( ^ω^)剣と魔法と大五郎のようです

十四話

594 名前: ◆x5CUS.ihMk[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:09:15 ID:HxMP0asE0

 周囲にある全てが、自分の味方をしているようだった。
 木々も。
 湖も。
 大地も。
 そして、立ち向かってくる人間達ですらも。

 何も怖くない。
 恐れる必要など無い。

 喉を開き、空に吠える。
 楽しい。
 実に楽しい。

 力を振るうことが。
 自分が強いと実感することが。
 小さな彼らの足掻きを振り払うのが。
 心の底から楽しい。

 次はもっと色んなことを試してみよう。
 すばしっこく逃げ回る彼らを捕まえるのは中々難しいから。
 教えてもらった色んなことをやってみよう。

 壊さないよう。
 逃がさないよう。

 次はもっと確実に。
 次はもっと丁寧に。
 大事な遊び相手はあと二つ。

  *   *   *

595 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:10:39 ID:HxMP0asE0

ξ;゚听)ξ「どういうことなのよ?!」

 魔力を吸収している、ドクオは確かにそう言った。
 他者の魔力を受け入れることは、自殺行為。
 それは魔法を習う者ならば子供でも知っている常識である。
 サスガ兄弟のような双子でも珍しい例外はあれど、これに反する生物は存在しない。

 が。

(;'A`) 「タリズマンか、別の何かであのキメラに合うように魔力を変換してるんだ」

(;'A`) 「だから、俺が魔力を注いでも生命力が鈍ったりせず、そのまま吸収して復活した」

 静かだったはずの湖畔。
 異形の巨躯が雄たけびを上げ、木々も水面も、恐れ戦くように身を震わせる。
 魔女の作り出した海獣のキメラ。
 その予想を上回る能力に、ドクオは額から汗を流す。

(;'A`) 「あの時ほどじゃないにしろ、アホみたいな再生能力もあるんだろう。血ももう止まったみたいだ」

 以前戦った蛇頭のキメラは切ってもすぐ生えるというものだったが、今度のキメラは多少再生に時間がかかるようだ。
 正し、時間がかかるだけで死んだ状態からも復活してくる。
 どう殺すべきか、それが問題だ。

 ひとしきり吠えて気が済んだのかキメラが二人を見据える。
 その目は爛々と輝いており、やる気満々といったところ。
 ツンはもう逃げ出したい気持で一杯だった。

596 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:12:59 ID:HxMP0asE0

(;'A`) 「とりあえず、また火の魔法を試してみよう」

ξ;゚听)ξ「それ以外に、方法はなさそうね」

 ツンとドクオは二手に分かれた。
 ドクオにはブーンにかけた強化魔法の効果が残っているらしく、足取りは軽い。

 どちらに仕掛けるか悩んでいた様子のキメラだったが、ツンに標的を定め視線を向けた。
 ツンとしてはおしっこちびりそうなくらい体がすくむが、都合がいいと言えば都合がいい。
 少なくともツンに意識を向けていてくれればドクオが魔法に集中できる。

('A`) 「“地より湧き立つ血色の業火―――”」

 ナイフを引き抜き、自らキメラへ間合いを詰める。
 近づきたくは無いが遠間からの突進は楽にかわせる物ではない。
 キメラも身をくねらせツンへ。
 間合いに届いたと判断するや、上半身を振り上げてのボディプレス。

 ツンは急ブレーキをかけ、後ろへ飛んで回避。
 ブーンのように小さな隙間をすり抜けるような真似は出来ない。
 衝撃で舞い上がった砂が煙幕の役目となり降りかかるのをマントで防御し、すぐにキメラの横に回る。

('A`) 「“天より舞い降る蒼き灼炎―――”」

 死角に入ったつもりだったが、キメラは振り向き様に前足を振るう。
 やや雑な狙い。しかし掠っただけで致命傷に成りかねず、ツンは大きく距離を取って回避した。
 すぐさま姿勢をツンに向き直したキメラは顔を上に上げ喉を鳴らす。
 雄たけびを警戒して手を耳の高さに上げたツンだったが、咆哮とは違うらしい。

599 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:14:14 ID:HxMP0asE0

('A`) 「“二極を一に。頭尾繋がる大蛇の如く―――”」

 痰を吐く前の音、と表せば分りやすいだろうか。
 空気と粘質の何かが混ざる不快な耳障りに、ツンは思わず耳を塞いだ。
 同時に、激しく嫌な予感。

 掠れた音と共にキメラの口から濁った液体が噴出された。
 ツンは横へ跳ねてそれをかわす。
 砂地へ落ちたそれは、焦げるような音を立てて砂を溶かした。

ξ;゚听)ξ (毒、って言うより胃酸か)

