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928 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:12:52 ID:w60qyAcI0
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* * *
夫の亡骸を引き取ったその日に、殺害された現場を見に行った。
元傭兵の夫婦が営んでいた、酒造から直接仕入れている酒が人気の小さな店。
目の当たりにしたのは跡形もなく吹き飛ばされたその無残な姿だった。
所々に飛び散った血の跡が生生しく残り、僅かに臭う。
そこに、その少女は立っていた。
金髪を頭の左右で縛りゆるく巻きが入っている。
夫から話を聞いていたので一目でわかった。
彼女は、店主夫婦の娘だ。
ワンピースの服の裾を、青筋が浮くほど握りしめ、直立不動で店の残骸を睨んでいた。
その時、最も初めに浮かんだのは「哀れ」という同情の念。
憎悪と憤怒に心を凍らせ、ただ暗い目で地面にこびりつく血糊を見下ろしている。
思えば、あの時点で彼女は復讐を誓っていたのかもしれない。
一度は一人の女に戻り、幸せを得始め、それを根こそぎ奪われたィシと同じように。
* * *
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929 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:14:38 ID:w60qyAcI0
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空は、雨期を目前に控えた濁った水色をしていた。
肌に感じる空気の生ぬるさに、ツンは胸元のボタンをひとつ外す。
ξ゚听)ξ 「タカラ、矢、何本残ってる?」
( ,,^Д^) 「三本」
ξ゚听)ξ 「ひぃーふー……足りないね」
( ,,^Д^) 「数えるまでも無いにゃ」
ツンとタカラの周囲には、八人の敵がいた。
全員が武装済み。
しかも今までのように武器を持っただけでなく、急所を守る軽鎧の類を身に着けている。
厄介なのは、大きな槍と手槍を持ったリーダー格。
タカラの矢もツンの魔法も独特の曲線を生かしてそらされてしまう。
直接前に出ては来ないものの、安心できない威圧感があった。
ξ;゚听)ξ (ちょっと、やばいなー)
ツンたちの傍には傷つき血を流す大五郎の仲間が三人。
巡回中に奇襲を受け、瞬く間にやられてしまった。
連日の戦闘による疲労の蓄積もあったが、敵の手腕がそれ以上に見事であった。
ツンとタカラが無事だったのは、運が良かったに過ぎない。
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930 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:16:04 ID:w60qyAcI0
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ξ;゚听)ξ (……ここまでが、きっと狙いだったんだ)
散発的な襲撃で大五郎に消耗を与え、気の弛んできた来たところを主力が叩く。
それも支店本体をでは無く、巡回中の末端をこそぎ落とすように。
ξ;゚听)ξ (長期化を見越して……?)
一気に潰すよりも、泥沼に追い込んだ方が、大五郎側の損失は大きい。
客の入りは悪くなり、経費は逆にかさむのだから。
サロンでの勝負よりも、手の出せないVIP本社に間接的にダメージを与えることを優先したのかもしれない。
ξ;゚听)ξ (……そんなんことよりも、この状況を何とかしないと)
囲んでいる八人は確実に手練れの部類だ。
仲間の三人に攻撃を加えた後、タカラとツンが戦闘体勢に移行すると、無理に押し攻めず下がって今の陣形を組んだ。
混戦の中でならまだしも、正面切ってやり合うには辛い。
襟元で、ニョロが大きく口を開け威嚇する。
敵は動じる様子も無く、一定の間合いを保ってツン達の隙を伺っていた
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933 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:18:22 ID:w60qyAcI0
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ξ;゚听)ξ 「タカラ、残りの矢全部外すなって言ったら、できる?」
( ,,^Д^) 「どうする気にゃ?」
ξ;゚听)ξ 「切り込むから、援護して」
( ,,^Д^) 「……いつもの魔法で、ツンだけ逃げても良いにゃ」
ξ;゚听)ξ 「できるわけないでしょそんなこと」
ツンがナイフを握り直すと、敵も動く。
警戒されていては一撃で打ち倒すようなことは難しいだろう。
危険は承知だが、逃走という選択肢を消せば、ツンが前に出てタカラに援護を任せるしかない。
それも、フリーになったタカラが直接狙われれば、叶わぬ策なのだけれど。
ξ;゚听)ξ (ニョロ、“ストーム”)
ニョロは、ツンが使った魔法をほぼそのままコピーし、扱うことが出来る。
この特性に気づいてからいくつか魔法を教え込んでおいた。
使用を命じたのは、その中でも対象範囲の広いものだ。
ニョロがスムーズに魔法式の展開を開始する。
魔法で強制的に隙を作って、最低一人、できれば三人は落としたい。
それが、策というには杜撰な狙い。
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935 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:20:52 ID:w60qyAcI0
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ツンが闘志を高めたのを見抜いたか、敵が武器を構え包囲を狭める。
鈍く光を反射する両刃の剣。
リーチでは完全に不利だ。
ξ゚听)ξ (……やるしかないけど!)
