o川*゚ー゚)o青に溶けきれないようです

1 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:31:53 ID:P/3X9N9Q0
※エロはありませんが、百合描写が少しあります。

2 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:32:28 ID:P/3X9N9Q0
o川*゚ー゚)o「知ってる? 人が屋上から落ちるスピード」

ξ゚听)ξ「急になによ。アニオタだっけ、あんた」

o川*゚ー゚)o「大概でしょ。時速百キロにも満たないなんて代償が割に合わないよね。次はチーターにでも生まれ変わりたいなぁ」

屋上の緑のフェンスに背を向け、六月の曇り空を見上げるキュートが、やけに真に迫った声を出すので不安になる。

ξ;゚听)ξ「ちょっと、あんた何する気」

o川;゚ー゚)o「あー、違う、そういうんじゃないから、どうせ死ねないし」

ξ゚听)ξ「……今度はそういう設定?」

o川*゚ー゚)o「それもいいかもねー、所詮作り物だけどさ」

元中二病患者の彼女は、何食わぬ顔でフェンス際から戻ってきて、再びパンを食べ始めた。


( ^ω^)「逢瀬は楽しかったかお」

ξ゚听)ξ「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」

教室に戻ると、間抜け面のブーンがからかってきた。適当に流して、席に着いたけど、
程なくしてそいつはまた冴えない面のドクオを引き連れて、こちらへ寄って来た。

('A`)「しっかし珍しいよな、あいつとなんて。しかもツンが誰かを誘うとか」

日和見主義者の私が、能動的に動くことは確かに珍しい。
しかし、キュートといることは別に珍しくはない。……二年、三年前の話だけど。

ξ゚听)ξ「……なんか気になったから」

( ^ω^)「やらしい」

('A`)「やらしい」

ξ#゚听)ξ「てめーらがやらしいわ」

つい汚い言葉で対応すると、二人組は怯んだ格好で一歩引いた。

ξ゚听)ξ「そうじゃなくてなんか危ない匂いがしたっていうか、早死にしそうな」

( ;^ω^)「えー……」

(;'A`)「ひでぇ偏見」

川 ゚ -゚)「生き急いでいる感じはあるな」

私の前の席に座る、クールが振り向きもせず会話に入って来た。

3 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:33:18 ID:P/3X9N9Q0
ξ゚听)ξ「同じ部だったんだっけ」

('A`)「まー急ぐのが仕事みたいなもんじゃね」

川 ゚ -゚)「それも偏見だ、短距離を走るのが陸上というのは。……まああいつにおいては、そうかもしれないが」

ξ゚听)ξ「なんでやめたの? 怪我とか?」

川 ゚ -゚)「不思議なぐらいに健康そのものだったな、身体は。……精神と比べて。
自分の追い込み方が尋常じゃなかった。昭和も真っ青のオーバーワークだ」

( ^ω^)「実は反動が来たとか」

川 ゚ -゚)「ないな。たまに来ては短距離走者を嘲笑う走りをする」

ξ;゚听)ξ「……それいいの?」

川 ゚ -゚)「人徳だな。……もしくはカリスマ性かな、なんとやらの」

やっと振り向いたクールは、腹が立つぐらいに整った面で微笑み、私はフンと鼻を鳴らした。


ξ゚听)ξ「一緒に帰らない?」

明々後日の放課後。昇降口で、靴を出すキュートに私は声を掛けた。

o川*゚ー゚)o「いいけど、最近どうしたの」

ξ゚听)ξ「どうしたんだろ」

o川;゚ー゚)o「訊き返さないでよ」

後を追って下駄箱を開ける私にも、理由は分からなかった。

ξ゚听)ξ「放っておけないから?」

o川*゚ー゚)o「恋でもした?」

キュートのつまらない冗談を尻目に、靴を履いた私は踵を鳴らした。

ξ゚听)ξ「あんたみたいな中二に恋するほど私は少女趣味じゃない」

o川;゚ー゚)o「せめて性別を理由にしなって」

先に歩みを進める私の後ろを、キュートがとてとてとついてくる。

o川*゚ー゚)o「……なんかさ」

運動部の喧騒を抜け、通学路を進み、学校から遠ざかったところで、やっとキュートは口を開いた。

4 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:34:25 ID:P/3X9N9Q0
ξ゚听)ξ「うん?」

