(´・ω・`)ショボンは風車のある町に訪れるようです

1 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/03(日) 23:35:07 ID:s2I4Qq2o0
 1.


 思えば、先輩の一言が始まりだった。
  _
( ゚∀゚) なあ、あそこってどっから入るか知ってるか?

 仕事の関係で草咲の住宅街に積荷を運んだ帰り道。
 丘のカーブを曲がる最中のことだった。
 そこは見晴らしの良い場所で、都心に聳える高層ビルが一望できる。

 先輩が言っているのはそこのすぐ手前に見える集落だった。
 四方を木々に囲まれた窪地を家々が窮屈そうに並び、
 そして中心には何故かふうしゃ小屋が建てられている。

 過去に何度も通った道ではあったが、先輩に言われるまで単なる一風景としか
 認識していなかったので、道順など知るはずもなかった。

(´・ω・`) さあ
  _
( ゚∀゚) 地元のくせに使えねえな

(´・ω・`) 市の端と端じゃ全然違いますよ。僕インドア派ですし
      あと、この辺りは先輩の家の方が近いんじゃないですか
  _
( ゚∀゚) あれ、そうだっけか?

2 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:36:55 ID:s2I4Qq2o0
 カーブが終わり、やがて景色はテナントが立ち並ぶ交差点に変わった。
 信号待ちに焦れた先輩が煙草を吸おうと窓を開ける。

(´・ω・`) 適当に曲がれば行き着くんじゃないですか
  _
( ゚∀゚) そう思ってこの間、事務所戻るついでに
      あちこち回ってみたんだけどなあ

(´・ω・`) いや、仕事してくださいよ
  _
( ゚∀゚) 悪い悪い

 信号が青に切り替わる。
 それが切れ目になったのか仕事の話になり、
 再び風車の町が話題にのぼることはなかった。

3 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:38:36 ID:s2I4Qq2o0
 仕事が終わり、スーパーで夕飯の食材を買って帰ると、
 アパートの玄関前に郵便のバイクが停められていた。

(´・ω・`)(大変だな)

 投函する配達員を横目にポストを覗くと、
 手紙が一通入っているのが見えた。
 取り出してみると差出人、宛名ともに知らない名前が書かれている。
 興味を失い、離れようとした僕の目はしかし、
 差出人の住所で留まることになった。

 丹生州市文相鳴──。

(´・ω・`)(どこだ?)

 知らない場所だった。
 何年も生まれ育った場所で、地理も把握していると自負していたのに。

4 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:40:08 ID:s2I4Qq2o0
 僕はつい、配達員を呼び止めていた。

(´・ω・`) これ、なんて読むかわかりますか?

( "ゞ) ふあいなる、ですね
     草咲の隣りで……なんと言えばいいかな

 ふと、先輩の話が頭をよぎった。

(´・ω・`) もしかしてふうしゃのところです?

( "ゞ) ああ、そこです
     ……あそこはねえ、一度行きましたが大変でしたよ

( "ゞ) まず入り口ですが、これがまた昔のまんまで
     石は欠けていてデコボコが酷いし、おまけに傾斜も急で
     二輪じゃとても通れたもんじゃないです

( "ゞ) で、いざ中に入ると薄暗い上に、番地が一切書かれてないんですよ
     尋ねようにも住人の気配どころか
     幽霊が出てきそうなほど静まり返っている始末でして

5 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:42:45 ID:s2I4Qq2o0
( "ゞ) 何より妙だったのは……っと、すいません
     愚痴に付き合わせちゃいました

(´・ω・`) いえ、ありがとうございます










 部屋に帰りテレビをつけると、音楽番組でアーティスト紹介がされていた。
 四人組のバンドで、リーダーのギターと司会者が楽しそうにトークをしている。

(-@∀@)『ずばり、初めてブンステに出る心境は?』

( ・∀・)『この番組に出させてもらうことは、結成当初から一つの目標でした
      それが叶い、こうしてアサピーさんと話すことができて……
      もう最高の一言っすね』

