- 2 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:05:51.231 ID:KFKnsR9z0
-
空の端を染めていた橙色が夜に呑まれてから、だいぶ経っていた。
(゚、゚トソン「ミセリ」
ミセ*゚ー゚)リ「うん?」
ずっと前を向いて歩いていたトソンに、不意に名前を呼ばれた。
何時間も遠回りして、わたしの家まで向かっていた途中だった。
ミセ*゚ー゚)リ「どしたの?」
(゚、゚トソン「……いえ」
トソンは可愛げのない仏頂面でわたしを見ているだけで、なにも言わない。
わたしだけに向けてくれる、ちょっとだけ優しい顔じゃない。
尋ねてみても、話しかけてきたくせに短い返事をするだけ。
(゚、゚トソン「あの……」
一度目を伏せて、また顔を上げたトソンが口を開く。
瞳の中で、黒くて重たそうななにかが、動いたような気がした。
小さいころ、人見知りする怖がりな子犬に触らせてもらったときのことを、ふと思い出す。
(゚、゚;トソン「……ミセリ。あ、あの」
- 3 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:09:05.809 ID:KFKnsR9z0
-
「月は……綺麗ですか?」
- 4 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:10:35.640 ID:KFKnsR9z0
-
ミセ*゚ー゚)リあいしてる、ようです(゚、゚トソン
.
- 5 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:14:09.983 ID:KFKnsR9z0
-
〜〜 一年前 〜〜
ミセ*;д;)リ「ぅう……やだ、もうやだ」
涙をぬぐいすぎて、目の周りがひりひりと痛かった。
でも、ついさっき見てしまった光景は消えてくれない。ぼやけてくれない。
どこに焼き付いてしまったんだろう。目じゃないなら、頭かな。それとも、胸かな。
毛利くんが、知らない女の子といるところを見てしまった。
今日は用事があるから、わたしとはいっしょに帰れないって言っていたのに。
可愛い女の子と、手を繋いで、ぴったり寄り添って帰る。
それが、わたしより大事な用事だったんだね。そんなこと知りたくなかったよ。
ミセ*;д;)リ「……うぅっ、ひっ、う」
思い出すと、余計に泣けてくる。ふたりの笑顔の残像が、胸を何度も刺してくる。
ひとりきりの教室の寂しさも、射し込んでくる夕日も、なにもかもが目に沁みる。
橙一色の万華鏡が作られては、まばたきするたびに壊れていく。
ミセ#;д;)リ「信じてたのにぃ……! 大好きだったのにっ!」
- 7 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:17:49.807 ID:KFKnsR9z0
-
自分で言うのもなんだけど、わたしは普通だと思っていた。
どこにでもいる、いまどきの高校一年生の女の子。
普通の高校に進学して、普通の男の子に恋して、告白して、付き合って。
モララーくんとしたこと全部が、初めての経験だった。
だから、全部あげてもいいって、本気で思っていたのに。
ミセ*;ー;)リ「……浮気されるのって、普通のこと、なのかな」
もしもそうなら、普通なんていらない。
裏切られても許さないといけないなら、もう最初から信じたりなんかしない。
ミセ* - )リ「……いいよ、もう」
涙が目の奥に引っ込んでいくのがわかった。
悲しいし、悔しいけど、なんだか泣き疲れてしまったみたい。
全身が重く感じて、机に突っ伏す。
ミセ* - )リ「いらない。全部、いらない」
ここに体だけ置いて、どこか遠くへ行きたかった。
身軽になって、まだ行ったことのないところへ。
わたしにとっての普通、なんて、欠片もないところへ。
- 8 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:21:30.785 ID:KFKnsR9z0
-
目を閉じる。まぶた越しの夕日がとても赤くて、暖かかった。
吹奏楽部の練習が、どこかの運動部の笛の音が、耳に染み入ってくる。
目を開けたら実は夢でした、とかだったらいいのにな。
(゚、゚トソン「芹沢さん?」
そんなことを、ぼんやりと考えていたから。
わたしは声をかけられるまで誰か来たことに気付かなかった。
ミセ;゚ー゚)リ「ふぁ?」
声のした方に向いた拍子に、気の抜けた、まぬけな声が漏れてしまう。
けっこう遠くから声をかけてきたみたいだから聞こえてないだろうけど、少し恥ずかしい。
目も腫れていないか気になる。きっとお化粧も落ちてる。早く帰ればよかったかも。
(゚、゚トソン「大丈夫ですか? 具合悪いんですか?」
声の主はもうすぐそこまでやってきていた。
同じクラスの都村トソン。名前まで合っているかどうか、ちょっと自信がない。
ミセ*゚ー゚)リ「……別に、なんともないよ」
(゚、゚トソン「そうですか? 元気があるようには見えませんけど……」
ミセ*゚ー゚)リ「元からこんな感じだってば」
- 9 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:25:19.289 ID:KFKnsR9z0
-
都村さんとは同じ中学だったけど、話したことは少なくともわたしの記憶はなかった。
高校に上がって、同じクラスになって、やっと言葉を交わしたくらいだった。
会話らしい会話なんて、これが初めてかもしれない。
(゚、゚トソン「……」
ミセ;゚ー゚)リ「な、なに?」
なにを考えているかわからない都村さんの黒い瞳が、じっと覗き込んでくる。
瞳と同じ色をした前髪が、さらりと崩れても直そうともしない。
耳に少しかかる程度のショートカット。きっと髪を染めたことなんて一度もない。
透明感に満ちている、同い年に見えないくらい落ち着いた顔立ち。
膝が隠れるまで伸ばされたスカート。第一ボタンだけ外されたシャツ。
わたしとは欠片も似ていない人。それが、初めてまじまじと都村さんを見た感想だった。
(゚、゚トソン「め」
ミセ;゚ー゚)リ「えっ?」
(゚、゚トソン「目、腫れてますよ?」
- 11 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:28:33.682 ID:KFKnsR9z0
-
都村さんの指が目元に優しく触れる。弱い痛みがぴりっと走る。
たぶん真っ赤に充血もしてる。最悪だ。やっぱり早く帰ればよかった。
ミセ;゚ー゚)リ「……これは」
(゚、゚トソン「なにかあったんですか? 芹沢さんらしくないですよ」
ミセ#゚ー゚)リ「らしくない、って……」
(゚、゚トソン「いつものあなたなら、こんなこと聞かれたって笑って流せるでしょう?」
さっきよりも一歩、距離を詰めて、都村さんが尋ねてくる。
らしくない、とか。いつもの、とか。どうしてそんなこと言えるんだろう。
何も知らないくせに。今日までまともに話したことなんてなかったくせに。
