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48 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:33:53 ID:0w0/X/Ow0
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* * *
僕とツンは着実に経験値を積み、安定して見えない敵に勝利を収められるようになっていた。
ときにはちょっとしたミスから掠り傷や打撲ぐらいはできたけど、それでも血塗れよりはずっとマシだ。
ツンはかつてと見違えるように明るくなって、笑ったり拗ねたり、表情がコロコロ変わって、僕にはそれがとても眩しい。
二人して、あるいはドクオも交えて三人で、いろんな戦術や武器を検討して実戦に活かすのは、楽しかった。
毎日が戦いの連続だけど、命の危険を感じることもあるけれど、そんな日々は刺激的で、心地が良い。
相変わらず学校では変人三人衆の扱いだったけど、僕らの戦いは僕らだけが知っていればそれでいいんだ。
嬉しそうに、楽しそうに笑うツンを見ていると他に何が必要とも感じなかった。
ずっとこんな時間が続けば良いと思ってた。きっとツンも同じ気持ちだったとおもう。
僕達の戦いはこれからも続いていくと、本心でそう願っていたんだ。
その日、僕達は何度目かの巨人タイプとの戦いに勝利しようとしていた。
ξ゚听)ξ「内藤!そっち行ったわ、退がって!」
( ^ω^)「おっおっ、こっちも罠準備OKだお、あとよろしくー」
ズシンズシンと足音だけがこちらに向かってくるのがわかる。
初めの頃こそ恐怖の対象だったけど、今の僕にはもうちっとも怖くはなかった。
それは油断や慢心というよりも、もっと根本的に、僕は見えない敵を最早狩りの獲物とさえ認識していたからだ。
決して舐めてかかっているわけではない。緊張感は忘れてないけど、過剰に萎縮することもない理想的な状態だった。
今回仕掛けておいたのは浅い穴に二枚の板を張った簡易的なトラップだ。
踏み込むとテコの原理で板によって脚が挟まれ、打ち込まれたスパイクが突き刺さるベトコン式トラバサミ。
街のはずれにある市有林に出現した巨人タイプを嵌める罠を、僕は戦闘中に構築することさえできるようになった。
事前に仕掛けておくのも忘れてないけど、やはり出現した敵を見て最適なものを即席するのが一番効率が良い。
( ^ω^)「ほいっトラップ発動っと」
林の中の小高い崖の上に退避した僕の眼前で、不可視の巨人が足元の罠を踏み抜いた。
片足が固定され、そのままバランスを崩した巨人タイプが仰向けに倒れこむ。
そこへツンが跳躍、振りかぶったバールのようなものの釘抜き部で巨人の脳天をぶち抜き破壊した。
砕け散るバールのようなものの破片がきらきらと宙を舞い、その中央で汗を拭うツンを幻想的に彩った。
ξ゚听)ξ「今日も大勝利!さあ、うちに帰って祝勝会しましょ!」
( ^ω^)「だいぶ日も長くなってきたおね。暗くなる前に帰れちゃうお」
春頃は夕暮れ時に出現していた見えない敵も、初夏になるに向けて明るいうちから現れるようになっていた。
化物のくせに時間厳守とはなかなか律儀な連中である。
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49 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:34:42 ID:0w0/X/Ow0
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( ^ω^)「お……?なんだお?」
足元がかすかに震えているような気がした。
気にせず踏み出した瞬間、ずるっと『地面が滑った』。
僕の立つ小高い崖が、小規模な地すべりを起こし――その上にいた僕ごと崖から脱落したのだ。
巨人タイプが倒れこんだ衝撃で辺に亀裂が入っていたのか、いずれにしろ、
ξ;゚听)ξ「危ない!」
( ^ω^)「大丈夫だお」
小高いとは言え大した高さでもない。
崖が地すべりするならば、一緒に落ちるまえに一足先に安全な場所に自分で跳べばいいだけだ。
僕は大して焦りもせずにそう考え、そしてその通りに実行した。
危険はなかった。誤算があるとすればそれは――
――僕が常軌を逸したニブチンのクソ間抜けで、自分の足のことをすっかり忘れていたことである。
着地した瞬間、右足に五寸釘でも打ち込まれたかのような凄まじい激痛が走った。
(; ω )「ほぎゃあああああああ!?いってええええええええ!!!!」
マジ痛え!痛いという表現じゃ全然伝わらないくらい苛烈な痛み。
僕はたまらず右足を抱えて林の落ち葉の上を転げまわった。
ξ;゚听)ξ「内藤!?だ、大丈夫!?ねえ大丈夫!?」
尋常ならざる痛がりようにツンも取り乱し気味に僕に駆け寄った。
あっと言う間に彼女の目に涙が浮かぶのは、多分僕もめちゃくちゃ涙目だからだろう。
(; ^ω^)「ば、バカか僕は……いやまじでバカだった……古傷やっちまったお……
悪いけどツン、歩けないから肩貸してもらえんかお」
ξ;゚听)ξ「う、うん。わかった。ほんとにだいじょうぶ……?」
(; ^ω^)「大丈夫かなあ……またリハビリに逆戻りとかじょーだんじゃねーお……」
僕はツンに支えられながら這いずるようなスピードで市有林を後にした。
そして国道に出たところでツンがタクシーを捕まえた。
ξ;゚听)ξ「病院いく?」
(; ^ω^)「いや、しっかり手当して様子見するお。やばそうなら病院だおね」
ξ;゚听)ξ「わかった。じゃあ私の家に行きましょう」
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50 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:35:58 ID:0w0/X/Ow0
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ツンの家に着くとすぐに彼女の部屋に通され、ツンは家中を走り回って手当の道具をかき集めてきた。
彼女自身は怪我してもツバつけときゃ治るため、あまり手当の心得はないようだった。
まあそのあたりは元陸上部の僕の方が詳しいし、自分の足のおとだから、ありがたく道具だけ借り受ける。
手早くテーピングを施し、氷嚢で靭帯のあたりを冷やしつつ擦る。
(; ^ω^)「ひぃー、ひぃー、ふぅー。だいぶマシになってきたお……」
ξ;゚听)ξ「いたい?ツバつける?あしなめるよ」
(; ^ω^)「僕より錯乱してどうするお……」
