( ^ω^)剣と魔法と大五郎のようです

二話

35 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:35:15 ID:APnc/dbM0

 小鳥のさえずりでツン=ディレートリは目を覚ました。
 上半身をベッドから起こし頭をポリポリとかく。
 金色の髪が陽光の中でキラキラと揺れた。

ξ゚听)ξ 「ナベちゃーん?」

 隣で寝ていたはずの家主、ワタナベの姿が無い。
 ついでにもう一人の旅客、ロンリードッグことドクオも腰に差していた剣が無造作に置いてあるだけだ。
 八畳ほどの部屋の中、存在を確認できるのはツンのみだった。

ξ゚听)ξ 「…買い物にでも行ったのかしら」

 カーテンを開けてみると、日はまだ低い。
 季節から考えてまだ早朝といえるだろう。
 窓から見える町並みは、朝食のための買い物で出歩く主婦達の姿が見える。

ξ--)ξ 「うーっ、おしっこおしっこ」

 ワタナベたちは買い物に行ったのだと結論付けトイレへ向かう。
 久々の水道設備が整った宿だ。
 ワタナベには少々申し訳ないが思う存分水洗トイレを堪能させて頂こ…………。

( ^ω^ )

ξ゚听)ξ

( ^ω^ )「お、おはよう」

ξ゚听)ξ パタン

36 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:35:56 ID:APnc/dbM0

 扉を開けたツンの目に飛び込んできたのは、便座に座り、大またを開いて用を足す男だった。
 とても引きつった笑顔で挨拶をされたが返礼もせず扉をしめた。
 挨拶よりも先に股間を隠して欲しかったというのが乙女としての本音だ。

 じゃなくて。

ξ;゚听)ξ (誰?ナベちゃんの恋人かなんか?)

 一人暮らしだと聞いていたので完全に油断していたが、そういう存在が居てもおかしくはない。
 いや、他の客が泊まって寝てる間に恋人招くか?
 トイレのドアノブを握ったまま、ツンは寝ぼけた頭を回転させる。

 そのうちに水の流れる音がして、男が中から出てきた。とても気まずそうな顔だ。
 トイレの真っ最中に扉を開けられた上、股間を凝視され、挨拶もスルーされたのだから当然ともいえる。
 
( ;^ω^)「ど、どうぞ」

ξ;゚听)ξ「ど、どうも」

 トイレに入り扉を閉めたが、便座に座る気にはなれずしばし棒立ちする。
 結局彼は誰なのだろうか?空き巣がちょっと用を足していたとか?
 疑問は絶えないが、ひとまず今やるべきことは一つだ。

ξ゚听)ξ 「“不浄を憂う森林の精よ―――我に清らかなる空気を―――リフレッシュ”!!」

 ツンは空気清浄化魔法を唱えた。

37 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:36:55 ID:APnc/dbM0

 用を足し終えトイレを出ると、先ほどの男が気まずそうにソファーに座っている。
 気の良さそうな男で体つきは普通。
 特別悪人には見えず、ツンは少しばかり警戒を緩めた。

ξ゚听)ξ 「あの、えっと……」

( ^ω^)「一応はじめましてだお」

ξ゚听)ξ 「あ、うん。はじめまして」

( ^ω^)「僕はブーン=N=ホライゾン。君はツンちゃんだおね」

ξ゚听)ξ 「そう、だけど」

 ツンは男、ブーンと少々距離をおいたまま椅子に座る。
 ブーンという名には不思議と聞き覚えがあった。
 昨日渡辺たちと会話している中でだったか、それ以前だったか、うろ覚えではあるが確かに聞いたことがある。

( ^ω^)「僕は、まあドッグの相棒みたいなもんですお」

ξ゚听)ξ「ドッグ?」

( ^ω^)「ああ、君のいうドクオのことだお」

38 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:37:59 ID:APnc/dbM0

 なるほど、ドクオの相棒か、と一旦は納得。
 それならばここに居る理由も合点がいく。
 ツンの名前を知っていたのも恐らくワタナベかドクオに紹介されたのだろう。
 初対面が寝顔だったかもしれないというのはやや不満ではあるが。

