224 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:09:29 ID:b/f3j/KM0
六本目

  .,、
 (i,)
  |_|


ひと皮めくれば容易く翻弄される弱い人達のようです

225 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:10:37 ID:b/f3j/KM0


( ´∀`)「本当に…出来たモナ?」


そう聞き返されると…
何故か照れてしまい、なんとか頷いた。


( ´∀`)「……そうか…」


嬉しくないの?


( ´∀`)「…いや、嬉しいモナ」


本当に?


( ´∀`)「本当に」


本当の本当に?


( ´∀`)「…本当の本当モナ」


じゃあどうして、浮かない顔をするの?


( ´∀`)


答えて、くれないの?



  ーー そのまま私の夫は、
次の日から帰ってこなくなった。

226 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:11:45 ID:b/f3j/KM0


『おめでたですよ』

その医師の言葉から一週間、
夫が消えて一週間…


静かな混乱の最中、
私は勤めていたパートを辞めるわけにもいかず
まだ膨らみのないお腹を意識しながら
スーパーの厨房で作られた惣菜をパック詰めしていた。

('、`*川 「どうしたの?」

同じ時期に働き始めたペニサスさんに声をかけられる。

「なにが?」
…そう惚けてはみるものの、彼女は声をかける時点で私の様子に違和感を持っていたらしい。

('、`*川 「顔色が悪いよ、どこか良くないの?」

「ううん、なんでもない」
自分でも今の状況をまだ飲み込めていない。
だから人に話す事でも無いと思っている。


('、`*川 「そう? 何かあったら言ってね。
もし辛かったら作業代わるから」

227 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:13:05 ID:b/f3j/KM0

お礼を言って彼女から離れる。

特別ゴシップが好きとか、嫌味ったらしい性格だとかでは全然ない。
彼女はむしろ他人を気遣えるタイプだと私は思っている。

人付き合いの少ない自分にとっては
気が置けない友…と、心の中だけで認めていた。


つわりに耐えながら作業に戻り、売り場へと出る。

お店で取り扱うお総菜は多種多様で
最寄り駅近辺のスーパーと比べても人気があるためか、色々なお客さんが手に取り、私が商品を置いたそばからカゴに放っていく。

普段ならもうパートをあがり、自分は帰宅するはずの夕方時…
独り身になり、早く帰っても誰もいない家…


まだ出来たての温かい唐揚げを手にし、思い悩むサラリーマン。

子供が持ってきたお菓子をしぶしぶカゴに入れる母親。

共に店内を歩いてなにかを話し合う若い夫婦。


私の知らない生活が人々の数だけ存在する事を、おぼろ気に自覚する。
そういえばこんな風に世の中を見ることなんてあったかな ーー 。

228 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:13:52 ID:b/f3j/KM0

…私のカテゴリーが分からなくなる。

夫のいない今、私も適当に惣菜を買って帰る日々が増えていくのだろう。

若夫婦のように、夫とまた歩ける日は来るのだろうか?

お腹の子が産まれたらやがてあの母親のような顔が出来るのだろうか…。


先に作業着を脱ぐペニサスさんに挨拶をして、
仕事のふりをしながら店内を見回る。


私の頭の中は空っぽだった。


無意識にお腹に手を当てると、
まだなにも感じられないはずの奥底から
小さな…本当に小さな振動が伝わる気がする。


.

229 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:14:59 ID:b/f3j/KM0


( ФωФ) 「…来月分のシフトの提出が遅れてるけど大丈夫ですかな?」


ーー 夫が居なくなって4ヵ月経つ。
以前に比べれば体調も良くなりはじめ、
顔色について言われる事も減った。

数日前、
店長のロマネスクさんから呼び出された時に、私が妊娠したことを告げてから
作業ペースやシフト調整を考えてくれるようになった。


「気持ちは沢山働きたいんですが…」
というと、ロマネスクさんは

( ФωФ) 「無理をするでないよ。
希望がなければこちらの方で短時間シフトと、
希望次第で少しなら残れるように入れておくが」

と言ってくれた。
少しだけ嬉しくて…でも同時に、こうして徐々に社会から離れていくのかとも思ってしまう。

ガチャリ
|⊂('、`*川 「店長、次私いいですか?」

( ФωФ) 「ああ、いい…ですぞ」


二人に挨拶して店を出た。
ほんのり膨らみかけたお腹は別段
私の動きを阻害するものではなかった。
時々感じるのは赤ちゃんが動く感触…それも僅かだけれど。

食欲も一時期に比べれば戻ってきた。
今では帰宅して自分が食べたいものを作り
栄養を考える余裕も出来てきたのは
日々のストレスを発散する手伝いになっているかもしれない。

