('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)

前編

1 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:22:41 ID:Ay21jxUw0
百物語参加作品


  .,、
 (i,)
  |_|



関連作
('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)
http://buntsundo.web.fc2.com/long/kaiki_yawa/top.html

↑の作品知らなくても読むのに支障ない

時間軸としては、本編の11話〜14話までの間の、どこか


2 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:24:59 ID:Ay21jxUw0



 語りたくなかった話を、しよう。



*****

4 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:26:39 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「伊藤君、お見合いしてみない?」

 この質問。

 たとえば盆暮れの集まりで、世話焼きな親戚から持ち掛けられたものだとすれば、
 別段おかしな点はないと思う。

 が。


(;、;*川「……先生、それ今言うの!?」


 深夜。心霊スポットで。おぞましい幽霊を見てしまい。死に物狂いで逃げ出して。

 怖かったと泣きじゃくる乙女に突然ぶん投げた言葉だということを説明すれば、
 この人の異常性を理解してもらえるだろうか。

5 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:28:22 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「いや、今回も、僕は幽霊さん見られなかったからさ……」

(;、;*川「話通じないー」

 「先生」──私はこの人のことをそう呼ぶ──は、
 いつも以上に意味の分からない発言をしながら車のエンジンをかけた。

 発進する直前、慰めるように私の肩をぽんと叩いて、先生が再び口を開く。

(´・_ゝ・`)「──で、今日はどんな幽霊を見たんだい?」

 お見合いの話どこ行った。

 とはいえ、私も怖い思いを1人で消化するのが嫌だったので、
 遠ざかっていく廃工場をサイドミラーで確認しつつ答えることにした。

(;、;*川「く、首が千切れかけた男の人が上から降ってきて、私の足つかんで……」

 ほんの数分前に工場内で体験した出来事を訥々と語る。
 鳥肌が全然収まらなくて、何度も腕を摩った。

7 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:29:08 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「そうか、足つかまれたのかあ。
        怪談の定番だと、丁度その部分が痣になったりするよね。後で確認させてよ」

 完全に無関係者のような面をしているが、
 私が怪奇現象に見舞われている真っ最中、この人は私の真横に居た。

 明らかに生きていない男が降ってきて、びたん、と派手な音を立てても。
 頭をぶらぶら揺らしながら這いずって私の足を掴んできても。
その手が先生にまで伸ばされても。

 この人は何にも気付いていない様子で、「何も無いね」とほざいたのだ。
 ……いつものことだけれど。

8 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:30:06 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「あの廃工場に幽霊が出るって噂は本当だったか。嬉しいなあ。
        ……あー、しまった、写真撮り忘れてたな。伊藤君、ちょっと戻っていい?
        すぐ済ませるから」

(;、;*川「ふざけんな馬鹿あ! 行くなら1人で行ってよ!!」

(´・_ゝ・`)「そりゃ僕だって、普通に幽霊が見られるのなら伊藤君なんか連れずに1人で行きたいよ」

 はあ、と溜め息をつく先生。何だ、それは。
 私の方が百万回くらいは溜め息をつきたいのに。

(´・_ゝ・`)「伊藤君ばっかり幽霊見て、ずるいなあ」

(;、;*川「……」

 いい加減、殴りたくなってきた。
 先生の方が、よっぽどずるい。

9 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:31:25 ID:Ay21jxUw0



(´・_ゝ・`)

 ──盛岡デミタス。先生の名前。

 VIP大学で経済学の教授をやっている。
 50代。独身。
 いつもぴっしりしたワイシャツにグレーのベストとスラックスといった出で立ちで、見た目に隙がない。

 こうしてこの人の情報を並べれば並べるほど、
 高卒フリーターの私、伊藤ペニサスとの接点など皆無なように思える。


 けれど実のところ、私がフリーターだったからこそ接点が出来た、と言うのが正しい。


 少し前、私のアルバイト先の一つであるコンビニに先生が来店したことで
 私達は出会った。──出会ってしまった。

10 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:32:21 ID:Ay21jxUw0


   (´・_ゝ・`)『君、幽霊って信じる?』

   ('、`*川『いると思いますよ』


 初対面であるにも関わらずそんな質問を寄越した先生は、
 どう考えてもやっぱりどこかおかしい。
 素直に答えた私も馬鹿だったかもしれないが。


 とにもかくにも、これ。
 幽霊。オカルト。怖い話。

 そんな「怪奇」が、私と先生を結び付けたのだ。


.

12 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:33:24 ID:Ay21jxUw0

 ご立派な大学でご立派な教授職に就いていらっしゃる盛岡デミタス大先生は、
 幽霊というものに目がない。

 幽霊に会いたい。その一心で、暇さえあれば各地の心霊スポットを巡るほど。

 気付けば私もしょっちゅう同行させられるようになっていた。
 今回で、もう何度目になるのだろう?
 数えるのも億劫だ。


 ……だというのに。


   (´・_ゝ・`)『伊藤君ばっかり幽霊見て、ずるいなあ』


 先の発言通り、先生は幽霊が大好きなくせに、霊感というものが全く無い。


 どんなに幽霊に囲まれようと、見えないし、聞こえないし、まず気配も察せられない。
 零感、というやつ。

 私だって生まれてこの方20年、幽霊を見たことなどない──なかったのだ。
 この間までは。

14 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:35:37 ID:Ay21jxUw0

 零感の先生といると、何故だか幽霊が見えてしまう。
 何故だか私ばかり霊に絡まれてしまう。

 だから先生は私を心霊スポットに連れ回すようになった。
 本当やめてほしい。勘弁してくれ。

 どうして私ばっかり、怖い思いをしなきゃいけないんだ。



(´・_ゝ・`)「──伊藤君って霊に好かれるよね。僕の方が幽霊さん好きなのに」

 ハンドルを操りながら呟く先生を、私は泣きながら睨みつけた。

(;、;*川「本当にね! 傍迷惑なくらい大好きよね!!
     先生なんか幽霊と結婚しちゃえばいいんだわ!!」

 怒鳴りつけてやれば、先生の顔から表情が消えた。
 怒らせたか、と怯む。それからすぐに、なぜ私の方が怯まねばならないのだと頭を振った。
 今、怒っていい権利は私にあるはず。

 そういえば先生が人間に対して分かりやすく怒るところを見たことがない。
 年齢や立場上、誰か(私含む)を「叱る」ことはたまにあるけれど、
 起因する感情としては呆れや蔑みがほとんどだ。
 (幽霊相手には結構怒る。『なぜ僕に姿を見せない』などと。頭おかしい)

15 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:37:00 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「結婚といえば」

 身構えていた私に反し、先生はまったく気の入っていない声を出した。

(´・_ゝ・`)「伊藤君、お見合いの件、どうかな?」

(;、;*川「へ」

 ここで話が戻るのか。

 目をぱちくりさせると、ぽろりと最後の雫をこぼして、涙が引っ込んだ。


.

