にゃー

33 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:41:44 ID:L8x304Es0
再び舞い降りた沈黙には、しかし、これまでのような重苦しさは無かった。
誰もが喉につかえていたものをようやく飲み下したかのように、合点を得た顔付きをしていた。

川 ゚ -゚)「繋がったな」

少し口角を吊り上げて、クールがデミタスに目くばせする。

川 ゚ -゚)「つまり、私たちに求められているのは内藤ホライゾン本人に関する議論ではない。
     むしろ、彼が書いた小説に関する議論なんだ」

(´・_ゝ・`)「……そうだろうね。けれどまだ安心するわけにはいかない。
      つまり、僕たちが話し合うべきことの基礎が出来上がったというだけのことなんだ。
      問題を解くのはこれから、とも言える。

      それに……この関係性でさえも、偶発的なものであるという可能性だって、
      否定しきれるわけじゃない」
 
あくまでも慎重でいようとするデミタスだったが、その表情は先程までよりは幾分穏やかだった。
いや、彼だけでなく、全員に多少の安堵の色が見受けられた。
何しろ、彼らはやっと情報を共有することができたのだ。

今まで無重力の暗闇に放り出されていたところに、
辛うじて得た重力のおかげで地に足を付けたような具合だ。
未だ視界が暗闇であることには変わりないが、これでようやく歩き出すことが出来る。

歩き出せれば、正解へ到達するための道筋を見出せるかもしれない。

34 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:43:08 ID:L8x304Es0
しかしそれは同時に、不正解へと邁進してしまうための準備が整ったということでもある。
そしてその凶兆を示すかのように、虚空を見上げてヘラッと笑った者がいた。
 
ギコだ。

(,,゚Д゚)「小説……小説ねえ」

そう反芻しつつ、彼はドクオから離れて道化じみた動きで肩を竦めてみせた。
その振る舞いには、明白な皮肉が込められている。

(,,゚Д゚)「アイツまだ続けてたんだな、あんなの」

川 ゚ -゚)「そもそもキミは知っていたのか? 内藤が小説を書いていたということを……」

(,,゚Д゚)「勿論だよ」

クールの訝しげな問いに対するギコの返答は、怒気のようなものさえ孕んでいた。

(,,゚Д゚)「お前らの理屈じゃあ、それが原因で俺は巻き込まれたわけだろ?」

35 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:45:09 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「……どうやら、あまり良い印象を持っていないみたいだね」
 
デミタスの指摘に、ちょっと虚を衝かれたように、ギコは表情を硬くした。
さも、『あんなものに好印象を持つヤツがいるのか?』とでも言いたげに……。

(,,゚Д゚)「別に、印象もクソもないな。俺はアイツが小説を書いてることは知っていたが、
     アイツの小説自体を読んだことがあるわけじゃねえし。
     てか、そもそも小説なんて読まねえよ。まあでも、敢えて言うなら……」
 
そこで、ギコは敵愾心を剥き出しにして、四人を眺望してみせた。

(,,゚Д゚)「小説を書いてるヤツなんて、普通に考えてキモいわな」
 
脊髄反射のようなスピードでドクオが息を呑む。
何か言いたげに顔面を歪めるが、その口からは終ぞ一言も出てこなかった。

36 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:47:13 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「考えてもみろよ。パソコンだか何だか知らねえけど、
     部屋に引き籠もってつまんねえもん書いてるんだろ? 

     しかもアイツは、それを堂々と自分の趣味だとか何とかほざきやがってた。
     俺だけじゃねえよ、殆どのヤツが引いてたさ」

o川*゚ー゚)o「ブーンさんの小説はつまんなくなんかないですよ!」

(,,゚Д゚)「じゃあ何だ? その小説で金でも稼いだことあんのか? 
     アイツは小説家として食っていってるのか? 
     違うだろ、どうせ。引き籠もりのオタク同士で見せびらかして、サムい自慢し合ってるだけだろ」
 
キモいんだよ、と再び唾棄したギコに、キュートは俯いて押し黙る。
代わってクールが「つまり」と三文字を早口で組んでから、長々と深呼吸した。

川 ゚ -゚)「つまり……内藤が小説を書いていた。
     それだけの理由で、キミは彼を虐めていた……そういうことか?」

37 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:49:12 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「それだけの理由……?」
 
