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69 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:04:09 ID:KDf5Cbvo0
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(; Д )「っ」
o川;*゚ -゚)o 「────ぁ」
がしゃん。がらん、がらん。
鉄板が響かせた甲高い音。
床にぶちまけられた焼きたてのパン。
ああ、もったいない。
痛みにくらくらする視界は場違いな感想を思い起こさせる。
あんなにおいしいのに。もったいない。本当に。
さあ早く、拾わないと!
o川;*゚ -゚)o「今、のは」
背中がふわりとあたたかいのは抱え起こしている須藤の体温か。
声に合わせて息が頭にかかる。髪が揺れる。くすぐったい。
なにより、気恥ずかしい。
その気恥ずかしさがスイッチとなった。
衝撃と痛みとでショートしていた思考がすうっと一本にまとまる感覚に
安織は現実へ引き戻されたような気がした。
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70 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:04:49 ID:KDf5Cbvo0
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雨上がり七日の空模様です
3:[水曜日]
.
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71 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:06:20 ID:KDf5Cbvo0
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( ^Д^)「大丈夫すか」
思いのほか冷静な声が出せたことに安織は内心驚いていた。
ぼうっとした顔で宙を見ていた須藤はその声にはっと意識を戻す。
o川;*゚ -゚)o「大丈夫、大丈夫だから。すぐに冷やすもの持って来る──」
( ^Д^)「いや、俺じゃなくて。須藤さんっすよ」
o川;*゚ -゚)o「わ、私?」
須藤はぽかんとした顔を浮かべる。
怪我人に自身の心配をされたのだから当然だろう。
o川;*゚ー゚)o「私は……大丈夫、だけど」
( ^Д^)「良かった」
怪我人もとい、そう言って立ち上がる安織の左腕は真っ赤に腫れ、
一面に大きな水膨れができていた。
──やけどだ。それも、少々範囲が広く、深い。
いつぶりだろうか。
小学生の頃に一度したかもしれない。
( ^Д^)(つっても、ここまで大きくはなかったけど)
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72 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:06:59 ID:KDf5Cbvo0
-
原因は鉄板である。
須藤がオーブン上段から取り出そうとした際、突如として
バランスがくずれたのだ。
咄嗟に前に出て須藤をかばったはいいものの、幾つものパンが乗った鉄板は
思いのほか重く、そのまま尻もちをついてしまい──現在に至る。
( ^Д^)「流し、借りてもいいすか」
o川;*゚ー゚)o「もちろん!」
「こっち」と須藤が蛇口をひねる。
冷たい感覚。痛みがさあっと引いていく。
じゃぶじゃぶ。じゃぶじゃぶ。
流れる水にまぎれ込ませるように、安織は小さく呟く。
( ^Д^)(どうしてすか)
流しを挟んで目の前に立つ彼≠ノ向けて。
( ^Д^)(デレさん)
ζ( - *ζ
返事はない。
ただ、そこにいるだけ──少なくとも今は。
デレさん、ともう一度呼んだ安織の声にははっきりとした怒りがこもっていた。
* * * * *
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73 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:09:00 ID:KDf5Cbvo0
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( ・∀・)+「──オーケイ!」
( ・∀・)「応急処置が効いてるね、ちょいと派手だけど大丈夫。綺麗に治るさ!」
( ^Д^)「はあ」
なんだ、このいけ好かない美形は。
安織は心の中で毒づく。
そして、この感想には覚えがあった。
畑田モララー。
長網の話に出てきた、須藤の見舞い相手の担当医である。
そして今現在、安織の担当医でもあるのだが、
o川*゚ー゚)o「よかった……」
( ・∀・)「まったく、キュートな方の須藤さんが
涙目で駆け込んできたときは、正直焦ったよ」
o川*-、-)o「キュートな方、でなくて須藤のキュート、ですよ!」
( -∀・)「可愛い君に言っているんだから間違いではないだろう?」
o川*゚ー゚)o「畑田先生ったら、もう」
( ^Д^)
先程からずっとこの調子なのである。
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74 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:09:48 ID:KDf5Cbvo0
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安織らは病院に来ていた。
「馴染みのところがある」とは須藤の言葉だ。
パン屋の仕事を抜け、タクシーを呼び受付を済ませ──と、
あまりの手際の良さに安織には遠慮する隙もなかったのである。
( ^Д^)「あの」
( ・∀・)「ああ、少年!」
( ^Д^)「安織っす」
( ・∀・)「なんだい?疑問があれば何でもお答えしよう」
( ^Д^)「……治療費、いくらぐらいになりそうっすか」
先ほどから気になっていたのは情けなくもそのことだ。
今日はあまり財布が豊かではない。
