にゃー

1 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:05:13 ID:L8x304Es0
有り体に言えば、一つの密室である。

真白い壁が四方を囲んでおり、天井は割合に高い。
部屋自体もそこそこ広く、さしあたり学校の教室程度であろうか。
窓も扉も見当たらない。本来ならば、入ることすら叶わない密閉された空間である。
 
中央に長方形の大きな箱が置かれている。
段ボールのような粗末な色をしているが、材質は相応に丈夫であるようだ。

サイズを正確に言い表すならば……少なくとも、人一人が横たわるには十分であろう。
その形状から、棺桶を想起するのも難しくないはずだ。
ただし、外から中を覗き見る仕組みはない。これもやはり、閉じ込んだ小宇宙なのだ。

そんな箱が、部屋の中心部に鎮座している。
それが、必要以上に仰々しく見えるのもやむを得ないだろう。
何しろ、この部屋にはそれ以外のモノが何一つ見当たらないのだから。

真白い壁には装飾品の一つも掛かっておらず、これまた真白の床には埃一つ落ちていないようだ。
距離感の掴めない天井から、原理不明の光が降り注ぎ、
部屋の全てをあけすけなまでに照らし出している。

あまりにも極端な単純化のせいで、清潔を通り越した不気味さが、空間の一切を支配していた。

2 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:09:18 ID:L8x304Es0
その部屋の中に、五人の人間がいる。

彼らは、およそ箱を取り囲むような位置取りで立ち尽くしており、
先程から誰も口を開く素振りを見せない。
女二人に男が三人。揃って歳はまだ若く、学生前後といったところだろう。

互いに警戒するような視線を送り合っているが、未だコミュニケーションは成立していない。
誰かが大袈裟な溜め息をつく。
状況は何も進展せず、相変わらずクラフト色の箱が禍々しい存在感を放つばかりである。
 
片方の女がジーンズのポケットをまさぐり始めた。
しかし目当てのものは見つからなかったらしく、手詰まりだとばかりに軽く目を閉じる。
その様子を眺めていた対角線上の男が、ソワソワと自分の衣服をつまみ始めた。
 
些細な行動が全員に波及する。皆が一様に、ぎくしゃくした調子で自分自身を調べ始めた。
それぞれの持ち物を探し求めているようだが、見つけられた者は誰一人としていない。

どうやら、彼らは何も持ち合わせていないらしいのだ。
スマートホンも、携帯用灰皿も、腕時計さえも……。
各々が着用している衣服以外の一切合切を、彼らは喪ってしまっていた。

3 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:12:11 ID:L8x304Es0
彼らの中で形を作りつつあった曖昧な不安感が、徐々に色を帯び、現実味を持ち始める。
今や、何も持たずして精神を安定させられる人間が、
彼らのような若者の間に一人でも存在するだろうか。

通信の喪失は、即ちコミュニケーションの喪失である。
情報の喪失は、即ちアイデンティティーの喪失である。
この瞬間、彼らは何に依存することもできないのだ。

沸々と湧き上がる孤独と恐怖が、指数関数的に増幅していく。
誰からともなく、落ち着きなく足踏みをし始め、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。
 
彼らを最も苛んでいるのは、これが夢や幻想の類いではないという、途方もない現実感だった。
ここへ来た記憶も、自身の状況も、身の安全さえも定かではないのに、
巨大なリアリティだけが確固として五人の脳裏に刻みつけられていた。

天より降ってくる光の眩しさも、足裏から伝わる皮膚感覚も、
何もかもが慣れ親しんでいる日常のそれと何一つ変わらないのだ。

誰も自分の頬をつねろうとはしなかった。
それをしたところで、痛みがより強い怖気を連れてくるだけだと、全員が理解してしまっているのだ。

4 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:15:02 ID:L8x304Es0
それでもなお、彼らは会話を交わそうとはしない。恐らくは他人同士なのだろう。
隣に立つ人物が、自分の味方である証拠などどこにもない。
それどころか、身じろぎ一つしただけで自身の安全が脅かされるかもしれないのだ。