ギコは意味不明な外国語を投げつけられたように、不思議そうにクールの言葉を繰り返した。
ややあって、彼は自分と自分以外の致命的な食い違いに気付いたかのように虚ろに笑った。
その様はまるで、ここに来て彼の被害者意識が頂点に到達した風でさえあった。

(,,゚Д゚)「あのさ、いちいち理屈とか求められてもわかんないわけ。
     俺も、俺の周りも、最初っからアイツのことはキモいって思ってたの。マジでそれだけだから。
     小説書いてるって知ったのも、随分後になってからだし……まあ、余計キモいって思ったけど」

(´・_ゝ・`)「要するに、理由なんて後付けに過ぎないということだろう。
      往々にしてイジメの被害者なんて、適当に選ばれるものなのだろうし」

38 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:51:16 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「よく分かってるじゃん」
 
デミタスの補遺に、ギコは満足げに幾度も首肯する。
それから、なおも思案に耽っているらしいクールの方を向き、軽く舌を出してみせた。

(,,゚Д゚)「やっぱり元カレでも、これだけボロクソに言われるのは気分の良いモンじゃねえよな」
 
挑発そのものに聞こえるその言葉に、クールは細めた目でギコを見遣る。
それから黒目をくるくると忙しなく動かし、思慮を整えてから、「いいや」と小さく否定した。

川 ゚ -゚)「さっきも言ったように私と内藤の恋愛についてはもう過去の話だ。
     今更彼のために怒る理由も必要性も感じられない。

     そして……仮に内藤がこの場にいたとしても、彼はキミを非難しなかっただろう。
     何故なら彼は知っていたからだ。世の中には……キミのような人もいる、と」

(,,゚Д゚)「はあ?」

川 ゚ -゚)「小説などには見向きもせず、ましてや小説を書くなんて考えも及ばない人のことだ。
     彼はそれを十分に理解していたし、同時に苦悩していた。

     いったいどうすれば自分の小説をより多くの人に読ませられるか、そして影響を与えられるか。
     私と付き合っていた当時、彼はそのようなことばかり考えていた」

39 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:53:21 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「そりゃあ……最低の男だな」

言葉を咀嚼する素振りすら見せず、ギコはせせら笑う。

(,,゚Д゚)「もっと他にヤることなんて色々あっただろうに」

川 ゚ -゚)「私も彼の書いた小説を幾つか読ませてもらった。
     しかし、恐らく彼が満足するほどには、その文意を理解してはいなかっただろうな……キュート」
 
突然名前を呼ばれたキュートが、ピクと反応して顔をあげる。
それから、音が鳴りそうなほど強くまばたきをして、「はいっ」と歯切れ良く応答した。

川 ゚ -゚)「キミは彼の小説のファンだそうだが……その内容について、詳しく説明できるか?」

o川*゚ー゚)o「説明……えっと、どうだろ、説明とかは出来ないですけど……なんか、好きなんですよ。
       わたしは、読んですぐ好きになりましたけど……だから、読んだら分かると思うし……」
 
台詞の迷走を自覚したのか、キュートの顔が次第次第に沈み始める。
しかしその直後、彼女はスッと顔を上げ、「でも」と続けた。

o川*゚ー゚)o「でも最近は……あんまり、書いてらっしゃらないんだと思います。
       少なくとも、ネットには掲載していないみたいですし……」

40 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:55:09 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「たぶん、環境が変わったからだろうね」

キュートの言葉を、デミタスが受け継ぐ。

(´・_ゝ・`)「うちの会社は……自慢にもならないけれど、そんなに余裕のあるところじゃない。
      残業も毎日のようにあるし、時には休日出勤だって……。

      僕は小説なんて書かないし、実際にどれくらい時間がかかるかなんて、
      想像もつかないけれど、今の彼に以前ほどの余暇が無いってことだけは確かだ」

(,,゚Д゚)「誰だってそうだろ」

ギコが横槍を入れる。

(,,゚Д゚)「金にもならない趣味の時間が欲しけりゃ、会社辞めりゃいい。
     そしたら、腹減って野垂れ死ぬまで好きなことやってられる」

41 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:57:10 ID:L8x304Es0
川 ゚ -゚)「キミが一番、最近の内藤を知っているんだったな」
 