といっても、普段からパンを買う程度の小銭しか入っていないのだが。
o川*゚ー゚)o「私が出すんだから、そんなこと気にしないでいいのに」
(;^Д^)「いやいやいやタクシー代も出してもらってるのに、
そこまで迷惑かけられないっす」
o川*-、-)o「そもそもね、こんな怪我になったのは私のせいでしょ。
責任ぐらい取らせてほしいよ」
( ^Д^)「それは」
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75 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:11:19 ID:KDf5Cbvo0
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長網のせいだ、とは言えず押し黙る。
あの瞬間──須藤の手元が狂い、鉄板が落下したとき。
安織は見逃さなかった。
鉄板を取り出そうとした須藤の腕を、長網が掴んでいたのを。
落ちてくる鉄板と須藤との間に割り込めたのはそれを見ていたからだ。
もとより安織は長網を引きはがそうとして駆け寄ったのである。
そして、その結果として鉄板を退けたのだ。
どう考えても須藤のせいであるはずがない。
( ^Д^)「……いや、俺が」
しかし、あいにく嘘も作り話も得意ではない。
なんとか否定したいのだが言葉は濁るばかりである。
o川*゚ー゚)o「ごめんね。……プギャーは優しいね」
o川*゚ -゚)o「でもやっぱり私のせいだよ。
バイトに誘ったのだって、そうでしょ」
( ^Д^)「それこそ違うっすよ」
o川;*゚ー゚)o「ほへ」
違う。
ここははっきりと言える。
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76 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:12:21 ID:KDf5Cbvo0
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──須藤に声をかけられたのは正午のころである。
学校が早帰りであったため、今日は昼を買いにパン屋へ寄ったのだ。
いわく、週末にパン祭りと称して出張販売(といっても会場は近くの公園だ)を
予定していたが、スタッフの一人が出れなくなってしまい、
どうにも人出が心許ない。
簡単な仕事で、バイト代も出すからよければ手伝ってほしい、と。
もちろん安織は快諾する。
思えばこの時点で少々舞い上がっていたのかもしれない。
ことが起きたのは、時間があれば雰囲気を知っておいてほしいと
そのまま調理スペースに招かれた、直後のことだった。
( ^Д^)「俺、須藤さんに誘われて嬉しかったんすよ」
( ・∀・)「ほう」
なぜお前が口を出す。
そう思いつつも言葉を続ける。
(;^Д^)「いや、あの……嬉しいって言葉のあやっすよ。
でも俺それで、ぼうっとしてたというか……その」
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77 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:13:07 ID:KDf5Cbvo0
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(;^Д^)「──とにかく!
須藤さんに責任とか、あんまり感じてほしくないっす」
o川*゚ー゚)o「プギャー……」
( ・∀・)「なるほどなるほど、君たちはそういう感じか。いいね」
( ・∀・)+「ところで」
計算がすんだよ、と畑田が提示した診察料は決して高くはなかったが、
安織の手持ちでは足りず、結局は須藤が出すこととなった。
なんとも決まりきらない。
というかまさにきまりが悪い。
顔を赤くする安織とにこにこ笑う須藤とを畑田は満足げに眺めていた。
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78 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:15:10 ID:KDf5Cbvo0
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o川*゚ー゚)o「少しだけ私情に付き合ってもらってもいい?」
支払いを終えた須藤がそう切り出すと安織は一瞬だけどきりとして、
すぐに動揺した自分を恥じた。
自分に都合のいい言葉だけ拾うなんて、と。
下手すれば今の一瞬の間で全てを察した長網にからかわれかねない。
( ^Д^)「うす」
o川*^ー^)o「ありがと。ちょっとね、お見舞いしたい人がいるんだ。
受付済ませてきちゃうね」
( ^Д^)「了解っす」
(;^Д^)「……って、マジすか」
小走りに向かう須藤の背中を見送りつつ呟く。
この状況どう思います、なんて言いかけてはたと気づいた。
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79 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:15:47 ID:KDf5Cbvo0
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長網。
パン屋で見かけて以降すっかり姿を見せていない。
どこにいるのだろうとも、姿を見せなくて当然だとも思う。
しかし、先ほどは須藤に危険が及んだことや痛みに対する怒りに任せ、
冷静な思考が出来ていなかったのではないか──そんな考えもまた頭をよぎった。
はた迷惑で鬱陶しい女装男だが、悪い人ではなかったように思う。
そもそも今日は長網をパン屋の仕事場でしか見ていない。
いきなり現れたかと思えば須藤の腕を掴んでいるし、
声をかけても返事はなかった。
今思えばあの様子はおかしかった。
そもそも昨日の言葉──覚悟がどうだとか、その意味もいまいちわからない。
はたしてこの怪我のことを指すのだろうか。
安織は包帯で分厚く巻かれた左腕を見下ろす。
だとしたら何故?
