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23 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:29:00 ID:Q7uZ6AsA0
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部屋を出て物置から道具を取り出す。
頭と顔に布を巻き、ハインリッヒの予備のエプロンを借りて、はたきを構える。
ξ゚[ ]゚)ξ 「ふっふっふっ……掃除はまず上から順に、ってね」
別に綺麗好きというわけではなくとも、いざやり始めると妙に熱中してしまうのが掃除である。
ツンは手始めに窓を開け、リビングから天井付近の蜘蛛の巣はらいを始めた。
器用に天井の隅をつつき、蜘蛛の巣や張り付いた埃を払っていく。
必要以上に舞い上げぬよう丁寧に。
こうして順に高いところから順にやって行けば埃をより多く取り除ける。
リビングが一通り終われば別の部屋へ。
他が終わるころには埃も落ち着いて、拭って取りやすくなる。
てきぱきと各部屋のはたきを終わらせて病室へ向かう。
勝手に触らない方が良さそうな物の多い診療室を除けば、ここが最後だ。
とはいえ、ベッドに埃を被せるわけにはいかないので、今日のところは蜘蛛の巣を拭うだけだ。
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24 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:30:09 ID:Q7uZ6AsA0
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ξ゚[ ]゚)ξ 「あれ、思ったほど無いな……ン?」
埃が散らないよう慎重に蜘蛛の巣を取っていると、天井に真新しい傷をいくつか見つけた。
引っ掻いたような、何か堅い鋭利がものが食い込んだ跡だ。
昨日壁が粉砕された時に付いたものだろうか。
あの時の損傷はいつの間にか修復して元通りになっている。
まず間違いなくレモネードが魔法を用いて直したのだろう。
となると、食い込んでいた何かを引っこ抜いた後、修復するのを忘れていたのか。
強者であることは間違いないが、抜けも多い人である。
「師匠らしいと言えばらしいか」と独り言ちて、ツンは部屋を出た。
ξ゚[ ]゚)ξ (……)
リビングに戻ると、テーブルに掛けてあった埃よけの布がずれて落ちそうになっている。
ちゃんとかけておいたのだが、何かの拍子に障ってしまったのだろう。
ツンは布をしっかりかけなおし、箒を手に取った。
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25 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:31:06 ID:Q7uZ6AsA0
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ξ゚[ ]゚)ξ (思ってたほど埃落ち着いてないな)
目を凝らすと、陽光の中にちらちらと埃の粒が見える。
窓を開けて換気しているため自然に出て行ってくれるのを期待したがそうはいかなかったらしい。
今日は風もほとんどないし仕方あるまい。最終的に魔法で吹き飛ばしたってよいのだ。
部屋の隅から床を掃いてゆく。
面倒なので玄関から直接外に出してしまおうと扉を開けた。
ξ゚[ ]゚)ξ (あれ、リッヒ鍵閉めていかなかったんだ)
ハインリッヒは一人暮らし時代の癖で、誰かが家に残っていても鍵をかけて出て行く。
今日も鍵を差すような音が聞こえたのだが、ちゃんとかけ損ねたのだろうか。
急いでいたようだし、そう言うこともあるか。
深く気にせずに床の埃を掃く。
とはいえ、普段からハインリッヒがやっているので目立ったゴミは無いのだが。
一通りリビングを掃き終り、次の部屋へ行こうとドアに手をかける。
そこで、ツンは動きを止めた。
ξ゚[ ]゚)ξ (なんか……変)
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26 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:32:17 ID:Q7uZ6AsA0
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なんだか先ほどから違和感を覚えて仕方がない。
病み上がりに解決しない様々な問題を抱えているせいで神経質になっているのだろうか。
一番ひっかかるのは扉の鍵だ。
良く思い出せば、閂がかかる音も聞こえていた気がする。
あれは気のせいだったのか。普段の習慣なので当然そうと思い込んでいただけなのか?