 キメラは酸を連射。
 ツンは足を使ってそれをやり過ごす。
 最初は雑だった狙いが徐々に的確になり、最後の一発はマントを掠めた。

('A`) 「“喰らい合い、熔かし合い、表裏の如く一体となれ―――”」

 キメラはツンに肉薄。
 前足を真上から叩きつける。

 キメラの攻撃は体格の大きさもあってか鈍く見切りやすい。
 予備動作も大きいためその気になれば無傷で回避することは難しくは無いのだ。
 しかし。

600 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:15:40 ID:HxMP0asE0

ξ;゚听)ξ「くっそぉ!」

 掠るだけでも致命傷に至りそうな重みを持った一撃は、かわすのが精一杯。
 反撃の隙は無く、このままでは追い込まれてしまう。
 一撃、二撃とかわす間に、ツンの体勢は少しづつ崩れていく。

 顎で直接噛みつきに来たのをかわし、ツンは大きく間合いを取った。
 突進を恐れているため出来れば距離を取りたくは無かったが、それ以前にやられては敵わない。
 押しつぶされたりしたらドロドロのバブルツンちゃんになってしまう。

(;'A`) 「“我、何者よりも力に焦がれし者―――”」

 尾鰭をバタバタと振り回し、キメラは飛び掛りの体勢。
 ツンは障壁魔法を展開しながら横へ走ってやり過ごそうとする。

 が。

 キメラの目が怪しく輝いたのと同時にツンの身体に水が絡みついた。
 魔法によってコントロールされた密度の高い水は、鎖のようにツンの身体を縛り付ける。

ξ;゚听)ξ 「しまった!魔法使えるんだった……ッ!」

 ツンに魔法を自力で振りほどくだけの力は無い。
 動けなくなったところでキメラが動き出した。
 アウト。完全なアウト。もはやゲッツー。
 数秒と待たずバブルツンちゃんの完成だ。

601 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:17:32 ID:HxMP0asE0

(;'A`) 「“―――汝を、焼排す!!”」

 キメラの体が地を離れようとしたその瞬間、ドクオの放った魔法弾がその横腹を直撃した。
 轟音と共に拡散する熱波と衝撃。
 紫色の閃光がキメラの身体を飲み込み、巨大な火柱が立ち昇る。

 魔法の炎熱は、ツンの眼前まで迫った。
 水による拘束はすぐに解け、手で顔を庇いながら距離を取る。
 激しい熱波はマントの上からでも肌を焼いた。

 ドクオは火柱を眺めながら真剣な顔をしている。
 ツンは駆け寄ってそのこめかみをデコピンで打ち抜いた。

(;'A`) 「パードゥン?!」

ξ#゚听)ξ「私まで焼く気か!」

(;'A`) 「でも、あのまま撃たなかったらツンさんフレッシュミートソースじゃないですか」

ξ゚听)ξ「そうなんだけどね。サンキュードッグ」

(;'A`) 「おう。次は叩かずに言ってくれ」

 二人で警戒を残したままキメラを見る。
 効力が切れ、小さくなってゆく火柱。
 その中心には未だ燻る黒焦げの巨躯が横たわっていた。

602 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:19:04 ID:HxMP0asE0

ξ;゚听)ξ「死んだかしら」

(;'A`) 「これで死ななかったら正直泣きたい」

ξ;゚听)ξ「……あ」

 ドクオの期待を華麗に裏切り、水柱が湖から立ち上る。
 それは弧を描き、未だ火の燻るキメラの身体を包み込んだ。
 残っていた火は一瞬で消え、水の中で毛が水草のように揺れる。
 毛は燃え切らず、元のままとは言わずともかなりの長さを残したままだった。

(;'A`) 「嘘だろ……死んですらいないのかよ……」

ξ;゚听)ξ 「で、でもかなり効きはしたみたいよ」

 直撃を受けた腹の周辺は毛も焼け飛び、元は赤かったと思しき体内が黒く炭化している。
 毛の無かった下半身も、皮膚が爛れ脂肪を融かし肉がむき出しになっていた。
 普通ならば確実に死んでいる。