(゚、゚トソン「ここまで余裕をなくしてるなんて絶対におかしいで……」
ミセ# д )リ「……うるさいなぁ」
(゚、゚トソン「す……はい?」
ミセ#゚д゚)リ「うるさいって言ったの! 聞こえなかった?」
- 12 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:32:10.756 ID:KFKnsR9z0
-
全身の熱が一気に頭まで上っていく感覚。釣られるように席からも立ちあがる。
後ろで椅子が倒れる音と、自分の怒鳴る声が、どこか遠く聞こえた。
全部吐き出してしまいたかった。もうなにもわたしの中に入ってきてほしくなかった。
ミセ#゚д゚)リ「さっきからなんなの? おかしいってわかってるなら、そっとしとこうとか考えないわけ?」
(゚、゚;トソン「せ、芹沢さ」
ミセ#゚д゚)リ「らしくないとかいつものわたしとか言うけど、あんたはわたしのなにがわかってるの?」
(゚、゚;トソン「それ、は、その……」
ミセ#゚д゚)リ「わたしたち別に仲よくないよね。なのにどういうつもり? 心配する自分優しいとか思っちゃってるわけ?」
(゚、゚;トソン「……っ」
ミセ#゚д゚)リ「こっちはさ、さっき彼氏に愛想つかされたばっかでまいってるの! わかったらさっさとどっか行って!」
- 13 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:35:32.829 ID:KFKnsR9z0
-
頭の中が夕日色にぱっと燃えて、あっという間に消し炭になる。
言うだけ言って思ったのは、わたしってすごいみじめだなあ、ってこと。
何も知らない都村さん相手にわめき散らしてるところとか、あとで倒した椅子を直さなきゃいけないところとか。
ミセ#゚д゚)リ「はぁっ、はぁーっ……」
(゚、゚;トソン「……」
都村さんは口に入った虫を噛み潰したような顔で、わたしを見ていた。
眠そうな目に不釣り合いな大きな瞳が、溜まった涙の中でゆらめいている。
じわりとかいた汗が冷えはじめる。体温がリノリウムの床に奪われていく感覚。
ミセ;゚д゚)リ「あ……」
逃げ出したい。
椅子も直さずに、目も冷やさずに。
いろいろ考えていたことを全部押し退けて、そんな思いが顔を出す。
ミセ; д )リ「ぅうっ……!」
プールの中にいるような浮遊感に包まれた体が動き出す。
鞄と、都村さんを置き去りにして。
- 14 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:38:34.823 ID:KFKnsR9z0
-
机に腰をぶつけながら、その痛みに耐えながら。
だけど都村さんにはぶつからないようにしながら、脇を駆け抜けた。
(゚、゚;トソン「まっ、ま、待ってください!」
ミセ;゚д゚)リ「ぅえっ?」
駆け抜けた、はずだった。
(゚、゚;トソン「あのっ! ぁっ……あのぉ!」
ミセ;゚ー゚)リ「ちっ……ちょっと都村さ」
(゚、゚;トソン「わたっ、わ、わわ、私は」
ミセ;゚д゚)リ「いたいっ……っ、い、だぁっ!」
わたしの右腕を掴み、綱引きみたいに引きとめる都村さん。
セーター越しに都村さんの指が食い込んでくる。関節の部分が当たってすごく痛い。
(゚、゚;トソン「あっ……すみません!」
- 15 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:42:20.784 ID:KFKnsR9z0
-
言われてようやく都村さんは力を緩めてくれる。
でも、ちょっと遅かったと思う。またひとつ、冷やすところが増えてしまった。
(゚、゚;トソン「どうしましょう……」
ひどくうろたえている都村さんの両手は、居心地悪そうに胸のあたりでうろうろしている。
きちんと切り揃えられた、何も塗られていない丸い爪を見て、なぜか彼女らしいと思った。
(゚、゚;トソン「保健室……あっ」
しまった、という顔をして都村さんは口を塞ぐ。
そんなことをしたって、言ってしまったことは消えたりしないのに。
例えば、さっきわたしが都村さんに言ってしまったこととか。
ミセ;゚ー゚)リ「いいよ……別に。それよりなに?」
(゚、゚;トソン「えと、その」
なんだかもう、逃げる気も失せてしまった。普通に話を聞いて、さっさと帰ろう。
余計なことを喋ってしまったけど、相手は特に仲良くもない都村さんだし、気にしないでいいと思う。
明日もわたしたちはきっと、なにもなかったみたいに、他人でいられる。
- 16 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:45:28.281 ID:KFKnsR9z0
-
(゚、゚;トソン「私、なら……」
ミセ*゚ー゚)リ「うん?」
(゚、゚*トソン「わっ、私なら、芹沢さんを悲しませたりなんて、しません」
そんなの当たり前だと思う。だって、わたしたちは悲しませる以前の問題だから。
でも、そう語る都村さんの目は真剣そのものだ。
頬が夕日の色にしては、やけに赤く染まっている。
(゚、゚*トソン「……」
なんだか、こんな光景に見覚えがあった。見た、というより、やった。
わたしを見つめる都村さんの表情を、知っている。
いつだかの鏡に、窓ガラスに、映っていたわたしにそっくりだった。
恋する乙女だった、わたしに。
(゚、゚*トソン「芹沢さんのこと……すっ、好きなんです。中学から、ずっと、憧れてました」
- 17 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:48:13.318 ID:KFKnsR9z0
-
(゚、゚*トソン「ずっと見てました……だから、芹沢さんのことなら、よくわかってます」
(゚、゚トソン「浮気なんてしません。誰とも付き合ったことはありません。芹沢さんの色に染まります」
(゚、゚;トソン「だから……私じゃ、だめでしょうか」
初めて告白された。それも、女の子に。いままでろくに話したこともない子に。
頭がうまく回らない。体もうまく動かない。
だけど、鼓動だけが加速していく。
きっと、心は返事をもう見つけている。頭が追いついていないだけで。
わたしの頭に、体の隅々までに。少しでも早くその理由を送り届けたいから、こんなにどきどきしているんだ。
ミセ* ー )リ「……ふ」
吐息といっしょに、笑みが漏れた。
それが、わたしのあまりよくない頭に、心が届いた合図だった。
( 、 ;トソン「……やっぱりおかしいですよね。気持ち悪い、ですよね」
顔を伏せて、都村さんが冷めた声で呟く。
返事がくることを、怖がっているみたいだった。
わたしより少し高い身長も、いまはなんだか縮んでしまったように見える。
- 18 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:51:11.320 ID:KFKnsR9z0
-
ミセ* ー )リ「……都村さんさ」
( 、 ;トソン「はい……あの、ごめんなさい。変なことを言ってし」