ギコの辛辣に耳を傾けること無く、クールはデミタスへ水を向ける。

デミタスは深々とした思索に潜り込んでいた。
自分が保持している内藤ホライゾンに関する記憶……それが議論に於いて、
この問題を解くに於いて、最も肝要であることは何よりも自明であるからだ。

(´・_ゝ・`)「彼が小説を書いているということは知っていた」
 
デミタスは端々に深呼吸を挟みながら、慎重に事実を並べ立て始めた。

(´・_ゝ・`)「いつだったかの酒の席で、彼はそう自分を紹介していたはずだ。
      その時には気にも留めなかったが……後日、二人きりで酒を飲む席を得たとき、
      もう少し詳しい話を聞いた」

(,,゚Д゚)「へえ、随分仲が良いじゃねえか」

42 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:59:16 ID:L8x304Es0
ギコの放った何の気もない言葉に、デミタスは眉を潜め、細かく首を横に振った。

(´・_ゝ・`)「彼は……内藤は、同僚から見ても仕事が出来るタイプの人間ではなかった。
      常に、どこか注意力散漫で、ミスも多かった。
      そのせいで、上司に怒鳴りつけられることも度々あった。

      そんなことが幾日も続いたから……何か悩みでもあるならと、彼を誘ってみたわけさ」
 
各々が、頭の中に内藤ホライゾン、或いはブーンの姿を思い浮かべながらデミタスの話を聞いている。
奇妙なことには、その時間だけは、誰一人として箱に注視する者がいなかった。

(´・_ゝ・`)「その際に、彼の小説の話も聞かせてもらった。
      中学生からの趣味であること、今までに多くの作品を著したこと……
      将来の夢は、プロの小説家だったということ。

      彼は……何というか、嘔吐でもするみたいに自分と、自分の小説の話を積み重ねていった。
      
      自分の手の中には、小説しかない。頭の中には色々なアイデアがある。
      けれど、それら二つを合わせて形にする時間がない。
      だから、仕事の最中に薄ぼんやりと、空想の世界に浸ってしまうと……」

43 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:01:19 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「ガキかよ」
 
腹立たしげにギコが吐いた毒に、デミタスは渋面を作って頷いた。

(´・_ゝ・`)「正直なところ、僕も同じ思いを抱いたさ。
      彼の夢が何であろうと、今は僕や大勢の社員と一緒に働くサラリーマンに過ぎない。
      極端な話、僕と内藤の関係性なんて、仕事という一点に集約されるんだ。

      飲みに誘ったのだって、それを機に彼との仕事が円滑に進むことを期待していただけで、
      さほど仲良くなろうと思ったわけじゃなかった」
 
キュートが沈痛な面持ちで右手を力いっぱい握りしめている。
彼女とて、自分の好きな小説を書く相手の素性をこんな形で、
しかもよからぬ形で知ることになるとは思ってもみなかっただろう。

もはや耳を塞いでしまいたいのかもしれない。
しかし、それでもなおデミタスの独白は続いた。

44 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:03:12 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「……結局、彼の仕事上の問題が解消されることはなかった。
      けれど、それからも彼とは何度か飲む機会があって、
      時には彼の作品を手渡されることもあった。

      僕も読書自体は嫌いじゃないし、一応受け取ってはいたが……
      申し訳ないが、最初から最後までキチンと目を通したことはないと思う。
      一応文章は整っていたようには思うのだが……。

      内藤と同じく、僕も彼の長文を読み通すだけの時間がなかったんだ。
      時間だけじゃない……気力や、集中力といったようなものもなかったのかもしれない」
 
薄暗い沈黙。夜の闇をひたすらに、バッドエンドへとひた走っているような感じ……。

45 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:05:14 ID:L8x304Es0
川 ゚ -゚)「問題の本質に立ち返ろう」

空気を変えようとクールがやや明るい声を出したが、もしかしたらそれは逆効果だったかもしれない。

川 ゚ -゚)「つまり、そういう状況にあって、
     内藤ホライゾンという男の承認欲求が満たされていたか……生きていたのか?」

(,,゚Д゚)「死んじまえよ、もう!」
 
クールの言葉尻に食いつくようなギコの張り裂けんばかりの叫びに、
ドクオとキュートが思わず身を震わせる。

(,,゚Д゚)「ロクに仕事もできやしねえ。そのくせ、金になるようなモンが書けるわけでもねえ。
     じゃあ内藤が生きてる意味ってなんだよ。
     人が仕事してるときにボーっと突っ立ってるような奴に、金もらう資格なんてあるわけねえだろ。