o川*゚ー゚)o「歩様が合ってないよね、私とツンちゃんって」

ξ゚听)ξ「またそんなこと言って、電波は抜けきってないままか」

o川*゚ー゚)o「その内分かるよ」


ξ゚听)ξ「あんた妙に発音いいわよね」

o川*゚ー゚)o「英語だけは学年随一ですから」

制服のまま入ったカラオケボックスで、洋楽を歌ったキュートに私は素直に感心する。
発音だけではなく、発声の方も素晴らしかった。なんというか普通に私より上手い。
採点機能の、点数バーの伸び方も、一目瞭然でキュートに軍配上がっている。

o川*゚ー゚)o「軽音楽部にでも入ろうかな」

ξ゚听)ξ「当方ボーカルで?」

o川;゚ー゚)o「ギターぐらい弾けますー、……ちょっとは」

キュートの真相が怪しい言葉には反応せず、交代した私がマイクを取る。
無難な、流行りのポップスのイントロが流れる。ランキングに食い込むぐらいには歌われているらしい。

退屈な歌詞だなぁと思いながら、私は感情のこもっていない声で歌う。
別にキュート相手なら合わせる必要もないんだけど。変な癖がついている。

o川*゚ー゚)o「この曲ってさ、十年先も人気かな。例えばさっきツンちゃんが歌った曲は十年前のだけど定番になったし」

歌い終わると、キュートがふとした疑問を投げかけてきた。

ξ゚听)ξ「……どうだろうね」

o川*゚ー゚)o「一つ分かるのはさ、十年後のツンちゃんは綺麗になってるってことかな」

ξ゚听)ξ「口説いてんの?」

o川*゚ー゚)o「素直に受け取りなって」

ξ゚听)ξ「はいはいありがとうございます」

棒読みで返し、私はストローを加え、アイスコーヒーで喉を潤した。

5 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:35:26 ID:P/3X9N9Q0
o川*゚ー゚)o「それでさ、内藤君あたりと幸せにそろそろ結婚してたりしてね」

ξ゚听)ξ「あいつは関係ないでしょ」

o川*゚ー゚)o「例えばだよ、適当な人を当て嵌めただけ」

適当ねぇ。キュートから見るとそうなるのか。
別のグループからだと随分見え方が違ってくるもので。
かと言って、教室より幾分か落ち着いた様子で、オレンジジュースに口をつけるキュートの姿を、
彼女の周りにいる女子達が、ちゃんと捉えられているとも思わないけれど。

o川 ー )o「……そういえばさ、知ってる?」

ξ゚听)ξ「ん?」

o川*゚ー゚)o「私、七月で十七歳になるんだよ」

ξ゚听)ξ「知ってる」

o川*゚ー゚)o「えっ」

ξ゚听)ξ「二年前と三年前はプレゼントしたし、お祝いしたじゃない」

o川;゚ー゚)o「覚えてたんだ」

ξ゚听)ξ「去年が抜けてるからね。悪かったと思ってるわよ」

o川*゚ー゚)o「いや、いいの。責めてるわけじゃないし、寧ろ嬉しいから、覚えててくれて。……十年後も覚えてるかな」

ξ゚听)ξ「覚えてるわよ。失敗は繰り返さない主義だから」

o川 ー )o「あはは、ツンちゃんらしいや。……ごめんね」

ξ゚听)ξ「なんで謝るのよ。難病でも患ってんの?」

o川 ー )o「残念ながら健康体そのもので」

ξ゚听)ξ「じゃあなんで」

o川*゚ー゚)o「ツンちゃん! デュエットしよっか!」

ξ;゚听)ξ「は?」

そう言って、世代も国境もずれた曲をキュートは入れた。……ちゃんと歌えたのがむかつく。


ξ゚听)ξ「傘貸そうか」

キュートのグループが彼女に迫る前に、私は声を掛けた。
どうせあの子たちは、大丈夫だの、ごめんねだのという、短い言葉に要約出来ることしか言えない。

6 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:36:03 ID:P/3X9N9Q0
別にそれが悪いこととは思わない。
例えばキュート以外の子が傘を持っていなくても同じだろうし、
もっと言えばキュートだって、逆の立場に入れば、軽薄な言葉を並べて去っていくはずで。

