( ^ω^)剣と魔法と大五郎のようです

二十四話

337 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:43:35 ID:M3NOXujs0

('A ) 「よう、ツン。ひっでえ顔だな」

 ドクオは、腕に抱えたツンを、そっと地面に下す。
 勢いでブーンと入れ替わったはいいものの、彼女を支えていたことをすっかり忘れていた。
 急激な体格の変化により襲い掛かった重力の猛攻で、なんか大事な腕の筋を結構不味い感じに痛めている。

ξ゚听)ξ 「……」

 魔法の展開を続けながら、ツンの顔をマントの裾で優しく拭う。
 その姿たるや、まさに大魔法使いと呼ぶにふさわしい余裕である。
 ただし腕が痛いせいでめちゃくちゃ手がプルプルしていた。

 ィシの目がドクオを見据える。
 彼女の中ではドクオはまだ敵性の存在としては認識されていない。
 むしろツンを優しく支える行為は味方であるとすら思わせただろう。

('A ) (ブーン、何となく状況は察した。あいつ、倒すんだな)

( ^ω^) 『うん。でも―――』

('A ) (任せろ。修行の成果を見せる時だ)

 ドクオと目が合ったその瞬間にィシが吠えた。
 敵意を感じ取ったのだ。

338 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:44:37 ID:M3NOXujs0

('A ) 「―――残念、展開はもう終わる」

 ドクオの周囲に浮き上がった魔法陣が強く発光した。
 脈動する力強い魔力の余波が、並ならぬ魔法であることを周囲に悟らせる。

('A ) 「行くぜ、この瞬間がお前のフィナーレだ!!」

 ドクオのかっこいいセリフに合わせ、魔法陣が大きく歪む。
 バチバチと耳にも目にも障るスパークを起こして二秒。
 注ぎ込んだ魔力をすべてまき散らし、何事も無かったかのようにきれいさっぱり消え去った。

('A )

( ^ω^)

('A )

('A ) 「フィナーレだ!!!」

〈:: − 〉

('A )

( ^ω^)



('A ) 「えっ?」

339 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:45:26 ID:M3NOXujs0

( ^ω^)

ξ゚听)ξ

〈;;(。个。)〉

イ(゚、ナリ从

( −・ )

('A ) 「えっ」

( ^ω^) 『……ドッグあのね、すごくいいにくいんだけど』

('A ) (おう)

( ^ω^) 『アレ、魔法消せるみたいなんだお』

('A )

('A`) 「死ぬ」

340 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:46:28 ID:M3NOXujs0

 動きの止まったドクオに、容赦ない木片の射撃が襲い掛かる。
 完全にドクオの方がフィナーレである。

 ツンがなけなしの力を振り絞って足を払うことで、なんとか直撃は回避した。
 だが、地面に倒れたドクオはそのまま顔をうずめて動かない。

ξ;゚听)ξ 「ちょっと、ぼさっとしてないで、早く!」

('A`) 「もういい。俺死ぬよ。蛆虫以下だよ」

( ;^ω^) 『諦め早ッ!つーかわかっててドヤ顔決めてたんじゃないの?!対策ばっちりじゃなかったの?!』

('A`) 「だって知らないもん。さっきまで夢の中だったし。マジ、ピンチに現れた俺のカッコよさに酔いまくってただけだし」

( ;^ω^) 『お願い!拗ねてもいいから動いて!せめて体かえして!』

 追って襲い来る射撃の嵐。
 即座にドクオと入れ替わったブーンは全身をバネに素早くその場を飛びのいた。

 想像以上に役に立たなかった相棒に文句を垂れる暇もない。
 ブーンの戦力を警戒したのか、ィシは集中的な攻撃をあびせ掛ける。

 回避で手いっぱい。
 躱しきれない木片を剣で逸らし堪えるが時間の問題だ。
 あとなんかよくわからないが腕の筋が妙に痛くて防御の度に響いて辛い。

341 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:47:46 ID:M3NOXujs0

( ;^ω^) (ドッグ、とりあえず対策を練りたいお!僕の記憶覗いていいから、奴の情報を少しでも)

('A`) 『うん。わかった』

( ;^ω^) (お願いだから元気出して!マジで余裕ないから!)

('A`) 『うん。がんばる』

 木片の射撃がブーンの足を掠める。
 動けなくなるほどでは無い。が、楽観できる状況でもない。

 ィシは徐々にブーンの動きを読み始めている。
 射撃も闇雲に狙ってくるわけでは無く、射線を散らすことでブーンの行動を制限するような意図が見えた。
 その上での被弾だ。
 逃げに回るだけでは確実に負ける。
 何とか攻めなければ。

 頭への木片を首だけで回避し、ブーンは前へ出た。
 逆さ男がブーンに合わせィシ自身の死角へ回り込むのが見える。

('A`) 『オーライブーン、状況は何となく把握出来た』

( ^ω^) (早い!流石!よ!大魔法使い!)