魔法式の完成と同時に、ニョロが魔法を発動。
ツンの、ニョロの周辺の空気がうねり、さながら大蛇の尾のように四方八方へ放たれた。
埃を舞い上げ、目に見える暴威となった風に、敵達は体勢を崩す。
ξ#゚听)ξ 「!!」
ブーツの魔法を発動。
間髪置かず地面を蹴った。
狙いは、正面の剣を構えた男。
ξ#゚听)ξ 「だあ、らっ、しゃあッ!!」
魔法の効果は思いの他大きく、宙を駆けたツンの靴底はあっさりと敵の顔面を踏み抜いた。
鼻の潰れる確かな感触。
のけぞった敵の兵は、受け身も取らず後頭部から地面に倒れ、それでも勢い収まらずさらに転がってゆく。
これをのんびり見ている暇はない。
着地してすぐに、ツンは上へと飛び上がった。
先ほどまで首のあった位置を別の敵兵の白刃が薙ぎ払う。
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936 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:21:34 ID:w60qyAcI0
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少し離れた場所に着地。
傍にいた敵兵がすぐさま反応した。
僅かにバランスを崩すツンに、下方から剣を振るう。
ξ;゚听)ξ 「……ッ」
体を倒し辛うじて回避。
しかし追撃は止まらない。
男は一歩踏み込み、剣を振り上げた腕に力を籠め直す。
ξ;゚听)ξ 「あ」
回避が間に合わない。
ツンがそう判断し、思考が停止しかけた瞬間、ニョロが魔法を放つ。
唸りをあげる空気の弾丸は男の喉仏に深く食い込んだ。
唾液を吐き出し、被弾した場所を片手で庇いながら男が後退し、倒れた。
至近距離で受けたため、喉は確実に潰れただろう。
追撃の必要性が無いと判断して、ツンは新たな敵に意識を移した。
身を起こし体勢を立て直したツンの頭部を刃が一閃。
仲間を二人やられ、敵兵も少し浮き足立ったようだ。
狙いが甘い。
屈んでやり過ごし、懐へ。
剣を振り切り大きく隙の出来た脇腹にナイフを突き立てる。
引き締められた腹筋は思いのほか刃を受け入れず、半分ほどで止まった。
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937 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:24:22 ID:w60qyAcI0
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ξ#゚听)ξ 「ッ」
男の苦しげな呻き。
ツンは刺さった切っ先を無理やり横に流し、腹を切り裂いた。
内臓に達するほどでは無かったが、傷口は滾々と血を溢れさせている。
ξ゚听)ξ (これで、三人!)
いけるかもしれない。
ツンの中に希望が生まれる。
目線をタカラへ。
彼は小剣を手に持ち二人の敵兵と格闘していた。
やはりツンが特攻した後間合いを詰められたらしい。
少し離れた所に膝に矢を受けて動けない敵兵と、弓が転がっている。
ξ;゚听)ξ (不味い!)
タカラも格闘戦が弱いわけではなかった。
ある程度の敵ならば十分にあしらえるだけの力量は持っている。
しかし、今回の敵は強い。
少なくとも二対一でやり合うには難しい相手だ。
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938 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:27:08 ID:w60qyAcI0
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タカラに意識の向いていたツンに、背後から敵が切りかかる。
足音で察知。前へ転がって、大きく回避。
追撃に来た敵をニョロが空弾の魔法で迎え撃つ。
敵は躱そうとするも避けきれず、胸の軽鎧で無色の弾丸を受け止めた。
木に皮を張り付けた防具が鈍い音を立てたが、本人へのダメージは少ない。
それでも衝撃は大きく、隙は作った。
残り僅かになったブーツの魔法の効果を惜しまず、ツンは足に力をためる。
今はまずタカラの援護を優先しなければ。
ナイフを握りしめ、敵の片方に狙いを定めた。
だが。
ξ; )ξ 「ぐぅっ!」
跳ぶ寸前のツンの横から、リーダー格の男が盾をを利用しての突進。
速く、静かで完全に虚を突かれた。
硬い盾の感触が体を押し、跳ね飛ばす。
受け身もそこそこにツンは地面を数度転がり、止まった。
不意の衝撃で気が動転し、痛みは熱のように身体の芯に滲む。
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939 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:29:40 ID:w60qyAcI0
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半ば脊髄反射で上半身を起こしたツンの耳に、甲高い金属音が聞こえた。
少し遅れて地面に小剣が落ちるのが見える。
タカラの武器だ。本人は追い込まれ、尻餅をついている。
ξ; )ξ (こんなところで、やられるわけには!)