16 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:39:21 ID:Ay21jxUw0



('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)

      『冥婚』


.

17 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:40:56 ID:Ay21jxUw0



o川*゚ー゚)o「冥婚、っていう風習は、日本に限らず色んな国にあるの」

 携帯電話をいじくりながら、女性は言った。


 ──とある片田舎の、とある民家。
 やたら広い和室の中央で、私と彼女は向かい合うように座っている。

('、`*川「めいこん」

o川*゚ー゚)o「死後婚、鬼婚、呼び方は他にもあるね。
      未婚のまま亡くなった人に、お嫁さんやお婿さんを与えるわけ」

 「はあ」、と生返事。
 世の中、色々あるものだ。

18 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:42:56 ID:Ay21jxUw0

 ふと疑問が湧く。
 恐る恐る右手を挙げてみれば、彼女は携帯電話から視線を外し、
 「なあに?」と鈴を転がすような声で問うた。

('、`*川「お嫁さんやお婿さんを与えるって、どうやって?」

o川*゚ー゚)o「んーと、単純に、亡くなった男女を夫婦にさせるとか。
      他にも、架空の伴侶として作ったお人形や絵と一緒に埋めたり火葬したり」

 考え込むように頬へ指を当て、どんぐり眼が斜め上を向く。
 その姿が、とてもよく似合う。

o川*゚ー゚)o「そうそう、日本でいうなら、絵馬を奉納するって方法は結構知られてるかも。
      テレビでやったことあるし」

('、`*川「生きてる人と結婚させるわけじゃないんですね」

o川*゚ー゚)o「そのパターンもあるよー。
      亡くなった人の形見を持っていてもらうとかね。
      生きてる人を死者と一緒に埋めちゃう、なんてのもあるみたいだけど……」

('、`;川「ええー」

19 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:44:19 ID:Ay21jxUw0

o川*゚ー゚)o「ま、国や地域によって色々だよ」

('、`*川「はあ、なるほど……」

o川*^ー^)o「──って、これ全部受け売りだから、私も詳しくは知らないんだけどね」

 彼女は肩を竦め、ぺろっと舌を出してみせた。
 その仕草があまりにも可愛くて、目眩がする。
 20歳を過ぎて尚、そんな動作が様になるなんて。私とは違う世界から来たのでは。



 ──キュート、という名前のその人は、
 VIP大学の文学部に属する女子学生。らしい。現在3年生だとか。

 キュートさん。名は体を表す。
 私より一つ歳上らしいのだけど、小さな顔と大きな瞳のおかげで未成年に見える。
 背が低めで、ちんまりしているので、余計に。

('、`*川「キュートさん、民俗学について学んでるんですっけ」

o川*゚ー゚)o「うん。でもそんな、詳しいわけじゃないんだよ本当に。全然」

 苦笑する顔も可愛い。

 締め切った障子の向こうから、廊下を歩く音が近付いてくる。
 それに気付いたキュートさんは携帯電話をコンパクトに持ち替えて、乱れてもいない髪を整えた。

 障子が開く。そこに立つ、1人の男性。
 彼は部屋に入ると、私の隣に腰を下ろした。

20 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:45:12 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「話は弾んでるかな」

('、`*川「弾むほど柔らかい話題じゃなかったけど……」

 先生だ。
 おかえりなさい、と微笑むキュートさんに、ただいま、と返している。

 それからすぐにキュートさんが立ち上がった。

o川*゚ー゚)o「飲み物もらってきますね。伊藤さんは、おかわりいる?」

('、`*川「あ、お願いします」

 私とキュートさんの前には、先程まで冷たいお茶が入っていたグラスがある。
 2人で先生を待つ間に飲み干してしまっていた。

o川*^ー^)o「ちょっとお水足さなきゃね」

 くすくす笑って口元に指を当てるキュートさん。

 さっき頂いたお茶は、濃く淹れすぎたのか苦味が強かったのだ。
 一口飲んで顔を顰めた私に対し、キュートさんは困ったようにちょっとだけ笑う、なんて可憐さで、
 あの瞬間に私はこの人とは違う生き物なのだと確信した。

21 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:46:02 ID:Ay21jxUw0

 グラスを抱えたキュートさんがぱたぱたと廊下を駆けていく。

 今度は先生と2人きりになってしまった。
 妙な沈黙、数分。
 我慢出来なくなって、ちらりと先生を見た──というか睨んだ。

('、`*川「先生。ちょっと確認していい?」

(´・_ゝ・`)「うん」

('、`*川「お見合いってどうなったの?」


 ──昨夜、「お見合いについて話すから、お昼前に迎えに行くよ」と車中で言われて。

 やる気はなかったけれど、興味はあったので、話だけでも聞こうと思った。
 バイト休みだし。

 なのに──
 何だろう、この状況は。

 見知らぬ郊外の見知らぬ家に連れてこられ、
 会ったばかりの女性と2人きりにさせられて、死者の結婚なんて話を聞かされて。
 お見合いの、おの字も出てこない。


 私の視線など物ともせず、先生はわざとらしく首を捻ってみせた。

22 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:47:11 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「キュート君から聞かなかった?」