流石に女子高生に足舐めさせて悦に入るほど僕はウンコカスじゃない。
いや仮にそういう性癖があったとしても相手がツンじゃなんか可哀想すぎて僕がつらい。
(; ^ω^)「はぁー、まさかこの僕が怪我のこと忘れるなんて。もーろくしたもんだお」
自分でもドン引きするくらいうっかりさんだ。
そんな簡単に忘れて良いもんじゃねーだろこれ。当時めちゃくちゃ絶望したのに。
ツンと一緒に見えない敵と戦う毎日が、その刺激と情熱が、僕に痛みの過去を忘れさせていたのか。
なんだかんだで、救われていたのは僕の方なのかもしれなかった。
ξ;゚听)ξ「内藤、怪我してたの……?」
ツンが本気でショックを受けたような顔で問うてきた。
そういや彼女には特に言ってなかったな、リハビリ終わって退院した後だったし。
( ^ω^)「だいぶ前の話だお。僕がもう忘れてたぐらいの。
公園で最初に会ったとき僕暇人って言ったおね?怪我のせいで暇だったんだお」
ξ゚听)ξ「そうなんだ。友達がいないから暇なんだと思ってた」
(; ^ω^)「まあ間違ってねえけどさあ……」
怪我してたからって友達いたら暇にはなんないもんな。
認めよう、僕は友達が少ない。しかしだからこそツンに出会えたということも否めない。
ξ゚听)ξ「内藤、その話聞いてもいい……?」
( ^ω^)「そんな面白い話じゃねーお、マジで」
ξ゚听)ξ「……思い出したくないこと?」
( ^ω^)「いや、そのままの意味でヤマもオチもないただのポカミス失敗談なんだお。
……聞きたいのかお?」
ξ゚听)ξ「内藤のことならなんでも知りたい」
変なとこに食いついてくるなあ。
でも、ドクオが知ってるのにツンが知らないというのもなんだか不公平ではある。
二人とも、僕にとっては代えの効かない大切な友達なのだ。
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51 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:37:08 ID:0w0/X/Ow0
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( ^ω^)「事故ったんだお、自転車で下校途中に」
僕は記憶を整理しながら、簡潔に、初耳のツンがわかりやすいよう前後関係を交えて話した。
もとは陸上部だったこと。日が暮れるまで部活に明け暮れていたこと。
ある秋の日、真っ暗になってからの帰宅途中、記憶に無いよくわからん何かにぶつかって事故ったこと。
そのよくわからん何かは警察が現場検証してもあたりを捜索しても見つからなかったこと。
事故で靭帯に重傷を追って、しばらく入院していたこと。
そのせいで、人生かけるぐらいのめり込んでた陸上を諦めることになって――だから暇だったこと。
(; ^ω^)「ん……あれ……ちょっと待つお」
自分で言ってて、なんだか雲行きが怪しくなってきた。
秋の暮れ時、何にもぶつかった記憶のない僕、こつ然と消えたよくわからん何か。
これってもしかして、いやもしかしなくても……。
(; ^ω^)「見えない敵じゃねーかこれ!」
ξ;゚听)ξ「ホントだ……!」
僕とツンは顔を見合わせて驚きを共有した。
ドクオと話した時に自分のポカを見えない敵のせいにしたらアカンみたいなこと言っちゃったけど!
おもっくそ見えない敵のせいじゃねーか!!
(; ^ω^)「まじかお……今世紀最大の驚愕の事実だおこれ、超ブッタマゲNo1」
なんつーことだ……。いや衝撃的すぎて全然理解に感情が追いついていない。
もちろん夢を台無しにされた恨みはあるけど、多分そいつはとっくにツンに始末されている。
どころかそいつの同族を、僕らは片っ端から殺して回っていたのだ。
(; ^ω^)「人生変えるような大事件が第三者によって引き起こされててしかも既に復讐完了してたとか考慮しとらんよ」
どうすりゃいいんだこれ、僕はこの事実にどう向き合えばいいんだろう。
頭の中がぐるぐるして全然思考がまとまらない。
(; ^ω^)「とりあえず犯人やっつけてくれた人にはお礼しとくかお。ありがとうございましたツンさん」
ξ;゚听)ξ「え……えっ!?あ、うん、どういたしまして……」
ツンはビクっと背筋を正して一言答えると、何故かそのまま押し黙ってしまった。
視線は虚空の一点を見つめている。何か考え込んでいる様子だった。
僕はようやく頭の中のグルグルが収まって、今更悩んでもしょうがないという結論に至った。
全部終わってしまってるわけだし。どの道これからやることだって変わらない。
僕はツンと一緒にこの先も、見えない敵と戦い続けるんだから。
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52 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:38:01 ID:0w0/X/Ow0
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( ^ω^)「なんかすっきりした気分だお、積年の疑問が氷解したっつーか。
この話はもうこれでおしまいでいいお、今日は気分良く寝れそう。足いてーけどな、ははは」
僕は微妙になってしまった空気を入れ替えるべく、努めてあかるくそう言った。
しかしツンは、どこか頭痛に耐えるような、縋るような面持ちで僕を見る。
ξ゚听)ξ「……ねえ内藤、その事故ってどのくらい前のことなの?」
( ^ω^)「お?えっと、去年の秋ごろの話だから……だいたい半年とちょい前のことだお」
ξ )ξ「………………!!」
瞬間、ツンが悲鳴のように小さくひっと呻いた。
もともと白い肌が青白くなるほど血の気が失せて、瞳孔が見開かれる。
僕は彼女の尋常ならざる様子に面食らった。
(; ^ω^)「ツン?どうしたお……?」
ツンはしばらく無言で唇をわなわなと震わせていた。
しかしそう時間をおかず、彼女は落ち着きを取り戻したようだった。
そして、ツンは微笑んだ。ホームセンターで見せた、あの色のない微笑。
ξ゚ー゚)ξ「……なんでもない。今日はこの辺でお開きにしよ。足は大丈夫?」
(;^ω^)「お、すぐ手当したおかげで深刻な感じじゃないお。これなら病院いかなくて良さそう」
ξ゚ー゚)ξ「そっか、良かった。帰りは大事をとってタクシー使ってね、はいこれ」
ツンは自分の財布から現金を取り出して僕に握らせる。
泡を食ったのは僕の方だ。
(; ^ω^)「いやいや、さすがにそれは……歩いて帰るお。足大丈夫だし」
ξ゚听)ξ「いいから、お願い」