あまりにも異質な空間に常識が通用する筈もない上、
あまつさえ彼らは情報を仕入れる術を何ら持っていない。
さながら虜囚のようでもあるが、ともすれば彼らは、虜囚以上に自分を見失っているかもしれない。
 
純白の密室を、みるみるうちに疑心暗鬼が浸食し、充満してゆく。
重い息苦しさが彼らの肺を、心臓を、精神を強く締めつける。

いよいよ狂気の臨界点に達した誰かが金切り声をあげそうになった時、
不意に天井から声が降ってきた。

『お待たせしました』

5 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:18:20 ID:L8x304Es0
スピーカーを通したその声は、存外柔らかいものだった。
男女の区別も明確ではない中性的な声音。
何より、この場においては異常なほどに落ち着き払った調子である。

五人が一斉に天井を睨めつけるが、光の先には何も見えない。

『どうやらあなた方は、互いに強い猜疑心を抱いているようですね。
 あなた方が全員、無辜の人であるということは、私が保証致します』
 
一人の女が大きくかぶりを振った。
声を聞きたくもないが、耳をふさぐことも出来ないといった具合に、何度も、何度も。

『全てを仕組んだのは、他ならぬこの私です』
 
数秒の沈黙。全員が互いへの警戒は解いていないが、意識は殆ど天の声に集中している。

『これからあなた方には共同で、一つの問題を解いてもらいます。
 見事正解を導き出すことが出来れば、全員を元の場所に解放させていただきます。
 しかし、もしも不正解だった場合……あなた方の生命を保証することは出来ません』

6 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:21:32 ID:L8x304Es0
川 ゚ -゚)「……B級映画だ」
 
長い黒髪の女が、舌打ち混じりに呟いた。端整な顔立ちが、不快感のあまり紅潮している。

『あなた方が不正解を導き出した直後、この空間に即効性、かつ致死性の有毒ガスが注入されます。
 それはあなた方の神経系に確実に作用するでしょう。

 およそ六十秒で立っていることすら困難になり、あなた方は全員地面に倒れ伏します。
 しかし九十五秒後には、全身の痛覚が異常反応を示し、
 地面に接しているだけで激痛を引き起こします。

 あなた方は苦悶のあまりのたうち回る羽目に陥ってしまうでしょう。

 最終的にガスがあなた方の命を奪うのに要する時間は百六十秒ほどとされていますが、
 私の推測によれば、あなた方は時間を迎える前に、
 全身を劈く痛みによって狂死してしまうものと思われます』
 
それは、随分と悪趣味な説明だった。そして、不必要なまでに具体的な説明だった。
あまりにもフィクションじみた仕組みに、普段ならば一笑に付す程度で済ませられるかもしれない。

しかし現在の状況は控えめに見ても日常とは言えない。
そもそもそのような有毒ガスが実在するか、調べることさえ出来ないのだ。
故に誰も笑い出せず、むしろそれぞれの表情が次第次第に色を失っていた。

7 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:24:13 ID:L8x304Es0
『それでは、問題解決のためのルールを説明しましょう。

 まず初めに申し上げておきますが、この問題には制限時間が設けられていません。
 気の済むまで議論を行ってください。ただし絶対に必要なものがあります。
 それはここにいる五名全員の、合意です。一人でも意見が異なる場合、一切を不正解と見做します』
 
その瞬間、一人の男の顔が、まるで何かを察したかのように強く歪んだ。

『……さて、では本題に入ります。あなた方の目の前に箱が置かれていますね。
 その中に……一人の人物が入っています。
 あなた方に答えを見出してもらうのは、その人物の生死、です』
 
それを聞いた各々の反応は様々だった。
力無く苦笑する者や明らかに訝しんだ表情を浮かべる者……。
誰からともなく、声にならない長い溜め息が漏れた。

8 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:27:08 ID:L8x304Es0
『箱の、ちょうど頭頂部にあたる部分に、小さなスイッチが設置されています。
 それを押すことで箱は自動的に展開し、人物の姿が露わになるでしょう。