ξ゚听)ξ (……)
箒を持ったまま、小走りで病室へ向かう。
部屋に入り天井の傷を改めて見た。
ξ゚听)ξ (……やっぱり、やっぱり変だわ)
さっきはレモネード乱入の際に瓦礫や釘が刺さったのだと思っていた。
しかし、それにしては様子が変だ。
ξ゚听)ξ 「傷の角度が……バラバラだわ」
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27 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:33:09 ID:Q7uZ6AsA0
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そうなのだ。
壁が破砕された際に飛んだものが刺さったにしては、角度がおかしい箇所が複数ある。
天井に刺さるほどの勢いで飛んだものが、真逆の入射角になるというのは想像しやすくない
しかも、この傷よく見ると、
ξ゚听)ξ (……複数の傷が一個のまとまりとして、グループになってる?)
よく見てみると五つの傷ごと、ばらつきの有る放射状に並んでいる。
それぞれ範囲には差があるが、一つ一つ確認してみると、やはり五つの傷で一つのまとまりになっているように見えた。
ξ゚听)ξ (この傷のつきかた……なんか……)
特に深くついた傷を睨み、頭を働かせる。
もとより賢くはないが、勘は鋭いツンの脳みそである。
最近まで眠りまくっていたせいで若干働きが悪いが、何か気が付けそうだった。
ξ゚听)ξ 「これ……」
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28 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:33:51 ID:Q7uZ6AsA0
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「そォ、俺のつめあとだヨ」
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29 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:34:32 ID:Q7uZ6AsA0
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その瞬間、ツンは恐らく何も考えていなかった。
左足を前に一歩。
これを予備動作とし、自身の背後にひじ打ちを放つ。
踏み込みは浅いが、体重は乗った。
さらに肘の先には大量の魔力を込めている。
物理的な威力は軽くとも、当たれば腰砕けにする程度の効果はある。
そう、当たれば。
ξ;゚听)ξ 「――ッ!」
ツン渾身のひじ打ちは空を切る。
同時に向けていた視線も、“それ”の姿を捉えることはできていない。
反射的に出た舌打ち。
僅かに感じた気配を追って首を回そうとした瞬間、ツンの視界は急転する。
体の上下を反転し足が浮き上がった。
一瞬のことだ。足払いをされたように倒れそうになる。
しかし、咄嗟に顔を庇った手が地面に届くことは無い。
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31 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:35:26 ID:Q7uZ6AsA0
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足を掴まれ、持ちあげられている。
ツンがそれを理解した瞬間、足首を絞めつける力が一層強まった。
なすすべもない。
逆さづりにされていたツンの体は横へ。
円の軌道を描き、一旦天井近くまで振り上げられ、
ξ; )ξ 「ッァ!」
ベッドの上にたたきつけられた。
柔らかな布団もこの衝撃は受け止めきれない。
木の骨組が砕ける音が、ツンの意識と共に天井まで突き抜ける。
「グッグッグッ……」
朦朧とする視界に、黒い影が多い被さる。
手だ、手で頭を鷲掴みにされている。
体が動かせない。腕もだ。
胸の上に何かが乗って、さらには二の腕も抑えられている。
衝撃で揺れ痺れる脳でも辛うじて、馬乗りになられているのだと理解できた。
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32 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:36:47 ID:Q7uZ6AsA0
