■ブーン系ゴールドラッシュ2013〜突発! タイトル祭り〜
└瓜゚∀゚)シックスセンス・ギフトのようです
└後編
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112 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:06:58 ID:zM3VRZD60
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( ∵) ベンベン
( ^ω^)「あー、遅い」
( ∵)
( ∵) ベベベベン
( ^ω^)「遅い遅い」
( ∵)
( ∵) ベベッベッベッベ
( ´ω`)「できんなら最初っからしてくれお…」
( ∵)「この小節にスラップは合わないと思う」
( ^ω^)「そーかな」
( ^ω^)
( ゚ω゚) !?
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113 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:07:39 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)
( ;^ω^)「も、モナー! ビコーズが、ビコーズがしゃべった!!」
( ´∀`)
( ;^ω^)「あのビコーズが! 口頭で出席とられても返事しないあのビコーズが!」
( ´∀`)
( ^ω^)「……モナー?」
( ´∀`)
( ´∀`) ポケー
( ´ω`)「へ、返事くらいしてくれたって……」
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114 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:08:19 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)
結局、づーとは、一線を越えてしまった。
いつかは、こうなるとは思っていた。
いや、それは違う。これは、あるいは、という程度でしか予想していなかった。
実際はもっと低いハードルの――それこそ、手をつないだり、水族館に行ったり。
その程度の関係にまでなら、深められるような気はしていた。
づーの過剰なスキンシップを前にすると、ラノベの主人公でもない限り、さすがにその真意に感づくことができるだろう。
好意――では、ないとしよう。
しかし、限りなく好意に近い友情は、確かに、彼女のなかにあった筈だ。
その動機は、ただなんとなく、なんて適当なものでこそあるそうだが。
しかし、なにがどうであれ、ぼくは、一線を越えてしまった。
そのせいで、心の底に、薄い靄を張る黒い物体が生まれてしまった。
その黒い物体は、確実に、ぼくの身を重くしていた。
内藤の言葉に返す気力すら、それは奪ってきたのだ。
ドラムのスティックを握る。
しかし、そのスティックでさえ、いつもよりも数倍重くなっているような気がした。
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115 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:08:59 ID:zM3VRZD60
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ぽけっとしていたぼくが、内藤の言葉に応じないもののスティックを握ったため、
内藤もギターを持ち直して、所定の位置に就いた。
ぼくの調子が優れないのを見て、無理に反応を強いてこようとは思えなかったのだろう。
ドラムのポジションから見て、左側に、内藤。右側に、ビコーズ。
見慣れた筈のこの光景が、なぜかぼくに安心感を与える。
その光景に違和感を抱きつつも、ぼくはスティックを交差させ、カウントをとった。
このカウントでさえ、ぼくは、三度ものやり直しを強いられた。
しかしなぜか、内藤がそのことに突っかかってくることはなかった。
軽く一曲を通してみて、わかったことがあった。
ぼくの身体が、確実に重くなっていたということだ。
といっても、急激に太ったわけではない。
この精神的な動揺が、確実に、ぼくのパフォーマンスを妨げてきていたということだ。
タムをまわすときも、クラッシュを叩くときも、ペダルの上で足を擦るように動かすときも。
そのどれもが、いつもと違っていた。
ペダルの軋む音から椅子の回転の具合まで、おそろしいほど一緒なのに。
まるで、ぼくのなかのなにかが、微かな記憶とともに、ストンと抜け落ちたかのような感覚だった。
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116 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:09:41 ID:zM3VRZD60
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高々――なんて言葉を使っては、倫理的にだめだろう。
しかし、かといって、高々、という言葉を使うしかないのだ。
ぼくは、コミュニケーションの延長線上に立っただけなのだ。
大学生としてはむしろそちらのほうが当然だ、とも言われている。
そう言ってしまうと、ぼくがづーのことをただのセックスフレンドだとしか見ていない、と思われそうだが、
その点は否定しておくものの、しかし、どうして高々一度限りのそれで、ぼくがここまで変わらなければならないのだろう
そればっかりが、不思議でしかたがなかった。
抜け落ちたものなど、なにひとつなかった筈なのだ。
椅子に座ってから見届ける、この光景。
内藤だって、ギターだって、ビコーズだって、ベースだって。
このスネアといい、ハイハットといい、どれも、どれもが見慣れた光景なのだ。
なにひとつ変わってない、いつも通りの、光景。
なにも、見落としていたものなど、ない。
( ∵) ベベッベ
( ^ω^)「結局そこスラップにすんのかお」
( ∵) ベベベッベ
( ´ω`)「もう勝手にしろお」
( ∵) ベベ…
( ∵)
( ∵) ベベッベベベッベベッベーベー
( ´ω`)「やっぱやめろ」
( ∵)
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117 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:10:21 ID:zM3VRZD60
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ぼくの、この異様なまでの精神的な動揺は、決して、昨日のあれ一つにのみ起因される筈はない。
現に、あれからづーが家を出るまではなにもこのような感情は抱かなかったし、今朝起きたときも、異常はなかった。
一線を越えた衝動でネガティブに――なんてこともむろん考慮したが、しかし、そんな局地的なものではないだろう。
