ドクオの背骨

20 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 20:33:11 ID:LBDXupdA0
          六  <アルフ・アー・ベット>、<ヴァニ・ロー>、<クーデルカ21g>


(´・ω・`)「三国が大陸の覇権を争う、途方も無く大きな惑星<アルフ・アー・ベット>をご存知ですか?」

(´・ω・`)「三つの国が、鉱脈から発掘される特殊な鉱石をめぐって何百年も戦争を続けている惑星です。
        鉱石は煌めく銀河の星々が如き輝きで、柔軟性や耐久性にとても優れており、なおかつ加工が容易なので、
        建築素材や装飾品、日用品とありとあらゆる物に使用できるため、三国において必需品と言えるでしょう」

(´・ω・`)「しかし鉱石の真の価値は、そんな程度ではありません。
        加工方法が通常のものとは比べ物にならないほど複雑な工程を踏む必要が出てきますが、
        “ある特定の形になるように加工”した場合、その他の追随を許さない性能の武器――刀や弓矢――となるのです」

('A`)「特定の形とは?」

(´・ω・`)「私には詳しいことはわかりかねますが、異種族文明の文字に似たものだと噂では聞き及んでおります」

('A`)「へえー……不思議だねえ」

(´・ω・`)「恒星間を旅する大宇宙時代になっても、未だ解明され得ぬ不可思議でございます。
        鉱石には記憶や意思が秘められていると考えられ、“物言わぬ鉱物ではあるが、生物”なのではないか?
        この点は私、非常に好奇心をくすぐられるのですが、命を捨てるつもりでなければ宇宙港へ入ることすら敵いません」

(´・ω・`)「名手ともなると、あらゆる物質を紙のように切断できるそうで……。
        鉱石を多く所有する国が遥かに有利となるため、三国は今日も血眼になって大陸の領土を削りあっているでしょう」

('A`)「この狭苦しくて息苦しい惑星に比べて、なんて勇ましい奴らなんだ。俺も戦争に参加してえな」

( ^ω^)「やめとけやめとけお。争わないで済むならそれに越したことはないお」

  ブーンが手を振りながら言う。背中に取り付けられた拘束具が揺れた。
長くつややかな純白の毛――白色を縫うように青藍色の縞模様が幾本も走っている――で覆われ隠れているが、
彼の肉体には無数に傷跡が残っている。ホライゾン種の掟による名残だが……けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。

22 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 20:40:33 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「争いが無い惑星というのであれば、惑星<ヴァニ・ロー>が有名ですね。
        “すべての可能性”を崇拝する教義を持ち、永遠に殉ずる宗教惑星です」

('A`)「すべての可能性?」

(´・ω・`)「ええ。住民は“何もないからこそ、すべてが存在する”という信仰心を持っております。
        私のような異文化人からすれば、虚無や虚空の言い換えとも呼べますが」

(´・ω・`)「<ヴァニ・ロー>は教祖と少数の神官が惑星を支配しておりまして、
        うまく住民を従えることによって、永遠を求める宗教は保たれているというわけですね。
        その方法こそが、惑星<ヴァニ・ロー>の素晴らしいところでもあり、奇妙なところでもあるわけです」

('A`)「ほほう。その方法とは?」

(´・ω・`)「創作ですよ、ドクオ殿。
        絵画、建築、音楽、彫刻、工芸、漫画、小説……あらゆる創作物を神官達が日々制作しているのです。
        これらを鑑賞して受け取ることによって、星に住む人々は毎日を安寧に過ごす指針を持つのでございます」

(´・ω・`)「一般的なものと比べて、違っている――<ヴァニ・ロー>の根幹となっている――点はただひとつ。
        “決して完成しない創作物”を作り、惑星住民に提供し続けている。この一点だけでございます」

( ;^ω^)「はあ?」

(´・ω・`)「ブーンが疑問を抱くのも当然でしょう。しかし、教義を改めて考えてみてください。
        何もないからこそ、すべてが存在するという信仰。やがてくる終着の瞬間を排除し続けて、永遠を求める姿勢……」

(´・ω・`)「進行している事態をあえて打ち切りにすることで、教徒各々が自分の中で好きなように空想を続けられるのです。
        ……これが惑星<ヴァニ・ロー>の平穏の秘訣です。他星はもとより、国々の間でも戦争が起きた歴史は存在しません」

('A`)「ちょっと待て。そんなの、空想の違いで争いにならないのか?
    他人の考えが自分にとってムカつくものになっているのが普通だろう」

(´・ω・`)「さすがはドクオ殿。慧眼ですな。いやはや鋭い着眼点をしておられる……。
        ですが、その問には否定を返さざるを得ません。
        個々人による解釈の違いを尊重し、受け入れるという寛容さこそが最も重要な教義となっております故」