(-@∀@)『いやあ、司会冥利に尽きるね。ありがとう
       これはますますパフォーマンスに期待がかかりますよ』

6 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:45:05 ID:s2I4Qq2o0
 僕は彼らを知っていた。
 結成四年目になる新進気鋭のバンド。
 昨秋発表されたメジャーデビューシングルは、
 アイドル全盛の時代に於いて月間1位を獲得する快挙を成し遂げた。

 来月に武道館で単独ライブを予定しており、
 後々海外進出も視野に入れているという。
 今や全国で最も注目されるバンドといっても過言ではなかった。

 司会の一問一答に答える青年の目つきは、
 スターダムをのし上がらんとする気概で満ち溢れているようだった。

(-@∀@)『それでは参りましょう
       VIP STARの皆さんで、光る風を追い越したら』

7 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:47:05 ID:s2I4Qq2o0
 拍手と共にメンバーが壇上にあがる。
 ライトアップされ、曲が披露されようとしたところで
 僕はチャンネルをニュースに変えた。

(´・ω・`) はあ……

 流行に疎い僕が彼らを知っている理由。
 それはギターの男が高校の同級生だということに他ならない。
 スポーツは何をやらせても優秀で、定期テストは毎回学年首位を争う所謂天才で、
 端正な顔立ちは他校の女子にまで噂されるほどだった。

 そんな彼が好きだから、という理由だけで
 周囲の反対を押し切りバンドマンを志した時、
 僕は挫折を確信していたし、見下してさえいた。

 それが今や売れっ子にまで成長し、片や大学を出たにも関わらずフリーター生活。
 休日をスマホ弄りに費やしては、また無為に過ごしてしまったと後悔を重ねるだけの日常。
 出先で彼の楽曲が流れる度、僕は惨めな思いをせずにはいられなかった。

8 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:48:51 ID:s2I4Qq2o0
 ぽつねんとしている内に、番組はニュースから深夜バラエティに変わっていた。
 時計を見ると日を跨いでいる。

(´・ω・`)(寝よう)

 横になって寝入るまで楽しいことだけを考えるようにした。
 巡り巡って頭に浮かんだのは、あの人の良さそうな配達員の顔。
 ただの見知らぬ町に付加されたオカルトじみたエピソード。

(´・ω・`)(今度行くか)

 そんな柄にもないことを考えついたのは、苦し紛れの逃避の末のことだった。






.

9 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:51:58 ID:s2I4Qq2o0
 草咲の住宅地を裏に抜けると、砂混じりのアスファルトを進んだ先に
 廃れた二階家が佇んでいる。
 外壁を一面蔦に覆われ、玄関前にはテレビや箪笥などの
 家具の残骸が打ち捨てられており、草むらに錆に塗れた軽トラが放置されている。

 その中に、元は塀の一部だったと思われるブロック片を見つけると、
 腰を下ろし、暫しの休息をとることにした。

(´・ω・`)(こりゃ間違いなく筋肉痛になるな)

 覚悟はしていたが、いざそれが現実的になると思わず苦笑が漏れた。

(´・ω・`) こりゃしんどいね

 僕は向かいに座る相棒に声を掛けた。

 手紙を見た翌日、その週の休みに探索へ出ると決めた僕は
 一人で行くのもなんだと思い、友人を誘っていたのだ。

10 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:54:04 ID:s2I4Qq2o0
('A`) ……マンドクセ

 その友人、ドクオが気怠そうに煙草を燻らせる。

 ドクオは学生時代から連絡の取り合っている数少ない、もとい唯一の友人である。
 不健康そうな見た目とは裏腹に運動好きな人間で、
 毎朝ランニングは欠かさず、草野球にもよく参加する変わった男だ。

 そのドクオも始めこそ意気揚々としていたものの、
 想像以上に煩雑極まる道筋に、そしてこれから歩むことになる
 行程を目の当たりにして、表情を曇らせるばかりだった。

