( ^ω^)剣と魔法と大五郎のようです

二十五話

421 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:30:30 ID:28fNLYgo0

 胸の傷は、意外に痛まなかった。
 あの瞬間ニョロが障壁を張ってくれたのだ。
 おかげで即死はせずに済んだ。
 それだけでない、傷口が魔法で保護されている。

 応急処置の魔法。
 自分でかけたものではものでは無い。

ξ ー )ξ 「……アンタ、本当に賢いね。この魔法も覚えちゃったの?」

 ほっぺたを撫でる心地のいい感触。
 目でそちらを見ると、ニョロが心配げな顔で擦り寄っている。
 いつでも可愛らしい奴だ。手でそっと撫でた。
 尻尾が激しく左右に動く。

 傷みで、これ以上体が動かない。
 いや、違う。大きな傷を負ったことは何度もあった。
 これ以上に激しい痛みの中戦ったことは何度もあった。

 今、体が動かないのは、もっと別の理由がある。

ξ )ξ 「……魔法、組まなきゃ……」

 風の強化魔法を組み始める。
 これを使えばまだ体を動かせる。

 だけれど。

422 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:32:43 ID:28fNLYgo0

 どうしたらいいのか分からない。
 ドクオが攻撃したってことは、ィシはもう元に戻らないんだろう。
 あの紫の魔法は、蛇のキメラを倒したのと同じもの。
 足止めや一時的な拘束の為に使うような代物ではなかった。
 彼はヘタレで甘いから、助けられる方法があるのなら、そちらを優先していたはず。

 だからと言って、ィシを殺すのか。
 大切な人を奪われて、同じ境遇の人間に手を差し伸べて戦ってきたあの人を。
 もっと倒すべき他の敵を差し置いて、殺さなければならないのか。

 気づけば、魔法で降らせた雨は止んでいた。
 戦いの音がする。
 ブーンだ。すさまじい音を立ててィシを圧倒している。

 強い。
 あれくらい強ければ、こんな事態になることを防げたかもしれない。

 悔しかった。
 また、弱いままだ。
 目の前で壊れていく物を、ただ見ているしかできない。

 なんと、無様なことか。
 粋がり師の元を飛び出し、結局はこの有様だ。
 あの時と、何も変わってはいない。

 雨は止んだが、頬が濡れた。
 ニョロが、床が鳴るようなか細い声で鳴く。

423 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:34:04 ID:28fNLYgo0

 優勢だったブーンの動きが、途端に停止した。
 操り人形の糸が切れたようだ。
 そのままィシ洒落にならない勢いで弾き飛ばされる。
 死んだかもしれない、と肝を冷やしたが、一応は生きているようだ。

 ィシが手に木の礫を作り始める。
 まだ射撃系の攻撃が出来たのか。
 とにかく、あれを喰らえば、ブーンはただですまないだろう。

 意識がはっきりとしないツンの視界にの端、捲れ上がった木の根の陰に、ヨコホリの姿が見えた。
 ツンより先にィシにぶん殴られていたが、やはり死んではいなかったようだ。
 それに加え何か怪しい動きをしている。

 まだ生きているのか。
 多くの人を殺し、ィシがこんなになるまで追い込んで。
 それでもなお、魔女に与えられた力でのうのうと無事でいる。

 体の中に渦巻く悔いと悲しみが、フツフツと湧き上がって怒りに変わってゆく。

ξ# 听)ξ 「“……ただ、天の意思のままに―――”」

 なにがどうなろうと、あの男を倒さなければならないことに変わりはない。

 ならば答えははシンプルだ。
 らしくない悩みは、その辺の穴に捨ててしまえ。

 ィシが、木の礫を放つ。
 その時点ですでに、ツンの体の重さは消えていた。

424 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:35:07 ID:28fNLYgo0

 
 
 
 
                 「“―――マリオット”!!!」
 
 
 
.

425 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:37:04 ID:28fNLYgo0

 全身を風が覆う。
 考える間もなくツンは地を蹴った。
 全てがスローモーに見える。
 二歩目。地面が爆発したように弾け、ツンはさらに加速する。

 放たれた礫は螺旋の回転を帯び、一直線にブーンの頭へ。

ξ#゚听)ξ 「ッらぁぁああ!!!」

 三歩め、走るのではなく、跳んだ。
 間に合う。精一杯手を伸ばした。

 手の甲にすさまじい衝撃。
 風の鎧を手に集中することで勢いを殺すが、相殺しきれない。
 鋭い先端が、僅かにだが皮膚を破り肉に突き刺さる。

 歯を食いしばって耐え、跳んだ勢いのまま転がった。
 地面の水が飛沫になり、枯葉や土で体が塗れる。
 木片は食い込んだ先からツンの手に根を張ってゆくが、引き剥がしている暇はない。

ξ#゚听)ξ 「ブーン!無事!?」

( ;^ω ) 「えっあっ、はい」

ξ#゚听)ξ 「迷惑かけてごめん、後は任せて」

( ;^ω ) 「任せてって、どうす……」

ξ#゚听)ξ 「今から考えるッ!!!」

426 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:38:12 ID:28fNLYgo0

ξ#゚听)ξ 「ヨコホリ=エレキブラン!!!」

 遠くでこそこそとしていたヨコホリを指さす。
 ツンに襲い掛かろうとしていたィシがその気迫に気圧され動きを止めた。
 名前を呼ばれた彼は気怠そうにツンを見る。

ξ#゚听)ξ 「ィシさん、思い出して!!倒すべきはあいつ!!戦わなきゃいけないのは、あの糞野郎!!!」

(//‰ ゚) 「……やれやれ。どうやったらしおらしくなるンだあの娘は」

 ヨコホリはため息を吐くが姿を見せない。
 姿を見えないものを敵と認識できないのか、言葉虚しくィシは槍を手にツンへ。
 動けないブーンよりも先に、動くツンを狙っている。

 前傾の踏み込みからの、全身で振りかぶっての武器攻撃。
 ツンは強化された膂力で飛びのく。
 やはり容赦がない。反応が遅れれば確実にもらっている。

ξ゚听)ξ 「ニョロ、この魔法と同じのを、あの人に、いいね?」

 指示が通ったことを尻尾の動きで確認。
 自身は、動けずに芋虫と化しているブーンの襟首を鷲掴みにする。

( ;^ω ) 「ツンさん―――?」

ξ#゚听)ξ 「危ないから退いてて!!」

 魔法の力を全開にし、ブーンを一度ぐるりと振り回し、勢いをつけて遠くに放り投げる。
 落下と同時にブーンは屁のような声を吹いた。
 そのまま勢い死なず転がっていく。少々荒っぽかったが、距離は取れた
 これで巻き込む心配はないだろう。ツンちゃんはとても優しいのだ。

427 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:39:11 ID:28fNLYgo0

 しかし、同時に大きな隙も生まれた。
 投げ終りでバランスを崩すツンヘ、ィシの槍が横薙ぎに振るわれる。
 横に活路は無い。上か下か後ろか。

ξ#゚听)ξ 「ふぬ!!」

 風の魔法で強制的に体を仰け反らせ、後退。
 目の前を木の尖った切っ先が過ってゆく。
 風圧だけで鼻の先が折れそうだ。真面に受ければ頭が木端微塵になってしまう。

 ツンは後転しさらに距離を取ろうとする。しかし、追うィシはさらに速い。
 先ほどの攻撃の終わりから、小さめの歩幅で二歩。
 この間に武器を振るう準備を終える。

 ツンの背筋を、氷の舌が這い上がった。
 横へ転んだのは、本能的な反射でしかない。
 先ほどまでツンのいた場所に、ィシの一撃が振り下ろされる。
 空振った矛先は地面に叩き付けられ、地面を抉り、へし折れて土と共に炸裂する。

 今の回避はあまりの殺気に体が勝手に動いただけ。
 喰らわなかっただけで、実質負けのようなものだ。
 現にツンの本能は敗北を自覚し、逃走すべしとアラートを鳴らしまくっている。

ξ;゚听)ξ (本気どころの話じゃない……!)