     しかも、なんだよ、俺以外はアイツの小説読んでるのかと思ったら、
     どいつもこいつも半端に目を通したレベルじゃねえか」
 
いよいよ沸点を通り越したギコは、辺り構わず怒鳴り散らす。

(,,゚Д゚)「何が楽しくてこんなところへ呼んだのか知らねえが、アイツも、内藤も十分理解出来ただろ。
     てめえの小説をまともに読んでるヤツなんていねえよ! 
     てめえのクソ高いプライドやらを満たすことなんて到底無理だ、高望みしすぎなんだよ。

     そもそもてめえは、高校の時から勉強もおざなりだったよな? 
     そのくせ自分の小説だけは他人に理解してもらえると思ってんなら、とんだキチガイ沙汰だ。

     人並みに勉強できるわけでもねえ、人並みに仕事できるわけでもねえ、
     人として当たり前のこともできねえ分際のくせして、何が小説だ? 
     もうここまで来るとキモいとか引くとかじゃねえよ。単純にムカつくわ」

46 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:07:15 ID:L8x304Es0
手持ち無沙汰な彼は、怒りの矛先を求めるようにして真白の壁にツカツカと歩み寄る。
そして今にも接触しそうな距離で仁王立ちすると、
声にならない唸りと共に拳を固め、それを殴りつけた。

さして音を立てるわけでもなく、壁は頑なに動かない。
それが益々ギコの苛立ちを加速させるらしく、彼は手を休めることなく、
時には足を使って壁を殴り、蹴りつけた。
 
皆がその様子を見ていた。誰も彼を止めようとしない。
それどころか、全員が自らのストレスを発散させる場所を探しているようだった。
この空間や内藤ホライゾンという男に対しての怒りや虚無感が熱気のように渦を巻く。

改めて、自分たちが参加させられている問題……或いはゲームの理不尽さに心が蝕まれ、
理性が削り取られていく。本能は既に、一致して叫喚していた。
今なお応じない天に向かい、心は血の滲むほどに吠え立てていた。
 
早くここから出してくれ! 内藤のことを考えるのはもうたくさんだ!

47 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:09:51 ID:L8x304Es0
直後、静かな足取りで箱に近づく者がいた。
キュートだ。

彼女は箱を前にするとゆっくり中腰になり、その表面に触れた。
右手をそろそろと動かす仕草は、まるで愛玩動物を撫で回すようだ。
何かを読み取ろうとしているかのように、彼女はその動作をしばらく繰り返した。

o川*゚ー゚)o「シュレディンガーの猫」
 
やがて彼女は……未だ不可解な行動を理解出来ず唖然としている一同に向かい、そう呟いた。

o川*゚ー゚)o「シュレディンガーの猫……でしたっけ。
       あの、箱を開けてみないと猫が生きてるか死んでるかわかんないやつ……違いました?」

(´・_ゝ・`)「……その思考実験は、確か様々な解釈方法を持つはずだ」

誰も応答しないと見るや、デミタスがおざなりな具合に口を開く。

(´・_ゝ・`)「量子力学的な解釈と……哲学的な解釈。キミが言ったのは、たぶん哲学の方かな」

o川*゚ー゚)o「そっか……」

48 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:11:35 ID:L8x304Es0
キュートの視線が箱全体に行き渡り、やがてスイッチに集中した。
それから彼女は立ち上がり、全員を満遍なく眺望してから、ちょっと甲高い声で宣言した。

o川*゚ー゚)o「わたし、ブーンさんは生きてると思います」

そしてすぐに言い直す。

o川*゚ー゚)o「あ、正確には……ブーンさんの承認欲求は、ですけど」

川 ゚ -゚)「何故?」
 
クールが即座に反応する。
彼女の双眸は、自分より年若い女の子の身体を、不安と疑問の光で射貫いていた。

o川*゚ー゚)o「えっと、そんなに難しい話じゃないと思うんです。
       ブーンさんは……ブーンさんは、たぶん、自分の話が聞きたかっただけなんです」

49 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:13:24 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「なんだそれ」