とすると、ぼくの心の底に黒い何かが置かれている理由は、あれ以外にもきっと、あるに違いないのだ。
しかし、ほかに変わったことはない。
面白いほど無口なビコーズに、感情の起伏が、主に下るほうに激しい内藤。
彼らには、なんの変化もない。ただ、ぼくの変化を多少は汲み取っている程度だ。
ビコーズが久々に口を利いたみたいだが、まあ、ぼくには関係のないことだ。
だとしたら、ぼくがただ、過剰に考えすぎ、なだけなのだろうか。
これまでが童貞だったから無駄に肥えた高尚なぼくの倫理観が、不調の原因なのだろうか。
確かにづーという女性は、彼女でもなければなにか特別な仲でもない。
そういうことをするのは、それをするに相応しい間柄でないと――なんて考えはあった。
ひょっとすると、そんな、つまらないプライドがぼくを苦しめているのかもしれない。
でも、きっとほかに理由はある、と無根拠に思うぼくがいた。
無根拠に――なんて言うと、それこそ、彼女を思い出す。
なにかにつけて絶対的な的中率を誇っていた勘、シックスセンスを持つ、づーのことを。
今でこそ友だちになれているが、果たして、当初はどうして、づーはぼくみたいな男に接近しようと思ったのだろう。
気がつけば、登校中のぼくを背中から襲撃するか、スタジオにいるぼくを見つけてはやってきたりされていた。
どこにぼくがいるのか、を絶対的な勘で的中させ、やってくる。それが、彼女の常套手段であった。
つまり、いつもなら、づーは必ず、頼んでもないのにぼくを見つけ出してはやってくるのだ。
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118 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:11:12 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)「(……え?)」
見つけた。 「いつもと違うもの」 。
ぼくの心の底に靄を張る黒い何かを置き去りにした、それ。
昨日までと今日とで、唯一違っていること。
今日は、づーは来ていないのだ。
登校中に、襲撃して――こないときもある。
時間割の関係上、別にそれはおかしいことではない。
そんな日は、決まって、スタジオかどこかの店かにいるときにやってくる。
そして今日は、いつもならこの時間帯に、彼女はやってくるのだ。
そんなづーが、今日は、来ていない。
あの、聞いているだけで疲れてきそうなほど元気に満ち溢れた声も、聞いてない。
見るからに純粋無垢な外見と様子を見せる年相応のあの姿も、見ていない。
そのことに気がつくと、自然と、手からスティックがするりと抜けた。
力が抜けて、定位置で構えていた腕が垂れたのだ。
スティックが転がる音は、内藤とビコーズも聞きつけた。
いつものようなやり取りを交わしていた彼らは、いつもと違う様子に驚き、こちらに目を遣った。
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119 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:11:59 ID:zM3VRZD60
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( ^ω^)「……モナー?」
( ∵)っ|| スッ
( ´∀`)っ「………悪い」 スッ
( ^ω^)「風邪でもひいたかお?」
( ´∀`)「んー……」
( ^ω^)「あれか、五月病か」
( ´∀`)「カレンダー見やがれ。
……それは、いいとして」 サッ
( ^ω^)「どこ行くん」
( ´∀`)「ちょっと調子悪いから、はやめにあがるモナ」
( ^ω^)「そうかお。じゃあ個人練にシフトするお」
( ∵) !
( ∵) ベベベベッベベッベベッベ
( ´ω`)「おまえ実はスラップめちゃめちゃ大好きだろ…」
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120 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:12:47 ID:zM3VRZD60
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◆
づーが、今日は会いにこない。
さすがのづーも、昨日の今日じゃ、恥ずかしいのだろうか。
いや、昨日は、帰るときも、いつも通りの様子でいた。
もし恥じらいを覚えるなら、あの時点で既に頬を赤らめたりしていた筈だ。
スタジオを出て、そこいらをぶらぶらと歩く。
どこにづーがいるだとか、今彼女がなにをしているだとか、そんなことは知らない。
ただ、づーがいつもの時間にスタジオに来ないことに違和感を感じて、とても、いてもたってもいられなくなったのだ。
づーも、人間だ。気まぐれで行動パターンを変えたり、風邪を唐突にひくことだって、ある。
だから、高々友人であるぼくのような男が、たった一度の不規則にそこまで固執する必要など、本来はないのだ。
しかし、どうしてか、落ち着きを保つことは到底できそうになかった。
それだけ、ぼくのなかのづーという存在が、大きく変化していたのだろうか。
( ´∀`)「……とりあえず、電話」
ほんとうは、ほんとうに、大したことはなく、ただの気まぐれにすぎなかった、となるのだと思う。
ただ、ぼくが、あまりにも過敏になりすぎているだけなのだ。
でも、そんな答えを叩き出しても、ぼくの不調が変わることはなかった。
彼女といつも通りのやり取りを交わして、とにかく、この黒い何かを捨て去りたかったのだ。
童貞がゆえの儚さ、なのだろうか、そういったことにかなり神経を削るというのは。
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121 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:13:30 ID:zM3VRZD60
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『おかけになった電話は、ただいま電源が……』
( ´∀`)】
( ´∀`)っ】 ピッ
( ´∀`)
づーはもちろんのこと、最近の若い人は、携帯電話の電源を切ることはめったにない。
授業で最初に先生が電源を切れと言っても、九割以上はまず切らないだろう。
ぼくたちの場合、切るというより、むしろ切られる人のほうが圧倒的に多い。
そのうち九割は、電池切れ、もしくは電池の消耗にともなったがゆえのシャットダウンだ。
たまに内藤が電話に応じないときがあったが、あとで聞くと、電池切れだった、ということがままある。
しかし。そういったケースを踏まえても、ぼくは納得することができなかった。
づーは、普段、あまり携帯は使わないのだ。
それに、彼女の携帯が昼間に切れたことも、ぼくの知っている限りは一度もない。
だとすると、どうしてつながらないのだろうか。
電池を使い切った、とは、考えにくい。
しかし、かといって電波の届かないところにいる、とも思えない。
だったら、なぜ。づーの電話に、異常が起こっているのだろうか。