以前なら食べたいと思わないような物も
口にするようになった。

230 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:15:55 ID:b/f3j/KM0

「ただいま…」
そんな言葉が空虚な部屋に木霊する。

今日もまた、家を出る際に自分で切った灯りのスイッチに手を伸ばす。


『( ´∀`) おかえりモナ』


この灯りが点けば、そんな夫の姿と声が
目の前に現れるような気がして…

カチッ ーー カチッ…

「……」

今日も、昨日も、一昨日も、
そんなわけないのに。


キッチンに立ち、お鍋にお湯を沸かす。
鶏むね肉の皮を剥いで身を茹でる合間に
胡瓜をスライス。
キャベツは前日の千切りを残してあるので
それをお皿に盛り付けた。


プク ーー プクプクプク… ーー

茹でている肉の色が変わるのをただ眺める。

今晩は棒々鶏を作るつもりだった。
お酢と胡麻ダレをかけて。


なのに、どうして…

どうしてこんなに、不味そうなのかしら?

.

231 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:16:52 ID:b/f3j/KM0


('、`*川 「お腹目立ってきたね」


お店の休憩室でペニサスさんと他愛ないお喋りをする事が増えてきた。
私のお腹は間も無く6ヶ月を迎えようとしている。

「無事に産まれてほしいの」
私が微笑むと、彼女は眉を潜めて溜め息をつく。
続けて「…どうしたの?」と聞くと、
気のない相づちと不満げな愚痴。


('、`*川 「うちもね〜子供作りたいんだけど…
旦那がその気になってくれなくって」


ーー 痛む、胸が。
「旦那さん外資系勤めでしょ、疲れてるのよ」
と、誤魔化すように相づちをうつ。


('、`*川 「子供ができたら人生観が変わると思わない?」


確かに周りの人達をみると
そう思わされる時もある。
私も変わったのかもしれない。

…変わったのは人生という河を流れる
水の行き先かもしれないけれど。


('、`*川 「あっ、いけない。
休憩時間終わっちゃうよ」


私達はエプロンの紐を結び直して
いつもの作業へと戻っていく。

もう今月中にはパートもできなくなる。
…彼女とこんな風に話す事からもお別れする時期だった。

.

232 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:19:37 ID:b/f3j/KM0


夏の夜。

陽が延びたこの季節、
玄関の蛍光灯を付けることはない。
靴を脱いでまだ暗くない廊下を歩く。

リビングの灯りも付けずソファに座ると
エアコンのスイッチを入れて
なんとなく、窓の方を見た。


「 ーー あ…」
…エアコン風に揺れるカーテンは閉まっていた。

そういえば最後にカーテンを触ったのはいつだったかな…
そういえばいつも家ではどうやって過ごしていたんだろう…

私はおもむろに立ち上がり、洗面所へ。
手を洗い、コップでうがいを済ませながら
またリビングへと戻る。

腰の痛みに耐えながら
真っ暗な部屋の入り口で立ち尽くした。
何も見えない、灯りをつける。

ーー エアコンの風が髪をなでていく。
振り向けば、玄関まで伸びる廊下は真っ暗で…


この部屋は暗かった…
どうやってエアコンを付けたのかも
もう、思い出せない。

一週間前の定期検診の時から
私はこんな、調子で ーー

233 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:21:44 ID:b/f3j/KM0

∬´_ゝ`) 「…最近、お腹の鼓動は感じる?」


私は少し考えて、首を振る。


∬´_ゝ`) 「…貴方自身の体調はお変わりないのかしら?」


首を縦に。


∬´_ゝ`)Ф" 「……ちょっとエコー撮りましょう」


カルテに何かを書き加えて、先生は言った。





∬´_ゝ`) 「ーー 貴方のせいじゃないの。
でも、もう死産してるわ」



…なにがですか?先生…


.

234 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:22:59 ID:b/f3j/KM0

ーー 暗い部屋を "ブーン…" と虫の羽根のように振動する音だけが支配する。

エアコンを止めて扇風機を使うようにしたから、そんな風になっているだけ。
身体の冷やし過ぎは身体にも良くない、
そう言われたから。


最近あちこちが痒くなって、
ふと見ると湿疹が出来てたりするのが辛かった。
妊娠中、同じ症状で苦しむ人が多いみたい…


みんな同じ。

そう、同じ?