ツンは大きな目で真っ直ぐ僕を見据えて言った。
その有無を言わせないその雰囲気に僕は逆らえなくて、お金を受け取ってしまった。
まあ足痛いのは確かだしご厚意に甘えよう。半分ぐらいはなんか奢ってあげればいいか。
僕は謎の解けた開放感も手伝って楽観的に考えて、その日はツンの家を後にした。
その日から、ツンはあまり笑わなくなった。
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53 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:39:10 ID:0w0/X/Ow0
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* * *
ツンの戦い方が苛烈になった。
僕の立てた作戦には素直に従うんだけど、ここぞという時に突出することが多くなった。
確かにそれで決着は早くなった。だけど敵の攻撃の最中にも構わず突っ込むせいで確実に傷は増えていた。
そしてもうひとつ、僕が敵の的に晒されるような事態を絶対に許さなくなった。
極めつけは比較的安定して被弾なしで倒せるようになった犬タイプとの戦闘のときのことだ。
ξ゚听)ξ「はあああああ!!」
裂帛の気合を具象化したような叫びをあげ、鬼神の如き攻勢を見舞うツンに犬タイプは明らかにビビっていた。
何発も間断なく叩き込まれる剣鉈での斬撃刺突、キャインキャインと悲鳴まで聞こえそうな犬タイプの防戦一方。
そこで奴は離れたところにいる僕に目をつけた。
ツンが僕を遠ざけるように立ちまわっていることを『学習』した犬タイプは、あの弾丸のような突進を僕に向けた。
この頃には僕は、草の潰れる順番や風切り音などでおおまかに敵の動きを把握することができていた。
( ^ω^)「おっおっ、そう動くことは予想済みだお、トラップ一命様ご案内」
僕は余裕を持って下がり、仕掛けておいた罠を犬タイプとの間に挟む。
奴に効果的な罠はこちらも学習済みで、うまくハマればそれで討伐完了するような最適のトラップだ。
だが、それよりも早くツンの眼が犬タイプを捉えた。猛獣のように爛々と輝く眼光が犬タイプを射すくめる。
ξ#゚听)ξ「させるかああああああッ!!」
ツンは、人間の限界に迫るような神速の反射神経によって地面を蹴る。
そして――あろうことかトップスピードの犬タイプと僕との間に割って入った。
(; ^ω^)「ツン!?」
彼女が差し入れた左腕が、華のように鮮血を噴き出すのを僕は見た。
犬タイプの鋭い牙によって噛みつかれたのだ。
ξ#゚听)ξ「ああああああああッ!!」
ツンが気付けのように叫ぶそれはもはや獣の咆哮に近かった。
彼女は腕の痛みなどまったく無視したように犬タイプを地面に組み伏せ、右手で剣鉈を振りかぶる。
何度も、何度も何度も刃を突き立てた。
やがて剣鉈が砕け散る。犬タイプが絶命する。
ツンは白煙と見まごうほどの熱い息を吐いて、臨戦の興奮を強制的にキャンセル。
そのまま草むらの上に倒れこんだ。
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54 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:40:25 ID:0w0/X/Ow0
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(; ^ω^)「ツン!ツン!!大丈夫かお!?」
たまらず僕が駆け寄るころには、ツンが震える腕で息も絶え絶えに上体を持ち上げていた。
彼女を支えて起き上がらせて、僕は悲鳴を上げそうになった。
(; ^ω^)「骨が見えてるお!?」
ツンの左腕の傷はあまりにも深く、肉の大部分を抉りとられて大量出血していた。
血の色の筋肉が蠢き、淡い黄色の脂肪が液体と化して流れ出ている。
なによりも白い骨が露出していて――人間の骨を生で見るのはこれが初めてだった。
それも生きた人間のだ。
ξ;゚听)ξ「大丈夫、平気よ……内藤が無事で良かった……」
まるで自分のことを顧みない発言に、今度は僕が頭に血の上る番だった。
(# ^ω^)「ぜんっぜん良かねえお!お前なに考えてんだ死にてえのかお!?」
ξ;゚听)ξ「ツバつけとけば治るわよ……」
(# ^ω^)「そういう問題じゃねえって言ってんだ!!」
僕はたまらず怒鳴り散らした。
確かに欠損した指が再生するくらいなら抉れた肉だって治癒するかもしれない。
流れた血液だって元に戻るかもしれない。出血多量で死ぬ前に治るかもしれない。
だけどそれはあくまで原状回復であって、痛みも苦しみも消えてなくなるわけじゃない。
現にツンは額にびっしりと脂汗をかいていて、想像を絶する苦痛に耐えていることが僕にはわかった。
ξ;゚听)ξ「私は大丈夫だから……私は平気なのよ……」
うわ言のように繰り返すツンの姿は、まるで熱病に冒されているかのよう。
彼女は自分にこそ言い聞かせている。その姿勢は苛烈というよりもむしろ自罰的にさえ思えた。
( ^ω^)「全然平気に見えないお……あんま心配かけさせんなお……」
ツンの頑なな態度に、僕はもう零すような言葉しか出てこない。
彼女はそれを聞いてか聞かずか、またあの無色透明な微笑みを返す。
ξ゚ー゚)ξ「……もう治ったわ。今日は一人で帰る。心配かけて、ごめんなさい」
違う。僕はそんな言葉が聞きたいんじゃないのに。
ツンの額から脂汗が引いていた。傷はとっくに塞がって、血糊以外は綺麗な肌が見えていた。
前はこんなに早く治らなかったはずだ。実際、彼女の治癒能力はここ数日で異常なほどに高まっていた。
少しでも多く、長く戦いたいというツンの意志に、肉体が呼応しているかのようだった。
自分の力で立ち上がって、何事もなかったかのように帰っていく彼女の姿を僕は何も言えずに見ていた。
こんな状態が自然であるはずがない。絶対に肉体に負担がかかっているはずだ。
僕の懸念は的中した。
翌日、津村ツンは今学期始まって初めて、学校を休んだ。
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55 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:42:27 ID:0w0/X/Ow0
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* * *
ツンの欠席理由は風邪らしい。
見舞いに言ってやれというドクオの提案は、当たり前だが僕と同意見だった。
その日放課後になってすぐに学校を飛び出し、道中のコンビニでポカリとフルーツの缶詰を買っていく。