 廃屋の向かいに目的地へと繋がっているであろう通路が伸びているのだが、
 これが未舗装の急な下り坂で、所々岩が剥き出しになっており、
 日光は木々によって遮られ、曲がりくねって先が見えない。

('A`) 今時こんなとこに住む住人の気が知れないぜ。修行僧かよ

(´・ω・`) そういうお寺は普通高山に建ってるイメージだけどね

('A`) ひねくれてんだろ。きっと衆道だらけに違いねえ

11 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:56:18 ID:s2I4Qq2o0
 軽口をたたきながら、滑らないようにゆっくり下っていく。
 もしこれが雨なら、泥濘に気を取られてそれさえも儘ならなかっただろう。
 好天に恵まれてよかったと改めて思った。

(´・ω・`) 最近どう?

('A`) 快勝だったぜ。俺も二安打三打点で大活躍して…

(´・ω・`) そっちじゃなくてクーのこと

 聞かれると思っていなかったのかドクオの顔が少し強張った。

 ドクオには付き合っている女性がいた。
 学生時代、ミス候補に選ばれたこともある美人で、誰にも物怖じせず、
 何でも要領よくこなす気の置けない人物だ。

12 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/03(日) 23:58:02 ID:s2I4Qq2o0
 まさに完璧と言っていい彼女だが、その実直過ぎる性格が災いして
 一度窮地に陥ったことがあった。
 それをドクオが救い、惹かれあった結果、
 七年に及ぶ交際関係が成立しているのだった。

('A`) は? いや、その……

 この話題を振ったのは、ドクオが実に面白い反応を示すからだった。
 普段、卑屈な言動をとるこの男はロマンチストな一面も持ち合わせており、
 彼女のことになると露骨に訥弁になり、突然あたふたし出したりする。
 見ていて飽きないという点では百面相に通じるものがあると思っていた。

('A`) じ、実は、結婚することになった

(´・ω・`) えっ

 ところが、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

13 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:00:40 ID:4xHGdYY20
('A`) その、な。先週レストランに誘ってさ

(*'A`) 俺、頑張ったぜ。指輪を渡してプロポーズして
     ただ、声が大きくなって目立っちまって……恥ずかしいよな
     でも、クーはさ、怒るかわりに笑ったんだ。それで……

(´・ω・`) ……おめでとう。結婚式には是非呼んでくれ

(*'A`) おう!

 それは本来、喜ばしいことなのだろう。
 祝福の言葉を述べながらも、内心では相反する感情が渦巻いていた。

 いずれ結ばれるとは思っていた。
 だが、いざ形になると置いてけぼりを食らったような感じがした。
 そしてどうして自分よりも先にこんな醜い男が、と嫉妬心が湧くのだ。

14 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:02:54 ID:4xHGdYY20
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 これ以上にどんな秘境が待っているのかと身を構えて降り立った先は、
 上と同じように新旧さまざまな家々が左右に延びているのだった。

 これは遠方からでも確認できたので、さほど驚くことではないだろう。
 だが奇妙なことに、道路までもが歩道と車道とに分かれて整備されている。

 他に費用を充てるべき箇所があることは自明だが、この事実は
 文相鳴なる土地が余所と隔絶された場所であるという印象をより深いものにした。

 そして話で聞いていた通り、人気が全くといって無かった。

15 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:05:39 ID:4xHGdYY20
 だが、それら以上に僕たちを震撼させるものがあった。

('A`) なんだよこれ……

 向日葵畑を連想させるほどの夥しい数のかざぐるまが
 屋根に玄関先に、植え込みから果てには電柱にまで、
 万国旗を張り巡らすようにして一帯を連ねていた。
 それはもう異様と形容するほかない。

