( ・∀・) 動悸だったようです

30 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:03:35 ID:mrGsDj9g0

やがて、ようやっと何かに気がついた風のドクオとモナーが、互いに顔を見合わせる。

('A`)「……なあモナー」

( ´∀`)「モナモナ?」

('A`)「これ、もしかして来月発売の……」

( ´∀`)「魔法少女物のエロゲ モナ?」

('A`)「……」

( ´∀`)「来月どころか明日が来ないモナ」


('A`)

今やフロアに水揚げされた魚は二匹に増えやがった。

そのようにして、全宇宙規模の壮大な自爆劇に僕らは巻き込まれ、我らが研究所と世界経済は盛大にクラッシュした。
経済破壊の豪雨が吹き荒れ、路肩は浮浪者で満ち、子供たちだけに富が集積していくという搾取の時代を迎えた世界は、
お年玉という概念を八つ裂きにして十字路に埋めるべく、法王の許しを得て言葉狩りの聖戦を開始した。

31 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:06:28 ID:mrGsDj9g0

(,,゚Д゚)「聖戦だゴルァ!」

(´・ω・`)「お年玉という言葉を使う悪魔の手先は皆ひったてい!」


(‘_L’)「失礼、異端審問官ですが……」

(´・ω・`)??

そして、この将軍こそが吊るしあげられた最初の異端者であったと、教会に伝わる年代記は雄弁に語る。

  /\
  | 十 |
 ( ´W`)「決して、使ってはならぬ 葬り去らねばならんのだ……」


(メ_)「馬鹿言うんじゃないぜ、お年玉なんぞクソくだらねえ」

(メ_)「問題は世界に三月が訪れなくなったことだ!」


聖戦はその初期から、かように神の威光を恐れぬ異端者が入り乱れ、世相は一層の混迷に見舞われていた。

だが意外にも、この全宇宙規模の経済破壊は、一つの素朴な疑問によって解決に向かうのだった。

32 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:10:00 ID:mrGsDj9g0

 ('A`)「前々から気になってたんだが、一部のループ物ギャルゲってさ」

 ('A`)「あれ、主人公はループしてないよな」

 (-@∀@) ?

 床を舐めながらドクオは、同じく隣でメガネを床に打ち付けているアサピーへ続ける。


 ('A`)「ループを認識してるということは主人公の情報量は増大してる」ペロペロ

 ('A`)「つまりループしてるのは世界の側だ」ペロッ コレハ セイサンカリ グエッ!

 (-@∀@)「猫が道路を横切ったのか、道路が猫を横切ったのか、観察者の基準次第さ」カシャカシャ

  △
 ('A`)「それパクリだろ、どっかで聞いたことある」ペロロン

 (-@∀@)「失礼な、引用と言ってくれないかね? 出典は思い出せないが」ガシャガシャ

  △
 ('A`)「……まあいい、つまり我々はループしていないのではないか、ということだ」ペペペローンローン

 (-@∀3)「その屁理屈は検討の余地があるな……」バキッ

  △
 ('A`)「だろう?」チュパチュパ


 (-@∀3)(なんかコイツ薄っすら透けて見えるな、メガネが壊れたせいか?)

33 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:11:56 ID:mrGsDj9g0

来月発売のエロゲ欲しさ一心で炸裂する、ドクオの屁理屈じみた謎理論。それに乗っかろうとする宿敵アサピー。
ともに床上をのたうちまわるという立場にあって、初めて新婚と毒男という二人の間に次元を越えた友情が芽生えようとしていた。
それほどに彼らは追い詰められ、いうなれば錯乱一歩手前であった。


さて、毎日が1月1日。とはいえ別段僕らの暮らしはループしていない。
ループものの主人公はループを認識するから彼はループしてない。彼以外の周り全部が循環してるだけだ。
だから、毎日お年玉を貰えると認識するような僕らはループしてない。巡っているのはそんな僕らを除いた全てだ。

そしてここでの僕らとは、世界の人間全てということになる。


 (,,゚Д゚)??

   △
 (´・ω・`)?

  /\
  | ? |
 ( ´W`)

  ??
 (‘_L’)

34 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:13:25 ID:mrGsDj9g0

突如とした思考の変転に殆どの人間は脱落を余儀なくされる。

だが、毎日お年玉を貰えたり、毎日お年玉あげていると認識するような僕らがループしていないのは確かだ。
つまりそれは、僕らが今まで走りぬけてきた日々の日常と何が違うのかと問われて、
大して変わりはないじゃないか、というしかない。


四季は多分なくなってしまったが、
昨日は来て今日も来た、明日もやっぱり来るだろう。

人々は当初戸惑ったが、何のことはない。1月1日が1月1日であるには他の364日だか365日が必要なのである。
天文的に地球周期や天体の位置が1月1日に固定されようとも、昨日が1月1日なら今日は1月2日なのだ。


 (,,゚Д゚)!?

