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798 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:02:49 ID:w0wE4vm20
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そこはまさに、死の街と化していた。
地面に、壁にこびりつく固まった赤黒い血糊。
一歩進むたび靴底が細切れになった肉片を踏み潰す。
ブーンは無意識のうちに口元を抑えていた。
未だむせ返るほどの匂いがまとわりつき、不快感が拭えない。
('A`) 『……死体は割と慣れっこだけどよ。これはひでえな』
内からの聞こえたドクオの言葉にブーンは肯定を返した。
傭兵として戦場に生きたブーンにとって死体も血も慣れ親しんだものである。
しかし、原形すらとどめていない死体というのはそうそう見るものではない。
('A`) 『ブーン、行こう。ここにいても不快なだけだ』
( ^ω^)(そうだおね)
できうる限り屍を踏まぬようブーンは歩を進めた。
目的地は中心街の細く入り組んだ路地の奥。
ブーンたちにこの惨状をいち早く知らせてくれた知人の元を訪ねるのだ。
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799 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:04:05 ID:w0wE4vm20
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【+ 】ゞ゚) 「らっしゃあい。……なんだ、あんたか」
歩いて数分。
日中ですら暗いそこに、目的の場所はあった。
朽ち果てて廃材と化した看板に書いてあるはずの店名は、もはや判別がつかない。
そっと開いた扉も、ドアノブだけが取れてしまいそうなほどガタがきている。
収入はかなりいいはずだが、改築の意志はないのだろうか。
中もかなり老朽化が進んでいた。
小汚く、突くようなヤニの臭いがする。
相変わらずと思いつつも、鼻の利くブーンは顔をしかめずにはいられない。
( ^ω^)「なんだも何も、あんたが鳩をくれたから来たんだお」
【+ 】ゞ゚) 「それにしてもずいぶん早かった。明日になると思ってたが」
( ^ω^)「まあ、魔法で飛んできたからおね」
【+ 】ゞ゚) 「……まだあの魔法使いとくっついてんのか?物好きなもんだ」
大仰に肩を竦め、男はカウンターの向こうで椅子に寄りかかる。
この男がブーンの古くからの知人オサム=ブラッドリンカー。
フタバの街で武器店「棺桶死」を営む刀工である。
ブーンの腰に差す刀も彼が作ったもの。
顔色が悪かったり、顔の半分を面で覆っていたり、多少人格に問題があったりするが、腕は一級品だ。
国を問わず彼の作る剣を愛用する者は多い。
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800 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:05:23 ID:w0wE4vm20
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( ^ω^)「キュート、魔女が現れたっていうのは?」
【+ 】ゞ゚) 「ああ。表を見てきたなら、一目でわかるだろうが」
オサムは気だるげな動作でキセルに葉を詰め火をつける。
細い煙が静かに伸びて、溶けるように中空へ消えた。
【+ 】ゞ゚)y一~ 「何が目的だったんだか。わざわざ一人ひとり殺して回ってやがった」
( ^ω^)「それで、キュートは?」
【+ 】ゞ゚)y一~ 「わからん。俺があんたに鳩を飛ばした時点ではもうどっか行った後だったからな」
キセルに口をつけ、渋そうな顔で煙を啜る。
ため息と共に鼻から吹き出されたそれは、ほんの僅かに甘い香りがした。
【+ 】ゞ゚)y一~ 「お蔭でおれぁ商売あがったりだ。誰も寄ってきやしねえ」
( ^ω^)「国軍は?まさかこの状態でずっと放置されてたのかお?」
【+ 】ゞ゚)y一~ 「来たには来たが、さらっと調査して今は周辺まで引いてる」
【+ 】ゞ゚)y一~ 「魔女の目的が見えねえから、国も迂闊に手を出したくねえんだろ」
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801 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:06:36 ID:w0wE4vm20
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今までに魔女に壊滅させられた都市は、ほぼ確実に異常性を伴う土地に改造されている。
一つは絶えず毒の瘴気を生み続ける死の谷に。
一つは殺しても死なぬ獣の住み着く魔の山に。
一つは姿見えぬ者たちが跋扈する死霊の森に。
唯一何もなかったのが、魔女が最も初めに滅ぼしたソクの街くらいのものである。
ここ虹浦も何かしらの改造を行われたと警戒するのは至極当然だろう。
【+ 】ゞ゚)y一~ 「ま、おれが見る限りじゃ、特別やばいことにはなってねえとは思う」
「ただ」とオサムがつけたす。
椅子の背もたれに体重を預け、真上に向かって紫煙を吐いた。
継続して不味そうな顔をしている。
そんな顔してまで吸って話中断すんなよ、と思わなくもない。
【+ 】ゞ゚)y一~ 「死体を、かなり、持って帰ってたな」
( ^ω^)「死体を?」
【+ 】ゞ゚)y一~ 「気付かなかったか?血の割には屍の数が少なかっただろ」
確かに、虹裏にいた人間全員分の屍としては少ない、ような気もする。
実際のところくまなく見て歩いたわけでもなく、原形を留めていない死体が多いか少ないかはいまいち判断がつかない。
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802 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:07:55 ID:w0wE4vm20
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(;'A`) 『持ち去ったってのが本当だとなると、またなんか企んでそうだな……』
( ^ω^)(それも、とんでもなく厄介なことだおね)
死体の利用法といえば、精々肥料にするか獣の餌にするか、程度のものだろうが、それはあくまで通常の話。
当事者は魔女。
彼女ならば死体を使って新たなキメラを作るなど造作もないだろう。
だとすれば、今後また、非常に厄介なキメラが現れても何ら不思議では無い。
それこそ、蛇のキメラや、鯨のキメラを超えるような。
(;'A`) 『クラクラしちまうぜ、本当に』
( ^ω^)(……すまんお)
(;'A`) 『まあ、死ななかっただけマシ、かな』
( ^ω^)(今後あの時いっそ死んだ方がマシだったと思う時が来てしまうかも……)
(;'A`) 『お前何気にそうやってビビらせるのやめてくださる?!リアリティあるからほんと怖いんだけど!』
ブーンのいうことはあながち冗談でも無い。
ここ最近戦った相手も、ドクオ単体の話でいえばおしっこちびるくらいの難敵ばかりだった。
今後あれらを超える化け物が現れる可能性は十分にある。
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803 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:09:25 ID:w0wE4vm20
