそうだから、
厄介払いとして母子共々殺された可能性はある。
少なくとも、そういう発想が出来るほどの「空気」があの家にあった。
ヒートさん達は手厚く弔われた。
正直なところ、私には、猫の祟りがこれ以上起こらないようにするための供養に思えたけれど。
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465 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:07:49 ID:EjaUCCVcO
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その葬儀の最中、変なものを見た。
小さな体に不釣り合いな、長い手足を生やした少年だった。
何かを探すように、人と人の間をゆっくり移動する。
誰も気付いている様子はない。
(,, Д )
遠目に見た横顔は、ヒートさんの息子に似ていた。
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466 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:09:32 ID:EjaUCCVcO
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手足は、ヒートさんのものだ。
直感でそう思った。
途端、どくどく、心臓が痛むほど鼓動が激しくなる。
彼が私を探している気がしてならない。
しばらく俯いていると、いつの間にか、彼はいなくなっていた。
ほっと息をつく。
〈みうえあ〉
耳元で声。
「見付けた」。舌足らずに、そう言われたように聞こえた。
.
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467 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:11:16 ID:EjaUCCVcO
-
──以来、彼は私の傍に居続けた。
時折、ふっと鏡などに映り込んで姿を見せる。
年月を重ねるごとに、彼も歳をとっていった。
私が35、彼が──生きていれば──17歳になる頃には、彼の胴体と手足はバランスがとれていた。
いや、男の体に女の手足では、やはり多少の違和感はあったけれど。
そのときまでは、彼はただ傍にいるだけだった。
でも、何となく、とある予想は出来ていた。
──いずれヒートさんから奪った四肢も使い古してしまえば、
今度は私の腕や足を狙うようになるのだろう。
そんな予感。
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468 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:13:01 ID:EjaUCCVcO
-
彼はヒートさんの息子ではない。
人間の手足を使いこなすために息子の体とヒートさんの四肢を借りた、猫なのだ。
何故だかそう思えた。
彼は──ギコさんだ。
ノコギリで、ぎこぎこと手足を切り落とす猫。
ギコさん。
名前をつけると、一層、その存在が確かなものになった。
*****
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469 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:15:13 ID:EjaUCCVcO
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(*゚ー゚)「ある日、鏡に映ったギコさんから右腕がなくなっていました。
それから毎晩、ふと耳を澄ますとぎこぎこと音がするようになって、
右腕に細い痣が浮かんできて……」
(*゚ー゚)「……一年すると、私の右腕が動かなくなりました」
話が終わりに近付くにつれ、雨も弱まっていった。
私はお婆さんから目を逸らしながらお茶を飲む。
彼女を見ていると、その背後に「ギコさん」まで見えそうな気がしたから。
(´・_ゝ・`)「病院には行ったんですか?」
(*゚ー゚)「はい。お医者様に診てもらっても、原因は分かりませんでしたよ」
(´・_ゝ・`)「……じゃあ、寺とか神社とか、そういうところは」
(*゚ー゚)「……行く気になりませんでした」
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470 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:18:40 ID:EjaUCCVcO
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('、`;川「どっ……どうしてですか? もしかしたら何とかなるかもしれないのに……」
(*゚ー゚)「だって、ギコさんを殺した人間の中には、私の父も含まれていましたから。
父の代わりに──私が詫びたいという気持ちが、どこかにあるんです」
(´・_ゝ・`)「このまま、残った左腕と右足もくれてやるつもりですか」
(*゚ー゚)「勿論。……つー達には、迷惑をかけてしまいますけれど」
(´・_ゝ・`)「そういえば、お孫さん達には、ギコさんとやらについて話してるんですか?」
(*゚ー゚)「みんな、何度かギコさんを見てはいるようですけど……詳しくは説明していません。
あ、でも、つーにだけは話してあります。
彼女は昔から私に懐いてくれていたから、隠し事をしたくなくて」
(*゚ー゚)「優しい子でしてねえ……私のこともギコさんのことも、『可哀想』だと言ってくれました」
玄関先で見せた、つーさんの複雑な色合いの瞳を思い出す。
彼女はギコさんについて知っていた。
だから病院に連れていくとは言わなかったのだろう。
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471 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:20:23 ID:EjaUCCVcO
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ふと。
一通り記憶を巡った私の思考が、凍った。
すぐに解凍し、もう一度、初めから辿る。
思考が深まるほど、雨の音が意識から遠ざかる。
恐々、お婆さんの足元に視線をやった。
籐椅子の向こうに、2本の足。
右足はぼろぼろで、こそげた肉の間から骨が覗いている。
対する左足は綺麗だけれど、右足とは、細さも形も違う。
まるで、老人のようだ。
('、`;川「……っ」
瞬きすると消えた。
錯覚か──それとも、彼が、ギコさんが、そこに。
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472 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:23:31 ID:EjaUCCVcO