壁を打ち続けて真っ赤になった両の拳を代わる代わるおさえながら、ギコが息を荒くしてせせら笑う。

(,,゚Д゚)「かまってちゃんかよ」

o川*゚ー゚)o「はい、かまってちゃんなんですよ。
       わたしには分かる気がします。わたしも、かまってちゃんだから……」
 
キュートはどことなく穏やかな表情をしていた。
まるでその場にいる全員を和ませようとしているように。
ありったけの優しさだけを表面に際立たせて……。

o川*゚ー゚)o「正直、ブーンさんの私生活みたいなのは、わたしにとってはどうでもいいです。
       ブーンさんがどんなお仕事してるか、とか……本名とか。

       わたしにとってのブーンさんは、私好みの小説を書いてくれる人です。
       今までも、これからも。で、ブーンさんにとっての私って、
       ただの、名前も顔もわかんない、一人の読者に過ぎなかった」

50 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:15:26 ID:L8x304Es0
キュートがそう言った時、ようやく彼らは、
内藤ホライゾンがキュートを『選びようがない』という事実を悟ることになった。

彼女が内藤のペンネームしか知らなかったのと同じように、
内藤もまた、匿名読者であるキュートの素性など探り当てられるはずがないのだ。

o川*゚ー゚)o「わたしはブーンさんの小説をたくさん読みました。
       さっきも言ったけど、巧いからとかじゃなくて、好きだから。

       でも、たぶんその気持ちをブーンさんに伝えた事なんて殆どないし、
       ブーンさんの思った通りの解釈が出来てるかなんて、全然分かんないです」

('A`)「あいつ……言ってたよ」

久しぶりに喋ったせいか、ドクオは喉をガラガラと鳴らしながらキュートを擁護する。

('A`)「別に、どんな読まれ方をしても構わないって。
    俺の……内藤の、小説を読んでくれたらそれでいいって。
    それで、えっと、それで何かを思ってくれたら……」

o川*゚ー゚)o「うん、でも、だんだんわかんなくなったんだと思いますよ。
       他人が何を考えてるか。
       自分の小説を読んでる人の考えすらどんどんなくなって……迷ってしまったんですよ」

51 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:17:15 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「そのためだけに僕たちをここに集めたのか? 
      そんなことのためだけに、僕たちをこんなわけのわからない空間に閉じ込めて、
      悪趣味な殺人予告をしたと?」
 
デミタスの語気が非難の色を濃くする。
彼の疑問と怒りはごくごく常識的であったが、
キュートは、そんなことなど些少でしかないかのように首肯してみせた。

o川*゚ー゚)o「そんなことが、ブーンさんは分かんなくなってたんだと思います。
       でも、どうやって訊けばいいのかも分からなくて……。

       それで、悩んでるときに彼は手に入れちゃったんですよ。
       ちょっとオーバーな……この舞台装置を」

(´・_ゝ・`)「オーバーにも程があるだろう、僕には到底理解出来ないな……
      というより、理解したいとも思わない」

(,,゚Д゚)「ああ、一発殴るだけじゃ済まねえな」

52 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:20:27 ID:L8x304Es0
口元を歪ませながらも、ギコのこめかみは怒りの脈を打っている。
大の男二人を相手に回すには、キュートはまだまだ幼い。

クールは唇を噛んで宙の一点を見詰め、沈黙を貫いているし、
ドクオはもう、いっぱいいっぱいだと誰にともなく涙目で訴えかけていた。

すなわち、キュートは一人で立ち向かわなければならなかった。
ディスカッションという名の緊張した口論を、
彼女は自分の主張だけで切り抜けなければならないのだ。

o川*゚ー゚)o「……わたしだって、ブーンさんにこんな事、してほしくなかったです。
       正直作者の素性なんて知らなきゃよかったって、
       これからブーンさんの作品、変な目で見ちゃいそうだなって、思います。

       でも、それは多分、ブーンさんだって分かってたはずで……それでも、実行したんですよ」
 
キュートはデミタスやギコと見解を異にしているが、必ずしも内藤を擁護するわけではない。
どこか自虐のような空気すら仄めかしながら、
彼女はあくまでも自分自身の脱出……問題の正解へと進もうとしていた。