彼女の家は高校のほど近くにあって、僕は日の高いうちに現着した。
インターホンを押すとツンの母親が出て、既に顔見知りの彼女はすぐにツンの部屋へと通してくれた。
ξ゚ー゚)ξ「内藤……来てくれたの……嬉しい……」
ツンはベッドの上で大人しく寝かされていた。
初夏だというのに厚着をして、頭に冷えピタが貼ってある。
本当に風邪らしかった。あるいは、もっと深刻な熱病なのかもしれなかった。
( ^ω^)「お見舞いの品があるお、あと提出物のプリントも」
ノートでもとってやりたかったが、僕自身がそもそもあんまり授業についていけてない。
まあその辺は心当たりがあるので、あのガリ勉野郎のバックアップに期待しよう。
僕は彼女の母親に缶詰を渡して、ガラスの皿に綺麗に盛りつけてもらった。
明らかに缶詰の容量より多いけど、きっと家にあったのを追加してくれたのだろう。
フォークは二人分ついている。僕も食べて良いってことなのかな。
( ^ω^)「連日の無理が祟ってんだお、いい機会だから養生しなさい」
僕はリンゴのシロップ漬けにフォークを突き刺しながら言った。
病気の時は弱気になると言うし、明るい話でもしたほうがよかろう。
と思ったが、こんな時に限って笑い話のストックが切れている。僕ってまじウンコカス。
( ^ω^)「食べないのかお?栄養つけんと元気にならんお。こんな美味しそうなのに」
ξ゚听)ξ「身体が重くて動かないの。私はいいから内藤が食べて」
( ^ω^)「食べさせてやろっか?」
なーんつって、僕は茶化し気味にそう言った。
ξ゚听)ξ「あーん」
(; ^ω^)「!?」
ツンが雛鳥のように口を開ける。
まさかの素直さに僕の方がびっくりしたというか、気恥ずかしくなってしまった。
言い出した手前なかっとことにするわけにもいかず、僕はリンゴを小さくフォークで切ってツンの口に運ぶ。
彼女は唇で器用にフォークからリンゴをしごき取ると、もぐもぐと咀嚼した。
僕は小学校のころにお世話したウサギさんのことを思い出していた。
そういや見舞いの定番といえばウサギさんカット、あれ皮の栄養もとれて合理的なんだってね。
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56 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:43:24 ID:0w0/X/Ow0
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(; ^ω^)「……うまいかお?」
ξ゚听)ξ「生命(いのち)の味がする」
( ^ω^)「お前そればっかなー。その言い回し伝染っちまったお」
言葉にするのが難しい、めんどくさい、マズいけど言いづらい時に便利過ぎる。
命の味ってなんだろうな。血の味?うまみ?うまあじ?
それからしばらく、僕達は他愛もない話をした。
どんな話かと言えば、本当にマジで他愛ないので割愛する。
だけど僕には、ここ数日の強硬な彼女の態度が元に戻ったようで、嬉しかった。
やがて太陽の角度が鈍角あら鋭角になろうという頃、時刻にして5時頃。
ツンはおもむろにむくりと起き上がった。
ξ゚听)ξ「そろそろ夕暮れね、行かなきゃ」
僕は泡を食った。
(; ^ω^)「お前何言ってんだお!?んな身体で無茶だお常識的に考えて!」
ξ゚听)ξ「だいぶ回復してきたわ。内藤のお見舞い品のおかげね」
(; ^ω^)「缶詰一つで回復できたら医者はいらねーっつんだよロックマンかお前は!」
ξ゚听)ξ「でも、行かなきゃ」
ツンは静かにしかし頑なな意志の籠もった眼で僕を見た。
彼女は本気だ。だからこそも僕も、こいつを行かせるわけにはいかない。
( ^ω^)「……今日はお休みってことにできないかお?」
ξ゚听)ξ「ダメよ。放置してればあれは際限なく暴れまわるし、街の人にだって被害が出るわ」
ツンは譲らなかった。まるで見てきたかのような言い草だった。
彼女が立ち上がる。僕も立ち上がって彼女を逃がさないようドアの前に立つ。
ξ゚听)ξ「お願い、いかせて」
( ^ω^)「悪いけどそのお願いは聞けんお。他のことならいくらでも聞いてやるから」
ξ゚听)ξ「いかせて」
( ^ω^)「ダメだっつってんだろ」
ξ;凵G)ξ「……お願い」
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57 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:45:02 ID:0w0/X/Ow0
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ツンの声が震えて、僕は彼女の眼に涙が光り始めているのに気がついた。
おかしいだろ、泣くほど戦いたいなんてことがあってたまるか。
( ^ω^)「……なあ、ツン」
僕はそれでも、ここを通すわけにはいかない。
だから、これまで封印してきた言葉を、聞くべきじゃない問いを、言う。
( ^ω^)「君がどんなに傷ついても、死にかけても、誰もそれを知らない。
君のことをバカにして後ろから嘲笑ってるような連中ばかりだお。
――そんな奴らの為に君がボロボロになってまで戦う意味は、あるのかお?」
言いたくなかった。何度も考えたけど、その度に無理やり打ち消してきた。
ツンは、一年間誰にも知られず戦ってきた。誰も彼女を助けようとはしなかった。
なら義理も何もないじゃないか。知らんぷりして安全な家で、穏やかに暮らせば良い。
津村ツンは、それを許されるだけの善行を、これまで積んできたじゃないか。
ちょっとぐらいサボったって、誰も彼女を責めはしない。
だって彼女の戦いを、人々は知らないんだから。
ツンは僕の説得を、唇を噛みしめて聞いていた。
彼女は初めから聞き耳を待たないんじゃなく、理解してその上で意志の力でねじ伏せてる。
だから、こうして諦めずに説得を続ければ、いずれわかってくれるはずだ。
僕は殆ど縋るような思いで、ツンの前から動かなかった。
ξ゚听)ξ「……私もね、一度、そういうことを考えたことがあるの」
ツンはこぼれ落ちるような言葉で、胸の中の痛みを爪の先でひっかくような声で言った。
ξ゚听)ξ「その時も、風邪を引いて、体中が痛くて重くて、布団の中で泣いてた。
それで、見えない敵が出る時間になっても具合が良くならなくて……行かなかった」
光明が見えたような気がした。
これだ、この思い出から彼女の意志を解きほぐしていけばきっと考えなおしてくれるはずだ。
一回も二回もサボるなら同じだって思ってくれるはずだ!