不調を痛みで訴える体を根性で働かせ、ブーツの魔法を再度発動。
両手を地に突き、抉れるほど地面を蹴った。
鈍い音を立てて土が舞い上がる。
走り出しから一歩、地面に落ちた小剣を左手で回収。
タカラに止めを刺そうとしていた敵は、その気迫に押され、意識をツンに向けた。
ξ#゚听)ξ 「だっ!!」
残り数歩。
ツンは走りの勢いそのままに、ナイフを投げつける。
回転する刃は咄嗟に引き上げた敵の腕に当たり弾かれた。
間髪置かず血が噴き出す。
怯んで傷口を抑え、屈みこんだ額をツンはつま先で思いっきり蹴り上げた。
ブーツに仕込まれた鉛と骨がぶつかり合う、通りのいい音。
魔法で強化された脚力は、意識を吹き飛ばすのには十分である。
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940 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:31:35 ID:w60qyAcI0
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もう一人、タカラを襲っていた敵兵は状況に追いつき剣を構えツンヘ。
しかし、その足をタカラが咄嗟に払う。
姿勢を崩し地面に手をついた男の後頭部を、ナイフの柄尻で殴り抜いた。
低い呻きを上げ、ツンの足に縋りつくようにずり落ちて、男は地面に伏せる。
これで残り二人。
ツンは全身に複数の打撲。
タカラは腕に浅い防御創を追い、武器を手放している。
対して敵は最も厄介な盾の男と、魔法弾を鎧越しに受けただけの男。
不利は不利だが、相手側は多勢だったところを押し返され動揺があるはずだ。
かなりの窮地から、それなりの窮地程に状況は改善された。はず。
<ヽ`∀´> 「……下がってるニダ。お前じゃ、やられるだけニダ」
盾の男が前に出た。
これまで様子見を決め込んでいた時とは違う、明らかな殺気。
盾を前に槍を隠しにじり寄ってくる。
下手に襲い掛かれば、盾で攻撃を防がれた後、槍で一突きだろう。
ニョロは空弾の魔法をキープしているが、これで隙が作れるかどうか。
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941 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:32:55 ID:w60qyAcI0
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緊張が漂う。
剣を構え、正面から睨みつけた。
盾の怖さは単なる防御の長だけでない。
上半身が隠れるせいで相手の反撃への対処がどうしても後手になる。
相手の予備動作を見抜いて反応するツンの戦い方とは根本的に相性が悪い。
男が一歩。枝が踏まれて音を立てる。
ギリギリの間合い。
余り粘るとブーツの魔法の効果が切れる。
ξ#゚听)ξ 「……ッ!」
<ヽ`∀´> 「!」
考えるのをやめて、ツンは男に突撃した。
姿勢を低く、小剣を前に素早く迫る。
相手が盾を構えれば狭まった視界を利用して横へ回る。
槍で反撃してくれば、
<ヽ`∀´> 「ダァ!」
気合いと根性で躱す。
当たった時のことは当たってから考える。
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942 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:34:45 ID:w60qyAcI0
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男の突き出した槍の狙いは正確で、鋭い。
足首を横へ倒し無理やり身を捩じって回避。
細い矛先がツンの服と胸元の皮膚を切り裂いた。
痛みで脳が揺らいだ。
刺激的な信号が目の奥で弾け、思考が一瞬白に染まる。
何とか突き出した足でたたらを踏みながらがらも倒れることは防いた。
衝撃で血が零れ落ちる。
立ち上る血の臭いが、鼻に不快な濁りを与えた。
ξ#゚)ξ (ッ!)
体勢は不十分。
対して敵は槍を横に薙ぐだけでツンに追撃を行える。
しかし、男は追撃に出ず盾を構えた。
刹那遅れてニョロが魔法を発動。
魔法弾が男を襲うも、盾によってあっさりと受け流され、数歩後退させるにとどまる。
男が追撃に来ていれば確実に仕留められていたはずだ。
ふらつきながら間合いを取り、ツンは歯噛みする。
必要だったとは言え、ニョロに魔法を使わせ過ぎた。
完全に警戒されてしまっている。
ツンが痛打を受ける危険性は減ったが、逆にこちらが有効打を与えるチャンスも減少した。
傷を負ったこの状態では、苦しい。
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943 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:35:58 ID:w60qyAcI0
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足取りの不安定なツンに、男は猛然と突撃した。
盾を掲げているため、下手な反撃は通用しない。
ツンは腕身体を庇い、後方へ飛ぶ。
冷たく硬い盾がツンの体を跳ね飛ばす。
打撃としての威力は軽減されたものの、体は再び地面を跳ね、木の幹にぶつかって停止した。
見開いた目の中で、意識の弾ける火花が飛んだ。
ξ; )ξ 「……かはッ」
唾液が漏れる。
平衡感覚が失われ、自分が仰向けなのか伏せているのかも判断つかない。
ニョロが魔法を放ったのが分かった。
恐らく効果は無いだろう。
盾と魔法弾が擦れる音が聞こえた。
(#,,^Д^) 「ッ」
タカラが弓を拾い、矢を放つ。
男のがら空きの背中を狙ったのだが、後ろ手で振り上げられた盾にあっさりと防がれた。
恐らくタカラが狙っているのをわかっていながらあえて撃たせたのだ。
これで、矢は残り一。
タカラはすぐさま矢筒へ手を伸ばす。
しかしここでも男の方が一歩速い。
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944 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:37:02 ID:w60qyAcI0
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右手の槍がくるりと逆手に持ち返られる。
そのまま、振り返る勢いを利用しての投擲。
音も無く放たれた手槍は、弓を構えようとしていたタカラの左太ももに突き刺さった。
鋭い矛先は簡単に肉を分ける。
自重で下がる柄が、切っ先を持ち上げさせ、タカラの太腿が深く抉れた。
(;,^Д^) 「……ぐッ」
ξ;゚)ξ (……強い……ッ!)