('A`) 『余計傷つくから気を使わないで』

( ^ω^) (ゥス)

342 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:49:22 ID:M3NOXujs0

('A`) 『第一に、あの状態から元の人間に戻すのは不可能だ』

 逆さ男の、潜り込む体勢からの蹴り上げ。
 ダメージは無いが、ブーンに対する攻撃が緩んだ。
 この好機にブーンはさらに前進する。

('A`) 『脳や一部の主要器官を除いて、全ての体細胞が変質させられてると見た』

('A`) 『可能性は0じゃないが、リッヒクラスの魔法使いが5、6人は要るだろう。現実的じゃない』

 ダメージからいくらか回復し、イナリも動き出す。
 猛攻を受け下がらざるをえなくなった逆さ男に変わり、斧を持って突進する。
 意識が逸れた。ブーンは気配を消し、一気に懐へ。

('A`) 『なら、倒すしかない。放置すれば恐らくお前の危惧通りの結果に繋がるだろうからな』

 ィシは既にブーンの気配消しにも対応を始めている。
 これまでならあと一歩踏み込めたところを、腕の木剣に薙ぎ払われる。
 剣で防御はしたが弾き飛ばされ、各部の関節に痺れる傷みがまとわりつく。

('A`) 『結論から言えば、コイツは殺せる。不死身では無い』

( ^ω^) 「!」

343 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:50:37 ID:M3NOXujs0

('A`) 『見ろ、あの女が斧で叩き割った背面の頭』

( ^ω^) 「……!」

('A`) 『再生してないだろ。正確には、「意識を持つ脳」としては再生していない』

 イナリをあしらうィシの肩口。
 叩き割られた兵士の頭は元に戻ることなく、その他の体表と同じく木肌として再生している。
 ドクオの言葉の通りだ。眼窩や鼻腔などの名残はあるが、少なくとも頭では無い。

('A`) 『傀儡になった兵士たちも元々頭部欠損のある個体は操られていないし、頭を破壊されると死んでいた』

('A`) 『恐らくあの呪具は、脳までは再生できないんだ。稼働する肉体は可能でも、脳を再現する能力は無い』

('A`) 『脳だ。あいつの弱点は。さらには、脳を維持するために保たれている、その他の器官も、な』

( ^ω^) 「……」

 つまりは今までのキメラよりはまだ生物らしい段階にあるということだろう。

 ただ、それが分かれば重畳、とも言えないのが虚しいところ。
 ィシは現状ブーンが出しうる最大の威力の技を受けても死ぬことは無かった。

 そして、今使える限りであの威力を超える技は、無い。

344 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:51:24 ID:M3NOXujs0

('A`) 『ブーン、体貸せ』

( ^ω^) (大丈夫なのかお?)

('A`) 『魔法が消されたのは、吸収された兵士一人の「技術」だった。だとすれば、俺は一人の魔法使いとして負けられねえ』

( ^ω^) (わかった。危なくなったらすぐに入れ替わるお』

('A`) 「サンキュー」

 ドクオに入れ替わってすぐに、剣を手放す。
 同時に魔法の展開。
 先ほどと違い、魔法式の組み立てを隠匿し読まれないように工夫する。

 通常の展開に比べれば手間と時間がかかるが、相手の技量を考えれば惜しんではいられない。

( −・ )

 魔法の気配に対するビビットな反応。
 逆さ男、イナリの両名を相手取るィシの体を、シーンの顔が這いずる。
 その目線はすぐさまドクオへ、展開する魔法式へ向けられた。

345 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:52:46 ID:M3NOXujs0

( 'A)つ        Σ |バリア| そ          (−・  )


 ドクオはまずシーンの介入を防ぐための防護魔法を展開、発動した。
 生み出された魔法の防壁は自動で魔法式が変動し、分解の手間を増やすことが出来る。

    ◎           て
( 'A)つ ◎       |バ**|そ  ←ブンカイ―    (−・  )

 シーンはすぐさま防壁の分解に入った。
 これまで同系統の魔法を多く破ってきたシーンだが、これはドクオの改良版。
 初見の魔法ゆえにすんなり分解というわけにはいかず、やや手を焼く。

 防壁で時間を稼ぐ内にドクオは同時に二つの魔法式を展開。
 この時点でドクオは実質三つの魔法を維持していることになる。

    ◎        \ │ /
( 'A)つ ◎      ←ブンカイ―          と(−・  )
             / │ \

 本来であれば数十秒はかかる分解を、シーン十秒とかからず終えた。
 ドクオの展開はまだ終了していない。
 同時展開だけあって普段よりも時間を食っている。

346 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:53:57 ID:M3NOXujs0

    ◎ 
( 'A)つ ‐` 、´←ブンカイ―                  (−・  )
    
 シーンの分解魔法がドクオの展開式の片方を捉える。
 魔法の展開は繊細な作業だ。
 干渉され、別の魔力が介入した時点で続行が不可能なほど崩壊する。

    ◎     ブ  ン  
( 'A)つ     ―分解→ カ                Σ(−・  )
            イ

 しかし、ここまではドクオの想定通り。
 分解された魔法式は瞬く間に変容し、介入するシーンの魔力へ逆流。
 介入を行っていたシーンの魔力を逆に分解する。

 ドクオが分解されることを想定して用意した、逆分解のトラップ。
 繊細なのは敵方の魔法も同じだ。奇襲であれば、たとえ真っ向勝負で敵わなくとも対抗できる。。
 再び必要な魔力を捻出し介入を行うのはシーンであっても数秒かかるはずだ。