 惜しむらくは奴が至ってアブノーマルな、魔女の作ったキメラだという現実。

(;'A`) 「火力は、まだ上げられないわけじゃない」

ξ;゚听)ξ「なら、やるしかないでしょ」

(;'A`) 「待て。俺の嫌な予感が当たっているとすると」

ξ;゚听)ξ「アンタの嫌な予感の的中率高いからその言い方やめて」

603 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:20:38 ID:HxMP0asE0

 キメラは水の球に抱かれ、傷の修復に入っていた。
 顔はツンとドクオの二人を未だ睨みつけている。
 炎を受けた側の目は白く濁っており、その顔は通常よりも怖ろしい。

ξ;゚听)ξ 「どうする?天叢雲で切っても死んでくれなそうだけど」

(;'A`) 「……俺も一番の魔法は残っちゃいるが」

 水の中では再生能力が増すのか、黒ずんでいた傷口が少しづつ肉の色を取り戻している。
 本来ならば回復される前に次の手を仕掛けたいどころだが、生憎次の手が無い。
 下手に魔力を浪費するよりは策を練った方がいい、というのが二人共通の判断だった。

(;'A`) 「ちょっと良いことと、かなり悪いことが分った。どっちから聞きたい?」

ξ;゚听)ξ「アンタが話易い方から」

(;'A`) 「じゃあ、悪いほうからな」

 ドクオがずり下がったパンツを持ち上げ、ベルトを締めなおした。
 目は相変わらずキメラを見ている。

(;'A`) 「まず、あのキメラは、前の蛇みたいに焼き尽くしても殺せない」

ξ;゚听)ξ「……やっぱり?」

(;'A`) 「おう」

604 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:23:14 ID:HxMP0asE0

(;'A`) 「蛇キメラは、細胞一個一個が自立し補助しあっていたから一気に焼き尽くせば殺すことができた」

(;'A`) 「だがアイツは核となる何かによって生命機能の殆どがコントロールされている」

(;'A`) 「焼いても同時に再生できるから、核を壊すか体から取り出さなきゃ反永久的に死なないぞ」

ξ;゚听)ξ「良い方は?」

(;'A`) 「倒し方分った。核破壊すれば死ぬ」

ξ;゚听)ξ「具体例は?」

(;'A`) 「……無い」

ξ;゚听)ξ「こんな状況じゃなければ、アンタを湖に沈めてたわ」

 キメラの再生はまだ半ほど。
 しかし、覗いていた内臓は既に修復が終わり肉で包まれている。
 相手がその気になればすぐに襲い掛かってくる可能性も十分にあった。

(;'A`) 「核を中心にする機構はゴーレムに似ているが、ゴーレムに使う手は使えない」

 ゴーレムに使う手、というのは魔力を強制的に注入して魔力を不純にすることで動きを止める、というものだ。
 これは既に通用しないことが分っている。
 同様の理由で魔力切れを待つ、という方法も望みは薄いだろう。

605 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:24:43 ID:HxMP0asE0

ξ;゚听)ξ「やっぱり、天叢雲で掻っ捌くしかないんじゃない?」

(;'A`) 「でも、核の場所が分らないんじゃ無駄骨になっちまう」

ξ;゚听)ξ「どうやって探す?」

(;'A`) 「……とりあえず解体する?」

ξ;゚听)ξ「それが出来ないから困ってるんでしょうが!」

 ツンが思わず声を荒らげた瞬間。キメラが動きを見せた。
 キメラを包んでいた水の一部が分離し、二本の矢となって二人を襲う
 ツンは右手に、ドクオはブーンと入れ替わり左に。
 相談の時間は終わりだ。
 さらに放たれた水の矢を二人は走ることでやり過ごす。

 傷を負わせたことで魔法を多用するようになったのは、少々誤算。
 先ほどまでの攻撃に感じていた油断のようなものが無くなっている。
 どてっぱらを抉られて流石に頭にきているのか、それともツンたちが全力を尽くすに値すると認めたのか。

ξ;゚听)ξ「ッ」

 絶え間無く襲う水の矢の一本が、ついにツンの太ももに。
 肉を掠めるように突き刺さり、貫通。皮膚と脂肪を抉りとって飛び去る。
 痛みで足が止まった。反射的に不自然な体勢を取ってしまう。
 キメラはその隙を見逃さず、ブーンに向けていた分の魔法もツンへ。

 数え切れぬ矢の嵐が、ツンを襲う。

606 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:27:03 ID:HxMP0asE0

ξ;゚听)ξ (完全にツンだーーーー!!!)