  寛容。その言葉にドクオは身じろぎした。現在、涙滴型でまとまっている彼の表皮が波打つ。

(´・ω・`)(何かしら、思うところがあるのでしょうね)

  椅子の上でぷるぷると揺れるドクオを見て、同じく椅子に座るショボンは足を組み替えた。
自分達への憧憬から、ドクオが現状に不満を抱いているのは容易に理解できた。
解決の方法もわかるが、今はまだその段階ではない。
“ここではない、どこか”を強く求める気持ちをドクオが持ち続けていれば、そう遠くないうちに、とショボンは思う。

23 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 20:45:14 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「生物として最も重要な要素は多様性、柔軟性ですな。
        適当できない者は死んでいく。これは古から伝わる警句でございます。
        さて次は、そんな視野を広く持つ種の紹介を」

(´・ω・`)「小惑星帯にコミュニティを築いた種族がおります。
        私如きには到底成し遂げられない偉業の成果を上げたその一帯と、
        居住空間として浮かぶスペースコロニーは<クーデルカ21g>と名付けられました」

( ^ω^)「お! 知ってる知ってる! 有名だおね。 探偵族!」

(´・ω・`)「ええ確かに。探偵……つまり、事情を探り問題を解決する能力に長けた種族です。
        驚くべきことになんと、彼らには“生物の心の影を黒い翼として見る能力”が備わっているらしく、
        その特性を買われてあらゆる星々から依頼が殺到しているのだとか。羨ましいものですな」

('A`)「心の影を見て、解決……」

('A`)「それはヒューマノイドでも見えるのか?」

(´・ω・`)「申し訳ありませんが、私は<クーデルカ21g>で生まれていないので、なんとも言えません」

('A`)「そりゃそうか。……でも、もしかしたらあのポンコツも直るかもしれねえな。来て欲しいもんだ」

(´・ω・`)「浅学の身ながらご忠言するならば、ヒューマノイドの件については機械惑星に依頼した方が確実かと」

('A`)「わかってるよ。冗談だ冗談」

(´・ω・`)「それは失礼致しました。私、ジョークのセンスがないもので」

(´・ω・`)「さてこの<クーデルカ21g>。優秀なのは人材だけではありません」
        小惑星帯からは有用な希少金属――<アルフ・アー・ベット>の鉱石や、
        モディフィカ・スライムの万能性には敵いませんが――が多く採れますので、かなり裕福な惑星……」

(´・ω・`)「かと思われていますが、実際のところ、食物や木材、飲料など生物として必要不可欠なものが
        自給自足できないため、そのほとんどを輸入品に頼らざるを得ないのです。
        探偵としての仕事は政治、交易の手段も兼ねているわけですね。現地で食事を楽しむ探偵も多いとか」

('A`)「派遣された惑星それぞれの特色を楽しめる仕事かよ。マジで羨ましいな。
    俺もどっか別の星に行ってみてえな。<マンドクセ>は何もねえから退屈で死んじまうよ」

24 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 20:47:46 ID:LBDXupdA0
( ^ω^)「それは、ショボンが良いところだけ紹介したからだお。酷い惑星もたくさんあるって」

('A`)「そうなのか? 例えば?」

( ;^ω^)「おっ? ええっと……」

( ;^ω^)

( ;-ω-)

( ^ω^) !!

( ^ω^)「<シュガー・ボード>って星があるお!
      この惑星は、住民が“狂った管理人”に管理されている地獄なんだお!」

('A`)「……んん? どういうことだ? 独裁国家なのか?」

( ;^ω^)「なんか、アレなんだお。やべーの。逆らったら殺されてしまうんだお! だから自分が六人いるんだお!」

('A`)

('A`)「ショボン。説明してくれよ」

(´・ω・`)「ブーン。生半可な知識は無意味だと何度言えばわかって貰えるのでしょうか?
        却って混乱を招くだけならば、口を開かないほうがマシですよ」

( ´ω`) ショブーン

(´・ω・`)「一言で表すならば、王様に逆らったら殺される惑星、でございます、ドクオ殿。
        タチが悪いのは、住民がお互いを処刑する権利を持っており、逆らったと判断される基準は遥かに低く、
        狂った管理人に報告すればするほどに、評価が上がり社会的地位が向上するという点ですね」

('A`)「自分が六人ってのは?」

(´・ω・`)「惑星の住民は試験管で生まれる――私のように、優秀な遺伝子だけで作られてはいないでしょうが――のです。
        その際に、五体の自分のクローン体を作っておき、死亡した場合にすぐさま意識を移し替えられる処置をするとか」

('A`)「すぐに死んでしまうってことか。……スリリングで面白そうだ。行きてえな」

( ;^ω^)「スリリングって……」

(´・ω・`)「しかし、最近は破綻寸前だそうで。無機質に気に入らないものを排除し続ける管理人にも疲労はあるみたいですな」

25 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 20:50:08 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「<コンクリート・ギア>も似たような管理惑星ですね。
        日にいくつかアナウンスされるタスクを成し遂げなければ死んでしまうのです」

