('A`)それが最後の希望だった   ようです

52 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:17:47 ID:Bn064dcY0

  .,、
 (i,)
  |_|


('A`)それが最後の希望だった   ようです

53 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:18:30 ID:Bn064dcY0

 その日、俺は酔っていた。

(*'A`)「おー……んでよお、ショボンとギコがよ……」

 先程まで一緒に飲んでいた友人相手に、携帯電話でまだ話を続けていた。
 大した内容じゃなかったが。

(*'A`)「うん……うん……」

 歩きながらも、瞼がどんどん重くなる。
 そろそろ家だ。寝るな、寝るな。

 マンションが見えてくる。
 先に鍵を出しておこう、とポケットに手を突っ込んだ。

(*'A`)「ああ、ツンのやつ怒りっぽいからな……お前、あんな短気な奴とよく同棲なんか……お?」

 マンションの入口まであと数メートル、といったところで。
 道端に誰かが倒れているのを見付けた。

54 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:19:41 ID:Bn064dcY0

(*'A`)「おー……?」

 近寄る。暗くてよく見えない。

 ホールの明かりが僅かに届き、短い金髪の男であることは辛うじて分かった。
 それ以外の情報は得られない。

 うう、と男が唸っている。

(*'A`)「だいじょーぶですかあー……」

 訊ねてから、面倒だと思った。

 眠いし、怠いし。
 関わるのは億劫だ。

 男が何か言ったようだが、舌がもつれていて不明瞭だった。
 酔っ払いか。

 俺は数秒の躊躇を経て、捨て置くことにした。
 人通りのない道ではないし、真夜中とはいえ、俺のように帰宅してくる住人もまだ居るだろう。
 彼のことは、後でここを通る人間に任せようじゃないか。

 泥酔してふらふらの俺がどうにかするよりはマシだろうし。

55 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:20:39 ID:Bn064dcY0

(*'A`)「んー? いや、何でもない。……そんでさあ……」

 友人との通話に戻り、マンションに入った。

 エレベーターに乗って、4階で降りて、部屋の前で電話を切って。
 まっすぐ寝室に向かった俺は、風呂も着替えも諦めてベッドに倒れ込んだ。



*****

56 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:21:24 ID:Bn064dcY0



 昼過ぎに目覚め、シャワーと着替えを済ませた。
 今日は会社が休みなので、やることがない。
 久しぶりにDVDでも借りてこようか。

 財布と携帯電話だけを持って部屋を出る。
 ホールへ下りると、数人の住民が一ヵ所に固まっていた。


 通りすぎざま、会話の一欠片が耳に入った。



「──夜中、そこで轢き逃げがあったらしくて……」


.

57 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:22:24 ID:Bn064dcY0

 思考の滞った頭で、外に出る。

 明るい今なら、何かを引きずるような染みがアスファルトに残っているのが、よく見えた。
 その染みは道の中央から端へと続いている。

 呆然としながら携帯電話を取り出し、地元のニュースサイトを開いた。


 詳細な時間は分からないが、昨夜遅くに、ここで轢き逃げ事件があったという。
 その時点では誰にも気付かれることがなく、
 朝になってから、新聞配達の青年によって死体が発見されたのだそうだ。

 這いずった跡があることから、事故直後、しばらくは生きていた可能性があるらしい。


('A`)「……」

 顔を逸らしてレンタルビデオ屋へ急いだ。
 何か、楽しい映画を見よう。



 ──あのとき居合わせたのが俺でなければ、彼は助かったのだろうか。
 いや。そもそも俺が、ちゃんと様子を見ていれば。


 帰りは、反対側の道を通ってくることにした。
 遠回りにはなるが、あの現場をそのまま通るのは避けたかった。



*****

58 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:23:07 ID:Bn064dcY0


 翌日、轢き逃げ犯が捕まったのだとローカルニュースで報じられた。
 何となく、ほっとする。

 悪いのは轢き逃げ犯。俺よりも、轢いた本人が第一に救命すべきだった。
 それに、そもそも轢かれさえしなければ、
 死ぬの死なないのといった危機に見舞われることはなかったのだから。