 ブーツの魔法も間に合わない。
 何より回避に移れる体勢ではないのだ。
 ツンは少しでも当たる面積を減らそうと、崩れた姿勢のまま後ろへ倒れこむ。

( ;^ω^)「!」

ξ )ξ「ッ!」

 小さな身体は、すぐに魔法の群れに飲み込まれた。
 空気を打ち抜く擦過音。
 そして、水の矢が砕かれる、鈍い打撃音。

ξ; 听)ξ「??」

 猛攻は、顔を庇った腕とわき腹、足を僅かに掠めるだけに終わる。
 直撃は一つも無く、ツンはきょとんとした顔で砂地に尻餅を着いていた。
 その眼前に居たのは。

ξ;゚听)ξ「ニョロ?!」

 塒を撒き、宙に浮いたニョロの姿。
 障壁の魔法を纏い、まるで盾のようにツンを守っていた。
 魔法が止むと、ニョロは急に重力を取り戻し、ツンの足元に落ちる。
 すぐさまツンに這いより、傷を労わるように頬ずりをした。

607 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:29:01 ID:HxMP0asE0

ξ;゚听)ξ「なななんで?!」

 いきなり魔法を使ったこと。そしてタカラのところに置いてきたはずなのに目の前に突然現われたこと。
 疑問が山ほど頭を埋め尽くす。

 一方、自身への攻撃が止んだ隙にキメラへ間合いを詰めていたブーンは、その瞬間をしっかりと目に留めていた。

( #,^Д^) 「ツン!一回下がるにゃ!体勢を立て直せ!」

 雑木林から飛び出したタカラが、塒を巻いたニョロをフリスビーのように投げたのだ。
 そしてニョロはツンを守るように魔法障壁を発動。攻撃を防ぎきった。
 タカラは先ほどなぎ払われたのが嘘のようにピンピンとしている。
 ハインリッヒが来て、治療したという様子ではない。

 彼の復活を喜んだか。キメラが水の中で口を開いた。
 あふれ出した気泡が外へはじけると共に水が球形から崩れ、砂浜に溢れ流れる。
 塞がったばかりといった淡い色をしているが、傷は完全に修復されていた。
 再生の正確さは蛇キメラより高いらしい。

(#,,^Д^) 「ッ!」

 タカラの狙撃がキメラの目の下へ。
 硬い音と共に突き刺さるが、キメラは怯んだ様子を見せず水の矢を三本、撃ち返す。

ξ;゚听)ξ「危ないッ」

 ツンの心配をよそにタカラは最小限の動きでその攻撃を回避。
 最後の一本を、かわしながらも掴んで受け止めた。

609 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:30:23 ID:HxMP0asE0

ξ;゚听)ξ「はぁ!?」

 あの水魔法は、見た目こそ矢だが威力は投げやりのそれに近い。
 それを素手で受け止めた。
 タカラにそんなポテンシャルが合っただろうか。

( ^ω^)「杉浦双刀流、変式抜刀の型―――」

 キメラもツンもタカラに意識が向いていたその隙に、ブーンが背中へ。
 目的は上体を起こしたキメラの背中に突き刺さったままの小剣。
 横から全身の力で飛び上がり、柄を両手で握り締める。

( #^ω^)「螺旋錠破!」

 キメラが異変に気付くまでの一瞬。
 ブーンは剣に掴まった状態から背中を足場に屈伸。
 一気に背中を蹴ると小剣を軸に、捩れるように回転した。

 握り締められた剣はブーンの体と共に捻られ肉を抉る。
 キメラの悲鳴。
 回転を終えたブーンはその勢いのまま剣を引き抜き、着地し、やや体勢を崩した。

 キメラは痛みを振り解くように身体をブルブルと震わせる。
 ブーンは不十分な体勢から転がって距離をとった。
 数本集まれば刀を防ぐ剛毛は、武器の役目すら果たす。
 掠ったマントと肩口が破れ、僅かだが血が滲んだ。

610 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:33:22 ID:HxMP0asE0

 キメラは魔法を発動。
 上空に現われた水の剣が十本、ブーンに切っ先を向けている。

( ;^ω^)「!!」

 回避が間に合うかはギリギリだ。
 半ば這い蹲る形でブーンは逃げたが、剣は動き出さず切っ先の方向転換のみで追尾。

 援護のためにタカラが受け止めた水の矢をキメラに打ち返す。
 横っ面、鼻先の毛の薄い場所でそれを受けたキメラは、一時タカラを睨みつけたがすぐにブーンに視線を戻した。

