ドクオの背骨

39 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:42:28 ID:LBDXupdA0
          九  来訪


  翌朝、ドクオはヒューマノイドがスカルチノフの伝言を再生するよりも早く家を出た。
私物を纏めて――ありったけの金目の物と、自分がかき集められるだけの現金を懐に持ち――宇宙港を訪れる。

  宇宙港の管制塔に【天翔ける生の証】号と連絡がとりたいと告げると、
警備員のフッサール人達が諌めるような発言をしてきたが、個人的な商談と告げると呆気無く引き下がった。
犯罪行為が確定していない今、彼らが動くことはない。正義と天秤は融通が利かないのだ。

  管制塔から呼び出しをかけると、すぐに反応があった。
スクリーンに椅子に座ったショボンが映る。ドクオには見覚えのない背景だった。

('A`)(コントロールルームか? ……今日しくじれば、俺が一生入れない場所)

  早朝だというのに、眠たげな様子ひとつ見せずにショボンは話し始めた。

(´・ω・`)『昨日あれだけ拒絶しましたのに、すぐさまやってくるとは……。
        この私、感服致しました。不屈の闘志をお持ちですね、ドクオ殿。たいしたものです」

  ショボンの相変わらずの大仰な動作と台詞がしばらく続いたが、割愛する。
昨日、フッサール人に強制的に宇宙船に押し入られた件についても何も言及することはなかった。ドクオは首を捻ったが、
とにかくドクオは面会の資格を得た。何かを言ってくるフッサール人を無視して足早に管制塔を出た。

  ドクオが宇宙船の停泊位置にやってくると、ひとりでにハッチが開いた。
商船である【天翔ける生の証】号には他にいくつも、大小様々な――搬入物に応じて使い分ける――ハッチがあったが、
ドクオが通ったのは比較的小さなハッチだった。昨日、ショボンとブーンと通ったものとは別の場所。

(´・ω・`)『殺菌を致します。少々お持ち下さい。簡易的なものですので、ご安心を』

  奥にはもう一枚扉があった。二重扉構造だ。
ドクオの背後でハッチが閉じるとスピーカーからショボンの声が流れてきた。次に、壁から清潔な香りの霧が。

  ドクオは興奮が高まるのを感じていた。ひとりで、宇宙船に乗り込んでいる。
エアロックは狭かったがそれが余計に鼓動を加速させていた。現実に、非日常の空間に身を置いているのだ。

40 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:45:09 ID:LBDXupdA0
('A`)(……)

  宇宙服を装着したショボンが奥の扉から現れる。エアロックを減圧して状態を整える。
ハッチのロックを解錠する。手で押し開けると目に飛び込んでくる幾億もの星々の瞬き……。
その中へ身を投げ出し、船外活動に従事するショボン……そんな幻影が、ドクオには見えるようだった。

  簡易的な殺菌とショボンは言っていたが、ドクオにはそうは思えなかった。
船内に夢中になっていたドクオが我に帰るほどの時間がかかり、それからもう少し待たされた。
ようやく殺菌が終わり奥の扉が開く。長く続く通路に出ると、またもやスピーカーから指示が飛んできた。

(´・ω・`)『そこを右でございます。次を左。以降、指示があるまで直進でございます。
        ……それと、好奇心が疼くのは私も理解できますが、あまり関係のない通路を覗き込まぬよう』

  空気の抜ける音と共に扉が横滑りするのにドクオが慣れてきた頃、
不意に、開けた空間に出た。見知った内装の部屋に到着した。磨かれた壁、調度品、異星のタペストリー、
ソファーの正面にあるスクリーン。ドクオの水色の肉片は綺麗さっぱり掃除されていた。

(´^ω^`)「ようこそ、おいでくださいました」

  ショボンがドクオを招くよう両腕を広げ、歓迎の意を示していた。
徹底した理屈屋で、鉄面皮で、慇懃無礼な敬語を使い、大仰な動作をとるショボンに対して、
ドクオは理知的な印象を持っていたが、今の表情は一転、ひょうきんな――あるいは、逆撫でする――人物に見える。

('A`)

  ショボンの笑顔を見るのは始めてだった。
その裏に何かしらの意図があると気がついたとしても、ドクオは決して考えを覆すことはなかっただろう。

41 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:48:25 ID:LBDXupdA0
          十  計画


  ショボンが小惑星<マンドクセ>にやって来た理由。
入港資料には商売のためと思わせていたが、それは表向きの理由だった。
最大の理由は、かつての無法者達と同じようにモディフィカ・スライムの誘拐。