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122 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:14:13 ID:zM3VRZD60
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あれこれ考えると、逆に考えはまとまらない。
一旦は思考を放棄して、とりあえず、づーの家に向かうことにした。
大学内にいるとは、あまり、思えなかったのだ。
づーの自宅の住所は、知っている。
大学でできた友だちにしてはわりと近いほうで、片道三十分もあれば着く。
黒い何かに脅かされるせいで、バンドの練習はおろか、授業すら身に入らないだろう。
そう考えたが上で、どうどうと、授業をサボることにした。
づーの勘を信じて、代返はしないで。
◆
(#゚;;-゚)「…?」
( ;´∀`)「い、いませんかね?」
(#゚;;-゚)「いや……」
話には聞いていたが、づーのお母さんは、病弱そうな人だった。
昔、それもづーが生まれるよりもずっとずっと前は丈夫な人だったそうだが。
皮と骨しかなさそうな腕だったり、あちらこちらに貼られた絆創膏を見ると、とても丈夫だったとは信じられない。
ぼくが緊張を交えながら話すも、快い返事は得られなかった。
づーは、寝ているだとか、風邪だとかいうわけではなかったようだ。
しかしそうだとすると、いよいよ彼女を見つけ出すのが難しくなる。
なんせ、電話が通じないのだ。
シックスセンスを持ち合わせていないぼくが、彼女を偶然見つけられるはずもない。
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123 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:15:07 ID:zM3VRZD60
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(#゚;;-゚)「…逆に…」
( ´∀`)「?」
情報はないという情報をいただけたので、そのまま帰ろうとすると、お母さんが引き止めてきた。
引き止めた、というよりは、話を戻した、というほうが正確なのだろうか。
踵を返そうとしていたところで、ぼくはもう一度、お母さんに身体を向ける。
(#゚;;-゚)「おたくは……知りませんか?」
(#゚;;-゚)「……あの子、まだ、帰ってきてない…、のだけど」
( ´∀`)「…え?」
思わずぼくは、聞き返した。
づーは、今日ぼくに会わないどころか、帰ってきてすらいないというのだ。
帰ってきてない、ということは、つまり昨日、ぼくの家で別れてから一度も帰宅していない、ということだろう。
一旦は帰ってまた外出して、それから帰ってきてない、という可能性もあるが――
お母さんの様子を見ていると、どうも、そうだとは思えなかった。
(#゚;;-゚)「大学生だから……なにか、あるのかな、って思ってたんだけど……」
(#゚;;-゚)「……大学にも、行ってないのですか…?」
( ;´∀`)「いや、そこはわからないです」
(#゚;;-゚)「そうなの…」
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124 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:16:08 ID:zM3VRZD60
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やっぱり、これはぼくの思い過ごしで、ほんとうは大学にいるのだろう。
童貞歴が長かったせいで、軽くパニックになっているのだろう。
これをのちにづーに話すと、笑われるだろうなあ。
ふとそう思った。すると、心がすっと晴れたような気になれた。
すみません、と謝って、ぼくは今度こそ、と踵を返した。
そうと決まれば、一刻も早く大学に戻って、それとなくづーを探したかったからだ。
しかし、またしても、その歩みは止められた。
いや、お母さんは、ぼくを止めようとするような言葉はかけなかった。
ただ、話すのが遅いから、自然とぼくの歩みを止めるようなタイミングでそれが放たれた、というだけだ。
しかし、そうだとしても、それはぼくを引き止めるにはじゅうぶんすぎる一言だった。
(#゚;;-゚)「何回か電話をかけたりしてみたんだけど……」
(#゚;;-゚)「ずっと、話し中で……つながらなかったのです」
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125 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:16:57 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)「……え?」
首だけを、お母さんに向ける。
お母さんの言葉に、聞き間違いはなかった。
だからこそ、ぼくはその言葉を疑わざるを得なかった。
確かにぼくも、彼女に電話をかけた。そして、つながらなかった。
おそらくは、電池切れだろう。ここまでに関しては、疑う余地はない。
一方で、お母さんもづーに電話をかけていたようだ。
そして、同じく、彼女に電話がつながることはなかった。
しかし問題は、それが話し中だったから、ということだ。
そんな筈は、なかった。
( ;´∀`)「い、いつですか」
(#゚;;-゚)「…えっと…」
(#゚;;-゚)「昨日……晩、とか」
(#゚;;-゚)「……朝になると、今度は、電波が届かないとか、なんとか……」
( ;´∀`)「……そ、そうですか」
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126 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:17:37 ID:zM3VRZD60
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つまり。
昨晩は、話し中で。
今朝は、電池切れで。
それぞれ、異なった理由でつながらなかった、ということだ。
ぼくが電話をしたのはついさっきだ、というのを考えると、別に間違いはなさそうだ。
しかし、だからといって、この謎が解決するわけではない。
最終的には、原因がなんであれ、どうして電話がつながらないのか、が問題なのだ。
また、帰宅していない、というのが新しい大きな謎として残されてしまった。
づーに会うとなると、この二つの謎を解かなければならない。
いや、会うとなる、わけでなくてもだ。
ぼくは、づーを探さなければならない。
極端な言い方をすれば、づーは今、行方不明なのだ。
きっと、きまぐれで友人の家に泊まったりしているのだろう。
だが、そうだとしても、やはりぼくは、彼女を探さなくてはならなかった。
気がつけば、そんな使命感に似た義務感が、心のなかに生まれていた。
( ´∀`)「……では」
(#゚;;-゚)「………」 ペコリ