パートを辞めて以降、
私の行動範囲はひどく狭まった。

友人の少ない私が外に出ても
行き先はドラッグストアとコンビニ
そしてスーパーだけ。
…それもパート先だった所とは
正反対の場所、
品数も従業員も寂れた小さな商店。

235 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:24:31 ID:b/f3j/KM0

私はカゴに入れる気もないカートを押して
安くもない商品棚の値札を眺めて歩く。

歩幅、歩調、それに伴うお腹の鼓動、
……は、やはり感じられない

なのに赤ちゃんはここにいる…
その事実だけ色濃く残っている。


手ぶらで帰宅すると
家の留守電には何件もの着信が入っていた。
きっと病院からだろう、
私はあの時、手術をせず逃げ出した。


予想しながらボタンを押す…
『お預かりのメッセージが、12件、 ーー 』

再生される病院からのメッセージをただ流しながら、ソファに今日も沈む。


そういえば胎教の事を忘れてたなあ…
今からでも間に合うかなあ…


はじめて意識したのが病院に怒られてる音だなんてごめんね。

.

236 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:26:56 ID:b/f3j/KM0

全てのメッセージが終わると、
削除を求める機械音声を最後に
リビングは静寂に包まれた。


チカチカと、
電話機からオレンジ色のランプが点滅する。

それはまるで
『まだ私は生きてますよ』と光っている。

ーー 『返事をしてください』と、
私がボタンをプッシュするのを待っているようだ。




私は電話機の代わりに
膨らんだお腹を人指し指でプッシュした。



《ーー キャッキャッ 》

脳の中で声が聴こえる。



.

237 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:28:48 ID:b/f3j/KM0


私はあれ以来は近寄ることのなかった
産婦人科へと足を運んだ。
目的はもちろん、赤ちゃんが生きている事を伝えるために。


∬;´_ゝ`) 「心配したんですよ!一体どこに行っていたんですか?!」

「そんなことより先生? 赤ちゃんが生きているんです。声がしたんです!」
私の言葉に、医師は一拍おいて
「……調べてみます」
とだけ返答した。

まずは謝ってほしいと思ったけれど、
あの時この場から逃げ出した自分を誉めてやりたい気持ちでいっぱいだった。
危うくこの子は生きながら殺されるところだった。
世の中の流産・死産は母親の問題ではなく
未熟な医師によって生産されているのだろう。

まして医師は多忙だと聞く。
結婚はできても、子供を産む暇なんて無いに違いない…。
きっとこの女医も、妊娠する女性を心のどこかで妬んでいるに違いない。

そうしてこちらが分からないのを良い事に
隙あらば赤ちゃんを殺す…
そんなことをこの施設でずっと繰り返している、生死を司るプロなのだ。
死神なのだ。

238 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:31:22 ID:b/f3j/KM0

∬´_ゝ`) 「……やはり、お腹の中の子は ーー 」
言いかけて先の読めたその台詞に
私はカッとなってこの女医に飛び掛かった。

そんなはずはない、そんなわけがない。

周りにいた看護婦が私の四肢を押さえ付ける。
死神に付き従う亡者だ、
私の首を狙って爪をひっかけてくるように手々が絡み付く。

「離せーッ!」
《私はここにいるよ》

∬´_ゝ`) 「暴れないで! 鎮静剤をっ ーー !」


死神の命令に亡者達が統率され動き出す。
視界の中から外から、
それまでどこにいたのかと思うほどにうじゃうじゃと。
これに捕まったら赤ちゃんの命は本当に終わってしまう…
まとわりつく鎌を振り払い、
私は診察室のドアを叩くようにスライドさせる。

逃げなくては ーー 逃げなくては ーー
《かあさん、逃げて》

∬´_ゝ`)つ 「捕まえて!外に出しちゃダメよ!」


逃げてやる ーー ここから早く ーー
《右に、次は左だよ》
お腹から声がする。

私の赤ちゃんも生きて産まれることを
渇望してるのだと確信できる。


きっと赤ちゃんはずっと語り掛けてくれていたんだ。
でも私が心を閉じていたのかもしれない。
くだらない世間体やつまらない夫に悲観して、何よりもこのお腹の鼓動から耳を塞いでいたのは私だ。

.