  !!
 (‘_L’)

  /\
  | ! |
 ( ´W`)


    △
 (#´^ω^`#)

この失敗は自分だけが世界のループを認識できるという能力を、全地球人に対して設定してしまったという手違いによる。
もっとも、人はNPCではないのでこの結果は必然であるともいえた。

35 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:15:43 ID:mrGsDj9g0

“時が幾ら留まろうとも、人は歩みを止めはしない。”

そのようにして、全宇宙は破滅的な経済危機から救われたのだ。

このふざけた顛末に一つだけ付け加えるとするなら、例の魔法少女物のエロゲは発売中止となった。
ドクオによる妙の限りを尽くした理論が彼らの会社を救うには、全てがあまりにも遅すぎた。

                          オトシダマ
( ゚д゚ )「シナリオ中に例の使ってはいけないワードが確認された」

爪'ー`)y‐「あっ……」

( ゚д゚ )「幸いネゴの結果、発禁処分だけですんだのだが……」

(’e’)「自転車操業なんで資金繰りの目処が立ちません」

爪'ー`)y‐「また夜逃げっすかぁ?」

( ゚д゚ )「この業界に入ってから逃げ足だけは鍛えられたな」

(’e’)「前はどんな仕事やってたんです?」

( ゚д゚ )「正義の味方……かな」

爪'ー`)y‐「自称正義っすか、大人げないっすねえ」

( ゚д゚ )「ある日その虚しさを悟ったんだ……」

(’e’)「結局、力を振りかざす為のお題目なんですよ正義なんてものは」

爪'ー`)y‐「……次のシナリオそれで行きましょうよ、ヒーロー物で」

( ゚д゚ )「それもいいかもしれんな……」

(’e’)「僕はハッピーエンドがいいなあ」

魔法少女を捨て、ダークヒーロー物に切り替えた次回作は空前の赤字を計上し、
彼らは、もう何度目かもわかったものではない夜逃げを敢行するのだが、それは多分また別のお話。

36 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:17:48 ID:mrGsDj9g0

怒りのあまり怒髪が天界まで突き上がったドクオはそのまま神々に殴りこみをかけ、
エロゲの代わりにいつの間にやら死んでいた肉体を蘇らせてもらうことで、一応の決着を見たという。
そんな眉唾物の噂話が、まことしやかに囁かれている。

我らが所長に逆らうのは、神々に反逆するより遥かに無謀であることが知られており、
それを知る者の間に限り、この法螺話はある程度の妥当性が保持されている。

('A`)「俺は神を信じるよ」

(-@∀@)「急に何言ってんだこいつは……」

( ´∀`)「エロゲが発禁になって、頭がやられちまったモナ」

从 ゚∀从「それっぽいのが居てもいい、人間が考えるようなのはいないだろうケド」

('A`)「眉毛がハの字しょぼくれ顔した奴は楽しそうにしてたが、天国にはエロゲが無かったからな」

(;-@∀@)「おい、誰かこいつをどうにかしろ!」

( ´∀`)「モナモナ、愉快モナもっと喋らせろモナ」


( ・∀・)

主に、僕の中だけで。

37 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:19:20 ID:mrGsDj9g0

しかし、一難去ってまた一難。僕らの前にはより深刻で巨大な問題が横たわっていたのだ。

考えてもみて欲しい。
ループとは言っても、隣近所や個人が時間的に循環しているぐらいなら構わないが、
世界や地球、全宇宙が同じ日を繰り返しているとなると事は大事だ。

宇宙全体がある一日で固定されている。つまり、天体の運行が非常にまずいことになる。
自転公転といったものや、夜空の星々の動きをどうするというのか。
この宇宙全体分の質量やら法則を動かすことになりかねない。

その為のエネルギーはどこから引っ張ってくるのか。

ご近所がループしてるぐらいのものなら、正常な宇宙からエネルギーをかき集めればどうにかなるかもしれないが、
宇宙全体となるとそうも行かない。


「他の宇宙を薪として焚べない限りは」


それは当然、我らが天才所長の言ということになる。

38 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:20:58 ID:mrGsDj9g0

从*゚∀从 「わかるかこの偉大さが、エターナル・ハッピー・ニューイヤー・エンジン!」

从*゚∀从 「全多宇宙の可能性次元を燃料として焼き尽くすことによって、ようやく到達できる場所、そこが僕らのラプソディさ」

( ・∀・) 「ねえ、ちょっともう何いってんの? 全然わからないよ!」

(-@∀@)「ラリったインディーズバンドみたいな発言はやめろ、人語を話せ人語を!」


( ´∀`)「モナモーナモナ! モナ? モーナモーナ」

('A`)「……」 カタカタ…カタ…カタタタ

(-@∀@)

ヽ( ´∀`)ノ プークスクス


(-@∀@)「舐め腐りやがって表にでろ、ニヤケまんじゅう!」

('A゚)「だまれゴミ虫ども! 俺は宇宙同士が衝突することによる宇宙終焉のシミュレートで忙しい、
   崩壊速度によっては積んでるギャルゲを消化しきれない可能性がある!」

(-@∀@)「シャケナベイベー イヤッッホォォォオオォオウ!!」

从*゚∀从「ベイベーベイベ ウゥゥゥウウゥウウウウ!!」

(゚A゚)「あぁああああああ!! うるせぇえええええええ!!!」

エロゲは発売中止に追い込まれたが、新妻は消えやしなかった。
やがて彼らは、再び相争う仲になっていた。

ちなみに新妻は美人だ、僕らの元同僚ダイオードだ、寿退社だ。
卑劣な策謀が幾重にも巡らされた結果に違いないと僕は睨んでいる。

39 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:21:48 ID:mrGsDj9g0

( ´∀`)「奴らは事の重大さに精神を押しつぶされ、現実を直視できなくなったモナ」

( ・∀・)「う、うん……?」

( ´∀`)「遺憾ながらここは、理性を保てた我々だけで冷静に話を進めるモナ」

( ・∀・)「お、おう……」


( ´∀`)「モナモナ、今朝見たモナ」

( ・∀・)「……な、なにを?」

( ´∀`)「所長の下着モナ」


('A(゚A゚)`) ――!?


