ζ(゚ー゚*ζ夢遊病と、朝焼けの話

1 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:34:00 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚;ζ「大丈夫ですか」

公園のベンチに座る男に、彼女は声を掛けた。
もの好きとしか思えない。こんな五月の夜中に、背もられの後ろで腕をだらんと広げ、
これまただらんと広げ、ほとんど曲げていない脚を地面に投げ出し、空を見上げている男、つまりは僕に声を掛けるなんて。

声の方に視線を向けると、僕を心配そうに見つめている、同年代ぐらいの少女が立っていた。
長袖の薄い生地のシャツの上に、パーカーを羽織り、動きやすそうなズボンを履いている彼女は、
これからコンビニにでも行こうというのだろうか。確かに、選ぶ店は正しい。時間帯を考えれば。
しかし、出歩くことは正しくない。時間帯を考えれば。もっと言えば僕に話しかけることは最悪だ。
そろそろ日付も変わるというのに。それともそんなに素行が良くない子なのだろうか。
背中ぐらいまで伸ばしている髪も黒くない。……それは偏見か。

( ・∀・)「酔っ払いに絡んでもいい事はないよ」

ζ(゚ー゚;ζ「一応聞くけど、未成年ですよね」

その通りだった。成人を迎えるには三年ほど待たなければいけない。

( ・∀・)「二十一歳だよ」

ζ(゚ー゚;ζ「凄い嘘っぽい年齢を言うんですね」

自分でもそう思う。

ζ(゚ー゚*ζ「……あの、B組の生徒の人ですよね、同学年の」

( ;・∀-)「ごめん、誰だっけ君」

同じ学校の生徒だったらしい。どこかで見たことがあったかな。

ζ(゚ー゚*ζ「それでいいんです」

( ;・∀・)「えっ」

ζ(゚ー゚*ζ「誰でもいいですよ。なんならあなたが名前を付けてくださっても」

( ;・∀・)「……君、お酒飲んでるでしょ」

もしくは三年遅れて来た病気だ。どちらかと言えばこの子の方が僕より危ないかもしれない。

2 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:34:36 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚*ζ「あなたが言うんですか」

( ・∀・)「僕は飲んでないよ、適当に追い払おうと思っただけ」

ζ(゚、゚*ζ「酔っ払いじゃないんですか、じゃあ」

彼女は少し考えるように、軽く曲げた人差し指の関節を顎に当てた後、にこりと笑った。

ζ(^ー^*ζ「いい事があるかもしれませんね」

( ;・∀・)「酔っ払いに絡まれてもいい事はないんだけどなぁ」

ζ(゚ー゚*ζ「私だって飲んでませんよ」

( ・∀・)「非行少女なのに?」

ζ(゚ー゚*ζ「非行少年のあなただって飲んでませんよ」

( ・∀・)「非行少年のつもりはないんだけど……」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、どうしてこんな時間に出歩いているんですか?」

( ・∀・)「出歩くというか、浮いてるんだよ、きっと」

ζ(゚、゚*ζ「むつかしいです」

( ・∀・)「分からなくていいよ」




ζ(゚ー゚*ζ「高い所は素晴らしいですね」

僕に背を向け、去ってゆくかに思えた彼女は、ベンチから見て左斜め前にある、
ジャングルジムの方へ足を進め、そのまま遊具を上って行った。
頂点まで達すると、彼女はあなたもどうですかと声を掛け、なにを言っているのだと思いながらも、
僕も腰を上げ、なんとなく従ってしまい、鉄の棒に足を掛けた。

ジャングルジムを上がってゆくのと同時に、年齢が下がってゆく気がしてしょうがなかった。
最終的には小学生ぐらいまで戻った気になってしまった所で、彼女と高度が並び、現在に至った。

ζ(゚ー゚*ζ「なにがいいって、見渡せることですよ。良く言われませんか? 広い視野を持ちましょうって」

小さな山の頂点で、隣に腰を掛ける彼女は言った。
必ずしも、というよりは大概は文字通りの意味ではないと思うんだけど。

3 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:35:26 ID:1ovp.fBw0
( ・∀・)「これぐらいじゃ、精々、公園全域ぐらいしか見渡せないけどね」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですね。だけど、童心がぎゅっと詰まった景色ですよ」