 そしてどうやらそれらは奥に見えるふうしゃ小屋から
 放射状に延びているらしかった。

 ここが陰の多い場所でよかったと思う。
 さもなければあまりの色彩の多さに目をやられていただろう。

(´・ω・`) とりあえず行こうか 

 僕たちは自然とふうしゃに向かっていた。

16 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:08:27 ID:4xHGdYY20
 見てくれの煩さに反して、というよりそのギャップもあってか、
 日中にも関わらず、辺りは夜道を歩く以上の静けさに包まれていた。
 道中、行きであれだけ流した汗が引いていることに気づいた。
 風は感じないが、空気が全くといっていいほど乾いているのだ。

 路地を抜けると、公園が見えた。
 楡が外周を間隔を開けて囲い、その合間にベンチが配されている。
 生い茂る草はらに遊具は無く、憩いの場といった佇まいである。
 そして中心にそれは存在していた。

 近くで見るふうしゃ小屋はそれなりに年季が入っているようだった。
 処々が欠けた石壁は苔生し、木製の扉は金具が歪んで半開きになっている。
 それらと比べると羽根は損耗が少ないように見えるが、
 果たしてこれが機能するかとなると疑問符がつく。

(´・ω・`) これ、回ると思う?

('A`) 回る回らない以前に、こんな風通しの最悪な場所じゃ…



      「おや、珍しいな」

17 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:11:24 ID:4xHGdYY20
 声がしたので振り返ると、ベンチに腰掛ける初老の男性の姿があった。
 白髪混じりの頭髪に、顎鬚をたんまりと生やしている。
 ゴルフに似合いそうなポロシャツからは毛むくじゃらの腕が伸びている。

ミ,,゚Д゚彡 まさか俺以外にこんなとこまで来る物好きがいたとはなあ

(;´・ω・`)(;'A`) …………

ミ;゚Д゚彡 ……すまん、驚かすつもりはなかったんだが

 フッサールと名乗った男は、ばつの悪そうに頬を掻いた。

(´・ω・`) 住人の方で?

ミ,,゚Д゚彡 いや違うよ。ここには昔からウォーキングがてらな、たまに寄るんだ

18 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:14:41 ID:4xHGdYY20
 フッサール曰く、彼が学生の時代には既に文相鳴は存在していたという。

ミ,,゚Д゚彡 当時は心霊スポットとして知られていてな
       やれ戦前の霊が出るだ神隠しに遭うだの……
       噂にはあがるが誰も行こうとはしなかった。まあ難儀だからなここは

ミ,,゚Д゚彡 で、誰も行かないからこそ行こうと考えた
       早い話、人気者になろうとしたんだな
       だが、期待していたようなことは何一つ起こらなかった

ミ,,゚Д゚彡 ふうしゃはその時からこのままだ
       変わったものといえば、以前よりかざぐるまが増えたくらいだな
       ふん、ここの人間も悪趣味なものだ

ミ,,゚Д゚彡 それで俺が未だにこんなところまで来る理由だが…

そこでフッサールは一度区切り、神妙な顔つきで僕たちを見比べた。

ミ,,゚Д゚彡 ところでお前たち、なにやら回るかどうか話してたみたいだがな

ミ,,゚Д゚彡 回るらしいぞ、これ

19 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:16:55 ID:4xHGdYY20
 それこそ彼が何十年も通い続ける所以であり、
 この謎深き町について知り得る唯一の手掛かりであった。

ミ,,゚Д゚彡 初めてここに来た時に会った住人──今となっては
       連中の顔を見たのもあの時が最初で最後だったな

ミ,,゚Д゚彡 とにかくそいつが言っていたことなんだが
      風車が回る時、決まって付き纏うものがある……その風は

 そして後に僕の人生を分ける大きな言葉となった。




ミ,,゚Д゚彡 運んでくるそうだ、幸福をな











.

20 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:19:10 ID:4xHGdYY20
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
  
(;・∀・) 急に辞めるってどうしてだよ!?







(;・∀・) ──ショボン!!

(´・ω・`) …………

21 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:21:02 ID:4xHGdYY20
(;・∀・) 考え直してくれ!