ξ゚听)ξ「そうだ、一ついいかしら」

( ^ω^)「お?」

ξ‐凵])ξ「トイレ、入ってる時は鍵を掛けたほうが、いいと思う」

( ^ω^)

ξ;‐凵])ξ

( ^ω^)「僕からもひとついいかお?」

ξ゚听)ξ「ん?」

( ^ω^)「年頃の娘が、不意にとは言え男の股間を凝視するもんじゃないお」

ξ゚听)ξ

( ^ω^)

 ワタナベちゃん早く帰って来て。
 二人は切にそう思った。

39 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:39:05 ID:APnc/dbM0

 ワタナベが帰宅したのはそれから10分ほど経ってのことだった。
 沈黙に耐えかねたツンが顔を洗い、ブーンがドクオの剣の手入れを始めた矢先だ。
 タオルで顔を拭いながら確認するとワタナベ一人だけでドクオの姿は無い。

从'ー'从 「ただいま〜」

ξ゚听)ξ 「「おかえり(だお)」( ^ω^ )

从'ー'从 「あれれ〜?ブーンさんになっちゃったんですか〜?」

( ^ω^)「うんお。ドッグはちょっとやすむってお」

ξ゚听)ξ 「?」

从'ー'从 「そっか〜じゃ、とりあえずご飯すませちゃいましょうか〜」

 ワタナベが手に持っていたバスケットをテーブルに置いた。
 中にはミルクの缶と焼き立てらしいクロワッサンが入っている。

 ワタナベに勧められるまま、ツンはクロワッサンに噛みつく。
 ふわりと柔らかい生地。香ばしいバターの香りが鼻をくすぐった。
 噛めば噛むほど嫌味のない優しい甘みが口内を満たし、ツンは幸福に包まれる。

 ワタナベがミルクを注いだグラスを差し出してくれた頃には、既に一つを食べ終えてしまう。
 それほどに美味いクロワッサンだった。

40 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:39:56 ID:APnc/dbM0

ξ*゚听)ξ 「もう一ついい?」

从'ー'从 「どうぞ〜。おいしいですよね〜」

( *^ω^)「ハムッハフッ。うふぇえお。ふぉれぼぉこのパン屋だお?」

从'ー'从 「通りを西に行ったところにあるイトールパン工房って言うお店ですよ」

ξ*゚听)ξ(あとで買いに行こう)

 三人でテーブルを囲み黙々とパンを食べる。
 バスケットの中には四人分ほどのクロワッサンがあったが、少しした頃には全て食べきられていた。

( *^ω^) 「げふー」

 主に、ブーンが食ったわけだが。
 それにこの男、クロワッサンを食い漁ったばかりではない。

从'ー'从 「はい、ブーンさん大五郎ですよ〜」

( *^ω^)「ありがとうだお〜」

 朝っぱらから大五郎(焼酎の銘柄のこと。この場合はカップタイプを指す)だ。
 まさか日ものぼりきらないうちから

( *^ω^)「ふぃ〜生き返る〜」

 こんな有様だとは、少々人格を疑う。
 ツンは禁酒委員会とその支持団体を忌み嫌っているが、酒乱も同じくらい嫌いだ。

42 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:40:37 ID:APnc/dbM0

( ^ω^)「お、なにかいいたそうだおね」

ξ゚听)ξ「…別に。朝から酒を飲むなんて、って思っただけ」

( ^ω^)「おー、ちょっとわけありなんだお」

 朝から酒を飲まなければいけない訳という奴を問い詰めてみたかったが
 酔っ払いの戯言に付き合うのも馬鹿らしいとため息一つでこの話題を終わりにした。
 と、ここで改めてツンはもう一人の男を思い出す。

