ブーン系ゴールドラッシュ2013〜突発! タイトル祭り〜
博士と異星人ピアニストのようです



817 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:02:28 ID:X7XOWJCQO
推奨BGM

(サティ/ジムノペディ 第1番 - Youtube)



818 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:03:54 ID:X7XOWJCQO


(´・_ゝ・`) 僕はねぇ、月の裏側から来たんだ

そう言って彼はまた、宙に指を踊らす。
幾つかの音の粒が、弾けて其処等を転がった。

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819 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:04:24 ID:X7XOWJCQO



博士と異星人ピアニストのようです


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820 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:06:30 ID:X7XOWJCQO

川 ゚ -゚) はぁ、月の裏、ですか

月は常にほぼ決まった面を地球に向けて回っているため、その裏側を地上から観測することは難しい。
しかしそこに、人間に類する生物など存在し得ないことくらいは、今時小学生でも知っている。

(´・_ゝ・`) そう、僕はそこで、ピアニストをやっていたんだ

彼は何も無い空間を弾き、音色を奏でる。

どういう理屈かは知らない。
ただ、彼が月から来たというのは、あながち嘘でもないのかもしれない。

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821 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:07:12 ID:X7XOWJCQO

* * * * *


始まりは、約一週間程前に遡る。
人の捌けた講義室で、唐突に背後から声を投げ掛けられた。

(´・_ゝ・`) 今夜は、よく星が降るね

中肉中背、年齢不詳。人畜無害。
第一印象は、そんなところである。

生徒だろうか、それとも来賓の教授か誰かだろうか。
少なくとも、この大学で教鞭を取るようになってからの私の記憶の中に、その顔は無い。

川 ゚ -゚) 今日は晴天ですからね、確かに夜になれば星もよく見えそうです

天候の話というのは、初対面の人間との会話に於いて、至って無難な話題である。

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822 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:10:03 ID:X7XOWJCQO

(´・_ゝ・`) 美味しい金平糖が沢山とれるかもしれないよ

その次に相手が、同じく天候のことについて相槌を打ってくれるのなら、であるが。

川 ゚ -゚) こんぺい、とう……?

(´・_ゝ・`) そう、金平糖。 とげとげの砂糖菓子さ、知らないのかい?

何のことは無い、駄菓子屋だのに置いてある、色とりどりの星形の結晶である。
何故あの形になるのかは未だ解明されていない、とのこと。

しかし、彼によるところでは、流星が月面に落ちた時に弾けた欠片が、あの金平糖であるらしい。
流星は、宇宙空間に漂う塵が大気圏内に突入する際、光って見えるだけだ。
本当に星が降っているわけではない。

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823 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:11:29 ID:X7XOWJCQO

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それから彼は、講義終わりに私一人を残して部屋が無人になると、決まって姿を現すようになった。
毎度同じように、会話に成らない会話を、私と幾言か交わして去っていくことを、度々繰り返していたのであった。

(´・_ゝ・`) あすこにUFOが見えるだろう? 僕はあれに乗ってやってきたんだ

そう言って彼が指差す先には、我等が研究室の誇る高精度大口径天体望遠鏡を収める、そのドームがあるだけである。

(´・_ゝ・`) エンジンが故障してしまってね、ふらふらしながらようやっとあの山頂に不時着したのさ

あの望遠鏡が設置されたのは、今から十年以上も前のことであり。
無論、あれがUFOなんかである筈が無いのは、至極明白な、事実。

824 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:12:46 ID:X7XOWJCQO

川 ゚ -゚) はぁ

彼の吐き出す言葉は、何から何まで頓狂に現実に反していて。
この時間を重ねる程に、正に彼は、我々が生きるのとは別の世界から来たのではないかとすら思えてくるのであった。

この一科学者としての私の、必死の抵抗も空しく、彼は私の心の狭間に、虚で塗り固められた言葉の数々を、ひっそりと挿し入れてくるのであった。

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825 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:14:21 ID:X7XOWJCQO

室内に、ピアノの音色が零れる。

(´ー_ゝー`)

彼は両の瞼を下ろして、目前の空気に指先を滑らす。

緩やかに情緒的な音の連なりが、彼の白く細長い指から、生み落とされ一つの曲を形成する。

川 ゚ -゚)

私は黙って、其れに耳を傾ける。
飽くまで、地球産の曲である。ジムノペディ第1番。1888年、エリック=サティ作曲。

不可思議な長調の旋律が、私と彼との間を擦り抜け溶けて、宙に消えていく。

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826 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:15:15 ID:X7XOWJCQO

(´・_ゝ・`) この曲はね、僕のレパートリーの中で一番の人気曲だったんだ

演奏を終えて彼は、両手を自分の顎の下に組む。

(´・_ゝ・`) 沢山の月の貴族達が、僕のリサイタルを聴きに集まってきたんだよ

その視線は、私を通り越してまた別な世界を見詰めている。

(´・_ゝ・`) 墜ちたばかりの新鮮な星屑からできた金平糖を、報酬代わりに持ち込む人もいた

川 ゚ -゚) 何故、私にそれを?

(´・_ゝ・`) 君からは、どうにも宇宙の叡智の匂いがするんだ

私が天文学者であることを差しているのであろうか。
実際のところ、叡智という言葉が適切かどうか怪しい程に、私は端くれ者なのであるが。

(´・_ゝ・`) それに、僕は、そろそろ帰らなければいけない

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827 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:16:25 ID:X7XOWJCQO

* * * * *


(´・_ゝ・`) 次の満月に、此処に月の裏側へのゲートが開かれる

我々二人は、暫しの間、夜行列車に揺られ、鏡のような黒色を湛えた、湖に降り立った。

(´・_ゝ・`) これから、新月に向かうだろう。 その間に、月はエネルギーを蓄えるんだ

並び立ち、水面に揺蕩う、細い月影を眺めていた。

(´・_ゝ・`) そうすれば、これが人一人通れるくらいの大きさになるから、僕はそこを滑り降りていくんだ

彼は両の掌を椀のかたちにし、湖の月を掬い取ってみせるのであった。
その中にも、小さく月が揺れた。

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828 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:16:54 ID:X7XOWJCQO

戯れに、その月を人差し指でつついてみる。
冷たい液体の感触が、指先に纏わり付いた。

川 ゚ -゚) あなたは、これに入るのですか

(´・_ゝ・`) あぁ、帰らなければ、ならないからね

彼は、手中の月を湖に戻し、それから、頭上の月を見上げたのであった。

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829 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:18:56 ID:X7XOWJCQO


それを最後に、彼は私の前に現れなかった。
消息を調べようにも、私は彼の名も知らず、またそれを人に尋ねようにも、私は彼の特徴らしい特徴も知らなかった。

ただ一つ、彼が異星のピアニストであったことを除いては。

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830 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/05/04(土) 17:20:10 ID:X7XOWJCQO

* * * * *


あれから二度目の満月の晩、私はあの湖畔にいた。
成る程、水面に映る円い月影は、大人が上に立てるくらいに、その直径を広げていたのであった。

彼は、本当に月に帰ったのかもしれない。

私は揺れる満月のもとに、小舟で漕ぎ着け冷水に素足を浸ける。
私の足首から発せられる波紋が、青白い光の環を歪めた。
あぁ、これでは、私は月へ辿り着くことが出来ないではないか。

冷たく暗い無重力の中、沈む私の爪先は、下れども下れども月面に降り立つことはなく。
口から吐き出した彼の虚言が、頭上に波打つ光に向かって、揺らめき昇っていくのをただ、私はじっと眺めていた。

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