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127 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:18:22 ID:zM3VRZD60
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◆
結論から言うと、づーは存外はやく見つかった。
いや、 「見つけてもらった」 と言ったほうが語弊が生じない。
お母さんと分かれてから依然、ぼくとづーの間には大きい空間的な隔たりがあった。
唯一の連絡手段である電話が使えなくなったため、
実質的にぼくは手がかりなしで彼女を見つけ出さなければならなくなった。
二人で一緒に行ったことのある場所へ、点々と向かった。
女性は、男には理解できない 「思い出の場所」 とかいうものを常に胸にいだいているらしいからだ。
記念日だったりと一緒で、男にとってはなんとも思っていなかったようなデートスポットが
女性にとっては自分の人生を振り返る上で語るに欠かせない場所になっていたりするらしい。
づーはそういう女性像に当てはまらない女性だと思うが、それはぼくの憶測に過ぎない。
だから、今まで二人で訪れたことのあるカラオケだったり、ファミレスだったり、
そんな場所を、づーとの思い出を振り返りながら、ぼくは虱潰しに彼女を探し回った。
昨夜の出来事で、づーの意識がなにか変わったのかもしれない。
愛を試すとかいうつもりで、そんな思い出の場所にひきこもってはぼくがやってくるのを待っているのか、と。
とてもあのづーがそんなことをするとも思えないのだが、ほかに、あてがなかった。
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128 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:19:07 ID:zM3VRZD60
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内藤たちには、頼れなかった。
聞いても仕方がないだろう、という本心もあった。
だが、それ以上に、詮索されるのが怖かった。
いつも会いにきているのが、今日は来ない。
そのイレギュラーを話せば、別にそれ以上深くを聞かれることはないだろう、とは思う。
それでも、ぼくがあいつらの協力を得ることはなかった。
もうほかに行くあてがなくなってきた。
電車賃に関してはなんの問題もないのだけど、
根本的に、ここはという候補がなくなってきたのだ。
そんなタイミングで、ぼくの手のひらで汗をかいていた電話が、震えた。
可能性があるとしたら、唯一の手がかりとなりうる電話。
だからこそ、電源が切れたのが相手だとわかっていても、ぼくはずっと電話を握りしめていた。
普段から、この電話が震えるたびにやや過剰気味に反応しては応対するのだけど、
今日に限り、過剰気味ではなく、まさしく過剰に反応した。
づーから連絡が来たかもしれない。
そんな期待を寄せる同時に、どうせ内藤だろう、という現実的な思考もやってくる。
なんとも言えない混沌とした気持ちのまま、電話に応じた。
このとき聴こえてきたのは、づーでも内藤でもない、そもそも知らない男からの声だった。
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129 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:19:47 ID:zM3VRZD60
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( ;´∀`)「………誰、だ」
『あなたがモナーさん、ですか?』
( ;´∀`)「……………?」
相手の声は若かったが、一方で威厳をも兼ね備えたような声だった。
少なくとも大学関係の人ではない。
かといって、づーの父親だとか、そういうオーラも感じ取れない。
電話の相手が誰か聞きあぐねていると、相手はそれを察したのかこちらが問う前に名乗ってきた。
警察だ、と言ってきた。
警察だとわかった瞬間に、本来のそれとは違う緊張が押し寄せてきた。
警察が自分に用がある、とすると、真っ先にある心当たりが浮かんだのだから。
競馬で、自分とづーは、法外と呼べるほどの配当金を手に入れた。
ひょっとすると、その件でぼくに用があるのかもしれない、と。
だが、それはいらぬ心配だった。
警察と名乗る男が言及したものが、ぼくの危惧を拭い去ったのだ。
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130 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:20:29 ID:zM3VRZD60
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『短い栗色の髪の女性に心当たりはありますか?』
( ´∀`)「……!」
女性、心当たり。
この二つの言葉が並んだ時点で、ぼくは事態を把握した。
同時に、電話の相手が警察である必然性も理解した。
この状況で、づーではなく警察から、づーについての電話がかかってくる。
そんな難解とも取れる状況から導き出せる、一つの状況。
口に出して言うまでもなかった。
づーは、警察に保護されたのだ。
◆
生まれてはじめての警察署だった。
だが、警察署に対する印象は、ほとんど残らなかった。
なによりもづーのことが先行されていた時だったから、それは当然だった。
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131 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:21:09 ID:zM3VRZD60
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最初、づーは通報されたらしい。
といっても、犯罪をしでかした、とかではない。
どこぞの子連れの母親が、づーのことを不審者として警察に知らせたのが事の始まりだった。
当時の彼女は一心不乱というか精神不安定というか、
ぼろぼろに泣きながら、さながらゾンビの如くあたりを徘徊していたらしい。
駆けつけた警察も、最初はただ泥酔しているだけだろう程度にしか考えていなかった。
だが、事態があまりにも奇妙だったため、警察は職務質問という名目で接した。
しかし、そのときのづーは、まともな言語を話すことができなかったそうだ。
目から鼻から口から、涙だのそんなものを流しては、ただ 「モナー」 とつぶやいていたらしい。
二言目にはわからないだの、どうなっただの、記憶喪失ともとれる言葉が並ぶ。
ただ事ではないと察した警察がづーを保護しては、彼女から聞き取れた 「モナー」 という言葉を頼りにぼくに連絡をよこしてきた。
そんな一連の事情を、警官から聞かされた。
とりあえず、づーと二人きりにさせてくれ、と頼んだ。
最初は警官のほうも浮かない顔をしていたが、そのうちにそっと席を立った。