('A`)「うーわ。それは嫌だな。最悪だぜ。やらなければならない、って風に束縛されるのは最低だ。
    俺の嫌いな言葉は一番が努力で、二番目が頑張るだからな」

( ^ω^)「……」

(´・ω・`)「……」

('A`)「この間話してくれた観光惑星<センテンス・キャット>が一番行きてえところだな」

  ドクオが遥か数光年先に想いを馳せると、体内から湧き出た泡がぱちんと表面で弾けた。
半人半馬と人間の視線が水色の不定形生物に注がれる。それが意味するところは何か、ドクオには知る由もない。

(´・ω・`)「さあ、ドクオ殿。そろそろお帰りの時間でございますな」

26 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 20:54:37 ID:LBDXupdA0
          七  駄々


('A`)「……嫌だ」

( ´ω`)「ンモー。またそんなこと言って」

(#'A`)「帰らないぞ! このまま船を出せ!」

  椅子の上に乗っていた涙滴型をした水色の生物がぶるりと蠕動すると、
まるで樹木に巻き付く蔓のように変態し、それから消え失せた。ドクオが椅子に溶け込んだのだ。
涙滴型の生物は見る影もなく、ショボンのブーンの目の前にはいびつな装飾の椅子だけが残っている。

(´・ω・`)「私、その椅子をとても気に入っているため気が進みませんが、
        お世話<マンドクセ>に差し上げると考えればそう悪いことではありませんな。
        いやはや、不法投棄として罪に問われなければ良いのですが」

('A`)「どいつもこいつもくだらねえし、何一つ楽しい楽しいことがねえこんな星なんか居たくねえよ」

( ^ω^)「いいところだと思うけど。少なくとも、急に獣に襲われて死ぬことはないお」

(´・ω・`)「教育用にプログラミングされたのヒューマノイドがつきっきりで授業をしてくれる。
        これがこの果てしなく広い宇宙空間でも如何に恵まれているかという事実を、
        しっかりと受け止めて頂きたいものですな。行く行くは国を率いる人材になるのでしょうに」

(#'A`)「うるせえうるせえうるせえ! 早く出港しろ!!」

( ;^ω^)「ヒェ〜〜〜〜〜〜」

(´・ω・`)「ドクオ殿。理由をひとつずつ説明致しましょうか?
        これを聞いて頂ければきっと、溢れんばかりの自己主張を削って、欠けている協調性を伸ばせるでしょう」

('A`)「……」

27 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 20:59:04 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「まず第一に、誘拐になってしまいます。私は宇宙を舞台に商売しているのですから、指名手配は困ります。
        ドクオ殿は父親――スカルチノフ殿――の許可を得ていませんね?
        我々が<マンドクセ>で一番の御曹司を攫うなんて、とてもとても……。私、平穏を好んでいますので」

(´・ω・`)「第二に、この【天翔ける生の証】号に残った燃料と酸素。
        燃料はまあ大目に見ましょう。ですがドクオ殿を載せた場合に消費される酸素量。
        これは無視できません。三人分となると、計算では次の目的地である<オールド・ヴィップ>にまで辿りつけません」

(´・ω・`)「第三に、足手まといです。
        知識も経験もまったくありませんので、船外作業はおろか船内作業すら何も出来ないでしょう?
        手取り足取り教える時間も余裕もありません。なにより、私、無償の奉仕が大嫌いなものでして」

(´・ω・`)「第四に、他の惑星での商売の邪魔でございますな。
        先の飲食店のように自己主張で騒ぎ立てるのは論外だとしても、“ドクオ殿の存在そのものが邪魔”ですね。
        改めて問いかけておきます。これは私にしては本当に珍しく、純粋な善意からの言葉です。“自分の価値を理解しなさい”」

(´・ω・`)「第五に、金銭。いつの時代も最も巨大な障害は時と金なのは変わらないようだ。
        宇宙というものは消費されていく一方の無慈悲な暗黒空間でございます。
        一時の浅はかな同情で積載量を増やす宇宙船の長はおりません。
        生存は無料ではないのです。これも同じく、決して破られ得ぬ宇宙の秩序」

(´・ω・`)「最後に、あなたには“背骨”がない。明確な目的地。進むべき羅針盤。歪まぬ信念。それを持っていない。
        ただただ恵まれた毎日をつまらない、退屈だ、どこか別の場所へ行きたいという漠然とした憧憬。
        現実逃避に我々を利用しないで頂きたい。はっきり申し上げますと迷惑以外の何物でもございません」