239 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:32:07 ID:b/f3j/KM0


ーー ごめん、ごめんね。

《かあさん、私はここだよ》


ーー 貴方には私しかいないのに、ごめんね。

《かあさん、泣かないで》


ーー ちゃんと、産んでみせるから。

《ありがとう、かあさん、私もがんばるよ》


.

240 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:33:51 ID:b/f3j/KM0


ーー どこを歩いたのか記憶には映らないまま…
やがて周囲を見回す余裕ができた頃、
私の足はいつのまにかパート時代の
スーパーに向けて動いていた。

別に楽しい思い出があるわけでもない…
なのにどうして。


('、`*川 「あ、お久しぶり」


「ペニサスさん?」
出逢ってもおかしくはない界隈。
かつての同期との再会にも私の気持ちは
昂らない ーー むしろ警戒心を抱かせる。

しかしよくよく観察すると
彼女のお腹は少しだけ膨らんでいた。
以前の私のように。


('、`*川 「あ…これ? ふふ、あのあとすぐにできちゃってたみたい」


その表情は柔らかく、彼女の言っていた
"人生観が変わった" 証なのかもしれない。

私が祝福の言葉を素直に贈ると微笑んで
('、`*川 「ありがとう、
お仲間がいるって思うと嬉しいわ。
二人とも無事に産まれるといいね」
と言った。


《仲間。 仲間。》

脳の奥とお腹からも喜ぶ声が聴こえる。

241 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:35:14 ID:b/f3j/KM0

憑き物が落ちたように、
私の心は彼女に感化され穏やかな状態だった。

二人で ーー 正確には主にペニサスさんの
パートを辞めたあとの話を、ただ頷いて聞いていた。


('、`*川 「妊娠が判った時の旦那の顔がまた面白くてね〜」

('、`*川 「…もう名前は決めた?
うちもまだ考えてるところだけど…
実はもう私、お腹の子に呼び掛けたいから勝手に呼んでるの」

私がその時に感じ取れた事。
…彼女は少しだけ変わったのだ…という思い。
それまでの彼女は人のゴシップも聞かなければ
自分の話もそれほど喋るタイプではなかった。


「そうなの…なんて呼んでる?」
話を合わせるためだけに聞いてみた。
きっとすぐに忘れてしまうけれど

('、`*川 「ふふ、男の子だと思って "どくお" 。
好きな言葉の寄せ集めだけど…
努力して、たまには休んで、勇ましくって」


ーー 愕然とした。
言われてみれば私は
自分の子にまだ名前を付けてなかった…

こんなに大切に想っているはずなのに、
時々存在を失ってしまっているかのような錯覚。


彼女はそのまま話し続けた。
きっと会話を聞いていた私の顔は歪まず、うまく取り繕えていたのだろう。

242 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:37:42 ID:b/f3j/KM0

こうして聞いてみると、
やはり身の上話というものは面白くなかった。

彼女の旦那の話、家のローンの話、
子供と三人で旅行する計画の話……
そんな話題を聞けば聞くほどに
私の顔は醜さを隠せているか不安だった。

ーー 夫はその気もないのに私に子を宿したのだろうか?
そんな風に考えてしまう。


当然、彼女がそれを知る由もない。
それ故の言葉が私の暗い記憶に染み込んで、沈殿した汚物を明るみへと浮き上がらせてしまう。
私は耐えきれずにその場を離れようとした。


《握手して、かあさん、握手して》

お腹の声に従って、
私はペニサスさんとお別れの手を握った。


《どくお、仲間になろ》


お腹の子はドクンと、
ひときわ大きく膨らんだ気がした。

.

243 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:39:07 ID:b/f3j/KM0


雪の降りそうな季節がきて、
ついにその時がやってきた。

《かあさん、苦しい!》


破水して間も無く襲いかかる陣痛は
想像していたよりも激しさを感じさせた。
赤ちゃんの声がする…助けなければいけない。

まるで心臓が止まりそうになるほどの痛みと
思い通りにならない波打つ呼吸と戦いながら、
私は救急車を呼んだ。
この症状は【前期破水】と呼ばれるらしい。

その際、以前通っていた病院は嫌だと伝えたが
『それはこちらが決めることですので』
と、ピシャリと断られてしまった。

息を荒げながらなんとか通話を切ると、
いつまでも削除されない留守電のランプがチカチカと光る。


『新しいメッセージが、20件、あります』


もはやこれ以上の録音は不可能となっている。
結局、あれ以来消せていなかった。
すぐに新しいメッセージが埋まり、
再び全ての内容を流し直さなければ消す事はできない。