  だがしかし、超えなければならない難関がいくつも存在していた
フッサール人が誇らしげに宣言した通り、まともに釣れ出してしまうと露見しない筈がない。
細胞検知と、感情察知。屈辱の歴史が難攻不落の防衛システムを作り上げたのだ。

(´・ω・`)(しかしこのシステム。穴があるのです)

  付け入る隙はいくつかあった。

  小惑星<マンドクセ>は不毛の地だ。あらゆるものを輸入に頼って暮らしている。
痩せた土地、育たない作物、草花果実には毒性があり、草を口にする草食動物は体内に毒を貯めこむ。肉食動物も同様に。
食物連鎖の上に行けば行くほどに増していく毒に対して、モディフィカ・スライムは耐性を持てなかった。
そのため、完璧にモディフィカ・スライムを守るなら取るべき手段……鎖星――全宇宙から交易を断つ――が出来なかった。

  誘拐の対象であるモディフィカ・スライムの協力を得た場合、細胞検知と感情察知のどちらも解決できた。
種の特性を最大限に活かして自身の肉体を別のものに変態させた場合、採取したライブラリーに該当せず、
希望や楽天が増すように感情を煽り、恐怖や不安や猜疑心を抱かせなければ、双方とも物言わぬ検知器と化す。

  ショボンは夢見がちな年齢のモディフィカ・スライムに目をつけて興味を惹き続けようと考えた。

  目当ての人材を探し、白羽の矢が立ったのがドクオだった。

  宇宙にも影響力を持つ父親がいたのは意外だったが、宇宙へ出てしまえば何の障害にもならない。
捜索願いが流布したところで、存在が発覚した時点で狙われる種族の“生存証明”をしてしまえば、
宇宙の跳梁跋扈は眼の色を変える。救出したところで誰も親切に<マンドクセ>まで送り届ける訳がなかった。

  そういう輩に比べるとショボンはいくらかマシであった。
同じように無限に金を生み出す生物と見なしてはいるが、無闇に売りさばいたり切り刻んだりするつもりはなく、
自らが有用的に使うつもりでいた。労働力、宇宙船の補修、簡単な機械の制作等……。
余程の危機、予測できなかった非常事態に見舞われた際に財産にも成りうる船員として扱う予定だ。

  これらすべてを、ショボンはブーンに伝えていない。
計画の全容を知れば情に厚い彼が良く思わないのは火を見るよりも明らかであったため、
あくまでも“ドクオの望みを我々商人が善意で叶えてあげる立場”を演出する必要があった。

(´・ω・`)「ドクオ殿。昨日も言いましたが……」

('A`)「親父は説得してきた。『行っていい』だとよ。ほら、こんなにも金を持たせてくれたんだぜ」

  宝石、札束、価値ある異星の調度品。ドクオは持ってきた荷物をテーブルの上に広げる。
あまりにも明瞭なドクオの嘘は、双方の利害の一致を表す。両者合意の元に<マンドクセ>を飛び出すのだ。

42 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:53:16 ID:LBDXupdA0
  ショボンは計画の終わりを感じていた。残る段階は、あと二つ。

  一、ドクオに宇宙港のセンサーを突破する方法を伝えて協力の確約を取り付ける。

  二、現在、宇宙港にある監視カメラと管制塔には、ドクオが【天翔ける生の証】号に乗り込んだのが記録されている。
そのため、ドクオには一旦宇宙船を出て行って貰い、ショボンかブーンが誰にも知られることなく再び船に持ち込む。

('A`)「だから、俺を積み荷としてどこか別の惑星に運んで欲しい。費用は俺が持つ」

(´・ω・`)「了解しました」

  予想し得なかった了承の返事に、ドクオの動きが止まった。
しばしの間……ようやく意味を理解したドクオが顔を輝かせ、歓喜の雄叫びを上げようとしたその直前、ショボンは言葉を続けた。

(´・ω・`)「しかしながら、<マンドクセ>の宇宙港にはセンサーがついております」

(*'A`)「センサー?」

(´・ω・`)「はい。この突破にはドクオ殿の協力が必要不可欠でございます」

(*'A`)「俺に協力できることなら何でもするぜ!」

43 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:54:22 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「それでは……」