(;-@∀@)「なあ、お前それどうなってんの? 別宇宙の自分が衝突してきたのか?」

40 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:23:18 ID:mrGsDj9g0

( ´∀`)「……黒モナ」

('A`)「…うっ…ふぅ……」

(-@∀@)「遊んでるな……」

(#・∀・)「ばかなことを! 所長はそんな人ではないッ!」

(-@∀@)「学生時代に遊びの限りを尽くした俺のいうことが信じられんのか!」

('A`)「既婚者の戯言など聞く耳持たんわ!」

(-@∀@)「精神が崩壊してしまうからな」

('A`)「それより先にお前を分子レベルにまで解体してやるよ」ファッキン


( ´∀`)「例によって奴らは狼狽の極みに達してるモナ」

( ・∀・)「ああ、ここは我々だけで話を進めよう……」

( ´∀`)「…………」

( ・∀・)ゴクリ

(*´∀`)「……着痩せのEモナ」
  _
(*・∀・)「おっほぉおおおおお!?」

理解不能な現象に直面した男たちが、とりあえずの間エロ話に舵を切るのは一般に知られた逃避行動であり、
言うまでもなく、この場で正気を保てた人間は存在しなかった。
この僕を含めて。

41 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:30:01 ID:mrGsDj9g0

           パラレルワールド
つまりこれは、並行可能性宇宙をはじめから存在していたかのように突然、この宇宙の隣近所に存在させ、
それらを燃料として駆動する類のループ機関であり、彼女の言葉を信じれば、
別の宇宙を生成だか発見したそばから焼き尽くす、はた迷惑で巨大な火ということになる。


(; ・∀・)「何かもうスケール感がうまくつかめないんだけど……」

(;-@∀@)「正直に言おう、意味が分からない」

('A`)「どこか別の宇宙にモテまくりのドックンが居るということか?」

( ´∀`)「けしからんモナ! ドクオ、一緒にぶちのめしに行くモナ!」

('A`)「合点承知の助よ!」


(; ・∀・)

(;-@∀@)

彼らの順応力も然ることながら、他の宇宙を薪として焚べて燃料にする、
それって一体どういうことなのか僕にはよくわからない。

けれども当然、可燃性宇宙扱いされた他の可能性宇宙が黙っちゃいない。
ことはすぐさま、全多宇宙を巻き込んだ多宇宙間戦争へと発展するだろう。

それはまあ、ご近所だけでループを済まして、ロマンチックな雰囲気で夜の星空を眺める輩や世界中の天文台を襲撃したり
マスドライバで人工衛星や宇宙望遠鏡を叩き落としたりNASAやロスコモスの予算を凍結するという手もなくはなかったが、
如何せん時間と人手が足りなかったのだ。

その程度のことが出来ないのに、他の可能性宇宙を燃料にこの宇宙全体をループさせるあたり、
やはり、うちの所長はひどく大雑把で細心にイカれた天才なのだ。世紀の大馬鹿野郎といっても大過ない。

42 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:33:13 ID:mrGsDj9g0

      オペレーション・ビリオネア
そもそも、永久お年玉作戦がドクオ理論によって封じられてしまったのに、
何故そこまでしてこの宇宙をループさせなければならないのか。
凡人たる僕にはこれがさっぱり理解できなかった。

単に所長が面白がっているだけという可能性は十分にある。
だが、真実は時として非常に残酷であり、EHNYEを走らせたまま飽きて昼寝に入ってしまったというのが今回のそれに当たる。

気がついた時、EHNYEは白昼堂々、衆人環視の中で忽然とその姿を消していた。

所長は寝ぼけ眼をこすりながら白衣を引きずり、研究員一人一人を締めあげたが、全ての探索は徒労に終わった。
その過程でドクオは一度死んだ。




β-17宇宙を自称するUFOの大艦隊が、はくちょう座X-1のすぐ近くにワープアウトし、
ブラックホールはやはり別の宇宙と繋がっているのではないか、とSFマニアたちがにわかにどよめきはじめ、
我らが宇宙の艦隊司令部は、最新の汎用人型決戦兵器を地球まで届ける任務に、わずか19歳の艦長を派遣したという。

特異点となった肝心のEHNYEは、突如発生した時空震に巻き込まれたと見られ、いずこかの並行世界へと消失し行方知れずだ。
一部政府筋によると、これは別の並行可能性宇宙からの攻撃であり、EHNYEは略奪された可能性が高いのだという。


「ここにはありませんよ、そんなお伽話みたいな装置は」


当然そんなことでは異世界人は納得しなかったし、装置を探さなければ、この宇宙が薪になってしまうかもしれないのだ。
もはや人類に残された選択肢はそう多くはなかった。

そして、彼女はしおらしげにつぶやく。

43 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:34:59 ID:mrGsDj9g0

从 ∀从「ちょっとアタシの発明を取り返してくる……」

( ´∀`)「ついていくモナ!」

(-@∀@)「すまんがこの車は三人乗りでな、開発者の俺が乗らないわけにもいかないだろう?」

('A`)「いいのか? 既婚者様よぉ、新妻をひとり置いていっちまってよお」

(-@∀@)「それは……!」

('A`)「ヘヘッ、ここは独りもんの専用席さ 所帯持ちは引っ込んでな!」


パンドラの箱が開いてしまったとして、最後に残るのは希望だという。
その希望が一体何なのかについては諸説ある。希望こそが最大の災厄だとか、偽りの希望だとか。

つまりこれは、最後に残った自称希望が何者なのかにつては、開けた人間が決めていいということだ。
まさか、開けたことも見たこともないのに、そいつが何者であるかと議論しているような間抜けは居ないだろう。