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( ^ω^)「さてと」
【+ 】ゞ゚) 「帰るのか?」
( ^ω^)「一応周辺を探っては見るけど、何もなさそうだったらちょっとクシンダに寄って帰るお」
もとよりそれほど期待を持って訪れたわけでは無かった。
魔女が虹浦を襲撃したのが前日の夕刻。
知らせを受けた時点で半日は経っており、着いたのは結局一日が過ぎてしまっている。
気まぐれに飛び回る彼女が、滅ぼした街にわざわざ居つく理由がない。
それでもここに駆け付けたのは、彼女が引き起こした惨状を、この目で確かめるため。
【+ 】ゞ゚) 「そういや、刀は大丈夫なのか?」
( ^ω^)「お?最近鍛冶屋で修繕してもらったばかりだけど」
【+ 】ゞ゚) 「見せてみろ。雑なな仕事だったらその鍛冶屋殺しに行く」
( ;^ω^)「いや、僕が見た限りでは丁寧な仕事だと思うけど……」
オサムが椅子から立ち上がり、素早くカウンターを飛び越える。
それまでの気だるさが嘘のように素早い動き。
ブーンの反射的な抵抗をあっさりかいくぐって腰の二刀を鞘ごと引き抜いた。
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804 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:11:06 ID:w0wE4vm20
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【+ 】ゞ゚) 「相変わらず鈍ってやがんなあ」
オサムは奪った刀を一振りづつ引き抜き、刀身に視線を這わせた。
刃渡りが短く抑えられた反りのある小太刀。
度重なる戦闘によって生じた歪みや刃こぼれは一見して見事に修復されている。
受け取った際に大根を試し切りしたが、切れ味にも全くと言っていいほど問題なかった。
【+ 】ゞ゚) 「ある程度まともな仕事はしてるみてえだな」
二振り目の刃に爪を食い込ませオサムが呟いた。
軽い舌打ちをして刀を鞘に戻す。
【+ 】ゞ゚) 「だが、刀そのものの傷みがひでえ。それは鍛冶屋の腕じゃなく、使い手の問題だ」
( ;^ω^)「おー……確かに最近無茶が多かったお……」
【+ 】ゞ゚) 「丁度いいのがあるが、買うか?」
( ;^ω^)「い、いや、間に合ってるからいいお!」
オサムの武器は質は問題ない、むしろ喉から肩口まで飛び出るほど魅力的だが、いかんせん値が張る。
払いきれない額ではないにしろ今の手持ちではかなり苦しい。
他にも出費の予定はあるし、現在傭兵を休業しているブーンが気軽に出せる額ではないのだ。
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805 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:13:00 ID:w0wE4vm20
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【+ 】ゞ゚) 「ま、今のお前程度ならそこらの鈍で十分だろうがな」
嫌味たっぷりの言葉と共に刀が返される。
ブーン自身も刀身を眺めてみるが、オサムのいう傷みは感じ取れない。
融合によって感覚が鈍っているからか、収入源が激減したオサムが刀を売るために放った詭弁なのか。
おそらく前者なのだろう。
この男、部屋も店も汚く粗雑な性格ではあるが、刀への誠実さに偽りはない。
【+ 】ゞ゚) 「俺も、しばらくここじゃ商売にならねえから、別の工房に移る。買うなら今の内なんだがなあ」
【+ 】ゞ゚) 「今なら大虐殺セールで大幅値引きなんだがなあ」
追記。
金への執着もまた半端ではない。
正直笑えないジョークを言い放ってカウンターの奥へ戻るオサム。
要件も済み、客でも無いブーンに興味を失ったのか再び気怠そう表情でキセルをふかし始めた。
( ^ω^)「これ、少ないけど、礼だお」
【+ 】ゞ゚)y一~ 「そこに置いといてくれ。またなんかあったら鳩を飛ばす」
( ^ω^)「お。よろしく頼むお」
漂い始めた紫煙の香りを後に、ブーンたちは武器屋「棺桶死」を後にした。
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806 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:14:10 ID:w0wE4vm20
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外は相変わらずの血の臭気。
棺桶死の中のヤニの臭いがマシに思えてしまうほど濃く、不快だ。
ブーンはマントの襟元を持ち上げ、口を抑えた。
日は、来た時よりもいくらか傾いていた。
透き通る紫に染まった空には、星が見え始めている。
もうすぐ夜だ。
早いところ宿のある近郊の町に移動しなくてはならない。
( ^ω^)(ドッグ、悪いけど)
('A`) 『ああ、少しくらいなら平気だろ』
( ^ω^) (頼むお)
手っ取り早く飛行魔法で移動する為、ドクオに入れ替わる準備をする。
他人から見れば一瞬で行われる二人の切り替えも、当人たちの中ではある程度のプロセスを経ているのだ。
まず何より大事なのが、共有する五感の強化。
普段も感覚を共有する二人だが、引っ込んでいる方は五感が通常よりも鈍る。
そのため、あまりに急に切り替えると周囲と自身の感覚で誤差が生じ著しい不快感を覚えてしまうのだ。
ブーンはともかく、ドクオには切り替え時のダメージが存外響く。
元々虚弱なことも含め、集中力が鍵の魔法使いにとっては、僅かではあるが大きな弊害なのである。
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807 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:15:10 ID:w0wE4vm20
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ふと、感覚を同期させている二人の目に、酒場の扉が見えた。
棺桶死からさほど遠くない、小さな店である。
特に何か理由があったわけでは無い。
ただ、ブーンの直感を強く揺さぶる何かがそこにあった。
( ^ω^) (なんだか、とっても嫌な予感)
キィィ、と軋みを立てて、扉が開く。
続いて湿った音が聞こえた。
ずぶ濡れになったモップを床に押し付けるような、不快な耳障り。
それが足音だと分かったのは、彼の姿が、扉の内から現れてのことだった。
`(li゚:g!li}
( ^ω^)
('A`)
( ^ω^)「こんばんわー」
`(li゚:g!li} 「pあ1@ごぃlrrrrrrrrっろお」
朗らかに挨拶してやり過ごそうとしたが駄目だった。
酒場から現れたそれは、口を限界まで開き、意味不明な雄たけびを上げながらブーンへと近づいてくる。
血肉を適当に繋ぎ合わせて人型にくみ上げたような、歪な造形。
人体の様で、まったく人体を成していない。
体表に皮膚は無く、粘度を持った血が膜となってテラテラと輝いてた。
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808 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:16:33 ID:w0wE4vm20
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「なにこれ」と口にした瞬間に、背後の棺桶死の扉から、鍵をかける軽やかな金属音が聞こえた。