  ショボンが説明をしようとした途端、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
呆気にとられている暇もなく、【天翔ける生の証】号のすべてのハッチが強制的に解錠され、
ものすごい数のフッサール人が雪崩れ込んできた。
蟻の巣に水を流しこんだが如くあっという間にフッサール人が全廊下、部屋を埋め尽くした。

ミ,,#゚Д゚彡「いたぞ!」

ミ,,#゚Д゚彡「こっちだ!」

ミ,,#゚Д゚彡「捕まえろ!」

ミ,,#゚Д゚彡「ホライゾンは何処だ!? 拘束しろ! 暴れさせるなよ!」

ミ,,#゚Д゚彡「そうだそうだ!」

  ショボンは混乱していたが、すぐに努めて冷静な思考を展開していた。
あまり大きくない【天翔ける生の証】号とはいえ、商用船である。客室にやってきた数だけで十以上。
耳を澄ませば、外からも喧騒が聞こえてきており、百人以上の規模を動員していると推測できた。

  昨日の再現のようにソファーの前のスクリーンが点灯する。
しかし、映しだされたのは、フッサール人ではなかった。

/#,' 3「貴様らかッ! ドクオを唆しおるのは!」

  小惑星<マンドクセ>の大富豪。最も大きな権力を持つ男。絶滅危惧種のモディフィカ・スライム。
  ドクオの父親、スカルチノフ。
  スカルチノフの肥大した身体が、激怒のために真っ赤に染まっていた。

44 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:55:14 ID:LBDXupdA0
          十一  連行


  眠りから叩き起こされたブーンと、悪巧みが頓挫したショボンはフッサール人に連行されていた。
目的地はドクオの自宅である。轡と手枷をはめられた二人はただ黙って従うほかない。

  銀色の宮殿を目にした時、ショボンはあまりの美しさに思わず足を止めた。
見慣れぬ異種族の文化が創りだした建築物が、こころの琴線に触れる。

  敷地のぐるりを覆う石造りの壁。アーチの楔石には獅子をモチーフとした装飾がされている。
整然と配置された窓枠、緩やかな弧を描く外壁、天を衝く尖塔。すべてが左右対称形だった。
庭園も、緑と白と茶の調和がとれており、意匠の均整を崩さないように丁寧に維持されている。

  足を止めたショボンに気がついたフッサール人が、ショボンの背中を乱暴に押した。

ミ,,#゚Д゚彡「さっさと歩け!」

ミ,,#゚Д゚彡「もたもたするな!」

ミ,,#゚Д゚彡「スカルチノフ様がお待ちであられるぞ!」

ミ,,#゚Д゚彡「誘拐行為には然るべき報いを!」

ミ,,#゚Д゚彡「そうだそうだ!」

  轡を噛まされたショボンは何も言い返すことができず、ただ眉を顰めて非難した。
  _,,_
( ・三・ )
   _, ,_
::( #^三^)::

  ブーンは必死に自分を抑え込んでいた。恐れと怒りの感情が同居している。
肉体能力に誇りを持つホライゾンであるというのに、まるで家畜のように拘束され、
船長が暴行を受けても何も出来ないでいる。しかし、同じタイミングで同じ表情を作るフッサール人が怖かった。

  いっそのこと、拘束具を引きちぎる勢いで暴れてしまおうか……?
だが、衝動に任せて暴れても状況は不利になるばかりだ。ブーンはかぶりを振った。

45 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:55:55 ID:LBDXupdA0
('A`)「……」

  ショボンとブーンから遥か先、先頭を歩くドクオに拘束具はつけられていなかった。
願いが叶う直前で希望が潰えたというのに、喚くことも暴れることもしていない。脳が活動を停止している風にも見えた。

  ドクオは、絶望していた。

('A`)(ああ、どうして、どうしてうまくいかないんだ……)


  巨大な両開きの玄関扉が開かれると、エントランスホールがある。
宮殿内はうってかわって冷たい銀色がなくなり、壁、床、家具と暖色が多く見受けられる。
エントランスホールから生えた階段が、左右対象に二階へと伸び上がっている。

/#,' 3

  エントランスホールの中心に、スカルチノフが立っていた。

(*゚ー゚)

  その隣に、かつての姿へと修理されたヨコホリを従えて。

46 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:57:30 ID:LBDXupdA0
          十二  再会


('A`)「親父……それに、ヨコホリ……か?」

(*゚ー゚)「お帰りなさいませ、ドクオ様」

/#,' 3「馬鹿息子が。まんまと乗せられおって」

/ ,' 3「でも、うむ、間に合って良かったぞ」

('A`)(……)

