ネクロノミコンと間違えて根暗な未婚に手を出してしまったようです

1 名前: ◆DDDDDasA4U 投稿日:2016/04/03(日) 22:00:53 ID:UDG1TXqk0
8世紀初頭、アラビアの呪術師により編纂された魔導書『ネクロノミコン』。
複雑多岐にわたる魔導の奥義が書き記された書物はそれ自信が強大な魔力を宿し、
悪しき人間が『ネクロノミコン』を手にすれば、世界は一日にしてその男の支配するものとなるだろう。

そして今まさに世界は、一人の魔術師の手により滅亡の危機に晒されていた!

( ФωФ)「フ、フフ、フハハハハハハハハハ!」

( ФωФ)「蘇った!長き封印の日々から、我は今こそ蘇ったぞ!」

( ФωФ)「聖教会の使徒共に不覚をとり地の底の石棺に封印されること千年……」

( ФωФ)「並の魔術師であれば一億年かかっても解けぬほど強固な封印であったが……フン!我にかかればこの通りよ!」

( ФωФ)「……!!」ハッ

( ФωФ)「感じるぞ、ネクロノミコンの魔力を、東の果ての小国に……!」

( ФωФ)「見ておれ。次こそは……!次こそはあの魔術書を、我が手中に収めてやろうではないか!」

2 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:02:15 ID:UDG1TXqk0
休日を一人で過ごすことに抵抗が無くなったのは、何歳の時だっただろうか。
大学入学を機に親元を離れ、一人暮らしを始めた頃には、まだ私にも友人と呼べる存在が居たように思える。
しかし、彼等は、彼女達は、それぞれの居場所の中で新たな人間関係を開拓し、
少しずつ、少しずつ、潮の引くような速さで、私のもとを離れていったのだ。

( ^Д^)「貞子さん、この資料明日の会議に使うからまとめておいてくれる?」

川; д川「え……明日ですか?」

( ^Д^)「初めはデレさんに頼んでたんだけど、今日は忙しくて出来なかったみたいでね。」

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、私今日は用事があるから残業できないんです!」

( ^Д^)「彼女もこう言ってることだし、ね?」

川; д川「そ、そんな……この量を今から始めたら日付け変わっちゃいますよ!?」

( ^Д^)「残業代は出すからさ、頼むよ。それじゃあ資料ここに置いとくから。」

川; д川「え、あの、私まだやるっていってない……。」

( ^Д^)「ああ、残業代出すって言っても無駄に時間つぶしたりしないでね。パソコンのログは監視してるから。」

ζ(゚ー゚*ζ「よろしくお願いします。今度埋め合わせはしますから!」

川; д川「あ!ちょっと……!」

川д川「……行っちゃった。」

4 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:07:21 ID:UDG1TXqk0
プギャー課長が陰で私のことを「存在感のない幽霊女」と呼んでいることを私は知っている
後輩のデレさんの言う「用事」が、私以外の若い女性社員が参加する女子会であることを私は知っている

私はきっと怒るべきなのだろう。戦うべきなのだろう。
声を張り上げて、口の端に唾液の泡を作り、私を取り巻くこの環境を、非難するべきなのだろう。
でも……

川д川 カタカタカタカタ……

川д川 カタカタカタカタ……

川д川「……」

川д川「怒り方は、学校では習わなかったなあ……」

自分の本心を伝えることに恐怖を覚えるようになったのは、何歳の時だっただろうか。

3 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:03:38 ID:UDG1TXqk0
川д川 カタカタカタカタ……

川д川-3

川д川「やっと終わった……これで帰れる。」

気が付くと周囲は真っ暗で、明かりが灯いているのは私のデスクだけだった。
時刻は深夜の11時30分。予定よりも1時間ほど速く仕上げることができたようだ。
この時間なら終電にも間に合うし、ネットカフェで一夜を過ごすことになって、
翌朝に中年の男性社員から「昨日と同じ服を着ている」とからかわれる心配もないだろう。

川д川「ショボンさんのお店でご飯食べて帰ろうかな。」

自宅の近所にある個人経営の喫茶店「しょんぼり屋」。
夜には「バーボンハウス」と名前を変えて、お酒を扱うバーになる。

昼も夜も、穏やかな雰囲気で独特の時間の流れを感じさせる不思議な店。
こちらに越してきてから3日と空けず通っていたら、いつの間にか顔を覚えられてしまっていた。

川д川「ご飯食べて、お酒飲んで、愚痴とか聞いてもらおう。」

友人ではないが全くの他人でもない、好意によって結ばれた関係。
店主と常連という距離感だからこそ、私は彼に心の中を晒すことが出来るのだ。

5 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:09:15 ID:UDG1TXqk0
川*д川「だからぁー、だーれも私の話なんか聞いちゃくれないんですよ!」

川*д川「もうぜーんぶ嫌!仕事も嫌だし女子会も嫌!好きなのはこのお店だけー!」

川*д川「でも仕事を辞めるとここに来れなくなるから、貞子ちゃんは仕事をやめないのでーす!」

(;´・ω・`)「この店が気に入ってくれてるのは嬉しいけど、さすがに飲み過ぎじゃない?」

(;´・ω・`)「ほら、貞子ちゃん明日も仕事なんだからさ、そろそろ終わりにしたら?」

川*д川「こんなの飲んでるうちに入らないのです!ショボンさん、ビールもう一杯!」

(;´・ω・`)「やれやれ……グラスビールでいいよね、それで終わりにしよ?」

川*д川「ジョッキ!」

(;´-ω-`)「……ウコンの力、置いておくから飲んでね。」

川*д川「わーい、ショボンさん大好き!」

(;´-ω-`)「それと、何度も言ってるけど僕のことはマスターって呼んでね。」

川*д川 ゞ「了解です!マスター!」

(;´・ω・`)「ふう……この子も大変なんだろうね。」

6 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:12:04 ID:UDG1TXqk0
ショボンさんが厨房の奥に消えて、私は一人きりになった。

背後からワアッという歓声が上がる。
驚いて視線を向けると、近所の大学の学生と思われる十人弱ほどの集団。
そのうちの一人が立ち上がり、大きなジョッキに注がれたビールを息継ぎもせずに飲み干しているところだった。

川д川(大学生の飲みといえばあんな感じだもんね。)

川д川(デレさんたちの女子会はもう少しお上品で、可愛らしい雰囲気で……)

川д川(それで、職場の男の人への文句とか、参加しなかった女の人の悪口とかで盛り上がってるんだろうなあ。)

川д川(あーあ……)

世の中の醜いもの全てに立ち向かえる勇気が欲しかった。
そうでなければせめて、醜いものを醜いと思えない鈍感な心が欲しかった。
私にはどちらもないから、ただ目の前の不快な物事から目を背けているだけだ。

川д川「ぜんぶ壊して、やり直せたらいいのに。」

川д川「こんな世界、終わらせちゃえば……。」

8 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:15:18 ID:UDG1TXqk0
朦朧とした頭脳から吐き出された予想外の言葉。
それは私が思ってた以上に明瞭な発音となって、周囲の空気を凍らせる。
カウンターの中央にいるカップルは気まずそうな表情でグラスを傾け、
大学生の集団は小さな声で何かを囁きながら、遠巻きにこちらを監視している。