遮るように、逃げないように、顔をおそるおそる上げた都村さんの手首を掴んだ。
そして。
ミセ* ー )リ「言ったよね」
(゚、゚;トソン「えっ……きゃぁっ!」
反対の手で肩を押さえて、一気に体重をかけてやる。
都村さんの体は、簡単にそばにあった机の上に倒れ込んだ。
ミセ*゚ー゚)リ「わたしの色に染まる、って」
都村さんに覆いかぶさったまま、確認するようにゆっくりと尋ねる。
真面目な話なのに、顔がにやついてしまうのを抑えられない。
きっと、わたしはいま、とても悪い顔をしていると思う。
- 19 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:54:55.273 ID:KFKnsR9z0
-
告白されて抱いたのは、優越感だった。
都村さんはわたしに、なんでも好きなことをしてくれる。
わたしは都村さんに、なんでも好きなことができる。
ミセ*゚ー゚)リ「嘘じゃないなら……ここでこんなことしちゃっても、嫌じゃないよね? 」
自分の方が上にいる、主導権を握っているという状況は、くせになってしまいそうだった。
都村さんを押し倒しているいまだって、頭がくらくらするくらいだった。
ミセ*゚ー゚)リ「付き合ってるなら普通にすることだもんね? 都村さんもそれくらいわかるでしょ?」
モララーくんがわたしと付き合ってくれた理由も、いまならわかる気がする。
だって、こんなに気分がよくなるんだから、断る理由なんてない。
(゚、゚;トソン「あ、の……人が、来たら」
橙と黒のコントラストの中に横たわる都村さんは、綺麗だった。
本当にわたしと同じ女の子なのかな、と不思議に思うくらいに。
彼女がこれからわたしの色に染まると考えると、背筋がぞくぞくしてたまらない気持ちになる。
ミセ*゚ー゚)リ「嫌なの? 嫌ならやめるけど……」
わざとらしくため息をついてみせる。
都村さんの前髪が、夕日をきらきらと反射しながら、ふわりと舞った。
- 20 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/01(金) 23:57:11.087 ID:KFKnsR9z0
-
ひどいことを言ってるなあ、と頭の片隅で思う。
わたしは都村さんが好きだ。
だって、都村さんはわたしのことを好きだから。
ミセ*゚ー゚)リ「都村さんとちゅーしたいなー、させてくれないのかなー」
いまは甘いものが欲しくてたまらない。
失恋の涙はしょっぱすぎて、もう二度となめたくない。
傷ついたんだから、傷を治すために少しくらい傷つけたっていいじゃない。
ミセ*゚ー゚)リ「都村さんのこと、好きなのにな」
(゚、゚トソン「……」
心にもないことを、それっぽく言ってみる。
答えを探してさまよう都村さんの視線が、わたしのそれとぶつかる。
ミセ* ー )リ「……好きなだけじゃ、うまくいかないのかな」
ついでだから、と。
この想いだけは、心の奥底にしまう前に、嘘っぽく言ってみた。
それだけで楽になれた気がして、わたしは貼り付けた笑顔の裏で、少しだけ泣いた。
- 22 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:00:23.003 ID:C4Bbfk+Z0
-
(゚、゚トソン「……芹沢さん」
ミセ*゚ー゚)リ「なあに?」
都村さんの目に力がこもる。両手が首にまわされる。
首にかかった髪を愛おしそうに梳く指の感触が心地いい。
触れられた部分が、いつまでも暖かい。
ミセ* ー )リ「んっ……」
( 、 *トソン「ん、ぅ……っ」
優しく、だけど力強く引き寄せられて、唇と唇が重なる。
間近に見える固くつぶったまぶた。唇越しに形がわかる前歯。
わたしが感じているすべてが、これが都村さんの初めてのキスだと教えてくれていた。
( 、 *トソン「ふはっ……はーっ、はぁ……」
ミセ* ー )リ「……キスするときは、鼻で息を吸うんだよ」
( 、 *トソン「あっ……そ、っか」
- 23 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:03:11.601 ID:C4Bbfk+Z0
-
熱に浮かされたように都村さんは呟く。
荒い吐息や、机の上に散らばった短い黒髪。夜が近付き始めて弱まった夕日。
なにもかもが、いけないことをしている気持ちにさせてくれる。
(゚、゚*トソン「いいんですよ……好きなだけで。それがすべてで」
ミセ*゚ー゚)リ「都村さんはそう思う?」
(゚ー゚*トソン「……はい。それだけで、幸せでしたから」
都村さんはそう言って笑ってみせた。
夕日が少し眩しそうで、まるで泣くのをこらえているようにも見えた。
ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ、これからはもっと幸せだね」
(゚、゚*トソン「そう、ですね……幸せすぎて、死んじゃいそうです」
ミセ*゚ー゚)リ「ほんとに死んじゃだめだよ?」
(゚、゚*トソン「大丈夫です。芹沢さんのこと、ひとりぼっちになんて、しませんから」
また引き寄せられる。今度は抱きしめられた。
背中にまわされた都村さんの手が、セーターとシャツをしっかりと握りしめている。
- 25 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:06:20.551 ID:C4Bbfk+Z0
-
ミセ*゚ー゚)リ「ありがと……都村さん」
都村さんに体重を預けて、わたしも彼女の肩を精いっぱい握りしめる。
背中に手を回せないけど、できる限り抱きしめ返した。
伝わってくる体温はわたしより少し高い。鼓動はわたしよりだいぶはやい。
(゚、゚*トソン「あの、芹沢さん」
ミセ*゚ー゚)リ「ん?」
耳元で都村さんが囁く。かかる吐息がこそばゆい。
飴玉を舐めて喋っているみたいに甘ったるい、ずっと聞いていたくなる声だった。
(゚、゚*トソン「あの……その」
ミセ*゚ー゚)リ「どしたの?」
( 、 *トソン「……トソン、って、呼んでください」
シャツがさらに強く絞られたのがわかった。
顔が見えないくらいくっついていたよかったと、心の底から思う。
ミセ* ー )リ「わたしのこと、ミセリ、って呼んでくれるならいいよ」
いまのわたしは、無垢とはほど遠い笑顔をしているはずだから。
〜〜〜〜
- 26 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:09:29.044 ID:C4Bbfk+Z0
-
トソンの言葉でわたしは、一年前をふと思いだした。
わたしたちの出会いと、始まりの日のことを。
あれからわたしたちは、いろんなことを経験した。
そのすべてが、女の子とするのは初めてのことだった。
最初のころは、モララーくんとしたときを思いだすこともあった。
いまはもうトソンに上塗りされて、思い出が陰を落とすことはない。
わたしたちはきっと、ずっとこのままでよかった。
なのに。
どうしてトソンは、こんなことを言うんだろう。
ミセ*゚ー゚)リ(知ってるよそれ……夏目漱石でしょ?)