(´・ω・`)「これ以上手を煩わせないでくれませんか。速やかに自宅へと帰りなさい」

(#゚A゚)「う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

  ショボンの冷徹な宣言に、ドクオは叫ばずにはいられなかった。
憧れの人から受けた徹底的な拒絶。入り込む余地のない鉄の壁。理知騒然と並べられた紛れも無い真実……。

  積もり積もった怒りが脳内を占領し、ドクオは反射的に身体を変化させていた。
五体を揃えたドクオが椅子から飛び上がり、ショボンに殴りかかる。
体中から質量を寄せ集めて大きく隆起させた右腕を、脳天から叩きつけるように振り下ろした。

(´・ω・`)

  ショボンはソファーにもたれかかったまま、微動だにしなかった。
眉一つ動かさず、襲いかかって来るドクオを眺めている。
ショボンには激情に駆られたドクオが暴力に訴えるのが予測できていたし、
さっと身をかわして手痛い反撃を与えるのも簡単に行えた。

  しかし、ショボンは動かない。

28 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:02:51 ID:LBDXupdA0
  直後。

( ゚ω゚)

  ショボン迫る巨大な水色の腕――というよりも丸太に近い太さ――の側面から猛然たる速度で馬の足が突き刺さった。

  遥か天空から落とした鉄球が、水面を叩いたかのような強烈な音が轟いた。

  ドクオの腕が爆散する。
  客室内に粘り気のある液体が飛び散った。あまりの速度にショボンと、彼の座るソファーは被害を免れた。

  右腕を根本から吹き飛ばされた衝撃で壁に叩きつけられたドクオにブーンは素早く近寄り、
残った身体を四足で抑えつけた。自身に付着したドクオの体液を意に介する事無く、言い放った。

( #゚ω゚)「船長に手を上げたな? このクソガキめ」

(;゚A゚)「ヒィッ!」

  ブーンが大きく腰を曲げてドクオの顔を覗き込む。見下ろす視線と怒気に、ドクオは震え上がった。
その恐怖はヒューマノイドの比ではない。拘束具をつけてなおこれだけ発揮されるホライゾンの運動能力というよりも、
“自分に対して全身全霊の怒りをぶつけてくる相手”が恐ろしくて仕方がなかった。

  不定形生物であるため、身体の大部分に痛覚は通っていなかったがドクオは全身に痺れが回っていた。
壁に衝突したために脳が揺れているのか。恐怖による麻痺なのか。生殺与奪を握られているドクオは恐慌状態に陥っていた。

  それでも。
  慄きながらも、涙を流しながらも、失禁しつつも、それでもドクオは口を開いた。

(;A;)「頼むよ……僕を……どこか別の惑星へ……連れて行ってくれないか……」

29 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:04:58 ID:LBDXupdA0
( #゚ω゚)「まだ言うのか」

(;A;)「う、うううう、うう、ううう」

  ブーンの前足に力が込められた。ドクオの身体がより小さく千切られ、圧殺されていく。
ブーンの、これまでの陽気さが信じられないほど殺気の込められた声と、
<マンドクセ>一の御曹司を殺しかねない行動を前にしても、何も反応しなかったショボンが、ドクオの声に言葉を返した。

(´・ω・`)「この状況でも変わらずに駄々をこねられるのは、正直感服致しました。
        どうやらドクオ殿。あなたの傲慢度合いは尋常ではないようですね。私も敬意を払わざるを得ませんな」

(´・ω・`)「そこで問いましょう。
        先程、どんなに低能な種族でも理解できるよう、懇切丁寧に教えてさし上げた理由……
        そのすべてを解決できる万能の解答を思いついたのですよね?」

(;A;)「うう……うううううう……金だ。金を払うよ」

(´・ω・`)「ほう」

(;A;)「あなた達は、ううう、商人なんだろう? 俺から、仕事の依頼をしたいんだ。
    積み荷は俺で、行き先はどこか別の惑星。うううう、ううう、料金は、俺が払えるだけの金」

(´・ω・`)「子供のお小遣い程度では、私共の【天翔ける生の証】号は動かせません」

(;A;)「うあああああああ、頼むよッ! お願いします! あ゛あ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!
    もうこれしかないんだよ! この方法しか! やっと来たチャンスなんだ! 僕を連れて行ってくれよおおお!!」

(;A;)「船外作業でも船内掃除でも雑用でも……俺の肉片が必要ならいくらでもあげるからさあ!
    あなたのとこで仕事をさせてくださいッ! あんな家には帰りたくない! もうこの惑星にはいたくないんだッ!!」

(;A;)「俺を船に乗せてください! 何でもしますから!」

31 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:15:26 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「お話になりません。船外作業の危険度を甘く見過ぎではありませんか?
        EVA――宇宙遊泳――訓練は行いましたか? ゼロG――無重力――の経験はお有りですか?
        【天翔ける生の証】号には搬入用・補修用等、補助的なマニピュレーターは搭載されておりませんよ?」