静まり返った室内で、ただづーの鼻をすする音と嗚咽だけが響き渡った。
なんとかづーを見つけ出すことができたのはよかったが、
それ以上のことを、ぼくは何も理解できていない。
いったいづーに何があったのか、どうして大学にすらこなかったのか。
電話の件に、奇行の件に、涙の意味。
聞きたいことは、その時点で既に山ほどつみあがっていた。
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132 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:21:50 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)「……づー?」
もう喚くことはなかったが、同時に言葉もなかった。
向こうもぼくの存在に気づいているだろう。
真っ赤に腫れた目の向こうが、ぼくを捉えている。
何度か間を置いて、づーに呼びかける。
そのうちにだんだんと嗚咽の回数は減っていった。
鼻をすする間隔も大きくなっていき、やがてづーは静かにぼくを直視した。
瓜;−;)「…」
( ´∀`)「づー?」
瓜;−;)「…」
( ´∀`)「…」
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133 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:22:31 ID:zM3VRZD60
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服装は、昨夜と変わっていなかった。
髪はぼさぼさだし、づーのお母さんの言っていた通り、帰宅はしていなさそうだった。
じゃあどこに泊まっていたのか、そちらに関しては皆目見当がつかない。
聞き出すタイミングをはかっていると、づーがソファーを立ってはぼくの隣に座った。
寄りかかるづーの体は少し冷たく感じられた。
いつものような活発で無邪気なづーの面影は、そこにはなかった。
肩をぽんぽんと叩いて、落ち着かせた。
これが彼女に精神的な効き目があるのかはしらないが、やらないよりはましだと思ったのだ。
寄り添ってわかったのだけど、づーは、小刻みに肩を震わせていた。
それが気温によるものでないことは、わかった。
そのため、叩いていただけだった手は、そのまま彼女の肩にまわした。
少しずつ、づーの温もりが肌に馴染む。
今までは大して気になっていなかったが、このときになって初めて、ぼくはづーの体の小ささを感じた。
づーのこの有様が、いっそう痛々しいもののように感じられた。
瓜;−;)「……………消えた、んだ」
( ´∀`)「え?」
.
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134 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:23:12 ID:zM3VRZD60
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瓜;−;)「なにを、どう、すればいいかが、わからないんだ」
( ´∀`)「何の話?」
瓜;−;)「それも、わから……ない」
( ´∀`)「……」
づーは、なにがわからないのかがわからないという状態に陥っていた。
こうなると、自力でそこから脱出するのは、まず不可能だ。
今のづーは、同時に二つの物事を処理する能力に欠けている。
ぼくにできることと言えば、彼女に、いったいなにがあったのか、を一つずつ聞くことだった。
( ´∀`)「………昨日」
瓜;−;)「ッ 」
づーの体が、跳ねるように震える。
それに動じず、代わりに、肩にかけた手に力を籠めた。
( ´∀`)「家に帰らなかったみたいだね」
( ´∀`)「どうして、帰らなかったの?」
.
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135 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:23:54 ID:zM3VRZD60
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おそらく、全てのはじまりは、帰宅しなかったところにある。
財布を忘れたわけでも、誰かに襲われたわけでもないのだ。
当時はまだ電話が使えていた以上、そういった事態なら容易に回避できていた。
だからこそ、問題はここにある、と見た。
核心を突いていたのか、づーは即答はしなかった。
搾り出すべき言葉を選ってから、答えた。
瓜;−;)「わからなかった」
( ´∀`)「わからなかったって……まさか、帰り道が?」
ぼくは、冗談のつもりでそう言った。
そんなぼくの意図とは裏腹に、づーは首肯した。
( ´∀`)「……ほんとうに、帰り道がわからなくなったって?」
考えられないことでもない、ことではなかった。
づーは初めてぼくの家に来たわけではないのだ。
それに、駅から遠いわけでもない。
初めて家に遊びにきたときも、難なく帰ってみせたほどだ。
しかし、それでも、づーはうなずいた。
ぼくはますますわからなくなった。
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136 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:24:34 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)「はじめての道でもなかったでしょ。 なにがあったの」
次の質問にも、づーは即答しなかった。
後ろ暗いところがあったわけではない。
これもまた、なにを言えばいいのかがわからない、と思われた。
瓜;−;)「……そう、なんだよ」
瓜;−;)「迷うはずが、ないのに、どうしてか、……道に、迷った」
( ´∀`)「…………」
だんだんと、づーの声はしっかりとしたものになってきた。
だが、話している内容には依然回復の兆しが見られなかった。
記憶喪失でも、精神的疾患でもない、いたって平生のままのづーが、だ。
通いなれた道で、特別なにかアクシデントがあったわけでもないのに、迷うはずがない。
第一、道に迷おうと、通りすがりの人に聞けば済む話しなのだから。
それでも、づーは迷った。
この言葉に、嘘はなさそうだった。
というより、今のづーに嘘はつけなさそうだった。
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137 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:25:14 ID:zM3VRZD60
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瓜;−;)「自分が、どこにいるのかが、わからない」
瓜;−;)「曲がるべき角も、進むべき道も、帰るべき場所も、すべて」