川; д川「あ……。」

顔が燃え上がったように熱を持ち、私はいたたまれなくなって席を立つ。
1万円札をカウンターに置いて帰ろうとする私。大きな手が、その肩を掴む。

( ФωФ)「女。お前は今、なんと言った?」

振り返ると、両目に傷のある大男がそこに居た。
私にはわかる。この人は、やくざだ。

川; д川「えっ!?あの……ごめんなさい、帰ります!」

男の手を振り払おうとする私。
でも、不思議な事に私の体は指一本動かすことができず、男と向かい合った状態で凍りついている。

( ФωФ)「『世界を終わらせる』と言ったのか?」

川; д川「終わらせるとは言ってないです!ただ、終わっちゃえば良いのになって……。」

( ФωФ)「……フン。」

( ФωФ)「フ、フフ、フハハハハハハハハハ!」

男は突然笑い出して、私の肩に置いた手を離した。
よく見ると男の顔は赤く染まり、彼もまた相当酒にやられていることが見て取れる。

( *ФωФ)gm「わかるゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

しかし、いくらなんでもこの豹変は無いんじゃないかと思った。

9 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:16:49 ID:UDG1TXqk0
( *ФωФ)「女、貴様は中々有望だ!その年にして魔力が高そうだ!」

川; д川「ま、魔力ってなんですか?それにその年って、あなた私とそんなに変わらないですよね?」

( *ФωФ)「フン、我は1030歳!貴様より1000年も長く生きているぞ!」

川; д川「なんで私が30歳って分かるんですか!?」

( *ФωФ)「1030歳には疑問は持たぬのか?」

川; д川「それも!」

( *ФωФ)「wwwwwwwwwwwwwwwwwww」

川; д川「腹立つ笑い方だなあ!」

( *ФωФ)「いいぞ、良いぞ女! まだまだ帰る必要は無い、今夜は飲み明かそうぞ!」

(´・ω・`)「おまたせーってあれ?お客さん貞子ちゃんの知り合い?」

川; д川「違います!いま会ったばかりの他人です!」

( *ФωФ)「うむ、初対面だが、中々見どころのある女だ!」

( *ФωФ)「金なら我が出してやる。好きなだけ飲むと良い!」

10 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:17:53 ID:UDG1TXqk0
(´・ω・`)「気に入られちゃったのね、貞子ちゃん。少しだけ相手してあげたら?」

川; д川「ちょっと、マスター!?ついさっきまで『終わりにしたら?』なんて言ってたくせに!」

(´・ω・`)「まあまあ、今度来た時サービスしてあげるから、よろしくね。」

(´・ω・`)「たくさんの人を見る商売してるからわかるけど、彼、悪い人じゃないみたいだから。」

(´・ω・`)「貞子ちゃんもきっと気にいるんじゃないかな?」

ショボンさんは何を言っているのだろうか。
両目に大きな切り傷があって、「世界を終わらせる」という発言に食いつく人間が、悪い人じゃないわけがない。
そんな否定の言葉を口にする前に、ショボンさんは凄いスピードで他所に行ってしまった。
恨んでやる。ショボンさん、一生恨んでやる。
こんな怖い人とお酒を飲んで、楽しめる訳が……

川*д川「もうみーんな大っ嫌いですよ!職場の上司も、同僚も、美容院の割引券押し付けてくる雰囲気イケメンも!」

( *ФωФ)「そうか、気に入らんか!我の秘術で全員痩せた驢馬に変えてやろう!」

( *ФωФ)「貴様は一頭一頭の首にロープを括りつけ、砂袋を積めた馬車を引かせて会社とやらに向かうのだ!」

川*д川「妄想が古いwwwwwwwさすが1030歳wwwwwwwwww」

( *ФωФ)「店主よ、酒が足りんぞ!ニホンシュとやらを持って参れ!」

川*д川「ショボンさん私も!持って参れ!」

(;´-ω-`)「マスターって呼んでね。」

それから後は、何があったのかよく覚えていない。

11 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:19:57 ID:UDG1TXqk0
チュン...チュン...

朝の日差しと、小鳥の鳴き声に目を覚ます、漫画の世界で見覚えのあるシチュエーション。
そのロマンチックな情景に反して、私達の心は穏やかではなかった。

( illФωФ)「あわわわわわわわ。」

川ill д川「あわわわわわわわ。」

失われた記憶の微かな残滓。
酒に飲まれ前後不覚の状態でショボンさんの呼んだタクシーに詰め込まれた私達。
まずは初対面の彼を家に送ってから……と思ったら、彼は外国からの旅行者で宿は取っていないと言う。

私以上に酔い潰れた彼をそのままにしておくこともできず、駅前のビジネスホテルに連れ込んだ私だったが、
どうやらそのまま帰宅するのを諦め、私もその場で一夜を過ごすことにしたらしい。

( illФωФ)「フ、フハハ!女、我と契るとはその勇気褒めてやろう!」

川ill д川「あ、はい、ありがとうございます。」

川ill д川「あの、私、気にしてませんから。もう時間なので、仕事行かせてもらいます。」

( illФωФ)「う、うむ、そうか?その、あれだ。気をつけて行くんだぞ!」

川ill д川「はい、行って来ます。」

かつて無く不安定な精神状況で電車に乗り込んだ私は思い悩むあまり降車駅を乗り過ごし、
十分の遅刻を課長に叱られた後、総務の鬱田さんに「昨日と同じ服だねフヒヒ」と笑われることになった。

12 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:21:22 ID:UDG1TXqk0
( ^Д^)「ホント困るよ、いい年なんだからさ?昨日の資料で聞いておきたい事とかあったのに。」

川д川「すいません、気をつけます。」

( ^Д^)「まあいいや、それと今日から新しい係長が配属されるから。もとは営業にいたモララー君って言うんだけどね。」

( ^Д^)「部署全体への顔見せは貞子さん来る前に済ませちゃってるから、挨拶しておいで。」

川д川「あ……はい、わかりました。」

( ^Д^)「ほら、あそこの席のイケメン君だよ。」

課長の指差す先を見ると、業務中だというのに寄り集まって黄色い声を上げている女性社員の集団。
その中心にはスーツ姿の男性が座っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「おいくつなんですかぁ?」

(*゚ー゚)「奥さんとかは……え、独身!?じゃあ私、狙っちゃおうかな!」

从'ー'从「学歴は?」

川д川「あの……」

ミセ*゚ー゚)リ「趣味とかあります?私は映画とか見るの大好きでぇー!」

从'ー'从「年収は?」

近寄って声をかけてみても、私の声は周りの女性社員の発言に紛れて届いていないように思える。

13 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:23:52 ID:UDG1TXqk0
諦めて席に帰ろうとした所で、背後から男性の声が聞こえてくる。

