ブーン系ゴールドラッシュ2013〜突発! タイトル祭り〜
なにかが壊れる音がした、ようです



724 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:42:05 ID:H6pVuv5I0
玄関のドアを開けてすぐ
遠くから なにかが壊れる音がした。

重く、鈍い、打撃音。鋭く響く、硝子の砕ける音。




それから――――


         ――――――聞き慣れた 子供の泣き声と、それに重なる男の罵声。




「………」


動きを止め、じっと息を潜めて
いつものようにただ、それ が終わるのを待った。

725 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:42:56 ID:H6pVuv5I0


なにかが壊れる音がした、ようです

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726 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:44:02 ID:H6pVuv5I0
割れた酒瓶から漂う、咽るようなアルコールの匂い。

ゴミや食器が床のあちらこちらに投げ出され、雑然とした部屋の、その隅に。

身を守るようにしてぎゅっと頭を抱え、小さくうずくまる兄の姿。

おもむろにその腕を掴み、ぐいと立ち上がらせた。
気の毒だとは思うが、ぐずぐずしていると増々厄介な事になる。

風呂は使えないし、とにかく部屋へと連れていって
赤く腫れた頬に濡らしたタオルをあて、傷口から滴る血をぬぐってやった。
部屋も綺麗にしとかないと、”あいつ”に見つかったらまた殴られるだろう。 兄者が。

727 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:44:59 ID:H6pVuv5I0
――――何故、あのロクデナシの父親が
酒に酔ったり、虫の居所が悪いとなるとすぐ
決まって兄ばかりを殴り、日々暴力をふるうのか。

俺には分からない。


それはただ単純に、この、双子の片割れが
ほんの少し、同年代の他の子供達よりも知恵が遅れているせいなのかもしれないし
もしくは何かしら他に、虐げる対象として執着する理由でも、有るのかもしれないが。


――――知れたこと。理由なんて、有ろうが無かろうが考えるだけ無意味なだけだ。


.

728 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:46:03 ID:H6pVuv5I0
あいつの気に障らないように、気づかれないように。
静かに、手早く、散らかった物を片づけて
再び、自分達にあてがわれた小部屋へと戻った。


そうして、寝具の上で膝を抱え、未だ泣き止まない兄の手に
学校帰りに駄菓子屋でくすねた、キャラメルの包みを一粒、そっと手渡してやる。

すると、涙でぐじゃぐじゃの瞳が、ほんの少しだけ輝いて。
手にしたそれを大事そうに口へと運び、甘いその塊を含んで、ふわりと顔を綻ばせた。

赤黒く腫れた痣の目立つ顔に、いつもの、馬鹿みたいな笑顔を浮かべて。

そうしてやっと涙を止めて、嬉しそうに俺の名を呼ぶのだ。



「おとじゃ」


.

729 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:46:58 ID:H6pVuv5I0
( ´_ゝ`)「弟者?」


(´<_` )


( ´_ゝ`)「どした?ぼーっとしてさ」


(´<_` )「別に。なんでも無い」


( ´_ゝ`)「変なの」


素気無くそれだけ言って、全身 生臭い赤に塗れた兄は、再び前へと向き直り
得物を持った左手をゆっくりと振り上げて、先程まで続けていた”作業”を再開し始めた。

731 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:47:58 ID:H6pVuv5I0


ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ


追想の中で泣きじゃくっていた、傷ついた非力な子供とは違い
大人の姿になった、目の前の兄は


ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ 


ただひたすら規則的なリズムで
何度も、何度も、何度も、何度も、左手を上げて下ろしてを繰り返し
何度も、何度も、何度も、何度も、錆だらけの、大きな鋏を突き立てていく。
既に人とは呼べなくなった、その ぐちゃぐちゃの肉の塊に。