 そしてこの数秒はドクオにとって、一つの組みかけの魔法を完成させるのに


('A゚) 「“―――我、汝を―――焼排す”!!」


 余るほどの時間である。

347 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:55:12 ID:M3NOXujs0

 ドクオの目の前に現れた紫の魔法陣。
 その中で循環し、混ざり合い、高濃度の熱エネルギーと化す蒼紅二色の炎。

 仕上げの途中だった先ほどとは違う。
 一度発動してしまった魔法を0に戻すには、解析から始めなければならない。
 何度も見た魔法ならともかく、初見の上級魔法に対しそれを行うのは、いくらシーンであっても困難だ。

 その上、ドクオは発動した火炎魔法を操作しながら、シーンの分解に対し逆に分解を仕掛ける。
 純粋に分解の力比べとなれば勝ち目はないが、それでも本命の魔法への手出しを防ぐことは出来る。

〈;;(。个。)〉 「イナリ!」

イ(゚、ナリ从 「……スタコラっ」

 収束し、魔法陣から放たれる濃密な紫の雫。
 甘いキャンディのような愛らしい姿の中に、誰もが悪魔の暴虐性を見つける。

 分解が間に合わぬと悟り、ィシは槍を放った。
 直撃よりはマシと相殺を狙ったのだ。
 
('A゚)

 しかしこれに対してもまた、ドクオが一枚上手。
 一直線にィシを目指していた魔法弾が、プルリと回転し木槍を躱す。
 ドクオの指先の動きに合わせ、続く迎撃も受けることなく掻い潜る。

348 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:57:12 ID:M3NOXujs0

 軌跡が熱で歪んでいた。
 魔法弾は迎撃のすべてを抜け、ィシ本体を捉える距離へ。


 ィシは跳躍し上へ逃げた。
 待ってましたとばかりにドクオは指をファッキン。
 上を向いたその指標に従い魔法弾はィシを追う。


 飛行能力の無いィシは、空中では逃げ場がない。
 魔法弾は確実にその巨体を捉える、はずだった。


 ィシが吠える。
 腰元から蔦が二本射出。
 丁度ドクオの両脇にあった木の株へ突き刺さった。


 跳躍の勢いがゼロになり、魔法の着弾の寸前。
 ィシはその蔦を力強く引きつける。


 蔦の先端は瞬く間に切株に根を張り、頑丈に癒着している。
 その状態で蔦を引けば、当然前へ。
 ィシの体は、空中で魔法の追跡を躱す。


 それのみでない。
 前進したその力を着地で殺さず、ドクオへと突進する。
 魔法の操作をしていたドクオは、全くの無防備。

349 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 21:58:53 ID:M3NOXujs0

ξ;゚听)ξ 「!」

 ィシは両腕を振り上げ、棒立ちのドクオへ体ごと倒れ込んだ。
 攻撃というには雑だが、範囲は広く、巨体のエネルギーは十分な破壊力を生む。
 そして、ドクオにはこれを躱しきるポテンシャルが存在しない。

 腹を越して脊椎まで響く振動。
 そろそろ山がぱっかり割れてもおかしくはない。
 土やらなんやらが高く舞い上がり、ィシの体は半分が地面に埋もれた。

ξ;゚听)ξ 「……!」

( ;^ω^) 「おっおー、間一髪」

 ドクオたちは死んではいなかった。
 紙一重でブーンに入れ替わり、跳躍して飛び越えるように避けたのだ。

 だが、これでは魔法がお釈迦になってしまう、のかというとそうではない。

 魔法自体は発動した時点で十分に魔力も充てんされ、たとえ術者が死んでも当たれば効力を発揮する。
 途切れたのは、操作の魔法。
 その程度であれば、ドクオはすぐに繋ぎなおす。

( 'A) σ

 着地と同時に入れ替わったブーンとドクオ。
 その指は上半身を振り返らせるのと同時に、ィシへと向けられた。

352 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:00:36 ID:M3NOXujs0

 高く飛び上がった上空から、紫の流星が一直閃。
 起き上がろうとしていたィシが木槍を放つもやはり当たらない。

( 'A)  σ 「チェックメイト」

 着弾と同時、吹き出すように紫白色の火柱が天を貫く。
 それに伴い空気を歪めるすさまじい爆音。
 熱波が嵐の荒々しさで周囲にまき散らされ、人も木も関係なく吹き飛ばした。

 あえて衝撃波に身を任せ吹き飛ばされたドクオの目線の先。
 紫の光を煌々と生み出す、白い火柱。
 周囲の木の葉や木くずは瞬時に形を失い塵へと変わる。

 火柱を中心に、渦を巻き引きつけるような風が吹き始めた。
 余りに高温の白炎が急激な気圧の変化を生じさせているのだ。
 次々に屑が巻き込まれ、焼き尽くされて行く。

 一応生きている人間たちは肌を焼く光と熱波に耐えつつ、地面や切り株にしがみついてその光景を見ていた。
 魔法でなければ、たとえ魔法であってもそうそう見る機会のない上級の破壊力。
 風と炎が織りなす低音の響きが、体をしびれさせる。