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顔を上げる。
お婆さんが、優しい表情で私を見た。
(*゚ー゚)「少し、気味の悪い話だったかしら」
('、`;川「いえ、あの、」
口の中が、からからだ。
緑茶を飲み干し、横目に先生を見る。
私が気付いたのなら、先生だって気付いている筈。
それでも先生は何も言わない。
私が訊ねるしかないのか。
あるいは訊ねるべきではないのか。
迷いながらも、口は動き出していた。
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474 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:25:00 ID:EjaUCCVcO
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('、`;川「……もし、あなたの全ての手足を、ギコさんが持っていってしまったとして──」
──直接危害を加えた者じゃなく、心を痛めた人の方にとばっちりが行く──
猫を弔ったヒートさんとお婆さんに、ギコさんは憑いた。
ヒートさんが亡くなった後には、わざわざお婆さんを探してまで。
──優しい子でしてねえ……──
つーさんは。
ギコさんを、可哀想だと言った。
('、`;川「……あなたの腕も足も使いきってしまったら、
ギコさんは……それからどうするんでしょうか」
お婆さんと視線を絡ませる。
隣で、ふう、と先生の溜め息が聞こえた。
お婆さんの笑みが深くなる。
(*゚ー゚)
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475 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:25:29 ID:EjaUCCVcO
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「さあ?」
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476 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:26:00 ID:EjaUCCVcO
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窓の外が光った。
雷光を映した彼女の瞳は、猫を彷彿とさせた。
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477 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:26:59 ID:EjaUCCVcO
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私はぐったりと助手席のシートに凭れかかった。
(´・_ゝ・`)「お腹空いたな」
エンジンを入れながら、先生が呟く。
──あれ以上あの場にいたくなくて、
私はつーさん逹に謝り倒してから家を飛び出し、神社の駐車場へと逃げた。
多少の雨に濡れてしまったけど、そんなことに構う余裕はなかった。
未だに動悸が収まらない。
よく分からないけれど、お婆さんが恐くて仕方がなかった。
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478 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:29:27 ID:EjaUCCVcO
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(´・_ゝ・`)「……それにしても伊藤君は怖がりだね。
猫に憑かれたってだけの話じゃないか」
('、`;川「『だけ』? だって、だってあの人、自分の孫を……──」
(´・_ゝ・`)「うーん……あの人っていっても、もうほとんど『ギコさん』に侵食されてた気もするな」
先生は顎を摩る。
(´・_ゝ・`)「たしかに、優しいからこそ取り憑かれるなんて、怖いというか虚しい話だけど。
そういうことが起こってしまったから、彼女逹はああいうことになったわけで。
気の毒だなあ、で済むことじゃない?」
('、`;川「気の毒って……それだけ?」
(´・_ゝ・`)「じゃあ、君はどうしたいの?
助けたい? でも君はこうやって逃げてきたよね?」
('、`;川「う……」
(´・_ゝ・`)「それは、直感で『関わりたくない』と思ったからじゃないの?
物理的に何とかなる問題ならともかく、こういった話の場合は、
そういう直感に従った方がいいと思うよ」
(´・_ゝ・`)「君の本能が下した危険信号ってやつだろうからさ。
──あの人の話で学んだでしょ? 同情して無闇に首突っ込むのも考えものだよ。
人としては立派でもね」
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480 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:33:23 ID:EjaUCCVcO
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車が動く。
先生のお腹が鳴るのが聞こえたので、指示される前に、
携帯電話で近場のファミリーレストランを調べた。
(´・_ゝ・`)「……好奇心は猫を殺すとはよく聞くけど、同情心は猫に殺されるわけだね。
面白いね伊藤君」
('、`;川「面白くないわよ」
結局、彼女逹のことは放置するしかない。
やるせない気持ち。
無力感。
そう。無力。
度々感じていた。
幽霊だとか何だとかを見るだけ見て、そこから私がどうこう出来るわけでもない。
そもそもこんなに色々見えるようになったのも、先生と出会って変なことに巻き込まれ始めてからだから、
貞子ちゃんみたいに、こなれた様子で対処しろと言われても困るけど。
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482 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/26(日) 03:35:21 ID:EjaUCCVcO
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まとわりつく後味の悪さと恐怖を、無理矢理に取っ払う。
携帯電話を膝の上に置き、遠ざかっていく神社をバックミラーで確認しながら両手を打った。
真っ暗な夜の中、さらに暗い闇をそこに固めたような、黒い人。
焼け焦げた人に見える「それ」は、石段の前に佇んでいる。
あの神社、本当に出るらしい。
('、`*川(というわけで私は何も出来ないので、今回はお互い無視することにしましょう)
先生に毒されている気もしたが、別に、私の判断は間違っていない筈だ。
背負う必要のない責任は置いていけばいい。
こうして人は強くなるのである。
第十三夜『猫とノコギリ』 終わり