昇降口の外では、六月の景色が滲んでいる。
運動部の喧騒も流石に聞こえないし、そもそも出せない。
物好きな方は体育館にでも行けば聞けるかもしれないけど、
生憎私はノーマルなのだ。動くのも、応援するのも嫌いなタイプ。
……あれ? そもそも今日部活あったっけ? 雨がグラウンドを潰しているだけだったっけ?

o川*゚ー゚)o「雨に打たれたいのに」

どうでもいい疑問を浮かべていると、強がりには感じない声が聞こえた。

ξ゚听)ξ「透けるわよ」

o川*゚ー゚)o「ごもっともで」

五文字で痛い所をつくと、キュートは素直に従った。
傘を開き、屋根の庇護と、校門を二人で抜けていく。

相合傘というのは恥ずかしいような、そうでもないような、不思議なラインだった。
男女二人なら恥ずかしい。男二人でも恥ずかしい。じゃあ女二人は?
少なくとも私はそんなに気にしていなかった。多分周りも気にしていない。
キュートは容姿がいいし、私だって、少なくともこの子に劣っているとは思わない。
……少なくともってなんだっけ。ただのナルシストだなぁ。

o川 ー )o「……こうしてるとさ、無理にでも歩様を合わせないといけないよね」

交差点の信号待ちをしている所で、キュートが喋り出した。

ξ゚听)ξ「そうね。……なに笑ってんのよ」

クスクスと、雨に混ざり合うボリュームで、キュートが笑っている。

o川*゚ー゚)o「窮屈だなって」

ξ#゚听)ξ「追い出すわよ」

o川*゚ー゚)o「どうぞ」

丁度青に変わった信号で、キュートを突き放しても良かったけど、
どうせ雨に濡れようが、こいつは構いやしないのだ。気に喰わないことに。
……ほんと、気に喰わないなぁ。

7 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:37:00 ID:P/3X9N9Q0
ξ゚听)ξ「……あんた、私の家に来る?」

o川*゚ー゚)o「お誘いですか」

ξ#゚听)ξ「来たくないならいいんだけど」

o川;゚ー゚)o「いえいえ喜んでいきますよ」


私の部屋は質素なものだった。
ベッドに勉強机、本棚。雑多ではあるが地味な色合いが、色の概念を感じさせない。
清潔にするように心がけてはいるけど、飾りっ気というものはほとんどなかった。
あるとするならば。

o川*゚ー゚)o「相変わらずだね、そのギターとかさ。弾いていい?」

キュートが反応した、エレキギターぐらいか。

ξ゚听)ξ「いいわよ、なんなら爆音で鳴らしたって」

メジャーコードが一発聞こえた。


ξ;゚听)ξ「……なにがちょっとは弾けるよ、私よりよっぽど上手いじゃない」

ベッドに座る私は、頬杖をつきながら呆れ顔をした。

o川*゚ー゚)o「ツンちゃんが下手なだけじゃ」

ξ#゚听)ξ「あ?」

o川;゚ー゚)o「冗談だって、ほんとに、私ツンちゃんに憧れて弾き始めたんだから」

アンプを切って、ギターをスタンドに戻したキュートが、苦笑いを浮かべた。

ξ゚听)ξ「憧れねぇ、これなら軽音楽部でも引っ張りだこじゃない」

o川*゚ー゚)o「文化祭でライブとかねーいいけどねー。あー熱くなりたいなぁ」

わざとらしく音を立てて、キュートはベッドに向かって少し跳ねてから、私の右隣に着地した。

8 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:37:52 ID:P/3X9N9Q0
ξ゚听)ξ「……なんで陸上部やめたのよ」

o川*゚ー゚)o「遅いからかな」

ξ゚听)ξ「ホープじゃなかったの?」

o川*゚ー゚)o「相対的に速いだけだもん」

ξ゚听)ξ「部の中で?」

o川*゚ー゚)o「県の中で」

ξ;゚听)ξ「良くそんなんで慕われるわね」

o川*゚ー゚)o「こんなことツンちゃんにしか言ってないもん」

ξ゚听)ξ「腹黒」

o川;゚ー゚)o「ちょっと違うと思うけどなー」

o川*゚ー゚)o「……でもさ、文化祭って秋なんだよね」

ξ゚听)ξ「……だから?」

薄々、次の言葉が見えていた。

o川*゚ー゚)o「私はね、夏に咲きたいの」

ξ゚听)ξ「……それで散りたいの?」

ああ、嫌だなと思いながら、私は分かり切った解答が裏切られるのを期待している。

o川*゚ー゚)o「正解。だから花火とかさ、高校球児が羨ましくてしょうがないなぁ。
私はどうすれば咲けるんだか。危ない恋でもすればいいのかな、ひと夏で通りすぎるやつ」