(;A;)「もう嫌なんだよ……飽き飽きしているんだ……誰もいないんだ……」

(;A;)「<マンドクセ>人はどんどんと数を減らしていって、同世代なんてまったく居なくて……。
    惑星で一番大きな家に住んでいるのは、俺とヒューマノイドだけなんだ。
    母様は俺を産むと同時に死んでしまって、親父はずっと帰ってこなくて、来客なんて記憶に無い」

(;A;)「悪趣味な銀色の宮殿が、俺とヒューマノイド以外を映したことはないんだ……」

  ブーンとショボンは、何も言わない。

(;A;)「ねえ! 最近の俺はヒューマノイドを傷つけることを覚えたんだぜ! 殴ったり切ったりさ!
    そうすればさあ! 自分の異常を察知したヒューマノイドは親父に伝えるはずだからさあ!」

(;A;)「それなのに……それなのに……」

(;A;)「いつまで経っても剥がれた皮膚や、おかしな形に歪んだ骨格が直らねえんだ。
    そのくせ、いつまで経っても変わらない親父からの伝言を、毎朝、再生しやがる……」

(;A;)「……どんな伝言だと思う?」

(´・ω・`)「私の知能程度では、見当もつきません」

(;A;)「『ドクオ。お前を愛している』」

(;A;)「だってよ! マジで笑えるぜ! 毎日毎日言うんだ。
    昔から、ヒューマノイドが俺に従うようになってから、ずっとずっとずうううううっと、言い続けてる。
    きっと、この先もずっといつまでも変わらないままなんだろうな!」

32 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:20:16 ID:LBDXupdA0
(;A;)「なあ! 頼むよ! ショボンさん! ブーンさん!
    物語に登場するような劇的な冒険だったり、倒すべき宿命の敵を求めているんじゃなねえんだ!
    “普通ならあるはず“の、尊敬できる教師とか! 対等な友達とか! 恋する異性とか! ……親の愛情とか」

(;A;)「そういうものの代わりに、俺が持っているもの……
    手に入れているものは、たったひとつしかないんだ! 金だよ! カネしかねえんだ! 」

(;A;)「ショボンさんは金が欲しいんだろう!? いくらだ? 輸送には何チャンネルかかるんだ?
    あなた達に連れて行って貰うには、何チャンネル支払えば良いんだ!?」

(´・ω・`)「“普通”という言葉ほど、意味を失った言葉も無いでしょうな。
       ワームホール航路に飛び込み恒星間を移動し、遥か彼方の外宇宙にまで開拓の手を伸ばそうとしているこの時代に、
       “普通”なんて言葉は何の意味も持ちません。そんなワードが出てくる時点で、あなたには“常識”が欠けている」

( ^ω^)「おっおっおっ」

  ショボンの皮肉にブーンが笑った。
ドクオの凄絶な懇願で間が空いたこともあって、ブーンの殺気は随分と収まり、かつての陽気さが戻っていた。
殺意を感じれば即座に行動不能に出来るよう警戒してはいたが、しかし、ドクオの情状を斟酌したい気持ちも膨らんできていた。

(;A;)「俺が支払えるありったけで足りないのならば、親父の財産を使ったっていい!
    だって親父は俺を『愛している』と言ってくれているんだ! だったら、勝手に金を使っても許される……
    そのはずだろ!? なあ!? そうだろ!? 息子である俺が使うんだから!!」

(´・ω・`)「そのような“一方的な”親子の絆は到底信用できません。
        ドクオ殿のお父上であるスカルチノフ殿は確かに、<マンドクセ>で一番の大富豪です。
        しかしどうして、ご子息であるとはいえ、財産を自由に使えましょうや?」

(;A;)「それなら……そうだ! それじゃあ俺をどこかの星で売ってくれても良い!
    モディフィカ・スライムは莫大な価値があるんだろ!? だから乱獲されて保護指定されたんだろ!?
    見知らぬ種族に虐げられて、一生を奴隷で終えてもいいから、連れて行ってください!!」

(´・ω・`)「おや、ご自身の価値を知っておられたのですか。
        それなのによくもまあ、そんな台詞が吐けたものですな。これは大変な勉強家だ」

(´・ω・`)「自身の種族の境遇をご存知なら、<マンドクセ>宇宙港がどれだけ厳重な警備か想像がつきませんか?
        特にモディフィカ・スライムについては“輸出”を絶対に阻止できるよう検知センサーを設置し、
        正義と天秤を信条とするフッサール人が四六時中監視の目を光らせています」

33 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:23:50 ID:LBDXupdA0
(;A;)「じゃあ、俺はどうすればいいんだ!? ここにいたって、何もない……
    もう、嫌なんだよ。たったひとりで本を読んで……劇的な冒険や、綺麗な建物を知って……頭の中だけで遊ぶのは……」