瓜;−;)「……どッ……どこにあって、どう帰って、どう歩いていけばいいかが」
( ´∀`)「……」
瓜;−;)「あたしのなかの何かが、すっぽり、抜け落ちたような、そ……そんな感覚で」
より具体的な言葉を搾り出そうとすると、落ち着きかかったづーの精神は再び揺れ始めた。
おさまったはずの嗚咽が再びづーの言葉を揺らし始める。
話している内容にも、心の混乱が見受けられるようになってきた。
瓜;−;)「きゅ、急に世界がおかしくなったんだよ」
瓜;−;)「目は見えているのに、盲目になったような気分だったし」
瓜;−;)「音も聞こえているのに、それがなんの音かがわからなくなって」
瓜;−;)「真っ白な世界に、放り込まれたような……」
瓜;−;)「自分が、地面の上に立っているのかどうかすら、わからなかった……」
時々声を上擦らせながら、づーは話してくれた。
話している内容はやはりよくわからないものだったが、しかし感覚的に掴めるものはあった。
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138 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:25:55 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)「……ゲシュタルト崩壊、的な?」
瓜;−;)「………そ、そんな……感じ」
( ´∀`)「…!」
なんらかの漢字をぼうっと見続けていると、その漢字がなんなのかがわからなくなるときがある。
ゲシュタルト崩壊といって、有名で、誰でも経験したことのある、現象。
どこがどんな形になっているのかがよくわからず、ほんとうにこれがあの漢字なのか、疑いたくなるのだ。
づーの話を聞いていて、真っ先に、この現象が脳裏を掠めた。
ゲシュタルト崩壊の場合は、その文字ゲシュタルトが機能しなくなることで
見ている文字を認識することができなくなるというものだが、
今回のづーの場合、ありとあらゆる認識機能が動かなくなったのではないか、と。
そこまでくると、もはや脳の病気だ。
だが、ほんとうに脳の病気だったなら、こうしてふつうに話せるとも思えない。
話のなかに一歩踏み込めたまではよかったが、二歩目が踏み出せないでいた。
瓜;−;)「なにをすればいいかわからなくて、ただ、どうしようもなくて」
瓜;−;)「電話のかけ方もわからなくなって、気がつけば、電池が切れて……」
( ´∀`)「……電話、ねぇ」
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140 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:26:37 ID:zM3VRZD60
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ひょっとすると、お母さんの言っていた話し中というのは、
錯乱状態だったづーが手探り状態で電話をいじっていた時のことを言っていたのかもしれない。
そうすると、朝、ぼくが電話をかけても電源が切れていたことにも合点がいく。
まる一日も充電しなければ、最近の電話なんて、すぐに充電が切れるのだ。
それも、通話だとか、そんな機能を使っていれば、なおさら、切れる。
ここでわかったのは、彼女は、電話の使い方すら、まともに認識することができなくなっていた、ということ。
道に迷ったり、電話の使い方がわからなくなる。
もはや、づーのなかにあるあらゆる判断基準が消えてしまったかのような現象だ。
( ´∀`)「……!」
づーのなかにあるあらゆる判断基準。
それを考えると、ぼくはある一つの仮説が浮かんだ。
仮説というより、ただの可能性といったほうがいい。
しかし、試さずにはいられなかった。
ぼくは、握りこぶしをづーの前に差し出した。
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141 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:27:18 ID:zM3VRZD60
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( ´∀`)「じゃーんけーん……」
瓜;−;)「え、えっ……え?」
抜き打ちで、ぼくはづーにじゃんけんを仕掛けた。
平生なら、百パーセントの確率でぼくを負かすづーに。
こんな状況には不釣合いすぎる。
づーにとっても、どうして急にじゃんけんなんか、という気になっただろう。
しかし、ぼくにとってはこれが、一番手っ取り早い検証だった。
そもそもが、おかしいのだ。
右か左かの分岐点はおろか、競馬の複雑な賭け方にさえ力を発揮する、づーの奇跡。
あらゆる可能性から一つの当たりを、半ば体質的に選び抜いてしまうづーのシックスセンス。
この奇跡の力さえあれば、地図なんか見なくとも、
ぼくの家から自宅まで、目をつぶってでも帰ることができるはずなのだ。
電話にしても、説明書を見ずとも、それがなんの機種でどんな構造をしているのか、わかる。
ただの 「カン」 で。
そんな奇跡の力を持っているづーが、どうして急に、道に迷ったり、電話が使えなくなったりなるのか。
ここまでくると、ありえる答えは、一つしか浮かばなくなっていた。
( ´∀`)「――――ッ!」
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142 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:28:03 ID:zM3VRZD60
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瓜;−;)「あ、……あ……あれ?」
ぼくは、いつものクセに逆らわずパーを出した。
一方の、づー。
いつものづーなら、無意識のうちに、チョキを出しているのだ。
ぼくのクセを理解しているとかではなく、ただ、 「それが勝ちだから」 。
だからこそ、信じられなかった。
信じたくなかったし、信じられそうにもなかった。
づーが、グーを出していた。
奇跡の力が、伝説の不敗神話が、この瞬間、死んだのだ。
瓜;−;)「ま、負け……た? え?」
ぼくの仮説にしたがうなら、この奇跡の力は、死んだのではない。
死んでいたのだ。 それも、昨夜、づーが道に迷うよりも前、には。
じゃんけんで負けたことがなかったからか、
さすがの錯乱状態にあるづーも、このときばかりは違和感をおぼえたようだった。
負けた自分の握りこぶしを見つめては、うろたえていた。
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143 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:28:47 ID:zM3VRZD60
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わかった気がする。
づーは、なにも、脳に異常をきたしたわけでは、なかった。