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「久しいなァ、ディレートリィィィ……」
顔が見えずとも、声を聞いただけで、それが何者が分かるだけで、頭に血が上ってゆく。
血管が膨れ、破裂しそうだ。
歯を食いしばる。首の力で押し返そうとするが、更なる力で封じ込まれた。
「グッグッ、もう少し大人しくしねえと」
指がずれ、視界が開ける。
そこに見えたのは、
(//‰ ゚) 「俺も加減できなくなるぜェ?」
ヨコホリ・エレキブランの笑み。
鉄に覆われた無表情の半面に対し、人の側は歯茎まで剥き出しにして笑っていた。
ξ# 听)ξ 「てッめェぇ……!」
(//‰ ゚) 「オオこええ、小娘の凄み方じゃねェぞ」
「もうちょっとしおらしけりゃ、嬲りがいもあるンだがなァ」という呟きは、多分に笑みを含んでいた。
ツンの脳内を、血と、怒りと、殺意が満たしていく。
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33 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:38:04 ID:Q7uZ6AsA0
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(//‰ ゚) 「マア落ち着け。今日は話をしに来たンだよ。平和的に、ナ」
獣のようにもがき暴れるツンを、ヨコホリは器用に乗りこなした。
無理に抑えず、上手く力を逃し、決して上を譲らない。
体格も、腕力も、技術も劣るツンではこの状態を看破することは不可能だった。
(//‰ ゚) 「……クールじゃねえなァ、そンなにあのババアを殺されたのが気に喰わねえのか?」
ξ# 听)ξ 「……ッ殺す!」
(//‰ ゚) 「いいじゃねえかあンなババア。魔女の呪具なンぞに頼った時点でいずれ死ンださ」
ξ# 听)ξ 「殺す!」
(//‰ ゚) 「ヤレヤレ、今からそンなンじゃ、頭の血管切れちまうぜ?」
ξ# 听)ξ 「殺す!」
(//‰ ゚) 「なンてったって、――――テメエの親を殺した仇も、俺なんだからヨォ!」
ξ# 听)ξ 「―――殺す!」
ツンはブーツの魔法を発動。
ヨコホリではなく、既に半壊したベッドに踵を叩き付ける。
衝撃と共にベッドはさらに大破。
木端と端切れが散る。
この一瞬の隙にツンはヨコホリの拘束から逃れた。
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34 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:38:56 ID:Q7uZ6AsA0
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瞬時に飛び退き距離を取る。
勢い余って転がり壁に背中を打った。
ブーツの魔法の制御すらもが上手くいっていない。
せき込みを噛み殺し、ヨコホリを睨む。
ベッドに叩きつけられたダメージも抜けないまま頭を締め付けられたせいで、足腰に上手く力が篭らない。
抜け出したものの、反撃の手が何一つ浮かばない。
今飛び掛かってもまたあしらわれておしまいだ。
だのに頭ばかりが逸る。
怒りと、憎しみと、殺意に食い荒らされた理性が、辛うじてツンを抑えている。
(//‰ ゚) 「……なァーんか、期待してた反応とちげェなァ。もしかしてもう知ってやがったか?」
ξ# 听)ξ 「殺す!」
(//‰ ゚) 「あのババァの仲間が教えやがったか? マアいいや」
ξ# 听)ξ 「殺す!」
(//‰ ゚) 「てめえの両親が、どンな風に、どンだけ無様に死ンだかまでは、聞いてねえだロ?」
残っていた一片の理性が音を立てて切れた。
動かなかったはずの足が床を蹴る。
抑え込まれ痺れていた手がナイフを握る。
ブーツに込めていた魔法の残り全てを解放。
余波のみで家屋が軋みベッドが浮き上がる。
音に並んだツンの体は、全ての魔力をナイフに集中した。
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35 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:39:57 ID:Q7uZ6AsA0
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(//‰ ゚) 「……言っただろディレートリ。俺は話をしに来たンだぜ」
なにが、何があったのか。