 このまま避けるだけでは掴まる。
 しかし攻撃する気も無ければ、できるような隙も無い。
 ほぼ、詰みだ。

428 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:41:24 ID:28fNLYgo0

 再び迫るィシから全力で距離を取る。
 その際、ニョロの尻尾が激しく動く。合図だ。

ξ#゚听)ξ 「ニョロ!」

 ニョロが強化魔法『マリオット』を発動する。
 しかし、対象はツンでは無い。ィシだ。

 密度の高い風がィシの四肢に絡みつく。
 それにバランスを取られ、ィシの動きが大幅に鈍った。
 風の外骨格によって助力を得るこの魔法。
 他者に発動すれば拘束具としての利用もできる。
 完全に動きを封じることはできずとも、大幅に性能を抑えることは可能だ。

 しかし。

 ィシが体を大の字に開くと同時に、風の鎧が弾け飛んだ。
 集まっていた風が、ツンも巻き込んで方々へ散る。

 拘束が破られた。
 元来封印術などでは無いので強い反発を受ければ破られことは承知の上である。
 だが、まさかこんなにも早く、分解に頼らぬ力技の選択をしてくるとは。

 ツンは大きく体勢を崩す。
 外骨格の魔法が、同系統の魔法の破片に干渉されてしまい統制を失った。
 この隙をィシは見逃さない。

 身動きの取れないツンに、ィシが肉薄する。

429 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:43:00 ID:28fNLYgo0

ξ#゚听)ξ 「どっっっせええええええい!!!!」

 刹那、ツンは自らが纏う風をィシに向かって解き放った。
 その反動で後方へ飛び退き、間合いの確保を図った。

 だが、ィシは強風をものともせず、さらに数歩の踏み込みを追加。
 着地してバランスを崩しているツンヘ、中段突きを放つ。

 硬い感触が、ツンの肩を捉える。肉に食い込む、頑強な拳。
 骨が軋み、口から唾液と息が漏れた。風の余力で浮きかけていたツンの体は軽々宙を舞う。
 吹っ飛んだのは、逆にセーフだ。真面に喰らっていたら弾かれる前に体が砕けていただろう。

ξ;゚)ξ 「いっつぅぅ……」

 転がり受け身を取って這いつくばる。
 立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。
 拳を受けた側だ。折れた、とは違う。脱臼。幸だ。

 右手と体勢を利用して、無理やり骨をはめる。
 電流の通った木槌で殴られたような、独特の痛みに目がちかちかしたが、へたっている余裕は無い。

 立ち上がろうとして、左手に刺さったままの木片に気づく。
 そういえば抜いていなかった。痛みが無いので忘れていた。

ξ゚听)ξ (コレ、死んだみんなを操るのにつかったやつ?)

 麻酔を受けたように感覚が薄れている。
 皮膚の下に根を張られながらも気付かなかったのはそのせいだ。

430 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:44:10 ID:28fNLYgo0

ξ゚听)ξ 「……あ」

 声を漏らすと同時、自分の影に別の影が重なるのに気付いた。
 見るまでも無い。横に転がると、頭のあった場所にィシの足が突き刺さる。
 飛びのいて逃げる。ィシの目は、ツンを捉えて逃さない。

ξ;゚听)ξ (これ、もしかしたら……)

 肉薄するィシ。
 折れた槍の柄で脇構えからの突き。
 ツンは身を捻って何とか躱す。
 しかし、それで終わらない。ィシはさらに一歩前へ。
 突き出した腕を開く形で、ツンが逃れた方向へ払う。

 既に体勢は崩れている。
 ささくれた木の先端がツンの肩を薙いだ。
 強引な連撃だ。力は万全でない。ただし、あくまで剛力を誇るィシにしては、という話。

 シャツを裂かれ、体を捻られながら、ツンは吹き飛ばされた。
 地面を転がる。ダメージが大きい。すぐには動けない。
 ィシが一呼吸で体勢を整え、ツンの脇腹を蹴りあげる。
 ニョロが防壁を張った。防ぐためでなく緩和するためだ。
 体が浮いて転がされた。内臓がせり上がるが、何とか体内に押し留める。

ξ;゚)ξ (ダメだ、悩んでる暇なんて無い)

 地面に爪をたて、踏ん張る。
 伸びをする猫のような体勢。
 ツンは、立ち上がるでも、武器を構えるでもなく、手の甲から生える木の礫を鷲掴んだ。

 そして。

431 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:46:12 ID:28fNLYgo0

ξ#゚皿゚)ξ 「ふんっ……ぬっ!!」

 力強く引っこ抜く。

 皮膚が破れ血が溢れ出した。
 失せていた傷みが、再燃した火のように神経を駆けあがる。
 血に塗れる根には、付着した脂肪の粒。

ξ゚听)ξ 「……」

 自身の血と肉片がこべりついたそれを、ツンは睨みつけた。
 この木片は、人の神経に介入する。
 死人の頭に刺されば生き返ったかのように再び動き出すし、生きている人間に刺されば感覚を奪う。
 そして恐らくはィシ本体の意識とリンクしている。
 確証こそないが、自律していたにしては統率がとれ過ぎていた死体を見ても間違いは無いだろう。

ξ゚听)ξ (原理は知らないけど、じゃあ……)

 襲い来るィシを転がって躱す。視線は礫に向けたまま。
 ツンはその場に膝立ちで、礫を両手で握りしめた。
 鋭利な先端を自分の方へ向け、頭は後ろへ仰け反り勢いをつける。
 そして、覚悟を固める。あるかも分からない可能性の為に。

ξ#゚听)ξ (こっちからの干渉だって、出来たっていいでしょ!!)

( ;^ω^) !!??

 自らの手で、木片をこめかみに突き刺した。
 頭中に音が響く。鋭い痛みと鈍い痛みの二重苦が、意識を激しく揺さぶる。
 先端が頭蓋に触れる感触があった。
 根が皮膚の下を這ってゆく感覚も、すぐにぼやけて認識できなくなったが、あった。

432 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:47:37 ID:28fNLYgo0
 ィシが迫った。
 ツンはこめかみに両手をあてたまま、俯いている。

 振り上げれれる槍。
 濁ったィシの目に映っているのは、ツンでは無い。
 壊さなければならない肉の塊だ。

 容赦も情けも一切ない。
 ただこの槍を突き刺し、殺し壊し、己の肉と―――

ξ# )ξ 「止まれ!!!!」

 振り下ろされた槍。
 空気が爆ぜる。
 目に見える波紋となって空間をしびれさせる。

 木の葉が舞った。
 血が一筋、尾を引いて落ちてゆく。
 槍の先端は、止まることなくツンの体を貫いた。


 ただし、耳の、ほんの少し皮膚よりも深いだけのところを。
 僅かな血の付いた槍は、ツンの頭に添うように止まっていた。
 握りしめるィシも、ただの木になってしまったかのように、動くのを止める。

〈:: − 〉

 静かな時間が唐突に訪れる。
 雨に塗れた森は、風に舞う木の葉もなく、ただただ静寂だった。

433 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:49:37 ID:28fNLYgo0

 ィシは戸惑っていた。
 不可思議な憎悪を放つだけの肉塊だったこれが、突然見知った少女に変わった。
 彼女を殺すわけにはいかないし、攻撃するなどもっての他なのに、なぜ自分は槍を突きつけようとしていたのか。

 俯いたツンの上半身がゆっくりと起きる。
 それに合わせてィシも槍を引いた。

 完全に顔が上を向いて、顔を合わせた。

 ツンのこめかみには、角のような木が生えていた。
 皮膚の下に根が広がり、それが脳のあたりにまで及んでいることは、なぜか考えるまでも無くわかった。

ξ 听)ξ 「ィシさん」

〈:: − 〉 「……ディレー……トリ」

( ;^ω^) (喋った!!!)