732 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:48:46 ID:H6pVuv5I0
閉めきった小さな部屋の中、吐き気を催すような強烈な異臭が辺り一面に立ち込めて
粗末な虫食いの床板には、飛び散る赤と肉片の他、何かの欠片であろう細かな白い塊や
原型を留めぬ程バラバラに破壊された木椅子の残骸が散らかっていて、見るも無残な有様だ。

フと視線を下げれば、現在よりほんの数十分前
そのグロテスクな血肉の塊が、まだ人の躰を成していた頃、麻縄で椅子に縛り上げられて
耳障りなダミ声で泣き喚き、惨めに許しを請うていた、年老いたその男の眼孔に
嬉々としてフォークを突き立てた兄が、ぐちゃりと抉り出した眼球がコロリ
半分潰れた状態で、俺の足元に汚らしく転がっていた。


最早疾うに有るべき機能を失って、乾いたレンズには何も映されることの無い
ドロリと濁ったその瞳の、青味がかった虹彩の色は、嗚呼。

決して認めたくは無いが、生まれもって与えられた
俺と兄とに共通の、瞳の色に至極よく似ているのだった。



(    )「なー、弟者」


ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ


こちらに背を向けたまま。
そして、その手を休めぬまま。

733 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:50:26 ID:H6pVuv5I0
(    )「手伝ってくれてありがとうな。
       住所調べるのとか。俺、そういうの苦手だから」


淡々と紡がれる、温度を持たない言葉の一つ一つ。

それはまるで、命を持たないセルロイドの人形が
独りでに囁き語りかけているかのような、虚妄の響きに聞こえた。


ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ 


(    )「やっぱり弟者は頼りになるなぁ。
       小さい時からいつも、俺のこと助けてくれるんだ」


嘘だ。

俺はいつも いつもただ傍観していただけだった。

734 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:52:48 ID:H6pVuv5I0
(    )「へへ、そうだ。
       小さい頃、よく近所の店からお菓子くすねてきて、俺に分けてくれたっけ」


(    )「知ってたよ俺。あれ、弟者盗んできたんだって」


ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ


(    )「でもうれしかったなぁ」


(´<_` )「………」


盗んだ菓子も、この行為も。

ただひたすらに、臆病で卑怯者の自分自身を追い詰める
醜くドス黒い 罪の意識に押し潰されないが為。

何に対しての”償い”なのかも分からない、反吐が出そうな、罪滅ぼしという名の戯言で

せめてこの、双子の片割れに。

見て見ぬふりをして、犠牲にした己の半身に。

数十分前の、縛り上げられ裁きを待つあの男と同じ、
ただ ただ惨めに 跪いて許しを請うているだけ。

それだけなんだ。

735 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:53:50 ID:H6pVuv5I0
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ   「うれしかったなぁ……」  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ

736 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:54:34 ID:H6pVuv5I0
(´<_` )「……何も心配しなくていい。後片付けは任せてくれよ、兄さん」


血濡れで笑う兄の背に、独り言のように そっと語りかける。


ガキの頃からずっと。
誰かに気づかれないように、静かに、手早く、片づけるのは得意だ。

737 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:55:32 ID:H6pVuv5I0


閉ざされたドアの向こう


なにかが壊れる音がした。


ぎゅっと耳を塞ぎ


必死で聞こえないフリをしていた


それは


.

738 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 00:57:04 ID:H6pVuv5I0



                             ザクッ    ザクッ ザクッ
ザクッ  ザクッ ザクッ
  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
      ザクッザクッ  ザクッ 彼の  ザクッ ザクッ   ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
  ザクッ ザクッ  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ ザクッザクッ ザクッ   世界が ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
 ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ  ザクッ ザクッ  壊れる    ザクッ ザクッ ザクッ
  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ 音   ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ          で ザクッ ザクッ ザクッザクッ ザクッ
           ザクッ   ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ  し  ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ
     ザクッ ザクッザクッ ザクッ ザクッ   ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ      た    
               ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ      ザクッ             。

  ザクッ 






<了>


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