ツンの持つナイフは、間違いなくヨコホリに突き立てられたはずだ。
鋼鉄の腕に防がれることはあっても、回避できる速さでは無かったはずだ。
(//‰ ゚) 「俺が侵入してることに気が付かンでのほほンとお掃除してた今のテメエとじゃれ合うつもりはねェよ」
気が付いた時、ツンは再びヨコホリの下にいた。
両手を、突き出したナイフごと踏みつけられ、床に這いつくばっている。
潰された。懐に踏み込んだところで、上から圧倒的な力で床に抑え込まれたのだ。
(//‰ ゚) 「治ってやがるのはビビったが、あれだけの怪我だ。まだまだ本調子じゃあねえンだろ?」
「大人しく聞きな」と言いながら、ヨコホリの左手から数本の鉄線が伸びる。
抵抗を嘲笑うように手足に巻き付き、ツンは簡単に拘束されてしまった。
(//‰ ゚) 「さあて、じゃあ何から話すか。つってもつい最近まで忘れてたからよ、ディテールは粗いンだが」
ξ )ξ 「黙れ!」
(//‰ ゚) 「そうだなァ、お前のパパの頭を飛ばしたあたりからなら、結構覚えてるぜ?」
ξ# )ξ 「―――黙れ!!」
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36 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:40:53 ID:Q7uZ6AsA0
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ツンが吠える。
ヨコホリは声を上げず静かに、しかし大きく口を開けて嗤った。
が、その貌がふっと真剣なものに戻る。
何かを探すように、視線を右往左往させ始めた。
(//‰ ゚) 「……なんだ?」
喚くツンの頭を踏みつけて黙らせ、ヨコホリは再び室内を見渡す。
部屋には異常を匂わせるような変化はない。
(//‰ ゚) 「ほかにゃ誰もいなかった……じゃあ、なンだ、この魔力は」
ヨコホリが呟いた瞬間に、部屋中の壁が痛烈に発光を始めた。
壁のみでは無い。床も天井も、白く眩しい光を放っている。
床に顔をつけたツンには、僅かな振動音も聞こえた。
だから分かった。
一番この姿を見られたくない人が、すぐにでも現れてしまうことが。
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37 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:41:54 ID:Q7uZ6AsA0
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(//‰ ゚) 「……オイオイ、こンなレベルの魔法を隠してたってのか?」
発光は規則性を持ちはじめ、部屋の六方を用いて魔法陣と化す。
部屋の中央で集約された白い光は、球の形を取り、そこにもまた、幾何の紋様が浮かび上がる。
魔法と呼ばれる超常の術の中でも、さらにごく一部の人間のみが扱える秘術。
知る者たちは皆、この魔法を『空間転移』と呼んでいる。
(//‰ ゚) 「―――ッ!」
紋様の球が大きく膨らみ、爆発ににた激しさで閃光を放った。
ツンも、ヨコホリも咄嗟に顔をそむける。
部屋の中が光に満たされるその中に、今までには無かった人影が浮かび上がった。
|゚ノ:::::::::::) 「……嫌な反応があったと思って飛んで来てみれば」
(//‰ ゚) 「……随分と、笑えねえのが来ちまったな」
|゚ノ ^∀^) 「私の弟子になにか御用でしょうか? そこな鉄屑の人」
光の中から現れたレモネードは、全てを察した顔でヨコホリを見据える。
相変わらずの柔和な微笑みではあったが、その目に宿っていたのは、大よそ人間が灯しうる光では無い。
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38 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:43:02 ID:Q7uZ6AsA0
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(//‰ ゚) 「チィッ」
レモネードを目の前にしたヨコホリの判断は、酷く正確であった。
飛びのきながら距離を取り、同時に鉄線を手繰り寄せツンを人質にしようとしたのだ。
しかし、その判断の速さも、レモネードには通用しない。
レモネードが手を振るうと同時、指先に集約した魔力が刃となり、ヨコホリから伸びる鉄線を切断した。
引き寄せられかけていたツンは床に転がり顔を強かに打つ。