だからこうなる。あらゆる災厄が無限の可能性宇宙として化体した今、
箱の底に残った最後の希望はおそらく、箱を開けたパンドラ自身が厄災を回収するという可能性。

44 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:37:34 ID:mrGsDj9g0

メインブースターに火が入る。
あらゆる分岐を睨みつけ、時空干渉の痕跡に目を光らす。

半ドアのまま座席からこぼれ落ちそうになってるドクオを尻目に、
モナーがアクセルを目一杯踏み込む。

瞬く間に光速の十数%まで加速し、一筋の閃光となって宇宙の闇へと走りこんでゆく三人。
一瞬の後、飛ぶ車は静かにワープイン。闇がまた暗く静けさを取り戻す。

(-@∀@)「行ったか」

( ・∀・)「ああ……」

(-@∀@)「まったく、発明者たるこの俺を置いていくとはな」

( ・∀・)「ああ……」

(-@∀@)「おい、どうかしたか?」

( ・∀・)「ああ……」

(-@∀@)「……」

何故、黙って行かせたのかって、それは僕にもわからなかった。
あの頃は全てがぐちゃぐちゃになっていて、宇宙も自分の気持ちさえも、どうしようもなくかき乱されていた。

45 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:39:44 ID:mrGsDj9g0

一つの例え話として、宇宙が乱れたらその中で適応されている各種の法則も乱れるに違いない。
質量保存とか熱力学第二法則だの、ああいうのは僕らが知る極安定的な宇宙でのモデルだ。

膨張し続ける宇宙のお腹が切り開かれて、その切り口から別の宇宙がヘビの性交みたいに、
幾重にも絡まりながら雪崩れ込んでくる。そんな事態を前にして、先の法則たちがまともでいられるはずはない。
彼らが維持し、彼らを維持する宇宙が崩れたのだから、同様に彼らもまた崩れる。


(-@∀@)「ほれ、いつまでここに突っ立ってるんだ」

( ・∀・)「ああ、そうだな 中に入るか……」

(-@∀@)「急にどうしちまったんだ?」

( ・∀・)「なんでもない……、きっとこのおかしな宇宙にあてられたんだ」

(-@∀@)「……?」


つまり、僕の脳は能力的限界に達して擾乱されたのではなく、
脳を組み上げる根本の法則の法則の法則あたりがやられたのだ。

あるいはこうだ。AIが上手く動かなかったのはプログラミングの精度の問題ではなく、
プログラムを物理基盤内で保持していた電子の振る舞いが変化したから。
僕らの知っていた電子はもう居ない、コイツはかつてあるとき確かに電子だった今は誰だかわからない奴。

これはそういう類の言い訳話に属する。

46 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 00:41:26 ID:mrGsDj9g0

もちろん、油断していたというのは認める。
まさか彼女がこの状況を楽しまないで、ああも殊勝に事態の収拾を図ろうとするとは、思ってもみなかった。

そして僕自身、所長のお守りという途方も無い厄介事から開放されたというのに、
何か釈然としない気分がわだかまり続け、なぜだか猛烈に後ろ髪を引かれていた。


やがて、なんとか研究所へと返した僕らは、彼女の席に見慣れた白を認めた。

( ・∀・)「あ、これ……」

(-@∀@)「あいつ、白衣を置いて行きやがった……」


( ・∀・)

(;-@∀@)「これは案外、まずいかもしれんな……」

( ・∀・)「……そうなのか?」


(-@∀@)「ばか言うな、あんな落ち込んだ所長は見たことがない」

(-@∀@)「その上、自身の象徴たる白衣を置き忘れるなんて、どう考えたってまともじゃない」


( ・∀・)「ほぉん?」

(;-@∀@)「……こっちもかよ!」

47 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 01:02:55 ID:mrGsDj9g0

(;-@∀@)「大体EHNYEを取り返すって言っても、あてがあるわけじゃないだろうし」

(;-@∀@)「無限の宇宙の中から見つけ出せるのか?」

( ・∀・)「無限か……」


彼女達が行く先には様々な宇宙が待ち受けているのだろうが、それはここで語るべきではないと思う。

なにしろ、EHNYEを特異点とした全可能性宇宙ということは、戦争に参加しなかったり勝利したり燃料にされてしまったり、
そもそもEHNYEを認知しなかった宇宙だの、初めから誰もいなかった宇宙だとか、
ほとんど考えうる、ありとあらゆる宇宙が存在するわけだ。もちろん人間が考えもしなかった宇宙だって存在する。

そんな無際限の宇宙が入り乱れた出来事を記述するにはここは手狭だし、
僕やこの宇宙が持ち合わせる各種リソースも心もとない。一般に人や宇宙の寿命は有限であることが知られている。

そして何より、今の僕にはそれらを知るすべもない。


( ・∀・)「でも多宇宙が無限にあるなら焼かれる順番は回ってくるのかな?」

(-@∀@)「どうだろう、EHNYEが宇宙を焼く速さによるんじゃないか?」

( ・∀・)「なるほど、じっくり焼かれる方がいいわけか」

48 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 01:12:22 ID:mrGsDj9g0

けれども正直、僕はその種の心配はあまりしていない。

本当のところは分からないが、他の並行世界を薪として焚べるというのは、ちょっとした比喩にすぎないと思っている。
それは、あの所長が言うと、これほどの大言壮語も比喩なのかどうか、限りなく判別不能になってしまうきらいがあるのは認める。
本当にやってしまいかねないほどの逸材だ。