( ・∀・)「……あれ、君は初めましてだよね?」

川; д川「え?あ……はい、遅刻してて今出社しました。」

川; д川「山村貞子です。よろしくお願いします。」

( ・∀・)「初めまして。モララーと呼んでください。」

( ・∀・)「ところで君、お昼ヒマだったらご飯でも食べに行かない?」

川; д川「ええっ!?」

( ・∀・)「この部署のことは書面上の情報しか知らないから、現場の声を聞いておきたくてね。」

川; д川「ええっと、その……」

ζ(゚ー゚*ζ「だめですよー、貞子さんは男の人苦手ですから。」

ミセ*゚д゚)リ「私が行きます!美味しいお店知ってます!」

( ・∀・)「そうなの?」

川; д川「そ、そういうことなので、皆さんで楽しんできてください!失礼します!」

私がその場を離れると、彼女達は始めから私なんて居なかったような様子で会話を再開する。
ただ、その会話の端々に、私がどれだけ人見知りか、どれだけ男嫌いかという言葉が聞き取れた。

14 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:26:33 ID:UDG1TXqk0
時計が午後の1時を指して、昼休みを告げるアラームが鳴る。
もっとも、このタイミングで休憩に出る人は全体の5割ほどで、残る5割は電話の対応のために、
あるいは単純に仕事の忙しさのために各々のデスクにとどまって、弁当やらサンドイッチやらを素早く胃の中に詰め込んでいる。

私も残る5割の一員として、連続12日目となる電話当番を務めながら、買い置きしていたカップ麺を啜っていた。

( ・∀・)「貞子さん。隣の席って空いてるの?」

川; д川「か、係長?みんなといっしょにご飯食べに行ったんじゃ……?」

( ・∀・)「僕が誘ったのは君だけだよ。それで、隣空いてる?」

川; д川「あ……はい、ここは空席ですけど。」

( ・∀・)「それじゃあ失礼して、いただきます。」

私の隣に座りコンビニ弁当を広げる係長。
弁当はつい先程暖められたばかりのようで、白い湯気を上げている。
会社のすぐ近くにあるコンビニに、わざわざ買いに行ったのだろう。

( ・∀・)「管理職って言葉は課長以上を指して言うらしいんだけどね。」

川д川「はあ。」

( ・∀・)「僕だって曲りなりにも人を纏める仕事をする役割だから、一緒に働く人のこととか知っておきたいのさ。」

( ・∀・)「特に貞子さんみたいなタイプ、不満を溜め込みやすい傾向があるから色々と聞いておきたくて。」

15 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:28:11 ID:UDG1TXqk0
川д川「不満……ですか?」

( ・∀・)「そう、不満。何かあるでしょ?」

川д川「……。」

川д川「特に、無いです。」

そんなことを聞かれたって、こう答えるしか無いだろう。
自分が不満を口にしたところで、この人がそれを解決してくれるとは到底思えない。
むしろ、変に触れ回られて私の立場が悪くなる心配のほうが大きいくらいだ。

( ・∀・)「そう、本当に?」

川д川「はい。」

( ・∀・)「まあ、それなら良いんだけど。」

川д川 ホッ

( ・∀・)「じゃあ他に、悩んでることとかある?なんなら私生活のことでもさ。」

( ・∀・)「貞子さん断れなそうなタイプだから、新聞の勧誘とかセールスとかで困ってない?」

( ・∀・)「そうじゃなければ、うん……変な男に絡まれるとか。」

16 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:29:17 ID:UDG1TXqk0
川д川「……」

変な男。そう言われて思い出すのは、昨日出会った大男だ。
確かに昨日、私は変な男に絡まれて、どういうわけか意気投合し、そして……。

( ・∀・)「貞子さん、起きてる?」

川; д川「あっ……!すいません!大丈夫です、心配いりません!」

( ・∀・)「……中々ガードが堅いね。」ボソッ

川д川「え、今なんて……?」

( ・∀・)「いや、なんでもないよ。とにかく、困ったことがあったらいつでも相談してね。」

( ・∀・)「これ、僕の連絡先だから。他の人には秘密にしててね。」

そう言うと彼は、一切口をつけていないコンビニ弁当に蓋をして、自分のデスクに戻っていった。
彼が何を考えているのか、私には全くわからなかった。

17 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:30:05 ID:UDG1TXqk0
(´・ω・`)「へえ、新しい係長さん。」

川д川「そうなんですよ。なんか変な人で、不満は無いかとか、困ってることは無いかとか。」

(´・ω・`)「貞子ちゃんに興味が有るのかな?」

川д川「問題社員とか思われてるのかもしれないですね。」

(´・ω・`)「そんな悲観的にならなくても……。」

川д川「事実ですよ、事実。私のことを良く言ってくれるのなんて、ショボンさんくらいのものなんですから。」

(´・ω・`)「マスター。」

川д川「マスター。」

(´・ω・`)「僕だけじゃないでしょ。ほら昨日の人だって『見どころがある』って。」

川; д川「そ、その人の話はやめてください!酔ってたんです、色々と!」

川; д川「そうじゃなきゃ誰があんな怖い人と……。」

18 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:32:19 ID:UDG1TXqk0
怖い人、といったところで、今朝の彼の慌てぶりを思い出す。

          ( illФωФ)「あわわわわわわわ。」

          ( illФωФ)「フ、フハハ!女、我と契るとはその勇気褒めてやろう!」

          ( illФωФ)「う、うむ、そうか?その、あれだ。気をつけて行くんだぞ!」

青ざめる顔、裏返る声。
傍から見ると非常に滑稽な、初対面の時に感じた恐怖など消し飛んでしまうような様子だった。

川*д川「ふふっ。」

(´・ω・`)「どうしたの貞子ちゃん。急にニヤニヤして。」

川*д川「確かにあの人、マスターが言ってた通り悪い人じゃないのかもしれません。」

口を歪めて、にへらと笑う私。大きな手が、その肩を掴む。
ショボンさんは私の背後に視線を移し、「いらっしゃい」と声をかけた。
デジャヴ。

( ФωФ)「史上最強の魔術師を捕まえてそう言ってのけるとは、やはり貴様は見どころがある。」

川; д川「ひっ……!」

( ФωФ)「まあよい、こうして会うのも縁というものなのだろう。」

( ФωФ)「店主よ、我とこの女にニホンシュを持って参れ!」

(´・ω・`)「マスター。」

( ФωФ)「マスター。」

19 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:34:56 ID:UDG1TXqk0
(´・ω・`)「ごゆっくり。」コトン

( ФωФ)「ご苦労。」

ショボンさんが持ってきた日本酒をあおって、大男はふうと溜息をついた
眉間に皺を寄せて難しそうな表情をしているが、その口角が僅かに緩んでいることを私は見逃さない。

( ФωФ)「やはりうまいな、これは。」

川д川「……山村貞子っていいます。」

( ФωФ)「酒が?」

川д川「私の名前です。」

( ФωФ)「そうか。」

川д川「あの、あなたは?」

( ФωФ)「……さて、なんと言ったか。」

( ФωФ)「なにしろ自分以外の人間と出会うのは1000年振りでな、呼ぶ者の無い名前など忘れてしまったわ。」

川д川「1000年ぶりって、まだそんなこと言ってるんですか。」

( ФωФ)「何?貴様まさか、魔術師を知らぬのか?」

川д川「信じてないだけです。」

20 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:36:40 ID:UDG1TXqk0
( ФωФ)「ふむ……我の眠っていた1000年の間に魔術の体系は失われてしまったのか。」