('、`*川「……なにを」

(´・_ゝ・`)「冥婚」

('、`#川「やっぱりか!!」

 先生の肩をどつくと同時に、お盆を持ったキュートさんが戻ってきた。
 突然暴力を振るった私に、目を白黒させている。

o川;゚ー゚)o「どっ、どうしたの伊藤さん!? 先生、大丈夫ですか!?」

(´・_ゝ・`)「いつものことだよ」

('、`#川「誤解を与えるような言い方しないで!」


 ──数時間前、我が家の前で停まった先生の車に
 知らない女性が乗っていた時点で、嫌な予感はしていたのだ。
 ほとんど直感だったけど。

 でも、

23 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:49:09 ID:Ay21jxUw0


   ('、`*川『……先生、本当に、お見合いの話をするだけなのよね?』

   (´・_ゝ・`)『うん』


 って、先生が普通に頷くから。
 何かを企むような笑みではなく、当然のような顔をしていたから。
 あと、女性──キュートさんが、あまりにまともな美少女といった感じで、変な風に見えなかったから。

 これはオカルトなど関係なく、本当に普通の話をするのだなと、そう判断してしまった。
 自分で言いたくないが、これじゃあ、先生に度々馬鹿にされるのも仕方ない。


 それで気付いたら、キュートさんの親戚の家なんぞに連れてこられていた。


o川;゚ー゚)o「伊藤さん、お茶でも飲んで落ち着いて……」

 キュートさんが私と先生の前にグラスを差し出す。
 私のグラスには水出しの緑茶。宣言通り水を足してくれたのか、美味しい。
 先生の方はアイスコーヒーだ。

 キュートさんのグラスにもアイスコーヒーが注がれていた。ちょっと仲間外れな気分になる。

24 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:50:15 ID:Ay21jxUw0

o川*゚ー゚)o「先生は、コーヒーで良かったですよね?」

(´・_ゝ・`)「うん。ありがとう」

 私が見る限り、先生はいつもコーヒーを飲んでいる。
 私でさえ気付くくらいだから、同じ大学にいるキュートさんも、そりゃあ把握しているだろう。

 ブラックのまま口をつける先生をじっと見つめ、キュートさんは小首を傾げた。

o川*゚ー゚)o「先生、ブラック派?」

(´・_ゝ・`)「基本的にはね」

o川*゚ー゚)o「へえー……」

 頷き、キュートさんもコーヒーをそのまま一口飲んだ。
 それからちょっと顰めた顔を先生に向けて、舌先を出す。

o川*´ -`)o「苦いですねー」

('、`*川(……可愛いな……)

 癒されて、先生への怒りがほんの少し和らいだ。

 ミルクとシロップをストローでかき混ぜながら、キュートさんがまた先生を見た。

25 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:51:03 ID:Ay21jxUw0

o川*゚ー゚)o「ブラック飲むのって、大人のひとって感じがして、格好いいですね」

(´・_ゝ・`)「まあ大人だしね」

o川*゚ー゚)o「そっかあ」

 そうしてそのまま、和やかな雰囲気に──

 なるわけがない。

('、`#川「先生!!」

 和らいだとはいっても、依然として怒りは残っている。

 せっかく持ってきてくれたお茶を一気に飲み干して、叩きつけるようにグラスを置いた。
 先生お馴染みのベストを思いきり握り締めてやると、
 皺になる、と先生が眉を顰めた。

26 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:53:11 ID:Ay21jxUw0

('、`#川「コーヒー飲んでないで説明してよ!
     何なの、まさか私を死んだ人とお見合いさせるつもりなの!?
     ……ていうか、キュートさんもグル!?」

o川;゚ー゚)o「えっ、お見合い!? 何でそんな話になってるの?」

 キュートさんの反応で察する。
 先生1人による犯行だ。よし、心置きなく怒れるぞ、これは。

('、`#川「『見合い話があるから来い』って先生に言われたんです」

o川;゚ー゚)o「私は『冥婚に興味がある人がいるから連れてく』って先生から聞いてたんだけど……」

('、`#川「興味ないし! そもそも知らないし!!」

(´・_ゝ・`)「伊藤君って幽霊に好かれるから、いっそ幽霊と結婚してくれれば、
        僕も幽霊とお近付きになれるかなと」

 幽霊幽霊うるさい。

 先生は何食わぬ顔でコーヒーを口に含んだ。
 いつも思っているのだけれど、この人どこかのネジが外れているんじゃなかろうか。

 キュートさんが軽く頬を膨らませて、先生を上目に見た。

27 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:54:28 ID:Ay21jxUw0

o川*゚ -゚)o「先生ったら、女の子だますなんて。
      そうまでして連れてきたかったんですか?」

(´・_ゝ・`)「伊藤君は結構な確率で怪奇現象に巻き込まれてくれるからね」

 好きで巻き込まれるわけじゃないんですけど。

 もはや文句しか出てこないし、しかも大量に溢れてくるので、
 とうとう頭も口も追いつかなくなってしまった。

 むりやり動かそうとしても動かない脳みそは、
 まず話の整理をしろと要求してくる。

('、`#川「……先生は、なんでここに来たの?」

(´・_ゝ・`)「今日、このキュート君の実家、……の親戚の家か。
        ここで冥婚の儀式が行われるというので、それを見に来た」

('、`#川「キュートさんって先生と仲いいの?」

 先生は経済学部の教授で、キュートさんは文学部の学生さん。
 ご親戚の家に行けるほどの仲になれるものだろうか?
 生憎、私は大学など馴染みが薄いので分からない。

29 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:55:44 ID:Ay21jxUw0

o川*゚ー゚)o「仲がいいっていうか……」

(´・_ゝ・`)「キュート君は民俗学の教授が開いているゼミの子だ。
        ──僕も民俗学教授とはよく話すからね、その縁で、彼女とも多少交流があった」

('、`*川「へえ」

(´・_ゝ・`)「それでこの前、偶然聞いたんだよ。
        キュート君の地元では現代も冥婚の風習が行われてるって」

o川*゚ー゚)o「私は、それとは知らなかったんだけどね。
      ゼミのみんなで雑談してたときに、話を聞いていた先生──うちのゼミの先生の方が、
      それは冥婚じゃないか、って言い出して」

('、`*川「冥婚……」


 ──民俗学を研究するゼミ生のキュートさん。

 先程の話の通り、彼女の地元で冥婚──死者の婚姻が行われていると知り、
 民俗学の教授さんは大変に興味をそそられた。

 しかも、ちょうど先日、その地域で未婚の親戚が亡くなったというのだ。
 恐らく今回も冥婚の儀式が行われる。

 ぜひとも話を聞きに行きたいという教授さんだったが──

30 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:56:41 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「東北のとある地域の奇祭が、今年で最後だというんだよ。
        彼はそちらを優先したいんだってさ。
        でもやっぱり、冥婚についての研究もしたい」