(;'A`) 『馬鹿な!あの状態じゃ意識なんて……』

 ィシの左手が伸びて、ツンの頬に触れた。
 慈愛に満ちた手つきでツンの顔に付着した泥を拭う。
 先ほどまで満ち溢れていた敵意は、一切消えていた。

ξ゚听)ξ 「……倒すよ、ィシさん。あいつを。そして、全てに片を付けるの」

〈 ::゚−〉 「……ァア」

434 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:50:58 ID:28fNLYgo0

 ィシが槍をクルリと回し、向き直る。
 ツンと共に睨む視線の先に居るのは、

(//‰ ゚) 「どういうコった。完全に理性はトんだと思ったンだが」

 サイボーグ、ヨコホリ=エレキブラン。
 ここまでの間に傷の修復を終えた彼は、最も万全に近い状態で立っていた。
 逃げるつもりだったのか、失神した逆さ男を抱えている。

(//‰ ゚) 「悪いなディレートリ、そいつの相手は割に合わン。五月蠅いのも大人しくなったし、俺はトンズラ……」

 手をひらひらとさせて余裕を見せていたヨコホリの胸に、木槍が突き刺さる。
 ィシが投げたのだ。ブーンですら一瞬見失うほど速く、鋭く。

(//‰ ) 「ガッ……」

 よろけ、担いでいた逆さ男が地面に落ちた。
 槍はヨコホリの胸の中心を背中まで貫通している。
 常人なら確実に致命傷。即死であってもおかしくは無いが、彼は倒れない。
 笑みにも取れる形相で歯を食いしばり、槍を引き抜く。

 吹き出していた血はすぐに収まった。
 鋼鉄の繊維が破れた皮膚の間から覗くも、すぐに塞がって見えなくなる。

(//‰ ゚) 「どういう訳かはしらンが、俺に取っちゃ嬉しくない事態になった見てえだな……」

435 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:53:22 ID:28fNLYgo0

 腕を構えるヨコホリ。
 風が生み出され、魔法弾が複数射出された。
 しかし、この全ては霧散して消える。
 ィシの胸元で、シーンが目を光らせている。ブーンに受けたダメージはほとんど回復してしまったらしい。
 他の頭も、僅かではあるが動き、ヨコホリを睨みつけている。

ξ ゚)ξ 「ィシさん、思いっきりやっちゃって」

 ツンへの返事は、そのまま行動となって表れた。
 高い身長を活かした高速の駆け足で、ィシはヨコホリへ肉薄する。

 ヨコホリは一歩前へ出て迎撃の体勢。
 魔法は発動する様子なく、あくまで拳を主体に戦うつもりのようだ。

 対しィシは急激な減速。
 あと数歩と言うところで、振り上げた足を地面に叩き付ける。
 大地が揺れ、鼓膜が痺れる。しかし、ィシの目的は震脚による牽制などでは無い。

(//‰ ゚) 「!?!!?」

 ィシの足が突き刺さった地面から、木の蔓が飛び出し、そのままヨコホリに絡みついた。
 槍を作るのと同じ原理だ。地面の有機物に干渉し、変形させて操った。
 予想外の攻撃にヨコホリは対応は後手となる。
 鋭い手刀で切り払うが、続けて襲い来る蔦の猛襲にあっけなく体を絡め取られる。

( ;^ω^) (あんな使い方出来たのか……!)

 肝が冷えっぱなしである。
 もしブーンに対して同じことをされていたら、さらに苦しい戦況を強いられただろう。

436 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:54:46 ID:28fNLYgo0

 木の蔓は、ィシの元のみならずヨコホリの傍からも生え出し、密に絡まってゆく。
 いくら剛力を誇るヨコホリであってもこれだけ束縛された状態からの脱出は困難。
 魔法で吹き飛ばそうにも、腕が明後日の方向に向けられているため狙いが定まらない。

 ヨコホリの拘束が済み、ィシは足を引き抜く。
 すぐに接近はせず、ゆっくりと近づいた。

(//‰ ゚) 「こんの、糞アマァ!!」

 拳の届く間合い。
 蔓はヨコホリの顔までは覆っていない。つまり、ここ以外に攻撃する部分はほぼない。

 ヨコホリが腕を固定されたまま風の榴弾を放つ。
 通常の物に追尾性をプラスした特殊弾。
 宙空に放たれたそれは弧を描き、ブーメランのように転回。
 拳を構えるィシの頭部を狙う。

 だが、これだけ悠長に飛んでくる魔法をシーンが分解できないわけがない。
 魔法は全て消え、ィシを止めるものは何一つなくなった。

 全身を使った伸びのある拳が、ヨコホリの顔面をとらえる。
 拘束され、衝撃を逃がすことさえできないヨコホリ。
 凄まじい金属音が鳴り、響き何かの破片が宙を舞った。
 鼻と頬が陥没し、引いたィシの拳に血が糸を引く。

 これで終わりでは無い。
 左右を入れ替えるように左の拳。
 今度はフックのかかった軌道でヨコホリの顎を横に跳ね上げる。
 頭が捩じれ、首の骨が千切れる音が、離れたブーンの耳にも聞こえた。

437 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:55:57 ID:28fNLYgo0

 まだまだ終わらず。
 さらに半身を切り替えての拳打。
 前の攻撃をそのまま予備動作に繋げた、大きな振りかぶりの打ち下ろし。
 もはや耳に馴染みそうな金属音に、肉の水っぽさが混じる。
 粘度の高い血が飛び散り、雨に飲まれて地に落ちる。

 さらに追撃。
 しっかりと体勢を整え、左の拳を腰元に。
 はちきれんばかりに力を蓄え、力強い踏み込み。
 全身の体重を乗せた正拳突きが、ヨコホリの頭部をまっすぐに打ちぬいた。

 一連の攻撃に、蔓の方が耐えられず引き千切られる。
 ヨコホリの体が投げ出され。血の尾を引いて地面に転がった。
 すぐに動き出す気配は無い。しかし油断もできない。
 彼は、巨体であった猪状態の拳での圧撃にすら耐えきった。
 頭部をピンポイントで破壊したとはいえ、生きている可能性は高い。

(;'A`) 『心なしか、やり口がテクニカルになってねえか?』

 ドクオの言う通りだ。
 ィシの攻撃は元から力任せというわけでは無かったが、
 それでも組み合わせや用法においての知性がやや欠如している印象があった。
 あくまで僅かな隙程度の単純さではあったのだが、それがさらに小さくなっている。

438 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:57:32 ID:28fNLYgo0

 ィシは拘束に使っていた木の蔓の塊に触れた。
 蔦がずるずると渦を巻き、一つの木へと変化してゆく。
 出来上がったのは巨大な槌。体を丸めた大人一人程に大きいそれを、ィシは軽々と持ち上げた。

(//‰ ゚) 「ガッァ……てめえ……!!」

 横に薙ぐ。
 起き上がろうとしたヨコホリの体は跳ね飛ばされる。
 実に軽々だ。
 鋼鉄を纏うヨコホリはかなりの重量があるのだが、ィシの前ではただの人間と大差ない。

 振り切った槌を難なく制動し、ィシはヨコホリを追う。
 ヨコホリは修復も間に合わず動作が緩慢。
 起き上がりかけの胴に、高い位置から巨大な木の槌が叩き付けられた。

 槌の衝撃が土と水を爆発させ、高く舞い上げる。
 潰されたヨコホリの体は地面へ押し込まれ、はみ出した四肢が槌を抱くように跳ねあがる。
 強烈な音だ。地崩れの一つ、すぐに起きてもおかしくは無い。

( ;^ω^) 「ツン、これは一体……」

ξ )ξ 「……ちょっと、黙ってて。気を抜くと、私まで飲まれそうなる」

 立ったまま傍観していたツンだったが、体をよろめかせ膝をついた。
 額の木がさらに大きくなっている。
 表情も非常に苦しそうだ。脂汗を滲ませ、土を握りしめて耐えている。

 怪我のせい、では無いだろう。
 時折プルプルと震えているあの木が、ツンに何かをしているのだ。

439 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 22:58:58 ID:28fNLYgo0

(;'A`) 『……まさか、あのバカ!!』

( ;^ω^) (何、なんかわかったのかお?)

(;'A`) 『あの木だ。ツンの奴、あの木の機能使って、逆に本体に干渉してるんだ』

( ;^ω^) (そんなこと出来るのかお?)