ξ゚听)ξ「陳腐よ」

o川 ー )o「陳腐だね、陳腐だけどさ」

キュートが俯き、曖昧に自分の指をこねくり回した。

o川*゚ー゚)o「私、ツンちゃんになら通りすぎられてもいいよ」

ξ゚听)ξ「……」

o川*゚ー゚)o「ドキッってした?」

ξ゚听)ξ「寒気の方で」

同性じゃなければ大抵は落とせるんだろうなとは思ったけど。

9 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:38:35 ID:P/3X9N9Q0
o川;゚ー゚)o「そっちかー」

ξ゚听)ξ「それに、私なら散らせないから」

o川;゚ー゚)o「かっこいいなぁ、敵わないよ。だから駄目なんだけど」

ξ゚听)ξ「……どうしてそんなに生き急ぐの?」

o川*゚ー゚)o「前にも言ったけどさ、私そろそろ十七歳になるんだよね、
そろそろ少女じゃなくなっちゃうじゃん、まああと三年は少女扱いだけど、犯罪でもやらかしたら」

ξ゚听)ξ「やらかせば?」

o川*゚ー゚)o「やだよ、かっこわるい」

ξ゚听)ξ「ナルシスト」

o川*゚ー゚)o「その通り。私は自分が大好きだよ。容姿だってかわいいでしょ」

ξ゚听)ξ「否定はしない」

o川*゚ー゚)o「運動も出来る」

ξ゚听)ξ「勉強はいまいち」

o川*゚ー゚)o「愛嬌だよ。多少隙があった方が愛されやすいんだよ」

ξ゚听)ξ「愛されたいの?」

o川*゚ー゚)o「……んー、周囲にアピール出来るトロフィーとしては」

ξ;゚听)ξ「救えないわね」

o川*゚ー゚)o「更に救えないのは自分が好きなあまり、本当に愛してくれる人に求めるハードルが高い所だよ。
その点ツンちゃんは良かったんだけど甘やかしてくれないからね。……はぁ」

ほとほとと疲れ果てた息を吐き、キュートは私の背中を見る位置に身体を横に倒し、ベッドに寝そべった。

10 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:39:12 ID:P/3X9N9Q0
ξ゚听)ξ「で、結局どうするのよ。私は助けないわよ、傍観してるから」

o川*゚ー゚)o「とりあえず馬鹿みたいに騒いで、ちょっと危ないことをして、
後は、そうだなー……、静かに眠りたいなぁ、真昼間に。起きたらそれでおしまいかな」

なにがおしまいなのか。聞く気も、振り返る気も起きず、
私は左斜め前に見えるギターをしばらく見続けていた。

キュートの寝息が聞こえる頃まで経つと、いっそのこと、
これを鳴らしてあいつを叩き起こしてやろうかと思ったけど、なんの意味も無いと気が付くまでには時間はいらなかった。

こいつはまだ終わらない。
こんな曇った部屋と六月で、ひっそりと死んでゆくことなど出来やしないのだ。
ナルシストのキュートが散る時期を選り好みしていないはずもない。
どうせ、夏の色に飲まれながら果ててゆきたいとでも願っているのだろう。
だが、こいつが飲まれたいものには、不純物が混ざるに決まっている。抜ける群青と涼やかな鐘の音に飲まれるのなら別に構わないけれど、
命を燃やす蝉時雨どころか、地中にいるガキの甲高い声に、キュートが飲まれてゆくのは気に喰わない。