53 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:22:25 ID:L8x304Es0
o川*゚ー゚)o「ブーンさんは知りたかったんですよ。周りの人が何を考えてるのか、とか、
       みんなの本音はどこにあるのか、とか。

       でも、直接訊くほどの勇気は無くて、怖くて……
       そんな時に、たまたまこんな部屋を手に入れたんだと思います。

       小説を書く人なんて、みんなちょっと変なんです。
       現実では、うまくやっていけないようなタイプなんだと思います。

       しかも、みんな、メンタルが弱いんですよ。いつも周りに怯えていて、
       機嫌を損ねないように必死で……生きるのに疲れるくらい、必死で」

(,,゚Д゚)「別にいいけどよ、俺には、
     さっきからお前が内藤を馬鹿にしてるようにしか聞こえねえんだけどな。
     いいのか? 大好きな内藤センセーをそんな風に貶して」
 
ギコの、純粋にすら聞こえる煽りにも、キュートは大きく頷いてみせた。

o川*゚ー゚)o「はい。さっきも言ったけど、わたしが好きなのはブーンさんの小説ですし。
       それに、わたしもメンタル弱いから……だから、
       ブーンさんの小説を好きになったのかもです。

       わたし頭悪いから、理解は出来てないかもしれないけど、
       少なくとも、わかるって、思えるから……」

そして彼女は箱を見下ろした。

o川*゚ー゚)o「そうですよね?」

54 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:25:09 ID:L8x304Es0
まるでちょっとした会話の続きみたいに、彼女は箱に問いかけた。
返事はない。それでもキュートは満足げだった。
彼女の中でだけは、もはや物語が終止符を打ったかのように。
 
そんなキュートに向かい、デミタスが歩み出た。彼の顔は、明白な不満に塗れている。
反論の余地など無数にあり、それを表現するための武器を選びあぐねているようだった。

ようやく頭の中で整理した言葉の数々をまくしたてようとしたその刹那、
別の一人が静かに鋭く、言葉を差し込んだ。

川 ゚ -゚)「私はキュートに乗る」
 
そう発したクールはカツカツと早歩きで箱の傍、キュートの隣に並び立った。
デミタスにとっては意外だったのだろう、彼は逆に気圧されたかのように目を剥き、やや後ずさった。

55 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:27:23 ID:L8x304Es0
川 ゚ -゚)「……キュートの意見に完全に同意するわけではない。
     しかし……さっきから彼女の言葉を聞いていると、
     私の知っている昔の……内藤ホライゾン、という人物が明確に、鮮烈に脳裏に描き出される。

     それはつまり、彼女のイメージが、あながち間違っていないことを示すのだろう。
     ……確かに彼は変な男だったよ。
     そしてそれは、出会いと別れの、両方の理由であったような気がする。

     内藤も、彼の小説も、何というか……とてもナイーブだった。
     そのセンチメンタルに共感できなくなったときに、私たちは別れたのだろう。

     それにしても……私自身のことなんて分からないが、内藤は……」
 
そこでクールは少し笑った。まるで、長く深い過去を清算するかのような笑いだ。

川 ゚ -゚)「まだ、幼いままのようだな」
 
キュートが明るい声音で「はい」と呟く。
二人の共犯者めいた笑顔は、同級生を軽蔑する小学生のようでありながら、
どこか大人びた印象をも漂わせていた。

56 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:29:09 ID:L8x304Es0
そこへ、再びデミタスが歩み寄る。彼は武器を手にしていない。
その手に握られているのは、どちらかと言えば契約書や同意書の類いだ。

(´・_ゝ・`)「正直……実際に顔を突き合わせたこともないキュートの空想に、
      諸手を挙げて賛同することはできない。
      馬鹿げた遊びにせよ、僕の命が掛かっていることには変わりないのだから。

      しかし、嘗ての恋人だったクールが言うならば、つまり、そういうことなんだろうね。
      まったく、僕が思っていたよりも遙かに大馬鹿野郎だよ、内藤は……」
 
彼の語尾にはまだ多くの憤りが滲んでいた。
そこには、今なお理解に及ばない自分の心情への歯痒さも含まれているようだ。

(´・_ゝ・`)「僕は彼を許すつもりはない……少なくとも、彼から直接謝罪の言葉を聞くまでは。
      話はそれからだ。小説の悩みなんて、僕の知ったことではない。
      書きたいなら、それこそ血反吐に溺れてでも書けばいいんだ。