 ──とのことで。

 冥婚の研究と、お祭りの歴史的瞬間への立ち会い。
 見事に予定が被ってしまった結果、
 教授さんは代わりの人間に冥婚の取材を任せることにした。

 ここまで来れば、言わずもがな。
 話を聞いた先生が名乗りをあげたのだ。
 「ぼく行きたいな」って。ピクニックじゃねえんだぞ。


 つまり。元々キュートさんと先生だけで彼女の地元へお邪魔する筈だったところを、
 こうして私まで強引に連れ出されてきた──と。

('、`*川「……それ、やっぱり、幽霊とか関わってくる感じなの?」

 低めた声で問う。
 アイスコーヒーの氷を眺める先生は、こちらを一瞥もせずに答えた。

31 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:57:28 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「でなきゃ僕が出向くわけがない」

 ですよね。くそったれ。

 先生が積極的に行動し、さらに私まで連れ出したということは、
 100パーセント幽霊絡みの話なのだ。

 先生は本当に人間の幽霊にしか興味がない。
 死者の結婚、という風習そのものには、然したる興味を抱いていないだろう。

o川*゚ー゚)o「あ、でもね、あれだから。
      式の間は、ちょっと変なことが起きやすい──ってだけで、
      幽霊をはっきり見たとか誰か祟られたとか、そこまでの話は聞いたことないし」

 キュートさんがフォローするように言った。
 でも、何かが起こる可能性はあるってことだろう。

 私はぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜ、うー、と唸った。

o川*゚ -゚)o「……可哀想ですよ、先生。帰してあげましょう?」

 女神がいる。
 そうだそうだと私が賛同すると、先生は渋るように首を振った。

32 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:58:24 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「伊藤君の集客力に期待してるんだよね。
        今回亡くなったの、男の人なんでしょ?」

o川*゚ー゚)o「はい。私のハトコです」

('、`*川「え」

 待て、先生、何だ今の言い方。
 死んだのが男だから何だっていうんだ。
 私が女だから関係あるっていうのか。

 だって冥婚って、死んだひと同士の、あるいは死んだ人と架空の伴侶の結婚だってキュートさんが、
 いや、キュートさんは、生きている人と結婚させるパターンもあると言っていたけど、
 でもそんな、まさか先生、本気で私を、私と死人を。

 ──泣きそうな顔でもしていたのか、先生は私を見ると、軽く頭を叩いてきた。

(´・_ゝ・`)「ごめんね。お見合いとかは、たちの悪い冗談だよ」

 自分で言うか。本当にたちが悪い。

(´・_ゝ・`)「さっき話を聞いてきたけど、生きてる人間と結婚させた事例はここには無い。
        君が見初められる可能性も著しく低い」

 おい。後半の台詞、なぜ私とキュートさんを見比べながら言った。
 とは思いつつ、先生の言葉に縋る私もいる。
 私は安全なのだと信じたくて。

33 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 22:59:11 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「ただ、キュート君が言ったように、変わった現象が起きる場合がある。
        それが幽霊の関わる怪奇現象なのか気になるから、君に同席してもらいたいんだ」

('、`*川「どのみち危ないのは私じゃないの」

(´・_ゝ・`)「死人とはいえ結婚式だよ。結婚。おめでたい場じゃないか。
        いかにも恐ろしげなことなんて起きないよ、多分。
        今までだって、危険なことが起こったわけじゃないんだろう? キュート君」