  ドクオは言葉を失っていた。
もうどれほど会っていなかっただろう。正確には思い出せないほど久しぶりに、父親と顔を会わせた。
ヨコホリの全身の皮膚。骨格の歪みがまっさらに修繕されていた。……反応が、届いた証明だった。

  ドクオは、自分が満たされていくのを感じていた。

('A`)(ヨコホリって、あんなに表情豊かだったっけ……。
    いやそれよりも、親父だ。親父。俺は、見捨てられていなかったんだな。
    じゃあどうして今頃? ……忙しかっただけだったんじゃないか? そうだ、そうだよな)

  ドクオの憤怒の塊がゆっくりと溶けていく。鬱憤の原因が全部解決したような気持ちが胸に広がる。
  _,,_
( ・三・ )
  _, ,_
( #^三^)

('A`)

  フッサール人達によってドクオとショボンとブーンが並べられた。
スカルチノフが口を開いた。諭すような優しい声色だった。

/ ,' 3「なあドクオや。今まできちんと説明していなかったかもしれんが、ワシらの種族はとても貴重なんだ」

('A`)「そんなこと、知ってるよ」

47 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:59:58 ID:LBDXupdA0
/ ,' 3「生きていると知られただけで攫われる可能性があるから、
     惑星の座標は宇宙局に極秘情報として扱うよう言いつけているんだがな……。
     宇宙政府関連以外の者は決して知り得ないはずなのだが、稀にこやつらのような者が紛れ込む」
  _,,_
( ・三・ ) フガフガ
  _, ,_
( #^三^) フガフガ

/ ,' 3「毎日勉強はしているか? どれくらいのものにまで、身体を変化させられるようになった?」

('A`)「さあ。どうかな。試してないからわかんねえよ」

/ ,' 3「どうして試さないんだ。自分の能力は把握しておくべきだろう」

('A`)「見せる相手がいないだろ。使って役に立つ場所もない。
    あってもなくても同じだっての。星から出て行くのに邪魔な特性なら、無かったほうが良かったぜ」

/ ,' 3「お前……」

  スカルチノフは押し黙った。ドクオが抱えていた寂しさにようやく気がついたのだ。
息子は自分の置かれている状況を十全に理解してくれており、大量の金を与え、
ヒューマノイドに身の回りの世話をさせていれば、健やかにまっすぐ育ってくれると考えていた。

/ ,' 3「そうか……すまなかった……」

('A`)「親父……」

  どちらからともなく徐々に歩み寄る父親と息子が、力強く抱擁する。親子間の確執がなくなった瞬間だった。

(*;ー;)「良かったですねえ、ドクオ様、スカルチノフ様」

ミ,,;Д;彡「うっうっうっ」

ミ,,;Д;彡「ぐすぐすぐす」

ミ,,;Д;彡「美しい親子の形だ」

ミ,,;Д;彡「今日この場に立ち会えたことに感謝します」

ミ,,;Д;彡「そうだそうだ!」

  ヨコホリと周囲を囲むフッサール人が涙を流した。
  まるで時間が止まったかのように、しばらくこの光景が続いた。
  _,,_
( ・三・ ) フガフガ
  _, ,_
( #^三^) フガフガ

  轡をかまされ、手枷をはめられた二人は場の雰囲気に取り残されていた。
ホモ・サピエンスとホライゾンは小惑星<マンドクセ>において、完全な部外者なのだ。

49 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:02:04 ID:LBDXupdA0
          十三  背骨


/ ,' 3「商人達を解放してやりなさい」

ミ,,゚Д゚彡「ハッ!」

ミ,,゚Д゚彡「ただちに!」

ミ,,゚Д゚彡「おまかせを!」

ミ,,゚Д゚彡「かしこまりました!」

ミ,,゚Д゚彡「そうだそうだ!」

  心配事がなくなり機嫌が良くなったスカルチノフの指示でフッサール人が動き出し、
手際よくショボンとブーンの拘束具を外した。入港時に取り付けられた背の拘束具も外してもらい、
ブーンは大きく伸びをした。全身の自由を久しぶり――三十標準日以上だ――に味わっている。

/ ,' 3「すまなかったな。商人達よ」

(´・ω・`)「いえいえ。どんなにも聡明なお方と云えど間違いは起こすものです。
        ましてやそれが、息子であるドクオ殿の危機に関わることでしたら、
        早とちりして荒々しい手段を取るのも当然です。故に、私、気にしておりません」