(; ^ω^)「それでいいんだお!具合悪いならしょうがないんだお!
今日は大事をとってお休みして、明日僕と一緒に二匹いっぺんに倒せば――」
ξ゚听)ξ「――それが、半年前のこと」
(; ^ω^)「…………え?」
自分の足元がぐにゃりと揺れるような錯覚がした。
半年前、そのワードを彼女が今ここで出すことの意味は、いくら鈍い僕でも気付く。
鈍い痛みに頭の奥が埋め尽くされていた。
まさか。まさかまさかまさかまさか。
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58 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:47:02 ID:0w0/X/Ow0
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ξ゚听)ξ「あなたの怪我は……私が見えない敵を見逃したせいなの」
(; ^ω^)「……!!!」
太い釘を脳天に直接突き刺されたみたいな衝撃が頭の中で爆発した。
考えれば符号する。考えるほどに合致する。
半年前の事故。僕の選手生命を断ち切り、この先の人生の全てを塗り替えた事件。
そいつが"見えない敵"ならば――何故その場にツンがいなかったのか。
ツンは敵の存在を出現前から認識し、出現場所に先回りすることができる。
そして一年前から今日まで、出会った敵は残らず必ず撃破してきた。
たったひとつの例外を除いて。
思えば、"敵"を放置すれば人的被害が出ると、何故彼女は知っている?
それは、実際に放置してしまって被害が出たのを目の当たりにしたからじゃないのか?
( ^ω^)「…………お」
言葉にならない、意味をなさない呟きしか出てこなかった。
かつてないほどの混乱が、僕の頭を支配していた。
ツンの涙腺はついに決壊した。
ξ;凵G)ξ「ごめんなさい。私、内藤が怪我したせいで暇になったって言ったとき、考えちゃったの。
こうしてあなたと出会えたことは、あなたが怪我したおかげだって」
( ^ω^)「それは、」
それは、実際、その通りだ。
あの事故がなければ、選手生命が絶たれなければ、僕はツンの戦闘を目撃することはなかったろう。
陸上のことで頭がいっぱいで、彼女に興味を持つことすらなかったかもしれない。
ξ;凵G)ξ「あなたがこんなに絶望して、苦しんでいたのに。私、脳天気に喜んじゃった。
私のせいなのに。それが、消えたくなるくらい悔しくて悲しい。
だから決めたの。見えない敵は必ず殺す。命に代えても、絶対に」
(# ^ω^)「やめろ!!」
僕は冷静になれなかった。病人の家で怒鳴り散らすことを省みることすらできなかった。
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59 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:48:37 ID:0w0/X/Ow0
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( ^ω^)「やめてくれお……そんなこと考えるな。頼むから」
君のせいじゃない、と言うべきだった。
正体不明の化物を、それでも命がけで倒してきた彼女の、ほんの例外に過ぎない『漏れ』。
僕はたまたま、運悪く、それにぶつかって怪我してしまっただけなんだ。
誰も悪くなんかない。悪かったのは僕の運だけだ。
そう言うべきなのに、言葉にすることができなかった。
( ^ω^)「僕はもう君にこれ以上傷ついて欲しくない。これだけは絶対に、確かなことだお」
彼女は自分を嫌悪している。そして、僕に罪悪感を抱いている。
あの自罰的にも思える戦い方は、その溢れだした膨大な感情の発露でもあったのだ。
ツンは、涙を拭ってなお真っ赤に腫らした眼で、ふっと微笑んだ。
ξ゚ー゚)ξ「好きよ、内藤。だからもうついてこないで」
彼女が一歩前に出る。僕は縋りつてでも止める為に身構える。
しかし次の瞬間ツンの姿は僕の視界から消えた。
次に彼女を知覚した時、僕のみぞおちには彼女の拳が埋まっていた。
(; ^ω^)「おっぐ……ツ……ン……?」
ξ゚听)ξ「行ってくるわ。帰ってこれたら、そのときは……」
腹に当身を喰らったのだと理解した時には、僕の意識がブラックアウトする寸前だった。
柔らかく抱き止められ、ベッドに横たえられながら、目の前が真っ暗になった。
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60 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:49:56 ID:0w0/X/Ow0
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* * *
僕が眼を覚ました時、ツンは既に部屋から姿を消していた。
彼女の母親は僕がまだ部屋にいることに驚いて、それからツンのことを教えてくれた。
体調が回復したからコンビニ行ってくると言ってでかけたらしい。
当然止めたが、熱測ってみたら本当に平熱で、顔色も良さそうだったので、渋々許可したそうだ。
僕は彼女にお礼を言って、津村家を後にした。
もちろんコンビニ行くなんて真っ赤なウソだ。
だけど本当は彼女がどこにいるのか、僕にわかるはずがないのだった。
見えない敵の出現場所はツンにしかわからない。
携帯に電話しようかと思ったが、驚いたことに僕は彼女の番号を知らなかった。
四六時中一緒にいて、電話する必要を一切感じなかったからだ。
我ながら自分の間抜けさに本当に嫌気がさす。
僕はこれまで彼女と一緒に戦ってきた場所を虱潰しに探した。
噴水のなくなった噴水公園、ゴーストタウンと化した公営団地、ホムセン前の河川敷、街はずれの廃工場。
思いつくかぎりの全てを何度も回ったが、ツンの姿はついぞとして見つからなかった。
日付が変わった頃になって、親から電話で怒鳴り散らされて、家に強制送還となった。
もしも僕の知らないところで彼女が戦っていたとしても、無事倒せたなら家に帰っているはずだ。
なら明日学校で会える。僕はそう考えて眠れぬ夜を明かした。
次の日になっても、ツンは欠席していた。
いよいよ僕はいてもたってもいられなくなる。
よほど早退して探しにいこうかと思ったが、その前に相談すべきことがあった。
僕は図書室の主、竹島ドクオに会いに行った。
('A`)「落ち着け。いたずらに探しまわっても見つからんのは昨日分かったろ」
ドクオは僕が早口で窮状を伝えるのを一切遮らずに聞いて、そう判断を下した。
(; ^ω^)「でも……!」
('A`)「一番良いのは、もう一度夕暮れ時を待つことだな。
津村が無事なら、今日の敵を倒すために再びどこかに現れるはずだ」