ξ;゚听)ξ 「いくらなんでも、これじゃ……」

 荒々しくも美しい灼熱猛火の大樹。
 ィシ=ロックスは逃げることもできず、間違いなくこの死の炎に飲み込まれていた。

353 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:02:43 ID:M3NOXujs0

 魔法の炎は、その後しばらく燃え続け、細まり、消えた。
 しかし、周囲に散った火により森の木々があちこちで燻りだしている。
 もとより戦闘によって荒れ、普段よりも燃えやすくなっている森だ。
 放っておけば山全体を焼く火事になりかねない。

(;'A`) 「……あとのこと考えてなかった」

( ;^ω^) 『オウフ』

(;'A`) 「どうしよ、俺水系の魔法は全く使えないんだけど」

ξ )ξ 「……私がやるわ」

(;'A`) 「ツン」

ξ )ξ 「雨雲招きの魔法なら、一応使えるから」

(;'A`) 「……スマン」

 ツンが魔法を唱え始めた。
 慣れていないのか、それとも集中しきれていないのか覚束ない展開。
 ドクオと一切目を合わせようとはしないその背中には、さまざまな感情が渦巻いているように見えた。

354 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:03:40 ID:M3NOXujs0

ξ )ξ 「“―――降り注げ数多の恩恵―――レインコール”」

 空が、ぼんやりと暗くなる。
 もとよりドクオの火炎魔法の影響で雲が生み出されていたところに、さらに灰色の雲が加わってゆく。
 雨粒が降り出すのは時間の問題だろう。

〈;;(。个。)〉 「……一先ずは落着か」

ξ )ξ 「落着?何が落着したっての?」

(;'A`)
 p日
 
 大五郎(焼酎の銘柄を指す)を補給するドクオの首筋を、冷たい殺気が舐めた。
 スキットルの中身を一気に飲み下し、懐に収めなおす。

ξ#゚)ξ 「何も終わってないわ。ィシさんの代りに私がなるだけよ」

〈;;(。个。)〉 「……」

 ぽつりと、最初の雨が落ちた。
 すぐに激しさを増し、広がりかけていた炎は見る見るうちに勢いを弱めていく。

356 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:04:58 ID:M3NOXujs0

(;'A`) 「ツン」

ξ#゚)ξ 「……別にあんたを恨んだりしてない。あんたもブーンも、きっと正しいことをしたんだ」

(;'A`) 「……」

ξ#゚)ξ 「でも、どうしても許せない奴らがいるの。邪魔しないで」

 右手にナイフを握り絞めツンが前へ出る。
 首にまきついたニョロは、ひたすらに彼女のことを案じているようだった。
 足取りは覚束ない。
 イナリに受けた攻撃のダメージは確実に残っている。

( ^ω^) 『ドッグ、代わって。いざとなったら僕が援護に……』

 ブーンの提案を聞ききる前に、ドクオは振り返った。

( ^ω^) 『ドッグ?』

 ドクオだけでは無かった。
 怒りと憎悪に満ちたツン以外の全員が、その背筋を凍らせる気配に、気付いていた。

357 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:06:50 ID:M3NOXujs0

(;'A`) 「嘘だろ」

 確かに死体は確認しなかった。
 確認するまでも無く、消し炭になったと思っていたからだ。
 当然だ。あの炎の中で燃え尽きずにいられる生物など、存在するはずがない。

〈;;(。个。)〉 「……ヨコホリ、いい加減に起きろ」

(//‰ ゚) 「……やれやれ。ゆっくり修復なんてやってる場合じゃネエナ」

 黒く焼け焦げ、深い窪地になったそこから、手が生えた。
 手はそのまま地面にしがみ付き、もう一本腕が生えた。
 その次に頭だ、つるりとした、人間の頭蓋そのものの形状をしている。

( ;^ω^) 『ドッグ、えっと、これは?』

(;'A`) (えーっとね、吸収と再生を繰り返しながら栄養たっぷりな地面に潜って耐えたって感じ?)

( ;^ω^) 『ドグさんさっきすっっっっげえ決め顔で「チェックメイト」とか言ってませんでした?』

(;'A`) (言ったんですけどね〜全然チェックもメイトもしてなかったみたいっすね〜)

 地面から完全に体を脱したそれは、通常の人間よりも身長が高かった。 
 2メートル半弱ほどだろうか。体つきも身長に見合ったがっちりとしたものだ。
 そしてそこはかとなく見えるその特徴は、まぎれも無く女性のもの。

 雨で土が流れ露わになった頭部には、確かにィシ=ロックスの名残があった。

358 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:08:11 ID:M3NOXujs0

 ィシの体には、相変わらず兵士達の頭部が生えていた。
 胸に埋もれるようにシーン。
 背面、肩甲骨上左右から、まるで丸めた翼のように二つ。
 そして、腰の両脇にぶら下げるように一つずつ。