(´・ω・`)「駄々もそろそろ尽きたようですな。感情の発露、ありがとうございました。いやはや、大変な事情で」

(´・ω・`)「それではこちらも真摯に答えなければなりませんね。
        ブーン。ドクオ殿を解放して差し上げなさい」

( ^ω^)「了解」

(´・ω・`)「ドクオ殿。結論を出しますが、よろしいでしょうか?」

  ドクオは答えない。
自由の身になったにも関わらず、ブーンに踏みつけられていた体勢から動こうともしなかった。

(´・ω・`)「チャンネルを支払うというお言葉。もしも私共の希望する金額を満たすのであれば、
        愚かな私が並べ立てた問題の、ほとんどすべてを解決する即妙の答えでした」

(´・ω・`)「しかしながら私は、残酷な答えをドクオ殿に返さなければなりません。
        おお、心が痛みますが、これもまた商人の性、引いては私が良心の呵責に耐えられないが故の答えでございます。
        どうか、“親”という存在を今一度考えてみてください。絶滅危惧種の、血を分けた、たったひとりの、息子。その意味を」

  ずるりと多量の粘液が床を移動する音。
ショボンの言葉が続けられる前に解答を理解してしまったショックで、ドクオが動いたのだ。

(´・ω・`)「スカルチノフ殿の許可がなければ、いくら莫大な金銭を提示されようとも、
        例え何百万チャンネルを積まれようとも、残されたスカルチノフ殿の気持ちを考えれば、
        ドクオ殿を至難の旅路――僅かな報酬。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し――に連れ出すなど、とてもとても」

  目を伏せて首を横に振り、両手を目一杯広げてから、悲しげな声でショボンは言った。
大仰な動作は嘲りの意味を含んでいる。ドクオの吐露を聞いて同情心がより強まったブーンは、船長の行動が愉快ではない。

(;A;)「誰も……誰も僕を愛していないッ! だったら、それじゃあもう……!!」

  刹那の後、ドクオが発光し、曳光弾のように変化して客室の扉を潜り抜けていった。
飛び散った自身の肉片を回収せずに飛び去ったので、彼の身体は今、小動物ほどの大きさしかない。
そのため中空に残った光の軌跡はとても細く……やがて、大気に飲み込まれるように消えた。

  まるで、ドクオの未来の展望を暗示しているかのように。

34 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:26:24 ID:LBDXupdA0
( ^ω^)

(´・ω・`)

  しばらくの間、ショボンもブーンも口を開かなかった。
水色のモディフィカ・スライムの肉片が飛び散った客室――磨かれた壁、調度品、異星のタペストリーなどに付着している――を、
掃除しようととする動きさえ見せなかった。各人、思うところがあり考え込んでいた。

( ^ω^)「ショボン」

(´・ω・`)「気持ちはわかりますよ。ブーンに命を握られ、私に拒絶されながらもあれだけの言葉が吐ける……
        嘘っぱちの現実逃避や、中途半端な家での気持ちでは絶対にないですね。あれが今のドクオ殿の“背骨”なのでしょう」

(´・ω・`)「しかし、どうしても連れていけませんな。
        チャンネルを支払って貰ったとしても、私達が脅した、手引したと言われるに違いないのですから」

( ^ω^)「……そうかお」

(´・ω・`)「“ここではない、どこかへ”」

(´・ω・`)「私達も、そうでしたからね。気持ちはわかります。
        ですが、感情で重量を増やすわけにはいきません」

( ^ω^)「……」

(´・ω・`)「それよりも……」

  ショボンが部屋の隅に取り付けられたスピーカーに目線を送る。ノイズが聞こえた。
続いてソファー正面にあるスクリーン――ドクオの肉片がまだらに飛び散っている――の電源を入れると、乱れた映像が映った。
やがて周波数を合致させ終えたらしく、相手の姿がクリアに表示された。

  軍服に身を包んだフッサール人――頭のてっぺんから足の爪先まで毛むくじゃらの、鋭い眼光を持つ種族だ。
余談であるが、余程親しい相手でないとほとんど彼らは見分けがつかない――が、スクリーンいっぱいに映しだされた。

  すでに、ショボンとブーンを排除すべき対象とみなしているようで、
今にも画面から抜けだしてきて噛みつかんばかりに睨みつけている。

ミ,,゚Д゚彡『こちらは宇宙港管制塔。【天翔ける生の証】号よ。
        貴船から我々が守護するモディフィカ・スライムが半狂乱になって逃げ出してくるのを確認した』

(´・ω・`)「貴殿は誤解をしておられます。話を聞いて頂ければ円満に終わることを約束いたします」

ミ,,゚Д゚彡『言い訳は無用! いますぐに我々フッサールの精鋭が貴船に乗り込む。
        手荒い真似をされたくなければ無駄な抵抗はしないことだ。例えホライゾンだろうと食いちぎるぞ』

( ;^ω^)「ヒエッ」

35 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:31:33 ID:LBDXupdA0
(´・ω・`)「もちろん抵抗などいたしません。
       船内に設置した映像データを拝見して頂ければ、穏便に済むのはわかっておりますので」