彼の言うことは尤もだった。
昨日の夕方から今日にかけて、どこかで公共物の破損やけが人が出たとは報じられていない。
ということは、昨日現れた敵はツンが倒したと考えるべきだ。
では何故、彼女は学校に来ないのか。
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61 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:51:34 ID:0w0/X/Ow0
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('A`)「お前に会いたくないんじゃねえか?」
( ^ω^)「どういうことだお……」
('A`)「あわせる顔がないってこったろ」
( ^ω^)「……!」
ドクオには、ことのあらましを全て伝えた。伝えた上で助言が欲しかったからだ。
冷静になれない僕の代わりに、彼は客観的な所感を述べてくれる。
('A`)「津村はお前の怪我の原因が自分だと考えてる。んでお前はそれをしっかり否定しなかった。
あいつの中じゃお前が暗い恨みを抱えてることになってんだろ。
……ウンコカスにもほどがあるぜ、内藤」
これみよがしにため息をつく。
ぶん殴ってやりたくなったが、一から十まで彼が正しく僕はどうしようもないウンコカスだ。
('A`)「なんで否定しなかったんだよ。お前は別に津村のせいだなんて思ってないんだろ」
( ^ω^)「それはそうなんだけど……」
当たり前だ。これでツンに逆恨みなんてしようものならウンコカスどころか最低の人間だ。
だけど、どうしてもあの時僕は言えなかった。
多分いまでも言えないんだと思う。
( ^ω^)「半年前まで、僕は本当に陸上の好きな部活至上主義の人間だったんだお。
今でも正直未練があるし、あの頃のことを夢にだって見る。
実際のところ、全然吹っ切れてないんだお」
('A`)「それは津村とはなんの関係もねーだろ」
( ^ω^)「だからだお。ツンが僕の怪我を自分のせいだって言って、謝ってきた。
僕は未練タラタラなのに、『君のせいじゃねーお気にしてねーからキニスンナ』!ってヘラヘラしながら言う。
……それじゃあ、僕の半身にも近い陸上部時代の思い出が、死ぬほど悔しかった絶望が、
パッと晴れる程度の薄っぺらいものみたいじゃないかお」
酷く、無価値なものに思えてしまう。
僕にとっての陸上部は、そんなもんじゃなかったはずだ。
僕はこれまで、それら暗くてドロドロした感情の一切から、目を背けることで自分を守ってきた。
どうしようもないから、諦めたから、なんてまったくこれっぽっちも思っちゃいないのに、そういう体で誤魔化していた。
いま、僕に降りかかっているのはそのツケだ。
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62 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:52:53 ID:0w0/X/Ow0
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('A`)「お前、一体なにと戦ってんだよ」
僕の懊悩を、ドクオは一言でスッパリと切り捨てた。
なにと戦っているかと言えば、それは紛れもなく自分自身だ。
僕の中のマイナスの感情との折り合いをつける為に、肥大したその意志と、僕は今戦っている。
( ^ω^)「敵は自分自身……かお」
('A`)「そいつがお前の『見えない敵』ってわけか」
彼の言う見えない敵とは、ツンが戦っている物理的なそれとはもちろん違う。
もっと原義で言うところの、揶揄としての見えない敵だ。
( ^ω^)「でも、そういうもんじゃねえかお?人は誰もが、見えない敵と戦っている。
ツンがそうであるように、僕がそうであるように」
厳密には、僕はいままで戦いを避けてきた。
だけど昨日のツンの告白を受けて、ようやく戦う覚悟ができたんだ。
('A`)「一人でか?」
ドクオは問う。
この偏屈人間は、悪いことはボロカス言いやがるけど、同時に良いことは掛け値なしに認めてくれる。
そこが、僕が彼を好きな理由だ。
僕は迷わずに答えた。
( ^ω^)「――いいや、ツンと二人でだお!」
椅子を蹴って立ち上がる。
助言を求めにきたつもりが、なんだか僕の中で答えが出てしまった。
だけど、だからこそ、これが僕の飾らない本音だと言える。
もう行こう。この時間からでも候補を一つ一つ潰していけばどっかでツンに会えるかもしれない。
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63 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:54:38 ID:0w0/X/Ow0
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('A`)「おー行って来い。行くからには勝ってこいよ。
お前はどうしようもない軽率で軽薄なウンコカスだけど、ちゃんと考えて結論の出せる骨のあるウンコカスだ。
ひり出してこい、お前のケツ論を。ツケを返してケツを拭いてこい」
( ^ω^)「ウンコ言いすぎだろウンコカス2号。帰ってきたら3号を紹介してやるよ」
お気楽に手をひらひらさせる彼には、なんだか助けられてばかりだ。
ふと、ついでに気になってしまったことがある。
( ^ω^)「……ドクオはなんでいつも勉強してんだお?成績上がりもしない勉強に意味はあるのかお」
('A`)「そりゃおめえ、負けたくねえからよ。遊びや怠けの誘惑に、勝ち続けて俺はここにいる」
( ^ω^)「お前も大概見えない敵と戦ってんじゃねーかお」
それもまた然りだ。人は誰もが見えない敵と戦っているのだから。
('A`)「しかしまあ内藤、自分との戦いとは言うけどよ」
彼は相変わらず表情筋の死んだような顔で言った。
('A`)「もしも自分に勝っちまったら――同時に自分に負けたことにもなるんだよな」
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64 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:55:52 ID:0w0/X/Ow0
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* * *
ほどなくして夕暮れ時になっても、僕はツンを見つけることができなかった。
思いつく場所は全て回った。あらゆる可能性を検討した。それでも彼女が見つからなかった。
(; ^ω^)「なんでどこにも居ないんだお……ツン……」
まさか、本当にやられてしまったのか。