動物を模った遊具や、平坦ではない、誰かの痕跡が残る砂浜、
錆びかけたチェーンに支えられる板切れ、もう僕らではスムーズに下りられない滑り台。

それぞれ一つ一つに思いを馳せるように、彼女はゆったりと辺りを見渡した。

ζ(゚ー゚*ζ「子供の喜怒哀楽とか、親の温かい視線がここにはあったんです。これからもあり続けるんですけどね」

( ・∀・)「君はそれが微笑ましいと思うの?」

ζ(゚ー゚*ζ「少し、哀しくなりますね。妬いちゃいますよ。
お門違いもいいところですから、眺めている時はおくびにも出しませんけど」

( ・∀・)「眺めてるの?」

ζ(゚ー゚*ζ「通りかかった時は、ちょっと。……でも、一人でいる子には声をかけちゃったりするかもしれません。不審者ですね」

不審者。同じことをやっている人には、確かに不審者もいるだろう。

( ・∀・)「……世の中って不条理だよな」

行動にあっけに取られていたからあまり見ていなかったけど、
彼女の顔はお世辞抜きに整っていた。いい近所のお姉さんが関の山だ。

ζ(゚ー゚;ζ「そうですよねー、それだけで危ない人扱いされかねませんし」

( ・∀・)「違うよ、君は無罪ってこと」

ζ(゚、゚*ζ「むつかしいです」

( ・∀・)「分からなくていいよ」




( ・∀・)「この時間は空いてていいね」

深夜のファミレスの、丁度真ん中あたりに僕たちは座っていた。
他の客はそれなりに若い男二人組と、老けた女性が一人、中年男性も一人。
ある意味バランス良く年齢が揃っていたが、密度で言えばスッカスカだった。

ζ(゚ー゚;ζ「あの、私、手持ちがそんなにないんですけど」

僕の向かいに座る彼女は、居心地が悪そうでそわそわしている。

4 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:36:13 ID:1ovp.fBw0
( ・∀・)「じゃあ僕が払うよ」

ζ(゚ー゚;ζ「ご馳走してくれるんですか? どうして」

( ・∀・)「じゃあ僕を悪人だと思えばいい。ここで借りを作って人の良さそうな君に、付け込もうとしてるんだ」

これなら簡単な理由になるんだけどなぁ。下心。文字で言えば二つだけで済む。

ζ(゚ー゚;ζ「余計遠慮しますよ!」

( ・∀・)「冗談だよ。いいんだ、なんか、誰かと一緒に食べたい気分だから」

僕から見て左手側に挟まれている、大きなメニューを取り、広げ、眺め始めた。

( ・∀・)「これも援助交際っていうのかな」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫ですよ。払わなくたって、一緒に食べてあげますから」

彼女も同様にメニューを取り、眺め始めた。

ζ(゚ー゚;ζ「……一つのスープを分け合うぐらいになっちゃいますけど」

容姿はともかくとして、彼女の言動からには、素行が悪いとか、
そういう風に感じさせる要素が一切無かった。奇天烈な行動には走ってたけど。
だから、妙に関心を持ってしまって、結果的にはファミレスまで連れ込んでしまった。

……なんか僕の方が素行が悪そうなことをしているな。

5 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:37:38 ID:1ovp.fBw0
( ・∀・)「周りが見たらどう思うんだろうね」