夏目漱石なんて絶対漢字で書けないし、どんな話を書いているかも知らない。
だけど、その言葉は。
『I love you』を月が綺麗ですね、と訳したことは、知っている。
国語が赤点だったからって、あまり馬鹿にしないでほしい。
- 27 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:12:29.145 ID:C4Bbfk+Z0
-
冬の気配がすぐそこまでやってきている秋の夜。
12月並みの冷え込みで、鼻と耳の感覚はもうない。
だから、頭は怖いくらいに冷やされていて、普段なら思いつかないようなことまで浮かぶ。
ミセ*゚ー゚)リ(……私のことを愛していますか、ってことだよね)
疑問形に直しているのだから、この訳で合っているんだと思う。
問題は、トソンがなんでそんなことを聞いてきたのか、というところだった。
ミセ*゚ー゚)リ(うん、って答えた方がいいんだろうなあ)
そんなのわかりきっている。悪い返事を期待する人間なんていない。
だから、わたしはただ、トソンが望んだとおりに答えてあげればいい。
ふたりだけにわかる言葉で、愛を囁いてあげれば。
ミセ;゚ー゚)リ「……」
なのに、どうしてわたしは言葉に詰まっているんだろう。
- 29 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:15:29.466 ID:C4Bbfk+Z0
-
(゚、゚トソン「……」
トソンもあれっきり黙っている。催促もせず、ただ待ち続けている。
わたしたちのローファーが地面に擦れるかすかな音は途切れない。
質問された瞬間のまま、ふたりの心と時間は止まっているのに、体だけが運ばれていく。
ミセ*゚ー゚)リ(このまま家に着いたら、全部なかったことにならないかなぁ)
そんな風に逃げ道を探してみても、家までの道のりはまだ残っている。
ずっと無言でいたら、さすがのトソンだって痺れを切らせると思う。
ミセ;゚ー゚)リ(……愛してる、ってこんなに言いづらい言葉だったっけ)
恥ずかしげもなく言えていた、あのころを思い出そうとしてみる。
でも、浮かんでくるのは辛かったことと、トソンのことばかりで。
わたしは誰に愛してる、と言えていたのかすら、曖昧になり始めていた。
ミセ;゚ー゚)リ(いや、そうじゃなくて……)
そもそも、わたしはトソンのこと、愛してるんだっけ。
- 30 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:18:53.592 ID:C4Bbfk+Z0
-
トソンと過ごした一年間は、ただただ楽しかった。
あの日の言葉のとおり、わたしを悲しませなかったし、浮気もしなかった。
少しずつわたしの色に染まっていった彼女は、わたしの前だけではよく笑うようになった。
だけど、楽しかったのは、トソンがわたしのことを愛してるからで。
わたしにとってトソンとのすべてが、いつでも手放せるものだったから。
ミセ;゚ー゚)リ(なに考えてるのかな、トソン)
横目でおそるおそる、隣のトソンを見やる。
(゚、゚トソン「……」
トソンは、月を見上げていた。
暗い住宅街の中で、街灯の明かりに照らされた横顔。
それこそ、夜空に浮かぶ月のようで見入ってしまう。
手放したくない。強く、固くそう思った。
トソンの存在はいつの間にか、わたしの中で大きくなっていた。
- 31 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:21:33.214 ID:C4Bbfk+Z0
-
でも、想いの根っこは。
ミセ* - )リ(わたしが好きなのは……トソンじゃ、なかった)
わたしは真っ黒な画用紙だ。
どんなにきれいな色を上塗りしても、鮮やかな絵は描けない。
真っ白なトソンと同じ絵は、どうあがいても。
ミセ*゚ー゚)リ「……いよ」
(゚、゚トソン「え?」
ミセ*゚ー゚)リ「よく、わからないよ」
月を見上げたふりをして呟いた。紛れもない本心だった。
ミセ*゚ー゚)リ「月がきれいかどうかなんて、考えたことなかったから」
たぶん、わたしの馬鹿な頭じゃ、どれだけ考えてもわからない。
曖昧でぐちゃぐちゃな想いを、曖昧なままにして今日まできてしまった。
なにが本当でなにが嘘なのか。混ざり合ってもう区別がつかない。
- 33 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:24:43.029 ID:C4Bbfk+Z0
-
怖くてトソンの方は見れなかった。
なにが、どうして怖いのかも、わからなかった。
( 、 トソン「そう」
トソンは静かに言った。
どこか、無理矢理に押しつぶして、なんとか平らにしたような声だった。
( 、 トソン「……ですか」
かすかな違いもわかるくらいに、わたしはトソンのことを見てきたんだ。
そんなことを、他人事のように、思ってしまった。
ミセ* - )リ「そう、だよ」
わからないことばかりの中で、いくつかわかったことを拾い上げていく。
トソンが愛しているのは、わたしだということ。
わたしが愛しているのは、トソンとの曖昧な関係だということ。
わたしたちが、本当はいっしょにはいられないふたりなのかもしれない、ということ。
- 34 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:27:32.655 ID:C4Bbfk+Z0
-
次の日。
ミセ*゚ー゚)リ「あ」
廊下の向こうで、トソンがわたしの知らない男子と話しているのを見た。
例えるなら図書室にいるような、そんな人だった。
(゚、゚トソン
( "ゞ)
ふたりはわりと長いこと話しこんでいた。
男子は手に持ったプリントを、しきりにトソンに見せていた。
友達、って感じじゃない。もちろん、恋人らしくもない。
ミセ*゚ー゚)リ(なんだろ、先生に用事でも頼まれたのかな)
ふと、昨日の帰り道でのことを。分からないことと、分かっていることを思いだす。
まだ明るいのに、心に影が差すような感覚に襲われる。
わたしたちのあるべき姿を、見せつけられたような気がして。
ミセ*゚ー゚)リ「……」
校舎のどこかにいるはずの友達を探して、その場をあとにした。
- 38 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:35:32.563 ID:C4Bbfk+Z0
-
そうやって、わたしたちは徐々に、お互いのいるべき場所にいる時間が増えていった。