ξ゚听)ξ 「そういえば、ドクオの分は取っておかなくて良かったの?」

( ^ω^)「?…あ、そうか」

ξ゚听)ξ「?」

从'ー'从 「ツンさんはしらないですもんね〜」

ξ゚听)ξ 「??」
 
( ^ω^) 「えーっと、「なに言ってんだコイツ」って思わないで聞いて欲しいんだけお」

ξ゚听)ξ「うん」

( ^ω^)「ドクオは僕なんだお」

ξ゚听)ξ

 なに言ってんだコイツ。

43 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:41:40 ID:APnc/dbM0

从;'ー'从 「ブーンさんそれじゃ分んないですよ〜」

( ;^ω^)「おー、いっつもドクオに任せてたから上手く説明できないお…」

从'ー'从 「ドクオさんに代わってもらったらどうです〜?」

( ^ω^)「そうだおね、ちょっと待って欲しいお」

 一体なんだって言うんだ。
 ツンは疑惑に満ちた目でブーンを窺う。
 ブーンは目を瞑り、何か考え事でもするように動かない。
 余りに動かないものだから、服に付いた先ほどのクロワッサンの食べかすが目に付いた。

 元から綺麗なシャツではなかったが、こんなにカスをつけてみすぼらしいとため息をつきかけたところでツンは気付く。
 それを確かめるため、椅子に座ったまま上半身を倒しブーンの下半身を覗いた。
 やはりだ。このブーンという男、服だけでなくベルトやブーツなども、ドクオと同じものを身に付けている。

 そこから導き出される答えは……

ξ;゚听)ξ「ゲイカップルの……ペアルック?」
 
('A`) 「誰がゲイカップルじゃ」

ξ;゚听)ξ 「イタッ」

 ドクオに頭を叩かれた。
 そう、ついさっきまでブーンが座っていた場所に座っているドクオに、ツンは鋭い突込みを受けたのだ。

44 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:42:44 ID:APnc/dbM0

ξ;゚听)ξ 「???」

('A`) 「せっかくわざわざ変わってやったのに、肝心の瞬間を見てねえんだから」

ξ;゚听)ξ

                  
         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すわ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{ ツン j} /,,ィ//|       『私はブーンの前で話を聞いていたと
      ξi|:!ヾ、_ノ/ u {:}/ξ、        思ったらいつのまにかドクオの前だった』
      ξ|リ u' }  ,ノ _,!ヘξ |
       _,ξfト、_{ル{,ィ'eラ ,ξ人        な… 何を言ってるのか わからないと思うけど
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        私も何が起きたかわからなかった…
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        頭がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    催眠術だとか魔法だとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなチャチなもんじゃ 断じてないの
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ…