ζ(゚ー゚*ζ「……熱々なカップル?」

( ・∀・)「ストローとか共有する訳でもないからね。……僕だったら、どうかな、温かそうだなって思うかも」

ζ(゚、゚*ζ「揶揄ですか?」

( ・∀・)「素直な羨望だよ。まあ、でも、若い男女がやってたら死ねって思うかも」

ζ(゚ー゚;ζ「物騒すぎますよ」

( ・∀・)「こんな風に思う奴は有り触れてるよ。だから普通にご馳走になって欲しいかな」

ζ(゚ー゚*ζ「……そうですね、ご馳走になります」




( ・∀・)「……普通にご馳走になってとは言ったけど」

ζ(゚ー゚*ζ「はい」

( ;・∀・)「懐に余裕があるとも言ったけど」

ζ(゚ー゚;ζ「はい」

( ;・∀・)「君の注文が終わるのが待ち遠しくてしょうがなかったんだけど」

ζ(゚ー゚;ζ「あの、出来れば後日お返ししますので……」

テーブルを埋める、彼女が頼んだ料理たちには威圧感すらあった。
スパゲッティ、ピザ、ドリア、蒸し貝、ステーキ、サラダ、ついでにジュース。
僕が頼んだハンバーグセットが怯えているようにすら思える。

( ;・∀・)「……いいよ、もう。……運動部かなにかなの、君?」

ζ(゚ー゚*ζ「違いますよ」

じろじろと彼女の体格を伺ってしまう。……どうみても細いんだけど。

ζ(゚ー゚;ζ「あの、あんまり見られると、食べづらいんですけど」

( ;・∀・)「ああ、ごめん」

さすがに、この視線の動かし方は良くない。
少し気まずくなりながら、僕は黙々と料理を消化し始めた。

6 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:38:25 ID:1ovp.fBw0
( ;・∀・)「なんで太らないんだか」

僕の頼んだ分の料理を、七割ほど胃に収めた辺りで、直球な質問が口をついてしまった。

ζ(゚ー゚;ζ「一応、早朝にランニングぐらいはしてるんですよ。……逆に言えばそれだけなんですけど」

( ・∀・)「早朝にランニングするのに今日は起きてるんだ」

ζ(゚ー゚;ζ「痛いところをつきますね」

彼女は目を泳がせて、ジュースのストローに口を付けた。

ζ(゚ー゚;ζ「まあ、ちょっと寝付きが悪かったぐらいで勘弁してもらえます?」

( ・∀・)「深くは詮索しないよ」

……というか、普通に寝つきが悪かったって言っておけば誤魔化せたのに。
バカ正直というか、なんというか。

ζ(゚ー゚*ζ「なんで笑ってるんですか」

( ・∀・)「頬にソースがついてたから」

ζ(゚、゚*ζ「……ついてないじゃないですか」

( ・∀・)「ああ、はす向かいのお兄さんがちょっとね」

ζ(゚ー゚;ζ「どこ見てるんですか」

彼女は振り向き、窓際の若い男性二人組に目をやった。
彼らは元はスポーツでもやっていたのか、肩幅があり、どっしりとしている。
その割には頼むものがスイーツばかりでなんだか微笑ましい。
真夜中にいかつい面が並んでいるのに全く威圧感がない。彼女の料理たちも見習ってほしいものだ。

7 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:39:29 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚*ζ「ああいう人がタイプだったりするんですか? 私はちょっと違いますけどねー」

視線を戻した彼女は、真顔で僕にそう言った。

( ;・∀・)「女子会かなにかかよ」

ζ(゚ー゚*ζ「偏見ですね。まあ実際どんな人がタイプなんですか」

( ;・∀・)「はい?」

ζ(゚ー゚*ζ「いいじゃないですか。どうせ接点のない人間同士、
赤裸々に話しましょうよ、滅多にありませんよ、こんな機会」

( ;・∀・)「赤裸々ねぇ……」

考えたことがないと言えば嘘になるが、明確なイメージは持っていなかった。
食べ進めながら、脳内で理想の像を創るべく、粘土のようなものを適当にこねくり回し続けた。
そう没頭することも無く、途切れ途切れの雑な作業ではあったけど。