治癒力が追いつかないほどのダメージを受けたか、あるいは熱病のぶり返しで、動けなくなってるのか。
途方にくれて、あるはずもない電話番号を探して僕は携帯をとる。
( ^ω^)「…………」
そのとき、ある閃きが頭の中を駆け巡った。
それは最低の考えで、自己嫌悪に押しつぶされそうになったが、頼れるものはもうほかにない。
インターネットブラウザを開き、国内で最も有名なSNSに接続する。
かつて、ツンは僕の差し伸べた手をとることを躊躇した。
同じことを言って、彼女を騙した連中がいたからだ。
彼らが、今もなお津村ツンを笑いものにして、いたとしたら。
彼女の一挙一動を、晒しあげているとしたら。
僕は検索欄に、思いつく限りの検索ワードを打ち込む。
ツンの名前や、容姿の特徴、口上、行動、そして考えうる蔑称に至るまで。
そして、見つけた。
口に出すのもいらいらするような酷いあだ名で、ツンの姿を写真に撮った投稿を。
タイムスタンプは今日の30分前。ご丁寧に場所まで記載してあった。
こいつらを殺してやりたいほど憎らしいが、今だけは感謝しよう。
ツンの居場所がわかった。
僕はすぐにタクシーを捕まえた。
投稿に書いてあったのはこの街の一番大きな図書館の駐車場。
営業時間は終わっていて、タクシーの運転手は今更ここを指定した僕を訝しんだ。
タクシーを降りて、痛む足を引きずってツンの姿を探す。
あたりは暗くなり始めていたが、彼女がどこにいるかはすぐにわかった。
戦闘の音が響いてきたからだ。
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65 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:57:32 ID:0w0/X/Ow0
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ξ;゚听)ξ「く……!」
細長い刃渡りをもつ柳刃包丁を片手に、ツンは走り回っていた。
白刃を振り回し、ときおり飛びのいたり踏み込んだりしているが、その動きにはこれまでのような精細がない。
やはり本調子ではないのだ。
僕はもう何も迷わなかった。
彼女の姿を捉えた瞬間、自分がなにをすべきかがはっきりとわかった。
ゆっくりと、低く身を屈めていく。太陽熱を残したアスファルトの温もりが心地よい。
姿勢は、スターターなしのクラウチングスタート。
靭帯の損傷自体は回復している。
ただ、切れグセがついたというか、事故前より脆弱で、長時間の走行や練習には耐えられないと診断された。
それでも、一回ダッシュするぐらいなら保ってくれるはずだ。
短距離走において重要なのはもちろん第一に足の筋力だが、同時に同じぐらいフォームや走法も大きく影響する。
それはおしなべて言えばスプリントの感性。より効率よく前へ進む身体の操縦方法。
入院生活で確かに僕の足の筋肉は衰えたが、走行感性まで錆びつかせたつもりはない。
――たった一走限りなら、僕は今でも陸上部のエースだ。
( ^ω^)「おっ!!」
第一歩目から理想通りのスピードが乗った。
二歩、三歩と速度が掛け算のように追加され、僕は掛け値なしに風と一体になる。
これが、陸上部時代に全ての部員をごぼう抜きにした僕の走法、内藤ストライド!
( ^ω^)「おおおおおおおおお!!!」
視界の下をアスファルトが凄まじい速度で流れていき、僕の眼はまっすぐ前を見る。
ツンが膝をつき、武器を取り落として見えない敵を見上げていた。
ツンの前に立ちはだかる敵は、僕には見ることができない。
見えなくても、理解はできる。
ダビデ像という有名な彫像がある。
かの作品が傑作たる所以は、少年ダビデの目線や仕草で見る者に敵対者の姿を想像させられる所にある。
僕はこれまで何度も、ツンが敵と戦うところを見てきた。
だからたとえ目に見えなくたって、彼女の目に映るものを――想像で補完できる!!
そこにいるのは見たこともないタイプの"敵"だった。
既存のどの生物にも例えることのできない、五体を持ち、二足で立つ巨大な化け物。
一対の両腕には、凶悪な爪が彼岸花のように開いており、ツンの首を刈ろうとしていた。
確かに凶悪で強力な化物だが、僕はちっとも怖くない。
だってこいつ――胴体がガラ空きだ。
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66 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:58:23 ID:0w0/X/Ow0
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(# ^ω^)「ウンコカスを舐めんなああああああああああッ!!!」
トップスピードに乗ったまま、僕は肩から化物に体当たりした。
砲弾じみたタックルは、僕の全体重と全速力を威力へと正しく変換し、ブチかまされた化物が身体をくの字に折って吹っ飛ぶ。
身体のあちこちから血を流したツンが、瞳を開いて僕を見た。
ξ;゚听)ξ「内藤!?」
(; ^ω^)「いってええええ!」
同じぐらい凄まじい衝撃を肩に受けて僕もまた後方へ吹っ飛んだ。
こいつの横腹めちゃくちゃ硬い。鈍い激痛は、肩が脱臼してしまったことを意味していた。
そして、僕が肩を犠牲にしたタックルを食らわせたってのに、"敵"はもう起き上がり始めようとしている。
それでもなお、僕に恐怖はなかった。
傍にはツンがいたからだ。
ξ゚听)ξ「――っだああああ!!」
僕がここにいる意味、その戦略的意義を瞬時に理解した相棒は、既に行動を開始していた。
取り落としていた包丁を掴み、砂塵が上がるほどの衝撃をもって疾走する。
その刃の先には、上体を起こしたばかりの化物タイプがいた。
瞬間、交錯。
化物の額ど真ん中へと正確に突き立てられた柳刃包丁が、煌めく粒子となって砕け散った。
その最後のときまで立ち続けていたツンは、化物の絶命と同時にふらりと後ろへ倒れていく。
僕はその線の細い背中を、肩の外れた両腕でしっかりと抱きとめた。
( ^ω^)「相変わらず危なっかしいお、ツン」
ξ゚听)ξ「ない、とう……」
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67 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/03(日) 23:59:59 ID:0w0/X/Ow0
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ツンは僕に背中を預けながら、しかし僕の方を見ようとはしなかった。
それでいい。そのまま聞いてくれれば良い。
( ^ω^)「僕は……正直、あの事故で陸上人生が駄目になったのが悔しくてしょうがないお。