(´・ω・`) 悪いけど、もう決めたことだから。受験もあるし

(;・∀・) 頼む、お前のドラムが必要なんだ
       どう考えてもここで終わる奴のレベルじゃない
       それを手放すなんてもったいねえよ

(´・ω・`) もったいない、か
      そっくりそのまま返すよモララー

(´・ω・`) バスケを続けていればインターハイに出れただろうし
      受験だってその気になれば上位を狙えたはずだ
      なのにどうして音楽を選んだ

(;・∀・) 好きだから。それ以外にあるかよ

(´・ω・`) らしい答えじゃないか……この際、言わせてもらうよ

(´・ω・`) 僕は君が嫌いだ

22 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:23:41 ID:4xHGdYY20
(;・∀・) ッ!?

(´・ω・`) 才能はあるくせに生かそうとしないなんてふざけてる
      やりたいからやる? 現実逃避の間違いじゃないか?
      おまけに肝心のギターはどうだ。プロには到底及びやしない
      実が伴ってないんだよ

(´・ω・`) 下手の横好きなのは構わないけど
      僕の人生まで巻き込まないでくれ

(;・∀・)

( ・∀・) ……ごめん










(´・ω・`) ……朝か

 また嫌な夢を見てしまった。
 寝ぼけ目でニュースを見ながらカップ麺を啜る。

23 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:25:42 ID:4xHGdYY20
 それは僕が青春というやつを謳歌していた時の記憶。

 高校生になってまだ間もない頃、友人の付き合いで部活動を見て回っていると、
 横からあの男、モララーに声を掛けられた。
 大丈夫、俺も初心者だから。
 その言葉が決め手だった。

 初めて出た学祭の思わぬ反響ぶり。上達を実感する日々。
 今思えば、センスもあったのだろう。

 だが、それも終わりが訪れる。

 三年の進路相談の時、遂にモララーはプロになると宣言したのだ。
 あくまでストレス発散の捌け口としていた僕と彼で
 意識にズレが生じるのは無理からぬことだった。
 そして反対する大人は幾らでもいる。

 あの夢は僕も一緒にプロに、と誘われた時のことだ。
 周囲の声にうんざりしていた僕はつい心にもないことを言ってしまった。
 それがそのまま解散の流れになった。

24 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:29:06 ID:4xHGdYY20
 あれから数年後、運転中にラジオから流れてきた鮮烈なギターソロ。
 衝動的にアーティストを調べると、若々しい顔ぶれの中に彼の姿があった。

 雑誌にインタビューが載っていた。
 多くの人間に才能が無いと反対されたこと。
 見返したくて、一流大生が受験に費やす以上の時間をギターに注いだこと。

 その見返したい誰かにはきっと僕も含まれているだろう。

 あの時辞めてなかったら、と低回を繰り返す内に、
 僕の中でロックとは挫折の象徴という一つの等式が作り上げられていた。
 もう何年も音楽は聴いていない。
 流行りの歌謡曲も、大好きだった洋楽も。






(´・ω・`) 今日も残業だろうな……

 結局、あの風車の町で得たものは何も無かった。
 新たな情報は更なる謎を呼び、
 往復で体力が根こそぎ奪われるという結果だけが残った。

25 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:31:17 ID:4xHGdYY20
 あれから変わったことといえば、先輩が会社を辞めたぐらいだ。
  _
( ゚∀゚) 嫌になったらスパッと辞めろよ
  _
( ゚∀゚) お前は何かと抱え込む癖があるからな
     思い切って環境を変えりゃスッキリすんだろ

 去り際にそう言い残した先輩。
 それは簡潔であり、困難極まる助言だった。

ξ゚听)ξ ショボン、ここ抜けてる

(´・ω・`) ああ、すいません

 書類の不備をつつかれ、慌てて修正をする僕を見て、
 上司はこの日、何度目かわからない舌打ちをした。

ξ゚听)ξ 私が気がつかなければ大変なことになったんだけど。わかる?