( ・∀・)「……君みたいな子」

ζ(゚、゚*ζ「からかってるんですか?」

食べ終わっても、特に思い付かなかったので、この子ということにした。

( -∀-)「どっちでも」

ζ(゚ー゚;ζ「わ、わたしだってあなたみたいな人がタイプですよ」

( ・∀・)「良かったね、両思いだね」

ζ(゚、゚*ζ「むかつきます」

ふんと鼻を鳴らして、彼女は残り少ない料理に手を出した。




( ;・∀・)「悪かったよ」

未だに寝静まらない道路沿いの歩道で、先を行き、黙り込んでいる彼女に僕は詫びをした。

ζ(゚ー゚*ζ「えっ」

( ・∀・)「えっ」

振り向いた彼女が素っ頓狂な声を出すので、僕も釣られてしまった。

8 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:40:17 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚;ζ「あっ、別に気にしてはいないんですけど、ちょっと考え事を」

( ・∀・)「……それでも悪かったよ」

ζ(゚ー゚*ζ「なんであなたの方が気にするんですか?」

クスりと、困ったように彼女は笑った。

( ・∀・)「ちょっと距離が分からなくなったから」

厳密に言えば、境界が分からなくなっていた。

ζ(゚ー゚*ζ「人が良いんですね。私なんて夜が明ければ去ってゆく人間ですよ」

( ・∀・)「……人が良いとかじゃないよ」

僕は俯き、太陽を浴びたことのない、自分のスニーカーに目をやった。

夜は気が緩んでいる。
だから僕は、夜に出歩くことを夢遊病と呼んでいる。
同名の病とは違うが、ふらふらと彷徨う姿は共通している。

出会った時に、彼女に酔っ払いだと勘違いされたのも無理はない。
酒や薬を摂取しているわけではないから、弛緩しきることは出来やしないけど、
出来る範囲での思考のシャットアウトと、昼間の抑圧からの解放感で、あの時まで僕は、夢うつつに町を彷徨っていた。

彼女の素行をやたらと気にしていたのもそのせいかもしれない。
諍いになど巻き込まれたら、強制的に素面に引き戻される。
加えてこんな時間の住人なのに、この柔く感じる地面の上での散歩以外、
僕は危ない遊びをほとんどした覚えがない。誰かと衝突するなど未知の経験だ。

それなのに、リミッターは利かずに、僕はこの癖を直すことが出来ない。
直すことが出来ても、どこかしらにガタが来る。

だから、僕は覚束ない足取りで綱渡りを続けるのだ。
なんだっけ、……な癖して。

ζ(゚ー゚*ζ「臆病なんですね」

そう、臆病な癖して。

ζ(゚ー゚*ζ「私と一緒です」

( ・∀・)「えっ?」

顔を上げると、彼女は照れくさそうに微笑んでいた。

9 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:41:14 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚*ζ「毎日が窮屈じゃないですか?」

四歩ほど先行していた彼女が、一歩を大きく取って、こちらに向かってくる。
距離を半分詰めた辺りで、彼女は視線を地面に向け、表情を伺えなくした。

ζ( ー *ζ「でも、一人だと寂しいんですよね」

ピタっと彼女は歩みを止めた。もう三十センチメートル程度にしか僕との距離は無い。

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、良い所に行きましょうか」

彼女は、背筋を伸ばさないまま、僕と目を合わせた。
見上げられる視線の落差が更に増しただけで、僕は背筋がまさぐられているような錯覚に陥った。

( ;・∀・)「いや、高校生が行くのはまずいんじゃ……」

ζ(゚ー゚*ζ「……え」

( ・∀・)「え」

ζ(゚ー゚;ζ「ち、違いますよ! 多分!」

( ・∀・)「あっ、違うんだ」

彼女はなんとなく察したのか、大きくかぶりを振った。

10 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:42:14 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚、゚*ζ「からかいでも無く素で言ってたんですね……」

( ;・∀・)「君の距離が近すぎるんだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「分からなくなったところまで一緒ですね……」

彼女はおずおずと後退して、丁度いい距離まで戻った。

ζ(゚ー゚*ζ「……あのですね、寧ろ高校生がもっとも利用している施設ですよ」




高校というものはこんなに大きかったかと、深夜に訪れると感じる。
併設されている体育館やプール、室外で活動する運動部の数に合わせたグラウンド。
ここまでだけでも広大なのに、本館として君臨する校舎の貫録と言ったらもう。