手も足も出ない。
仮に初めからこの男一人だったとしても、相当の苦戦、あるいは敗北だっただろう。
勢いに甘んじて逃げなかった二人の失策だ。
囲みを破った時点で逃走も可能だったのだから。
何とか四つん這いになれる程度の平衡感覚を取り戻したツンに、男が歩み寄る。
腰の裏から山刀を引き抜き、盾もすぐに構られる位置を保っていた。
これだけ勝敗の決した状況でも、微塵も油断が無い。
余裕ぶっこいてへらへらと寄ってきてくれれば、何とか一撃ぶち込むくらいは出来たかもしれないのに。
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945 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:38:08 ID:w60qyAcI0
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「はいよはいよー!!ちょっと待ってねーー!!」
万策尽きた状況にそぐわない能天気な声が、聞こえる。
木々を縫って突如現れた、大五郎のジャケットを着た若い男。
ミンクス=フェイクファーだ。
ミ;´・w・ン 「ちょっと、困るんだよね!」
剣を振りかぶって飛び込んだミンクスを、男は盾で受け止める。
ミンクスは粘らずにすぐさま後退。
ツンを庇うように立ちはだかる。
ミ;´・w・ン 「いんやー、間に合ってよかった。一回やってみたかったんだよね、こう、颯爽と助けに来るの」
ξ;゚听)ξ 「あんたが、敵う相手じゃないから、さっさと……ッ!」
ミ;´・w・ン 「大丈夫大丈夫。戦うのは僕じゃないし」
ξ;゚听)ξ 「は?」
<ヽ`∀´> 「……こうなる前に終わらせたかったニダね」
多数の雑踏が聞こえ、次々と武器を携えた荒くれたちが現れる。
見たことのある顔が数人いた。
これは、
〈::゚−゚〉 「無事、ではないな。ディレートリ」
禁恨党。
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946 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:39:54 ID:w60qyAcI0
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<ヽ`∀´> 「……」
〈::゚−゚〉 「手を出すな。真面にやり合えばこちらの損害も少なくは済まん」
男を囲む禁恨党のメンツ。
状況は先ほどまでの真逆だ。
<ヽ`∀´> 「正直、こんなに早く貴様が出てくるとは思わなかったニダ」
〈::゚−゚〉 「……」
<ヽ`∀´> 「様子見は飽きたカ?それとも、別な理由ニカ?」
〈::゚−゚〉 「なに、貴様のような大物の首を取る、いい機会だと思っただけさ」
<ヽ`∀´> 「……ウリに勝てるつもりカ?」
囲まれながらも男の闘志は一切萎えていない。
むしろさらに高まっているようにすら見えた。
〈::゚−゚〉 「貴様こそ、私たちを倒せるつもりか?」
<ヽ`∀´> 「一度は剣を置いたロートルが」
〈::゚−゚〉 「そのロートルに再び剣を持たせたのは、貴様らだ」
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947 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:41:10 ID:w60qyAcI0
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ィシの得物は相変わらずのハルベルト。
それを、両腕で突き出す形で構える。
切っ先が全くぶれていない。彼女が十分に扱うだけの力を持っている表れだ。
男が盾を引き寄せる。
まともに受ければ、長柄の斧刃はたやすく盾を割るだろう。
しかし男には受け流す十分な腕がある。
〈::゚−゚〉 「ッ!」
<ヽ`∀´> 「!!」
刃を横にし、ィシが突きを放つ。
構えからの自然な動きで、予備動作もほとんどない。
それでいて力強い踏み込みが生み出す矛先の破壊力は、喰らわずともわかる。
男は盾を斜めに、突きを右へ流す。
耳に痛い金切音。
斧刃は逸らされながらも、盾に張られた薄い鉄板を引き裂いた。
男は流した勢いを利用し、体を回転。
右手に持った山刀が振り向きざまにィシを薙ぐ。
ハルベルトの先端が足元へ引かれ、入れ替わりに振り上げられた柄が山刀とかち合った。
ィシの手と手の間。
鉄張りのそこに、刃が半分程めり込む。
受け止められなければ、首を切り裂いていた正確な一撃だ。
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948 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:42:33 ID:w60qyAcI0
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背を向けたままでの押し合いを不利と察した男は素早く山刀を引き、後退。
囲んでいた禁恨党の輪が歪みながら広がる。
ξ;゚)ξ (すご……)
ツン達、二人と一匹でもあしらわれた相手と、ィシはほぼ互角。
呼吸の乱れは小さく、闘志の昂りが見て取れた。
<ヽ`∀´> 「……腕は鈍ってないニダね」
〈::゚−゚〉 「そっちは、狩りの真似事ばかりしていて、腑抜けたんじゃないか?」
<ヽ`∀´> 「ホルホル……」
男がさらに半歩下がる。
ィシはにじり寄る様に間合いを詰めた。
もう一人の敵は、盾の男の意図を読んで男の背後についた。
<ヽ`∀´> 「ハッ!」
踵を返し、男は駆けだした。
仲間の一人と、ツンが戦闘不能に追い込んだ数人もそれに従う。
囲んでいた均禁恨党の兵が二人、立ちはだかろうとするもあっさりと弾かれた。
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949 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:43:48 ID:w60qyAcI0