(;'A`) 「ちゃんと説明してやるからその雑な顔やめろ」

45 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:44:12 ID:APnc/dbM0

('A`) 「俺とブーンは本来まったく別の個人だったんだが、魔法によって融合させられている」

ξ゚听)ξ 「キメラってこと?それにしては…」

('A`) 「そう、一般的な融合とはかなり違う。存在の同一化、ってとこだな」

('A`) 「細かいことは俺達にもわからないんだが」

('A`) 「一つの身体で、「('A`)優位の状態」と「( ^ω^)優位の状態」がある、というと分りやすいかな」

ξ゚听)ξ 「今は、そのドクオ優位の状態ってこと?」

('A`) 「そう。ちなみに俺は魔法を使える変わりに、力が弱くて格闘戦は無理なんだけど」

( ^ω^)「僕優位に切り替えれば、力が強くなって剣を扱うことが出来るんだお」

 目の前のドクオが、一瞬でブーンに変貌する。
 僅かな煙を伴うだけで音も光も無い。
 正直、かなり心臓に悪かった。

ξ゚听)ξ 「…へえ、結構便利じゃない」

('A`) 「いやいや、元は二人なんだから不便のほうが多いよ。それに、」

 ドクオに戻り、大五郎を一口。
 ああ、とおっさん臭い息をもらした。

46 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:46:16 ID:APnc/dbM0

('A`) 「あくまで、優位の状態であって、完全な「俺」ではないんだ」

ξ゚听)ξ「……!そっか。魔法の素養が異なるブーンが混ざってるって事は」

('A`) 「そ、俺本来の魔法の性能が引き出せないんだよ。魔法力が劣化しちゃってるからな」

( 'ω`)「それ言ったら僕もだお。体が弱くなっちゃって、ちょっと無理するとすぐ筋肉痛だお」

从'ー'从 「なんかころころ変わっておもしろ〜い」

 ツンはワタナベほど気楽には見られない。
 目の前でポコポコ姿を変えらるこの状態はどうにも慣れないのだ。
 それに、こんな意味不明な融合の仕方、上級の魔法使いでも出来るかどうか。

ξ゚听)ξ 「そんなでたらめな魔法、誰にかけられたのよ」

 そう言いつつも、ツンの中で予想は出来ていた。
 不受理にしか見えない奇想天外な魔法を扱えるものはそう多くは無く、
 そのうちの筆頭を昨日ドクオ本人の口から聞いたばかりだ。

('A`) 「んまあ、昨日も言ったばっかりだけど」

('A`) 「『魔女』、だよ」

 やっぱりね。
 心の中でため息のような悲嘆のような呟きを零し、ツンはミルクに口をつける。
 少しぬるくなったミルクはほんのりとした甘みを残して咽の奥に消えていった。

  *   *   *

47 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:47:05 ID:APnc/dbM0

 ワタナベの家を出たツンはドクオ達と別れ目的の場所へと向かっていた。
 道に迷わないように地図に分りやすいルートを書き込んでもらったので今日こそは大丈夫だろう。

 ツンの目的地は、VIPシティの中心地にある大手酒造会社、『大五郎酒造』の本社。
 酒類根絶法が敷かれて以降、唯一飲用のアルコールを販売している会社である。
 さらには根絶法による取締りを担当する「禁酒委員会」の弾圧に対抗するために
 私設の軍隊を保有しており、反体制の自治組織の印象も世間一般には多い。
 
 VIPシティが繁華街としてとして有名なのは、こうした大五郎酒造の庇護の下、
 酒を安心して飲めるからというのが大きな理由の一つだ。

 
 ※尚、酒類根絶法とそれにまつわるエトセトラは、長くなるためまた後々解説を加えるが
   実際のところでは

   「酒飲んじゃダメな法律がある」
   「その法律を推進する国家権力がいる」
   「それに反抗して軍まで作った大五郎マジパネェッス」

   程の認識でなんら問題ない。


ξ゚听)ξ 「さてと、ついたわね」

 ツンは、目の前の建物を見上げた。
 一見すれば教会のようにも見える建物だが、掲げられた「大五郎」の看板を見れば馬鹿でも違うと分る。
 更に、地面や壁を構成する大理石。
 建物そのものもかなり大きく、教会よりも城と言った方が言いえているかもしれない。

48 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:48:32 ID:APnc/dbM0

ξ゚听)ξ 「さーてと、志願兵はどこに行けばいいのかしら」

 ツンの目的は、大五郎酒造の私設軍に入り力をつけること。
 そして、いずれは……

 一呼吸置いて、ツンは扉を押し開ける。
 滑車付きのため見た目の割りに開きやすい扉だった。

 中は広々としたホールになっている。
 壁や床の材質はやはり大理石。
 そこに深紅のじゅうたんが引かれ、その先に受付と思しきカウンターがあった。

『从'ー'从「近くまで行けば馬鹿みたいに大きい建物があるんで〜すぐ分ると思います〜」』

 ワタナベの言葉は嘘ではなかった。
 むしろ足りないくらいだとさえ思う。
 玄関広間ですらこの無駄な広さ。

 ここはなんだ。城か。王さま気取りか。
 嫉妬由来の理不尽な怒りに燃えるツンを差し置いて、受付に二人の女が現れる。

ミセ*゚ー゚)リ 「お早うございます」

(゚、゚トソン 「本日のご用件は何でございましょう」

 これが噂に聞く受付譲というやつか。
 なんか上品なかっこして気に食わないから思いっきりいびってやろう。
 そんな猫の額ほどの心をもって、ツンはカウンターに歩み寄った。