/ ,' 3「そうかそうか……それは助かるぞい」

(´・ω・`)「しかしスカルチノフ殿。親子の感動のシーンに水を差したくはないのですが、
        私達は商人であり、ドクオ殿とはすでに契約を結んだ後なのでございます。
        このままでは一方的な契約破棄を被ることになってしまいます。この点について……」

/ ,' 3「もちろん、キャンセルの代金は保証させて貰おう。いくらほどになるのかね?」

  ショボンは莫大な金額をふっかけようかと思ったが、すぐに思いとどまった。
この場を支配しているのは間違いなくスカルチノフなのだ。気に入らないことがあれば、約束など反故に出来る。
だからと言って、少額では<マンドクセ>までやってきた意味がなくなってしまう。

  結局、中古のSSD――スター・スウィープ・ドライブ――機能が搭載された高速単座艇の宇宙船が買える程度の値段を要求した。

50 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:05:57 ID:LBDXupdA0
  ショボンが告げた時、ブーンは冷や汗をかいて驚いていたが、
スカルチノフはすぐに了承し、ヨコホリに現金を用意するよう言いつけた。
ヨコホリがエントランスホールから姿を消す。

(*'A`)「ショボンさん、ブーンさん。その……すいませんでした。
      俺のワガママでお手数をお掛けして、へへへ、その、恥ずかしい泣き言も聞いてもらっちゃって……」

  ドクオがショボンとブーンに近づき、話しかける。
すべてが丸く解決したと思い、上機嫌な彼に対して反応したのは、ショボンではなくブーンだった。

( ^ω^)「ホライゾンの文化ではね、自分の手で父親を殺さない限り、一人前だと認めてもらえないんだお」

('A`)「?」

( ^ω^)「だから、自我を持ったら喧嘩をするなんてしょっちゅうなんだお。
      父親は一人しかいないから、兄弟がいる場合はそこでも取り合いになってしまう。
      親もそういう文化で育ってきているから、自分が殺される日を望んでいるんだお」

( ^ω^)「今までのことを話し合って、仲良く抱き合って、はいおしまい。
      それ以外の愛の形もあるってことだおね。僕は父親を殺したけれど、父を尊敬しているし愛しているお」

( ^ω^)「自分が父親を超えた能力を持つ証明。一人前の証……。
      ねえドクオくん、君は“何にでもなれる、無限の可能性を持つ身体”を持っているんだお。
      どうして、“本当にやりたいこと”に使わないんだお? “ここではない、どこかへ”行きたい気持ちは?」

( ^ω^)「これが……これが本当に望んだ結末なのか?」

('A`)「ちょっと待てよ、ブーンさん。あんたとは種族が違うじゃないか。勝手に押し付けないでくれ」

(´・ω・`)「ブーン、やめておきなさい」

  ショボンの制止をふりきって、ブーンは言葉を続けた。

( ^ω^)「こんな……こんなにも簡単なことで満足してしまったのか?
      父親に再会したからって、抱きしめられたからって、ヒューマノイドの傷が直ったからって……
      ちょっと優しくされたくらいで今まで全部の感情を許せるのか? こんなことで丸め込まれるのか?」

('A`)「なんだと?」

( #^ω^)「僕に殺されそうな状況になっても、必死で泣き喚いて懇願したあの気概はどうしたんだ!?」

  ブーンの怒気に気がついた、スカルチノフとフッサール人達が何事かと訝しがる。

51 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:09:24 ID:LBDXupdA0
/ ,' 3「おいドクオ、どうした?」

( #^ω^)「今は構ってもらえて嬉しくて満足だろうな! でも、この先……いいか!? 断言してやるお!
        お前はきっとまた、この先すぐにイライラするお。またすぐに癇癪を起こして、ヒューマノイドを切り裂くはめになる!
        それに飽きたら街に行って別の誰かに当たり散らして迷惑をかけ続けて、部屋にこもって空想に逃げ込むだろう!」

( #^ω^)「そして最後には、父親に宥められてまた溜飲を下げる。
        一時の幸福に満足して、癇癪を起こしたことを照れくさそうに笑って思い返すのか!?」

(#'A`)「てめえ!」

( #^ω^)「そうやってずっとずっと過ごしていけばいいさ!
        ただ明らかなのは、“もう次の時には僕達はいない”ってことだお!
        この銀河の端っこのちっぽけな小惑星で何度も何度も繰り返せばいいさ!」