……はぁ、なにが傍観者なんだか。冷めたふりがかっこいいと思うなんて。
こいつを笑えないなと思いながら、寝ているキュートの頬をついた。


ξ゚听)ξ「夏でもライブは出来るってか」

時刻は二十三時を回るかといった神社には、賽銭箱の前に座る私以外誰もいない。
鳥居からここに到るまでに、申し訳程度に設置された電灯から、薄明りが零れている。

無音と言えばそうでもなかった。夏の終わりをアナウンスする鈴虫の声もあったし、
私は機械から騒音を摂取していた。意外と興奮冷めやらないもので。ある意味当然なのかもしれないけど。
案の定石段を登って来たあいつの姿を見るまで、私は携帯プレイヤーのイヤホンを外さなかった。

o川*゚ー゚)o「寧ろシーズン真っただ中だもんね、私も夏フェスとか行ってきたし」

ステージの上とは違う、真新しいTシャツを着ている、私の心拍数を壊した張本人は、
それなりに階段で疲れたのか、大きく伸びをしてから、こちらに向かってきた。

11 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:40:07 ID:P/3X9N9Q0
o川*゚ー゚)o「それにしてもね、ツンちゃんには勝てないなと思いました」

ξ゚听)ξ「謙遜もいいところよ」

o川*゚ー゚)o「初期衝動こそが肝なんだから勝てるはずもないんだよ」

なにかを思い出すように目を瞑りながら、キュートは私の隣に腰を下ろした。

ξ゚听)ξ「私にとっては黒歴史も良い所なんだけど」

三年前。私は夏祭りのステージで、うるさいギターを鳴らし、つたない声で歌い、古臭い曲で歓声を浴びた。
舞台に上げられた原因なんて些末なものだった。おじさんボーカルのぎっくり腰。以上。
あれ、申し訳ないけどなんだか思い出すと笑えるな。今となってはいい思い出って言葉で締めくくれば許してくれるかな。

o川;゚ー゚)o「ツンちゃんは謙遜通り越して飾らないでそれだからずるいや。そのせいで私は道を踏み外したんだよ」

ξ゚听)ξ「勝手に外しただけでしょうに」

o川*゚ー゚)o「きゃーしびれるー」

キュートは今日浴びた歓声を、自ら再現しているようでもあった。

ξ#゚听)ξ「うっざ」

割と腹が立ったので、本気で睨んでやった。

ξ゚听)ξ「で、満足出来たの? この夏は」

o川*゚ー゚)o「ツンちゃんは?」

ξ゚听)ξ「訊き返すな」

間合いを伸ばす意図が見え見えだったけど、まあいいや。
どうせキュートも私も逃げられやしないのだから。

12 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:41:35 ID:P/3X9N9Q0
ξ゚听)ξ「それなりよ。適当に海に行ったりもして、今も適当にお祭りに来てる」

o川*゚ー゚)o「一人で?」

ξ゚听)ξ「まさか、はぐれただけよ」

o川;゚ー゚)o「はぐれたというか剥がしたんでしょ」

ξ゚听)ξ「ばれたか」

o川*゚ー゚)o「ひっどいよねー、期待させといて」

ξ゚听)ξ「勝手に期待しただけでしょうに」

あいつの顔を思い出してみる。
別に嫌いではないけど、下心見え見えなのは勘弁してほしい。
私にとってここのお祭りは一応神聖なものだから。……黒歴史とか言ったけど。

o川;゚ー゚)o「私はそうだけどこっちは違うと思うよ」

ξ゚听)ξ「正直どうでもいいわよ、あんたの夏に比べれば」

本当にどうでも良かった。さっさと本題に移りたい。

o川*゚ー゚)o「戻すか」

ξ゚听)ξ「私から訊いたのよ」

o川*゚ー゚)o「そうだねー、馬鹿みたいにははしゃいだね。
騒音の中で踊り狂ったり合唱したりして、あまつさえ今日なんて騒音を鳴らす側だったしね」

ξ゚听)ξ「あれは確かに馬鹿だったわね、どこまで走るんだって」

共演した好もあってか、ベースとドラムの人が、キュートのスピードアップにてんやわんやでかわいそうだった。
なんやかんやで合わせるところに熟練の技量は感じたけど。素人の私にも合わせたぐらいだしね。

o川*゚ー゚)o「腐ってもランナーですから」

ξ゚听)ξ「引いてた子供もいたわよ」

o川*゚ー゚)o「洗礼を受けて大人になってゆくんだよ」

ξ゚听)ξ「大人になりたくないお花畑がなんか言ってるわね」

キュートの冗談に、本気の棘を込めて返した。

13 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:42:41 ID:P/3X9N9Q0
o川*゚ー゚)o「刺さるなぁ」