  宇宙船の入り口からどたどたと騒がしい足音が押し寄せてくる。
さすが宇宙に名の知れた警備種族だけあり、連携の取れた動きで油断せず危険に備えている。
客室内に彼らがたどり着いた際、粘り気ある水色の欠片が四方八方に飛び散っているにも関わらず冷静そのものだった。

ミ,,゚Д゚彡「隊長。我々の見立てによると、このスライムはドクオ様のもので間違いありません」

ミ,,゚Д゚彡「ショボン船長。両手を上に、うつ伏せになってください。ブーンさんは足を畳んで床に座って手のひらを見せて」

ミ,,゚Д゚彡「今から質問をします。余計なことは言わずに返事だけをお願いします」

ミ,,゚Д゚彡「入港時の資料と照らしあわせますので、嘘偽りのないように」

ミ,,゚Д゚彡「そうだそうだ!」

  フッサール人は精神を共有しているため、“一人称を持たない”。
同調の深浅や上下の関係は互いの調整により可能で、現在の彼らは取り調べにおいて完璧に同調していた。

  やがで強固な自我を獲得し、精神同一体から完全に抜けだした存在が産まれ、
フッサール人全体の集合精神を乱すことになり彼らの存亡をかけた戦いが始まるが……
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。

  正義と天秤を信条とする彼らは完璧に平等に判断を下すため、
ショボンは争いごとになる心配はしていなかった。映像データを見せさえすれば正当防衛が認められるのだ。

  容姿がまったく同じ彼らが、何度も何度も訓練された見世物のように動き回っていた。
【天翔ける生の証】号を手際よく調査――危険・毒性物質が撒き散らされないか。刃物や爆発物がないか――し、
順序よく矢継ぎ早に質問――船体識別番号。名前、種族。<マンドクセ>への寄港理由。ドクオの逃走の理由――した。

ミ,,゚Д゚彡『貴様らがいくらモディフィカ・スライムを連れだそうとしたところで、絶対に不可能である。
        現存する全モディフィカ・スライムの細胞を採取し、通過時に検知する完璧なるセンサーに加え、
        恐怖や不安などの感情を察知して反応するセンサーも、この宇宙港には設置されているのだからな』

  画面に映ったフッサール人が鼻息荒く犬歯をむき出しにすると、取調中のフッサール人も同じ表情をしていた。
  その様子を見てブーンが怯えていた。個人主義の種族・文化で育ってきた彼に充分な恐怖を与える光景だった。

:: ( ;゚ω゚) ::

  ショボンはうつ伏せになっているのをいいことに、腕を枕にして目を閉じていた。

(´-ω-`)(商品が予想以上に捌けませんが、ドクオ殿の件は……うまくいきそうですね。
      これから先は少しの失敗も許されません。今のうちにゆっくりと休息をとっておきましょう)

  少々の眠気を感じる。安らかな顔で意識を沈めていく。そのうちに、誰かが起こしてくれるだろう……。

37 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:34:10 ID:LBDXupdA0
          八  帰宅


  ドクオは【天翔ける生の証】号から宇宙港を飛び出し、人気のない街中を駆け出し、何もない平原を通り過ぎ……
地面を蹴りつけ、大声で喚き散らし、全力で飛び跳ねたりして、無闇矢鱈に腹が立つ気持ちが収まるまで、
延々とエネルギーを発散し続けた。やがて縮小された身体の違和感が気持ち悪く、空腹も覚えたので自宅へと足を向けた。
 
  畢竟するに、ドクオの帰る場所はただひとつしか無かった。
遠目からでも必要以上に存在を誇示する輝きを放つ、銀色の宮殿。それが、今の彼の居場所であり、檻であった。

(//‰ ゚)「お帰りなさいませ、ドクオ様」

  渋々帰宅したドクオを待っていたのは、料理中のヨコホリだった。
玄関先で待ち受けていたヒューマノイドは、扉を開けたドクオに挨拶だけすると、
ぱたぱたと忙しげに調理場へと戻っていった。切り裂かれた人工皮膚が垂れ幕のように揺れている。

('A`)(メシの時間か。調度良いぜ)

  ドクオが家を出て行くとどの程度の時間で戻って来るのか? また、どのような心境か?
ヨコホリは内部メモリーに蓄積された統計結果から、主人は空腹で帰宅すると導き出し、料理の準備を始めた。
そして、“いつも通りの時間”が過ぎた頃に姿を表した彼の反応を外部に認めると、手を止めて出迎えたのだ。

  食堂に入ったドクオは椅子に座り、手持ち無沙汰にテーブルクロスをいじり始めた。
ナイフを作り、端に切れ込みなど入れている。ショボンが見れば唖然とする行動であったが、
光沢ある木目調のテーブルや、その上に敷かれたテーブルクロスの価値をドクオが知る由もない。