( #^ω^)「いいか!? そんな程度の気持ちで僕達を巻き込むな!
        夢が潰えたくせにニヤニヤしやがって。安っぽい感動の寸劇じゃあないんだぞ!?」

( #^ω^)「意思がないなら文句を言うな! 背骨がないなら黙っていろ!」

( #^ω^)「もう二度と僕達に話しかけるなよ!」 

(#'A`)「……」

  言い終えたブーンは大きく鼻息を吐いた。ドクオは、何も言い返せなかった。

53 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:11:54 ID:LBDXupdA0
/#,' 3「そのホライゾンを捕らえろ!」

ミ,,#゚Д゚彡「うおー!」

ミ,,#゚Д゚彡「何をしている!」

ミ,,#゚Д゚彡「スカルチノフ様が拘束を解いてくれたというのに!」

ミ,,#゚Д゚彡「ドクオ様に怒鳴りつけるとは恩知らずの恥知らずめ!」

ミ,,#゚Д゚彡「そうだそうだ!」

  スカルチノフの指示でフッサール人の輪がぐっと縮まりブーンを取り囲んだ。
再び拘束具を取り付けようと奮闘する者、足に絡みつく者、上半身に飛びかかる者。
ドクオの心変わりに怒りを募らせたブーンは、どれもこれもを感情に任せて吹き飛ばした。

( #^ω^)「離せ! 気持ち悪いんだおてめえら!」

(;´・ω・`)「あっ、この馬鹿!」

  一気に騒がしくなったエントランスホールにショボンは頭を抱えた。
騒ぎになること無く、かなりの利益を上げて惑星を後にする計画――予定の変更こそ生じたが――が、
最後の最後で崩れてしまった。ブーンが感情的になりやすいのは重々承知していたのに、何故もっと強く止めなかったのか……。

(´・ω・`)(私も、ドクオ殿に対して同じ気持ちを持っているからでしょうな。
        確かに感じられたと思った“背骨”がこんなにも脆いものだったとは。残念で仕方ありません。
        かなりの利益になったとはいえ、やはり、ドクオ殿を秘密裏に連れて行きたかったのは確かですし)

  やがてヨコホリが金庫から現金を持ってエントランスホールに戻ってきた。

(*゚ー゚)「ドクオ様……」

  怒鳴り散らすスカルチノフの隣についたものの、ヨコホリはじっとドクオを見ていた。

('A`)「……」

  たやすく心変わりをしてしまい、それをひけらかしてしまった自分を恥じているドクオ。
  ただ立ち尽くしているだけのようだが、心の中で強い決心を固めようとしているドクオ。

  目の前の、やがて退屈が訪れるかもしれないがひとまずは満足できる日常か、
かつては魂を賭けて追い求めた宇宙の銀河。夢の冒険の舞台と成り得る非日常か。

('A`)(俺は馬鹿だ)

  どうして、こんなことに悩んでいたのだろう。願望、という原点にドクオの考えが急速に纏まっていく。
本当にやりたかったことは、毎夜毎夜夢に見ていたのに……確かに、ここには平穏がある。
でも、そうじゃないだろう? 人に言われてすぐに意見を翻すなんて、本当に俺は馬鹿だ。ドクオは大声を出した。

('A`)「親父! 話がある!」

54 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:13:01 ID:LBDXupdA0
          十四  愛の存在――NOW HERE――


  己が信念を杖に、魂を賭けて立ち向かう。

  自分よりも二回りは大きな身体を持ち、自分よりも巧みに身体を操作する相手に、
ドクオは歯を食いしばって食らいついていた。右拳をかわし、左足をかわし、白刃をかわし、弾丸をかわす。
しかし、ふと気がついたその時にはもう、目の前に爆弾が迫っていた。そして、爆発。ドクオの両足が四散した。

('A`)「アバーッ!」

/#,' 3「これでどうだッ!? こんの、わからず屋がッ!」

  前のめりに倒れこんだドクオの頭部めがけて、
巨大な五指を――肉体の体積を集中させて変態させ、更に鋼鉄が如き硬度にまで高めて――を振り下ろした。
ドクオがとっさに横へ転がったため、手のひらこそ地面を叩きつけたが、スカルチノフの指には確かな感触が残っている。

('A`)

  頭部を損傷し、脳が一部飛び出していった。ドクオの記憶の一部が吹き飛ぶ。五感が消失する。
視界すべてが白に染まり、それから一瞬の後に、生存本能が脳と肉体の再生を開始する……。

55 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:14:15 ID:LBDXupdA0
仰向けとなったドクオがはじめに認識したのは、青白い空だ。
雲ひとつない快晴に、二つの恒星が浮かんでいる。背中には、ざりざりとした石の感覚。
わけもわからぬまま周囲に目を走らせると、見渡す限りの緑色――刈り込まれた芝や、
多種多様の生物をかたどった樹木――を縫うように敷き詰められた白と茶の石畳。遠くには、銀色に輝く屋敷。

('A`)(ここはどこだ? おれは、今、なにをしてる? は? はああああ?)