 勿論、あなた方がそのスイッチを押すのは最終的な局面です。
 全員の合意が得られていない場合、
 もしくは中の人物への干渉を目的としてスイッチを押すことは認められません。

 また、これはあくまでも忠告ですが、過剰に物理的衝撃を加えることにより、
 箱が破壊されてしまう可能性も否定できません。その場合も、問題には不正解だったと見做します』
 
誰かがヒステリックな攻撃性を剥き出しにすることへの警句だろう。
まるで後ろ手に見えない手枷をされたかのように、五人の不快感が募っていく。

9 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:30:51 ID:L8x304Es0
『説明は以上です。何か質問は?』

(´・_ゝ・`)「……つまり」
 
沈黙の後、口火を切ったのは一人の男だった。
良識的であるようにも見えるが、悪く捉えれば如何にも平凡な風貌の男だ。

(´・_ゝ・`)「僕たちは箱に一切触れることなく、
      中にいる見えない人物が生きているか死んでいるかを当てなければならない……
      ということか?」

『はい、その通りです。飲み込みが早くて助かります』
 
天の声の、あまりにも心のこもっていない賞賛に、男はただ黙り込んだまま上空を見上げていた。
正気でそんな無理難題を突きつけているのか? とでも言いたげに。
そんな男の表情に呼応するかのように、天の声は次の言葉を編んだ。

『……無論、ヒントは用意しています』

10 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:33:25 ID:L8x304Es0
その言葉に全員が改めて身構える。
天の声は逡巡するように言葉を溜めてから、やや早口で一気に吐き出した。

『ヒントは二つ……箱の中にいる人物の名前と、私……今喋っている、この私の名前です。
 まず箱の中の人物ですが……ここにいる全員が知っている男です。
 その男の名は、内藤ホライゾンと言います』
 
またしても多種多様な反応があった。即座に思いついて息を呑む者、
記憶の引き出しをひっくり返しているかのように、固く目を閉じる者……。
しかし、天の声は彼らに思考の時間を与えず、続けざまに言葉を繰り出した。

『そして二つ目は私の名前です。私は……内藤ホライゾンの、承認欲求です』
 
ハァ? と、誰かが悲鳴にも似た頓狂な声を上げた。
しかし天の声は少しも動じることなく、無情とも思える口調で自身の台詞を締めくくった。

『私からは以上です。皆様の健闘を祈ります』

11 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:36:17 ID:L8x304Es0
フツ……と、スピーカーの電源が落ちるような微かな音が響き、それっきり無音になった。
誰もが、より多くのヒント、或いは説明を求めていたが、天の声も、箱も、まったく呼応しない。
期待の色を帯びた沈黙が、落胆の一色に染まるまで、さほど時間はかからなかった。

(´・_ゝ・`)「解きようがない」
 
最初に沈黙を破ったのは、先程天の声に唯一問いかけた男だった。
彼の声音はまるっきり諦観を示している。
そして彼は、同調を求めるかのように他の四名を見渡した。

(´・_ゝ・`)「こんなものは問題の体を為していないよ。
      二つ目のヒントなんて、まるっきり精神異常者の戯言じゃないか」

川 ゚ -゚)「……ジグソウを知っているか。
     サイコスリラー映画の登場人物で、確か……トビン・ベルという俳優が演じていた……」
 
黒髪の女の唐突な言葉に、複数人が微かに頷く。
その隣で、他方の女がふらふらと床にへたり込み、おずおずと三角座りの姿勢を作り始めた。

12 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:39:14 ID:L8x304Es0
川 ゚ -゚)「……ジグソウは劇中において、殺人ゲームの主催者である一方で、ゲームの演者でもあった。
     彼は見事に自らの役割……死体役を演じきった。
     他の登場人物に、自分こそが猟奇殺人犯そのものであると気付かれることなく……」