だが、動物実験をためらうほどの彼女が、そんな装置を開発するとは思えない。
僕は助手としてそんな風には彼女のことを信頼していた。


(-@∀@)「なるほどな、割と冷静だな」

( ・∀・)「ああ、少しはマシになってきたさ」


(-@∀@)「冷静さを取り戻したところで、居残り組の俺達はどうする?」

( ・∀・)「ただ待つわけにも行かないんじゃない?」

(-@∀@)「そうだな宇宙戦争の気配はもちろん、ドクオがやってた宇宙崩壊のシミュレートも気になるな」

( ・∀・)「とりあえずダイオードに応援を頼もう」


おそらくは、無数の並行可能性宇宙から、無尽蔵とも言える莫大なエネルギーを取り出しているというのが正しいのだろう。
それが何故、全多宇宙を瞠目させることになったのかといえば、
計り知れない物量の集積によって、既存のものと考えられていた物理法則をこじ開けたからだ。

光を閉じ込めるブラックホールのように。

EHNYEは危険な可能性であり、今こうして多宇宙が入り乱れるような、新たな法則の担い手でさえある。
莫大な未知のエネルギー、こじ開けられた既存の法則、新秩序の旗手。
どう考えたって物騒な代物だこれは。

49 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 01:19:48 ID:mrGsDj9g0

もしかしてEHNYEは永久機関なのではないか、という問いは既に退けられている。
というより、もうどこまでが装置の内部で、どこからが外部なのかがそもそもよくわからない。
パラレルワールドを発見したのか、生成したのかすら定かではない。

こいつは多分、機械の体裁をとった自然現象にも似た何かだ。
それがたまたま、人の手を借りて顕現したに過ぎない。
僕はそんな思いつきを真剣に検討し始めている。


(-@∀@)「しかし、考えてみると、ドクオの理論の件はどうも何かおかしいよな」

( ・∀・)「何いってるんだ、乗っかかろうとしてたじゃないか?」

(-@∀@)「それはそうだが、細部に矛盾があるというかなんというか」

( ・∀・)「狐につままれた感じか?」

(-@∀@)「ああ、富の集積、あり得ないだろうあの展開は」

( ・∀・)「……」


( ・∀・)「現に起こった事実だから深くは考えなかったけど、たしかに奇妙だな」


今となってはループ構造が破綻をきたしたのは、ドクオが妙な理論に目覚める前であるとされるのが一般的だ。
そもそも、人々が認識しつつもお年玉をあげ続けるというような愚行を冒すはずはない。
人は愚かだがその愚かさの4分の1ぐらいは、がめつさによるものであることが知られている。

また、誰もEHNYEを停止することが出来なかったという不可解さから考えても、
一定期間、全人類が真性ループしていたとの推論は成り立つ。

50 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/04(月) 01:23:07 ID:mrGsDj9g0

最も納得のいく仮説は以下のとおりとされる。

EHNYEは密かに全人類をそのループ構造に取り込んでいた。
しかし、何回目かのループが行われた時、宇宙同士の接触によってそんな時間構造に亀裂が入る、
あるいは僕らの認識の方に。

かくして人類は情報量の増大に立ち会い、富の偏在は発見され、聖戦が開始される。
そしてドクオが奇妙な屁理屈を思いつき、亀裂は付け込まれ、
ループから擬似ループへと転落していた時間構造は、全面的に認識崩壊することになる。

正直いって、自分でも何を言っているのかよく分からないが、とにかくそういうことらしい。
この仮説で誰が納得したのかについては、今となってはもうさらによく分からない。
全ては崩壊しつつある宇宙とともに崩壊している。

今や、矛盾などというものは噴出したそばから忘れ去られ、
ときおり思い出したように訳の分からない仮説によってそんな亀裂は覆われ、
当然のように、ふさがれたのは矛盾でありはしない。

51 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:08:26 ID:mrGsDj9g0

僕らは未だ自分たちがまともであると信じきっているが、既にその認知過程が宇宙同様、崩壊している可能性はある。
飛ぶイルカに見えてるのは実はただの羽虫で、羽虫の方も元は鼠か何かだったというような。
宇宙が崩壊してからというもの、鼠は目が覚めると羽虫に成り果て、僕らはそんな羽虫を飛ぶイルカだと信じているのかもしれない。

飛ぶイルカは三人の合意によるのだから、鼠がイルカになっただけで僕らはまともである、という向きもあるだろう。
三人が三人、同じ狂い方をするのも珍しい。それは確かに僕も認めるところだ。

だが考えてもみてほしい、今語られているこのお話がどれくらい正気なのかということを。
鼠がイルカになっただけで僕らはまとも、などという一文が訳知り顔でまかり通っている現状を。
だいぶまずいのではないか。我ながら。


だから、そこから先はこんな風に続いてしまう。

52 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:12:43 ID:mrGsDj9g0

今や僕の頭は、かつてからそうだったかの様に無数に分割されている。
その勢力図において、なぜだか妙な思い込みを信じ始めた領域が拡大し、体のコントロールを握り始めている。