 俺が悪いわけじゃない。



*****

59 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:24:08 ID:Bn064dcY0



 罪悪感はすぐに薄れた。
 結局は見知らぬ人間の不運な事故でしかなかったので。

 ただ、反対の道を通ることは続けていた。
 このまま忘れたいという思いから、記憶を刺激するような要因は遠ざけたくて。



 そうして事故のことすら思い出さなくなった頃、
 俺はまた、泥酔して帰路についていた。

(*'A`)(おお、道が揺れる……)

 無論、実際に揺れているのは俺である。
 ふらつきながら、近付くマンションを眺めて鍵を探す。

60 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:24:48 ID:Bn064dcY0

(*'A`)(お?)

 ふと、足を止めた。

 ずらりと並ぶマンションの窓。
 2階の真ん中のベランダに、誰か立っている。

 暗くてよく見えないが、窓に張りつくようにして立っているのは分かる。
 背格好からして男か。

(*'A`)(嫁さんに締め出されたか?)

 へらりと笑って、俺は再び歩き出した。
 夏だし、凍え死ぬこともあるまい。
 早く仲直りしろよと心中で呟き、マンションに入った。


.

61 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:25:59 ID:Bn064dcY0


 数日後。
 今度は酒を飲んだわけではなかったが、残業で帰宅が遅れた。

 見たいテレビ番組に間に合うかどうか。
 携帯電話で時間を確認し、ポケットから鍵を出し、顔を上げる。

('A`)(あ?)

 3階の端。

 ベランダに男が立っている。

 窓から細い明かりが漏れていて、男の顔が見えた。

('A`)(……え)


 半面が潰れている。俺の位置からは、もう半分がどうなっているのかは見えない。
 腕は、剥けた皮膚がべろりと垂れて揺れていた。


 血で汚れた頭は、金色の短髪で──

.

62 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:27:13 ID:Bn064dcY0



 気付けばマンションに飛び込んでいた。
 エレベーターではなく階段を駆け上り、4階の部屋へ入り、ベッドに潜る。

 あれは。あれは。あの男は。

(;'A`)(何で。何で、何で!)

 何で、あんな場所に。

 この前2階にいたのも、あいつなのだろうか。
 何故? この前は2階の真ん中、今日は3階の端。

 どうしてあんなところに立って──中を、確認するみたいに。

63 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:28:43 ID:Bn064dcY0

(;'A`)(……部屋を順番に見てる?)

 何のために。

 ──俺を探しているのか。

 日付と部屋の数を確認する。
 一日に一部屋とすれば、次は4階に上がってくる。
 あの位置からならば、あと3度移動すれば俺の部屋だ。

 いや、一日に一度移動すると限ったわけではない。

 慌てて身を起こし、リビングへ駆けた。
 ベランダはリビングの窓に通じている。
 朝、カーテンを開けたままにしていた。施錠を確認してカーテンを閉める。

 足から力が抜け、ソファに座り込んだ。

(;'A`)(どうしたら……)

 そもそも、あれは何だ。
 見間違いだったのではないか。
 幻覚──罪悪感で、錯覚しただけじゃないのか。

 自分に言い聞かせ、その日は気絶するような眠りを数回繰り返して朝を迎えた。


.

64 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:30:07 ID:Bn064dcY0


 残業が続いて、次の日も夜中に帰宅する羽目になった。
 足音を殺してマンションへ近付く。

(;'A`)(──いる……)

 推測通り、男の姿は4階にあった。

 窓に張りつき、部屋の中を覗き込むように首を曲げている。
 潰れた半面も、金色の髪も、何もかも昨日と同じだ。

 俺のところまで、あと2部屋。
 あと2日。


 見付かったら、どうなるのだろう。


.