  *   *   *

49 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:49:38 ID:APnc/dbM0

 日が傾きかけていた。
 大きなショウウィンドウから差し込む日の光はとても穏やかでうたた寝を誘う。

('、`*川 「今日はひまねえ」

 イトールパン工房の女主人、伊藤ペニサスは精算台に肘を付いてため息をついた。
 近くに大型の量販店が開いて以降、どうも客足が芳しくない。
 製品の質は変わらない、むしろ向上すらしているのに売り上げが伸びないとなると、
 色々と考えなければいけない時期かも知れない。憂鬱な思考に頭も瞼も重い。

 一組、馴染みの老夫婦が食パンを一斤買っていったが、再び店内は無人になる。
 ため息をつくと幸せが逃げるというが、ため息の止まらないこと自体が不幸ではないのか。

 無料で配っているパンの耳を齧る。
 美味い。
 ほんのりと焦げた香ばしい風味に、上質な小麦と天然の酵母が織り成す自然な甘み。
 相変わらずウチの旦那はいい仕事するわあ、と妙に嫌味臭い独り言がもれた。

('、`*川 「あら、いらっしゃい」

((( ^ω^)

 新たな客は少々丸みお帯びた顔の、どうにも覇気に欠ける男だった。
 地なのかパンを目の前にした喜びなのか分らないが、妙にニコヤカな表情をしている。

('、`*川 (旅の、剣客か)

 男のマントの隙間から見えた業物の剣。ここいらの物でなく、大陸の端からの渡来品のようだ。
 そん所そこらの物好きが手を出したにしては、拵えが玄人好み。

50 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:50:23 ID:APnc/dbM0

 男は購入用のトレーにぽんぽんとパンを載せていく。
 どうも一般的な量では無い。
 クロワッサンからジャム入り菓子パン、バケットにブールも。
 比較的多種類のパンを扱っているイトールパンではあるが、ここまで幅広く買う客は始めてだ。

( *^ω^)「うふふ……」

('、`*川 「毎度。随分買うのね」

( *^ω^)「おっおー。ちょっとお世話になった女の子にお礼も兼ねてだお」

('、`*川 「あらあら、ウチはプレゼント包装の類はやって無いんだけど」

( *^ω^)「そんなんいらんお。パンは美味ければそれだけで素敵だお」

 これだけホクホクとした表情で言われると嬉しいものだ。
 売り上げとしてもかなり貢献してくれているし、意外といい男かもしれない。

 会計を済ませ、専用の紙袋にパンを詰めていく。
 何しろ量が量なので時間がかかる。
 忙しい時間ならゴミ袋に放り込んで渡していたかも知れない。

('、`*川 (ほんと、暇でよかったわ〜)

 自分で言って虚しくなったが、気にしない。
 人生何事もプラス思考だ。

51 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:51:07 ID:APnc/dbM0

( ^ω^)「お?」

 男が間抜けな声を上げる。
 丁度最後の一つを袋に詰めたところだったので、ペニサスも顔を上げた。
 男の言わんとすることは分る。外がなんだか騒がしいのだ。

('、`*川 「何かしらね?」

( ^ω^)「この街は揉めごと多そうだおねー」

('、`*川 「大五郎のお陰で、血の気の多い馬鹿が集まってくるからね」

( ^ω^)「おー、そんな迷惑な奴らとは関わり合いになりたくないおー」

 男がそういった瞬間、店の前を一人の女が走り抜けて行く。
 一瞬だったのでよく見えなかったが、まだ若く、美しい金色の髪を二つに縛っていたようだ。
 その後ろを屈強な男達が追って行く。あれは、大五郎酒造の憲兵の制服だ。
 怒り狂った雄牛のように、荒々しい足音が周囲に響いた。