 そして、剣の魔法が発動。
 驚異的な速度でブーンを突き刺しにかかる。

(;'A`) 『いやああああああああああ!』

( ;^ω^)「!!」

 援護によって得た数瞬の内に幾分かマシな体勢を取ったブーンは、魔法の剣に立ち向かった。
 一本目を小剣で横に流しながら左に体勢を移動。倒した体で二本目もかわす。
 次いで軸足を左に回転。右半身を前に滑らせ三本目を回避し、戻しながら切り上げた剣で四本目を弾いて逸らす。
 頭部、腹部を狙った五本目と六本目。右足で地を蹴り空中に身を浮かせ背と腹を掠らせてやり過ごした。
 跳んだ勢いで胴を回転し、その慣性で振り切った剣で七本目を斜めに叩き落す。
 地面に肘と膝で着地。伏せ、八本目を回避。転がって移動し、九本目に地面を切らせる。
 最後の十本目は、仰向けの状態で薙いだ剣で軌道を逸らして難を逃れた。

612 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:36:15 ID:HxMP0asE0

(;'A`) 『お前ばかぁぁ?!なんでわざわざこんな危険な……』

( ^ω^)(ドッグ、核を探知して!)

(;'A`) 『ファ?!』

 そこは既にキメラの目の前。
 ブーンは足で反動をつけ、バネのように起き上がる。
 間一発、頭を狙った前足のスタンプをかわした。

 そして、ブーンを見失ったキメラの懐に踏み込み、キメラに抱きつくようにタックル。
 ドクオに一旦主導権を預ける。

 戸惑ったものの、すぐにブーンの意図を読んだドクオはキメラの体に意識を集中。
 ハインリッヒのように体内をくまなく見ることは出来ないが、強い魔力の発生源を辿ることは出来る。
 上半身にその根源を感じたところで、身体を揺すられ振りほどかれた。

 離れた瞬間ブーンに入れ替わり、懐を飛び出す。
 毛に撫でられ何箇所か新たな傷を負ったが大したものではない。

ξ#゚听)ξ「“シュート=インパクト”!!」

(#,,^Д^) 「にゃあ!!」

 ブーンの脱出を風の弾丸と矢が援護する。
 的確に顔面を狙ったその攻撃をキメラは水の盾で防いだ。

613 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:38:09 ID:HxMP0asE0

( ;^ω^)「ツン!タカラ!核は上半身!」

ξ;゚听)ξ「もっと細かくわかんないの?」

( ;^ω^)「これ以上はハインリッヒじゃないと!」

 キメラを守っていた水の盾が形状を変化した。
 鎌のような湾曲した刃となってキメラの周囲をくるくると回り飛び回る。
 三方を囲む形の三人。
 そのうちの誰を狙いを定めるか悩んでいるようだ。

 魔法を警戒して動けないツンとブーンに反し、タカラは弓を引く。
 彼の持っていた最後の矢。
 それを自身を見たキメラの目へ放った。

 矢がキメラへ届く前に魔法の刃によって粉微塵にされた。
 水の鎌はそのまま全てがタカラへ。
 タカラはすぐに後退し、雑木林に逃げ込んだ。

 上手い判断だ。
 ツンにしろブーンにしろ複数の刃をかわすのは辛い。
 ならば遮蔽物である防風林を背負ったタカラが囮を買って出るのは上等である。

( ^ω^)「おっおおおお!」

ξ#゚听)ξ「でやああああ!」

 挟み打つように駆け出す二人。
 キメラの意識は散漫し、反応が遅い。

614 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:40:40 ID:HxMP0asE0

 ツンとブーンの目的は、図らずも統一されていた。
 動きを封じる。
 この勝負を決する決め手となるのは核の場所だ。
 それを探り出す時間を捻出しなければいけない。

 キメラは魔法を打ち終え、どちらに狙いを定めるというわけでもなく、身体を捻りあげた。
 この挙動の意味は分らずとも、不穏な気配を感じ取った二人は不測の事態に備えるべく、やや速度を落とした。

ξ;゚听)ξ「?!」

( ^ω^)「!?」

 二人が間合いに入った瞬間、キメラの体が、腹を軸に回転した。
 速く。重く。そして、後退以外に避けようが無い。
 既に深く踏み込んでしまっていたツンは、慌てて下がる。
 前足をかわすが、その後に続いた尾鰭を受け吹き飛んだ。

ξ )ξ「ッ!」

 体が宙に浮き、背中から地面に。
 砂地だったため、比較的柔らかい衝撃。
 痺れる身体を無理やりに起こした。
 衝撃で痺れてはいるが、痛みはあまり無い。
 身体を見ると、魔法障壁の残滓が纏わりついていた。