ある学者は、宇宙が崩壊する時、その内にあるものは宇宙の物理的崩壊だけでなく、
法則的崩壊の影響下にもおかれるのではないかと思いついた。

そして、宇宙という基盤によって出力されている脳もまたその可能性の裡にあり、
宇宙崩壊に際し、同時に我々の思考も崩落していくだろうと考えた。

電子が、かつて電子だった誰かになるというように。

今起こっている現象はそれに近い。
無数の宇宙が入り乱れるとともに法則は書き換えられ、僕の脳もそれに追従する。
僕の脳内では宇宙同様そこで起こりうるあらゆる可能性が同居し、今、僕を突き動かす。


最新の理論では、既に四十二個の並行可能性宇宙が僕らの宇宙と交錯したと考えられている。
もっとも、それがこの狂った宙域で出された理論であることを考えると、精度は保証の限りではないが。

53 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:15:13 ID:mrGsDj9g0

この現象を言い換えると、いわゆる計算的宇宙論というやつがそれに近い。

わかりやすく言えば、この宇宙は物理的な出力を実際に行うシミュレータ様の現象であり、
ゲームの中の世界みたいなものだ、という発想。例えば自動化された実態のあるマインクラフトとでも言うような。

そして今そこに、ある種のアップデートがあてられようとしている。
世界の規則は書き換えられ新たなルールが適用されていく。

その過程がご覧の有様という訳だ。
僕らに与えられたアップデートはEHNYEと呼ばれ、多宇宙を実在のものとして出力した。
そんな話は今まで散々してきたと思う。

事がそれだけだったなら、僕だって何もこの宇宙を元に戻すなどと、造物主に弓引くような大逸れたことは考えもしなかったはずだ。
勿論、心のなかで悪態の千や万はついただろう。
でも、僕はそこら辺に転がってる凡人にすぎないのだ。何が出来るというのだろう。

問題は、そんな過程の中で予想外に広がったカオスがある種のバグとなって表出し、
あろうことか僕を駆動させているということだ。

54 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:16:31 ID:mrGsDj9g0

神は自らの不明ゆえ反逆者をお作りになった。
繰り返しになるが、そいつはあくまでただの凡人だった。

しかし凡人故か、一般に最もありふれた小説の題材は、親子関係か生死観、あるいは恋愛と相場が決まっている。

小説。
いきなりの奇妙な文脈侵犯に戸惑うかもしれない、しかし考えてもみてほしい。
小説だってある種のシミュレータなのだ。

つまりそれは、凡庸な人間を動かす為のエンジンが、そのように素朴なものになるという、
ある種の証左だとも考えられないだろうか。

だから僕のバグも、そういったありふれた形で顕現したのではないかという、推論が成り立ちはしないだろうか。
あまりにありふれているため、この場合かえって奇怪な動悸、もとい、動機。


             チッポケナ ノウミソ
そのようにして、僕の内的多宇宙は奇妙に結論する。

55 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:17:52 ID:mrGsDj9g0

ある種の本が訓練なしにその意味をとれないように、そこに刻まれた文字列に変化はなくとも、
読み手が変容することで本と読者の間に出力される内容は変転する。

過去の事実が不変だろうとも、それを捉える現在の思考が変化してしまえば同様のことが起こりうる。
それは一般に、過去との和解として知られている。

この場合、和解とは少し異なる。

つまり僕は、恋知らずの裡に恋をしていたのかも知れない。あの彼女に。
多分、あるいは、もしかして。


この仮説と言うにはあまりに無作法で、推論と呼ぶにはセンチメンタルに過ぎた、
ちょっとした思い込みが、今回の旅のお供ということになる。

56 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:20:01 ID:mrGsDj9g0

勿論、一方でより冷静な一派はこうも主張する。
それは、このいかれた宇宙のせいで何か勘違いしてるだけだろう、と。

前述のように認識のほうが操られてしまってる今、
例えば、ダイオードがアサピーを捨ててイルカに走ってしまったとして、それが恋だといえるのだろうか。
この宇宙崩壊のせいで、おかしくなってしまっただけではないのか?

元の宇宙でも、アサピーが捨てられる可能性は兆候として多分に存在したので、これは通常の流れだ。
そういう見解もわからなくはない。だが相手は何故か空中を泳いでしまうようなイルカだ。
まっとうな恋愛の対象としては、正直どうかと思う。

そして、現在検討している相手は、今宇宙最高最悪のイカレ・サイエンティストだ。
科学者を名乗るのがおこがましいくらいの。


ストレス性の動悸を胸の高鳴りだと宇宙に勘違いさせられたとして、そいつは本当に恋なのか
違うんじゃないか、というのが正直なところだ。脳内少数派の意見ではあるけど。

57 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:21:29 ID:mrGsDj9g0

ご親切にも、他人の恋を偽装して歩く宇宙。
狂い方としては、まあ、ありかなとも思う。なにか楽しげじゃないか。
そこかしこで燃え上がり、爆裂しはじめるような宇宙を想像するよりかは、ずっと。

ただ、その生け贄に僕が選ばれ、あろうことか相方が所長であるという展開はいただけない。


こうしてみると、まるで僕が、彼女が離れていってしまうのを指をくわえて眺めるだけの、
煮え切らないダメ男みたい見えるかもしれないが、間違ってもそういうことではない。
そういう懐かしい宇宙ではもうないのだ、ここは。

だが、この発狂しかけの多宇宙では、文字通りほとんどあらゆる可能性が存在可能なことはすでに知られている。
だから僕も混乱している。この感情をどう取り扱えばいいのか。


なんだかとりとめもなく長くなったが、それもこの宇宙のせいだろう。
まともな道筋はすでに失われ、全てが明後日の方に蹴り出されていく。
このお話の帰結がラブ・ストーリーなんてものに、なりかけるぐらいには。