 形状は、猪のときよりもより人間に近づいた。
 しかし、なぜか。
 明らかに異形であったあの姿よりも、今のこの姿に異様さを感じるのは。

 ィシは、その場で地面から木の長刀を作り出し、ゆっくりと歩み出した。
 ぐしゃりぐしゃりと足音。誰もが動かない。動けない。
 本能が動いてはならないと、警告を放っている。

 雨粒を体で弾き、白い霧を生み出しながら、一歩、また一歩。
 湿った地面を踏みしめる音が、雨音の中でもはっきりと聞こえた。

 そうして、十分な距離にたどり着いた瞬間。

( ;^ω^) 『ドッグ!!!』

 ィシの姿が消えた。
 少なくとも最も近くにいたドクオにはそう感じられた。

 「あ」と声を発する暇もない。
 宙に飛び上がり、大きく振り上げるィシ。
 ドクオの頭に、鞭のようにしなった木の棒が叩き付けられる。

359 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:09:20 ID:M3NOXujs0

( ; ω) 「“陽炎おっぐぅっ!!」

 辛うじて、入れ替わりと防御が間に合った。
 振り下ろされる木剣に、右手を合わせ、横へ流す。

 腕にすさまじい衝撃と痺れ。
 斬撃はブーンの体を逸れたが、攻撃に合わせた小指の付け根が血を吹いた。

 杉浦双刀流無刀の型、陽炎送り。
 本来は相手の攻撃に自身の手刀を合わせ逸らしながらさらに力を付与することで、隙を作る技である。
 しかし、今の一撃に対しては、手を犠牲に攻撃を逸らすので一杯であった。

 速く、そして強い。
 ドクオとの入れ替わりがもっと早くに済み、受けの準備が整っていたとして、問題無く流せていたかどうか。

 動きの鈍ったブーンに対し、ィシは回し蹴りを放つ。
 回避は不可能。ブーンは咄嗟に腕を盾に。後方へ飛び、蹴りの衝撃を可能な限り流す。
 凄まじい威力。体は重力を引きちぎって吹き飛び、着地もままならず地面を跳ねて転がった。

( ;^ω ) 「……ぐぶっ……マジで、ヤバいかも、しんないお」

(;'A`) 『ねえブーンさんそれ平気なの?いけるの?傷口なんか白っぽいの覗いてるんだけど!』

( ;^ω ) (手が付けられないほど、速い。ダメージが無くてもついていけるかどうかのレベルだ)

360 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:10:50 ID:M3NOXujs0

 ィシの動きは、人間の時とも猪の時とも一線を画していた。
 巨体を動かしていた膂力が、そのまま軽量化された体に活きている。

 豊富な体組織を利用した各種遠距離攻撃こそできなくなったようだが、
 反面手に入れた機動力はブーンをあっさりと置き去りにするほど。
 ィシ=ロックスという戦士の性質を考えれば、この姿がある意味最も完成に近い形なのかもしれない。

 ブーンが吹き飛ばされたのをきっかけに躍りかかった逆さ男、イナリの両名をあっさりと払いのけ、ィシはヨコホリと戦闘を行っている。
 ハーフゴーレムである彼の力を持っても、真正面からの殴り合いでは分が悪い。
 シーンの能力は健在で魔法は全て封じられているためなおさら打つ手が無いのだ。

 ブーンは手近に武器を探す。しかし、無い。
 仕方なしに腰の刀の片方を抜き取った。
 刀身が中ほどで折れている。ドクオの故郷で色々あってぽっきりと折れてしまったのだ。

(;'A`) 『その刀で大丈夫なのか?』

( ;^ω^) (何もないよりは)

 ヨコホリも、弾き飛ばされた。
 鋼鉄を身に取り付けているとは思えないほど軽々と宙を舞い、荒れた木々の中に落下した。
 その場に残ったのはィシと、呆然と立ち尽くすツンのみ。

 そしてィシは、ゆっくりとツンに歩み寄る。

361 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:11:58 ID:M3NOXujs0

ξ;゚听)ξ 「ィシ、さん?」

〈:: − 〉

 ツンが顔を見上げる。
 確かにィシであるが、彼女の自意識が残っているようには見えない。
 白く濁った眼でツンを見下げ、口のような切れ目から白い霧を溢している。

 頬を滴る雨が涙に見えたのは、恐らくツンの幻想であった。

( ;^ω^) 「ッ!ツン!逃げ……ッ」

 体をギリギリと捩じり、手に持った長刀状の棒切れを振りかぶる。
 そして、弾けるように放った薙ぎの一閃は、

ξ )ξ 「ッッ!!」

 ツンの軽い身体を、血しぶきと共に斬り飛ばす。

( ゚ω゚) 「!!」

 ニョロの発動した障壁魔法がダメージを軽減した、があくまでそれだけだ。
 受け身も無く薙ぎの一撃を受けたツンの体はあっさりと宙に浮き、濡れた地面の上を転がり、焦げた木の幹に衝突した。
 胸元から零れた血は、雨に流されるまま、地面へと零れてゆく。