 ニョロが首を伸ばしてツンの顔を覗き込む。
 どうやら、再び彼に助けられてしまったようだ。

615 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:43:11 ID:HxMP0asE0

 一方のブーンは持ち前の直感で攻撃を察知した。
 かわせないと判断し、身体を丸め曲げた腕と足で盾を作り身体を浮かす。
 受けたのは前足の肉球。
 とはいっても愛玩動物のそれのように柔らかくは無く、感触で言えば圧縮に圧縮を重ねた藁束のようだった。

 骨の軋む衝撃に内臓が震える。
 吹き飛んだ身体は地面で一度跳ね、転がった。
 すぐに起き上がる。
 ダメージはゼロではないがいくらか軽減には成功したようだ。
 受身もなく食らっていれば、恐らく体が糸の切れた操り人形状態になっただろう。

 しかし、巨体が生んだ衝撃は大きく、ブーンもツンも体が思うように動かない。
 足が言うことを聞かず、立ち尽くすばかりだ。

ξ;゚听)ξ(まずい!)

( ^ω^)(今、攻撃を受けたら……!)

(;'A`) 『ふぇぇぇぇ!』

 タカラが小石をキメラに投擲。
 首元に当たるが、キメラは気にする様子も無くブーンに狙いを向けた。
 ツンであればまだ何とかかわすことも出来たが、今のブーンは生まれたての小鹿も同然のプルプルである。

 攻撃をかわすだけの感覚はまだ戻っていない。

616 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:45:25 ID:HxMP0asE0

 キメラの周囲に、水の礫が複数生み出された。
 魔法弾。一個一個が人間の頭部よりも大きい。
 いくらブーンが化け物染みた耐久力を持っていてもこれをまともに食らっては不味い。

ξ;゚听)ξ「“戦乙女の純潔を―――”」

 ブーンは意地でも数発はかわすだろう。
 問題はその後だ。
 ブーンがかわしきれない残りの数発を防ぐための魔法を組み上げる。
 ニョロもツンに倣って魔法式の展開を始めた。
 その展開はとても穏やかで集中していなければ感じ取れないほど。

( ;^ω^)「!」

 魔法弾が発射。
 ブーンはわざと膝を折って身体を右に倒し二発を同時にかわした。
 そこから逆に上体を振ってもう一度回避する。
 しかし、その次が目の前の地面に炸裂。
 衝撃音と共に舞い上がる砂と水しぶきがブーンの視界を覆い尽くした。

(#,,^Д^) 「ッ!」

( ;^ω^)「おっ?!」

 さらなる水の剛弾が砂飛沫ごとブーンを打ち砕こうとした瞬間、タカラが横から飛び掛った。
 ブーンを抱えタカラが地面を転がる。
 これによって数発の魔法弾の回避に成功した。

617 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:46:36 ID:HxMP0asE0

 照準を定めなおしたキメラが、残りの魔法弾を二人へ放つ。
 タカラは身を起こしたが、回避には間に合わない。

ξ;゚听)ξ「“プロテクション”!!」

 ツンとニョロ、二重に発動した障壁が激しい攻撃を凌ぐ。
 タカラは障壁が時間を稼ぐうちに、ブーンに肩を貸し、立たせた。

( ,,^Д^) 「ブーン、気付いてるかにゃ?」

( ;^ω^)「お?」

( ,,^Д^) 「あのキメラ、ちょっとづつ戦い方が上手くなってるにゃ」

 それはブーンも気付いていた。
 キメラの懐に入るのが少しづつではあるが難しくなっている。
 単騎で切り込めていたところが、誰かを囮にせねばなら無くなり、今度は二人同時に阻まれた。
 このまま長引けば、さらに厄介になる。

( ,,^Д^) 「アイツも再生能力があるんだにゃ?」

( ^ω^)「だお。詳しい説明は省くけど、魔法の心臓的なものを壊さない限りは死なないらしいお」

( ,,^Д^) 「にゃるほど…」

618 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:48:35 ID:HxMP0asE0

 魔法の嵐が止んだ。
 ブーンはタカラの身体を離れる。
 先ほどよりは動けるが、万全とは行かない。

 ツンはキメラの火傷痕をナイフで突き刺し、気をひきつけた。
 素早く引き抜き距離を取る。

( ,,^Д^) 「動けるかにゃ?」

( ^ω^)「僕が戦うにはちょっと苦しいかもしれんお」

( ,,^Д^) 「分った。剣を返してくれにゃ。俺が前に出るから、ドクオに援護を」

( ^ω^)「そっちは大丈夫なのかお?」

( ,,^Д^) 「にゃ?ちょっとクラクラしたけどなんてこと無いにゃ」

 軽く答えて、タカラはキメラへ。
 手にはブーンから受け取った小剣を持つ。
 その足取りは確かに軽やかで怪我の気配は感じられない。

( ^ω^)(……僕が受身を取ってもこれだけのダメージを受けたのに?)