ξ゚听)ξ「それで、それだけ?」

o川*゚ー゚)o「後はねー、うーん、まあ友達と遊び倒してオール? したり」

ξ;゚听)ξ「なんでトーンダウンしてるのよ」

o川;゚ー゚)o「だってさ、全然胸躍らないじゃん」

ξ#゚听)ξ「知るか」

o川*゚ー゚)o「それに危なくもないし」

ξ゚听)ξ「お酒でも飲めばいいじゃない」

o川*゚ー゚)o「飲んだよそんなん」

ξ゚听)ξ「じゃあタバコは?」

o川*゚ー゚)o「むせた」

ξ゚听)ξ「フツーね」

o川*゚ー゚)o「普通でしかないよ、他は。……あっ。でもね」

キュートが自然に微笑んだ。
多分、遊び倒している時にはしない顔だ。

o川*^ー^)o「ツンちゃんが誕生日を祝ってくれたのは、凄く嬉しかったなぁ」

ξ゚听)ξ「別に、それこそ普通のことじゃない。去年の私はその普通のことすら出来なかったけど」

o川*゚ー゚)o「普通かぁ……」

そこで会話が途切れた。
普段なら別に構いやしないけれど、今日は嫌に沈黙が圧し掛かる。

14 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:43:45 ID:P/3X9N9Q0
o川*゚ー゚)o「あーあ、こういう時にタバコが吸えたら間が持つのかな」

ξ゚听)ξ「そこまでして持たせる必要ないわよ」

o川*゚ー゚)o「あはは、そうだね」

同じことを考えていたキュートから、乾いた笑いが出てきた。

o川*゚ー゚)o「ねえ、ツンちゃん」

ξ゚听)ξ「ん?」

o川*゚ー゚)o「キスしよっか」

ξ;゚听)ξ「は?」

不意をつかれた格好だった。突然キュートに肩を掴まれた私は、
身動きも出来ずに、薄暗さの中で、彼女の輪郭を目でなぞっていた。
微かに頬が上気しているように見える理由は二つ浮かんだ。ライブの余韻と、それと。

もう一つの方が出て来る前に、私の思考は塗りつぶされた。
私と、キュートの唇が重なっていた。

o川*゚ー゚)o「ドキッってした?」

顔を離したキュートの笑みは、照れているのかぎこちない。

15 名前: ◆pj9Mlsg3hE[] 投稿日:2016/03/28(月) 00:44:25 ID:P/3X9N9Q0
ξ゚听)ξ「不本意ながら」

o川*゚ー゚)o「これでちょっとは危ないこと出来たね」

ξ゚听)ξ「私を巻き込まないでくれる?」

o川*゚ー゚)o「ごめんって、適当に埋め合わせするから」

ξ゚听)ξ「キュートが?」

言葉の真意は、きっと私にも、彼女にも分かり切っていなかった。
けれど。

o川*゚ー゚)o「……どうかな」

キュートが言葉を濁したことで、なんとなく、分かってしまったのだ。






八月の終わりの焦げたアスファルトを、私は淡々と踏み締め続けた。
うっとおしい真昼の太陽にさらされる、片づけ切れていない屋台の骨格だとか、気まずそうに挨拶してくる昨日の男子だとか、
横切る公園で騒ぐ、肌は焼けきった癖に、喉は枯れるどころか、水分過多なぐらいに潤ってそうな、甲高い声のガキだとか、
蝉の死骸に遭遇した後、やっとたどり着いたのは、キュートの家だった。
馬鹿でかい和風の屋敷は、あいつの恵まれ方を表しているようで、今は腹が立った。

インターフォンも押さず、私は大きな長方形の庭に侵入する。
小さな池やら、立派な庭木やら、なんともまあ妬ましい限りだったが、探し物はこれではない。
泥棒みたいな思考と動き方で中に進んでゆくと、目当てのものを見つけた。

蝉が死のうが祭りの後始末が進んでいようが、夏は終わりやしないのだ。
白昼の中、静かに寝息を立てるあいつを叩き起こして、目が覚めるまで説教をかましてやらないと終わりやしない、終わらせやしない。

案の定風鈴の下で寝そべっているキュートを、縁側から転がし落とした。


END

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