それでも日々は何事もなく、だけど少しだけ、その歩みを速めて過ぎ去っていった。
- 40 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:39:15.968 ID:C4Bbfk+Z0
-
気付けば、三年間を過ごした高校を卒業する日は、すぐ明日に迫っていた。
- 41 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:42:07.893 ID:C4Bbfk+Z0
-
燃えるような夕焼けの赤さを横目に見ながら、わたしは黒板を見つめていた。
いつもはまっさらなのに、今日だけは絵や文字が埋め尽くしている。
書いた本人たちはもういない。教室にはわたしひとりだった。
ミセ*゚ー゚)リ「まだかな……」
『明日の放課後会えない?』
昨日の夜、トソンにそうメールした。久しぶりのメールだった。
『わかりました。』
顔文字を使わないところとか、いちいち句点をつけるところ。
なにより、すぐに返信してくれるところは変わっていなくて、少し安心した。
黒板の上にかけられた時計は、16時を過ぎている。
一時間は待っているけど、それ以上に長く感じる。授業中みたいに、針の進みは遅い。
つまらない時間はそう感じるって、何かの偉い人が言ってたことを、ぼんやり思い出した。
- 42 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:45:14.965 ID:C4Bbfk+Z0
-
(゚、゚トソン「……すみません」
高校生活で最後の、校舎の向こうに沈んでいく太陽を眺めていたときだった。
扉が開く音と聞き慣れた声がして、わたしはすぐにそっちへ向き直った。
(゚、゚トソン「遅くなりました」
ミセ*゚ー゚)リ「……ほんとだよ」
最後の最後で珍しく遅刻してきたトソンを見て、わたしはうまく笑うことができた。
(゚、゚トソン「失礼します」
わたしの隣の、あんまり印象のない誰かの席に座るトソン。
真面目なのはいつもの調子だけど、今日はどこか硬い。
その理由なんて、わたしにだってわかる。
ミセ*゚ー゚)リ「……」
(゚、゚トソン「……」
今日が、わたしたちが、いっしょにいられる最後の日だからだ。
- 43 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:48:17.633 ID:C4Bbfk+Z0
-
ミセ*゚ー゚)リ「……トソンはさぁ」
トソンの体がこわばったのが、はっきりとわかった。
たまらず、わたしはまた、窓の外の景色に逃げた。
ミセ*゚ー゚)リ「……わたしのこと、好き?」
自分から切り出す勇気しか、わたしは持ち合わせていなかった。
トソンを見ながら話せる勇気は、なかった。意気地なしなんだと思う。
窓際の席でよかったと、心の底から思っているのがなによりの証拠だ。
(゚、゚トソン「当たり前じゃ、ない、ですか」
トソンは一言目から言葉に詰まっていた。
こんな風に困らせたいなんて、思ったことは一度もなかったんだけど。
その思いも元をたどれば、本物じゃないんだから、感傷に浸る資格なんてわたしにはない。
ミセ* ー )リ「……そうなんだ」
- 44 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:51:58.616 ID:C4Bbfk+Z0
-
ミセ* - )リ「……わたしは別に……好き、じゃないよ」
そう、好きじゃない。
わたしが好きなのはトソンじゃない。
わたしの感情は、好き、なんて綺麗なものじゃない。
ミセ* - )リ「嫌い、ってわけじゃ、ないけど」
ミセ* - )リ「卒業してからも、ってほどじゃない、かな……とか」
保身のためのような言葉ばかり、溢れてきてしまう。
いっそ嫌いだと言ってあげればいいのに。それがトソンのためなのに。
汚いのはわたしだけなんだから、汚れ役はぜんぶわたしがやればいいのに。
ミセ* - )リ「若気の至りってやつだったんだよ……きっと、全部。そのうち笑い話になるような……」
自分が情けなさすぎて、泣きたくなってくる。
空の片隅に見つけた飛行機雲に乗って、逃げてしまいたいくらい。
どこからか聞こえてくる、ラッパの長い音色すら、目を潤ませてくる。
- 45 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:54:16.125 ID:C4Bbfk+Z0
-
ミセ* - )リ「だから、さ……」
( 、 トソン「……っ」
隣からかすかに、鼻をすする音が聞こえた。
すらすらと言えていた適当な理由も、吐き出せなくなってしまう。
ミセ* - )リ「……わたしたちさ」
あと、たった一言。それだけで、ふたりのすべてが終わる。
この胸のつかえも、すべて教室の空気に溶けて消える。
それでいい。その方がいい、って、決めたんだ。
ミセ* - )リ「……終わりに、しよう、よ」
- 46 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 00:57:55.803 ID:C4Bbfk+Z0
-
ミセ* - )リ「明日、わたしたちは教室で泣いて抱き合ったりしない」
すすり泣く声が、止んだ。
窓ガラス越しにわたしを見つめるトソンの姿が、半透明に映っている。
ミセ* - )リ「卒アルに寄せ書きだってしない」
ミセ* - )リ「写真もいっしょに撮らない」
ミセ* - )リ「打ち上げは……わたしは行くけど、トソンはたぶん、わたしがいないと来ない」
こくり、とトソンは小さく頷いた。顔を上げた拍子に目と目が合う。
トソンはそのまま動かない。わたしの視線に気付いている。
ミセ* - )リ「でも、もう終わりだから、打ち上げでも会わない」
その目の中に、わたしはどう映っているんだろう。
こんなに卑怯で、臆病なわたしのことをどう思っているんだろう。
できれば、幻滅してくれていたらいいな、と思った。
ミセ;゚ー゚)リ「そう、しよう……他の人が思ってるような、ただのクラスメイトに、戻ろう」
- 47 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:00:23.367 ID:C4Bbfk+Z0
-
言い終わって、おそるおそるトソンの方へ振り向いた。
(゚、;トソン
トソンはまっすぐに、わたしを見つめていた。
眩しそうに目を細めて、橙色の涙をあふれさせて、唇を一文字に結んで。
わたしの投げつけたひどい言葉を受け止めようと必死だった。