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〈::゚−゚〉 「チィッ!」
ィシが追う。
重量武器を持っているとは思えない身のこなしだが、足の速さでは相手に分があった。
素早く木々の合間に滑り込み、姿を隠す。
恐らく非常時の逃走経路も準備していたのだろう。
下手に追えば、逆に窮地に追い込まれる可能性もある。
〈::゚−゚〉 「いい、深追いはするな!」
ξ゚)ξ 「……ィシ、さん」
〈::゚−゚〉 「すまなかった。襲撃のポイントを絞るのに手間取ってな」
ミ´・w・ン 「でもよかったよ。胴と首が繋がってるうちに間に合って。まあ……」
ツンを助け起こそうとしたミンクスの腕にべったりと血がこべりついた。
胸の傷は見た目以上に深く、血が止まる気配が無い。
ミ;´・w・ン 「結構やばいみたいだけど」
ξ )ξ 「……ッ」 グラッ
ミ;´・w・ン 「ちょっと!」
〈::゚−゚〉 「シーン!応急処置の魔法を!」
* * *
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950 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:45:14 ID:w60qyAcI0
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(´・_ゝ・`) 「それは、芳しくねえなあ」
ナガオカの報告を受けたデミタスは気だるげにコーヒーを啜った。
椅子の背もたれに体重を預け眉間には皺が寄っている。
_
( ゚∀゚) 「潜入中の部下の報告では、大五郎本社から更なる援軍もあるとか」
(´・_ゝ・`) 「それはまあ、いいんだよ。向こうが金と労力を使ってくれる分には、狙いから外れねえ」
_
( ゚∀゚) 「……」
(´・_ゝ・`) 「禁恨党、なあ。厄介なのが絡んできやがったもんだ」
概ねデミタスの言葉に同意だった。
仇敵、酒造連盟が遺した賊軍、禁恨党。
勢力自体は小さいが、少数ゆえの身軽さで根絶法支持団体の仕事を妨害している。
その彼らの目撃情報がサロン支部の圏内で複数報告されていた。
現に禁酒委員会が画策した襲撃の一部が禁恨党によって妨害されている。
首謀するデミタス達にとっては、策の進行を妨げる邪魔な存在だ。
(´・_ゝ・`) 「こっちの囮には目もくれず、本命ばっかり啄むように潰してきやがる」
大五郎は自ら掃討に乗り出すことはほぼなく、専守防衛に徹するのを基本としている。
あくまで酒を売る企業であり、顧客を保護する責務があるからだ。
故にたとえ取るに足らない小さな火種にも労力を割かねばならず、ナガオカたちはそれを利用して襲撃の計画を組んでいた。
対して禁恨党は禁酒党の襲撃を妨害、さらには禁酒党や類似する団体を壊滅させることを目的に活動している。
大五郎に向けた囮は通用せず、漏れているのか読まれているのか、的確に襲撃を抑えられてしまっているのが現状だ。
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951 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:47:51 ID:w60qyAcI0
-
_
( ゚∀゚) 「計画を変更しますか?敵戦力がサロンに集中しているなら、別の地域を奪還するチャンスでもあります」
(´・_ゝ・`) 「……いや。恐らくその程度は警戒されているだろ」
_
( ゚∀゚) 「……」
(´・_ゝ・`) 「現に、数はともかく、シブザワ直下の名の知れた駒は持ち場を動かされてはいねえ」
(´・_ゝ・`) 「下手に戦力を分ければどこかが押し切られる。今はあえて膠着を維持する方が得策だろ」
禁酒委員会の最大の弱点は、攻める際に堂々と自軍を動かせないことにあった。
外部支持団体である禁酒党を扇動し暴動を起こさせ、暴動の鎮圧という形を取らなければ介入の権限が無い。
介入できたとしても、大五郎側に過剰な防衛が無ければただいたずらに兵を動かすだけで終わる。
酒類根絶法と、禁酒委員会の行うその執行は、国の中枢でも全面的に支持されているものではない。
事実、根絶法支持団体の中には国軍によって討伐されたものもある。
世論を煽り正当性を保ってはいるが、だからこそあまりに強引な手を使うのは不味いのだ。
ナガオカが必要以上の殺生を禁じているのは、個人の思想のみならずそういったバランスを崩さないためでもある。
(´・_ゝ・`) 「今サロンにいる主力は?」
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( ゚∀゚) 「禁酒党副領ニダー、と山幻旅団フォックス、あとは、ヨコホリですね」
山幻旅団は禁酒党に並ぶ根絶法支持団体である。
新興勢力でメンツは若いがその分勢いがあり、場合によっては禁酒党よりも役に立つ。
もともと、ただ各地で略奪をおこなう盗賊団であったが、安定した収入を得るため今は根絶法支持の立場を取っていた。
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952 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:49:47 ID:w60qyAcI0
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(´・_ゝ・`) 「……で、禁恨党にはヨコホリの天敵がいるんだろ?」
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( ゚∀゚) 「ええ。故に奴の登用は見送っています」
(´・_ゝ・`) 「ふーむ。奴が居るってだけで相手の警戒を無駄に引き上げられるが……」
指で顎を擦るデミタス。
剃り残しの髭が音を鳴らす。
大五郎が警戒しているのは長距離からの狙撃。
サロンの市街地に陣取った新サロン支店を、余計な被害無く狙える人材はそう多くない。
ヨコホリはその上白兵戦もこなす貴重な戦力だ。
威嚇としても十分に効力があるため無意味ではないが、いざ彼が必要にになった時の枷が多い。
(´・_ゝ・`) 「……潰すか」