(//‰ ゚) 「シィッ!」
|゚ノ ^∀^) 「“―――プロテクションズ”」
ヨコホリが放つ、空気の榴弾。
乱射し連射し、その数は無数と化したが、レモネードが多重に張った障壁魔法が防ぎきる。
この一瞬の間にレモナはツンの首根っこを掴み、部屋の隅にあったベッドに投げ捨てた。
遠距離攻撃が通用しないと判断したヨコホリは、ツンを投げ若干体勢を崩したレモネードに走り寄る。
先の魔法同士の衝突で生まれた蒸気がその体に白くたなびいた。
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39 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:44:19 ID:Q7uZ6AsA0
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(//‰ ゚) 「“―――四風絶界”」
|゚ノ ^∀^) 「“―――フルインパクト”」
互いに詠唱無しの高速発動。
ヨコホリはかつて半不死魔物と化したィシ=ロックスを瀕死に追い込んだ風の超上級魔法。
対するレモネードは、比較的簡単な衝撃魔法に魔力を無理やりつぎ込んで増強し応じる。
威力はほぼ同等。
相殺によって生まれた衝撃波が部屋を粉砕。
白い蒸気と共に木端や布切れが舞い吹き飛ぶ。
折角再建された壁もほぼ爆散し、残った柱は歪み大きな罅が入っている。
最早建物としての機能は失われている。家屋は軋み、倒壊の予兆を告げる。
そんな中をヨコホリは肉薄。
初めから魔法が通用すると思っていなかった動きである。
右手を小さく振りかぶり、手刀をレモネードの首へ突き出した。
レモネードは仰け反り後転して回避。
腕の力で大きく跳ね距離を稼ぐと、鉄線によるヨコホリの追撃を、手で払った。
魔力を纏った掌は鉄線を弾くが、先ほどのように切断は出来ず、続けて振るわれる攻撃にレモナは防戦を強いられる。
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40 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:45:11 ID:Q7uZ6AsA0
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(//‰ ゚) 「ラァ!」
ヨコホリが鉄線を叩き付けるように振るった一撃を見切り、レモナは攻勢に出る。
回避と同時に横に流れ、すぐさま前へ。
鉄線の追撃は許さない絶妙なタイミングである。
|゚ノ ^∀^) 「“―――天叢雲”」
(//‰ ゚) 「!」
レモナの体から灰色の魔力が生み出され、掌に集約。
手刀を延長する形で刃と化す。
走り寄った勢いを乗せ、レモナはこの手刀をヨコホリへ突き出した。
ヨコホリはこれを右手で受ける。
痛烈な金属音。魔力と鉄片が火花となって弾ける。
続けて逆の手で放たれたレモナの追撃も、ヨコホリは鉄線を纏わせた左手で受けた。
そのまま両者、近々の間合いで手刀を打ちつけ合う。
瞬時に互いの攻撃を見切り、受け、反撃を出し、受けられれば即座に引き、また反撃を見切って受ける。
多重にまき散らされる音と衝撃。金属の粉が舞い、魔力の火花が爆ぜ、血飛沫が床を濡らす。
破壊力では“天叢雲”を纏うレモネードが優勢。
しかし、単純な格闘の膂力、技術ではヨコホリが僅かに勝り、さらに彼には鉄線を纏う防御策もある。
徐々に押され始めたレモナ。
しかしその瞬間、ついに柱がへし折れ、天井が二人の頭上に落下する。
|゚ノ ^∀^) 「“インパクト=プロテクション”」
(//‰ ゚) 「シィィッ!」
敵対乍ら同時の呼吸。
互いに自身の頭上へ魔法を発動し、迫る家屋を悉く破壊。
貫く形で屋根の上へと逃れる。
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41 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:46:00 ID:Q7uZ6AsA0
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(//‰ ゚) (……俺の、この腕に傷をつけやがった。左手は……ひでえなこりゃ)
倒壊の衝撃で揺れる足場。すぐに体勢を立て直しながら、ヨコホリは自身の状態を確認する。
金属の装甲で出来た右腕ですら打ち合いで傷だらけ。
鉄線を纏わせただけの左手については、指が辛うじてつながっている状態だ。