僕の半身みたいなものだった。失ったのが辛かった。今からでも足が治るならなんでもするって言えるお」
ツンがびくりと肩を震わせる。
彼女が逃げ出してしまう気がして、自由な片手をツンのお腹に回す。
( ^ω^)「でも、確かに半身だったけど、それでも半分なんだお。
もう半分の僕は、ドクオの友達であり、見えない敵を倒す者であり、ツンの――仲間。
僕の全てが失われたわけじゃないんだお。この半分がまだ、僕には残ってるんだ」
それは、情けない選択肢なのかもしれない。
なくしてしまった陸上という半身を、体の良い代替品で埋めているだけなのかも。
それでも、代理に過ぎなくても、僕にとっては陸上と同じくらい大切で、かけがえのないものなのだ。
( ^ω^)「残り半分である君を、僕は失いたくない」
ξ゚听)ξ「――――!」
これが僕の出した結論。戦わなきゃいけない自分自身との向き合い方。
厳しく辛い現実があるならば、僕はそれを、大事なものをこれからも大事にしていく理由にしよう。
自分に打ち勝てば負けるのもまた自分。それなら、無理に倒さなくったっていいじゃない。
敵対関係の終着点は、なにも勝ち負けだけではない。
和解し、共に別の敵と戦っていく選択肢だってあるはずだ。
昨日の敵は今日の友って言うしね。
ξ;凵G)ξ「でもっ……私のせいで内藤が怪我したのはほんとのことで……っ」
( ^ω^)「あるいはそうかもしれんお」
ツンの顔は見えない。
だけど、彼女がどんな顔をしているかわかるくらいには、僕はツンを見てきた。
泣いてる顔も、笑ってる顔も。その中で、一番好きな顔で居て欲しいから、僕は言う。
( ^ω^)「ツン」
僕はなかば強引に、彼女をこちらに向かせる。
案の定、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔があった。
ツンは急いで顔を隠そうと手を翳すが、僕はその腕を掴んで下げた。
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68 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/04(月) 00:01:30 ID:JFWlLpYY0
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( ^ω^)「そうかもしれないけど、それとこれとは関係ないんだお。
僕が君を好きになった理由は、そんなこととはこれっぽっちも関係ないんだ」
ξ;凵G)ξ「!?」
あまりにも陳腐で、言葉にするのは思春期の僕には憚られるようなことだけど。
だからこそ言いたい、言うべき時じゃなくても、僕は言いたいことを言う。
( ^ω^)「あの日、噴水公園で君の戦う姿を見た時。
傷ついて、裏切られて、それでもなお人々の為に戦う君を見た時。
歴史上のどんな英雄よりも、創作上のどんなヒーローよりも。
……君のことを格好いいと思った」
男の子はいつだって、戦う者に憧れる。
だけどこの気持ちは男の子だからじゃない。僕が僕だからだ。
戦うことを恐れ、目を背けて生きていきた僕には、ツンの姿は眩しかった。
この想いは、かつての抱いた絶望と、矛盾なく同居する。
( ^ω^)「僕は君のことが好きだお。君と一緒に戦っていきたいんだお。
負い目に付け込むみたいでIQ低いけど、これからも君の傍にいさせてほしい」
ツンは耳まで真っ赤にして、僕のことを見ていた。
その吸い込まれそうな大きな瞳に、僕は本当に吸い寄せられるように顔を寄せる。
ξ゚听)ξ「うん……これからも、私の傍にいてください」
僕を吸い寄せる彼女の両眼が、静かに閉じられた。
これで言い訳できなくなった。僕は僕の意志で、最後の一歩を踏み出して。
彼女の鮮やかな唇に、自分の唇を重ねた。
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69 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/04(月) 00:03:45 ID:JFWlLpYY0
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* * *
とまあそんなことが二ヶ月ほど前にあって、僕達はいまもこうして戦いを続けている。
狂人カップルの爆誕は校内を震撼させるかと思ったが、全然ニュースにならなかった。
やっぱ片っぽがファッションキチガイな常識人だとパンチが弱いのかな?
('A`)「そりゃそうだろ。ほぼ事実婚状態だったじゃねえか初めから」
僕の驚愕を、ドクオはそう切って捨てた。
彼は相変わらず受験勉強に精をだしていて、僕は相変わらず彼とお喋りしに図書館を訪れている。
ξ*゚听)ξ「内藤!おはよう!!今日も良いぶち殺し日和ね!!!」
ツンも相変わらずだった。本当に相変わらずだった。
あれぇ?もしかしてはしゃいでるの僕だけだったりするぅ?
('A`)「だから元鞘に収まっただけだろ。ぬるい痴話喧嘩見せやがってゴチソウサマデス」
( ^ω^)「……うまかったかお?」
('A`)「生命(いのち)の味がする」
( ^ω^)「流行ったーーッ!」
今日も僕達は放課後見えない敵と戦う為に街へと繰り出していく。
明日もやっぱり見えない敵と戦うのだろう。
明後日も、その先も、いつかこの世から見えない敵がいなくなるまで。
……それまでは、こうして日々を楽しむくらいの役得はあっていいはずだよね。
さあ、僕の語りたいことは概ねこんなところだ。
片田舎の、小さな街の片隅で繰り広げられている、ちょっとした戦いの記録。
その締めくくりには、やはりこの言葉こそが最適だと思う。
――僕達の、見えない敵との戦いは、これからだ!
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70 名前: ◆N/wTSkX0q6 投稿日:2016/04/04(月) 00:05:01 ID:JFWlLpYY0
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( ^ω^)は見えない敵と戦うようです 了
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見えない敵と戦うようです
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見えない敵と戦うようです
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見えない敵と戦うようです
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見えない敵と戦うようです