そもそも収容人数が多すぎるのだ。その上簡単に無人にもなってしまうのが、
奇妙にも程がある。ほとんどダンジョンと変わりやしない。

……まあ、夜回りをしている人がいるのかもしれないが、
今回はいないでほしい。もしくは見つけないでほしい。

僕たちは今、校門をよじ登って、跨いでいるのだから。

さながら脱獄囚の気分だった。どちらかと言えば、塀の中に戻るようなものだけど、
やましいことをしているのには違いない。早々に済ませて、敷地内に入り込んだ。

ふぅ、とひと息ついて、隣にいる共犯者に目をやると、
物怖じ一つも見せていなかった。なにが臆病だと言うのか。

半分呆れつつ、渡り廊下を抜け、昇降口の前まで来ると、
彼女はポケットからなにかを取り出した。

( ;・∀・)「なんで鍵なんか持ってるんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「盗みました。優等生は気楽なもんですよね」

皮肉たっぷりの言葉を発しながら、彼女は扉を開錠した。

ζ(゚ー゚*ζ「幽霊屋敷ですね」

彼女は、下駄箱から小型の懐中電灯を取り出し、明かりをつけた。
真っ暗な校舎が少し照らされる。

11 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:43:12 ID:1ovp.fBw0
( ・∀・)「肝試しでもするの?」

ζ(^ー^*ζ「じゃあ、手でも繋いでくれます?」

彼女は空いた左手をこちらに差し出した。僕は右手ですぐさま握った。

ζ(゚ー゚;ζ「……躊躇ないですね」

( ;・∀・)「僕はそのまんまの意味でも臆病なんだよ、笑えよ」

ζ(゚ー゚*ζ「笑いますね」

……もっと馬鹿にした感じで笑えばいいのに。

( ;・∀・)「防犯とかどうなってんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「どうなんですかね、初犯ではないんですけど」

月明かりと、電灯に照らされる廊下を、恐る恐る渡り、視線を落ち着かせずにいると、
女の子のものであろうヘアゴムが、教室の前に一つポツンと落ちているのを見かけた。
当たり前だが誰もいない。けれど、誰かがいた痕跡はある。

古びた床が軋み、音を立てる。
……ほんとうに幽霊屋敷みたいだな。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫ですよ」

彼女はなにかを察したのか、僕の右手を強く握った。

12 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:44:06 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚*ζ「さっさと上りましょうか」

早足で階段を上がり、屋上の扉までつくと、彼女はまた当たり前のように鍵を取り出し、開錠した。

外に出ると、ひんやりとした風が顔の表面をなぞった。
さっき少し感じた寒気とは違う、心地のよい冷たさだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ、気持ちいいですね。やっぱり高い所はいいです」

僕らが屋上の中央付近まで移動した後、彼女は大きく伸びをした。

( ・∀・)「結構来てるの?」

ζ(゚ー゚*ζ「それなりにー、ですかね」

彼女はフェンス際まで歩いていった。

ζ(゚ー゚*ζ「ここなら、公園の全域どころじゃないですね。……広いですね、世界って」

遅れて僕も彼女の左隣に立つと、学校周辺の町内がぐるっと見渡せた。
人っ子一人とは言えないにしろ、大よその生徒はまだ通らない通学路。
眠れずに、薄まり切った喧騒を届かせる道路。静まり返っているけど、
無数の街灯が照らし、なにかが稼働し続けているようにも感じる住宅街。
なんか、統一感が無いなと思った。当たり前の話だ。全員が全員、住む世界が違う。
歩様が合う訳がない。その癖、詰め込まれた隙間の無いここで生きている。

ζ(゚ー゚*ζ「だけど、ぎっしりとしてません?」

( ・∀・)「……そうだね」

ζ(゚ー゚*ζ「だから、そこから抜け出して、やっとその広さに気が付くんですよ」

( ・∀・)「……抜け出さないと、気づけないんだね」

ζ(゚ー゚*ζ「下だと、狭い中にすら、目を凝らさないといけない箇所が無数にありますから。……気疲れしちゃいますよね」

彼女は、発した言葉ほどの影を感じさせなかった。

13 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:44:57 ID:1ovp.fBw0
( ・∀・)「偉いね、君は」