慌てて振り返ってドアノブを掴むが、何度回しても開く気配はない。
おそらく中からオサムが抑えている。
そうでなければこの朽ちかけた扉、ブーンの力で開かないわけがない。
( ;^ω^)「ちょっと、なにこれ。ねえなにこれ」
「一つ、言い忘れてたことがある」
( ;^ω^) 「なんだお」
「魔女が、死体をどうやって持って帰ったかってことなんだが」
( ;^ω^)「はい」
「その場でアンデッドに作り替えて、引き連れて帰ったんだわ」
( ;^ω^)
「その時に乗り遅れたやつが、日が沈む頃になるとでてくんだよ。気をつけてな」
( ;^ω^)「心配ありがとう。死ね!」
ドアに罵声を浴びせるブーンの背後、魔女に作られたという彼が腕を振り上げた。
重鈍にして緩慢。
しかし、その異形の姿から放たれる威圧感は尋常ではない。
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809 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:18:11 ID:w0wE4vm20
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( ^ω^)「……ッ!」
腕が振り下ろされたその瞬間、ブーンの身体が爆発的に回転する。
右足を引き、体を後ろに振り向きながら抜刀の一閃。
力強く放たれた白刃の軌跡が、彼の赤黒い腕を垂容易く斬り払った。
僅かに回転しながら舞い上がる二本の腕。
それが地に落ちる頃には、ブーンは体を引き絞り、渾身の前蹴りで彼を吹き飛ばしていた。
( ^ω^)「……」
(;'A`) 『案外、弱いか?』
( ^ω^)(……少なくとも、このまま戦うようには作られて無いみたいだおね)
吹き飛び、現れた酒場の壁に激突した彼が相変わらずゆっくりと立ち上がる。
腕が無いためバランスが取れないのか、かなり苦戦しているように見えた。
切り落とされた腕は、ブーンの傍でびくびくと蠢いている。
(;'A`) 『見れば見るほど、雑な仕事だな』
本当に死体を運搬するため便宜上動く能力を持たせただけの存在らしい。
二本の腕は左右で筋肉の付き方が全く違い、よく見ると片方の指には足のものが使われていた。
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810 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:19:26 ID:w0wE4vm20
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彼が何とか立ち上がる。
均整の取れていない足で、ふらつきながら再びブーンへ。
目的はわからない。
攻撃なのか、それとも捕食でもするつもりなのか。
あるいは理由などなく、単に動く物へ寄ってきているだけなのか。
( ^ω^) 「……哀れな」
彼も元は屈強な傭兵であったはずだ。
それが今は、ただ立つことすらもままならない。
ブーンの胸に、鈍い痛みを伴う感情が湧き上がる。
('A`) 『どうする?このくらいだったらすぐに飛んで逃げられそうだけど』
( ^ω^) 「……」
ブーンは刀を握り直し自ら彼に歩み寄る。
静かな足運び。
息を殺し、体の力を極限まで抑え、気配を完全に殺す。
( ^ω^) 「せめて、安らかに」
ふわりと、ブーンの体が前へ。
強く踏み出された一歩は、砕くような音を立て地を蹴りぬいた。
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811 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:21:20 ID:w0wE4vm20
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( ^ω^) 「眠ってくれお」
刹那の交叉。
残り火のように差し込む陽光に煌めいた剣閃は、彼の首を過ぎ、ブーンの手に追いついた。
べったりと刃にこべりついた血をマントの裾で拭ったその瞬間、彼の首は重い音を立てて地に落ちる。
( ^ω^)「……ドクオ、いいかお?」
('A`) 『わーってるって』
刀を鞘に納めると同時に身体をドクオに切り替えた。
その眼は、落ちた頭を探して彷徨う彼に向けられ、複雑な感情を孕み歪む。
素早く組み上げられる炎の魔法式。
十数秒と待たずにドクオの目の前に赤い魔方陣が浮かび上がり、そこから溢れた炎が彼の体を包み込む。
静かな焼殺だった。
炎が渦巻く音だけが耳に触り、雄叫びも断末魔すらも聞こえない。
紅く煌めく光の中、徐々に体を炭に変え、彼はようやく屍となった。
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812 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:23:32 ID:w0wE4vm20
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('A`) 「……ここ何回かに比べりゃ、楽な相手だったな」
( ^ω^)『……お』
今焼き殺した彼は、戦闘力など持っていなかった。
武器さえあればそこらの町民でも十分に対処できる程度だろう。
それでも命を絶ったのは、ある種の偽善。
不完全な身体に作り替えられ、意志も持たずただ彷徨う彼をそのままにしておくのが、酷く辛い。
魔女が作ったというならば、なおさらブーンがケリをつけなければならないという、使命感のようなものもあった。
気分がすぐれない。
いっそこれまでのキメラのように強烈な害を持つ「敵」であればいくらか誤魔化しが効いたはずなのに。
('A`) 「……まあ、一体で済むわけ無いよな」
( ^ω^)『……お』
未だ火種の残る遺骸に視線を落とす二人の背後に、再び足音が聞こえた。
粘度を持った不快な音。
振り返ると、新たなアンデッドが走り寄ってくる。
各部の筋肉の配置が先ほどよりは真面だ。
故に機動力も少々高め。
皮膚は相変わらず無いが、いたるところから髪の毛と思しきものが雑然と生え、血に塗れて張り付いている。
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813 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:25:37 ID:w0wE4vm20
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相変わらず目的は明確ではないが、近づかれた後にいいことが起きる気がしない。
少なくとも軽いハグをして終わりという風にはいかないだろう。
ドクオはすぐさま意識を切り替え、向かってくるアンデッドを正面に捉える。
(;'A`) 「……やるせねえな、糞」
( ^ω^)『ドッグ、いったん僕に変わるお』
言うが早いか、ドクオがブーンへ。
覆いかぶさるように掴みかかってきたその脇をすり抜け、ブーツの底で膝裏を蹴り抜く。
よろけて倒れるアンデッド。
ブーンは刀の柄尻で、起き上がってきたその頭部を横に殴りぬいた。
首がもげ、吹き飛んだ頭部は建物の石壁にぶち当たり中身が四散する。
一度分解されたものを適当にくっつけなおしただけのため、かなり脆い。
( ^ω^)(とどめ、頼むお)
(;'A`) 『お前、情け持ってる割には容赦ないよね』
( ^ω^)(加減したところで、長引かせちゃうだけだお)