362 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:13:14 ID:M3NOXujs0

 右手の折れた刀を構え、ブーンがィシへ突進する。
 まだ距離のある位置から、地面を蹴り一気に飛び掛かった。

( ゚ω゚) 「ぉぉぉおおッ!!」

 半分の刀身で斬りかかる。
 荒々しいそのさまは、もはや斬撃というより、殴打だ。
 ィシは半歩横へ。
 高速で接近したブーンの胴を、更なる高速で切り払う。

( ゚ω゚) 「がはっ!」

 右腰に差していた刀の柄が、直撃を防いだ。しかし、内臓が衝撃と不快感を吐き気として訴える。
 何とか着地したブーンの背へ、ィシが無機質な一撃を振り下した。
 ブーンは振り返りざまに刀で棒を横へ。
 衝撃で腕が痺れる。薙がれたダメージもある。しかし、よろめいている余裕は無い。

 最小限の予備動作、振りで繰り出されるィシの追撃。
 ブーンは短い刀身で何とか受け流すが、間に合わない。
 連続する猛攻。
 鋼と木のぶつかり合いにも関わらず、削れているのはブーンの刀の方だ。

(  ω゚) 「くっ」

 甲高い金属音と共に、ブーンの刀が弾き飛ばされた。
 ィシは無防備なブーンの頭を狙い、棒を小さく振り上げる。

363 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:14:46 ID:M3NOXujs0

(  ゚ω) 「!」

 振りおろしに合わせ、ブーンはィシの懐へ飛び込んだ。
 右手は、残していたもう一本の刀へ。
 逆手で引き抜き、踏み込んだと同時にそのままィシの腹に突き刺す。

 刃としての機能は半ば死んでいる。
 当身の要領で体重を乗せ何とか刺したが、ダメージは怪しい。
 それでも構わない。元からさほど期待していなかった。
 間合いを詰めてィシの斬撃の威力を殺すのが主要な目的で、刀はついでだ。
 攻撃と同時に肩に受けた長刀の柄は、ダメージらしいダメージには至らずに済んだ。
 
 すぐさま下がり後転して距離を取る。
 一瞬前までブーンが居た場所にィシの膝が振り上げられた。
 間一髪。無造作な殴打でさえ、戦闘不能につながる一撃たりうる。

(;'A`) 『ブーン、行けるのか?』

( ;^ω^) (……真面な格闘戦で優位を取るのは厳しい…だ、けど)

(;'A`) 『けど?』

( ;^ω^) (攻撃は多少通じる。何とか重いのを撃ちこめれば……)

 ィシは刀を引き抜き、捨てた。
 すぐに前へ。地面を抉る飛び込みでブーンへと間合いを詰める。
 突き出される長刀の乱打。躱し、流し直撃を避けるも、服が破れ皮膚が切り裂かれた。

364 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:16:06 ID:M3NOXujs0

 僅かな隙に、気配を消し、脇をすり抜ける。
 しかし、腰元の頭にすぐさま捕捉され薙ぎ払いの追撃が来た。
 頭を伏せ回避。そのまま前転し、起き上がり次第まっすぐ走って逃げる。

(;'A`) 『どうする気だ』

( ;^ω^) (……)

 現状のィシは、人型に近づいたことにより、猪体系よりも防御力が落ちている。
 全力の攻撃であれば、十分なダメージを見込めるだろう。
 その上で問題なのは、装甲を引き換えに解き放たれた機動力。
 生半可な攻撃は回避されるし、何よりそもそも攻撃をできるコンディションに移れない。

 本来であればこういう時こそ切り札に出来るはずの気配消しは、複数の目と意識によって半ば破られている。
 何度か見せてしまったため、ィシ本体に攻略法を見出されてしまったといった方が正確か。
 本体がィシほどの手練れでなければ、目がいくつあってもそうそう対応されはしなかった。
 ィシであっても複数の目が無ければ、簡単に破れるものでは無かった。

 臍を噛む思いだ。呪具と使用者が噛み合いすぎている。
 過去戦ってきた強敵の全てを思い返しても、上位と言って過言でない。

( ;^ω^) (やるしかない)

 背後に、強烈な気配。
 振り返らず、地面を蹴って目の前の木の幹に靴底を合わせる。
 そこから更なる跳躍。後方へ、後転しながら、迫っていたィシを飛び越える。
 視線の先で、ィシの振るった木の長刀が煤けた幹を叩き砕いた。

365 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:18:01 ID:M3NOXujs0

( ; ω ) 「“杉浦双刀流―――”」

 着地。同時に精神を統一する。
 ィシはすぐに振り返る。だからこそ慌ててはならない。
 失敗すれば、現状ブーンの出しうる策は全て潰える。
 とはいえ、これも策と呼ぶに足らない、力技ではあるのだが。

                                ダットソウ
( ;゚ω゚) 「“無刀極型、猿より……―――奥義、奪屠葬”!!!」

 叫び。ブーンの意識の中に会った細い糸がプツプツと切れ、代わりに凶暴な獣が咢を開く。
 全身の筋肉が膨らみ、それがさらに音が鳴るほど引き絞られる。
 袖口から覗くブーンの腕は、まるで鉄造のように、硬く強靭な者へ変貌していた。