( ФωФ)「それとも、我の生まれた時代と同様に庶民には知らされることのない……。」

川д川「なにブツブツ言ってるんですか。」

( ФωФ)「よかろう、このニホンシュをよく見ておれ。証拠を見せてやろう。」

彼はそう言うと、日本酒の入ったお猪口を左手に持ち替えて、右手を自身の胸に当てた。

( #ФωФ)「……!!」ズブズブ

川; д川「えっ……あっ!右手が!?」

( #ФωФ)「……気が散る、黙っていろ。」ズブズブ

彼の右手が、体内に沈み込む。
衣服も、皮も肉も骨も通り抜けて、底なしの沼に飲み込まれるように、
彼の右手の肘から先は、その胸の中に入り込んでしまった。

( #ФωФ)「フンッ!」ズボッ

勢い良く引き抜かれた右手。衣服にも、彼の体にも傷一つ付いていない。
そして、その掌には、赤く輝く半透明の液体が握られていた。

川; д川「そ、その赤いのは何ですか?血ではないみたいですけど。」

( #ФωФ)「ほう、これが見えるか。やはり貴様は――――」

( #ФωФ)「――――素質がある!!」

彼はそう言って、左手に持った日本酒に赤い液体を一滴垂らした。

21 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:39:00 ID:UDG1TXqk0
赤い液体が日本酒に溶け込んだ次の瞬間、小さな渦が無数に発生し、液面から僅かな飛沫が上がる。

( #ФωФ)「貴様の見ているこの液体は凝縮された魔力のエキス!」

( #ФωФ)「個体差はあれど、全ての人間がその身に宿す魔導の源泉である!」

( #ФωФ)「この魔力を知覚し、意のままに操る存在こそが魔術師、つまり我だ!」

( #ФωФ)「どうだ、これを見てもなお魔術師を信じぬと言えるのか!」

渦が収まったかと思うと、日本酒は激しく沸騰し、もうもうとした水蒸気が立ち昇る。
水分が消え去ったお猪口を彼がひっくり返すと、木製のカウンターの上に指先ほどの大きさの金属が落ちてきて鈍い音を立てた。

川; д川「こ、これってもしかして……?」

( ФωФ)「金だ。酒代としては十分だろう。」

( ФωФ)「少しは信じる気になったか?」

川; д川「は、はい。」

22 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:41:56 ID:UDG1TXqk0
( ФωФ)「さて、多少話がずれたがそういうわけだ。」

( ФωФ)「圧倒的な力を持つ魔術師であった我は1000年間の長きに渡り封印され、その間に自身の名前すらも忘れてしまった。」

( ФωФ)「光栄に思うが良い。我が自身の正体を話したのは、1030年の人生の中で貴様が2人目だ。」

川; д川「でも、なんで私にそんな話を?」

( ФωФ)「何度も言うが……貴様には見どころがある。魔術師としての素質がな。」

川; д川「素質?」

( ФωФ)「魔術師の素質とはつまり、その身に宿す魔力の大きさ。」

( ФωФ)「そして魔力とは、人間の魂の隙間に入り込むものだ。」

川; д川「魂の隙間……ですか?」

( ФωФ)「生まれたばかりの人間の魂とは一塊の金剛石から削り出された真球のようなもの。そこには一筋の瑕疵もない。」

( ФωФ)「しかし、真球であるはずの魂はその後の人生の苦難に直面した際に、疲弊し、消耗し、削られ、抉られる。」

( ФωФ)「そうして出来た傷跡を埋めるようにして溜め込まれるのが魔力。虐げられし弱者が世界を穿つ力なのだ。」

( ФωФ)「どうだ、理解したか?」

川д川「はあ……。」

23 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:44:29 ID:UDG1TXqk0
彼の話を聞いて、体中の熱が冷めていくのを感じた。
彼の言葉を信じるのであれば、「虐げられし弱者」が持つ力を私はたくさん持っている。つまり私は「虐げられし弱者」なのだ。
しかし、今更そんなことを言われてもショックを受けない程度には、私にはその実感があった。
私の心が落ち込んだのは、そんなことが理由ではないのだ。

( ;ФωФ)∂「それと……まあ……。」ポリポリ

気まずそうに頬を掻きながら、彼は言葉を続ける。

川д川「それとって、まだ何かあるんですか?」

( ;ФωФ)∂「昨日は、楽しかったぞ。その礼だ……。」

川д川「……。」

川*д川「……っ!?」

川*д川「なっ!何を言ってるんですか、こんな所で!?」

( ;ФωФ)「え……あ、違うぞ!勘違いするな!昨日のこの店でのあれこれがだな!」

川*д川「どうだか!セクハラですよその発言!」

( ;ФωФ)「セクハラ!?何だそれは!とにかく我が言いたいのはだな……!」

(´・ω・`)「お二人共、他のお客さんに見られてますよ?」

( ;ФωФ)「む?……あっ!?」

川; д川「ご、ごめんなさい……。」

(´・ω・`)「仲が良いのも程々にね。」

24 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:49:40 ID:UDG1TXqk0

(´・ω・`)「――――じゃあ、そろそろ閉店だから。」

( *ФωФ)「うむ、今日も馳走になったな主人!」

(´・ω・`)「マスターね。できれば次からは金塊で支払うのはやめて欲しいんだけど。」

( *ФωФ)「む、そうか。善処しよう。」

川*д川「ごちそうさまでしたぁ〜。」

(´・ω・`)「はいはい、気をつけて帰ってね。」

タクシーに乗り込み、行き先を告げる。
目的地は、昨夜彼を送ったビジネスホテル。

川д川「そもそもあなたは、何が目的でこの国に来たんですか?」

( ФωФ)「ん、ああ。そうだな、一冊の本を探しているのだ。」

川д川「本?」

25 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:50:46 ID:UDG1TXqk0
( ФωФ)「うむ。1000年前にその本を巡る争いに敗れ、我は聖教会の手により封印された。」

( ФωФ)「その本、『ネクロノミコン』は今、この国のどこかに眠っている。」

( ФωФ)「本が持つ魔力を辿って凡その位置は突き止めたが、ある時を境にその魔力が全く感知できなくなってしまったのだ。」

川д川「凡その位置ってもしかして……。」

( ФωФ)「うむ、この周辺だ。」

川д川「だからこの辺りに宿をとって探しているんですか?」

( ФωФ)「そういうことだな。」

1000年。気の遠くなるような長い時間を一人で過ごし、それでも尚その書物を手にしようと願う。
そこまでして彼が『ネクロノミコン』を欲する目的は何なのだろう。
きっとそのヒントは、私と彼を繋ぐ切掛になった言葉の中に隠されている。

川д川「世界を終わらせたいんですか?」

( ФωФ)「……我には強大な敵がいる。我が生きた1000年前の時代は、奴等こそが世界であった。」

( ФωФ)「『ネクロノミコン』が手に入れば、奴等を滅ぼすことが出来る。だから私は『ネクロノミコン』を求める。」

( ФωФ)「ただ、それだけのことだ。」

川д川「……よくわからないですけど、私にできることがあれば、力になります。」

川д川「あなたが悪い人じゃないのは知っているので、その敵はきっと、悪い人なんだと思います。」

26 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:54:43 ID:UDG1TXqk0
( ФωФ)「簡単に人を信用するな。寝首を掻かれるぞ。」