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814 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:27:15 ID:w0wE4vm20
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魔法で殺しきるため、再びドクオへ。
頭を失った体は、落とした眼鏡を探すような滑稽さで周囲に手を這わせている。
頭無いと何も見えないんですよーと言い出しかねない慌てっぷりを見て、ドクオは重いため息を吐いた。
(;'A`) 「もうほんと、ほんとアレだよ」
素早い魔法の展開。
一度行っているためどの程度の火力があれば十分かはつかめている。
アンデッドが落ちていた自身の奥歯を拾い上げた時には、既に展開は終わっていた。
しかし。
( ^ω^)『ドッグ、後ろ!』
夕刻の、日が傾いていた最中だからこそ出来た反能だった。
伸びるドクオの影に別の影がのっそりと重なったのだ。
(;'A`) 「!」
反射的に振り向き、手を翳すドクオ。
頭部から丸々足が一本生えたアンデッドに向かい、展開していた火炎魔法を発動する。
一瞬の内に立ち上がった火柱は異形のそれを、異形の焼死体へと変貌させた。
奇襲を仕掛けてきた一体を殺したところで安心している暇はない。
頭部を探していたアンデッドの手が、運悪くドクオの足に触れたのだ。
アンデッドはそのままとてつもない力で足首をつかみ、引き寄せる。
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815 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:29:16 ID:w0wE4vm20
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(;'A`) 「ッ!」
咄嗟に抵抗するもドクオでは無意味。
ブーンに入れ替わり、すぐさま刀で腕を切断する。
慌てて距離を取るも切り離された手は相変わらず足首を掴まえて離さない。
親指を付け根から切り落としてやっと、アンデッドから解放された。
( ^ω^)「……この、切っても切っても死なないいうのは例え弱くても厄介だおね」
ぐちょり、という足音と共に、建物の影から新たなアンデッド。
血の臭いが強すぎてブーンでもある程度近づかれないと上手く察知できない。
(;'A`) 『魔法の気配につられて、寄って来てやがるのか』
ドクオの推測は当たっているらしく、ぞろぞろとアンデッドが現れる。
広範囲に散らばり数の把握はできないが、なんかいっぱいいることだけはわかった。
( ^ω^)(ねえドッグ。これ全部一気に燃やしたりできる?)
('A`) 『正直に言っていい?』
( ^ω^)(お)
('A`) 『ちょっときつい』
( ^ω^) (ちょっとなら大丈夫だおね)
('A`) 『おう。任せろ』
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816 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:30:41 ID:w0wE4vm20
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直近にいた一体を思いっきり蹴り飛ばし、周囲から敵を遠ざける。
安全をある程度確保した上でブーンはドクオに体を預けた。
('A`) 「……」
眉間に不快感を表しながら。魔法式の展開を始める。
小太刀はいざというときの保険のため手に持ったままだ。
ドクオの手には少々重いが、展開が乱れるほどではない。
('A`) 「“地核蠢く灼火の蜥蜴―――」
のそりのそりとアンデッド達がドクオに向かってくる。
千鳥足の動きながら迷いがない。
中には動きの早いものもおり、ドクオは直感で自身の展開が間に合わないことを悟っていた。
( ^ω^)『ドッグ、右に!』
('A`) 「……ッ、“ゆらり揺れるは赤い舌―――”」
早速襲い掛かってきた一体を、ギリギリのところで回避する。
ドクオには敵の攻撃をどうかわせばいいかわからない。
闇雲に避けても、敵に数の理があるこの状況、つかまるのは時間の問題だ。
その問題をなんとか解決するのが、ブーンの指示。
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817 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:32:15 ID:w0wE4vm20
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( ^ω^)『下がって!』
('A`) 「ッ……と、“地鳴り一つで眠りを覚まし―――”」
ドクオは魔法式の展開に集中し、ブーンの指示のみを辛うじて拾う。
なんとか回避が間に合うのは、相手が愚鈍なアンデッドだからだ。
これがもし頭を使って戦う人間の戦士であれば、ドクオの体には致命傷の一つや二つ簡単にできている。
('A`) 「“生を引き裂き臓腑を舐めよ―――”」
徐々に迫りくるアンデッド達の威圧感を肌に感じながらの魔法は、尋常でなく精神をすり減らす。
最近誰かしらのサポートの元魔法を使っていたため、久々の緊張感だ。
無意識のうちに、ドクオの口の端が持ち上がる。
('A`) 「“我、贄を捧ぐ者―――”」
完全に周囲を一周、アンデッドの群れに塞がれ、ドクオは逃げ場を失った。
犇めく血まみれの腕が、互いを邪魔しあいながら、しかし確実に近づいてくる。
魔法式の展開も最終段階。
僅かだが、アンデッドのほうが早い。
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818 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:32:55 ID:w0wE4vm20
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('A`) 「“汝を―――”」
一体の指先がドクオの肩に触れる。
反射的に避けようとして、逆のアンデッドにがっちりと腕を掴まれた。
('A`) 「“―――奉焼す!!”」
いくらか遅れてからの魔法の発動。
ドクオを中心に周囲数メートルに真紅の魔法陣が浮かび上がる。
陣から立ち上る火の粒子。
ボン、とくぐもった炸裂音と共にアンデッドの身体が火を噴いた。
炎というのも生ぬるい灼熱の波動が死肉達を包み、焼き飛ばしていく。
突風が耳元を過ぎ去るような豪音。
周囲のアンデッドが石炭の如く煌々と焼き尽くされる中、ドクオは熱さすら感じない。
紅蓮燃え盛る陣の中心で、ただアンデッド達が死ぬのを眺めていた。
猛火により敵を焼き殺す、結界型の上級魔法。
防御と攻撃が同時に行える強力なものだが、反面繊細な式を要するため尋常では無く気を遣う。
もし失敗していれば、ドクオもアンデッド達と仲良く火達磨になっていた。
('A`) (……)
静かに魔法を解除する
周囲に残るのは炭と化した彼らの体と、白い煙と共にたなびく独特の臭気。
ドクオはそっと口元を抑えた。
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820 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:33:48 ID:w0wE4vm20
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('A`) (……これで、おわりか?)