(;'A`) 『じゃねえと、いきなり自我を取り戻した理由に説明がつかねえ』

 ドクオの予想はおおよそ正解だった。
 ツンの頭に刺さっているのは、本体と交信するための呪具の断片だ。
 主にィシの側からの命令を伝えるためのものだが、操られている側の五感の送信も行われている。
 ツンはこの機能を用いてィシの精神に逆介入。
 呪具の精神汚染に飲まれたィシ本来の意識を呼び起こした。

 しかし、簡単な話では無い。
 干渉に耐え、逆に干渉するだけの精神力が必須となり、激しい消耗を生む。
 しかも、一度救えばそれで終わりともいかず。

 既に呪具の効力は限界近くまで発揮されており、ツンが介入を辞めた時点で状態は逆戻り。
 彼女が自我を持ってヨコホリと戦っていられるのは、呪具の精神汚染が妨げられているから。
 ツンはフィルターだ。精神汚染を無くしたのではなく一時的に肩代わりしているだけ。
 今彼女が意識を失うなどすれば、ィシは再び理性のない魔物へと化す。そして今度こそあらゆる対象を蹂躙する。

440 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:00:54 ID:28fNLYgo0

ξ )ξ 「……くっ、は」

 木の角が根を深めてゆく。
 物理的に脳へ侵攻して干渉を容易くしようとしている。
 ツンは根の周囲に自身の魔力を集め抑制する盾としているが、やはり魔女の呪具の方が馬力は上だ。

ξ )ξ (もう少し……もう少し……)

 ィシは執拗に木の槌をヨコホリに叩き付けている。
 接触面には血がこべりつき相当に破壊されていることを物語っていた。

 シーンが分解するよりも、安全で確実だ。
 ヨコホリの魔法攻撃は初動が早く、彼の性格もあってタイミングが読めない。
 ィシの力で止めを刺せるのならば、シーンは魔法の警戒に回る方が安全。

ξ )ξ (せめて、此奴を倒さないと)

 もう何十と殴っただろうか。
 ヨコホリの反応が希薄になったのを確認し、木の蔓でその体を持ち上げた。
 四肢がだらりと垂れ、鋼鉄の体の隙間からは血が流れだしている。

 戦闘不能だ。むしろまだ微かに息があるのが脅威である。
 体を見ると、肌の下に金属の繊維が張り巡らされており、これでいくらかダメージを緩和していたのだろう。

(//‰ ) 「が、ハ……、」

 ヨコホリの右腕が動いた。
 即座に蔓が巻き付き、拘束。放たれた魔法は全く関係の無い方向へ飛んでいった。

 ィシが落ちていた剣の一つを、木の蔓で手元へ引き寄せる。
 これで首を落とす。いくら生命力が強くとも、頭と胴を切り離せば生きてはいられまい。

441 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:02:44 ID:28fNLYgo0

 両手で剣を構え、振りかぶるィシ。
 体を捩じり力を溜め、足を振り上げる。

 踏み出す足。
 前へ移動する重心。
 力は鋼の切っ先に乗り、空気を割いてヨコホリの首へ。

(//‰ ) 「……ナァ、ィシ=ロックス」

 ヨコホリの首を捉えた剣が、耳に痛い音を立てて折れ飛んだ。
 切っ先がクルクルと回り、ひっくり返った切り株に突き刺さる。

(//‰ ) 「そんな呪具で、本当に俺を殺せると思ったのか」

 ヨコホリの首が、鋼になっていた。

 正確には、鋼鉄に覆われていた。
 右腕の鎧状のものとは異なり、編まれた繊維が皮膚のように体に張り巡らされている。
 これが、斬撃を弾き、砕いた。

(//‰ ) 「お前はよ、あくまで人間として俺に立ち向かい、人間として死ぬべきだったんだよ」

 仮面の右目が魔法陣を宿し赤く輝いていた。
 濃く、不気味で鮮烈な魔力の波が、漏れ出し空気を犯してゆく。
 ィシは咄嗟に後退。
 明らかに、これまでとは違う。

 ヨコホリを拘束していた木の蔓が黒く変色し崩れ落ちた。
 露わになった彼の体は、首から広がる鋼鉄の皮に覆われて行く。
 破壊しつくした顔面も、鉄線が内側に張り巡らされることで瞬く間に再建された。

442 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:04:31 ID:28fNLYgo0

(//‰ ゚) 「見てみろ。化け物になって、分別も理性も無くし」

 ヨコホリが前へ。ゆらりと、倒れるような力みのない動きだった。
 消えたと見紛うほどの速さでィシに肉薄し、反射的な抵抗をすり抜け、その首を掴み上げる。
 圧迫された木の肌が割れて捲れ、鋼鉄の指が深々と食い込んだ。

(//‰ ゚) 「自分の半分も生きていねえガキに、体を張って支えられているてめえの現状を」

 ィシの手は、ヨコホリの腕を掴み外そうとしたが、すぐに思考を切り替え攻撃に転じる。
 ダメージは皆無。逆にィシの手に罅が入る。
 繰り返し何度も拳を叩き付けるも、悪あがき程度の効果すら見えない。

(//‰ ゚) 「俺はお前が怖かったんだよ。気概と冷徹さについちゃ、他の雑魚とは一線を画してた」

(//‰ ゚) 「そんなお前が、意志を抜き取った木偶になって何が出来る。力だけに縋り頼って、何が出来る」

 ィシの首が音を立てて歪む。
 鷲掴むヨコホリの指に、一切の容赦はない。

ξ#゚听)ξ 「おらぁぁぁあ!!!」

 ツンが、真横からヨコホリに飛び掛かった。
 狙いは首。全体重を乗せたナイフで、あの鉄の皮を破る。
 ぶつかり合う鉄と鉄。毀れたのは、ツンのナイフのみ。
 ヨコホリの方には、僅かに引っ掻き傷がついたかどうかといった状態。

 着地したツンは、諦めない。
 屈んだ姿勢から、そのまま脇腹へナイフを向ける。

444 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:07:59 ID:28fNLYgo0

 ヨコホリは、乱雑にィシをツンヘ投げつけた。
 二人は共に吹き飛ばされ、地面を滑る。

(//‰ ゚) 「なあ、ディレートリ。そんな奴の為に体を張るのはよせ」

ξ゚听)ξ 「黙れ」

(//‰ ゚) 「そいつは諦めたんだよ、自分の力で戦うことを。お前が、その体を侵されてまで庇う価値はねえ」

ξ# )ξ 「黙れ!!」

 ツンの怒声に合わせ、ィシが立ち上がる。
 大きく開く口から吐き出される雄叫び。
 木の破片や、戦闘に巻き込まれて損壊した死体のパーツが地面から飛び出し、ィシへ飛来。
 損傷した個所が修復され、死体の比較的新鮮な肉を吸収する。
 補給は十分。ィシは自ら前へ出た。

 飛び上がってからの、蹴りによる首刈り。
 ヨコホリは防御をせず、そのまま受け止めた。
 響く打撃音。激しさとは裏腹、ヨコホリは微動だにしない。
 代わりに、超至近距離から魔法弾を放つ。

 飛びのきながら分解。
 しかし、立て続けに放たれる魔法にやや押され始める。
 一つ一つの威力が上がり、連射の間隔も短くなった。
 分解に頼り切るのは危険だ。
 直線的に狙われれば応対できるが、奇手を打たれた時点で詰む可能性がある。

445 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:09:36 ID:28fNLYgo0

ξ゚听)ξ (打撃も、斬撃もあの体の前には通用しない。なら……)

 生命魔法の分解。
 元々ィシが切り札としていた手だ。
 しかし、魔法攻撃が激しすぎてその隙が一切ない。
 ィシの足で回避し続けられればいいが、この乱撃の前では困難を極める。