斧を叩きつけられても傷つかないのが自慢であったにも関わらず、やすやすと切り裂いてきた。
地面に落ちた鉄線の切れ端をみて、ヨコホリはつい舌打ちを漏らす。
|゚ノ ^∀^) (速く、強い。体技だけならあちらに軍配。それに、簡易発動とはいえ天叢雲が防がれるとは)
レモネードも魔法を一旦解き、手を払う。
白い肌には無数の傷。ヨコホリとのやり取りで出来たものだ。
天叢雲の脅威性を理解した彼は、途中から天叢雲の内側にある手を狙って攻撃を仕掛けてきていた。
破壊力では無類を誇る天叢雲も、防御の面では脆さがある。
それをこの短時間で見抜いた。
レモネードの背を走り胸に満ちるのは、実に久しい畏怖の念である。
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42 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:47:17 ID:Q7uZ6AsA0
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互いに相手の力量、自身の損傷を確認し、同時にツンをみやる。
彼女はいま鉄線で絡んだベッドと共に、家屋からいくらか離れた距離にあった。
一応は無事。動きはしないが、レモナもヨコホリも、魔力の感知によって彼女の生存を確認していた。
レモナは愛弟子である彼女がいる限り、周囲を巻き込む大規模な魔法の展開は出来ない。
格闘では分が悪いにも関わらず、近接戦を強いられる。
ヨコホリもそれを察し、最も魅力的な逃走の選択肢を頭の隅に追いやる。
相手がツンを庇うつもりならば逃げることは出来るだろう。
しかし、小高い丘になり見晴らしのよいこの場所から逃げおおせる間に、背中を撃たれてはたまったものではない。
目の前に突如現れた魔法使いは、空間転移を扱い、自身の鋼鉄の体を容易く抉る実力者。
もっと強力な魔法を放たれればひとたまりもない。
相手が周囲への被害に遠慮して魔法を制限しているここが、最も危険な安全圏なのだ。
(//‰ ゚) (ディレートリを人質にしてえところだが)
レモネードは隙の無い足運びでヨコホリとツンを結ぶ直線状に割って入っている。
ツンに手出しさせるつもりも、ヨコホリを逃がすつもりもない、ということだろう。
もっと踏み込んで言えば、この場で命を取ろうという頑なな殺意がある。
ヨコホリは、再びにたりと笑みを浮かべた。
笑わずにはいられないというやつだ。
彼がレモネードに抱いたのは、魔女に対するものと同系列の畏れ。
魔女には及ばなくとも、総合的な“格”ではヨコホリの上にある。
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43 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:48:21 ID:Q7uZ6AsA0
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明らかに異質な存在がいることは察していた。
だからツンが一人になるのを待って侵入したのである。
それがまさか転移魔法で戻ってくるとは思わなかった。
帰って来るには時間があると踏んで遊び過ぎたのも反省である。
死にかけたばかりだというのに、どうも油断する癖がついたと自嘲気味に笑う。
(//‰ ゚) (こンなことなら、“持ってきて”おきゃ良かったぜ)
全身を鉄線で覆う。
多重に巻きたいところだが、斬られたせいで量が心もとない。
希少な金属だ。ここで死ぬ気は無いし、なるべく浪費は避けたい。
(//‰ ゚) 「ちょっとした挨拶しにきただけなンでなァ、そろそろ帰らせてもらっていいか?」
|゚ノ ^∀^) 「あら、そうですの? なら、お土産はいかが?」
上空が俄かに曇天の模様を取る。
明らかに魔法の効力。それも、天変地異クラスの。
(//‰ ゚) 「お前ェの周りはキ千ガイしかいねえなァ!ディレートリィィ!!」
|゚ノ ^∀^) 「“天叢雲、邪の型――――”」
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44 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:49:03 ID:Q7uZ6AsA0
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天空から滝の如く黒雲が降り注ぐ。
その数八。
地面に衝突した雲の群れは、うねりくねり意志を持つ大蛇の如くレモネードの元に集う。