しばし、死体から上がる煙が落ち着くまで二人はその場を動かなかった。
その間燃えた彼らが復活することも、新手が現れることも無い。
魔女が目的を持って連れ帰ろうとしたことを考えれば、残っていた死体の数はそれほど多くは無かったのだろう。
少なくとも、この周囲の者たちは全て倒せた様子である。
('A`) (……行くか)
( ^ω^)『……そうだおね』
空は既に夜に飲まれかけている。
青の向こうに黒が透けて見える澄んだ濃紺。
東側の空には白い月が穴をあけたように浮かんでいる。
西の地平はまだ太陽が覘いているが、時間の問題だろう。
( ^ω^)『……どうか、安らかに』
('A`) (……)
組み上げられた飛行魔法。
二人は目的の土地をめざし、黄昏の空へと飛び立った。
* * *
-
821 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:34:53 ID:w0wE4vm20
-
ξ´凵M)ξ
( ,,´Д`)
从 ゚∀从 「……いきなり人の家に上がり込んできたと思ったら、なんだその顔は」
ところは変わり、サロンの地はハインリッヒの診療所。
リビングのテーブルにツンとタカラの両名が突っ伏していた。
顔面には全くと言っていいほど覇気がない。
あまりに腑抜けた二人の姿にハインリッヒは腰に手を当て嘆息する。
いつもは大人しくしろと言っても暴れまわって怪我を増やしてくる脳筋たちがこれでは調子が狂う。
从 ゚∀从 「そんなに忙しかったのか?」
ξ´凵M)ξ
( ,,´Д`)
从 ゚∀从 「……」
返事は無い。
気付かぬ内に死んだと言われても十分に信じられる。
-
822 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:35:45 ID:w0wE4vm20
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ツンとタカラは本日も大五郎の傭兵として警備の仕事にあたっていた。
これまでとは違い商品を扱う中での警戒態勢。
高い緊張感を維持し、周囲に気を配りながら過ごす時間は、単純に敵と戦うよりも消耗を生む。
傭兵として歴の長いタカラはいくらかマシではあるが、ツンの方は慣れない緊張に心底疲弊していた。
从 ゚∀从 「どうすんだ。夕飯、食ってくのか」
ξ´凵M)ξ゙ コクコク
半ば食いつくように首肯された。
どうやら初めから飯をたかるつもりで来たらしい。
何となくイラついたのでツンの頭をきつめに叩く。
ξ´凵M)ξ 「ふぎっ」
从 ゚∀从 「……ったく、しかたねえ」
二人があの様子では手伝いは期待できない。
ワタナベは働いているパン屋の手伝いの為にVIPに帰ったし、ブーン達も昼前に鳩を受けて直ぐに出ていった。
とりあえずは、一人で準備するしかないだろう。
もう一度深く嘆息しながら、ハインリッヒはキッチンへ足を運んだ。
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823 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:36:50 ID:w0wE4vm20
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適当に材料を見つくろい、夕食を作り始めて1時間弱ほど。
从 ゚∀从 「できたぞ。早く起きろ」
ツンとタカラの目の前に、湯気の立つそれが差し出された。
ぐったりとしていた二人の鼻がひくひくと動き、薄眼が開く。
匂いの元を目視した瞬間に、ツンが勢いよく体を起こした。
ξ*゚听)ξ「ほ、ほあ〜」
(*,,^Д^) 「これなんだにゃ?」
从 ゚∀从 「ベーコンとポテトのグラタンだよ。出来合いのもんで作ったから、そんなに結構なもんではねえけど」
深めのグラタン皿に、なだらかな丘を描くマッシュポテトの山。
それを覆う、熱によって形を失い、香ばしく焼き上がったチーズの海。
間に挟まれたベーコンは濃厚な肉の旨みを染み出させ、やんわりと、しかし確実にその存在を訴えかけてくる。
ξ*゚听)ξ「すっごい、いい匂い」
从 ゚∀从 「火傷しねえように気を付けて食えよ」
(*,,^Д^) 「いただきますニャー!」
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824 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:38:41 ID:w0wE4vm20
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木製のスプーンをグラタンにそっと突き刺す。
柔らかな感触。
蕩けて伸びるチーズの隙間から新たな湯気がふわりと現れた。
香ばしさと優しい甘みが熱を帯びて鼻をくすぐる。
ξ*゚ ,゚)ξ 「ふーっ」
息を吹きかけ、冷ます。
しかし冷ましすぎてはいけない。
この料理においては、この熱さすらも調味料の一部なのだ。
ξ*´凵M)ξ゙、´ 「あふ、ほふっ」
从 ゚∀从 「だから、熱いっていっただろうに」
ξ*´凵M)ξ ウマ-
よほど疲れが溜まっていたのか腹が減っていたのか、二人は黙々とグラタンを食べ進めていく。
表情を見るに味に文句は無いようなので、ハインリッヒも食事を始めた。
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825 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:39:58 ID:w0wE4vm20
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ξ*゚听)ξ「ごちそうさまー」
(*,,^Д^) 「うまかったにゃー」
从 ゚∀从 「リッヒッヒ。今日は随分お疲れだったみたいだな」
ξ゚听)ξ 「そりゃもう。みんなピリピリしてて、たまんないわよ」
食後に出されたコーヒーを啜りながらツンは息をついた。
腹が膨らみ僅かに眠気がわいてくる。
ハインリッヒに答えた直後に大きな欠伸をひとつ、恥ずかしげもなく放つ。
( ,,^Д^) 「何度も失敗してるし、今度こそはって感じなんだろうにゃ」
ξ゚听)ξ 「ま、今日は特に襲撃もなくてよかったわ」
从 ゚∀从 「そういや、店吹っ飛ばされたんじゃなかったか?どうしてるんだ」
先日、サロン支店は襲撃によって木端のごとく吹き飛ばされた。
瓦礫こそは片付けられたが、基礎が残るだけで今も更地のままだ。
少なくともまともな営業ができる状態ではない。
ξ゚听)ξ 「なんか、営業しなくなった商店買い取ってそこに移転したのよ」
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826 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:41:27 ID:w0wE4vm20
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新たな支店は中心街のやや外れ。
古くからあった商店を改装して利用しているため、作りもしっかりしている。
実際、急いで立てた元の支店よりも立派だ。
この移転も、簡単に行われたわけでは無い。
セントを中心にごく一部の社員が交渉に走り、何とか取り付けたのだ。
禁酒委員会監視の中よくやったもんだと、ツンは思う。
漏えいを防ぐためだろう。
ツンをはじめ傭兵たちには移転の話は一切伝わっていなかった。