('A`) 『運が良かったんじゃねーか?とにかく、ある程度回復するまで俺が引き受けるぜ』

( ^ω^)(……)

619 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:50:09 ID:HxMP0asE0

 ツンはキメラの意識をなるべく引くよう、その視界の中心に自身の身を置く。
 キメラは死角にいたり、距離の離れた場所にいる相手に対し魔法を行使する傾向があった。
 ならばこの身を囮に体による攻撃を誘えば、少なくとも絶対不可避な状況は極力避けられる。

ξ;゚听)ξ「ニョロ、お願い!」

 そして、首に巻きついたニョロの援護。
 彼は障壁魔法のみならず、ツンが使うのと同種の魔法をいくつか扱うことが出来た。

 キメラが放つ前足のフックをかわすと同時、ニョロが衝撃魔法を放つ。
 振動の魔法弾が鼻先で弾け、キメラが顔を引っ込めた。

(#,,^Д^) 「にゃあ!!」

 タカラがキメラの前足に飛び掛り、逆手に持った剣を力を込めて突き刺した。
 切っ先が食い込むが浅く、体ごと振り払われる。

('A`) 「“汝を焼除する”!」

 反撃に移ろうとしたキメラの横っ面にドクオの放った火炎弾が炸裂する。
 くぐもった音と共に紅い炎が上がりキメラの顔に絡みついた。
 キメラは下半身に体重を預け、両の前足をばたつかせ火をかき消す。

ξ;゚听)ξ「ニョロ!」

 ツンの指示に従いニョロが障壁魔法を展開。
 腹ほどの高さ、台のように現われたそれを足場にツンは宙へ駆け上がる。
 狙いは火にあくせくしているキメラの脳天。得物は逆手に構えたナイフ。

620 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:51:21 ID:HxMP0asE0

ξ#゚听)ξ「だっっらあああああ!」

 全力の振り下ろし。
 鋭利な切っ先は皮膚を突き破り、骨に達した。
 ナイフが悲鳴を上げるのも気にせず、体重を乗せさらに食い込ませる。

 キメラが目を剥いて頭を振った。
 ツンはしがみつくことはせず、あっさりと振り落とされる。
 十分だ。楔は打った。

(#'A`) 「“汝を焼穿す!」

 暴れるキメラの胸を、ドクオの放った炎の槍が貫いた。
 螺旋回転を帯びた高熱の魔槍は、キメラの毛皮を焼きながら抉り血肉を穿つ。
 キメラは雄たけびをあげながら水塊を構成し握り潰すようにそれを相殺。
 胸元には血すら流れ落ちない黒い穴が開いた。

(;'A`) 「タカラ!そのあたりに核があるような無いような!」

( ,,^Д^) 「合点にゃ!」

 距離を取って魔法の二次被害を避けていたタカラが胸元に切り込む。
 キメラはダメージに意識を朦朧とさせ迎撃は無い。

621 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:52:31 ID:HxMP0asE0

 タカラが手刀を、渾身の踏み込みと共に胸元の傷口にねじ込む。
 焼かれた組織を手で掻き毟り、肉の中を探った。
 指先が何か硬いものに触れる。

ξ#゚听)ξ「“シュート=インパクト”」

 反撃の様子を見せたキメラを引き止めるべく、ツンは頭部に残したナイフに衝撃魔法を放った。
 それにあわせるようにニョロが障壁魔法を発動。
 頭に当たった衝撃魔法を半球状の障壁が覆い尽くす。