確率を凌駕するシックスセンスを、奇跡の力としよう。
この奇跡の力は、無意識下で発揮されるものだ。
じゃんけんにしても、クジにしても、競馬にしても、
ただなんとなくで選んだそれが、当たりだの、勝利だのをもたらす。
無意識のうちに当たりを引き当てるのが、この奇跡の力だ。
しかし、これは、無意識下で起こるものなのだ。
無意識下、ということは、対象を選ばない。
いや、これは違う。
「選べない」 んだ。
競馬の件で、はっきりしたこと。
意識しても、奇跡の力は発動される。
意識しようがしまいが当たりを引き当てる以上、
これはもはや固定化された運命、といってもかまわないしろものなのだ。
どのようなかたちであれ確率に当たってしまうと、必ず当たりを引き当ててしまう、と。
ここでふと思ったのが、
日常生活に、どれだけ確率だの、運だのが絡んでくるのか、だ。
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144 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:29:37 ID:zM3VRZD60
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その答えは、考えるまでもなかった。
生きていることそのものが、確率問題なのだ。
帰り道における、右と左の分岐点。
これも、片方だったらいけないか、もしくは遠回りか。
二つに一つの、確率問題には違いないのだ。
電話にしても、できる操作は限りなく無限に近い有限である。
でたらめに数字を並べてもそのうち必ず同じ数字列の繰り返しになる、という法則があるが、
電話におけるそれも、似たようなものではないのか。
電話を開いて、電話帳を開き、目当ての人物に発信する。
これは、あらゆる操作法のなかの一つ、つまり、分岐によるものではないか。
ここまで仮説を進めると、ぼくは背筋が冷たくなってきたのを実感した。
ひょっとすると、づーは、
生きることにおけるその全てを、
この奇跡の力の支配下に置かれていたのではないのか。
そして、その奇跡の力が消えたとなれば、
それはもはや、づーにとっての生命の軸が消えたと同義ではないのか。
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145 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:30:27 ID:zM3VRZD60
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詰まるところ、づーは、なにかにつけて、この奇跡の力に頼っていた。
食べるにしても、箸をどう持ってなにをどの順番で食べてどれくらい噛むか。
勉強にしても、問題のどの箇所に着目してどのような手順で解くのか。
そんな、いわば人生の全てを、この奇跡の力とともに過ごしていたのだ。
そんな奇跡の力が消えたから、づーは家に帰れなくなったり、電話が使えなくなったりした。
これがほんとうだとしたら、づーにとってはあまりにも残酷すぎることだ。
しかし、ぼくは、これが仮説とは思えなくなっていた。
( ;´∀`)「も、もう一回じゃんけんしよう」
瓜;−;)「……ん…」
次は、あえてのチョキを出す。
ぼくのクセであるパーに負けるグー、それに負けるからだ。
しかし、大した心理戦を強いたわけでもないのに、づーはなぜかパーを出した。
その次は、あいこだった。
最初はほっとしかけたが、よく考えたら、これがじゃんけんにおける 「普通」 なのだ。
どちらかといえば、三連敗、四連敗と、づーに続けて負けてほしかった。 それも 「異常」 なのだから。
しかしそれも叶わず、だんだんと、づーから生気が感じられなくなっていった。
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146 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:31:08 ID:zM3VRZD60
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慌てたぼくは、財布から小銭を一枚取り出した。
じゃんけんなんかよりももっとわかりやすい、確率問題の代表例である。
右手と左手のどちらか片方にだけ、コインが入っている。 それを当てる、というゲームだ。
じゃんけんで勝つ確率、三分の一よりも可能性が十数パーセント高い、二分の一という確率。
右手にコインを持ってづーに両手を差し出すと、づーは右手を指した。
当たったため、一瞬だけだけどぼくはほっとした。
づーも最初は安堵した様子だったが、二回目、三回目と回を重ねるにつれてその安堵は崩れ去った。
二回目は、はずした。 三回目は、当てた。
四回目も当てたけど、五回目ははずした。
これは、相手が内藤だったら、ふつうだった。
五回中三回当てているのだから、運がいいな、と笑う程度である。
だが、相手がづーだったら、やはりおかしかった。
づーだったら、五回中五回当てるのがふつうで、一度でもはずすのは、異常だったのだ。
それは、ほかの誰でもない、彼女自身が身をもって知っている。
当てたくないとすら願った競馬に全勝してしまった、彼女こそが。
瓜;−;)「え………え…」
( ;´∀`)「……………嘘、……だろ?」
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147 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:31:48 ID:zM3VRZD60
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そしてついに、づーも、ぼくのそれと一緒の結論に至った。
もはや、これ以外に今回の問題における 「当たり」 は思い浮かばなかった。
声に出して言おうとはしなかったが、ぼくもづーも、おそらく一緒のことを同時に思った。
づーから、奇跡の力が、消えた。
ごく普通の、運に翻弄される人間へと、成り下がった。
クジを引けばまずはずれを引き、競馬をすればまず負け越す。
じゃんけんをすればたまに勝つ程度の、そんな、ごくありふれた一般人。
づーが、それに、当てはまってしまった。
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148 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:32:33 ID:zM3VRZD60
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づーが言葉にならない悲鳴をあげる。
「一般人になった」 、それが意味することを、彼女は、完全に、理解してしまった。
四肢で生きている人間が、いきなりその四肢を失ったかのような。
健全に生きていた人間が、いきなり三重苦に陥ってしまったかのような。