商品入荷にあたっても、簡易テントを支店跡地に張ると聞かされていただけ。
禁酒委員会は見事に出し抜かれた形である。
从 ゚∀从 「……それは、襲撃が激化しそうだな」
ξ゚听)ξ 「ね。市街地に近いから向こうも無茶はしてこないだろうって言ってはいるけどさ」
ツンの印象では、禁酒党の攻撃は時と場所を選んだりしない。
確信犯である彼らに根絶法以上の正義は無く、場合によっては無関係の人間も容赦なく犠牲にする。
実際にツンの両親が殺された時は周辺の民家も巻き込まれ破壊された。
禁酒党に対する対応も厳しくなっているとは聞くが、だからと言って黙って大人しくするとは思えない。
しかも今回は向こうの裏をかいての奇襲的な移転の後。
襲撃の行われにくい環境は、むしろ向こうの鬱憤を蓄積させ大爆発を誘引するのではないか。
ツンの胸には不安が募るばかりである。
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827 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:42:44 ID:w0wE4vm20
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( ,,^Д^) 「禁酒委側だって住人の反感買うのは嫌がってるだろうし、そんなに心配することないにゃ」
ツンの胸中を察したのかタカラが口を挟んだ。
確かに彼の言う通りではある。
禁酒委員会はあくまで国家の機関であり、その目的は市民の平安。
少なくとも彼らの主導する(と思われる)襲撃はしばらくは止むだろう。
( ,,^Д^) 「仮にあったとしても、俺たちが街を含めて守ればいいにゃ」
ξ゚听)ξ 「……そっか、そうだよね」
从 ゚∀从 「大五郎もかなりの人数投入してんだろ?」
ξ゚听)ξ 「うん、今のところ60人くらいかな。VIPの本隊からも結構出張って来てる」
( ,,^Д^) 「明日にはさらに追加で派遣されてくるから、市街地だけで100は超えるんじゃないかにゃ」
从 ゚∀从 「随分じゃねえか。そんなにサロンで展開したいのかね」
ξ゚听)ξ 「ね、ちょっと不思議よね」
大五郎酒造がここまでサロン出店にこだわる理由を、ツンたちは知らされていない。
正確には「飲酒文化の無いサロンに展開することで、新たな販路の獲得」という理由は聞いている。
だが、どうにも割に合う気がしないのだ。
輸送費や人件費を考えれば、VIP並とは言わずともかなりの売り上げが無ければ成り立たない。
サロンにそれほどの潜在飲酒文化があるようには思えなかった。
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828 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:43:42 ID:w0wE4vm20
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ξ゚听)ξ 「ま、なんか考えはあるんだろうけどさ」
冷めてきたコーヒーを一口。
砂糖とミルクを多めに入れ甘くまろやかに仕上がったそれはツンの舌にも優しく馴染む。
ツンにとって、大五郎がどうなろうが禁酒委員会がどうしようが、どうでもいい。
あくまで家族を奪った仇敵を見つけるために、禁酒党系との接触の機会が多い大五郎に入っただけだ。
そのために仕事はこなしているがいざ目的の邪魔になれば脱退することも全く厭わない。
それでもなんだかもやもやするのは、二つの組織の小競り合いの最中に傷つく人がいるから。
巻き込まれる第三者も、それぞれに属する人間であっても、むやみやたらと命を落とされては気分が悪い。
家族や友人を失うことについてのなんやかんやは、ツンもそれなりにわかっているつもりだ。
ξ゚听)ξ 「なんでこう、喧嘩で解決したがるのかしらね。大五郎も、禁酒委も」
从 ゚∀从
( ,,^Д^)
何の気なしに口にしたぼやきに、ハインリッヒとタカラの動きが止まった。
ツンに向けられた二人の視線には「お前が言うんかい」的な感情が込められている。
何か問題が起きたらとりあえずぶん殴って解決しようとしてしまう自覚はあるので、特に何か言い返したりはしなかった。
別に脳筋とかバカってわけでは無い。
ちょっと考えるのがめんどくさいだけだ。
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829 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:45:03 ID:w0wE4vm20
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ξ゚听)ξ 「そういえば」
二人の視線が憐れむようで不快だったので、ツンは率先して話題の変更を試みる。
( ,,^Д^) 「ん?」
ξ゚听)ξ 「結局あの人たちのことはなんもわからないのよね」
( ,,^Д^) 「ああ、助けてくれたあの人らのことかにゃ」
ξ゚听)ξ 「うん。セントさんなら知ってるのかと思ったんだけど」
ハルベルトを持った初老の女性と、魔法無効の術を扱う青年の二人組。
彼らについての情報は、大五郎の情報網の中にも無いらしく、その正体は掴めていない。
唯一分かっているのは彼らが名乗った「ィシ=ロックス」と「シーン=ショット」という名前だけ。
遭遇時の様子から察するに、鉄腕の男との間に浅からぬ因縁があるようだが。
( ,,^Д^) 「敵じゃないといいけどにゃ」
ξ゚听)ξ 「それは無いと思う。そういう、嫌な感じのする人たちじゃなかったから」
( ,,^Д^) 「だといいにゃあ」
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830 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:46:05 ID:w0wE4vm20
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从 ゚∀从 「……そういえば、帰らなくていいのか」
何となく流れた沈黙の後。
ふと外に目を向けたハインリッヒが、主にツンに向かって訊ねる。
僅かに開いたカーテンから覗く外は既に夜。
月が出ているため、闇夜というわけでは無いが。
ξ゚听)ξ 「どうしよ。ちょっとゆっくりし過ぎたかも」
从 ゚∀从 「別に泊まってても構わないが、明日も仕事だろ?」
ξ゚听)ξ 「そうなのよねえ……」
移転後の店舗は市街地の為、ハインリッヒの家よりも自分の部屋に帰った方が近い。
着替えのことも考えれば戻った方が得策である。
ξ゚听)ξ 「んんー、帰ろっかな」
( ,,^Д^) 「だにゃ」
ξ゚听)ξ 「じゃあねリッヒ。ごちそう様、美味しかったわ」
从 ゚∀从 「おう、またな」
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831 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:47:47 ID:w0wE4vm20
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外は澄んだ空気が漂っていた。
空を見上げれば天蓋を丸くくり抜いた穴を思わせる月。
ξ゚听)ξ 「明るいな、昼間みたい」
起伏のあるなだらかな丘と、点在する酪農家の小屋。
全てが水の中に沈んだように静かで、寂しげな光に満ちている。
( ,,^Д^) 「これなら明りもいらないにゃあ」