こうなることがわかっていたとでもいうのだろうか。
考えれば考えるほど聞きたいことはいくらでも出てくる。
( ^Д^)「デレさん、ほんとどこ行ったんすか」
ぼやいたところで返事はない。
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80 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:16:34 ID:KDf5Cbvo0
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o川*゚ー゚)o「お待たせしました」
( ^Д^)「いえいえ」
わざとらしくそんなやりとりをして、エレベーターに乗り込んだ。
須藤が押した四階のボタンが緑に光り、
長網から聞いていた通りだと安織は内心苦笑する。
o川*゚ー゚)o「ちょっとね、なんというか……人付き合いの苦手な人でさ」
( ^Д^)「はあ」
o川*゚ぺ)o「そうだなあ。
私ばっかりお見舞いに来てうんざりしてると思うんだよね」
( ^Д^)「そうすかね……?
入院したことないんで、下手なこと言えないすけど」
須藤さんが毎日お見舞いに来てくれるなんて、
安織からすれば贅沢極まりないことだとは思う。
無論、口には出さないが。
o川*゚、゚)o「そうかなあ」
( ^Д^)「そうっすよ」
ぽぉん。独特の間の抜けた音。
がこん、と揺れてエレベーターが停止する。
これから件の青年に会うのだと思うと、
もっとゆっくり上昇してくれればよかったのに、と情けなくもそう思った。
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81 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:17:41 ID:KDf5Cbvo0
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o川*゚ー゚)o「とうちゃーく」
緊張を高める安織を知ってか知らずか、須藤はためらいなく扉を開けた。
がらりと横に流れる種類のそれは、角部屋のもの。
o川*^ー^)o「見てよこれ、大部屋なのにひとりきり」
須藤の言うとおり、そして長網から聞いていた通り
大きな病室はがらんとしていた。
ベッドごとに囲うよう備え付けられたカーテンはどれも開け放たれ、
最近使用された感じもまるでない。
つと、窓が開いているのか風が通り抜ける感覚があった。
吹き込む側を見ると、一つだけ
中途半端に閉められたカーテンが所在無くはためいている。
ああ、これが。
例の青年のベッドに違いない。
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82 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:18:52 ID:KDf5Cbvo0
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( Д )(ええい、ままよ)
結局、見舞い相手のことを詳しく聞けないまま対面である。
彼氏なら玉砕。
よくて友人だが──果たして、
日常的に見舞いに行く須藤とその異性の友人との間に
安織が入り込む余地はあるのだろうか。
自明である。無い。
o川*゚ー゚)o「まーた窓開けっ放しで昼寝してるの、風邪ひくよ」
カーテンを開け放ちつつ須藤が言う。
果たして、返ってきた言葉は存外にぶっきらぼうなものだった。
( ^ν^)「ばぁか。寝てねえよ」
言葉に反して大きなあくびをひとつ。
こする目元はずいぶんと細く、それでいて人のよさそうな感じはまるでない。
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83 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:19:42 ID:KDf5Cbvo0
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それが、安織の存在を認めると大きく見開かれた。
( ^ν^)「んだよ、男連れとは当てつけかあ?」
(;^Д^)「いや、俺は全然、そういう者じゃないっす」
( ^ν^)「あ?じゃあ何か、てめえ女か」
(;^Д^)そ「何でそうなるんすか!?」
( ^ν^)
( ^ν^)「さあ?」
(;^Д^)「え、えぇー……」
なんというか。
予想の斜め上を行く人物である。
下半身こそ布団の下に隠れているが、全体的に線が細い。
無造作に伸ばされた黒髪はそのわりに綺麗だ。
見た目にさらりとしているのがわかるほど。
そして、その感じには覚えがあった。
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84 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:20:54 ID:KDf5Cbvo0
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o川*゚、゚)o「もう、ニュッくんたら。
あんまりプギャーをいじめないでよ」
( ^ν^)「うっせ」
もしかして、この人たちは。
安織は意を決して尋ねる。
( ^Д^)「──お二人って、兄弟なんすか」
一瞬の間。
先に口を開いたのはニュッくんと呼ばれた青年だ。
( ^ν^)「残念な妹を持つ兄はつらい」
o川*゚ー゚)o「まーたそんなこと言う」
くしゃりとニュッの髪を弄りながら須藤が笑った。
細い線。白い肌。さらりとした黒い髪。
一見すると、人好きのする須藤と愛想のないニュッとの印象は対極だ。
けれども近くに寄ってみれば意外に共通点は多い。