( ФωФ)「我は1000年前、最も信頼していた友人に裏切られ敗北したのだ。」

川д川「裏切るつもりの人がわざわざ『寝首を掻かれる』なんて言わないでしょう。」

川д川「決めちゃったんです。駄目って言ったって手伝いますから。」

( ФωФ)「……勝手にしろ。それと……。」

( ФωФ)「こいつを持っておけ。」

川д川「なんですか、これ?」

彼から手渡されたのは、手の平ほどの大きさの一枚の紙切れだった。
紙の両面には赤い染料で見たことのない奇妙な模様が描かれていて、古びた紙の質感も相まって、酷く不気味に感じられた。

( ФωФ)「使う時が来たら分かる。そのように作ってある。」

( ФωФ)「丁重に扱え。爆発しないようにな。」

川; д川「爆発するんですか!?」

( ФωФ)「それも、使う時が来たらわかる。」

27 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:58:59 ID:UDG1TXqk0
それから一週間、私は『ネクロノミコン』に関する情報を探していた。
その書物が私の住む街の周辺にある事はわかっていたので、地域の博物館での調査や、図書館での捜索に数日を費やした。

川д川「うーん、どこを探しても見つからないなー。」

職場の昼休み、17日連続となる電話当番をこなしながら、私はそう呟いた。
インターネット上にも、『ネクロノミコン』に関する情報はない。
いや、正確に言うと、『ネクロノミコン』という書物は私が思っていた以上に知名度のある代物だったらしい。
私の求める情報は架空の創作話や多くの伝説に埋もれて、私達の目の届かないところに隠れてしまっているようだった。

( ・∀・)「貞子さん、何か悩み事?」

川д川「あ、いえ。休憩時間を使ってプライベートな探しものを。」

モララー係長はあれから毎日のように、不満はないか、悩みはないかと尋ねてくる。
他の女子社員からの視線が日に日に厳しくなって、私は居心地の悪さを感じていた。

( ・∀・)「プライベートな相談でも全然オッケーだよ。女子社員同士の確執とかよりは対応しやすいからね。」

川д川(あなたが私に構うせいで確執が生まれようとしています……。)

( ・∀・)「ん、どうかした?」

川д川「いえ、なんでも。……そうですね、実のところ、一冊の本を探していまして。」

川д川「すごく古い本らしいんですけど、図書館にも博物館にも無かったんです。」

川д川「『ネクロノミコン』って言うらしいんですけど、知ってますか?」

28 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:03:22 ID:UDG1TXqk0
( ・∀・)「『ネクロノミコン』ねえ。」

その言葉を口にした途端、彼の瞳が熱を帯びたように赤みを増した気がした。
はっとして視線を逸し、再び彼の目を見る。いつも通り、日本人離れした藍色の瞳が蛍光灯の明かりを反射している。

( ・∀・)「それは、どういう類の書物なのかな?」

川д川「私が聞いた話では、魔法とか、魔術とかが書いてある本らしいです。」

( ・∀・)「ふうん。すごく古い、名前を聞く限り海外の、魔法や魔術が書いてある本。」

( ・∀・)「図書館や博物館に無いとなると、一つだけ、思い当たる場所があるね。」

川; д川「えっ!?」

( ・∀・)「中世の宗教裁判や魔女狩りという言葉を知っているかい?」

川д川「え、ええ。それくらいは。」

( ・∀・)「あの時代、国が定めた一つの宗教以外の教えは邪教とされ、それらを信仰する人々は酷い弾圧を受けていた。」

( ・∀・)「邪教の教えを記した書物は押収され、その殆どは焚書……つまり、焼き捨てられていたんだ。」

( ・∀・)「ただ、極々一部の価値があると見なされた書物に関しては焚書を逃れ、教会の奥の倉庫に保管されたという。」

川; д川「それって、もしかして……。」

29 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:06:45 ID:UDG1TXqk0
『ネクロノミコン』という本がどうやって、1000年の時をかけて日本にまで渡ってきたのか。
なぜ、それだけ古い書物が図書館にも博物館にも置かれていなかったのか。
私は答えを求め、キーボードを叩いた。

川; д川「聖教会"日本支部"……1872年建立。その場所は――――」

川; д川「――――灰鳴市。私の街!」

川*д川「あ……ありがとうございます!すいません、私今日は……!」

( ・∀・)「そうだね、体調悪そうだから帰った方が良いかも。」

川*д川「本当にありがとうございます!このお礼は、また今度!」

調べた情報を手早く印刷し、オフィスを後にする。
最後にもう一度黙礼をすると、係長は「いいから、いいから」と言って笑顔で手を振っていた。

( ・∀・)「ふう……。」

30 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:07:12 ID:UDG1TXqk0
ガチャッ

( ;^Д^)「今廊下で口とお腹抑えて嘔吐きながらダッシュする貞子さんに挨拶されたけど、妊娠でもしてるのかな。」

( ・∀・)「わかんないですけど、早退するって言ってましたよ。体調悪いみたいですね。」

( ^Д^)「そうだろうね。」

( ・∀・)「あとすいません。僕も今日は急用入っちゃって、早退してもいいですか?」

( ;^Д^)「君も〜!?まあ、今日は忙しくないから構わないけどさあ。大事な用事なの?」

( ・∀・)「はい、うちの家系に縁がある人と会わなきゃいけないので。」

( ^Д^)「家系に縁ときたか、そんなに馴染み深い相手なのかい?」

( ・∀・)「ええ、僕も直接会ったことは有りませんが、祖父から聞いた話だと――――」





( ・∀・)「――――うちの家系とは、1000年以上前からの付き合いらしいです。」

31 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:08:45 ID:UDG1TXqk0
私は急いで自宅に戻り、彼の居場所を探した。

時刻は午後の1時半。
もしかしたらと思いショボンさんのお店を訪ねると、そこには予想通り遅めの昼食をとっている彼の姿があった。

( #ФωФ)「なんと、我が封印されている間に聖教会の手はこの国にまで及んでいたのか!」

( #ФωФ)「しかし、それであれば合点がいくぞ。『ネクロノミコン』の魔力が突然途絶えた理由がな。」

( #ФωФ)「奴等は我の復活を察知し、慌てて封印魔術を発動したのだ!」

( #ФωФ)「決戦だ!最強の魔術師と恐れられた我の力を見せてやろう!」

私が調べた内容を伝えると、彼は突然立ち上がり、ここが店の中だというのも忘れてしまった様子で叫んだ。

(;´・ω・`)「お客さん、もう少しお静かに。」

( ФωФ)「む、失礼。……そうと決まれば準備を相応の準備をしなくてはな!貞子、地図はあるか!?」

川; д川「いえ、ここには。私の部屋に戻ればありますけど。」

( ФωФ)「そうか、それでは貴様の部屋に案内するがよい。」

川; д川「あ、はい。ついて来てください。歩いて5分のところです。」

32 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:09:16 ID:UDG1TXqk0
部屋に入ると、彼は室内を一瞥して「何も無い部屋だな」と呟いた。
確かに私には趣味と呼べるものはなく、かといって容姿に気を使っているわけでもない。
ただ居て、寝て、起きるだけの部屋だ。