  千切れ飛んだ断面が泡立ち、盛り上がる。同時にドクオの感覚と記憶が蘇っていく。
形が整い、散り散りになった部分にぴったりと埋まった。そして、現在の状況を完全に思い出した。

  スカルチノフはドクオに追い打ちをかけることはせず、怒鳴り声で問いかけた。

/#,' 3「おいドクオ! これでもまだ、出て行くと言うのか!?」

(#'A`)「当たり前だろ!」

  ドクオは全霊で叫んだ。今この瞬間こそ、自分がこれまでに生きてきた時間の中でなによりも大事な場面だと。
ずっと求めていた機会がようやく巡ってきたのだ。今回の好機をものに出来なかったら死んだほうがマシとさえ考えていた。

  家から出て行きたい息子と、引き止めたい父親。
二人の自宅――惑星<マンドクセ>で一番大きな宮殿だ――の庭で、彼らは対峙している。

  ここにいては、決して目にすることはできないものをドクオは求めていた。
このままでは、心を震わせる冒険も夢物語も、決して体験することができない。
そのことがドクオにはどうしても我慢ならなかった。

('A`)(<マンドクセ>には何もねえ。
    俺が好きなもの……俺が心を躍らせる、俺が主役となって活躍する物語の舞台には成り得ない場所だ)

  ドクオの全身に力が漲る。いつまでもいつまでも、自室で読み耽っていた書籍が勇気を与えてくれた。

56 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:14:39 ID:LBDXupdA0
('A`)(恒星を食らって宇宙を渡る鳥も、劇的な進化を促してくれるオベリスクも、惑星を覆う途方も無く巨大な水たまりも)

  特殊な鉱石をめぐって何百年も戦争を続けている惑星<アルフ・アー・ベット>も、
どこまでも可能性を広げ続け、何事も決して終わらせない宗教を持つ惑星<ヴァニ・ロー>も、
小惑星帯にコミュニティを築き、人の心の影を黒い翼として見ると言われている<クーデルカ21g>も。

  ドクオは大きく息を吸って、集中した。それらすべてを見に行くために、戦わなくては。

(´・ω・`)

  巧みな話術で宇宙の雄大さと文化の多様さを語り、ドクオの胸を踊らせた人間が見ていた。

( ^ω^)

  能力や特性を余すこと無く活かして生を謳歌する方法を提案してくれた半人半馬が見ていた。

(//‰ ゚)

  偽りの愛情の具現化。所得顔で世話を焼く、束縛の象徴であるヒューマノイドが見ていた。

/#,' 3「やはり、力づくでわからせるしかないようだな」

(#'A`)「やれるモンならやってみろ、クソ親父ィ!!」

  <マンドクセ>という小さな惑星に囚われたままの運命を打ち破るために、
自分が憧れた物語に登場する人物のように、空想を現実にするために……父親を打倒する決意をより強く固め、ドクオは駆け出した。

57 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:15:31 ID:LBDXupdA0
/#,' 3「宇宙法で保護され、緘口令も敷かれている!
    <マンドクセ>はモディフィカ・スライムにとって、宇宙一安全な場所なんだぞ!?」

(#'A`)「うるせえ! 決めたんだ! 絶対に自分をごまかさない。もう、自分を疑わねえ!」

  ドクオが脳裏に思い描くのは、かつてホライゾンから受けた強烈な蹴り。
地を蹴るうちに形が変化していく。胴体が伸び、そこから上半身が生えてきた。
ブーンのサイズをそのまま縮小した姿は、凄まじい速度を得てスカルチノフに肉迫する。

/#,' 3「クッ!」

(#'A`)(チッ! 外した!)