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( ゚∀゚) 「……」
(´・_ゝ・`) 「禁恨党は、元々ヨコホリを狙ってたんだよな?」
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( ゚∀゚) 「はい」
(´・_ゝ・`) 「なら、ヨコホリを餌にして、禁恨党を釣る」
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953 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:50:58 ID:w60qyAcI0
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( ゚∀゚) 「肝心の針は?悟られぬように禁恨党を刺せる戦力となると、ニダーかフォックスのどちらかに」
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( ゚∀゚) 「それ以上となると、シナーですが、奴までここに集めてしまうのは……」
(´・_ゝ・`) 「……おいおい、待てよ」
_
( ゚∀゚) 「はい」
(´・_ゝ・`) 「居るじゃねえか。そいつら以外に十分に働けるのが」
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( ゚∀゚) 「……?」
(´・_ゝ・`) 「十分な戦力を持って、ヨコホリとの連携も多少は取れる」
_
( ゚∀゚)
(´・_ゝ・`) 「なあ、ナガオカ」
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( ゚∀゚) 「はい」
(´・_ゝ・`) 「たまには、野蛮な仕事もいいと思わねえか?」
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( ゚∀゚) 「……」
* * *
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954 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:53:20 ID:w60qyAcI0
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額に被さる冷たい感触でツンは目を覚ました。
手を伸ばして、それが濡れたタオルだと気づく。
イリ*゚ -゚)ン 「……目が、覚めましたか?」
ξ゚听)ξ 「……ベルさん?」
タオルをどけてまず最初に目に入ったのは、支店で働くパートの女性だった。
名はベル=オークウッド。
一昨日から働き始めた新人ながら仕事の覚えが早く、ジョーンズが非常に誉めていたので憶えている。
イリ*゚ -゚)ン 「魔法で傷口を保護しただけなそうなので、安静にしていろと」
ξ゚听)ξ 「……ここ、支店だよね」
イリ*゚ -゚)ン 「はい。支店の休憩室です」
血を失ったせいか、意識がはっきりとしない。
少し硬く、狭いベッドに寝かされているらしい事だけわかる。
ベルに言われた通り上半身をいたずらに動かさないよう、頭で周囲を探った。
休憩室は、一時的な治療所として使われているため、複数ベッドが設置されている。
寝ているのは三人。
今日の襲撃でツン達より先に傷を受けた彼らだ。
反対側も見たが、タカラの姿が無い。
彼の傷も中々深かったはずだ。
急所で無くとも筋膜まで届いた傷は処置をしっかりとしなければいけないのに。
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955 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:54:43 ID:w60qyAcI0
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イリ*゚ -゚)ン 「どうしたんです?」
ξ゚听)ξ 「タカラ……あの、髭生やしてて、ニャーニャーうるさい傭兵は?」
イリ*゚ -゚)ン 「ああ、あの人なら、知り合いの魔法使いを呼んでくるって、少し前に」
ξ゚听)ξ 「……え?」
槍を受けた足で?
間近で見たわけでは無いが、どう考えても浅くは無かった。
魔法使い、恐らくハインリッヒのことだが、彼の家まで歩くのは辛いはずだ。
ξ゚听)ξ 「怪我してたのに、あいつが自分で呼びに行ったの?」
イリ*゚ -゚)ン 「え?怪我なさってたんですか?」
ξ゚听)ξ 「え?どっちか忘れたけど、足に槍を刺されたんだけど」
イリ*゚ -゚)ン 「……?とても、怪我をなさっていたようには見えませんでした」
ξ゚听)ξ 「……?」
見間違いではなかったはず。
となると、誰かにその場で治療を受けたのだろうか。
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957 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/12(水) 23:58:39 ID:w60qyAcI0
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ξ;゚听)ξ 「……ッ」
思考を巡らせていると、起き上がってもいないのに眩暈にに襲われた。
意識を失うまではいかないものの、何とも言えない気持ち悪さが腹のあたりに蠢いている。
イリ*゚ -゚)ン 「大丈夫ですか?」
ξ;゚ )ξ 「血が、足りない」
イリ*゚ -゚)ン 「あ、これ、店長が、飲めって言ってました」
ξ;゚听)ξ 「……?」
イリ*゚ -゚)ン 「フルーツのシロップに塩を加え、ソーダ水で割った飲み物です」
ξ;゚听)ξ 「……あ、結構おいしい」
イリ*゚ -゚)ン 「とりあえず水分を取って、ある程度体力が戻ったら、こちらも」
ξ;゚听)ξ 「……」
ベルが鼻をつまみながら差し出したのはヘドロを煮詰めたような液体だった。
蓋がしてあるのにも関わらず、何とも形容しがたい脳の細胞が片っ端から死滅して往きそうな臭いが漏れ出している。