58 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:23:18 ID:mrGsDj9g0


/ ゚、。 / 「機材の再調整疲れたし……」


(-◎∀◎)「俺もさ……」

( ・∀・) 「えっ?」

(-◎∀◎)「うむ」


( ・∀・) 「は? 僕らは何もしてないだろ」

/ ゚、。 / 「だしだし、それに変なメガネだし!」

(-◎∀◎)「ゴタゴタでうやむやになったドクオの新作、他人の頭のなかを覗ける眼鏡さ」


( ・∀・) 「えっ」

(-◎∀◎)「暇に任せてそこいらを漁ってたら見つけた」

/ ゚、。 / 「結構やばい発明なんだし!」

( ・∀・)

(-◎∀◎)「……話は聞かせて、おっと、覗かせてもらったぞ?」


( ・∀・)

59 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:25:52 ID:mrGsDj9g0

                       dokuo's legacy
脈絡もなく、今更のように持ちだされる過去の遺物。こんなのはあまりに、あんまりではないか。
一体どういう了見で、いつから人の頭を覗き見ていたのか。

僕ら研究者が、人としての倫理を欠いているのは仕方ないにしても、同僚として最低限の仁義って物があるだろう。
その抗議の心も虚しく、僕の言葉の先を制してアサピーが続ける。

(-◎∀◎)「ふふ……控えよ、所長に対し抱き奉った劣情の数々、全多宇宙に喧伝せしめるぞ」


/ ゚、。 /

( ・∀・)


全てが台無しになりかけた一瞬を乗り越えて、僕は、とりあえずアサピーの眼鏡を破壊した。


(-☆∀3)「ああっ!?」


( ・∀・)「だいたいお前は新婚だろ?」

(-@∀@)「確かにな、俺の方はほとんど憧れに近いよ」

(-@∀@)「やっぱり、あの人は特別なんだ」

(-@∀@)「ドクオとモナーがついていったのも、その辺りにあるんじゃないか」


( ・∀・)「……」

60 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:27:19 ID:mrGsDj9g0

ケーブルパズルの完成を見て、僕らは再びメインフロアへと立ち戻る。
ここはまあ、そういったやり方で構成された何かの時空間。
反撃の根城、一つの青い証明。

( ・∀・)「ハイン……」

弱り切ってしょぼくれ、挙句、白衣を置いていくような所長なんて、まるでこの世界が本当に終わってしまうみたいではないか。
僕はそんなぞっとしない光景をいつまでも眺めていたくはない。
僕をともすると勘違いさせ、悩ませているのは、そんな彼女でありはしない。


だが思うに、もしこの宇宙が元に戻ってしまったとするのなら、
僕が今更のように気がついたこの劇薬じみた思いも、どこかの暗がりにふと消えてしまうのではないか。
人騒がせな多宇宙がある日に何かの拍子で、この宇宙の闇に溶けこむようにして。

かつての宇宙では存在し得なかったものとして。

記憶には残るかもしれない。僕らはまだ人としての結構をなんとか保っている。

しかし、思い出してもみて欲しい、いつかの初恋を。
それは多分に色あせ、上書きされ、ちょっとしたお伽話のような風情をまとっていて、どこか扱いに困る。
大勢の人が今となっては、それを何かの気の迷いとして退けるだろう。

僕が危惧しているのは、つまりそういうことだ。

61 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:28:24 ID:mrGsDj9g0

あらゆる現象は観察者によらず一義的には、定義され得ない。
高鳴る胸の鼓動を恋と捉えるか、ストレス性の動悸と捉えるかは、それぞれの思考による。
そして今や、そんな思考はこの宇宙と一緒に根本から翻弄されきってしまっている。


それでも行くのか、と問われて、振り向いた時、アサピーはもう一つ別の眼鏡を掛けて薄笑いを浮かべていた。
無論、いつものやたらと分厚くて度がきつい方の眼鏡じゃあない。

(-◎∀◎)「なかなかにお困りのようで」ケケケ



( ・∀・)

、。 /

起こりうることは、それだけの理由でただ起こる。特に今この宇宙では。
ふざけた眼鏡が一つあったのなら、それが二つに増えたって大した問題ではない。
何しろ今や宇宙そのものが無際限に増殖しているのだ。

62 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:29:36 ID:mrGsDj9g0

もちろん、これは僕の手抜かりだ。

降参だ、と力なく両腕を挙げて僕はアサピーに歩み寄り、半ば当然のようにその眼鏡へ向けて振り下ろす。
今度は所持品も抜かりなく調べあげた。

( 3ω3)「暴力的な手段に訴えるとは、いよいよ追いつめられたなモララー」

( ・∀・)「遺憾ながらそれは認めざるをえない……」


( ・∀・)(誰だコイツ……?)

( 3ω3)つ-@∀@

(-@∀@)スチャ

( ・∀・)(えっ?)