(,,゚Д゚)「くだくだしく説明する必要なんてないだろ」

明るい髪色の、キツネ目の男がぶっきらぼうに言い放つ。

(,,゚Д゚)「要するにアンタが言いたいことはこういうことだ。
     今まで喋くっていた野郎こそ、この箱の中にいるヤツと同一人物だって」
 
そして彼は、箱の側面を軽く蹴飛ばした。
微かに響いた衝撃音を聞く限り、やはり脆弱な見た目と裏腹に、
多少のショックには耐えられるつくりをしているようだった。
 
黒髪の女が、キツネ目の男の行為を非難するような目を向ける。
しかし、キツネ目の言も理に適っていた。なにしろ天の声は自らの正体を明かしたのだ。
自分は、内藤ホライゾンの承認欲求だ、と。

先程までの声は録音だったのか、乃至は、内藤ホライゾンという人物の身体から、
承認欲求という曖昧なかたまりだけが遊離したとでも言うのか……。

13 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:42:47 ID:L8x304Es0
('A`)「……あ、で、でも」

ここで初めて声を上げる男がいた。やや背が低く、小太りの男だ。
その見目に相応しい、怖じ気づいたような声を、喉の奥から絞り出している。

('A`)「もしも、中にいるのが内藤……内藤だったら、
    俺らが問題を間違えたときに、アイツも一緒に毒ガス吸うんじゃない……ですかね」

(,,゚Д゚)「死にたがっているのかも知れねえな」

川 ゚ -゚)「それはどうだろう? 
     もしかしたら彼の身体は、何らかの保護シートに包まれているかも知れない」

(´・_ゝ・`)「だからさ、全ての推測は机上の域を出ないわけだよ。
      それを無闇に、それっぽく議論したってまるで無意味じゃないか。
      そんなの、すっかり相手の思うツボだ」

川 ゚ -゚)「ならばどうする? 座して死を待つのか?」

14 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:45:23 ID:L8x304Es0
黒髪の問いに、凡夫はしばらく黙り込んだ。
やがて「そうは言っていない」と、小さく小さく呟いた。

(´・_ゝ・`)「他にも方法はある……ということを言いたいんだ。
      例えば、この密室の抜け道を探すとか……」
 
キツネ目が、煽るような口調でヘエ、と声をあげた。
あまりにもシンプルな空間に、綻びが見えないのは最早瞭然である。
それでもなお、凡夫は問題に正面から取り組むよりもマシだと考えているようだった。

川 ゚ -゚)「……確か、時間は無制限だったはずだ。キミ……キミの意見を採用するのも吝かではないな」

(´・_ゝ・`)「デミタスだ」

凡夫は返事の代わりに自らの名を名乗った。

川 ゚ -゚)「そうか、私はクールだ」
 
何とはない流れからポツポツとそれぞれが名乗り始めた。キツネ目はギコ、小太りはドクオ……。

15 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:48:28 ID:L8x304Es0
o川*゚ー゚)o「あ、じゃあわたし……あ、わたし、キュートって言います。わたし、何かないか探しますよ」

今の今まで三角座りしていた、二つ結びの女がひょいと立ち上がり、軽く手を上げた。

o川*゚ー゚)o「多分わたし、議論の中に入れないし……頭、悪いし」
 
そう言って、特段の返事も聞かず、キュートはふらふらした足取りで部屋の隅へと歩を進めていった。
部屋は相変わらず重い静寂に包まれており、
彼女のペタペタとした足音だけが鳴って、すぐに壁の中へ吸い込まれる。

(,,゚Д゚)「で、どうすんだ? 残った俺らは、問題を解くのか?」
 
ギコの軽々な物言いは明らかにデミタスを意識したものだった。
不愉快そうに目するデミタスに代わって、クールが静かに口を開いた。

川 ゚ -゚)「一つ……確認しておきたいことがある。
     奴は『ヒント』として、私たちに内藤ホライゾンという名前を提示した。
     つまりここにいる全員が、内藤の知り合い……と、いうことで間違ってないな?」

17 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:51:23 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「内藤は僕の同期だ」

とデミタス。

(´・_ゝ・`)「彼は僕と同じ部署で……部署内で同い年なのは内藤だけだ。
      その関係もあって、彼とはよく飲みに行ったりもする。
      だからといって、そこまで親しいかというと、疑問も残るが……」