ξ;゚听)ξ 「…………なにこれ。ドブの泥?」
イリ*゚ -゚)ン 「この地方に伝わる滋養食を店長がアレンジした物らしいです」
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958 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:00:33 ID:hL3rXPjs0
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ξ;゚听)ξ 「食べて、大丈夫なの?」
イリ*゚ -゚)ン 「熊の肝臓と睾丸を蒸して香草とすり潰し、蝮を丸ごと煮込んで取ったスープで溶いて……」
ξ;゚听)ξ 「……」
イリ*゚ -゚)ン 「ミツバチの子の干物の粉末とその親の集めた蜂蜜を加え、最後に生姜のシロップで味を調えたとか」
ξ;゚听)ξ 「……美味しいの?」
イリ*゚ -゚)ン 「不味いです」
ξ;゚听)ξ 「どれくらい?」
イリ*゚ -゚)ン 「まず間違いなく吐きます」
ξ;゚听)ξ 「それって、意味ないんじゃ」
イリ*゚ -゚)ン 「はい。なので吐かないように頑張ってください」
ξ;゚听)ξ 「……わぁ、私もう元気」
イリ*゚ -゚)ン 「ダメです。食べ物は大事にしなくては」
ξ;゚听)ξ 「せめて食べ物と認識できるものを持ってきて」
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959 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:01:41 ID:hL3rXPjs0
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結局、体の状態が改善するならと、ツンは鼻をつまんでその滋養食を飲み干した。
えづき、鼻水と涙を流しながら何とか胃に収める。
体の中から込み上げる吐き気が止まらない。
時間の経過と共にその臭いが増しているような気さえする。
ξ )ξ
イリ*゚ -゚)ン 「いかがでしたか?」
ξ )ξ 「……なんて、いったらいいか」
イリ*゚ っ゚)ン 「あ、すみません。臭いがキツイのでこちらを向かないでください」
ξ )ξ
先に受け取ったドリンクで口の中を洗うも、生臭さが逆に誇張され地獄の心地であった。
絶えず胃がせり上がってくるが、内臓も血を失い元気が無いらしく吐き出すまでには至らない。
しばらくすると身体が諦めたのか、脳が麻痺したのか吐き気は無事に収まる。
ξ )ξ 「むしろ、元気がなくなった気がする……」
イリ*゚ -゚)ン 「ハーブティを淹れましょうか。少しは口直しになるかもしれません」
ξ )ξ 「ありがとう、お願いしていい?」
イリ*゚ っ゚)ン 「ごめんなさい。本当に辛いのでこちらを向いて口を開かないでください」
ξ )ξ
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960 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:02:47 ID:hL3rXPjs0
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ベルの淹れたハーブティを三杯ほど飲んでやっと口の中の不快感が落ち着いた。
吐き出す息は相変わらず沼に落ちて死んだ獣の臭いをしていたが、気分が悪くなるほどでは無い。
イリ*゚ -゚)ン 「傷は痛みませんか?」
ξ゚听)ξ 「ちょっと」
イリ*゚ -゚)ン 「痛みどめの軟膏も預かっています。酷いようでしたら、塗りますよ」
ξ゚听)ξ 「……次々出てくるね」
イリ*゚ -゚)ン 「支店長がそれだけ心配なさっているってことです」
ベルの手には小さな缶のケース。
先ほどとは違う、薬品特有の鼻に沁みる臭いがした。
傷は、痛む。
矛先で撫でられた傷は通常の切り傷と異なり、皮が削り取られ肉が捲れている。
魔法の処置でもそう簡単には塞がらず、塞がらなければ痛みは治まらない。
ξ゚听)ξ 「んー―……お願いしていい?」
ツンの服は新品らしい綿のシャツに代えられていた。
袖と肩が余るところを見るに男物らしい。
ベルはもともといくつか開けられていた正面のボタンをさらに外し、ツンの胸元を開いた。
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961 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:03:41 ID:hL3rXPjs0
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傷を覆う包帯にはうっすらと血が滲んでいる。
ツンが上半身を起こし、ベルが包帯を外した。
その下から現れる、テープで留められた赤黒い裂け目。
イリ*゚ -゚)ン 「……」
ξ゚听)ξ 「ベルさん、傷とか血とか平気?」
イリ*゚ -゚)ン 「はい、慣れてますから」
ξ゚听)ξ 「?」
イリ*゚ -゚)ン 「いえ。……父が獣医なもので」
脱脂綿を巻いた棒で軟膏を掬い取り、傷口に塗り込む。
染みはしないが傷に触れられた痛みで体が縮まった。
ツンの傷に施されている魔法の保護は傷の回復を補助し消毒するものであり、傷を強制的に塞ぐものではない。
故に多少の処置の邪魔にならないよう、優しく触れる程度ならば破れず受け入れるようにできている。
イリ*゚ -゚)ン 「少し、我慢してください」
ξ 听)ξ 「……ィッ」
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962 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:05:25 ID:hL3rXPjs0
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ベルの手は、傷口に優しく薬を塗り込んでいく。
丁寧な手つきのお蔭で傷みはそれほどではない。
薄黄色の軟膏が傷の周囲にまんべんなく塗られた頃には、ベルの持つ箆が血で赤く汚れていた。