(´・ω・`) ……すいません

 日頃から飄々としていた先輩は存外できる人間だったらしく、
 抜けた穴は易々と埋まらなかった。
 不慣れな書類整理をしているのも、そのしわ寄せがきた結果だ。
 当然、仕事量は増える。しかし、給料は据え置きのまま。
 鬱憤だけが募る。

26 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:35:43 ID:4xHGdYY20
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 日が暮れるまで、終始小言を聞かされていた気がした。

 事務所を辞すると、真っ直ぐには帰らず喫茶店に寄った。
 2年前にオープンして内装もまだ新しいそこは、
 時間帯が時間帯なだけあって客が入っていた。
 若い学生のみならず仕事帰りのサラリーマンの姿も見受けられる。

 僕は空いているテーブル席の内、奥側を選んだ。
 窓際にカップルが座るほかは疎らで比較的静かだった。
 コーヒーを一口啜り、筆記用具を広げる。

27 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:37:37 ID:4xHGdYY20
 二十代後半の今頃になって無資格に危機感を覚えた。
 転職するなら有るに越したことはない、と買い揃えた問題集。

(´・ω・`)(だが、それは本当に僕の本音なのか?)

 僕は今の仕事を辞めるために資格の勉強をしている。
 しかし、裏を返せば資格を取得するまでは辞めないということだ。
 数か月前までは先輩が辞める時期に合わせるはずだったのに。
 結局は決断を先延ばしにしているだけではないのか。

 いや、本当は気づいている。
 この自問さえも自己喚起を促す体を装った逃げに過ぎないことを。
 いくら目標を達成しようと、惰弱な僕の意思はその都度、
 辞めない理由を拵え続けるだろう。

28 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:41:20 ID:4xHGdYY20
( ^ω^) ショボンかお?

 面を上げると、斜向かいで連れと閑談していたはずの男がこっちを見ていた。
 中肉中背で陽気そうな顔はどこか見覚えがあった。

(´・ω・`) そうだけど?

( ^ω^) やっぱショボンだお。久しぶりだお
       覚えてるかお? 俺だお。ブーンだお

 僕は思い出した。彼はブーン。
 幼稚園から中学まで同じ学校に通っていた幼馴染。

( ^ω^) 成人式には来なかったおね?

(´・ω・`) ごめん。その時は県外に出てたから

( ^ω^) あー、それは仕方ないかお

29 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:43:32 ID:4xHGdYY20
( ^ω^) でも、面白かったのにもったいないお
       ……そうそう、キュートは覚えてるかお?

(´・ω・`) カビゴンだっけ? 確か、めちゃくちゃ太ってた

( ^ω^) だお。あいつが一番びっくりしたお
       激ヤセしてるし、顔もかわいくなってて完全に別人だったお

(´・ω・`) うわ、想像できないなそれ

( ^ω^) 他にもあるお。モナーがアフロにしてて……

 ブーンは向かいに座り、滔々と語り出した。
 既に結婚して子供まで連れてきた人。
 ある女子は化粧が濃すぎて引いた、など。
 同級生の名前が挙がる度に、僕は記憶にある顔を浮かべ、
 当時を懐かしんでいた。

( ^ω^) ところでショボンは今どうしてるんだお?

30 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:46:02 ID:4xHGdYY20
 出し抜けに話を振られた僕は、返事に窮せざるを得なかった。

(´・ω・`) 一応、会社で働いているよ

( ^ω^) お……

ノパ听) おーい、まだか

( ^ω^) そうだったお。もう帰るところだったんだお

 ブーンは立ち上がり、彼女に一言詫びた。
 それから最後に、ともう一度僕の方へ振り返った。

( ^ω^) 久々に会えて楽しかったお
       今度は昔みたいに遊ぼうお。飲みでもいいけど

 ラインを交換すると、早々に去っていった。
 この後、予定があったのか外で彼女に詰られていた。

31 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:49:41 ID:4xHGdYY20
 僕はため息をついた。