(-@∀@)「そいやお前、産業スパイだったんだな」

( ・∀・)「えぇ!? そんなところから覗いてたのかよ!」

(-@∀@)「安心しろ、そっちの方は俺にとってはどうでもよろしい」

64 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:30:41 ID:mrGsDj9g0

(-@∀@)「お前が所長に入れ込んでいるという事実のが遥かに愉快だ」

(; ・∀・)「な、何が目的なんだな!?」

(-@∀@)「それはもう、酒の肴だよモララー君」

(; ・∀・)「なんだかとってもドクオたちと再会したくなくなってきたな」

(-@∀@)「所長も一緒だぞ?」

(; ・∀・)「くぅッ!」

(-@∀@)「これは当分楽しめるな!」

/*゚、。 /「だしだし! ダイオードも聞かせてもらったんだし!」


 ; ・∀・)


そしていつの日か、あの趣味の悪い車を完成させた時、
初めて僕は全てに向き合えるような気がする、所長……ハインを含めた全ての多宇宙に。
それが、あらかじめ終わりきってしまっている関係性だとしても。

65 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:33:17 ID:mrGsDj9g0

「なあ、それにしても、あの所長のどこがいいんだ?」

「洗いざらい吐くんだし!」

「それは、まあ……」

「体目当てなんだし、モララーはゲスいんだし!」

「顔だろ顔、確かに一応美人の範疇にはあるからな」

「それもなくはないけど、一番はやっぱり性格……かな?」

「……」

「……」

「……なあ、この宇宙の崩壊ってほんとに小康状態なのか?」

「モララーのやつ、もういかれちまってるんだし!」

「うーん、どうだろう?」


だから僕は、いや、僕らは今日も開発している。
へんてこりんな発明を、少しばかり気の違った研究を、いかれた科学を。

なぜかと問う向きがあるだろうか。

67 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:44:14 ID:mrGsDj9g0

Epilogue


(-@∀@)「ダメだな、弐号車は一応完成はしたが所長の現在地は捉えられなかった」

/ ゚、。 /「人間知性のとりあえずの限界だし、出来ることはやったし!」

( ・∀・)「そっか……」

(-@∀@)「どうする? 所長が見つかる保証は全く無いし、下手したら多宇宙の遭難者だ」

( ・∀・)「……」

かつて僕は、命令のままにスパイ活動をしたりと、大概主体性のない男だった。
そいつを投げ出した後も、所長の助手をずっと務め上げるぐらいには。

だが、自由奔放な彼女を前にして、そして彼女と離れ、
そんな関係性がなにか別のものへ変容しかけていることは、前にも話したと思う。


( ・∀・)「EHNYEの方を追おう」

68 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:45:13 ID:mrGsDj9g0

(-@∀@)「ほう……」

( ・∀・)「当初の計画通りEHNYEをどうにかして、この宇宙を元に戻せば所長を探すのも楽になる」

(-@∀@)「まあ、そうなるかな」


(-@∀@)「しかし良いのか? 宇宙が元に戻るっていうことは……」

( ・∀・)「確かめてみるさ、それでも今のままなら、それこそ本当ってものだろう?」

(-@∀@)「それは違いないが……」

/ ゚、。 /「EHNYEを追いかける途上で所長に会うかもしれないんだし!」

(-@∀@)「まあ、その可能性もあるか」


( ・∀・)「オーケーベイベ いざ、ロケンローといこうじゃないか」

( ・∀・)「この多宇宙で一番騒々しい場所へ向けて!」

/ ゚、。 /「当たり前だし、ここで躊躇してたら何のためにこいつを作ったのかわからないんだし!」

(-@∀@)「まあ火種となるEHNYEの周りが静かってこともないよな」

69 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:46:07 ID:mrGsDj9g0

(-@∀@)「アテンションプリーズ、ぶっとばすぜ!」

パーキングからハイパードライブにギアが入り、アサピーがアクセルを全開に踏み抜く。
車窓に切り取られた風景は刹那、時間の彼方に引き伸ばされ、
シャッターを開けっ放しにした写真のように尾を引いて取り残された。

やがて、全てが僕らの背後に消える。

(-@∀@)「こいつはご機嫌な性能だな!」

( ・∀・)「ああ間違いない!」

/*`、、 /「当然なんだし、もっと崇め称えるんだし!」


(-@∀@)「しかし所長は道中、あの二人と何かあったりするんじゃないのか?」

( ・∀・)「問題ないさ、ハインは色気より食い気のタイプだ」

(-@∀@)「そうすると、お前も問題なくスルーされると思うのだが」

( ・∀・)「……」

70 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:47:22 ID:mrGsDj9g0

/ ゚、。 /「モララー案外バカなんだし」

(-@∀@)「それはそうさ、うちの研究所に賢い奴なんて居るわけがない!」

( ・∀・)「だまらっしゃい!」

そうだ、そのように僕はまったく救いようのない愚か者なのだ。
すべての多宇宙を切り開いて、ENHNYEとハインを見つけ出そうとしているくらいには。

気が付くと、車はどこかわからない彼方の地平を驀進していた。
光すら置き去りにして、一瞬一瞬にシルエットだけをその場に残しながら。

そして僕らは、未知の可能性宇宙へと飛びこんでいく。




fin

71 名前: ◆/Y.42RQ7VE[sage] 投稿日:2016/04/04(月) 02:53:13 ID:mrGsDj9g0

あとがき

いつか総合でもらったお題、「飛ぶ車」と「永久お年玉機関」について書かれた何か、ということになります。

この後、発狂しかけの並行可能性宇宙をめぐるハイン一行と、それを追いかけるアサピー・ダイオードとおまけの一人が、
全多宇宙を股にかけ、戦争を平和裏に解決し宇宙を元に戻そうと、笑いあり涙ありカオスありの旅を続けて、
途中、人外の大統領を仲間にしながら、EHNYEなる不遜なイカレ装置をとっちめる宇宙海賊冒険ロマンとラブ・ストーリーが続くはずなのだが、
それは多分、また別のお話。



半分くらいながらでろくに推敲できてないんで、かなり読みづらいと思うが許して。
もう少しまともにハインとモララーを描写する時間があれば。

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