タカラは一応準備していたランタンの火を吹き消す。
周囲の明るさに大差は無く、目を凝らさずとも足元が見えた。
歩き始めると、ツンの胸元がもぞもぞと動き、襟からニョロが顔を覗かせる。
ツンの緊張が伝播してしまったのか彼もかなり疲弊しており、仕事が終わったころからずっと眠っていたのだ。
ξ゚听)ξ 「起こしちゃった?もう家に帰るから、ゆっくり寝ようね」
ツンが指で顎を撫でてやると目を細めて喜ぶ。
ハインリッヒの話では蛇とイタチらしいが、これほど人懐っこくなるものだろうか。
基本的にいい子なので問題は無いが。
ξ゚听)ξ 「……明日、襲撃無いといいね」
( ,,^Д^) 「あー、なんか襲撃ある日の前には高確率でそう言ってる気がするにゃ」
なんか不吉なことをぼやきながら、二人と一匹は夜道を帰って行った。
* * *
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832 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:48:52 ID:w0wE4vm20
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チャンネルとアヤルドの国境付近に打ち捨てられた古い砦がある。
旧ジュウシマツ砦。周囲は切り立つ岩山に囲まれ、正に難攻不落。
かつての戦時中は絶対の能力を誇ったこの砦も、役目を終えた今は誰も近寄らず風雨に晒され相当に劣化していた。
はずだった。
( ゚д゚ )(……まるで、つい最近建てられたようだな)
砦から少し離れた岩の影からミルナ=スコッチは顔を出す。
以前訪れたのは一年前、戦時中の記録文書が隠ぺいされているという情報を聞きつけ探索に訪れた。
月夜に浮かぶその姿は、かつての姿とはあまりに異なっている。
ただ単に修復したにしては、綺麗すぎた。
( ゚д゚ )(魔女かは置いておき、何者かが住み着いているのは間違いなさそうだな。さて……)
ミルナは両の手を組み、複雑な印を作った。
魔法使いたちが適当な文句を唱えるのと似た意味である。
体に染みつかせた魔法式の展開を、印を組むという動作をトリガーにすることで反射に近い形で行うのだ。
( ゚д゚ )「隠遁、蓑不隙!」
ミルナの体のいたるところから黒い粒子が立ち上り始めた。
ゆらゆらと、たき火から立ち上る熱の歪みと煤のようだ。
対探知魔法用のジャミング魔法。
音や姿など、生物本来の存在そのものを隠すことはできないが、その点は自身の技術でどうにでもなる。
魔女と相対する際に畏れるべきは、その異常に高い魔法の能力だ。
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833 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:50:55 ID:w0wE4vm20
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( ゚д゚ )(さて、せめて死にはせんように行こうか)
暗視の術が問題なく継続していることを確かめ、身を滑り出し、慎重に地を蹴った。
岩から岩、陰から蔭へ、素早く移動してゆく。
自身の体が放つあらゆる気配を殺し、着実に砦に近づいて行った。
( ゚д゚ ) (まずは、と)
正面の大門、その脇に作られた衛兵用の出入り口。
岩の影から様子をうかがうが、現時点で開いているということはない。
大門はミルナでは開けられないし、小さい衛兵用の入口もおそらく施錠がなされているだろう。
が、何の問題もない。
そもそもそれらの入口たる入口を使うつもりは最初からないのだから。
( ゚д゚ )(ほぼ完全に修復されている。壁を破るのは不可能か)
もともと戦のために建てられた砦。
ちょっとした魔法攻撃を受けたところで壁に穴が開くような脆いものではない。
とすれば、既にある内部へ通じる何かしらの穴を利用する必要がある。
( ゚д゚ )(……あそこか)
記憶した砦の見取り図を探り、ミルナははるか上方の壁を見上げた。
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834 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:52:35 ID:w0wE4vm20
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石を組み上げた頑強な壁に複数の穴が開いている。
籠城した際、内部から外部の敵を偵察し、狙撃するための狭間だ。
木の板で塞がれてこそいるが、他に比べれば強度の違いは明らか。
狙うとすれば、ここの他はあるまい。
ミルナは用意してきた荷物の中から、鉤手甲を取り出し、手早く装着した。
周囲の気配を探りながら、より一層呼吸を落ち着ける。
( ゚д゚ )(……)
静かに、しかし確かな速度を持ってミルナは砦に駆け寄った。
壁を登り始めてしまえば、もう隠れる場所は無い。
急がなくては、不要な危険を増やすことになる。
( ゚д゚ )(久々の、重労働よ)
さすがと讃えるべきか、ミルナの身のこなしは実に軽快であった。
ゴキブリのような素早さで瞬く間に壁を這い上り、狭間にたどり着く。
次ははめ込まれた板の対処。
幸いにして堅牢なつくりではないらしい。
石壁の隙間になるべくしっかりと鉤爪をひっかけ、もう片方の手で取り外した。
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836 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:54:05 ID:w0wE4vm20
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( ゚д゚ )(ここまでは、上々)
十分な広さの穴ではないが、少し関節を外せば難なく中に侵入することができた。
砦の中は、不自然なまでに綺麗であった。
毎日誰かが掃除しているような清潔さ。
古城にありがちな黴や埃の不快な臭いが一切無い。
不気味だ。
ミルナの背中を汗が伝う。
異質な気配に満ちている。
複数の違和感が明確に知覚できないまま警戒心をなでるような、そんな空気。
( ゚д゚ )(……魔女でないにしろ、何かがいることは確定だな)
ミルナがいるのは、砦の二階にあたる廊下。
狭間を利用し偵察や攻撃を行うための空間であり、それなりの広さが確保されている。
言ってしまえば、非常に見通しがいい。
侵入者として、なおかつ住人の存在を確信した立場として、この廊下を素直に歩くのは非常に躊躇われる。
奇襲の心配こそないが、ミルナはこの場合、見つかった時点で負けなのだ。
仮に逃げおおせたとしても、情報が漏れたことを知覚した相手は長くここに留まろうとはしないだろう。
となれば、せっかくの情報も一気に価値を下げてしまう。
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837 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:56:22 ID:w0wE4vm20
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( ゚д゚ )(せめて、魔女のいる確信の一つでもあれば……)
今分かっているのは「何かがいる」ことと「その何かが砦を修復できる何らかの力を持っている」ということのみだ。