 ヨコホリが右手の狙撃を続けながら、左手を大きく振りかぶった。
 鉄の繊維で作られた鉤爪が、空気の揺らぎを湛える。

(//‰ ゚) 「ァァ!!」

 何もない空間を爪で切り裂く。
 生み出された真空が空気を掻き乱し、風の刃となってィシを急襲した。
 
 指と同じ、五つの風の刃。
 迅い。すべての分解は間に合わない。範囲が広く、横への回避も間に合わない。

ξ゚听)ξ 「ッ!!」

 ツンとシーンの判断は必然的に一致した。
 風の刃の内、内側の二本を分解。
 余波の風だけになったその空間をへ、ィシは体滑り込ませるように跳躍。
 体表のささくれが削れるほどの場所を、必殺級の鎌鼬が過ってゆく。
 回避に成功し、着地。続けて襲い来る風の爪も、紙一重のところをすり抜ける。
 
 せめてもの足しになればと吸収した死体の残骸は、意外にもィシの膂力を大幅に回復させてくれた。
 元々のィシの戦闘センスも込みで考えれば、十分渡り合える。

 問題は、どう殺すか。
 これは、ツンに一つの案があった。

446 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:11:19 ID:28fNLYgo0

ξ゚听)ξ (何とか時間を……でも、逃げに回れば限界が来る)

 さらなる追撃を待たず、ィシは地面を蹴って前へ。
 ヨコホリは相変わらずの余裕。ィシの接近にも一切動じない。

 喰らっても大したことは無い。
 そう考えているのだろう。それが甘い。
 それがありがたい。

 ヨコホリが手を突き出す。当然の流れで魔法弾が生み出される。
 この瞬間に、ィシは最大限の加速を行った。
 限界まで体を前にのめらせ、地面を足で深く蹴り抉る
 魔法弾の発射と同時に、ヨコホリの右腕を左の腕で横へ流す。

 懐を、取った。

ξ#゚听)ξ (……見よう見まねで……“門通し”!!)

 右の掌底を腰元に構える。
 上半身を捩じり、腕を固め、体重を乗せ、防御を一切取らないヨコホリの鳩尾へ。
 インパクトの瞬間に腕を捻り、突き出す。
 ィシからヨコホリへと伝わったゆったりとした力の波は、鋼鉄の皮膚と反発しあわず、

(//‰ ) 「ご、ガッ?!」

 波打つほどに衝撃となってヨコホリの体内を突き抜ける。

( ;^ω^) 「今の、」

(;'A`) 『ちと違うような気もしたが、ブーンの、杉浦の無刀技だよな?』

447 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:13:46 ID:28fNLYgo0

 そう、ィシは自らが受けたブーンの鎧通しの技を模倣してヨコホリに使用したのだ。
 単なる真似事では無い。
 外部から見ていたツンの記憶。自身と同化した兵士たち分の技を喰らった感覚と記憶。
 拳法の心得があった仲間の脳から抽出した経験。
 それらを用いて総括し再現するに足りうるィシの技量と、精密かつ力強い身体。

 すべてが噛み合って初めて、再現できた。

 鎧通しに揺らいだヨコホリだったが、すぐにィシを睨みつけた。
 倒れ掛かった体勢から、左腕で風の爪を放つ。

 広範囲を対象とする魔法だが、目の前であれば十分躱せる。
 仰け反って回避したィシは、追撃を諦め後転。
 無理に距離を取らずにすぐさま体勢を整える。

 しかし、厄介だ。
 効きはしたがやはり殺すには至らない。
 せめて、鎧通しを警戒してくれれば、時間稼ぎにもなるのだが。

 魔法弾による狙撃をやめ、ヨコホリは拳を構えた。
 一足で間合いを詰め、正拳の一撃。
 自らも打って出ようとしていたィシは、やむなくこれを受けた。
 両手を重ね盾とし、体を柔軟に力を吸収する。
 それでもなお、衝撃はィシの体を突き抜けた。
 重さが違う。受けという選択肢は、極力避けなければならない。

448 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:14:47 ID:28fNLYgo0

 拳の打ち終り、ヨコホリは体を引かず、そのまま指を開いた。
 掌にぱっくりと空いた魔法の射出口が、ィシの胸を向く。

 即座に魔法が発動。
 超至近距離から魔法弾が放たれる。

 反射的に下がるィシ。一発目、二発目は辛うじてシーンが分解した。
 分解が間に合うか怪しかった三発目は、咄嗟に薙いだ右足で腕を左に弾いて回避。
 しかし安心している間は皆無。
 やや崩れた体勢の脇腹目がけて、風を纏ったヨコホリの左手が振るわれる。

 雷光の如き逡巡。
 シーンの対応は、早く、正確だった。
 指五本全部の消去は間に合わないと即座に判断し、減衰させる方向で分解を開始。
 ィシ本体は蹴った体勢からそのまま上半身で勢いをつけ、背を向けながら後方へ体を逸らす。

 風の刃は本来の威力を失い、向けられたィシの背中を引き裂いた。
 血飛沫が吹き出し、木片が宙に舞う。
 決して楽観できるダメージでは無い。だが、真面に喰らうよりははるかにマシ。

 ィシは回避の流れのまま両手を地面に突き、体を持ち上げ後転。
 一気に距離を取る。
 当然追ってきた魔法弾は全て分解し、傷を瞬く間に治癒させる。

(//‰ ゚) 「キリがねえな、大人しくさっさと死ね!!」

 ヨコホリの周囲に風が渦巻く。
 舞い上がった木の葉が一瞬で木端微塵になるのをツンは見た。
 魔力が大量に注がれた鎌鼬の魔法。
 それが、数え切れないほど大量に、まるで普通の風のように揺らめき渦を巻く。

449 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:16:04 ID:28fNLYgo0

 不味い。数が多すぎる。
 今も既に分解を開始しているが、流動的な上に次々生み出されるそれへの対処は、全く間に合っていない。

(//‰ ゚) 「飲まれろ!!」

 吹き荒む突風。
 目に見えるほどに密度を持った空気それぞれが、凄まじい切れ味を持つ刃となる。

 ィシは、横へ跳び、駆けた。
 この魔法を一つ一つ避けることなどできない。
 砂嵐の中で砂粒に当たるなと言っているようなものだ。
 その上、不規則な軌道。
 いくつかを分解して掻い潜るというようなことを出来るレベルでは無い。

 刃の嵐は、執拗にィシを追う。
 実際、ィシは逃げきれてはいなかった。
 辛うじて躱し、体を裂かれ、辛うじて分解し、体を刻まれる。

 膝を切り裂かれ足が鈍ったと同時に、ィシは風に飲み込まれた。
 幸いなのことに爪に纏わせて放つものよりも威力が低いが、それでも生半可なダメージでは無かった。
 仲間の頭部を守る様に体を丸め、体に木の鎧を纏って耐えるが瞬く間に削り剥されてゆく。
 いくらシーンが分解しようとしても、数が多すぎた。分解消去はおろか、弱体化ですら手が足りていない。

ξ;゚听)ξ 「くっ!」

 ツンはこれまで、シーンが楽に魔法の分解を行っていると思っていた。
 技術の限界はあるだろうが、可能な範囲でならば、何の問題も無くすべてをこなしていると。

 だが、ィシを通して思考をリンクさせて初めて分かった。
 彼はいつでも怯え、焦り、仲間を死地から救うために必死に魔法を分解している。
 既に解析を終え、即座に分解できる魔法であったとしても、至近距離で放たれるときなどは背筋が凍るようだった。
 今も、自分の力の無さに精神を焼かれながら、諦めずに殺意の猛風に立ち向かっている。

450 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:17:06 ID:28fNLYgo0

 どれほど続いたか、風が止んだ。
 ヨコホリの体は各部から湯気を吹き出している。
 魔法の行使を長く続けたからか、どこか疲労感が見えた。

 一方のィシは。

ξ;゚听)ξ 「ィシさん!!」

〈 ::゚−〉
 
 生きてはいる。
 しかし、全身いたるところに、「いくつも」という表現ですら足りないほどの切り傷。
 急速に再生を繰り返したが故に、傷の無い部位も歪に変質している。

 ダメだ。戦える状態じゃない。

 判断と同時にツンは援護に出ようとしたが、体が動かず唐突に固まった。
 呪具を通してィシがツンの体に干渉し、行動を制限している。
 同時に「動くな」という思念も伝わってきた。

 体を開きィシが立ち上がる。
 痛々しい姿だ。一応四肢は付いているものの、ほとんどが歪にひしゃげている。
 まるで、ただの木になってしまったように動きもぎこちない。