ζ(゚ー゚*ζ「ただの不法侵入者ですよ」

使う表現には、自嘲的なニュアンスを込めながらも、彼女には卑屈さが無い。
そうか、この子は夢遊病で彷徨う僕と違って、ちゃんと折り合いをつけている。
多少ガス抜きをしたくなるぐらいで、日々を破綻させかねない所までは行っていない。
……羨ましいし、妬ましかった。だから僕は、居ても立っても居られなくなって。

ζ(゚ー゚;ζ「……なにしてるんですか」

隣にいる彼女の頭に右手を置き、軽く動かした。
多少癖のある髪が思ったよりも柔らかくて、ちょっと力を緩めた。

( ・∀・)「多分、君がいつもやっていること。一人でいる子には声をかけるんだろ」

落ち込んでいる子供の頭を撫でるぐらい、日常的にやってそうだった。
まあ僕にはここまではしないだろうけど。

( ・∀・)「利息を付けてお返しするよ」

お返しと言っても、本人の気持ちはどこへやらだなと、乾いた笑いが出た。
半分、僕がそうしたいだけだし、彼女が不快感を覚えていてもまったく不思議では無くて。

( ;・∀・)「やっぱり不審者だよなぁ」

口をついたのはそんな言葉だった。

ζ(゚ー゚*ζ「ほんとですよね」

苦笑して、彼女は同意する。……同意したつもりでいる。
どうせ、まだ自分も同じだと思っているのだろう。もういいや。

14 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:46:42 ID:1ovp.fBw0
( ・∀・)「君みたいなかわいい子は不審者にならないんだよ。不条理だよなぁ」

ζ(゚、゚*ζ「……あの」

( ・∀・)「なに?」

ζ(゚ー゚*ζ「……私、あなたにも罪は無いと思います」

( ・∀・)「……さっきの意趣返し?」

ζ(゚ー゚*ζ「なんですかそれ?」

( ・∀・)「……やっぱり君は罪深いよ」

ζ(゚、゚*ζ「なんでですか」




早朝間際。日も昇っていないのに、犬の散歩をする老人が、公園を横切った。

僕は事の発端と同じように、ベンチに腰をかけている。
違うのは、腕が前に見えることと、脚に角度がついたことと、一人では座っていないことぐらい。
行儀よく座る隣の彼女は、膝に乗せていた手を口元に持っていき、目を瞑った。眠いらしい。

15 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:47:36 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚*ζ「……今更なんですけど」

( ・∀-)「ん?」

僕も欠伸をこらえながら、相槌を返した。

ζ(゚ー゚*ζ「私は別に偉くないですよ。慣れてるだけです。……さっきここにいた時に言いませんでしたっけ、哀しいとか、妬ましいとか」

( ・∀・)「ああ」

あの時は、触れないで流したけど。

ζ(゚ー゚*ζ「私、幼い頃に親と離れて、親戚の家で暮らしてるんですよ。
……別に、預かってくださっている方は、悪い人じゃないんです。寧ろ良い人なんです。
けど、どうしても距離の取り方が分からなくて。普通、幼いほうが馴染みやすい気もするんですけどね。
いつまでも同居している方との距離が近すぎるように思えて。窮屈で、それだけで」

( ・∀・)「……なんで僕に」

ζ(゚ー゚*ζ「私は臆病なんですよ。だから、接点のない人にしか話したくないんです。
……でも、それはもうやめにしようと思うんです。少しぐらい、勇気を持ちたいと思いました」

( ・∀・)「……どうして」

ζ(゚ー゚*ζ「……もう、夜も明けてしまいそうだけど」

個人の事情に構っていられるはずもなく、空の色は薄くなってゆく。

16 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:48:25 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚*ζ「私、あなたを他人のままにしたくありません。……あなたがどう思っているのかは分かりませんが、友達、でいたいんです」