魔女である確率は高いが、それ以外である可能性も否定はできない。
禁酒委員会の情報網を信用するしない以前に、売る情報の真偽はできうる限り自分の目で確かめたかった。
( ゚д゚ )(ここで居住できるとすれば、兵舎、司令官室、他には、地下牢、位のものか……)
兵舎は一、二階、指令室は三階、地下牢はそのまま地下にある。
順当にいくならば、まずは二階。
慎重な足取り。
音の一つが失敗の原因になりうる。
幾何かの緊張を抱え、ミルナは砦内部の探索を開始した。
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838 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 21:59:40 ID:w0wE4vm20
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かつて、国境における攻防の重要な拠点であったジュウシマツ砦。
戦時中は兵士達が常駐し、彼らにとってはここが一つの家のようなものだった。
二階に供えられた兵舎は彼らが就寝時に利用していた空間である。
はずであったのだが。
( ゚д゚ ) (……さながら、キメラの実験場というところか)
狭い小部屋が無数に並んでいたはずの空間は、主要な柱を除きほとんど仕切りが存在していない。
代わりに積み重ねられた動物の死体らしき山がいくつかあった。
比較的新しく出た者なのか、獣や血の臭いは感じても、腐乱したような臭いはない。
恐る恐る、近づいて確認する。
死体のほとんどが、単一の動物では無かった。
継ぎ接ぎに複数の種族が混ざっていたり、本来一つであるはずの部位が複数生えていたりと、まともなものは一体もいない。
中には、人間らしい姿もあった。
比較的死体を見慣れているつもりのミルナも、これには口を手で覆う。
( ゚д゚ ) (キメラは、魔女の代名詞……)
( ゚д゚ ) (生体の拒絶反応か死んではいるが、キメラとしての完成度は異常に高い)
( ゚д゚ ) (……益々、魔女の真実味が増してきたな)
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839 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 22:00:38 ID:w0wE4vm20
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「たっだいまー!!」
底抜けに明るい声が砦に響く。
少女特有の、音色と称しても何ら違和のない軽やかさだ。
この声の主が魔女だというのだろうか。
「ただいま」という言葉から察するにここを拠点にしている人物であることは間違いないのだろうが。
( ゚д゚ )(こんなところを拠点にする少女か……。魔女は、姿を自在に変えるとは聞くが、やはり……)
壁に設置されていた松明が俄かに火を灯す。
それも、いっぺんに全部だ。
動揺を押し殺しながら、廊下の壁に張り付き聞き耳を立てる。
足音はまだ聞こえない。
( ゚д゚ )(……)
ひどく長い時間に感じられた。
既に脱出する為の狭間の板は外してある。
あとはせめて一目、相手の姿を確認できればそれでいい。
噂ですら金になる魔女の情報。
ミルナを信頼する情報屋ならば明確な証拠がなくとも十分な支払いをするだろう。
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840 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 22:01:52 ID:w0wE4vm20
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ついに、階段を上る足音が聞こえ始めた。
軽快に打楽器を鳴らすように小気味がいい。
直接見えずとも、少女が楽しげに駆け上ってくる姿が目に浮かぶようだ。
この状況下では、ひたすらに異質なだけなのだが。
足音がかなり近づいている。
ちらりと頭が見えた。
o川,*゚ー゚)o 「よっと!」
( ゚д゚ ) (ッ!)
ミルナはその姿を初めて見た。
最後の一段を、元気に両足揃えて飛びあがる姿はまさしく毒の無い少女そのもの。
さらさらと揺れる髪の毛は、まるで絹のようであった。
愛らしい。
松明の揺らぐ明りの中ですら、見惚れてしまいそうだ。
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841 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 22:03:07 ID:w0wE4vm20
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少女はどこかで買い物でもしてきたのか、茶色い紙袋を抱えていた。
袋は大きく膨らんでおり、彼女の腕は微妙に長さが足りずかなり苦しげに支えている。
o川*゚ー゚)o 「いやー、思ったより時間かかっちゃった。ベロちゃーん、ご飯買ってきたよー☆」
ドン、という鈍い音。扉が開いたそれだろう。
続いて地面を爪で叩く軽快なリズムが聞こえ、上へ続く階段から巨大な犬が現れた。
それも三頭。よく見ると尾が蛇になっており、彼らもまたキメラであることがわかる。
o川*゚ー゚)o 「お腹すいた?今日はソーセージだぞ☆」
犬たちは尻尾を振り回して少女に飛びついた。
食糧を求めているというより、少女に尋常でなく懐いていると見た方が的確だろう。
しりもちをついた少女の顔を長い舌でべろんべろんとなめまわし、そのまま喰らいかかりそうな勢い。
o川*゚ー゚)o 「ちょ、くすぐったいって!やめ!ギブギブ!」
拒絶しながらも笑顔の少女。
ここだけ見れば実にほのぼのとした日常のワンシーンなのかもしれない。
残念なことに周囲に異形の死体が転がった、ほのぼのとは程遠い場所なのであるが。
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842 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/03/17(日) 22:05:43 ID:w0wE4vm20
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未だ興奮冷めやらぬ様子のまま、犬たちは少女から離れた。
落ち着きのない様子で三頭連なって少女の周りをぐるぐると回る。
o川*゚ー゚)o 「もー、ほら、上に行ってゆっくり食べよ」
少女は荷物を抱えたままよっこらしょと立ち上がった
その動作はあまりに少女的で、本当に魔女なのか自信が失せてくる。
状況としては間違いないような気もするが、もう少し監視して確かめたい願望がミルナの胸に湧き上がった。
( ゚д゚ ) (……だが、ダメだ)
さすがにここいらが引き時である。
ミルナの体から立ち上る術の粒子が少しづつ減少している。
時間の経過はもちろんのこと、探知魔法に曝されている証拠だ。
それに、あの犬の鼻も怖い。
体臭はできうる限り隠しているが、長居すればその分察知される危険は増える。
もしバレれば情報の価値云々以前に、ミルナが生きていられるかすらも怪しい。
( ゚д゚ )(……惜しいが、仕方あるまい)
頭を切り替え、ミルナは音もなく狭間に体を滑り込ませた。
跡を残さぬよう板をはめ直し、壁を飛び降りる。
( ゚д゚ )(何より、十分な収穫はあった)
着地は、羽毛のごとく静かに。
この情報を高く売るべく、懇意の情報屋の店へと彼は走り出した。