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85 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:21:36 ID:KDf5Cbvo0
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( ^Д^)「仲、いいんすね」
( ^ν^)「はっ」
o川*゚、゚)o「やだ。何その乾いた笑い」
( ^ν^)「──別に」
(;^Д^)そ「どこの女優すか!」
( ^ν^)「つか、お前はなんつーの。名前」
(;^Д^)「安織プギャーす」
( ^ν^)「あっそ」
(;^Д^)「え、えぇー……」
o川*-" ,-)o「あのねえ、ニュッくん。
せっかく来てくれたんだから、も少し愛想よくできないの?」
( ^ν^)「俺呼んでねぇし」
_、
o川*゚ ,゚)o「んもーああ言えばこういう」
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86 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:22:40 ID:KDf5Cbvo0
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( ^Д^)「ニュッくんさんて」
( ^ν^)「何だその珍妙な呼び方は」
( ^Д^)「……えーと」
( ^ν^)「ニュッでいい」
( ^Д^)「あ、じゃあニュッさんすね」
( ^ν^)
o川*^ー^)o「ふふっ」
(;^Д^)そ
須藤の息が首筋にかかり、安織は思わずのけ反りそうになるのを堪える。
なにせ、ベッドごと体を起こしているニュッを囲んで話しているのだ。
どうしたって距離が近い。
なんだかいたたまれなくなり頬をかくと、
その様子がおかしかったのか須藤は重ねて笑った。
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87 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:24:24 ID:KDf5Cbvo0
-
(;^Д^)「……俺、そんなにあれっすかね」
須藤はにっこり笑うと安織には返事を寄こさず、ベッドをぽんぽんと叩く。
鬱陶しそうにニュッがその手を払う。
o川*゚ー゚)o「面白い子でしょ」
( ^ν^)「まあまあ」
(;^Д^)「反応に困る評価つけるのやめてもらっていいすか」
( ^ν^)「知るか」
(;^Д^)「っすよねーーーーー!!
俺早くもニュッさんのこと掴めてきた気がするっすよ、もう!」
( ^ν^)「おめでとうるせえ」
(;^Д^)そ「なんすかそれ!?」
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88 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:24:56 ID:KDf5Cbvo0
-
( ^ν^)「……つかお前、随分と個性的な腕してんけど」
ニュッは包帯でぐるぐる巻きになった安織の腕を眺めつつ言う。
確かに大仰なことになっているが、実際は少々派手な火傷だ。
(;^Д^)「端的に言えば、
バイト初日にミスって素手で鉄板弾きました」
( ^ν^)「だっさ」
o川*゚ -゚)o「ちょっとニュッくん。
プギャーは私をかばって怪我したんだからね」
( ^ν^)「……それこそ知るかよ」
o川*゚ -゚)o
( ^ν)プイ
横を向くニュッに無言の圧力である。
( -″ν)
( -″ν)=3
( -)「………………妹が世話になった」
完全に顔を背け、ぼそりと呟くような声ではあったが、
ニュッの言葉ははっきりと安織の耳に届いた。
-
89 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:25:29 ID:KDf5Cbvo0
-
o川*゚ー゚)o「素直じゃないんだから」
( ^ν^)「うっせえ」
はにかむ須藤の表情が眩しい。
二人のやりとりは絵になるな、と柄にも無く思う。
入院している兄。
健気にも連日見舞いに来る妹。漫画の一場面のようだ。
( ^Д^)「そう言えば」
o川*゚ー゚)o「うん?」
つと、疑問に思う。
( ^Д^)「ニュッさんは、どうして入院してんすかね」
o川*゚ -゚)o「!」
( ^ν^)「……」
しまった、と思った。
思った時には手遅れだった。
須藤の、さあっと血の気の引いた顔。
聞いてはいけないことだったのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
-
90 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:26:01 ID:KDf5Cbvo0
-
*
(;^Д^)「あ、あの」
( ^ν^)「いい。謝るなよ、惨めだろ」
──事故だよ。
ニュッはそう言って自嘲するように口角を歪ませる。
(;^Д^)「っ」
あんまりにも酷薄としたその表情に、
安織は背中に氷を差し入れられたような気がした。
o川*゚ -゚)o「ニュッくん」
( ^ν^)「別に隠すこたねぇだろ」
( ^ν^)「安織。そこ、パン屋んとこのT字路わかるか?」
( ^Д^)「あ、はい。確かブルーシートがかかって……」
あ、と思う。
思い出されるのは一昨日のこと。
崩れた石垣、隙間から覗く大小の瓦礫。
自分はそれを見てどう思ったのだったか。
確か、
( ^ν^)「それだよ」
-
91 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:26:37 ID:KDf5Cbvo0
-
( ^Д^)『……トラックか何かじゃないとこうはならないすよね』
.