( ・∀・)「……やだなぁ」

ζ(゚ー゚*ζ「……嫌ですか?」

( ・∀・)「……やっぱり僕は臆病だよ。ほんとうはずっと言い出したかったのにさ」

手のひらで、自分の顔を覆った。

(  ∀ )「女の子に先に言わせるなんて情けなくてしょうがない」

ζ(゚ー゚*ζ「……泣かないでくださいよ。私にまで伝染しそうですから」

彼女が軽く僕をハグしてくれると、本当にどうしようもなくなりそうになって、歯を食いしばった。
……そうだよ、君の言った通りだった。一人じゃ寂しいんだ。
窮屈だ窮屈だと言いながら、僕は、……多分君も、距離を取っ払ってみたかった。
でも臆病者の僕たちは、境界線を破る勇気なんて出やしないで、昨日も一昨日も愛想笑いを繰り返していた。

だけど今日は、今日からは、取り繕わないで良い場所を見つけた。
あっちに飛び込んでもいいと思わせてくれる人に出会えた。
情けない自分を曝しても、背中に添えてくれる手があることに気づけた。

殆ど真っ白になった世界の中で、嗚咽が聞こえた。
どちらのものかなんて分かりもしないけど、僕は彼女の背に手を伸ばした。




既に夜は明けていた。

紅い空に照らされる公園の遊具というのは、別れを連想させられそうなものなのに、
哀愁は浮かんでこなかった。夕焼けは終わりの色だけど、朝焼けは始まりの色だから。

僕らをふわりと包む、薄桃色がかった光は、慎ましいものだった。
朝焼けを綺麗だと思える人は、きっと幸せなんだろうな。

17 名前: ◆/IniClqUZI[] 投稿日:2016/04/01(金) 20:49:18 ID:1ovp.fBw0
ζ(゚ー゚*ζ「そういえば、名前も名乗ってませんでしたね」

僕らは抱き合うのをやめていたけど、二人で座るベンチを窮屈に使っていた。

( ・∀・)「僕がつけてもいいんだったかな」

ζ(゚ー゚*ζ「そんなことも言いましたね」

( ・∀・)「アサヤケとかでいいかな」

ζ(゚、゚*ζ「今の空を見て適当につけましたよね」

適当というよりは自然に出てきたんだと思う。

朝焼けのやり方は利口で、上品だ。
静かな告げ方で日の始まりを伝え、夢から醒ましてくれる。
騒々しく喚いても、一回たりとも夢から醒ましてくれなかった、部屋のあいつとは大違いだ。

ζ(゚ー゚*ζ「いいですよね、朝焼け。今日からもっと好きになりました」

途中から、空ではなく、彼女を見ていた。
電気に照らされた室内の方がはっきりと映るはずなのに、今の方が輪郭が良く見えるようにさえ感じた。
華やかに演出する化粧や、着飾る衣装とは正反対の淡い光に、彼女は調和している。
率直に言えば、綺麗だと思った。だけど、それだけではないはずだ。

( ・∀・)「……多分、朝焼けも君のことが好きなんだと思うよ」

ζ(゚ー゚*ζ「相思相愛だと嬉しいんですけどね」

( ・∀・)「僕はモララー、君は?」

ζ(゚ー゚*ζ「私、デレって言います。……えっと、ちゃんと対面した人には、挨拶ぐらいしないといけませんよね」

( ・∀・)「握手とか?」

ζ(゚、゚*ζ「うん、それもいいんですけど……」

デレは口ごもり、少しの間俯いた後、顔を上げた。

ζ(゚ー゚*ζ「……ご馳走になったお礼も兼ねて、これが挨拶でいいですか」

僕の頬に、デレはそっと唇をつけた。

( ・∀・)「……僕の財布がすっからかんになりそうだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫ですよ。払わなくたって、一緒にいてあげますから」


18 名前: ◆/IniClqUZI 投稿日:2016/04/01(金) 20:49:55 ID:1ovp.fBw0
おしまいです
読んでくださった方に感謝

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