ミセ;゚ー゚)リ「……ね? トソン?」
やっぱり、わたしとは真逆の子なんだと、最後の瞬間まで思い知らされる。
逃げたいわたしと、逃げないトソン。いつかいっしょにいられなくなるのは、当然なんだ。
(゚、;トソン「……幸せ、っ、でしたよ」
涙に濡れた声で、途切れ途切れに、トソンが言った。
(;、;トソン「っあ、私は……私、は」
一度言葉を飲み込んで、涙をぬぐうトソン。
軽率に言えないほど伝えたい想いを、言葉に込められることが羨ましかった。
それに比べて、わたしの言葉はなんて軽くて、鋭いんだろう。
- 49 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:03:26.486 ID:C4Bbfk+Z0
-
(;、;トソン「知ってました……愛されて、ないって……誰かの、代わりだ、って」
(;、;トソン「……っ、でも、ミセリがわたしのこと……必要としてくれた、からっ」
言い切って、トソンは伏せた顔を手で覆って泣き出した。
どうしてそんなに意地を張るんだろう。泣きわめいて、わたしを責めればいいのに。
これじゃまるで、トソンが悪いみたいだ、と思った。
でも、思っていても言えないのが、憎らしいくらいにわたしらしい。
ミセ* - )リ「……」
トソンの肩の震えが止まるまで、わたしは静かに待っていた。
こういうときに、なんて言葉をかけるべきか知りたかった。
地球の自転がああだとか、なんたらの犬がどうだとか、教科書に載ってることじゃなくて。
ミセ* - )リ(愛していたら、何か言えたのかな)
そんな、もう知りようもないことを、ふと考えてしまった。
- 50 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:06:37.710 ID:C4Bbfk+Z0
-
( 、 トソン「……ミセリ」
肩の震えが止まり、呼吸も落ち着いたトソンの第一声は、わたしの名前だった。
( 、 トソン「すみません……迷惑かけてしまって」
いつもの声で言いながら、トソンは顔を上げた。
涙を白い指でぬぐいながら、軽く頭を下げられる。
ミセ;゚ー゚)リ「そんなこと、ないよ」
いまなら、悪いのはわたしの方だよ、と言えそうな気がした。
(゚、゚トソン「でも、これで最後ですから」
気が、したのに。
- 51 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:09:18.630 ID:C4Bbfk+Z0
-
(゚、゚トソン「本当は、来たくなかったんです。答えなんて出したくなかった」
(゚、゚トソン「友達でも、恋人でもない、曖昧なままでいたかった。夢から醒めないでいたかった」
遮るように、トソンは言葉を紡ぎだす。
言葉は途切れない。わたしに、何も言わせまいとしているようだった。
(゚、゚トソン「私、幸せでした。愛されてなくても……愛して、いましたから」
(゚ー゚トソン「もう十分です。これ以上望むのは、きっと贅沢なんですよ」
いまにも沈みそうな夕日のように、トソンは笑った。
次の瞬間には消え失せて、もう二度と見ることはできない。
だけど、いつまでもまぶたの裏に焼き付いて消えないほどに、綺麗な笑顔。
( 、 トソン「いままで、ありがとうございました」
トソンが深々と頭を下げると、夜のような黒髪がかすかに揺れた。
初めて触れたときの感触は、もう思い出せない。
でも、無性に胸が高鳴ったことだけは、覚えていた。
- 52 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:12:44.277 ID:C4Bbfk+Z0
-
( 、 トソン「全部、なかったことにしましょう」
( 、 トソン「私のことは忘れてください。いつか普通に男の人を好きになって、幸せに……」
一瞬言いよどんで、トソンが顔を上げる。
(゚、゚トソン「幸せに、なってください」
悲しいくらいに、晴れやかな顔だった。
わたしもそんな顔ができていればよかったのだけど。
鏡を見なくても、自分がひどい顔になっているのはわかっていた。
(゚、゚トソン「それでは……失礼します」
もう一度頭を下げて、トソンが席を立つ。
思わずわたしも立ち上がっていた。
あの日、トソンがわたしにしたように、その手を掴んで止めようとしていた。
自分がどうしてそんなことをしようと思ったのかも、わからずに。
ミセ;゚ー゚)リ「あっ……」
でも、すんでのところで伸ばした手は空を切った。
足は止めないまま、トソンがちらりと振り返る。目と目が合ってしまう。
トソンは何も言わなかった。わたしは何も言えなかった。
そして、トソンはそのまま、教室から出ていった。
- 54 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:15:06.359 ID:C4Bbfk+Z0
-
誰もいなくなった暗い教室でひとり、出口を見つめていた。
言いたいことは全部言った。これでよかった。それは間違いないはずなのに。
ミセ;゚ー゚)リ
まるで、音楽室のピアノの上に置き忘れてしまった合唱曲の楽譜のような。
まだ、言いそびれてしまったことがあるような。そんな気がしてならなかった。
いつの間にか最後の夕日は、校舎の向こうに、沈んでいた。
〜〜〜〜〜〜
- 55 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:18:19.654 ID:C4Bbfk+Z0
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夢を見た。まだ、幸せな夢を見ていたころの夢だった。
ミセ;´д`)リ『あぁー、もうやだ。めんどい』
正門の前から伸びる坂のふもとにある学生向けの食堂で、わたしたちは試験勉強をしていた。
勉強というものがわたしは大嫌いだった。何のためにするのか、わからなかったから。
(゚、゚;トソン『そんな調子だと、また補習になりますよ?』
ミセ;´д`)リ『だってさー……百個全部覚えても、出るのって十個くらいでしょ? 嫌んなるよ……』
漢字の小テストの復習にはもう飽きてた。ストローの袋を濡らして遊ぶ方がよほど楽しかった。
そもそも、小テストの時点でほとんど白紙なので、わたしは漢字の問題はとっくに諦めていた。
いさぎよく他で点数を稼ぐべきだと言ったのだけど、それはトソンが許してくれなかった。
(゚、゚トソン『ほぼ白紙の答案に百個の答えを書いてあげた、私の時間と努力を無駄にしないでください』