( ФωФ)「いや、何も無いというのは間違いだな。」

川д川「え?」

( ФωФ)「机の上に散らばった書類。これは『ネクロノミコン』に関する調査の跡だろう。」

( ФωФ)「我のために手間をかけたな。礼を言うぞ。」

川*д川「なっ!?突然改まっちゃって、びっくりするじゃないですか!」

川д川「……やめてくださいよ、別れの挨拶みたいな言い方は。」

この部屋を出て聖教会の建物まで、ゆっくり歩いても1時間。
ほんのそれだけの時間を挟んで、彼は、彼の言っていた「強大な敵」と戦うことになるのだろう。
前回の戦いで負けた時は、1000年間の封印。今度は、その程度では済まないかもしれない。

( ФωФ)「安心しろ、再び日が昇る頃には必ず戻る。」

( ФωФ)「貴様は明日、いつも通り会社とやらに行って、あの垂れ眉の店で待っていればいい。」

( ФωФ)「今日、店主からウメシュという酒の話を聞いてな。大層美味いらしいから、次はそれを頼んでみようと思っている。」

川д川「……絶対ですよ?」

( ФωФ)「うむ。」

33 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:10:44 ID:UDG1TXqk0
彼に地図と数枚の紙幣を手渡して、部屋から送り出す。

川д川「これが地図です。この部屋はここ、聖教会の施設はここです。」

( ФωФ)「なるほど。」

川д川「タクシーを使うと速いです。タクシーは金塊じゃ乗れないので、このお札を出してください。」

( ФωФ)「わかった。」

川д川「道に迷った時は、交番ってところにいけば教えてもらえます。五角形に星のマークが目印です。」

( ФωФ)「うむ。」

川д川「携帯電話を貸します。怪我をして動けなくなった時は1・1・9って押せば助けに来てくれますから。」

( ФωФ)「便利なものだな。」

川д川「それから……。」

( ФωФ)「貞子よ。」

川д川「……はい。」

( ФωФ)「行ってくる。」

川д川「……。」

川;д;川「お気をつけて。」

( ФωФ)「うむ。」

薄暗い部屋から光差す外の世界へ。
彼の背中が、霞んで見えた。

34 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:12:47 ID:UDG1TXqk0
彼が部屋を出て数分。私は止まらぬ涙を拭い続ける。
出会って10日にも満たない関係の中で、私は疑いようもなく、彼に心惹かれていた。
慕情にも、愛情にも、友情にもなり得る感情の幼生体が、私の中で日に日に大きくなっていくのを感じていた。

何故送り出してしまったのか。必死で引き止めていれば、彼はいつまでもここにいてくれたのではないかか。
そんな後悔の念が、胸を締め付ける。

その時、玄関のドアが3回、強い力で叩かれた。

川; д川「えっ!?」

平日の昼過ぎに私の家の扉を叩く人間。私の交友関係には、そんな人間は存在しない。
新聞の勧誘やセールスであれば、インターホンを鳴らすだろう。
わざわざ扉を叩くのは、インターホンというものを知らない人間ではないか。

そう思い至った私は玄関へと駆け出した。
チェーンを外し、ロックを解除して、ドアを開く。

川*д川「おかえりなさい!戻ってきてくれたん――――」

( ・∀・)「……。」

川д川「――――です……か……。」

赤く燃えるような瞳と、一切の感情を感じさせない表情。
強い力で腕を掴まれた私は、そのまま部屋の外へと引き摺り出された。

35 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:13:33 ID:UDG1TXqk0
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                             .

36 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:13:57 ID:UDG1TXqk0
聖教会日本支部。禁断の魔導書『ネクロノミコン』が眠る場所。

( ;゚∀゚ )「撃て、撃つんだ!」

( ;"ゞ)「じ、銃弾が効いていない!何だこの化物は!?」

( #ФωФ)「退けい!」

魔力を伴った腕の一振りで強風を巻き起こし、相手を壁面に叩き付ける。
全身の骨を砕かれた男たちは呻き声を上げ、もう向かってくることはないようだ。

( #ФωФ)「魔術の心得も無く戦場に立つか、愚か者め!」

( #ФωФ)「この施設に『ネクロノミコン』が有ったことに感謝しろ!」

( #ФωФ)「そうでなければこんな建物など、ものの5秒でまとめて消し飛ばしてしまうところだ!」

37 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:14:20 ID:UDG1TXqk0
武器を持った集団の長と思われる男に歩み寄り、胸倉を掴んで持ち上げる。
男の口からは情けない悲鳴が漏れ、我の言葉が耳に入るかも疑わしい様子だ。

( #ФωФ)「いいか、一度しか聞かない。一度聞いて答えなければ、お前を殺して次の人間に聞くだけだ!」

( ;゚∀゚ )「は、はいいいい!」

( #ФωФ)「『ネクロノミコン』はどこにある!この建物のどこかに厳重に保管されているはずだ!」

( ;゚∀゚ )「ネ、『ネクロノミコン』なんて名前は聞いたことも無いが、有るとしたら最上階の司祭様の部屋だ!」

( ;゚∀゚ )「あの部屋には外に出しちゃマズい異教の遺産が集められていると聞いたことがある。」

( #ФωФ)「……そうか、ご苦労。そこで寝ているがいい!」

男を瓦礫の上に放り投げ、魔力を込めた拳を振り上げる。
拳の先から放たれた魔力が天井を貫き、最上階へと続く縦穴が出来上がった。

( ФωФ)「貴様らの武器、銃といったか。ついでにこれも貰っていこう。」

( #ФωФ)「フンッ!」

両足から魔力を噴出し、最上階まで一直線に飛び上がる。
待っていろ『ネクロノミコン』。今度こそ、お前を手に入れてやろう。

38 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:16:16 ID:UDG1TXqk0
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                             .

39 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:19:23 ID:UDG1TXqk0
最上階の司祭室は、明かり一つ無い暗闇だった。
部屋自体が一つの結界となっているのだろうか、明かりを灯けようと魔術により生み出した火球は瞬く間に掻き消され、
ほんの数秒でまたもとの暗闇の世界に戻ってしまう。

( ФωФ)「結界を解け。この銃とやらで闇雲に撃って回らなければいけなくなる。」

次の瞬間、室内を支配していた暗闇は霧散し、目の前には不快な笑みを湛えた老人の姿があった。

/ ,' 3「神の愛を知らぬ若造が、無茶をしおる。」

/ ,' 3「この部屋にある物は全て主が我らのために遣わされた聖遺物。貴様の命が幾つあっても償うことはできぬ。」

( ФωФ)「100にも満たぬ餓鬼が抜かしおる。この部屋にあるものは皆、貴様らが異教徒から奪い取った異教の神器だ。」

/ ,' 3「この世には聖教以外の教えは存在せぬよ。後は欲に溺れた人間が作った詭弁の寄せ集めだ。」

/ ,' 3「そんなものを信仰する愚か者が後を絶たぬから、我等も無益な争いをせねばならぬのだ。」

( #ФωФ)「ふざけるな!あの時も貴様らはそう言って――――」

/ ,' 3「『家族を、故郷の民の命を奪ったのだ』かな?」

( #ФωФ)「――――ッ!?」

/ ,' 3「我等は1000年の長きに渡り、貴様を監視し続けてきた。」

/ ,' 3「貴様の過去も、未来も、手に取るように分かるのだよ。」

/ ,' 3「そういえば貴様は封印されている間に自身の名前すらも忘れてしまったらしいな。」

/ ,' 3「教えてやろう、愚かな男よ。貴様の名はロマネスク。聖教の歴史に残る、神への反逆者だ。」

40 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:20:44 ID:UDG1TXqk0
/ ,' 3「貴様が封印された1000年前、そこから更に遡ること5年。」