(´・ω・`) 失敗だったな……

 助かった、と思った。
 あそこで声がかからなければ、遠からずテーブルに広げられている
 問題集について追及がいっていただろう。
 そうなれば僕はなんと答えていたのか。
 正直に話すのはあまりにも憚られたからだ。

 いじめられていたわけではない。
 あったのは、僕の一方的なコンプレックスだった。

 足が遅いので鬼ごっこでは誰にも追いつけず、
 ゲームの戦績は大きく負け越していた。
 お年玉では周りとの額の差に臍を噛み、
 口下手だから日常会話では常に弄られる側だった。

 唯一、勉強だけは誰よりも勝っていた。
 だから大人になったらいい会社に就いて高い収入を得て、
 社会的に優位に立つことで自尊心を満たそうと思っていた。

 認めたくなかった。
 彼我にある充実度の差を。
 見返すどころか見返された現実を。

 手元の問題集は空白のままだった。








.

32 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:52:54 ID:4xHGdYY20
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕は愚かだった。

 幼少から劣等感に苛まれ、
 高校時代に見出しかけた居場所とは決別し、
 受験は失敗し、しかしプライドを拗らせたまま
 うだつの上がらないフリーター生活に身を窶している。

 僕は惨めだった。

 幼馴染は何の挫折を味わうことなく大人になり、
 見切りをつけた仲間は血の滲む努力によって成功の階段を登り、
 容姿も能力も僕より劣った友人は愛を手に入れた。

 僕は孤独だった。

 未来に希望が持てない。
 朝を迎えることが怖い。

33 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:56:18 ID:4xHGdYY20
(´・ω・`) 静かだ、ここは

 ふうしゃの羽根は石のように固まって動かなかった。
 かざぐるまは造花のように透明な町に色どり与えていた。

 風車のある町に訪れるのも何度目になるだろう。
 最初はあれだけ苦労した道のりも今では無心で歩くことができる。
 ここは居心地がいい。何者にも煩わされることがない。
 それだけで心が凪ぐことを今まで知らなかった。

 それにしてもふうしゃ小屋を建てた人間は
 何を思って風通しの最悪なここを選んだのだろうか。
 始めから置物として成り果てる道しか用意しなかったかのように。

(´・ω・`) 僕も似たようなものか

 停滞している。僕も風車も。
 風が必要だった。

34 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 00:59:24 ID:4xHGdYY20
(´・ω・`) 幸福を運ぶ風、か……

 それを語った男とあれきり会ったことはない。

 幸福とは恐らく調和の上に成り立つものだ。
 人は交わる過程で知らずの内に互いの福を分け合っている。
 ただ、その中に受け取る量が多い者と垂れ流す者が一定数いるだけだ。
 だから資本主義が存在する。

 それを一方的に突き動かすものがあるとしたら、
 多大な正の代償は計り知れない。

 不慮の事故で物思う間もなく死に至るのか。
 或いは突然蒸発した肉親の借金のかたを背負うはめになるのか。
 言い逃れのできないスキャンダルに失脚を余儀なくされるのか。

35 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 01:02:33 ID:4xHGdYY20
(´・ω・`) もう、こんな時間か

 日が暮れたので、踵を返そうとした。
 その時だった。

 ザザ……

 ふと、音がした。
 何かが吹き抜け、ざわめく音。

(´・ω・`) まさか

 感触はそよ風といって差し支えないものだった。
 しかし、羽根は動き出す。緩やかに速度を上げながら。
 明らかに異質だった。

 幸福の風は実在したのだ。

36 名前: ◆lb.HAszXq. 投稿日:2016/04/04(月) 01:04:43 ID:4xHGdYY20
(´・ω・`) 最高じゃないか……

 僕はこれからどんな幸福を受けることになるのだろう。
 そしてどれだけの人間が不幸になるのだろう。

 これからを思うと楽しみで仕方がなかった。




 風車が回る。








  (´・ω・`)ショボンは風車のある町に訪れるようです 了





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