  渾身の力で繰り出した蹴りは間一髪でかわされた。
ドクオ自身も制御できないほどに加速したため、正確な狙いがつけられなかった。
体験したことがない速度だった。“何にでもなれる、無限の可能性を持つ身体”……ブーンの言葉がドクオに勇気を与える。

  どれほどの間、二人は戦っていただろう。
ショボンも、ブーンも、ヨコホリも、周りを取り囲むフッサール人も、誰も何も言わなかった。
ドクオとスカルチノフが本心をぶつけあいながら戦っている。この親子の事情には、宇宙の誰一人として介入できないのだ。

  やがて、スカルチノフの躯体が攻撃的な変化を止めた。
ゆっくりと、ひとつの粘り気ある塊になっていく。それを見て、ドクオも動きを止めた。

58 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:16:21 ID:LBDXupdA0
/ ,' 3「……恒星間宇宙船なんだぞ」

('A`)「わかってる」

/ ,' 3「……亜光速だ。百光年先の惑星に行くならば、百標準年が経過する。
    モディフィカ・スライムの平均寿命を超えるんだぞ?」

('A`)「わかってる」

/ ,' 3「……ワームホール航路やSSDでの事故は想像を絶する苦痛を味わうんだぞ」

('A`)「わかってる」

/ ,' 3「……<マンドクセ>に残される私とはもう、生きて再会することはできなくなるんだぞ」

  スカルチノフは今までで一番弱々しい声を出した。

('A`)「わかってる」

/ ,' 3「……そうか」

  即答。ドクオは迷うこと無く言い切った。彼はもう、確固たる意思を手にしていた。

/ ,' 3「大きくなったなあ」

/ ,' 3「保護なんてものはもう必要ないのかも知れないな」

/ ,' 3「これまでずっと見てこなかった癖に、いざ居なくなると知ると……こんなにも寂しいとは」

/ ,' 3「たったひとりの息子だものなあ。もっと家に帰って、同じ時間を過ごしておけば良かった」

/ ,' 3「息子の成長にも気が付かないほどの空白が、私達の間にはあったんだな」

('A`)(俺は、本当に愛されていないわけじゃあなかったんだな。
    親父も俺のことを考えてくれていたんだ)

  スカルチノフが、ショボンとブーンに呼びかけた。

(´・ω・`)「何でしょうか」

( ^ω^)「お?」

/ ,' 3「息子を、どうか、よろしく頼みます」

59 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:18:14 ID:LBDXupdA0
          十五  見送り


(´・ω・`)『こちら【天翔ける生の証】号。出港許可を求めます』

ミ,,゚Д゚彡『こちら管制塔。【天翔ける生の証】号の出港を認めます。……ドッキング解除、完了しました』

  【天翔ける生の証】号のエンジン音が宇宙港に響く。
スカルチノフとヨコホリにとって、永訣の音。もう二度と、ドクオに出会うことはなくなるのだ。
宇宙港のドームは開け放たれており、暗黒に煌めく星々に続く道筋へと誘導していた。

/ ,' 3「……」

(*゚ー゚)「……」

  スカルチノフは今でも次第に前進していく宇宙船を引き止めたくて仕方がなかった。
声を荒らげれば【天翔ける生の証】号の加速シークエンスを中断させることも可能だろう。
宇宙に飛び出して行った後も、種の保身を考えず権力を最大限に使えば顔くらいは拝めるかもしれない。
しかしそれは、息子であるドクオに対する冒涜だと理解していた。どのような形であれ、強い意思を持ったのを喜ぶべきなのだ。

  とうとう、【天翔ける生の証】号の黒い船体は見えなくなった。

(*;ー;)「あぁ……」

  ヨコホリが膝から崩れ落ちた。そして頭を垂れた。
まるで心が折れてしまった人間のように。大事なものが二度と戻らない現実に耐えられないと言うように。

/ ,' 3「……」

  スカルチノフはヨコホリの肩に手を置き、ずっとずっと、【天翔ける生の証】号が出て行ったドームを眺めていた。

60 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 22:20:15 ID:LBDXupdA0
          十六  結末


  生とは選択の連続であり、闘争の連続である。それは死の瞬間まで終わることはない。
道の途中で幸福と不幸による浮き沈みこそあれど、最後の結末がどんな形でやってくるのかは、宇宙の誰もわからない。

  それでも、物語は続いていく。
やがて次の物語が始まり、その先もまた次の物語が紡がれていく……
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。


  今回は、ここで一区切り。


  背骨を持ち、自分の力で立ち上がる生物の行く先に、幸運あれ。














.

支援イラスト

inserted by FC2 system