o川*゚ー゚)o「はい、話を聞いた限りでは。
      音がしたとか物が動いたとか、それくらい」

('、`*川「……」

 死者と結婚させられる、という、あまりに突飛すぎる事態を避けられたことで、
 私の警戒心が少し緩んでしまった。

 すると今度は、どんな式なんだろう、なんて興味が湧いてくる。

(´・_ゝ・`)「帰るかい?」

('、`*川「……もうちょっと居る……」

(´・_ゝ・`)「よしよし」

 背中を一撫で。犬じゃないっての。
 今回も結局いいように操られているように思えて腹が立ったので、
 先生の脇腹を2回ほど殴っておいた。

34 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:00:14 ID:Ay21jxUw0

( ´W`)「あのう」

 す、と障子が引かれ、初老の男性が顔を出した。
 この家へ着いたときに出迎えてくれた人で、キュートさんの叔父だという。

( ´W`)「皆が揃ったので、そろそろ最後の準備をします。そちらも見ていかれますか?」

(´・_ゝ・`)「ああ、はい」

 先生が半分ほどコーヒーの残るグラスをお盆に戻して立ち上がる。
 調査をしに来たという手前、先生はそれらしいことをしなければならない。

 私も付いていくべきかと腰を上げかけたが、
 おじさんに手で制された。

( ´W`)「死人が男の場合は、準備も男がやらねばならない決まりでして」

 そこへ、おじさんを呼ぶ声がした。彼は返事をすると、
 2つ隣の部屋へ行くよう先生に指示を出してから、声のもとへ向かった。

(´・_ゝ・`)「うーん、なるべく伊藤君を連れたいんだけどなあ」

('、`*川「いいから早く行け」

 先生にとって、もはや私は幽霊探知機みたいな認識になっている。
 膝裏を叩いてやると、先生はおどけるように肩を竦めて部屋を出ていった。

36 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:01:07 ID:Ay21jxUw0

o川*゚ー゚)o「……伊藤さんって、先生と仲いいね」

('、`*川「ええ?」

 しばしの沈黙の後、突然キュートさんがそんなことを言い出した。

o川*゚ー゚)o「気安いっていうか、親しげっていうか」

('、`*川「そりゃ、こっちが遠慮してたら増長するだけですし。あの人」

 思えば、かなり目上の人間な筈なのに、あの人に敬語で話すことすら早い段階でやめたものだ。

 何度も罵倒したことがあるし、衆人環視の中でビンタしたこともある。
 そうされる先生の方に原因があるとはいえ、かなり失礼な態度ではあった。

 でも、だからって、「仲がいい」というのも。違うだろう。

o川*゚ー゚)o「私もあれくらい親密になってみたいんだけどなあ」

('、`;川「親密……?」

 私は学生ではないので、そのぶん先生に遠慮しなくて済んでいるというのはある。
 学生であるキュートさんが先生を罵倒したり引っ叩いたりしたら、そりゃ大問題だ。

37 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:02:03 ID:Ay21jxUw0

o川*゚ー゚)o「ほら、先生って、何考えてるか分からないとこあるでしょ?
      だから、どれくらい近付いていいか分かんないっていうか……」

('、`*川「はあ」

o川*゚ー゚)o「でも、お茶目で可愛くて、
      そういうとこ見ちゃうと、やっぱり距離を縮めたくなっちゃうし」

('、`;川「お茶目じゃないですよ悪ふざけって言うんですよアレは」

 ──何の話をされているのだろう、今。
 先生のどこに可愛げが?
 口元で両手を合わせて、照れたような顔をするキュートさんは可愛いと思うけど。

o川*゚ー゚)o「そういう、けっこう子供っぽいところも可愛いよね」

('、`;川「……いやあ、子供っぽいっていうか、ガキ臭いというか……」

 基本的に自分勝手でわがまま、自分の好きなことにばかり一生懸命なところは正に子供だ。
 でもやっぱり、単なる憎たらしい部分としか思えない。

38 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:03:33 ID:Ay21jxUw0

('、`*川「……そのくせ、年相応に落ち着いてるとこもあるから、ややこしいったらないですよ」

o川*゚ー゚)o「だよね」

 私はちょっとした悪口のつもりで言ったのだが、
 何故だかキュートさんは微笑んでこくこく頷いた。

o川*゚ー゚)o「穏やかで優しくて、そこが素敵」

 優しい。とは。
 嫌がる人間をむりやり心霊スポットに連れ回す輩の、どこが優しいのか。

 でも、私のような犠牲に遭ったことがない人間から見たら、
 たしかに先生は「ちょっと変わった人」で済むのかもしれない。
 仕草などは本当に紳士的というか、お上品なので。

o川*゚ー゚)o「他の教授みたいに、うるさく怒ったりしないの」

('、`*川「あー、ですね、あからさまに怒ることはないですね……。
     怒鳴ったりしないというか……」

 キュートさんは少し目を丸くして私を見て、
 「だよね」とふんわり笑った。
 私が男だったら、とっくの昔に彼女に惚れているだろう。

o川*゚ー゚)o「あ、お茶のおかわり、いる?」

 早々に空けてしまったグラスを指差し、キュートさんが言う。
 飲みきった後に先生へ怒鳴ったり緊張させられたりしたので、喉が渇いている。

('、`*川「……お願いします」

o川*゚ー゚)o「はーい」



*****

39 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:04:17 ID:Ay21jxUw0



 お茶を飲みすぎた。

('、`;川(……ぐうう……)

 正座の状態で、膝をぎゅっと握り締める。
 たまに腰を捩ったり、思いきり背筋を伸ばしたり曲げたり、
 端から見れば挙動不審極まりなかっただろう。

 だが幸い、最後列の端に座る私に注目する人などいなかったので、
 隣の先生と、向かいに座るキュートさん以外にはバレていなかったと思う。

40 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:06:17 ID:Ay21jxUw0


 ──お座敷には横長の飯台が3列ほど置かれており、私含む老若男女がそれを囲んでいる。
 飯台にはご馳走が並べられていて、どれも絶品だった。

 部屋の最前には白い祭壇のようなものが鎮座し、
 その上に、キュートさんのハトコだという中年の男性が写る遺影と、一枚の絵が飾られていた。
 遺影は黒い額に入っているが、絵の方の額は白い。

 絵に描かれているのは、その男性と知らない女性が並んで立つ姿。
 2人の名前が書かれている。苗字は同じ。

(´・_ゝ・`)「架空の花嫁だ。見た目も名前も、想像で作られたものだよ」

 小声で先生が解説してくれるのだけど、まったく集中できないので、ほとんど聞き流した。

( ´W`)「新郎は心臓を悪くして以来、この家に戻って療養し……」

 祭壇の横に立つおじさんが、何かの紙を見ながら男性の半生を語っている。

 が、他の親戚もそこかしこで囁き合うように会話し、ときどき朗らかに笑う声もあるので、
 たしかに、普通の結婚式のような和やかさがあった。
 少なくとも厳めしい雰囲気はない。

41 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:08:18 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「まずは普通に宴会みたいなことをして、
        場が温まったら、進行役が新郎新婦の生涯を話す。
        もちろん新婦の生涯とやらも架空なんだけどね。まあ肉付けのためかな」

(´・_ゝ・`)「それが済んだら、程よいところで散会。
        あとは進行役があの絵を神社へ納めれば、婚姻完了なんだってさ」

 なるほど。式の内容自体は、予想していたよりシンプルだ。
 とてもよく分かった。もう充分。本当に。

o川*゚ー゚)o「基本的に、死んだ人の親や兄弟が進行するものなんですけど……。
      あの人のご両親はもう亡くなってるし、兄弟もいないので、
      叔父さんが代わりに進行役をやってるんです」

(´・_ゝ・`)「親兄弟もお嫁さんもいなかったのなら、療養するのは大変だったろうなあ」

o川*゚ー゚)o「幸い、近くに住んでる親類が多いので、みんなで看てたみたいです。
      私も帰省した際には何回かお世話しましたし」

(´・_ゝ・`)「えらいねキュート君。……伊藤君、さっきから何もじもじしてるの」

('、`;川「……」

 ──トイレに行きたい、と。

 消え入るような声で言うと、先生とキュートさんが顔を見合わせ、再び私を見た。

42 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:09:55 ID:Ay21jxUw0

o川;゚ー゚)o「えっと……」

(´・_ゝ・`)「行けば?」

o川;゚ー゚)o「だっ、駄目ですよ! だって……」


 ──1時間ほど前。
 式が始まるというので、親類縁者とオマケ(私と先生)が座敷に集まった際、
 おじさんは確認をとるようにこう言った。


   ( ´W`)『式の最中は、この部屋から出てはいけません。
        障子や襖、窓を開けることも許されません。
        トイレにも行けなくなるので、式を始める前に済ませておいてくださいね』