  多数に腕木を伸ばす極めて装飾的なシャンデリアがいくつも吊り下げられた天井。
壁に飾られた宇宙有数の名画。大きくはめられたステンドグラス。宮殿が襲撃される事態に備えた生命維持装置。
そんな贅の限りを尽くされた食堂の壁や床には、過去のドクオの癇癪によって無数の穴や傷がついている。

(//‰ ゚)「お待たせしました」

  豪奢な装飾が縁取る皿に載せられて、次々と料理が運ばれて来る。
彩り豊かな茹でた新鮮野菜。肉汁滴る分厚い肉。絹のように艷やかな茸。煌めく白身魚。締めには爽やかな柑橘類。
体積が何十分の一にも減ってしまったため、いつも以上に食欲が湧いていた。生存本能が肉体の増強を求めていた。

('A`) ゴクリ

  料理はドクオ好物――ショボンやブーンが一生口にすることができなさそうな品々――ばかりだった。
それがまた彼の怒りをやや刺激した――「些細な原因で喧嘩をしたから、あなたの好きな料理をごちそうするわ」
というような母親を気取った心遣い――が、漂う香りには勝てなかった。空腹はその他すべてを塗りつぶす。

('A`) クソッ

  とうとうドクオは食器を手に取り、好きな順番で好きなだけ食べ始めた。
食事の様子をヨコホリが横目で眺めつつ、次の料理の準備にかかっている。
顔面の皮膚がほとんどドクオに切り裂かれてしまっていたためわかり辛かったが、ヒューマノイドは笑顔を浮かべていた。

38 名前: ◆hmIR/WZ3dM 投稿日:2016/04/03(日) 21:37:37 ID:LBDXupdA0
(//‰ ゚)「お体が減量しているようですね……マンドクセ・タブレットを三つ持って参ります」

  ドクオの種族モディフィカ・スライムが絶滅の危機に貧し、宇宙法で保護されているのは、
肉体を意思によって変質させあらゆるものを作ることが可能な能力のためであったが、
それぞれ文化・倫理観が違う宇宙中の種族がこぞって<マンドクセ>人を狙った一番の理由は、成長の速度にあった。

  エネルギーを摂取した分だけ――蓄えておくことも可能で――身体が大きくなり、
その完璧に近い万能性を持つ肉片を、毎日、かなりの量数剥ぎ取れる。それも、寿命を迎えるまで。
モディフィカ・スライムをひとり捕まえれば、大勢に人間が一生生活に困らないのだ。

  かつてひとりのモディフィカ・スライムを求めて、複数の宇宙海賊同士が争いを始めたのが発端となり、
無法惑星<ジョルジュ・ザ・デュエリスト>が作り上げられたのは有名な話であるが……
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。

('A`)

  ドクオが並べられた料理を平らげる頃を見計らい、ヨコホリはタブレットと水を差し出した。
食後に摂取することによりエネルギー効率を爆発的に高められるこの錠剤は、
誘拐犯が、彼らの身体をより効率的に削り取るために発明されたものであったが、
皮肉にも現在の<マンドクセ>で最も流通していた。

  タブレットを飲み下したドクオは無言で席を立ち、自室へ向かった。
柔らかな赤い絨毯の上を歩くドクオが、不意に振り帰った。ヨコホリは何も言わず食器の後片付けを始めている。
ドクオの視線は、動きに合わせてひらめく皮膚と剥き出しの骨組みに向いていた。ヒューマノイドは今日も直っていない。

('A`)(別に、期待はしていなかっただろ)

  踵を返し、食堂を出る。柔らかな赤い絨毯から、硬いタイル張りの上へ。

  部屋に入ったドクオは一目散に本棚に手を伸ばし、分厚い本を手にとった。
黒い装丁は何度も何度も読み込んだために擦り切れている。ページを開き、読み込んでいく……。

('A`)(恒星を再び活力を得るまで体内で育て、やがて銀河のどこかに吐き出すという恒星を食らって宇宙を渡る鳥。
    惑星<ヘブンズ・アルバム>には多くの智慧を持つ住民が建造した、触れるだけで劇的な進化を促してくれるオベリスク。
    惑星すべての生命の源であり、今なお新種を産み続ける<地球>に存在する、惑星を覆う途方も無く巨大な水たまり)

  いつものように、日常の延長。本を片手に空想の果てまで旅をする。
このままずっといつまでも変わらないままで、ただ過ぎていく月日の上……。

  そんなものはもう、ごめんだった。
ドクオの胸中で欲望が今にもはち切れそうなほどに膨れ上がっている。

  少し手を伸ばせば届く場所に目当てのものがあるとわかってしまったその時こそ、
欲望は何よりも強い狂乱となって身体を衝き動かす。薄暗い部屋の中、ドクオの目は危険な色に光っていた……。

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