 キメラの体が叫びと共に跳ね上がった。
 突き刺さったナイフを楔に、振動の波がキメラの脳にダメージを与えたのだ。

(#,,^Д^) 「くっそにゃぁ!」

 キメラの体が力を失い崩れきる寸前、タカラがそこから這い出した。
 血にまみれた右腕には、何かを握っている。

ξ;゚听)ξ「タカラ!」

( ;,^Д^) 「ドクオ、これかにゃ?」

(;'A`) 「見せてくれ」

 キメラから離れたからはその手に持った何かをドクオに差し出した。
 白く、砕けた石の形状のそれにドクオは目を凝らす。

622 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:54:46 ID:HxMP0asE0

(;'A`) 「……」

( ;,^Д^) 「……」

ξ;゚听)ξ 「ど、どうなのよ」

(;'A`) 「核じゃない。砕けた骨の破片だ」

( ;,^Д^) 「…ッ!」

 言葉にならない悪態と共に、タカラはそれを投げ捨てた。
 その背後で、倒れていたキメラがゆっくりと身を起こす。

ξ;゚听)ξ「どうするの?」

(;'A`) 「どうするもこうするも、魔力尽きるまであてずっぽう続けるしかねーだろ……」

( ;,^Д^) 「させてくれると、いいけどにゃあ」

 キメラは再び水を纏った。
 今度は全体ではなく、ダメージを受けた場所にのみ水が張り付き傷を修復していく。

 そして。

ξ;゚听)ξ「……なによそれ」

623 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:55:34 ID:HxMP0asE0

 キメラの下半身に纏わりついた水が胴の左右に集まった。
 それがどこかで見たことのある形状に変化し、地面から胴を持ち上げる。
 単純かつ明解に表現すると、鯨の胴に、水の足が生えた。
 
(;'A`) 「おいおいおい」

 このキメラと渡り合うことが出来ていたのは、相手が戦うという行為において未熟だったことが一点。
 そして、下半身が海獣であることによる機動力の低さが一点。
 突進こそ驚異的な速度ではあったが、間合いの調整についてはブーン達にイニシアチブがあった。
 もし、キメラがあの足によって自在に動き回れるようになったとなると。

( ;,^Д^) 「来るにゃ!」

 キメラが地を蹴った。
 重苦しい音とは対照的に軽やかに、高く高く体が舞い上がる。
 ワタナベの箒に飛び掛った時よりも高い。

 着地と共に地響き。
 走って逃げていたドクオたちの足が取られるほど地面が揺さぶられた。

 姿勢を崩したドクオにキメラが飛び掛る。
 速い。今までにはあった攻撃と攻撃の間が殆ど無くなっていた。

(;'A`) 「ひゃんッ!」

 無防備なドクオの身体を、図太い前足がなぎ払う。

624 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:56:56 ID:HxMP0asE0

 ドクオの頭がポーンともぎ取られるかと思われた寸前、その顔がブーンに変わる。
 ブーンは身を倒し間一髪で前足を回避。
 攻撃の余波が顔の皮膚を痺れさせた。

 安心する暇も無く、キメラは再び同じ足での追撃。
 ブーンは横座りに近いその姿勢から腕と足の力で転がり回避。

 間合いの離れた標的にキメラは後ろ足で前進しながら前足を振り上げる。
 飛込みの叩き付け。
 格段に速度と威力を増したそれを紙一重でやり過ごし、ブーンは胴の下へ潜りこむ。

( ^ω^)「鐘砕き!」

 力を溜めた渾身の双拳突き。
 重い音が響いたが、キメラに怯んだ様子は無い。

 キメラは後ろ足立ちで後退。
 拳を痺れさせているブーンが視界に入るや否や両前足を叩きつける。
 これを難なく回避するも、ブーンの表情は暗い。

(;'A`) 『やっぱり強化魔法も無しに無刀は無理だ、ブーン!』

( ;^ω^)「ああもう!なんとかなんねーのかおドッグ!」

625 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 22:58:45 ID:HxMP0asE0

 苛立ちの声を上げるブーン。
 キメラは彼を睨みつけたまま前足を振り上げる。

ξ#゚听)ξ「“エア=エストック”!」

 ツンが風の剣を生み出し放つ。
 ブーンを追撃しようとしていたキメラは、前足の爪でそれを弾いた。

ξ#゚听)ξ「ニョロ!」

 僅かに遅れてニョロも同じ魔法を発動。
 ツンの魔法を弾いたのとは逆の足を狙う。

 しかし、キメラはその場を飛び退いてあっさりとかわして見せた。
 悪い予感は的中。キメラの機動力はこれまでの比では無くなっている。

( ;,^Д^) (攻撃が当たらない)

(;'A`) 『当たっても通らない』

( ;^ω^)(いざ通っても死なない)

ξ;゚听)ξ「どうしろってのよ!こんなの!」

 三人(四人)の額に粘度の高い汗が滲む。
 それを嘲笑うかのように、キメラはグルグルと喉を鳴らした。

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