先ほどの剣と同じ魔法。しかし今度はしっかりとした魔法式の展開を行う、完全版。
規模も、効果も、圧力も桁が違う。
(//‰ ゚) 「ッ!」
危険を察したヨコホリは、あえてレモネードへ接近した。
鉄腕に、鉄線に、瞬間に出しうる最大の魔力を循環させる。
現状では逃走は難しい。
逃げるにしろ倒すにしろ、まずは相手を崩さなければ結果的に死ぬ。
格闘に持ち込むのが最も生存に近い方法と判断したのだ。
―――その考えもがまた、悪手であるとは理解しながらも。
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45 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:50:26 ID:Q7uZ6AsA0
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ヤマタノオロチ
|゚ノ ^∀^) 「“――――――八俣遠呂知”」
(//‰ ) 「―――――ッ?!」
集合した八本の雲は家屋の残骸をさらに蹂躙し、流動的な形のままヨコホリに喰らいついた。
魔力を帯び、密度を増した雲との接触。
ヨコホリの身体はおびただしい数の木端と共にいともたやすく宙に浮き、突き飛ばされる。
一本、二本、三本、四本、と次々にヨコホリを襲う雲の帯。
さながら巨大な蛇の如くである。
螺旋を描き、常に死角を突くように、鋼鉄の体に突き刺さる。
五、六、七と続き、ヨコホリの身体を覆っていた鉄線はほぼ剥がれ、
八本目はその鳩尾に深々と突き刺さる。
然し、これで終わりでは無い。
傍目には既に死に体のヨコホリを、レモナはこれまでよりも頑ななな殺意で睨みつけている。
逃す気の無い相手を、自ら引き離した。
しかも、周囲に障害の無い空中である。
となればレモネードが考えていることは一つ。
|゚ノ ^∀^) 「“天叢雲聖の型―――”」
―――次で止めを刺す。
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47 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:51:06 ID:Q7uZ6AsA0
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ヨコホリを追い詰めた雲は、獣が舌を引き戻すようにするりと一瞬でレモネードの手に集約。
生み出された黒雲の剣は、過々剰な密度により稲光を迸らせる。
剣のみならず、レモネードの周囲すらもが、苦痛に身もだえするように歪んで見えた。
屋根を蹴り、レモネードはなるべくヨコホリへ接近。
距離を詰め天叢雲を大きく振りかぶった。
(//‰ ゚) 「………ッ!!」
クサナギノタチ
|゚ノ ^∀^) 「“――――草那芸太刀”」
鈍色の斬撃が天へと突き抜ける。
一拍置いて、空が悲鳴を上げた。
ガラスを割ったような。金属を叩き切ったような。
しかしそれらよりも遥かに痛烈な響き。
空の青に亀裂が走り、吹き出すのは怪しげな虹色の光。
世界の外殻が裂けた証。空の流す鮮血の色。
すぐにぼやけて消えてしまうが、空は歪み、薄霞の傷痕が残る。
続いて大気が乱れ狂う風の轟音が鳴り響いた。
上昇気流が巻き起こり、あらゆるものを宙に舞い上げる。
凄まじい、の一言である。
異邦の神器の名を借りた天叢雲の真価。
ツンが扱う同じ魔法が、玩具にすら見えるほどの威力だった。
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48 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:51:55 ID:Q7uZ6AsA0
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|゚ノ ^∀^) 「まさか」
屋根に降り立つレモネード。
空は未だに天変地異の様相を示している。
レモネードの手に油断や誤りはなかった。
ツンを巻き込まぬよう距離を取り、続けて止めを刺す。
それを同時に行える魔法を選択し、滞りなく実行出来た。
(//‰ ) 「ぐ、グググ……とンでも、ねえ」
にも関わらずヨコホリは生きている。
ほとんど身動きの取れない空中で、レモナの一太刀を避けたのだ。
風の魔法を使っていた時点で、多少の抵抗は予想していた。
天叢雲を選んだのはそれを含めても叩き切れると踏んだからである。
事実、斬撃の体を成していると言っても、その範囲は細い線では無く、人間の体など軽く飲み込むほどに広い。