('、`*川 「あらあら、なんか大変そう」

 のんきに呟いたペニサスとは対照的に、男は外に目を向けたまま固まっている。
 どうやら、本人の望みと違い、関わりのある人間だったらしい。

52 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:52:16 ID:APnc/dbM0

( ;^ω^)「ああん!もう!」

 男が跳ねるように店を出てゆく。
 買ったパンをどうするのか、と訪ねる間もない。
 顔の割りに俊敏な、犬を思わせる動きだった。

 走り去った女と男達を追って、視界の外へ。
 店の中に残ったのは、今通り過ぎた嵐の余韻と、男が置いていったパンの山だけだ。

工房] ゚∋゚) ヒョコッ

 店の奥の工房からペニサスの旦那が現れる。
 騒がしさが気になって出てきたようだ。

工房] ゚∋゚)?

('、`*川 「なんでもないわ。パン結構減ったからサボってる暇ないわよ」

工房] ´、三 ピャッ

 ペニサスよりも頭二つ大きい身体の癖に妙に俊敏に、旦那は奥へ戻っていった。
 再び店内はペニサス一人。

('、`*川 「今日も平和ねえ」

 その呟きを聞くものはおらず、ただただ日の光の中に融けていった。

  *   *   *

53 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:53:22 ID:APnc/dbM0

ξ;゚听)ξ 「ぬぬぬぬかったー!!」

 ツンがVIPシティに来てから二度目の揉め事だった。
 頻度で言うと一日一回。愚痴を漏らしたくもなるが今回は自業自得なのでぐっと我慢する。

 そしてまたもや袋小路の行き止まり。
 なんだこの街は。そんなにピンチを演出したいのか。クソが。
 もうちょっと街づくりを考え直せ。時代はバリアフリーだぞ。クソが。

 思いつく悪態すら少々頭が悪かったが、追い込まれて余裕が無いからだと弁明したい。
 相手は五人。しかも昨日のごろつきよりも強い。
 
( 0言0)「観念しろそこの女!!」

 リーダーの一人が息荒くツンに近づく。
 手に持った小ぶりの斧が怪しく光る。投げても使える汎用性の高いものだ。

( 0言0)「天下の大五郎本社で魔法ぶっ放したんだ!覚悟は出来てるんだろうな!!」

 そう。少々止む終えない(もといクソしょーもない)理由でツンちゃん大爆発in大五郎本社してしまったのだ。
 それで大五郎に雇われている末端の傭兵に追われているというわけである。
 大人しく逃げればよかったのだが、ついつい二人ほどぶっ飛ばしてしまったのでより厄介なことに。

 非常にご立腹の様子の傭兵さん達は、さすが天下の大五郎に雇われているだけあって相当に強い。
 二人伸す事が出来たのはあくまで奇襲だったから。
 そして奇襲だったからこそ残りの彼らは余計に怒髪天。

 ああ、何故この世の中はこんなにも上手く行かないのか。

54 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:54:26 ID:APnc/dbM0

ξ;゚听)ξ 「やるっきゃないか!」

 試しに魔法式の展開をこっそりと始めてみる。
 魔法に詠唱はつき物だと思われているが、あくまで集中を高めるためのものであり絶対ではない。
 詠唱ありの場合に比べると精度も速さもいまいちになるので出来れば使いたくなかったが
 昨日格闘で不覚を取ったばかりなのでちょっと無理やり魔法を使ってみる。

 しかし、これも上手くはいかない。

( =(l)ェ(l)) 「魔法を使う気だみゃー!!」

 という仲間への注意喚起と共に投げナイフが放たれた。
 ナイフ自体はかわすことが出来たが、お陰で展開途中だった魔法式は瓦解してしまう。
 残りツンが頼りに出来るのは腰の後ろに差したコンバットナイフと、ブーツのみ。