イリ*゚ -゚)ン 「……ディレートリさんは、なぜ、こんな仕事を?」
ツンに包帯をまき直しながら、ベルが訊ねた。
大人しく体を預けながら、ツンは少し思案する。
ξ゚听)ξ 「なんで?」
イリ*゚ -゚)ン 「私と同じ年頃の女性が、大五郎の傭兵なんて、驚きました」
ξ゚听)ξ 「……んー―……ちょっとね、色々」
イリ*゚ -゚)ン 「色々」
ξ゚听)ξ 「そう。いろいろ」
イリ*゚ -゚)ン 「……体、倒しますね」
大五郎に入った目的は、あまり他人に言いふらしたいことでは無かった。
特に、ベルのようにごく普通に生活し、荒事から遠い場所で生きてきた相手には。
ベルもツンの醸す雰囲気を察したのか、しつこく食い下がることは無かった。
再び横になるのを補助されながら、ベルの顔を見上げる。
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963 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:06:41 ID:hL3rXPjs0
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うっすらとした化粧に、少しうねりのかかった長い髪。
見た目の女性らしさと裏腹に、性格はどこか男性的だ。
化粧で和らいではいるが目鼻立ちは精悍で、そこいらの町娘とは一線違う雰囲気を持っている。
ξ゚听)ξ (……どっかで見たことある気がするんだけどなあ)
ツンがサロンの地に来て、一週間以上は経っている。
間に空白の時間こそあれ、常に街中をうろついていたので、どこかで顔を合わせていてもおかしくない。
イリ*゚ -゚)ン 「なんです?」
ξ゚听)ξ 「ねーねー、ベルさん。どっかであったことなかったっけ?」
イリ*゚ -゚)ン
イリ*゚ -゚)ン 「私の記憶にはありませんよ」
ξ゚听)ξ 「そっかー。気のせいかな」
イリ*゚ -゚)ン 「どこかで、顔を合わせるくらいはしていたかもしれませんね」
ξ゚听)ξ 「そうだよね。私もよく、街中歩いてたし、顔ぐらいは見てたのかも」
イリ*゚ -゚)ン 「ええ、きっとそうです。さあ、薬も塗り終わりましたし少しお休みになられては?」
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964 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:08:12 ID:hL3rXPjs0
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薬がいくらか効いてきたのか、傷の痛みが和らいできていた
同時に眠気もいくらか湧いている。
先ほど飲んだ滋養食を消化するために腹に血が集まってきているのだろう。
ξ゚听)ξ 「うん、少し、寝るね」
イリ*゚ -゚)ン 「なにかあったら声をかけてくだされば、すぐに来ますので」
ξ゚听)ξ 「わかった。ありがとう」
元々、連日の戦闘でかなりの疲労が溜まっていいた。
眠ると決め、目を瞑ったとたんに意識に靄がかかってゆく。
傷口は未だじくじくと熱を持って痛みを主張するが、軟膏が効き始め眠りを妨げるほどでは無い。
ξ--)ξ (あ、ィシさんにお礼言ってなかった)
ξ--)ξ (ま、いっか。明日、どうせ、勧誘の、返事……)
白に包まれる視界。
巡らせていた思考をそっと手放して、ツンは飲まれるように眠りに就いた。
* * *
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965 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:08:54 ID:hL3rXPjs0
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静寂であった。
天に上る月の光も、全てを拒絶するこの砦の中には届かない。
暗闇であるはずの砦の内部を照らすのは、小さな光球だった。
魔法で生み出された拳大の蛍火。
青白い光は、透明でありながらぼやけた印象を生み出して、部屋の中を照らし出している。
o川*゚ー゚)o 「……」
( ω )o゚ 「……」
砦を再生する際に作った隠し部屋。
入口は存在せず、魔法で作り出すか壁を壊さなければ中には入られない。
o川*゚ー゚)o 「……」
( ω )o゚ 「……」
壁には巨大な水槽が埋め込まれていた。
その中には、褐色の溶液と、四人の人間。
どれもが子供の未成熟な体に大人の頭を備えた、不格好な体型をしている。
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966 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:11:14 ID:hL3rXPjs0
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o川*゚ー゚)o 「……」
( ω )o゚ 「……」
o川*゚ー゚)o 「……」
( ω )o゚ 「……」
o川*゚ー゚)o 「……」
( ω )o゚ 「……」
o川*゚ー゚)o 「……」
( ω )o゚ 「……っ」
o川*゚ー゚)o 「……おはよう」
( ω )o゚ 「……」
o川*゚ー゚)o 「……あなたは、だあれ?」
( ω )o゚ 「……吾……輩は……」
o川*゚ー゚)o 「……」
( ω )o゚ 「……吾、輩は」
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967 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/06/13(木) 00:12:24 ID:hL3rXPjs0
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( Фω )o゚ 「……吾輩は……杉浦ロマネスク……流れの……剣士である」
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