('A`)「あ、お、俺は大学で、内藤……と同じサークルだった。
    だからアイツのことはよく知ってるし、たぶん友達……友達みたいな関係だった。
    それで、あ、えっと……」

(,,゚Д゚)「俺は内藤と友達じゃなかった」

言葉尻が胡乱になったドクオに重ねるように、ギコがやや大きな声をあげた。

(,,゚Д゚)「ホライゾンつったら、多分高校の時に同じクラスだった内藤のことなんだろうけど、
     正直、アイツのことなんて大して憶えてねえや。クソ真面目だったって印象ぐらいだな」

18 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:54:20 ID:L8x304Es0
川 ゚ -゚)「そうか。やはり、皆が内藤と、何らかの関係を持っているのは確からしいな」

(,,゚Д゚)「アンタは、良い関係だったのか?」
 
ギコの下卑た口調に物怖じすることもなく、クールは軽く頷いた。

川 ゚ -゚)「昔の話だ。大学時代に、たぶん一年ともたなかったはずだ。
     あの頃はまだ若かったんだよ、私も……内藤も、な。それはともかく」
 
クールはチラと壁を指でなぞっているキュートを見遣ってから、やや眉を潜める。

川 ゚ -゚)「関係の濃度はさておき、私たちは、何らかの形で内藤ホライゾンの知り合いだった。
     それだけは間違いなさそうだ」

(´・_ゝ・`)「確かに、彼の出したヒントからも読み取れることだったね。
      承認欲求って云うのはつまり、近しい、周囲の人間を対象にとるものだろうし。
      それにしたって分からないのは」
 
デミタスが痛みを堪えるような表情を作って声を絞り出す。

(´・_ゝ・`)「『何故僕たちなのか?』ということだ。
      さっきクールが言った、関係の濃度にしたって、僕たちはてんでバラバラだ。

      それに、個人的には彼に恨みを買われるようなことをした憶えはない。
      そりゃあ確かに、仕事の都合上、口論せねばならない時もあったが……」

19 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 14:57:28 ID:L8x304Es0
('A`)「お、俺だって」

やや慌てふためいたようなドクオの同調。

('A`)「内藤は……今はどうか分かんないけど、良いヤツ……だったし、
    俺とも、普通に接してくれてた……。お、俺は内藤と喧嘩したこともないし……たぶん」

川 ゚ -゚)「私は、その点に関しては何も言えない」

クールはあくまでも落ち着き払った調子で、
しかしやや首を傾げながら過去の引き出しを掘り下げている。

川 ゚ -゚)「恋人であった以上、時には険悪にならざるを得ない時期もあった。
     最終的には円満な離別だったと記憶しているが、
     もしかしたら、私の言動が彼に……致命的な憎悪を生み出していたかもしれない」

20 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:00:10 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「キミは」

デミタスがギコに向き直り、やや詰るように声を掛けた。

(´・_ゝ・`)「特別、関わり合いを持っていなかったようだから、まるっきりとばっちりというワケか?」
 
暫し沈黙した後、ギコは軽く口角を吊り上げた。

(,,゚Д゚)「俺は友達じゃなかったって言っただけだ。恨まれる筋合いが無い、とまでは言ってないぜ」

川 ゚ -゚)「……つまり?」
 
クールの糾弾めいた言葉に、彼は戯けて肩を竦めてみせた。

(,,゚Д゚)「別に? 誰でもやってるようなことを、俺もやっただけさ」
 
デミタスが強く鼻を鳴らし、ギコから一歩遠ざかった。
クールは冷徹な視線をギコに送り続けている。相も変わらぬキュートの不安定な足音ばかりが響く。
またしても、時間が止まってしまったかのようだ。

('A`)「あ、アイツは、アイツは言ってたよ」
 
その沈黙を破る意図を込めたせいか、ドクオが少しだけ早口で捲し立てた。

('A`)「この大学に入ってよかったって……。こ、高校時代、は、ロクなもんじゃなかったって……」

21 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:04:14 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「というかさあ、この場合、俺が内藤に何してたかなんて関係ねえだろ」
 
ギコの口振りは開き直っている風ですら無く、
まるで分かりきった常識を並べ立てているようでさえあった。

(,,゚Д゚)「お前らが俺の仲間だったならともかく、俺とお前らは初対面なんだぜ? 
     俺がアイツにやらかしたことを謝罪する場に、
     お前らはわざわざおいでなさったとでも言うつもりか?