裕福に生きていた人間が、いきなり規格外の負債を掴まされたかのような。
これは、それまでの有体の崩壊を、意味する。
づーを、づーでなくさせる。
づーを、 “殺す” ―――。
それは、あまりにも過酷で、絶望で、最悪で、捨鉢で、
しかしそれは、それまでが 「異常」 だったからこそ起こったという皮肉で。
づーは、それを理解した上で理解しなくなり、意識した上で意識しなくなった。
死んでしまったことを生きながらにして知り、そして生きられないことを死んでいないのに知った。
それは、すなわち、もう終わってしまったことを意味した。
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149 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:33:16 ID:zM3VRZD60
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僕はすかさずフォローを入れようとした。
入れられるなら、フォロー以外でもなんでもよかった。
合いの手でも相槌でも返事でもなんでもよかった。
づーが、づーとして事を受けられるのであれば、なんでもよかった。
しかし、もう、終わってしまったのだ。
づーの奇跡の力が終わったのではない。
づー、そのものが、終わってしまった。
僕の言葉に反応せず、づーは一瞬にして自己完結性を築き上げてしまった。
外界との相互干渉を放棄し、意識することをやめ思考することをやめ理解することをやめた。
声をかけても、体を揺すっても、面と向かい合っても、づーはただ叫び続けるだけとなった。
目は真っ赤に、ほんとうに真っ赤に充血していた。
焦点が定まっておらず、開ききった瞳孔が独りでに震えている。
見えない何かが見え、見えない何かに怯え、見えない何かと向き合う。
僕の意識も、錯乱し、混乱し、困惑し、倒錯し、錯覚しはじめた。
だから、ここからのことは覚えていない。
ただ、一心不乱にづーを介抱しては、彼女をこちらの世界に呼び戻そうとしていただけで。
それは、それが本音だったから、たぶんそうなのだろう、と言えるだけで、実際は、わからない。
だが、結果を顧みることで断言できることは、一つ、あった。
づーは、この瞬間に廃人になったのだ。
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150 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:34:02 ID:zM3VRZD60
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◆
づーの治療費には、困らなかった。
思えば、づーがあの時競馬で不覚のうちでも金を稼いだのは、
後の己の事態を第六感で察したから、なのかもしれない。
精神病院に入れられることがわかったとき、づーのお母さんは、目を細めた。
その事実を言うのが、この上なく辛く、病弱そうなのを見ると失神までするのでは
と案じていたのだが、肝心のお母さんのほうは、存外あっさりとしていた。
入院その他もろもろの費用として、僕はづーの遺産とも呼べる例の金をお母さんに渡した。
これについても、どうやって稼いだのか、どうして用意されていたのか、
そんな辺りのことくらいは聞かれるだろう、と思っていたのだが、その点もお母さんが尋ねてくることはなかった。
づーの遺産である以上はほんとうは話すべきだったのだろうが、僕から言える話でも、ないのだ。
づーの奇跡の力を検証するために競馬場に向かって、規格外の成果を見せて。
――奇跡の力の話を、お母さんにしたくはなかったのだ。
金を渡して、事情をほんの一握りだけ話して以降、僕は、いままでどおりの大学生活に戻った。
内藤たちには、づーは大学をやめて家業を継いだ、と言っておいた。
この点もやはり追究されるのではと案じていたが、内藤たちは意外にもそれに言葉を返すことはなかった。
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151 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:34:50 ID:zM3VRZD60
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しかし、づーの話はこれでは終わらなかった。
づーが入院させられてから少しして発覚したのだが、づーは、子どもを身に宿していたというのだ。
異例の事態に僕は二度と訪れるつもりのなかった病院に、すぐに舞い戻った。
づーは依然口を利けない状況下にあったが、体そのものは健全であるため、
出産に関しては問題はない、とのことであった。
複雑な気持ちではあったが、づーの形見、づーが生きていたという証であるその子を殺めるわけにはいかなかった。
出産費用は、問題なく捻出できた。 というより、それを使うことでちょうどづーが稼いだだけの金は消えた。
この点に関しても、やはりづーのお母さんは淡白だった。
関心を示していない、という様子だったかは覚えていないが、しかし何も言わなかったことは覚えている。
僕はできる限りの謝罪をするつもりでいたのだが、
お母さんはづーの子どもができたことで少し心を落ち着けることができた様子であった。
出産費用を出して、僕は自責の念もあり今度こそづーと会わないことを決意したのだが、
それに対しお母さんは、づーの子どもを僕に預けさせようとしていた。
預かる権利がないし、預かれる身分でもないため何度も断ろうとしたが、
お母さんはそういった責任問題はとくに気にしていなかったようで、
そのほうがあの子のためにもなるから、とのことで、結果、こうして一児の父として生きることになった。
シックスセンスがきっかけで生まれた子ども、ということで、しぃと名前をつけた。
シックスセンスの頭文字のもじりで、しかしエスでも六でもない文字、それがしぃだった。
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152 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/01/24(金) 00:35:37 ID:zM3VRZD60
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そして、そのしぃは、亡き母の面影をたしかににおわせていた。
容姿も、声色も、性格も、雰囲気も、彼女に似てきたのだ。
逆に、僕に似ているところがまるで見つからないところが複雑ではあるが、
それだけ、彼女の証を引き継いでいるのだ、と考えると、やはり、ほほえましく思える部分もあった。
そして、トランプをめくり終えたしぃは、彼女を背後に感じさせる笑顔を浮かべた。
(*゚ー゚)「すごいすごい! あたしのかち!」
五十二枚のトランプではじめた神経衰弱。
僕の番が回る前に、しぃは、二十六組目のペアをめくり当てていた。
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