65 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:31:35 ID:Bn064dcY0


 何の対策も浮かばぬまま、もう一日が過ぎてしまった。

 夜にマンションを確認してみると、やはり男は隣へ移動している。
 明日は、俺の部屋だ。





 ──どうして俺なんだ。
 恨むなら轢き逃げ犯だろう。
 俺は何もしていない。何も。

 ……何もしていないから、恨まれたのか。


 彼にとっては俺が最後の希望だったのだ。
 なのに俺は、酒臭い息を吐き出しながら、彼に声をかけておいて、そのまま放置した。

 いっそ、あのとき気付かなかった方がマシだった。
 きっと助けを求めるために声を出していたであろう彼を、俺は見捨てたのだ。



*****

66 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:33:32 ID:Bn064dcY0


 次の日が来た。
 休日だ。

 どうやって今夜をやり過ごそう。
 カーテンを締め切っていても、それだけで逃れられるのか分からない。

 真昼から閉じているカーテンを睨みつけながら考える。


 男が来るのは避けられない。
 俺の方が動かなければならない。

 今夜、この部屋に俺がいなければ、何とかなるんじゃないか。
 そうすれば男は、明日には隣の部屋に行く。

 夜の間、部屋に居なければいいのだ。
 では、どうやって?


 俺は携帯電話を手に取った。



*****

67 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:34:14 ID:Bn064dcY0


(;^ω^)「飲みすぎじゃないかおー?」

 夜。
 居酒屋を出て、友人が不安げに俺を見た。

 俺の足取りは覚束ない。
 無茶な飲み方をしたので気分は最悪だったが、安堵の気持ちもあった。
 これでいい。

(*'A`)「もっと飲むぞお」

(;^ω^)「中毒で死ぬっつーの」

 膝が折れる。
 ついに歩くことすら難しくなった。

68 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:35:14 ID:Bn064dcY0

(;^ω^)「あーもー!」

(*'A`)「あー死にそ……」

(;^ω^)「ったく、家連れてってやるから寝なさいお」

(*'A`)「俺んち遠い、ブーンの家行こう……」

(;^ω^)「……うーん、たしかに僕の家のが近いか……」

 人のいい友人は俺を見下ろし、溜め息をつくと、俺を支えるようにして立ち上がらせた。

 よく互いの家に泊まるので、彼の家で俺を休ませることへの抵抗は薄いだろう。

(*'A`)「悪いなブーン……」

(;^ω^)「ったく。──タクシーどこかお」

 これで、今夜は部屋に帰らずに済む。




.

69 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:35:57 ID:Bn064dcY0





 ──気付くと、柔らかいものに横たわっていた。

 気絶したのか眠っていたのか、ともかくタクシーに乗り込んだ辺りで意識をなくしていたらしい。
 馴染み深い感触。ソファか。

 ううんと唸りながら寝返りを打つと、少し離れたところから友人の声がした。

70 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:36:41 ID:Bn064dcY0

( ^ω^)「起きたかおー。おまえ運ぶのに、僕がどれだけ苦労したと……」

('A`)「ありがとうブーン……水くれ……」

( ^ω^)「テーブルにあるお。
       ──んじゃ、僕帰るから」

('A`)「帰るってどこに……」

 お前の家はここだろう。
 言いかけ、口が止まった。

 ソファの生地を見つめ、混乱したまま身を起こす。
 急に起き上がったためか、目眩がした。

(;'A`)「……何で!!」


 ──ここは、俺の部屋だ。

71 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:37:28 ID:Bn064dcY0

(;'A`)「おれ、ブーンの家、ブーンに、」

(;^ω^)「前に酔っ払ってうちに来たとき、散々ちらかしてったじゃないかお。
       ツンがそのこと怒ってて、僕ごと追い出されたんだお……。
       あ、鍵はポケットに入ってたやつ勝手に使ったから。それもテーブルに置いたお」

 深く溜め息をついて、友人は窓へ歩いていく。
 頭が痛む。喉が引き攣って、声が出ない。

(;'A`)「ぶ、」

(;^ω^)「あー酒臭い。換気していくから、後でちゃんと閉めておけお」

 友人がカーテンを開け、鍵を上げた。

72 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:38:12 ID:Bn064dcY0






 ガラスの向こうに。

 金色の、短い髪の、







73 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/07(金) 20:39:53 ID:Bn064dcY0


  (
   )
  i  フッ
  |_|



使用お題
・ガラスの向こう

inserted by FC2 system