 ヨコホリの眼は、そんなィシを心から蔑む暗さを持っていた。

451 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:19:08 ID:28fNLYgo0

(//‰ ゚) 「…………もう、全く怖くねえな。今のあんたは、惰性で生かされるだけの死体だ」

〈::゚−゚〉 「…………そうだ」

(//‰ ゚) 「あ?」

〈::゚−゚〉 「お前の言う通りだ。私は魔女に、呪具に縋った。老い衰退してゆく身体を嘆いて、人間であることを辞めた」

(//‰ ゚) 「……」

〈::゚−゚〉 「実に醜い。実に醜いよ。この身体も、生も、縋りついた私の弱さも、恥じらいが過ぎて直ぐにも死にたいくらいだ」

〈::゚−゚〉 「だが、ただでは滅びん。お前は、お前が蔑む私の道連れになって、死ぬ」

(//‰ ゚) 「……やってみやがれ」

452 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:23:18 ID:28fNLYgo0

 ヨコホリが全身から魔力を溢れさせる。
 魔力は帯になり、捩じれ紡がれ光の糸になり、規則的な紋様を空中に描く。
 魔法式の展開。古典的な方法だが正確で異様に速い。

 シーンが干渉しようとしたが、すぐに弾かれる。
 妨害の魔法が組まれていたのではなく、単純に魔力が濃すぎてシーンの魔力が負けたのだ。
 こうなっては、組み上がってから解析して分解するしかない。

 しかし。

 瞬く間にヨコホリの背後に表れた巨大で緻密な魔法陣。
 恐らくは天叢雲と同格かそれを超える領域。
 しかも、ツンが扱う簡易化した劣化版ではなく、師が扱う本来の精度を持ったものだ。
 どんな魔法かまではわからないが、その場で分解できる代物では無い。

 少なくとも、シーン一人では無理だ。

(//‰ ゚) 「……俺がいっぺんに放出できる最大魔力の魔法だ。惜しみなく死ね」

 魔法陣が、激しく発光。
 青とも、緑ともつかない鮮烈な光だ。

 ィシが自ら前へ。
 しかし、攻撃する余裕も無く、魔法の余波に弾き飛ばされた。

ξ;゚听)ξ 「ィシさん!!逃げて!!!」

(//‰ ゚) 「“――――四風絶界”」

453 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:25:23 ID:28fNLYgo0

 瞬間、ツンの視界は白に包まれた。

 魔法陣から現れた四つ女性型の魔力の塊が、ヨコホリの目の前で邂逅。
 混ざり合い歪み膨らみ、縮み、女の悲鳴のような音を爆発させながら弾ける。

 白濁する衝撃の津波がィシを飲み込んだところまでは見えた。

 そのあとは、凄まじい衝撃波に吹き飛ばされ何が何だか分からない。
 耳が裂けるかと思うほどの轟音で耳は痺れているし、
 ロクに受け身を取られなかったせいでありとあらゆる場所が痛む。

 自分が這いつくばっていることに気づいて、ツンは顔を上げた。
 魔法によって乱された大気が、白い靄を生み出し、それがまだ残っている。

 ツンには何が起きているか全く見えず、風の凪いだ空間は、異様なまでに静かだった。

(//‰ ゚) 「……」

 靄が晴れはじめて見えたのは、変わらず鋼鉄を纏ったヨコホリの姿。
 そこから少しずつ前方へ視界が開けてゆく。
 地面が、巨大な杓子で掬ったかのように抉れている。
 それはィシが居た方向へ行くにつれて、深く広くなっていった。

 非情なまでの破壊力。
 木の根も何も関係なく全てが破壊されている。
 抉れた土の範囲は、家一つを吹き飛ばす程度の大きさでは済まない。

454 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:26:19 ID:28fNLYgo0

 だけれど。

 靄が完全に晴れたそこに、

〈::゚−゚〉 「……」

 ィシ=ロックスは確かに立っていた。
 目は爛々と赤く光り、ヨコホリをにらみつけている。
 体の数か所を損傷し、左腕の肘から先がなくなっていたが、魔法の威力を考えれば軽傷だ。

(;'A`) 『……ほんとに不死身かよ』

 使った本人を除けば、最もこの魔法を理解していたのはドクオだった。
 真空と超高気圧の暴風を異常な密度で共存させる、空間破壊の魔法。
 本来ならば絶対に存在しない気圧差の群れに飲み込まれれば、たとえ鉄でも原形を留めてはいられない。
 人や木などでは、跡形も無くなる。

 それを耐えた。超高速で再生したなんてレベルでは済まないはずだ。
 一体何が起きているのか。
 状況を理解できていたドクオだからこそ、まったく状況が理解できない。

(//‰ ゚) 「……何をしやがった。いや、『どうやりやがった』と、聞いた方がいいか?」

 見れば、深く抉れていた筈の地面が、ィシを境目に表面が浅く削られた程度になっていた。
 明らかに途中で威力が減衰している。
 こんなことを可能にするには、同等以上の魔法で対抗するか、分解するしかない。

 ヨコホリの魔法発動時、別の魔法が発動した様子は見られなかった。
 ならば、可能性はもう一つ。

455 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:28:40 ID:28fNLYgo0

ξ;゚听)ξ 「間に、あったんだ」

 ツンが地面に屁垂れ込んだ。
 絶望や諦めからではない。
 ただ、安心した。

 ィシの身体から吸収された頭たちが外へ伸びてゆく。
 最早頭骨と脳と目が辛うじて残っているような状態であったが、全てが間違いなく生きていた。
 虚ろな表情で、ィシから放射状に生える五つの頭。
 ィシ本人とシーンを合わせて脳は七つ。
 紅く輝く14の瞳が、ヨコホリを見つめる。

(//‰ ゚) 「……しゃらくせえ。せめて楽に死ねたのによぉ!!」

 なにが起こったかまでは理解できなくとも、魔法が通じなかったことはわかる。
 ヨコホリは前へ。
 頭の中に、拳でィシの頭を殴り砕くイメージを浮かべる。
 そしてそれは、今のヨコホリであれば難なく実行できるはずだった。

 突然、ヨコホリの動きが止まる。
 地面を蹴り、跳躍し、殴りかからんとするその一瞬前の動作で硬直し動けない。
 本人も何が起きているのか困惑の表情。

 理由も分からぬ内にヨコホリの胸に、赤い魔法陣が浮かび上がった。
 掌ほどの大きさ。どこか錠前を思わせる幾何学模様が描かれている。

 それを見るまでも無く、ヨコホリは叫んだ。
 気づいた。理解した。
 自分を蝕むその感覚を、ヨコホリは確かに感じたことがある。

457 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:31:07 ID:28fNLYgo0

(//‰ ゚) 「てめええ!!」

 辛うじて動いた右腕で、魔法の榴弾を放つ。
 目標は、人頭が咲く不気味な木と化したィシと同胞たち。
 しかし、瞬く間に消え失せる。続けて撃った数発も、発動すらしなかったかの如く消滅する。

 魔法の分解。
 この戦闘において当然の如く行われた繰り返されたその行為。
 しかし、この場においては、それは当然の域には無かった。

(//‰ ゚) 「やりやがった!やりやがったな!てめえ!!!」

 ヨコホリの胸の魔法陣が180度回転する。
 見た目の通り鍵が開いたかのように、その後ろから別の魔法陣が現れた。
 二つ目の魔法陣には、ツンもドクオも見覚えがある。
 ゴーレムの魔法の一部。つまりは、ヨコホリの命の片鱗。

(//‰ ゚) 「小僧の、魔法の知識を!!」

 二つ目の魔法陣は、構成する線がスライドパズルのように複雑に動き、模様を代えてゆく。
 数秒も眺めぬ内に、幾何学模様だったそれは、意味を感じさせない歪な陣に書き換えられている。

(//‰ ゚) 「他の頭に複写しやがった!!」

 ここまで叫び、ヨコホリは血を吐いた。
 胸の魔法陣は三つめが浮き上がり、それも瞬く間に形状が変化。
 怖ろしいスピードだ。シーンの分解はそもそも速かったが、その数倍の速さでことが進行している。