 振り返りざまにィシが振るう横なぎの一撃を掻い潜り、懐へ飛び込む。

( ; ω ) 「―――門通し!」

 脇腹に体全体の捻りで打ちこむ右手掌底。
 破砕では無く衝撃の透過を目的とした鎧どおしの一撃だ。
 堅牢なィシの体表を無視した掌打の力が、ィシの体を抜け背の木肌を剥し飛ばす。

( ; ω ) 「―――瓦抜き!」

 ほんの一瞬揺らいだ隙に、左の掌底でィシの顎を下から打ちぬく。
 これもまた鎧どおし。腕を伸ばし切らず衝撃だけ送り込み、脳を揺らす。
 予備動作が小さく、打ち終わりの隙も微小。しかし、今のブーンの膂力ならば、十分な破壊力。

366 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:19:18 ID:M3NOXujs0

( ; ω ) 「―――鐘砕き!」

 一瞬の間の三撃目。脳を揺らされ鈍るィシの無防備な上腹部へ、拳による同時攻撃。
 掌底が鎧を抜く技であれば、こちらは鎧ごと破砕する技。
 痛烈な破砕音と共にィシの体に大きな罅が入った。
 苦し紛れの体捌きでやや威力を殺されたが十分。シーンの顔が歪み、鼻腔から血を吹く。

 すぐさま後退。
 連打をここで一旦止めるのにはわけがある。この後退もまた、連撃の基の一つ。
 ィシの目がブーンを見たその瞬間に、前へ。
 連続で攻撃を受けたィシは反射的に武器を振るう。
 咄嗟ゆえに、十全の力は乗っていない。だから、

( ; ω ) 「―――陽炎送り!」

 この技が通じる。
 不十分な体勢からの大振りに、さらに力を乗せ、思いっきり流す。
 ィシの体が崩れた。脳と胴へのダメージもあり、体が大きく開く。
 これ以上無い隙。ブーンは素早く、小さく、されど確実に両腕に力を込めた。

( ; ω ) 「―――城崩し!!」

 左右、開いた花のように合わせた両の掌打による鎧通し。
 インパクトの瞬間に、左右の掌を内へ回転。
 堅いはずのィシの体表を波紋が走った。先の攻撃で生まれた罅から血が噴き出す。
 一撃目の波紋が消えぬ刹那の合間に更なる追撃。
 内へ回した掌打を、さらに外へ捩じり突き出す。
 生み出された衝撃は体内を蹂躙し、吹き出す血液と共に背中へと吐き出された。

367 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:21:30 ID:M3NOXujs0

 ィシの口から血が零れ、よろめいた。
 ブーンはまだ止まらない。
 懐に詰め寄り、ィシの脇を抱え上げるように挟み掴む。
 身長差があるため、ブーンがぶら下がる形になったが、問題は無い。

 腕力を駆使して、ィシの体を強引にひきつける。
 自身は大きく上半身をのけぞらせ、力強い踏み込を地面へ。

( ; ω ) 「―――かち合い車ァ!!」

 全体重の乗った頭突きが、甲高い音をあげてィシの胸板を粉砕する。
 シーンの頭が体内へ逃げたが、ィシ自身へのダメージは相当なものだ。

 豹変したブーンへの認識を改め、ィシは不十分な体勢から拳を突き出す。
 武器は既に捨てている。そもそも武器を使うのは人の名残。
 今のィシの拳は、軽く振るうだけで十分に兵器たりうる。

 しかし。

( ; ω ) 「―――観音宥め!!」

 ィシの攻撃は、ことごとくブーンの手に防がれた。
 否、防がれたのではなく、封じられた。
 拳を振るうその脇に、蹴りを放つその上半身と軸足に、ブーンは的確に掌底を合わせる。
 動作の起点、あるいは体重移動を妨害され、攻撃はただの「動き」へと格落ちし。
 代わりに、チクチクと鎧通しの掌底によるダメージがィシの体に蓄積してゆく。

 より強い力、より大きな体を持ちながら、ィシはこの時確かに、ブーンにその脅威性を超えられていた。

368 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:24:44 ID:M3NOXujs0

(;'A`) 『すげえ、これが、本当の奥義……』

 ィシが密着を嫌い、下がろうとする。
 その軸足の爪先を、ブーンは素早く踏みつけた。
 バランスを崩す、木製の長身。

 ブーンは自身の両手で、左右それぞれのィシの腕を外へ弾く。
 同時に跳躍。胸筋が膨らみ、背筋が引き絞られ、腹筋が軋みを立てる。
 腰元に構えられた両拳に込められた力は、これまでの比では無い。

( ; ω ) 「―――金剛喝ッs―――」

 鋼の礫と化したブーンの拳が、体勢を崩し無防備となったィシの頭を粉砕する。

 と、誰もが予想したその瞬間。
 ブチブチと縄を引き千切るような音が、ブーンの体中に響き渡った。
 空中で構えの姿勢のまま、ブーンの体に篭っていた闘気が霧散する。

(;'A`) 『ブ』

 ーンと続けることすら、できなかった。
 この大きすぎる隙にすぐさま体勢を立て直したィシが、着地間際のブーンの襟を鷲掴む。
 一度振り上げ、地面に叩き付ける。
 重い音が響き渡る。ブーンは、既に死んでいるかのように動かない。