     そもそも、さっきも言ったが俺は内藤のことなんざ殆ど憶えてねえんだ。
     心から謝罪しろって言われたって、無理だぜ」

(´・_ゝ・`)「……確かにそのとおりさ。僕たちだって何らかの理由があってここに来たわけじゃない。
      つまり、キミの過去の言動は、この問題を解く鍵にはなり得ないのだろうね。
      たとえ、キミが彼に、どのような罪を犯していたとしても……」
 
罪ねえ、とデミタスの言葉を受けたギコが頓狂な声で一笑に付す。
ニヤついたまま辺りを見回し、慌てて視線を背けたドクオに対して、威圧のような笑いを笑った。

22 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:06:21 ID:L8x304Es0
川 ゚ -゚)「だが、ここに呼ばれたことには変わりがない」

彼の笑いに釘を刺すように、クールが鋭く言い放つ。

川 ゚ -゚)「仮に記憶が無いにせよ、謝罪など不可能だと言うにせよ、
     それが唯一の関係性ならば、等しくここに呼び込まれた唯一の原因ということになる」

(´・_ゝ・`)「……恐らく、必要なのは、別の共通性なのだろうね」

深慮遠謀を凝らし、デミタスが言う。

(´・_ゝ・`)「内藤ホライゾンと知り合いであるということは……いわば、最低限の条件みたいなものさ。
       僕たちには他にもあるはずなんだよ、彼に関する、共通性が……」

23 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:09:13 ID:L8x304Es0
その時、キュートが小走りで部屋の中央へと戻ってきた。
その眠たそうな顔に全員の視線が浴びせられているのを悟った瞬間、
彼女は気を引き締めるかのように眼を見開いた。

o川*゚ー゚)o「えっと、何もなかったですよ」

やはり誰かが問いかけるよりも先に、彼女はあっけらかんと答えを示した。

o川*゚ー゚)o「わたしが見た限りですけど、たぶん。
       壁はただの壁でしたし、なんか、スイッチとかもなかったです」

(,,゚Д゚)「無かったってよ」
 
発案者のデミタスに向かって、ギコがどことなく得意げな口調でどやしつけた。
デミタスはギコの存在自体を無視するかのように、目を閉じて黙りこくったままだ。

そもそも答えは明白だったのだ。キュートの探索は、気休めにすらならなかったと言えるだろう。
理不尽な空間に於ける理不尽なクイズの発案者は、
どうやら参加者にはルールの厳守と、解答だけを求めているらしかった。

24 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:14:05 ID:L8x304Es0
五人の意識が、再び箱に注がれる。
この期に及んでも箱は緘黙を貫いており、変化の兆しすら見当たらない。

よく見ると天板に、スイッチと思しき突起物があった。
しかしながら、この議論の調子ではそれが押されるのはまだ先の話になってしまうだろう。
 
中に格納されている人物……内藤ホライゾン……は、この不毛としか思えない議論、
もしくは無意味な言い争いに、静かに耳を傾けているのだろうか。
或いは、とうの昔に聴覚を喪ってしまっているのか……。

川 ゚ -゚)「そう言えば、まだ訊いていなかったな」

膠着した空気を打開するかのように、クールは努めて明るい声を発した。

川 ゚ -゚)「キュート……キミと、内藤ホライゾンの関係性を」
 
しかし、そこで返ってきた言葉は、四人の想定を完全に覆すものだった。

25 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:15:19 ID:L8x304Es0
o川*゚ー゚)o「わたし、知りませんよ」