万一紙一重で躱しても、巻き起こした衝撃波が四肢を引き裂いて微塵となるはず。
いくらあの頑丈な体であっても、例外ではない。
それが、五体満足で空中をクルクルと舞っているではないか。
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49 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:53:24 ID:Q7uZ6AsA0
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|゚ノ ^∀^) 「……なんという」
木の葉のように舞い、落ちるヨコホリ。
しかし、地面に衝突する寸前、途端に落下の速度が弱まり、彼は無事に着地した。
そしてレモナを軽く一瞥すると、すぐさま逃走を選択した。
軽く手を振る余裕すらある。
すさまじい生命力だ。ゴキブリでももう少し節度のある魂を持っている。
レモネードは魔法を放とうとして諦めた。
この戦いの中、彼女は空間転移の魔法と同時に、独自の結界魔法を用いていた。
著しく狂っている方向感覚を補い、周囲を把握するためものである。
ヨコホリは既にこの範囲内から逃れた。
こうなると、もうすでに目で追うことすら困難である。
宙に浮かせたまではまだ問題ない距離だったが、天叢雲の余波で吹き飛ばしてしまったのが失策だ。
|゚ノ ^∀^) (あの能力……今ここで確実に屠れなかったのは失態ですわ)
並の魔法では傷すらつかぬ頑強な体を持ち、その上で格闘の技術も一等。
魔法能力の差からあまり使用してはしてこなかったが、榴弾魔法の発動速度は脅威だ。
実際に手合わせをして確信した。
ツンではあの男には勝てない。
絶対に戦わせてはいけない、と。
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51 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:54:22 ID:Q7uZ6AsA0
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屋根を降りレモネードはツンの元へ駈け寄った。
激しい余波には晒されていたが、共に飛ばされたベッドが盾となり、大事は無い。
ξ )ξ 「師匠」
「大丈夫ですか?」と声をかけようとしたレモナをツンの言葉が遮った。
ツンは拘束に縛られたまま、地面にうつ伏せている。
その表情をレモナから見ることはできなかったが、心中だけは声の震えが物語っている。
ξ )ξ 「私、アイツを倒さなきゃいけない」
レモナは答えず、ツンの手足を縛る鉄線に触れた。
指先に魔力を集中し、一本一本丁寧に斬り外す。
鉄線の爆ぜる硬い音が、一定の間隔で響いた。
|゚ノ ^∀^) 「……あなたでは、あれには勝てませんよ」
ξ )ξ 「知ってる。だから」
|゚ノ ^∀^) 「私に弟子を無駄死にさせろというんですか?」
バチン、バチン、と鉄線が外れて行く。
手首が解放されると、次は足へ。
同じく、丁寧に一本ずつ弾き切る。
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52 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2016/07/09(土) 22:55:02 ID:Q7uZ6AsA0
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作業を続けるレモネードの袖をツンの手が掴む。
鉄線に拘束され赤くはれた手首には、白く筋が浮いてる。
力は強くも、弱々しい。縋りつくような姿に、レモネードはつい手を止める。
ξ )ξ 「師匠とあいつが戦ってるのを、見て」
|゚ノ ^∀^) 「ええ」
ξ )ξ 「師匠に殺されちゃえばいいのにって、思った」
|゚ノ ^∀^) 「……私も、そのつもりでしたわ」
ξ )ξ 「一人でやるって、自分でやるって、自分で決めたのに」
|゚ノ ^∀^) 「……」
ξ )ξ 「……自分が」
|゚ノ ^∀^) 「ええ」
ξ )ξ 「弱くて、弱くて」
|゚ノ ^∀^) 「……そうね」
ξ )ξ 「気が、狂いそう」
|゚ノ ^∀^) 「……」
レモネードの手が再び動き出した。
ツンヘの言葉は無く、ツンもそれ以上の発言はしない。
バチン、バチンと、鉄線が外れて行く。
鉄の糸からようやっと解き放たれてもなお、その手はレモネードの腕を硬く握りしめていた。