ミセ;゚ー゚)リ『トソンと頭の出来が違うんだってば……どうしたらこんなつまんないの覚えられるの?』
さすが、学年でも成績上位の人は言うことが違う。
トソンはお腹の中にいるときから、辞書でも音読されていたんだと、本気で思っていた。
- 56 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:21:06.946 ID:C4Bbfk+Z0
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(゚、゚トソン『漢字っていうのは、みんな成り立ちがあるんです。例えば……』
トソンはそう言って、わたしの放り投げたシャーペンを取る。
ノートの片隅に書かれたのは、人という漢字。
(゚、゚トソン『人、という字は』
ミセ*゚д゚)リ『人と人が支え合っている!』
(゚、゚トソン『そう。そんな風に漢字の形と成り立ちを結びつければ、いくらか覚えやすいはずです』
ちなみに、とトソンは人の上からバツ印をつけて、くしゃっと笑った。
こんなに表情を崩して笑ったのを見たのは、初めてだった。
(゚ー゚トソン『人という漢字は、人が腕を垂らして立っている姿がモチーフです。支え合ってなんていません』
ミセ;゚д゚)リ『えっ……えぇー!?』
テレビで先生が熱心に生徒に語っていたあれは嘘だったのだ。ショックすぎる。
そんな、人目も気にせず立ち上がってしまったわたしを見て、トソンはまた笑った。
- 57 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:24:09.163 ID:C4Bbfk+Z0
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ミセ;゚д゚)リ『うわ、うわぁ……わりとマジでショック……』
(゚、゚トソン『やっぱりみんな本当だと思ってますよね、あれ』
ミセ;゚ー゚)リ『そりゃそうだよ……ねぇ、トソン。なんでもいいから、わたしが信じられる話して』
(゚、゚;トソン『ええ……? じ、じゃあ、私が好きな漢字の話とか』
ミセ;゚ー゚)リ『本当に好きなんだよね……?』
なにげなく、困らせてやろうと思ってした質問だった。
トソンはわたしの思惑通り、困ったように小首を傾げて。
(゚、゚*トソン『はい、好きです』
照れくさそうに、微笑んだ。
本当の笑顔だ。嘘じゃない。根拠はないけど、そう確信した。
ミセ*゚ー゚)リ『どんな漢字?』
(゚、゚トソン『漢字というより、熟語なんですけど……ちょっと待ってくださいね……』
トソンがノートに書き終わるまで、躍るペン先を目で追っていた。
可愛らしくないけど、彼女らしく整った字が、徐々に姿を現していく。
- 58 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:27:16.385 ID:C4Bbfk+Z0
-
(゚、゚トソン『はい、これです』
曖昧
トソンがノートをひっくり返して、わたしに書き終わった漢字を見せてくる。
最初に思ったのは、画数が多いということ。次に思ったのは、読めないということ。
ミセ;゚ー゚)リ『え、あ……』
(゚、゚トソン『あいまい、ですよ』
トソンの声で、思考を危うく放り投げずに済んだ。
言葉自体は聞いたことがある。意味もわかる。喋ったこともきっとある。
でも、漢字でこう書くなんて知らなかった。これだけでひとつ頭がよくなった気になる。
ミセ*゚ー゚)リ『こう書くんだ……でも、なんで好きなの?』
別に好きになるような漢字でもない。それが率直な感想だった。
曖昧。はっきりしていない、ということだ。素敵な意味が込められているわけでもない。
まさか、頭のいい人は画数が多い漢字が好きなのだろうか。
- 59 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:30:19.767 ID:C4Bbfk+Z0
-
(゚、゚トソン『曖も昧も同じ、暗いという意味の漢字なんですよ』
(゚、゚トソン『暗いとはっきりものが見えませんよね。だから、はっきりしないことを曖昧、というんでしょうね』
ミセ*゚ー゚)リ『そういうものなのかな?』
(゚、゚トソン『昔の人に聞かないとそれはなんとも……』
それは置いておいて、とトソンは話を続ける。
またペン先がノートの上で躍って、曖昧の二文字が現れる。
でも、今度は書き方が違う。左側の日、を少し離して書かれていた。
(゚、゚トソン『右側だけ見てみると、どうですか?』
ミセ;゚ー゚)リ『あい、と……み、だ?』
(゚、゚;トソン『いまだ、ですよ……ミセリ。さすがに意味は分かりますよね?』
ミセ;゚д゚)リ『わ、わかるよっ!』
否定してみても、トソンの疑いの眼差しが痛い。本当に分かっているのに。
- 60 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:33:13.205 ID:C4Bbfk+Z0
-
ふふ、とトソンは笑って、右側の愛と未に丸を付けた。
小さいころ、お母さんに絵本を読み聞かせてもらいながら眠ったことを、ふと思い出した。
(゚、゚トソン『……未だ、愛してる』
(゚、゚トソン『その気持ちに日が当たって、やっと、はっきり見えるようになるんです』
(゚、゚トソン『愛っていうのは形もなくて、それほどまでに見えにくい』
厨房で野菜が炒められる音も、他のお客さんの話し声も、遠くなっていく。
トソンの声だけが。体育のあとに飲むぬるい水道水のように、耳からどんどん染み入っていく。
(゚、゚*トソン『曖昧なものなんだな、って……そんな風に思えるから、好きなんです。この漢字』
ノートから顔を上げたトソンは、ほんのり頬を染めてそう言った。
そして、何か耐え切れなくなったのか、照れくさそうに笑った。
結局、テストは散々な結果に終わってしまったけど。
付け焼刃の知識は、綺麗さっぱり忘れてしまったけど。
トソンが教えてくれたその言葉と、はにかんだ表情だけは、忘れられなかった。
〜〜〜〜〜〜
- 61 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:36:21.921 ID:C4Bbfk+Z0
-
目覚めるとそこには、いつもより少し暗い天井があった。
起き上がってみる。頭も体も重くない。珍しく目覚めがよかった。
携帯を開いてみると、アラームより30分も早く起きていた。
ミセ*゚ー゚)リ(……なんで、いまになってこんな夢)
なにか、意味があるはずだった。