458 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:33:41 ID:28fNLYgo0

 全てはヨコホリの言葉の通りであった。
 ィシは呪具の同調機能を使いシーンの持つ「知識」「経験」「感覚」をその他の頭に複写。
 体内に宿る脳のすべてを、シーンと同等の魔法分解の使い手に仕立て上げたのだ。

 発案者はツン。
 自分自身が呪具の力を体感しているからこそ思いついた。
 直接感覚や記憶を共有できるのならば、魔法の能力も同期出来るのではないか、と。

 目論見は全てハマっている。
 様々な記憶の複合体としてのシーンの能力を同期他人に複写するのは時間を食ったが、それでも間に合った。
 ヨコホリの魔法を弱体化できたのもこのお蔭だ。

(//‰ ) 「がぐが、ぁあああああ!!」

 魔法陣は四つめ。
 ヨコホリは苦しみのあまり天を仰いで失神しかけていた。
 心臓を直接掴まれ、針を一本ずつ刺しこまれているような状態だ。
 その苦しみは想像し難い。

 しかし容赦はしない。
 シーン本人と合わせて六人で同時進行する魔法分解。
 ただ六人寄り集まったわけでなく、統制された意識を持ってそれぞれに役割を分担している。
 故に無駄もムラも無い。理想的な*6の速度を持って、ヨコホリの殺害は進められている。

 あと幾つ分解すれば終わりなのか、はたから見ているツンには分からない。
 意識を共有させればシーンが見ている魔法の解析図が見られるが、今は不要な干渉は避けたい。
 分解は繊細な作業だ。その上相手は魔女が施した高難度の魔法。
 のぞき見程度の意識の同調ですら妨げになる。

459 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:34:42 ID:28fNLYgo0

 分解は、七つ目の魔法式入っていた。
 書き換えを終えた魔法陣が、歪な形状でヨコホリの体の周りに浮いている
 噴出した血飛沫のようでもあり、彼岸花のようでもあった。

 六つ目に差し掛かったあたりから、一つにかかる時間が伸びている。
 シーン達の分解速度が落ちているのではない、魔法がより複雑な部分に食い込んでいるのだ。
 間違いなくヨコホリの命の根幹に近づいている。
 最期の瞬間は近い。

 七つ目の魔法陣が、ただの線の集合体へ変容した。
 同時にシーンはさらに深淵の魔法を引きずり出そうとする。
 が、これまでのようにすんなりとはいかない。
 最終セーフティのような、防護の魔法が組み込まれていたらしい。

 分解の対象が生命の魔法から防護魔法へと切り替わった。
 こちらもすぐに終わる。しかしこの間、ヨコホリは命を分解される苦しみから解き放たれる。

(//‰ ゚) 「クソアマぁぁあああああ!!!」

 ヨコホリが、ィシへ飛び掛かる。
 動きは精彩を欠いているが、膂力はまだ残っているようだ。
 対するィシは先のダメージにより、まともな戦闘力はほぼ失っている。

460 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:36:50 ID:28fNLYgo0

ξ#゚听)ξ 「ニョロ!!」

 自分の体が封じられて居るからこそ、ツンはニョロに魔法を組ませていた。
 障壁の魔法がィシとヨコホリの間に生み出される。
 突然の障害にヨコホリは衝突し、攻撃は未然に防がれた。

 これで十分。

 障壁を破ろうと拳を振り上げたヨコホリの身体から、八つ目の魔法陣が引きずり出される。

(//‰ ) 「こぁ、が」

 これまでの物からさらに異なる、異様な文様。
 ツンの知る魔法陣のパターンのどれにも当てはまらない。
 ただ、存在そのものが痛烈に印象付けてくるので、はっきりとわかった。

 これが、ヨコホリの生命そのもの。
 幾重の魔法に守られ、庇われ、維持されてきた最後の魔法。

 ヨコホリの絶叫。

 魔法陣が激しい火花を上げる。
 分解に、シーンの干渉に魔法自体が反発しているのだ。
 構わず半ば強引に魔法の分解は続く。

 耳の奥に直接触るような、甲高い音が鳴り始めた。
 ヨコホリの叫びに紛れ乍ら、その大きさは徐々に増してゆく。
 悲鳴だ。魔法が死に浸食され、怯え、泣き叫んでいる。

462 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:39:35 ID:28fNLYgo0

 ヨコホリの体が、周囲に乱雑に伸びる魔法陣のなれの果てが、強烈に発光を始めた。
 伴って耳障りな音はさらに大きさを増し、地震が起きたかのように大地が震動する。
 天へ伸びる紅い光は直視できないほど強くなった。
 ツンはたまらず顔を背ける。

 しかし、最後、瞼が瞳を隠すその直前に確かに見た。
 ヨコホリの魔法陣に、大きな罅が走る瞬間を。

(//‰ ) 「――――――ッ!!」

 瞼を貫く鮮烈な光。
 金属が割れ弾ける、甲高い音が響き渡る。
 やけに濃厚な温い風がツンの髪を靡かせた。

 それを境に周囲は一転静寂に包まれる。

 ツンは、恐る恐る目を開けた。

ξ;゚听)ξ 「……やった、んだ」

 ヨコホリは、完全に停止していた。
 分解される苦しみに悶え、天を仰ぎ絶叫したままの姿で、ピクリとも動かない。
 空中には完全に散り散りになった魔力の残滓が、羽毛のように漂っている。
 シーンが探りを入れる。拍動、呼吸共に停止。
 死んでいる。
 
 ィシは、目の前に居るヨコホリの身体を、腕で思いっきり薙ぎ払った。
 硬い音。転がる鋼鉄の身体。余りに強く殴ったため、ィシの腕は砕けてしまった。
 転がったヨコホリはやはり動かない。
 見開かれた目は白を剥いたまま、薄曇りの空を見ていた。

463 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:40:50 ID:28fNLYgo0

( ;^ω^) (……確かに、あの人の目的は、達成されたのかもしれない、でも)

(;'A`) 『問題は、ここからだな』

 ヨコホリ討たれた今、この場にィシを倒せるものはいなくなった。
 再び凶暴化すれば止める手段は無い。
 ツンが呪具の力を逆手にとって抑え込むのも、必ず無理が来るだろう。

 が、ツンとィシの間ではそれは既に問題では無くなっていた。
 
 ィシの身体から生えていた兵士たちの頭が、根元から千切れて地面に落ちる。
 一つ、一つ。人の頭部にしては軽い音と共に、落ちて死ぬ。
 その顔はどれも穏やかで、呪縛から解き放たれた仏のようであった。

ξ゚听)ξ 「……」

〈::゚−゚〉 「……あとは、頼んだ。ディレートリ」

ξ )ξ 「……“大地薙ぎ、灘を断つ―――”]

 シーンが笑顔を見せた後に身体から剥離し、地面へ。
 これで残りはィシだけとなった。
 ィシは、自分の体を木の蔓で何重にも拘束してゆく。
 ミノムシのように、たとえツンの干渉が切れても、すぐに動き出せぬように。

 こうすると決めていた。
 ィシが自我を取戻し、状況を把握したその瞬間に。

 もう戻ることのできない人の身。
 無差別に破壊を繰り返す魔物の躰。

 ならばせめて、怨敵を討ち滅ぼしてから、己の命を絶つと。

465 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:41:33 ID:28fNLYgo0

〈::゚−゚〉 「魔法の発動と同時に、その『芽』を君の脳から外す、そうしたら……」

ξ )ξ 「大丈夫。苦しまないよう、一瞬で終わらせるから」

 本当は、ィシが全て自分でやると決めていた。
 剛力を持って頭を破壊すればすべてが終わることは自分でよくわかっていた。
 しかし、想像以上に苦戦を強いられたため、それすらできないほどに消耗してしまっている。