-
92 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:27:10 ID:KDf5Cbvo0
-
ニュッが居眠り運転のトラックにバイクごと弾き飛ばされた──
それは特に雨のひどい日のことだったらしい。
病院で目を覚ました彼に突き付けられたのは、
下半身不随というあまりにも重い現実だった。
* * * * *
-
93 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:27:48 ID:KDf5Cbvo0
-
( ^Д^)「やらかしたよなあ」
自室のベッドに腰掛け、長い長い溜息を吐きだす。
膝の上で肘を立て、組んだ両手に額を乗せるさまはひどく情けない。
一旦は杞憂に終わりかけた失恋の道が再び、
そして色濃く真っ黒に、照らし出されたような心持ちだった。
ああ。
──ニュッのカミングアウトの後、ぎくしゃくとしたあの空気。
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94 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:28:38 ID:KDf5Cbvo0
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o川*゚ー゚)o『──今日は帰ろっか』
( ^Д^)『あの、俺』
o川*-ー-)o『うんうん、ごめんね。
長く付き合わせすぎちゃったよね!じゃあニュッくん、また明日』
( ^ν^)『……おう』
(;^Д^)『あ、や、失礼しました』
有無を言わせない様子の須藤に慌てて付いていく。
閉まりかけた扉の奥、すっと遠くを見るニュッの顔が忘れられない――
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95 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:29:35 ID:KDf5Cbvo0
-
( ^Д^)「結局、須藤さんともなあなあで解散しちゃったし。
……ほんと何やってんだって話だよなあ」
ζ(゚ー゚*ζ《 ほんとですよ 安織くんのデリカシーの無さにはびっくりです 》
( ^Д^)「俺もほとほと呆、れ」
(;^Д^)そ「――うぅわっ!?」
ζ(゚ー゚*ζ《 ……お昼ぶりですね 》
じじ、という差動音。
ばっと顔を上げた安織の眼前に長網が立っていた。
立っていた、とはいってもそれは空中で、文字通り安織の眼前である。
大きさも眼鏡ケースを縦にしたほどの大きさであり、
声も機械を通したような、どこか突っ張った響きをしていた。
( ^Д^)「……デレさん」
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96 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:30:14 ID:KDf5Cbvo0
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長網が言うに、ホログラムに近いものなのだという。
腕時計の通信機としての機能──立体映像を送り込んでいるとか、なんとか。
安織に理解できたことと言えば、
長網がいつになく饒舌だということだけであったが。
ζ(゚ー゚*ζ《 驚きました?腕時計、特別性だって言ったじゃないですか
ほら、ほら特別感ありますね?男の子ならわくわくして当然の 》
( ^Д^)「そういうのいいっすから」
ぶつん、とチャンネルを変えるように遮る。
気まずい沈黙。
どちらもうかがっているのだ、切り出し方を。
結局、先に口を開いたのは長網であったが。
ζ(゚ー゚*ζ《 怒ってますね 》
( ^Д^)「まあ……正直に言えば」
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97 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:30:49 ID:KDf5Cbvo0
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思い起こされるのは昼間の場面。
( ^Д^)「デレさん、あんとき何してたんすか」
須藤の腕を掴む長網。
駆け寄る自分。コマ送りの視界。
衝撃を感じたと思った時には、鉄板は床に落下して、パンがぶちまけられていた。
あの時は単純に、長網が須藤の腕を掴み――バランスを崩させたのだと。
そう結論付けたのだ。そうであるから、腹を立てているのだ。
けれども、咄嗟に駆け出した自分には、