彼女は事も無げにそう宣言したのだ。

o川*゚ー゚)o「さっきからずっと思い出そうとしていたんですけど、
       うん、やっぱ内藤ホライゾンなんて名前、聞いたことないし」

(´・_ゝ・`)「……本当かい? 
      例えば、言明するのが憚られるような関係ならば、詳しく話さなくても構わないけど……」

o川*゚ー゚)o「いや、そういうのじゃなくて。本当の本当に、聞いたことないんです。
       だから、思い出すとか以前の問題なんですよね」

デミタスのおずおずとした気遣いも、一瞬のうちに切り捨てられてしまった。
当の本人に悪意は全くなく、自らの発言がもたらした混乱を寸分も理解していないようですらある。

四人から向けられる、何か異質なものを見詰めるような目付きに、
彼女はひたすら困惑しているのだった。

26 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:18:26 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「早く言えよ」
 
強かな舌打ちと共にギコが苦々しげに吐き捨てる。
僅かながらも築かれつつあった議論の基盤が崩壊し、再び振り出しに戻されたのだ。
ギコが怒りを差し向けるのも当然と言えば当然であろう。

o川*゚ー゚)o「でも、だって」

唐突に罪悪感を突き付けられたキュートが弱々しく抗弁する。

o川*゚ー゚)o「そんな空気読めないこと言えるわけないじゃないですか。
       わたしもたぶん関係あるんだと思って、一生懸命考えてみたけど、
       思い出せなかっただけで……」

川 ゚ -゚)「いずれにせよ、私たちはもう一つの可能性を見出さなければならないようだ」
 
なおも牙を向けようとするギコを抑えるように、クールが口を挟む。
それから、すっかり怯えてしまったキュートを慰めようと微笑みかけるが、
その表情は明らかに硬直してしまっていた。

川 ゚ -゚)「それはつまり……ここに呼ばれた五人に、共通性などないという可能性だ。
     キュート以外の四人はたまたま関係があっただけで、それ以上でも以下でもない。
     すなわち、最初から合理性など無視した殺人ゲーム……」

27 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:21:28 ID:L8x304Es0
(´・_ゝ・`)「だから言ったじゃないか」

デミタスが声を荒げた。

(´・_ゝ・`)「僕たちに求められているのは解答を導き出すことじゃない。ディスカッションなんだ。
      数学のような一か零の問題じゃなく、いわば国語の自由記述なんだよ。
      でも、用意されている答えは、内藤ホライゾンという男の生か死……一か零だ。

      問題文と、用意されている解答がまるっきり一致しないんだよ。
      その不具合が解消されない限り、
      いくら話し合いを積み上げたって机上の空論でしかないんだ」

('A`)「で、でも、内藤がそんな、俺らを殺すためだけに、そんな、嫌がらせみたいな……」
 
ドクオがなんとか反駁を試みるが、
この場を支配している空気の中においては、あまりにも脆弱だった。

(,,゚Д゚)「俺は、アイツが俺に何を企んでいようと不思議じゃないぜ。
     何せ、関係が関係だったからなあ。

     お前らの言葉が全部嘘っぱちで、これが内藤の、
     恨んでるヤツに対する復讐劇だって言われても別に驚きやしない」

28 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:24:33 ID:L8x304Es0
ようやくコミュニケーションを図れる程度には組み立てられつつあった
互いの信頼性に向けてギコが投じた一石は、消極的ながらも余りに致命的だった。
霧消していた不信感が再び五人の頭に舞い戻り、淀んだ沈黙をもたらす。

静謐の中で、皆が一様に内藤ホライゾンへの暗い記憶を掘り返している姿はひどく悲惨で、
憐れですらあった。ドクオに至っては、両目を潤ませている有様だ。
 
そんなドクオに向かって、ギコが大股で歩み寄った。
不意の出来事に思わず息を飲んだドクオだったが、
身体は棒立ちのままで、近づいてくるギコに向き直ることさえ出来ない。

そんな彼の肩にギコはゆっくりと手を回す。
ギコが、ドクオを御しやすい獲物だと認識しているのは、傍目から見ても明らかだった。

29 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:27:57 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「楽になろうや」