      そうしたらようやく、僕は内藤の小説をしらふで評価できるだろう。
      こんなことをしても何にもならない。社会人として、恥じ入るべきだ」

57 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:31:32 ID:L8x304Es0
('A`)「俺……」
 
デミタスの矢継ぎ早な文句の後に響いたドクオの声は、どこか間が抜けていた。

('A`)「俺、大学を卒業してからは小説なんて書きも読みもしてなくて……。
    内藤とも疎遠になってたし、正直、小説のことなんて、忘れてたっていうか……。
    たまに同窓会で、酒飲めたら、そんだけでいいかなって……。

    だから、えっと、内藤が誰からも本音が聞けなくなったっていうなら、
    俺にも責任があるかもしれなくて……。でも、言ってくれたら、俺、また感想とか言うよ……。

    俺なんかに気ィ使わなくていいし……てか、こんなとこで、うん。
    ラインでもなんでも送るからさ……」
 
彼は恐らく、この空間に於いて始めて自分の意見を最後まで述べられたのではないだろうか。
むしろ、誰もが彼の曖昧な言葉を最後まで待つ余裕がようやくできたと言うべきかも知れない。
いずれにせよ、彼は息をするのを忘れ、顔を赤くするほどに言い切ったのだ。

58 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:33:17 ID:L8x304Es0
四人が箱の傍に寄り集う。誰も問題におけるルールを忘れていなかった。
必要なのは、この空間にいる全員の『合意』なのだ。

川 ゚ -゚)「キミはどうする?」
 
クールが厳かに問いかける。誰もがギコの発言を、恐れながら待ち構えていた。
しかし当人はあっけらかんと、首を縦に振った。

(,,゚Д゚)「俺よりお前らの方が内藤のこと憶えてるんだから、いちいち俺が文句言う話でもないだろ。
     ただ、七面倒なことに付き合わされたのがムカつくってだけだ。
     アイツの顔を見たら、半殺しレベルで殴るかも知れねえ。

     それだけだよ。俺は金輪際内藤と関わるつもりはないし、アイツの小説を読むつもりもない。
     アイツが生きようが死のうが知ったこっちゃないな。
     ただ、さっさと終わるならそれに越したことはない」
 
そうか、とクールは返す。
ギコのように突き放す役回りもまた、内藤の想定内だったのかもしれない。
その手の役者をも、彼は必要としていたのかもしれない。

後にどのような代償が待ち受けているにせよ、
この空間を内藤ホライゾンの話題で満たすことが、彼の意図であり、本望だったのだ。
 
たったそれだけなのだ。それだけがこの空間の目的であり、存在意義だった。
だが、結局、それだけのことが何よりも不足していたのだろう。

59 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:35:17 ID:L8x304Es0
五人が箱を囲む。無言の譲り合いの末、スイッチの傍に立ったのはキュートだった。
自信こそあれど、彼女もやはり緊張しているようだ。
その緊張を自らほぐそうとするように、彼女は隣のクールに向かって呟いた。

o川*゚ー゚)o「にゃー」

川 ゚ -゚)「ん?」

o川*゚ー゚)o「にゃー、ですよ。箱を開けたら、言ってくれますかね?」
 
理解した後、クールが微笑む。箱の中の猫は、もはや、五人にとっては明らかに生きていた。
それを証明するかのように、拳を作ったギコがゴリゴリと指の骨を鳴らす。

60 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 16:37:31 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「そういえば」

キュートがスイッチに指を触れた瞬間、デミタスが唐突に言った。

(´・_ゝ・`)「彼に渡された小説をざっと読み流したとき、誤字があったのを思い出した。
      今の段階でもそれだけは忠告してやれるぞ」
 
スイッチを押し込むと、奇妙な機械音と共にゆっくりと箱が開かれ始める。

その直後、箱の中から鳴き声が聞こえた。
問題を完膚なきまでに解かれてしまった悔しさか、或いは、
この期に及んで誤字を指摘された気恥ずかしさからか。

その鳴き声は、控えめで、緩やかで、おずおずとしていて。

 

『にゃー』終わり


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