制服を着て家を出る最後の朝に、なんでもない日の思い出を夢に見たことに。
ミセ*゚ー゚)リ(……曖昧、かぁ)
トソンが教えてくれたもの。そして、わたしが愛していたもの。
あの日の試験勉強が意味を持つ日が来るなんて、考えもしていなかった。
いや。違うのかもしれない。
本当は、意味のない日なんてなくて。
ミセ*゚ー゚)リ(なんでもない毎日も、なにかの記念日だったりしたのかな)
正解、とでも言いたいかのように、アラームが鳴った。
パズルのピースの最後のひとつが、ぴったりとはまったような気がした。
- 62 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:39:05.514 ID:C4Bbfk+Z0
-
シャツのボタンを一番上まで留めて、家族に見送られて、家を出た。
どれもこれも、入学式のとき以来だった。
振り返ってみれば、ずいぶん遠い昔の出来事になっていた。
ミセ*゚ー゚)リ「……なくなっちゃうんだ」
ふと目をやった坂のふもとの食堂の入り口に、閉店のお知らせが張り出されていた。
ここもわたしたちと同じように、何かが終わって、また始まるのはわからない。
ただ。
ここでのトソンとの思い出は、昨日のことのように感じられた。
きっと、今朝の夢に見ていなくても、そうに違いないかった。
ミセ*゚ー゚)リ「……いかなきゃ」
気付かないうちに止まっていた足を、再び踏み出す。
わたしは卒業式に行かないといけない。
本当に終わらせないといけない。わたしたちがまた始められるように。
〜〜〜〜〜〜
- 63 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:43:16.850 ID:C4Bbfk+Z0
-
卒業式が終わったあとの教室は、誰もが浮足立っていた。
ミセ*゚ー゚)リ「打ち上げ? 行くよ、行くに決まってんじゃん!」
打ち上げを待ちきれない友達と泣いてる友達に挟まれて、目が回りそうだった。
泣いてる子もどうせ打ち上げに来るし、別れを惜しむのはこの辺にしておこうと思った。
( ・∀・)「そんな泣くなよ。ちょっと離れちゃうけど、俺にはずっとお前だけだよ」
すぐそばでモララーくんがそう言いながら、泣きじゃくる女の子の頭を撫でていた。
あのとき、わたしが見たのとは別の女の子だった。
ミセ*゚ー゚)リ「打ち上げって駅前の方のつぼ八でいいんだよね?」
いまはそれを見て何かを思うことはない。
心はざわつきもしない。きっと、向こうも同じだ。
これが、愛してない、ということなんだと思った。
- 64 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:45:13.694 ID:C4Bbfk+Z0
-
愛はどこにも残っていない。空白すらも。
愛があった場所には、いまは別のものが置かれている。
それで満たされるなら、構わないんだろうけど。
(゚、゚トソン
人ごみの中にトソンの姿を見つける。
誰かと卒業アルバムを交換して、寄せ書きし合うこともなく。
一緒に写真を撮ることもなく、帰り支度を始めている。
呼び止めはしない。わたしたちはもう、そういうふたりじゃないから。
ミセ*゚ー゚)リ
でも、やり残したことがある。伝えたいことがある。
友達と会話しながら、携帯を開いた。誰にも見られないように、メールを打ち始める。
- 65 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:48:16.864 ID:C4Bbfk+Z0
-
意識が画面に集中していく。この一通に、すべての想いを込めるために。
ミセ*゚ー゚)リ「うん……うん、二次会もあるんだー」
わたしの口は勝手に相づちを打ってくれていた。
こんなに器用なことができたっけ、と自分でも驚く。
それにしても、わたしはこんなにメールを打つのが遅かっただろうか。
短い一文すら遅々として進まない。絶対に、漢字が変換しにくいせいじゃない。
伝えたいからだ。想いの重さを、あの日の軽い愛の言葉とは違う、心からのひと言を。
本当はかけがえのないものだった、なんでもない毎日を思い返す。
スマホの画面をフリックする指が、少しだけそのスピードを上げる。
わたしは愛していた。トソンとの曖昧な関係を。
だけど、苦し紛れに逃げ場を求めたわたしの気持ちは。
そして、それを受け止めてくれたトソンの気持ちは。
例え、どれだけ時間が過ぎても笑い話になんてならない、嘘偽りのない本物だった。
- 66 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:51:36.122 ID:C4Bbfk+Z0
-
だから、この、ぽっかりと胸に空いた穴に、代わりのものなんて入れたくない、と。
トソンがいた、という空白すらも、抱えて生きていきたいと思った。
(゚、゚トソン
トソンが教室を出ていこうとする。
その去りゆく背中に向けて、打ち終わったばかりのメールを送った。
(゚、゚トソン「……?」
立ち止まって、鞄から携帯を取り出すトソン。
わたしはそれを、友達と会話しながら見ていた。
( 、 トソン「……!」
トソンがうつむいて、肩を震わせ始める。
声を殺しながら、ぼろぼろと涙をこぼす横顔がちらりと見えた。
昨日の伝え忘れた、伝えきれなかった想いは、きちんと届いた。
わたしたちは、また始まれるように、終われたんだ。
- 67 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:54:19.147 ID:C4Bbfk+Z0
-
友達の呼ぶ声に振り向く。ようやくきちんと頭を使った会話が始まる。
トソンはきっとまだ泣いている。隣でなだめてあげた方がいいのかもしれない。
それはもう、わたしの役目じゃないからできないけど。
だけど、最後に。
この先、二度と隣り合って歩くことはない彼女へ。
話すことも、触れ合うこともない彼女へ。
わたしのこの想いを、ひと言で言うのなら。
- 68 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:55:42.738 ID:C4Bbfk+Z0
-
差出人:芹沢ミセリ
宛先:都村トソン
件名なし
2016/3/1 11:26
さよなら。
わたしもトソンのこと、曖してたよ。
.
- 69 名前: ◆suyzlbM7dY [] 投稿日:2016/04/02(土) 01:56:55.928 ID:C4Bbfk+Z0
-
ミセ*゚ー゚)リあいしてる、ようです(゚、゚トソン
終わり