 何故、と先生が訊ねると、おじさんは半信半疑といった顔を隠しもせずに答えた。

 いわく。式のために締め切った部屋を途中で開けてしまうと、
 外の空気と一緒に余計なものが入り込んで──
 まあ要するに。式を「邪魔」してしまうということだ。

 少し長くなると聞いたので、私はちゃんと事前に用を足してきた。
 足してきた、のに。

43 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:10:53 ID:Ay21jxUw0

 まず、冷たいお茶を短時間に3杯も飲んでいたこと。
 にもかかわらず、美味しい料理に釣られてお酒も少々やってしまったこと。
 そして思いのほか座敷の冷房が利きまくっていたこと。

 そういう諸々が原因で、また尿意が湧いてきたのである。
 汚い話で申し訳ない。


('、`;川「……あと、どれくらいで終わるの……」

o川;゚ー゚)o「1時間で終われば早い方かな……」

 私はきっと、非常に情けない顔をした。
 何なら、泣く一歩手前だった。

 私のすぐ後ろに障子がある。
 ほんの少し手を伸ばせば開けられる。

('、`;川「せんせえ……」

(´・_ゝ・`)「だから行けば?」

 先生からすれば異常事態大歓迎なのだから、
 「途中で障子を開ける」というタブーを犯すのは寧ろ推奨したいくらいだろう。


 ──そのとき、ぴしり、と硬い音が鳴った。

44 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:11:52 ID:Ay21jxUw0

 天井の辺りからだ。みんなが口を止め、部屋に静寂が広がる。
 それを見計らうように、ぴしぴし、続けざまに音がした。

 少しして、今度は畳を擦るような──足音のようなものが耳に入る。
 ただ、具体的にどの位置から聞こえるのかはよく分からない。
 若干距離があるようなので、この部屋ではなさそうだけど。

 「始まったなあ」と、だいぶ酒の入ったお兄さんが笑った。
 式の最中に起こる変な現象とは、こういうことか。

 先生の顔に喜色が浮かぶ。

 進行役のおじさんは気を取り直して語りを続けたし、
 周りの人達も食事や会話を再開させたので、些末事として処理したようだ。

 というか、これをいちいち気にしていたら、式を滞らせてしまうからだろう。

('、`;川「……うう……」

 私はといえば、余計に動きづらくなっていた。

 明らかに異変が確認できた以上、禁止事項に触れる勇気など萎んでしまう。
 どうしよう。どうしたらいいんだろう。

 手足に力を入れる度に頭の中がぐちゃぐちゃしてきて、もう、まともな判断が出来ない。

45 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:12:56 ID:Ay21jxUw0

 トイレ行きたい。でも開けちゃ駄目って。でも。
 これ以上は。無理そう。なんだけど。

 あれじゃないか、障子を開けて外の空気が入るより、
 縁もゆかりもない飛び込みの参加者が漏らす方が、明らかに式の邪魔なんじゃないか。

 いや、どっちの方がマシかって、多分、どっちも駄目なんだろうけど、でもどっちか選ばないと。
 本当にそろそろ無理だ。

 もう泣いてしまえば水分を逃がせるのでは、と思考回路が現実性を無視し始めた瞬間、
 隣の先生が高々と右手を挙げた。
 おじさんがきょとんとして「どうしました」と訊ねると、皆の目がこちらを向いた。

(´・_ゝ・`)「トイレに」

 先生は簡潔に言う。
 もっと必死さをアピールしないと却下されるじゃないか、と訴えたいけど、
 もはや口を動かすことすら億劫だった。

46 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:13:38 ID:Ay21jxUw0

( ´W`)「あー……ええと、緊急ですかね?」

(´・_ゝ・`)「緊急ですね」

( ´W`)「じゃあ、どうぞ」

 え?

 幻聴かと思った。
 そんな、あっさり。

( ´W`)「まあ、あくまで形式ですから。
     実は昔にも、退屈した子供が勝手に襖を開けてしまったことがありましてね」

o川;゚ー゚)o「えっ、そうなの!?」

 あのときは焦ったな、まあ何も起こらなかったんだけど、と年配の方々が朗らかに頷き合っている。
 マジかよ。言えよ。先に。

 私は座ったまま腰を捻り、急いで障子を開けた。
 それを見る先生は、これから何が起こるか楽しみにしているかのような笑みを浮かべていた。

47 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:14:29 ID:Ay21jxUw0

 生温い空気が入り込む。
 室内の楽しげな雰囲気はそのままで、誰もタブーに触れたことを気にしていない。

 何が起こるでもなく、普通の廊下がそこにある。
 先生がつまらなそうに息をついた。

(´・_ゝ・`)「伊藤君も行くかい」

 立ち上がった先生にそう誘われたところで、私はようやく、
 先生は「私が」トイレに行きたいのだとは言っていなかったことに気付いた。

 一応、気遣ってくれたのか。
 成人した女がトイレへ行きたいとも言い出せず、代わりに他人から申告してもらったとなれば
 それはたしかに、なかなか恥ずかしい。笑う人もいたかもしれない。

 頷き、慎重に立ち上がって、先生と一緒に廊下へ出た。
 キュートさんもついてくる。

o川;゚ー゚)o「大丈夫?」

('、`;川「ごめんなさい、開けちゃって……」

o川;゚ー゚)o「ううん、私こそごめんね、あんな軽い認識だと思ってなかったから……。
      もっと早く、私が叔父さんに訊いとけば良かったね」

48 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:15:40 ID:Ay21jxUw0

('、`;川「先生もごめん、……ありがとう」

(´・_ゝ・`)「いいよ、別に。
        事前に注意されていたにもかかわらず排泄の管理も碌に出来なかった爺さんだと思われたことは、
        僕は全く、これっぽっちも。気にしてないから」

('、`;川「……本当にごめん」

 あとでコーヒー奢ろう。

 本気で限界が近いので、謝罪もそこそこに、私はトイレへ飛び込んだ。


.