ギコの笑みは、自らの吐いた常套句を嘲っているようだった。

(,,゚Д゚)「あるんだろ、どうせ。一つや二つ、恨みを買ったような憶えがよお?」
 
ドクオの全身が小刻みに震え始める。
エッエッと嗚咽しながら、床の一点を凝視したまま脳味噌をフル回転させていた。

内藤ホライゾンに対する反省……もしくは、ギコの気に入る答え方を、
記憶の引き出しをひっくり返して無闇に掴み取ろうと必死だった。
その振る舞いを見ていたデミタスがたまらず目を反らす。

まるで、『上下関係』という言葉を的確に体現しているような光景だった。

30 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:30:11 ID:L8x304Es0
('A`)「お、俺、俺……」

数秒間の空白にすら堪えられなくなったドクオが、考えをまとめるよりも先に言葉を吐露しようとする。

('A`)「俺だって、高校の頃は、クソみたいな、クソみたいなヤツらに虐められてたし……
    小学校の時からずっとそんな感じだったし、だから、正直、大学行くのも怖くて、
    ずっと部屋に引き籠もってようかなって……。

    でも、内藤は、なんか、同じような境遇だったせいか、気軽に話してくれて、
    俺、それですご、すっごく嬉しくて……」
 
次第に息を荒げていくドクオはそこで一旦言葉を句切り、
まるで救いを求めるような目でギコの顔を伺った。

しかしそこにあったのは彼の、不満と卑下をないまぜにした、脅迫的な表情だけだった。
ドクオはますますプレッシャーとトラウマに締めつけられ、
涙の追いつかない泣き顔で散らかった記憶をかき集めようとする。

('A`)「え、えっと……そう、そりゃあ、同じ部活に居たし、たまには真面目な話……っていうか、
    口論みたいなのをしたこともあったよ。
    俺がアイツの作品を批判……評価して、それにアイツが反論して……みたいな。

    でもそれは必要なこと……っていうか、アイツもそれを望んでたはずだし、
    だから、だから別に恨まれるようなことじゃないはずで……」

31 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:39:20 ID:L8x304Es0
o川*゚ー゚)o「作品って何ですか?」
 
緊迫したドクオの独白とはまるで対照的な声音で、キュートが誰にともなく問いかける。

川 ゚ -゚)「小説のことだろう」

とクール。

川 ゚ -゚)「内藤は以前から小説を書いていたし、大学時代にはその手の部活に所属していたはずだ」

その答えに納得したらしく、キュートは小刻みに頷いた。
その様子を呆けて眺めていたドクオが急に生気を取り戻し、
水を得た魚の如き勢いでキュートに向かって喚き始めた。

('A`)「そう、そうなんだよ。内藤は部内でも特別に小説に熱心なヤツで、
    だから、一年にいくつも作品を書いて俺たちに見せて……。

    いやまあ、俺だって流石に全部の小説に眼を通していたってわけじゃないし、
    ロクな感想も言えなかったけど、でも、内藤が本気で小説書いてたの知ってたし、
    内藤が将来小説家になろうとしてたことも知ってた。

    それだけじゃない。内藤はブーンって名前でネットにも小説を載せて、ネットでも……」

32 名前: ◆cx/9mhMmb6 投稿日:2016/04/02(土) 15:40:45 ID:L8x304Es0
(,,゚Д゚)「どうでもいいんだよ、そんなこと」
 
痺れを切らしたギコがドクオを小突くのとほぼ同時に、キュートが叫んだ。

o川*゚ー゚)o「ブーンさん!」
 
その声は何故か、今までに交わされた全ての台詞よりも遙かに透き通って空間に響き渡った。
キュートは自分の声音に驚き、次いで再び集まった四人の注目にもう一度驚いて、
一旦口を真一文字に結んだ。

そして逡巡の後、彼女は息せき切って、どこか自信に満ちたような具合でキッパリと言い切った。

o川*゚ー゚)o「わたし、ブーンさんのことなら知ってます。
       結構前からネットでブーンさんの小説を読んでいます。
       わたし、ブーンさんのファンなんです!」

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