 ブーツには風の魔法がかけてあり、回数限定ではあるものの何の予備動作もなしに発動できる。
 夕べ仕込みなおしたが、逃げる過程で二度使ってしまったので後二回。
 数秒に満たない発動時間では五人を倒すことは無理だ。
 魔力をケチらずにもっと上等な魔法を仕込んでおけばよかったと後悔する。

ξ;゚听)ξ (これ完全に詰んだわ)

ξ;゚听)ξ

ξ;゚听)ξ (ツンちゃんだけにツンだわ)

 くだらないことを考える余裕は辛うじて残っていた。

55 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:55:15 ID:APnc/dbM0

 ナイフを構え威嚇してみたが、憲兵たちはジリジリと歩み寄ってくる。
 一対一ならば何とかなりそうな相手ではあるが、向こうに数の利がありすぎる。
 それに加え統率の取れた憲兵だ。連携に大きな穴は無いだろう。

 ツンの背中が壁につく。完全な行き止まりだ。
 対して憲兵達は互いにある程度間を取ってツンを追い詰めてきている。
 一気に飛び越えて逃げることも、瞬時に倒すことも不可能な間隔。

ξ;゚听)ξ 「くっそー」

( ^ω^)「ピンチだおねえ」

ξ;゚听)ξ「うっさいわね!他人事だと思って!!」

ξ;゚听)ξ

( 0言0)

( ^ω^)「おいすー」

ξ;゚听)ξ 「きゃっ!」

( ;0言0)「な、なんだてめえ!!」

( ^ω^)「おー、この子の知り合いみたいなもんかおー」

56 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:55:55 ID:APnc/dbM0

 ツンの隣に、いつの間にかブーンがいた。
 気配も姿も声をかけられる瞬間まで気付かなかった。
 憲兵達もそれは同じようで、先ほどまでの余裕が無くなり動揺が見て取れる。

( 0言0)「くっそ、仲間の魔法使いか!」

( ^ω^)「おーん?ブーンは魔法なんか使えないお」

ξ;゚听)ξ「あんた、いつの間に……」

( ^ω^)「ちょっと気配を消して来ただけだお」

ξ;゚听)ξ「んなアホな!」

( 0言0)「チッ。何だか良くわからねえが人数はこっちが有利だ、やっちまうぞ!」

( ;^ω^)「えっ?ちょまっ!僕は話し合いを……!」

 正に問答無用。まったくもって戦う意思を見せていないブーンに対し斧が振り上げられる。
 峰打ちのつもりのようだが、当たれば無事には済むまない。

 勢い良く振り下ろされた斧の先から、ブーンが消えた。
 ツンも、斧の男もその他の憲兵達もその動きを目で追う事は叶わない。
 男の斜め背後に現れたブーンの右手には片刃の剣が握られている。

57 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/09/08(土) 22:57:18 ID:APnc/dbM0

 声も無く斧の男が倒れた。
 切り傷の類は見当たらない。打った音すら聞こえなかったが峰打ちだったようだ。

(;=(l)ェ(l))「みゃー!!」

 予備動作無く素早く放たれるナイフ。
 ブーンはそれを難なく左手で掴み

( ^ω^)「返すお」

 鋭く投げ返した。
 ナイフは柄から飛んで行き、猫目の男の眉間にぶち当たる。
 これまた、声も無く失神。
 たった数秒の間に、返し技のみで二人を倒してしまった。

( ^ω^)「僕の名はブーン=N=ホライゾン。この子に何か非礼があったなら謝罪するお」

( ^ω^)「だからこれ以上荒事はやめて欲しいお」

 ツンは、ブーンの名前に何故聞き覚えがあったのかを思い出した。

 双刀使いの剣客ホライゾン。通称「オルトロス」。
 速く剛くそして容赦なく。その強さは最早人間ではなく、魔犬の如く。
 魔女の討伐に狩りだされ死んだ、と伝えられていたが、それは少々違ったということか。

 余りにかけ離れた印象だったのでまったく気付かなかったが、間違いない。
 この目の前にいる男こそ、噂に聞く百戦錬磨の傭兵だったのだ。

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