49 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:16:32 ID:Ay21jxUw0


('、`*川(──悪いのは、ちゃんと自分で調節できてなかった私だよなあ)

 洗面台で手を洗いつつ、自省する。
 そもそも私がしっかりしていれば、何も問題なかったのだ。

 水を止めて顔を上げる。


 鏡の隅に、ひらりと何かが映り込んで、すぐに消えた。


('、`*川(……ん?)

 振り返る。はためくようなものは無い。
 黒い布に見えたのだけど。

('、`*川(気のせい?)

 虫か何かかもしれない。
 ハンカチで手を拭いながら、洗面所を出る。

 先生とキュートさんは座敷に戻ったようで、廊下にいなかった。
 ふと、座敷が何やらざわめいていることに気付く。

50 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:17:40 ID:Ay21jxUw0

('、`*川(どうしたんだろ?)

 障子は開けっ放しだ。先生やキュートさんの他に、何人かが立ち上がっている。
 皆一様に同じ方向を見ていた。
 前。祭壇の方。

 先生が目の前に立っているせいで、座敷に入れない。
 ついでに祭壇で何が起きているかも見えない。

 とりあえず先生をどかそうかと手を伸ばして──何故か妙に気になり、
 もと来た道へ目をやった。


 まっすぐ伸びた、長めの廊下。
 その先に、誰か座っている。

 それを見た瞬間、ぞわりと肌が粟立った。

51 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:18:52 ID:Ay21jxUw0

 黒い着物。俯いているので顔は見えないが、結い上げた髪は真っ白で、
 お婆さんであることが分かる。

 お婆さんはぴくりとも動かない。
 じっと俯き、そこにいる。

 さっきまで座敷にはいなかった。
 でも、家の中にいた人は全員座敷に入っていた筈だ。


 膝に手を置いて俯き続ける姿を見ていると、悪寒が増してくる。

 堪えるような──

 怒っているような印象を受けた。


('、`;川「……っ」

 先生の横をくぐるようにして座敷に入り、障子を閉める。
 それにより先生は私に気付いたらしく、伊藤君、とうきうきした声で呼び掛けてきた。

52 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:19:45 ID:Ay21jxUw0

(´・_ゝ・`)「絵が倒れた」

('、`;川「へ?」

 一瞬混乱し、みんなが祭壇を見ている理由だと思い至る。

 祭壇を見るが、絵の入った白い額は先程と同じように遺影の隣に立っていた。

(´・_ゝ・`)「さっき、ひとりでに額が倒れたんだよ。2回」

('、`;川「……は……」

o川;゚ー゚)o「しょ、障子、開けちゃったからかな……?」

 キュートさんの呟きに、おじさんが表情を曇らせた。
 でも──昔タブーを犯したときは、何も起きなかった筈では。

( ´W`)「……まあ偶然だな、偶然。とりあえず、続きをしましょう。
     ──他に、トイレに行きたい人はいるかな?」

 その問いに2人ほど手を挙げた。
 再び障子が開かれる。

 そっと覗いてみたけれど、あのお婆さんはいなくなっていた。



*****

53 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:21:18 ID:Ay21jxUw0



 その後も式は続けられたが、天井やどこかの部屋から聞こえていた音は二度と鳴らなかった。

 代わりに、夫婦を描いた絵が何度も倒れた。
 立て直してもしばらくすると倒れ込み、
 ついには祭壇から転げ落ちるほど。

 それでも何とか式を進め、宴会の後半戦も手短に済まされ──

( ´W`)「あとは明日、私が神社に絵を納めに行きます。
     お疲れ様でした、ここでの式はこれで終わりです」

 そう言い渡したおじさんが、絵に手を伸ばしたとき。

 また額が落ち、とうとう、絵を覆っていたガラスが割れてしまった。

54 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:22:56 ID:Ay21jxUw0

o川;゚ー゚)o「あっ」

(;´W`)「ああ、しまった」

 先に絵を拾い上げる。
 その瞬間、おじさんは目を見開いた。

(;´W`)「あ……」


 ──ガラスの破片のせいなのか、絵の真ん中が裂けていた。
 新郎新婦を分かつように。


 沈黙。
 やがて、おじさんが苦笑いを浮かべた。

(;´W`)「……まあ今回は、縁がなかったということで……」

 冗談めかして何人かが笑う。
 一方、私はすっかり青ざめていた。

55 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:23:39 ID:Ay21jxUw0

('、`;川「……ごめんなさい……」

 私が障子を開けてしまったからだ。

 深く頭を下げる。そうすると、とても頭を上げられなくて、
 畳をじっと見つめるしかなくなった。

(´・_ゝ・`)「トイレに行きたいって言ったのは僕だ」

 先生が言う。
 先生は何も悪くない。だって先生は、気を遣って私の代わりに言ってくれただけだ。

( ´W`)「まあ、こんな失敗、何も今回が初めてってわけでもありますまい。
     それに障子を開けたのが原因だと決まったわけではないですし」

 周りから賛同する声があがる。
 ああ、気を遣わせてしまっている。
 申し訳ない。情けない。

56 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:24:20 ID:Ay21jxUw0

( ´W`)「……ええと、盛岡先生、どうしますかな。
     明日は一応、神社の方に絵を持っていってはみますが、
     それも立ち会いますか?」

(´・_ゝ・`)「いや……明日は別の仕事があるので。
        何かあれば、キュート君の方に報告してください」

( ´W`)「はあ、分かりました」

(´・_ゝ・`)「今日はありがとうございます。それと、申し訳ありませんでした」

 先生が謝ること、何もないのに。

 私は唇を噛み締め、謝罪する先生の声を黙って聞いていた。


.