 ィシは、空中へ高くブーンを放り投げた。
 軽々と浮き、そして落ちる。ドクオが精神の中で何度も声をかけるが、ブーンの反応は無い。

369 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:26:43 ID:M3NOXujs0

 落ちてきたブーンの体に対し、ィシは右足を振り上げる。
 風を切り、鞭のようにしなる音速の蹴り。
 すさまじい破砕音を響かせ、ブーンの体を薙ぎ払った。
 吹き飛び、跳ね、転がるブーンの体。
 防御のために辛うじて引き上げた二本の鞘が粉々に砕け、その軌跡に舞う。

 さらに攻撃を加えようと前へ出たィシの体が揺らいだ。
 膝を折り、苦しげに手を着く。罅からは血液のみならず、白い霧も漏れ出していた。
 ブーンの連撃は、確実にその生命を削り取っている。
 しかし、あと一歩が足りていない。ィシのダメージはさほど時間をかけず再生してしまう。
 今すぐに追撃を仕掛けねば、全てが無駄になる。

(;'A`) 『おい!ブーン!大丈夫なのか?!』

( ; ω ) (ドッグ、表に出てきちゃダメだお……100%失神するから)

(;'A`) 『お、おう、任せとけ。最初からそのつもりだ』 

 ブーンの使用した奥義『奪屠葬』はその他の技とはやや性質が異なる。
 その他の杉浦双刀流が「動作」であるならば、奪屠葬は「状態」。
 脳のリミッターを外し、理性を制限する代わりに超人的な五感と膂力を得る、一種の身体強化技術なのだ。

 故に体への負荷は大きく、時間をかけ、技を使えば使うほどすぐに限界が来る。
 今回は弱体化を補うため、本来以上に肉体の限界を引き出したため予想よりも早く悲鳴を上げた。
 空中で響き渡ったあの音は、ブーンの至る所の筋繊維が多量に断裂したのを表すものである。
 蹴りをもろに受けたダメージも加わり、今は指先を軽く動かすことすらままならない。

 ィシの目は、地に伏せたブーンをまじまじと見ている。
 図っているのだ。死んだのかどうか、生きていたとして、もう一度自分に歯向かう余力があるのかどうかを。

370 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:27:46 ID:M3NOXujs0

( ; ω ) (せめて、最後の技で、頭を潰せていれば……)

 何とか立とうとするブーンであったが、体がうまく動かない。
 断裂した筋繊維が不十分に運動しようとするため、上半身が小刻みに痙攣する。
 仮に立てても、戦力足りえない。

 奥義を使えば戦闘不能に陥ることは十分に予測していた。
 だからできうる限り使用せずに戦った。
 他に手が浮かばなくなって、やむなく使うことを決めた時点で、絶対に止めを刺さなければならなかった。

( ; ω ) (……ぐ)

 仮にドクオが奥義の反動によるこの痛みに耐え、魔法を使うことが出来たとして。
 彼が魔法の展開に使ういくらかの時間を稼ぐ人間がいない。
 シーンの分解云々以前の問題だ。ドクオの頭が木端微塵にされて終わりである。

 打つ手がない。
 ブーンの出しうる全てが魔物と化したィシを止めるには足りなかった。

 このまま、自我を失ったィシが、サロンの街へ下りたとしたら、どうなる。
 手練れの中の手練れであるこの場の人間がかかっても勝つことが敵わなかった彼女を止められる人間はいるのか。

 恐らくは、いない。
 皆、殺されるか取り込まれるかしてしまうだろう。
 敗走してくれればまだマシな結果なくらいだ。
 もし、タカラやニダーなどの、常人よりも秀でた技術を持つものが取り込まれ、その力を利用されたとしたら。

 背筋が寒くなる。
 加えてこの場の者たちだって、ィシは操ることが出来るのだ。

371 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/05/24(土) 22:28:53 ID:M3NOXujs0

 ィシが掌に、小さな木の礫を作り出した。
 はっきりと断言はできないが恐らく、兵士たちを操った時に使用したものと同じだ。

( ;^ω ) (ドッグ、あれ……)

(;'A`) 『……焦るな焦るなよ、焦っちゃダメだぞ』

( ;^ω ) (落ち着いてお)

(;'A`) 『アレは、脳神経に介入して支配するタイプのもんだ。頭に喰らわなければ簡単に操られたりはしない』

(;'A`) 『仮に喰らっても、意識を失わなければ対抗はできるはずだ。直接取り込まれたら、アウトなんだが』

( ;^ω ) (でも)

 今のブーンに回避は不可能だ。
 対抗できるといっても、あれを撃ち込まれる前に殺されてしまえば意味は無い。

 ィシの掌が、ブーンを向く。
 何とか立ち上がろうとするが、激痛以前に体が反応してくれない。
 操られればどうなるか分からない。
 一度死んだ兵士たちが動いたということは、今のブーンも再生され動くことが出来るようになるやもしれない。
 そしてその時、ブーンは一体誰にその力を向けるのか。

( ;^ω ) 「……ッ!!」

 ィシの手の平から、礫が放たれる。
 それは、一切の揺らぎなく、ブーンの頭を射線上に捉えていた。

inserted by FC2 system