〈::゚−゚〉 「……ありがとう、ディレートリ。キミのお蔭だ」

ξ )ξ 「“天突く刃は、勇士の証―――”」

〈::゚−゚〉 「人としての生を捨て、それでも成すことの出来なかった復讐を遂げられたのは、すべて、君の」

ξ )ξ 「“邪より生まれし聖(ヒジリ)の剣よ―――”」

〈::゚−゚〉 「そして、すまない。嫌な役回りをさせることを、許してくれ」

 既に死を覚悟した顔で、ィシはポツポツと言葉を漏らした。

 ツンは、聞こえないふりをして、魔法を紡ぐ。
 いつもはあれほど面倒で、難しくて、上手くいかなくて苛立っている魔法式の展開が、こんな時はやけに上手くゆく。
 どこかで失敗すればいいのに。魔力が途中で切れてしまえばいいのに。
 自分自身で止めるわけにはいかないから、止むを得ない何かで、止まってしまえばいいのに。

ξ )ξ 「“曇天導き、今我が元へ参らん―――”」

 願いは虚しく、今までのどんな状況よりも美しい魔法式が出来上がってゆく。
 故に魔力の消耗もいくらか抑えられ、残りの仕上げを終えればすぐにでも発動が可能となる。

466 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:42:52 ID:28fNLYgo0

ξ )ξ 「“―――来い”」

 天井で蜷局を撒く濃密な雲が、八つの滝となってツンに降り注ぐ。
 渦巻き、集い、濃密な水と風の塊となってツンの手に。

        アメノ
ξ )ξ 「“天―――」


 パシン。


 雲が剣の形を成そうとしたその時、俯いていたツンの耳に、その音は聞こえた。
 僅かに遅れて、何かが体に降りかかる。
 木端と、生暖かい黒の雫。
 反射的に顔を上げた。
 目に移るィシの顔。

 それは、左側の半分が抉れて無くなっていた。

 何が起きたのか分からず、全ての思考が停止した。
 ィシ自身も、残った半分の顔が、鼻と口から血を溢しながらも呆然とした表情を見せている。

 ィシが、振り返ろうとする。
 その瞬間に残りの頭も弾け、血飛沫に変わった。
 呪具によって変質した黒い血が、ツンの顔にぴしゃりと張り付く。

( ;゚ω゚) 「ツン逃げろッ!!!」

ξ;;听)ξ 「え?」

 続けて起きる数度の爆発と共に、次々とィシの身体が木端と肉片に。
 砂で出来た像のように脆く、ツンの目の前でィシが消えて行く。
 爆ぜた木片が頬を掠め、皮膚を切り裂いた。

467 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:44:35 ID:28fNLYgo0

ξ;;听)ξ 「―――あ」

 無くなってしまう。
 反射的に、ィシの身体へ手を伸ばそうとする。

 しかし、何者かに飛びつかれ、妨げられた。
 尻餅を突き、抑え込まれて身動きが取れない。
 手を伸ばしたが届くことは無く、ィシの身体は足首から下を遺して、完全に塵となった。

ξ;;听)ξ 「なに―――」

 混乱するツンは、二秒間を置き、自分の頭が熱い血液で膨らんでゆくのを自覚した。
 見えてしまった。その男が。

 右腕を構え、こちらを睨むヨコホリ=エレキブランの姿が。

(//‰ ゚) 「……ざまァ、見やがレ」

ξ#;;听)ξ 「あ、あ、あ、ああああああああああ!!!!!」

 ツンが叫ぶ。
 自分を抑え込んでいた誰かを強引に押しのけ、体の痛みも忘れ、地を蹴った。

ξ#;;听)ξ 「“天叢雲”!!」

 剣と化した、高密度の雲。
 しかし、半端な発動状態を続けたツンの魔力は既に限界だった。

468 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:46:03 ID:28fNLYgo0

 天叢雲は霧散し、ツンは激しい眩暈と吐き気でその場に膝をついた。
 しかし、闘志は、怒りは萎えない。

 ふらりとよろけるヨコホリを、ツンは睨みつけた。
 涙を、鼻水を、涎を、垂れ流しながら、言葉にならない叫びをあげる。

 なぜ、なぜ生きている。
 シーンたちの分解は完全だった。
 体の生体反応も消失しているのを確認した

 だから、ィシは仲間たちを呪いの生から解放した。
 自らの命を、なるべく人に近い状態で終わらせようとした。

 なのに。

(//‰ ゚) 「……俺が、俺が、散々命を狙われて、なンの対策も練らねェと、思ってたのか?」

(//‰ ゚) 「正直、本当に、必要になるとは思って無かったがナァ……」

469 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:47:06 ID:28fNLYgo0

 ヨコホリの胸には、掌程度の青い魔法陣が浮かび上がっていた。
 最後に分解した生命の魔法にそっくり、あるいは丸写ししたような紋様。

(//‰ ゚) 「独立した場所に、此奴を仕込んでおいたンだよ。死んでから二分後に作動するようにしてな」

 力ない顔で、グググと笑う。
 通常よりもはるかに弱弱しい。
 が、生きている。
 死んでいない。

 その事実は、ツンの脳をあらゆる負の感情で埋め尽くした。

ξ#;;;;;;゚)ξ 「殺す!」

(//‰ ゚) 「吠えるなよ、ディレートリ。俺だって、死にたかねえのさ」

ξ#;;;;;;゚)ξ 「殺す!!」

 魔力切れで動かない体を、強引に立たせようとするが、すぐに地面に伏した。
 歯を食いしばる。
 体は応えない。
 ヨコホリは、無機質な目でツンを見下ろす。

 ニョロがツンに変わって空弾を放ったが、ヨコホリの腕に軽く払われた。

470 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:47:55 ID:28fNLYgo0

〈;;(。个。)〉 「……ヨコホリ」

(//‰ ゚) 「……やっと起きたか。肝心要の時に居眠りこきやがって」

〈;;(。个。)〉 「すまない。……全て、片付いたのか」

(//‰ ゚) 「一応はな。お前の望み通り、アレが街をおそうこたァねェ」

 気絶していた逆さ男が覚醒した。
 頭を押さえ、気分がすぐれない様子だが足取りはしっかりしている。
 服は数か所破れていたが、こちらも命を奪うレベルまでは至っていなかった。

〈;;(。个。)〉 「了解した。あとは引くぞ。街の方は大五郎の応援が着いたようでもあるし、長居は無用だ。」

(//‰ ゚) 「願ったりかなったりだな」

〈;;(。个。)〉 「俺はイナリを持ってゆく、お前はフォックスを……」

ξ#;;;;;;゚)ξ 「待て!!」

〈;;(。个。)〉 「……行くぞ。こちらにまで増援が来られたら、不味い」

(//‰ ゚) 「つーわけだァ、ディレートリ。俺に会いたかったら、いつでも来ナ」

 逆さ男と、ヨコホリは、気絶した二人の仲間を担ぎ、足早に山を駆けて行く。
 二人とも本来よりもかなり弱っているが、足取りに特別問題は見られなかった。
 増援や救助の類が来る頃にはとっくに逃げおおせているだろう。

473 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/09/14(日) 23:53:40 ID:28fNLYgo0

ξ#;;;;;;;゚)ξ 「待て!!!!」

 二人の姿はすぐに見えなくなった。
 それでも、何度も叫ぶ。
 繰り返し声を吐き出すごとに、言葉の明確さは消え、ただの咆哮と化してゆく。

 いつの間にか止んでいた雨が、また降りだす。
 天叢雲が解けた時に散った雲が、そのまま積乱雲となったのだ。
 粒の大きい雨は、瞬く間に勢いを増し、荒れ果てた山の景色を白い濁りで埋め尽くす。

 溢れた血は流れ、木片は叩かれ土に混じる。

 ツンの声も、全て雨に飲まれた。
 既に、声らしい声を出せなくなっていたけれど、それでも口を開いた。

( ^ω^) 「……」

('A`) 『……』

 地面に拳を叩き付けることも、掻き毟ることも出来ず、ツンはただただ蹲り雨に打たれる。
 声も潰えた。
 それでも叫ぶ。
 掠れた声で喉が痛む。
 心配げに、ニョロがツンの頬にすり寄る。

 雨は止まない。

 敗北の事実だけが残った荒れ果てた山の中。
 ツンはただ、叫ぶことしか出来ずにいた。

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