57 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:27:35 ID:Ay21jxUw0



 ──すっかり日が暮れた頃、私の家に着いた。

(´・_ゝ・`)「またね、伊藤君」

o川*゚ー゚)o「疲れたでしょ、ゆっくり休んでね」

 運転席の窓を下ろして先生が言うと、助手席のキュートさんがねぎらってくれた。
 先生はこれからキュートさんをアパートに送るそうだ。

('、`*川「……ごめんなさい、先生、キュートさん」

o川*゚ー゚)o「全然! 気にしないで」

(´・_ゝ・`)「幽霊を見たにもかかわらず、すぐに教えてくれなかったことについては
        もっと謝ってほしいかな」

 いつも通りすぎる先生の言葉で、僅かに気が軽くなった。

 帰りの車中で廊下のお婆さんのことを話してからというもの、
 それについての嫌味を大量にいただいた。
 こいつ。

58 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:28:35 ID:Ay21jxUw0

('、`*川「……うるさいなあ、次は気を付けるわよ」

(´・_ゝ・`)「そう。次は、ね」

 先生がにんまり笑って窓を上げ、車を発進させる。

 数秒。
 完全に失言だったと気付き、私は頭を抱えた。

('、`;川「次とか! ないから!!」



*****

59 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:30:12 ID:Ay21jxUw0


J( 'ー`)し「おかえり、ペニサス」

('A`)「おー、おかえり」

('、`*川「ん、ただいま」

爪'ー`)「どこ行ってたんだよ、姉貴」

('、`*川「……ちょっとね」

 リビングには母と兄、それと弟がいた。
 家族の顔を見た途端、安堵が胸に広がる。

 お風呂に入って、ご飯を食べて、弟とゲームをして、兄とくだらない話をして。
 日付が変わる頃、自室に引っ込んだ。

 すぐに部屋の明かりを絞り、ベッドに潜った。
 明日は朝からコンビニのアルバイトがある。
 携帯電話のアラームを設定してから、目を閉じた。

60 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:31:14 ID:Ay21jxUw0



 ──けれど、心身に疲労はあるというのに、なかなか寝付けなかった。

 式での失敗をまだ引きずっているのかしら、と溜め息をつく。
 もぞもぞと何度も寝返りを打ちながら回想し、
 もだもだと何度も後悔する。


 式の途中で聞こえた音。あれはラップ音ってやつだろうか。
 あれが怪奇現象だというのなら、真実、あの場に幽霊か何かがいたことになる。

 でもみんな、あまり気にしていなかった。
 幽霊の存在を信じる信じないの問題ではなく、「そういうもの」と大雑把な認識でいたからだろう。
 敢えて細かく考えないというか。

 だから、式の失敗自体も、それほど深刻に考えていない。
 でなければ私はもっと責められていた筈だ。
 彼らはあくまで、彼らの視点でのみ、儀式を捉えている。


 けれど──
 式の主役だった男性、キュートさんのハトコの視点では、どうなのだろう?

61 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:32:43 ID:Ay21jxUw0

 大事な式を、私に邪魔された。
 それは事実であり、ならば、私に怒りを覚えるのは当然の流れ。

('、`;川「……」

 まだまだ夜も暑い時期なのに寒気がして、丸まった。

('、`;川(……そういえば……)

 思考が少しだけ別の方向に移動する。

 あのお婆さんは誰だろう?
 怒っていた気がするけれど、何に対して?

('、`;川(……あー、やめやめ、そういうのは明るくなってから考えよう)

 このことは、一旦打ち切り。
 私は寝返りを打ち、壁に背を向けた。



 ドアの前に、お婆さんが座っていた。

62 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:34:15 ID:Ay21jxUw0

 黒い着物。
 白い頭。
 ほとんど真っ暗な室内でも、それらは分かる。

 顔を上げているが、影が落とされたようになっていて、どんな顔立ちかは見えなかった。

 認識した瞬間、私は短く息を吸って、呼吸を止めた。
 体が硬直したように動かない。

 その一瞬が過ぎると、鼓動が乱れ始め、
 それに合わせて再開した呼吸も速まっていった。

 シーツを握る手には力を込められたけど、それ以外の動作は何一つ出来ない。

63 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:35:42 ID:Ay21jxUw0


〈……上手く、いかなくて……〉


 しわがれた声。
 どの方向から聞こえたのか不明瞭だし、お婆さんの口元が動いた気配も無かったけれど、
 間違いなく、このお婆さんの声だろうと思えた。


〈息子があまりに哀れで……〉


 声には恨みが滲んでいる。

 「上手くいかなくて」とは──あの、式のことか。

 見開いていた目に乾きを覚えて瞬きすると、その一瞬で、
 お婆さんは少しだけこちらに近付いていた。
 息が荒くなる。焦るがままに、もう一度瞬き。また、少し近付く。

 距離が縮まっても、お婆さんの顔は見えない。

64 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:36:54 ID:Ay21jxUw0

 瞬きを止めたいのに、我慢しても、乾きに耐えられず瞼を閉じてしまう。
 閉じたのなら閉じたままでいたいのに、勝手に瞼が上がる。
 そうしてその度にお婆さんが近付いて。


 ついに目の前まで迫ったお婆さんが、初めてその身を動かした。
 皺だらけの手が、私の手首を掴む。


〈……息子は足が悪いので、こちらへ来るのが少し遅れます……〉


.

65 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:38:12 ID:Ay21jxUw0





 甲高い電子音が鳴り響いた。

 ぱちんと弾けるように、私の意識が切り替わる。


 室内は明るくなっていた。
 いつも通りの部屋。私以外、誰もいない。

 呼吸も鼓動も激しいままで、びっしょりと汗をかいている。
 手を動かし、足を動かし、感覚を確認する。

 それから、ずっと鳴り続けている音が携帯電話から聞こえるものだと気付いた。

66 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:39:05 ID:Ay21jxUw0

 身を起こして携帯電話を引き寄せる。
 アラーム音だ。解除して、ようやく止まった。

 窓を見る。カーテン越しに入る明かりも、携帯電話のアラームも、
 朝になったことを示している。


('、`;川(……さっきのって、夢……?)

 眠った覚えはない。
 いや、眠る瞬間の自覚なんて、そうそうあるものでもないか。

 気付かぬ内に寝ていたのかもしれない。
 式でのことを悔いていたときには既に夢の中で、
 さらに自分自身を戒めるような展開にしてしまったのかも。

 苦笑して、ベッドから下りる。
 強張る両手をほぐすように動かし──

67 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:39:51 ID:Ay21jxUw0


 右の手首に痣があるのを見付け、へたり込んだ。


 収まっていた動悸がまた激しくなっていく。
 唇が震える。



   〈……息子は足が悪いので、こちらへ来るのが少し遅れます……〉──



 来る。どこに?
 「こちら」へ、って。

68 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:40:40 ID:Ay21jxUw0



 ──ここに、来る?



*****

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