何か見えていないことがあったのかもしれない。
自分の結論が性急にすぎたのだと、
そう思わせる何かが長網にはあるのだと、安織は半ば期待していた。
ζ(゚ー゚*ζ《 言えません 》
だからこそ、聞き間違えたのかと思った。
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98 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:31:24 ID:KDf5Cbvo0
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( ^Д^)「……はい?」
ζ(゚ー゚*ζ《 しいて言えば、安織くんに見えた通りのことをしていましたよ 》
( ^Д^)「ん、な」
ζ(゚ー゚*ζ《 私は自分の仕事をこなすのみです そのためなら何でもします 》
( ^Д^)「それが、須藤さんに危険がふりかかることでもっすか」
ζ(゚ー゚*ζ《 はい 》
ζ(゚ー゚*ζ《 私に与えられた指令は対象二人に相互的恋愛感情を抱かせること
それさえ叶えば 》
(#^Д^)「――ふっざけんなよ」
何か大きな音が響いたと思えば、自分の声だった。
中空に静止する長網は表情一つ変えない。
-
99 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:32:50 ID:KDf5Cbvo0
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(#^Д^)「何が指令だ、恋愛成就だ。馬鹿言ってんじゃねえすよ」
(#^Д^)「惚れた女の子危ない目にあわせて、助けて、吊り橋効果っすか?
ヒーローのつもりになって浮かれるとでも思ったんすか!?」
じじ。ぃじ、じ。
作動音が、やけに響いて聞こえる。
ζ(゚ー゚*ζ《 ……そんな風には思っていません 》
少しの間があって、長網は話し出した。
相変わらず変わらない表情で。
ζ(゚ー゚*ζ《 僕に謝る権利すらないことも承知しています 》
ζ(゚ー゚*ζ《 それでも、あれが最善の選択肢でした 》
最善の選択肢。
須藤の手元を狂わせるのが、最善の。
(#^Д^)「っ」
( Д )「──もう、いいっす」
安織は腕時計に手をかける。
じゃぎ、と不自然な音が鳴り、はずした時には須藤の姿は掻き消えていた。
* * * * *
-
100 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:34:49 ID:KDf5Cbvo0
-
ζ( ー *ζ「あーあ、取られちゃいました」
ζ( ー *ζ「失くさないで下さいよ、ほんと、もう、うぅ、大事なんですからぁ」
ζ(;ー;*ζ「ひぐっ、うぅぅぅ〜」
端末【Uー13A】──もとい、安織と長網の使用している腕時計型。
データ送信時に余分な情報をカットし、干渉レベルを大幅に引き下げることで
規定時間外での干渉を可能にする機材である。
──ああ。
送信データに表情≠ェ含まれないことを利点と捕えられる日がこようとは。
ζ(;ー;*ζ「こ、んな、可愛くない顔、うぅ……誰にも、見せたくないですし」
ζ(ぅ∩、*ζ「えぐ、僕ほどぉ可愛くたって、
男の泣き顔なんて誰も、幸せにならないぃぃ」
長網の泣き声は綺麗に整頓された彼の自室に吸い込まれて消えていく。
明日もお勤めだ。失敗は、許されない。
一人称が変わっていることに気付けないほど、長網は焦っていた。
-
101 名前: ◆3TZSFRho.I 投稿日:2016/04/03(日) 12:36:33 ID:KDf5Cbvo0
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ただでさえ今回はイレギュラーが多いのだ。
長網はふとパン屋での須藤のことを思い出す。
見開かれた目。
びくりと震えた肩。
彼女は確かに長網の腕≠ェ見えていた。
一瞬であれ、見えるはずのない長網の姿が、見えていた。
須藤が手を滑らせて鉄板を落とす──事前の確認でその未来は確定していた。
だからこそ安織に覚悟しておけと伝えたのだ。
目の前で怪我をされるか、
その怪我をかたがわりするかの二択だと、わかっていたから。
けれど、須藤の行動が長網をほんの少しでも視認したことで
変わってしまっていたのなら。
もしも、長網が余計なことをしなかったのなら。
安織の怪我はあんなにもひどいことにならなかったのではないか。
安織が飛び出すチャンスを作り出すため、わざとちょっかいを出した。
それはもしも二人に何かあったとして、もとより関われない℃ゥ分には
関係のない出来事であったから。
だが。
──自分は、関わってしまったのではないか?
[水曜日] 了