/ ,' 3「貴様の故郷である村は、邪教の教えを信仰していたがために我等の使徒によって粛清された。」

/ ,' 3「偶然他所の村に働きに出ていた貴様とその友人だけが、粛清の手を逃れてしまったのだったな。」

( #ФωФ)「……もういい。」

/ ,' 3「貴様もあの時死んでいれば、余計な苦しみを負わずに済んだのだ。」

/ ,' 3「復讐のために苦行を積み、魔導を極め、そして友の裏切りにより封印されることもなかったのだ。」

/ ,' 3「哀れな男よ。今度こそ長い苦しみから、貴様を救ってやろう。」

( #ФωФ)「もういいと言っている!」

右腕を胸に突き刺し、自身の魂に触れる。
かつて無い怒りに、我が魂は熱く滾り、この世の汎ゆるものを焼き尽くさんとしている。
ありったけの魔力を抽出し、腕を引き抜く。
赤く輝く粘性の液体が肘から先のすべてを覆い、滴り落ちる。

/ ,' 3「山村貞子。」

( #ФωФ)「なっ!?」

41 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:22:07 ID:UDG1TXqk0
( ;ФωФ)「貴様、今なんと言った!?」

/ ,' 3「山村貞子と言ったのだ。」

( ;ФωФ)「なぜその名を!」

/ ,' 3「考えなかったのか?この街は我等、聖教会日本支部の本拠地。」

/ ,' 3「この一帯に暮らす者の中には聖教会の信徒も多い。」

/ ,' 3「その女が貴様と親しい間柄であることは、こちらには筒抜けだったのだよ。」

/ ,' 3「貴様がこちらに向かって来るのと入れ違いに、信徒の一人が山村貞子を捕らえに向かった。」

/ ,' 3「安心しろ、簡単に殺しはせん。貴様が黙って死んでくれるというのなら、今すぐにでも女を開放してやろう。」

( #ФωФ)「外道が……曲がりなりにも正義を唱える者のやり方か!」

/ ,' 3「神を信じぬものは家畜も同じ。家畜を屠るのに正義も悪も無い。」

( #ФωФ)「き……貴様ああああああああああ!」

42 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:22:49 ID:UDG1TXqk0
コンコン

「山村貞子を連れて来ました。」

/ ,' 3「おお、丁度いいな。入れ。」

少しの間をあけて、司祭室の扉が開く。
扉の向こうから現れたのは、赤い瞳の若い男と、両腕を拘束された山村貞子だった。

川; д川「ロマネスクさん!」

( ・∀・)「黙っていろ。」

/ ,' 3「さあ選べ、ロマネスクよ。貴様が死ぬか、この女が死ぬか。」

司祭の手には、黒光りする小型の金属が握られている。
あれもきっと、下階の男たちが持っていた銃の一種なのだろう。
最早、選択の余地など残されていなかった。

( ФωФ)「殺せ。抵抗はしない。」

川; д川「そんな……ロマネスクさん!」

/ ,' 3「ふむ、話が速くて助かる。」

43 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:23:38 ID:UDG1TXqk0
司祭は銃を握り直し、銃口をこちらに向けて構える。

/ ,' 3「変な動きを見せたら、迷わずそこの女を殺せ。」

( ・∀・)「はい。」

/ ,' 3「……ふふ、最後に一つ、いいものを見せてやろう。」

司祭はそう言うと、古びた一冊の本を懐から取り出した。
外装は摩耗し、そこに書かれている文字を読み取ることは出来ない。
しかし、それゆえに、その本の正体が何であるか、直感的に理解した。

/ ,' 3「『ネクロノミコン』だ。貴様が欲しがっていたものだ。」

/ ,' 3「たしかにこの書物はこの場所にあった。そして我々には、貴様を止めるだけの戦力は無かった。」

/ ,' 3「運良く、運良く貴様が山村貞子という急所を生み出してくれたおかげで、我々はこうして貴様を殺すことが出来る。」

/ ,' 3「これも神の意思。信仰の力だ。」

司祭が引き金に指をかける。一瞬後には、銃口から飛び出す鉛の塊がこの体を貫くのだろう。
なぜ、どこで間違えた。司祭の言葉通り、山村貞子との出会いが間違いだったとでも言うのだろうか。
いや、違う。そんなはずはない。そんなことはあってはならない。

なぜ。なぜだ――――――――



川; д川「ロマネスクさん!」



――――――――なぜ貴様が、我が名を知っている!

44 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:27:36 ID:UDG1TXqk0
火薬の弾ける音。煙を上げる銃口。全ての物が凍りついたように止まって見える。
右腕を覆う魔力の凝縮体が、唸りを上げて飛来する銃弾を粉々に切り刻む。

視界の端、山村貞子に目を向けると、赤い瞳の男は貞子の拘束を開放し、魔力の衝撃から守るようにその身を貞子の盾にしている
そうか、貴様はやはり我が――――

/ 。゚ 3「き、貴様!抵抗する気か!」

/ 。゚ 3「おい、そこの!女の足を撃て!こちらが本気だということを教えてやれ!」

( #・∀・)「お断りだ!お前はおれと一緒に死ぬんだよ!」

赤い瞳の男は司祭が手に持つ銃をはたき落とし、背後から司祭の体を羽交い締めにした

( #・∀・)「ロマネスクさん!今だ!」

/ 。゚ 3「き、貴様!どういうことだ、裏切ったか!?」

( #ФωФ)「礼を言うぞ我が友よ!そして司祭よ、卑劣で醜い悪魔よ……。」

( #ФωФ)「地獄に!落ちろおおおおおおおおおおおおお!!」

/ 。゚ 3「や、やめろおおおおおおおおおおおおおお!」

45 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:29:19 ID:UDG1TXqk0
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                             .

46 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:30:07 ID:UDG1TXqk0
胸に大きな風穴を空けて、司祭は苦悶の表情で息絶えている。
その横に倒れているのは、赤い瞳をした若い男の肉体。

( ФωФ)「此奴の名前は?」

川;д;川「モ……モララーさんです。」

( ФωФ)「そうか。」

川;д;川「モララーさんから、全部聞きました。モララーさんの祖先が1000年前、ロマネスクさんを裏切ったって。」

川;д;川「その償いをする時が、来たんだって。」

( ФωФ)「我が友は、魔導の力を使用する際に瞳が赤く燃える体質であった。」

( ФωФ)「情に厚い、無二の親友であった。」

( ФωФ)「1000年前、先ほどの我と同様に、友は愛する者を人質に取られた。」

( ФωФ)「我を裏切るか、愛するものを取るか。」

( ФωФ)「我は全てを知っていた。友になら、殺されてもよいと思っていた。」

( ФωФ)「1000年経った今も、奴を恨む気持ちは無い。」

( ФωФ)「……聞いておるか、モララー?」

( ;-∀-)「はい。」

川; д川「ええっ!?」

47 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:30:41 ID:UDG1TXqk0
我が友は、魔導の力を使用する際に瞳が赤く燃える体質であった。
つまり、瞳が赤く燃えている限り、魔導の力も、その源泉である魔力も、魂も生き続けているのだ。

( ФωФ)「なるほど、便利な魔術だな。魔力で心臓の代わりをやっているわけか。」

( ФωФ)「我が生きる1000年前には無かった技術だ。」

( ;-∀-)「1000年あれば魔術も進歩するってことです。」

( ;-∀-)「……でもこのままは少しキツいんで、治癒的なのをやってくれると嬉しいですね。」

( ФωФ)「ふむ、困ったな。我は先ほどの一撃で魔力の大半を使い果たしてしまったぞ。」

( ;-∀-)「そ、そんなあ……。」

( ФωФ)「……!おお、そうだ。貞子よ、例のアレは持っているか?」

川; д川「れ、例のアレって何ですか?」

( ФωФ)「貴様に渡しただろう、結合の紋章が描かれた護符だ。」

川; д川「護符?……ああ!これのことですね!どうぞ!」

48 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:32:09 ID:UDG1TXqk0
貞子から受け取った護符を腕に貼り付け、少量の魔力を通わせる。
魔力に反応した護符は一瞬のうちに腕の中に溶け込んで、腕には結合の紋章の刺青が浮かび上がる。

( ФωФ)「これをこうして……貞子、こちらに体を向けろ。」

川; д川「は、はい!」

紋章の浮かび上がった腕を、貞子の胸に突き刺す。

( #ФωФ)「フンヌ!」ズボッ

川; д川「ひ、ひいいいいいいいいい!?」

( ;・∀・)「う、うわあああああああああああああああ!?」

( ФωФ)「安心しろ、体に害はない。」

( ФωФ)「この護符の効用は、一度限り、他者の魂から魔力を抽出することが出来るというものだ。」

( ФωФ)「貞子の持つ膨大な魔力が、いつか役に立つかもしれないと思って持たせておいたのだ。」

右腕から貞子の魔力を供給しながら、左手でモララーへの治療魔術を進行する。
モララーの傷は見る見るうちに塞がり、ものの数秒で跡形も無く消え去ってしまった。

( ФωФ)「ふん、さすがの魔力よ。よもやこれ程とはな」

( ;・∀・)「うわっ、すっげ!魔術すっげ!」

49 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:33:31 ID:UDG1TXqk0
自分の胸を確認するように何度も撫ぜたモララーは、
人心地ついた所でニヤニヤという笑みを浮かべ、面白そうにこちらを見た。

( ・∀・)「ありがとうございます。本当に助かりました。」

( ФωФ)「貴様の働きへの礼と友との友情の証だ。気にすることはない。」

( ・∀・)「ところで、さっき気になることを聞いちゃったんですけど。」

( ФωФ)「どうした?」

( ・∀・)「僕の祖先がロマネスクさんを裏切った時、人質を取られていたって。」

( ФωФ)「ああ、その通りだ。だから貴様が祖先のことを恥と思う必要は……。」

( ・∀・)「いや、そこじゃなくて。」

( ФωФ)「うむ?」

( ・∀・)「僕の祖先が、『我と同様に』愛する者を人質に取られたって。」

川д川「……」

川*д川「……あっ!?」

( ;ФωФ)「あっ……!?」

( ・∀・)「さっき人質に取られてたのって誰でしたっけ?」ニヤニヤ

( ;ФωФ)「いや、アレは言葉の綾というかだな……。」

( ・∀・)「どうだか。だって一時は自分の命と引き換えに助けようとしたくらいですからね。」

( ;ФωФ)「違う、違うのだ!あれはだな……!」

50 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:35:33 ID:UDG1TXqk0
( ;ФωФ)「……!そ、そうだ、『ネクロノミコン』!」

司祭の死体に目を向けると、その右手には、今もしっかりと『ネクロノミコン』が握られている。
強引にその手を引き剥がして、奪い取った書物を懐に仕舞い込む。

( ・∀・)「話を逸らしても駄目ですよ!ほら、答えてください!」

川*д川「あの……私も聞きたいです……。」

( ;ФωФ)「フフ、フハハ、教えてやろう!その答えは……こうだ!」

不愉快な笑みを浮かべている二人の隙を突いて、貞子から奪い取った魔力を上方に射出する。
衝撃波は天井を突き破り、その向こう側には少し赤みがかった空が見えた。

( ;・∀・)「あ……まさか!ズルいですよそれは!」

残る全ての魔力を足に集約し、天井の風穴めがけて飛び上がる。
我を追うことが出来るものは、誰もいない。
最強の魔術師は、逃亡にかけても最強なのだ。

( ;ФωФ)「いいか、貞子よ!我はこれより『ネクロノミコン』の解読に取り掛かる!」

( ;ФωФ)「問いかけへの返事はそれが終わるまで待っておれ!」

( ;ФωФ)「終わったらこちらから連絡する!あの垂れ眉の酒場で待っておれ!」

( ;ФωФ)「今度は共に、ウメシュとやらを飲み交わそうぞ!」

( ;ФωФ)「こ、今度と言ったが、一度きりではないぞ。次も、その次も、ずっとだ!」

( ;ФωФ)「フハハハハハハハ!さらばだ貴様ら!」

51 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:35:56 ID:UDG1TXqk0
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52 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:36:39 ID:UDG1TXqk0
飛行機雲を残して飛び去るロマネスクさんを、私達はただ眺めていることしか出来なかった。
空を見上げたまま動かない私の袖を引き、モララーさんは「帰ろうか」と呟いた。

( ・∀・)「それにしても、行っちゃったね。」

川д川「そうですね。」

( ・∀・)「あれじゃあ答え言ってるのと同じだって、気付かないのかな?」

川*д川「……そうですね。」

どこからか、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
目的地はもちろんこの施設なのだろう。あれだけのことをしたのだ、騒ぎになって当然だ。

( ・∀・)「安心して。姿を消す魔術があるから安全に帰れるよ。」

川*д川「ありがとうございます。」

( ・∀・)「……ふふ、彼の帰りがいつになるのか、楽しみだね。」

川*д川「……」

川*ー川「ええ、とっても!」

53 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:38:01 ID:UDG1TXqk0
休日を一人で過ごすことに抵抗が無くなったのは、何歳の時だっただろうか。
自分の本心を伝えることに恐怖を覚えるようになったのは、何歳の時だっただろうか。

人間の魂は元々真球で、生きているうちに少しずつ形を変えると彼は言っていた。
私の魂は、私の人生の中で、擦り切れて、傷ついて、随分と歪な形になってしまったように思える。

それでも、そんな私を認めてくれる人が居たことに、愛してくれる人が居たことに……
それだけで私の人生は、価値があったのだと信じられる。

何ヶ月先か、何年先かわからない。
もしかしたら、1000年も先になってしまうかもしれない。
それでも私は待ち続けるだろう。

私という存在を必要としてくれたあの人を、いつまでも、いつまでも。

今年も、梅の季節がやって来る。

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