…聴くつもりもなかったが私は救急車を待つ間、
気を紛らわせるつもりで再生ボタンをプッシュした。



『ーー メッセージを、再生します ーー』

244 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:40:51 ID:b/f3j/KM0

ピーッ 『』カチャッ


ピーッ 『』カチャッ


…繋がった後すぐに切られていく新規メッセージ群…

そのなかに、

ピーッ
『………』


物言わず、切れないメッセージ。
気になった私は顔を上げ電話機を見つめる。


『……』

『久しぶり…モナね』


「えっ?!」
と、独りの空間で不意に驚きの声をあげてしまった。
聞き覚えのあるその声は、
もはや失いかけていた夫の記憶。


『…急に居なくなってしまって…申し訳ないモナ』


陣痛の波も忘れて聞き入ってしまう。

245 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:42:41 ID:b/f3j/KM0

『……ちゃんとご飯は食べているモナ?
君は何かに集中すると、そればっかりに目がいくから…』

『いや……こんなこと言う資格はもうモナーにはないモナね…ごめんモナ…』


夫はこの時どんな顔をしていたのだろう?
少なくとも、捨て置いた妻に対する嘲りはなく
罪悪感を多分に含んだ声色だと私は思った。


ピンポーン… ーー
玄関のチャイムと、共にノック音がする。
「救急隊員です! 扉を開けてもらえますか?」

先程電話して呼んだ救急車がいつの間にか来ていたらしい。
リビングの窓を見やると、カーテン越しの赤いランプに今更ながら気が付いた。
陣痛がまた来る前に鍵を開けるべく、テーブルに手をついてなんとか立ち上がる。


『君が妊娠したと知った時、すごく嬉しかったモナよ』

ーー 夫の独白が背中から聴こえる…

『それと同時に怖かったモナ…
僕は非閉塞性無精子症といって、
精子が体内で作られない病気だったモナ』

それは聞いたことがある。
男性側の不妊の原因となる症状で、
それは精子の数が限りなく少ないのだと。

『…モナは愚かにも君を疑ってしまったモナ…
ひょっとして別の男と交わったのか?と』

246 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:43:36 ID:b/f3j/KM0

(なにを…バカなこと言ってるのよ…)
思わず笑ってしまった ーー

付き合う以前ならいざ知らず、
夫と出逢い、恋をして、結婚してからも…
私は彼以外との男性と性交渉をした事など無かった。

非閉塞性無精子症は妊娠の可能性がゼロではないという。
きっと私達は運が良かった…すぐにそう思えるのは私が女性だからだろうか?


『君が、そんなことをするはずがないと、
少し冷静になれば…今でもそう思えるモナ』


『ーー 本当にごめんモナ』


薄暗い廊下が、心なしか明るく感じられた。
彼だけを愛し、信じてきた私は、
晴れやかな気持ちで玄関の扉を開ける。


「痛みは今ありますか? すでに破水されているとのお話なので入院の準備なども早急に ーー」

救急隊員の言葉に私は
「大丈夫です。 …家族はいませんので荷物はまとめてあります」
と、玄関に用意しておいたスポーツバッグを指し示した。

背後からかすかに聴こえるメッセージ音は、徐々に遠くなっていく。


『……それでも、翌日モナは病院で検査したんだモナ。
精子が少ないだけで、可能性はゼロではないって…』

247 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:45:29 ID:b/f3j/KM0

『でもモナーはゼロだった。
精子が全く作られてなかったモナ……』



ーー その言葉が聴こえたのは、
意識をリビングに向けていた私だけだった。


「…どうしました? 救急車で運びますから靴を履いてください」

今度は救急隊員の声が遠くから聴こえる気がした。
ーー 私の心は家の中に自ら望んで取り残されようとしている。


『……君を信じてるモナ…
でも、何度検査を受けても、
僕の身体からは子供を創る機能が欠けてるモナ…』


ーー そんなはずはない。
この子は貴方の子だ。
診断結果が間違えてるのは往々にしてあり得る。
…事実、お腹の子も何度も死産と診断されて
尚、成長し、ここまで大きく育ったのだから。


そうだ、医者は死神だ。
どうして忘れていたんだろう?
なぜ私はそんなところへと悠長に手を差し伸べてもらおうとしているのだろう。


「ーー 救急車に乗ってください!」

白衣を羽織った救急隊員が ーー 亡者が、
時を経てついに私の身体を掴んだ。

……完全に失敗した。

逃げようにもお腹の子を庇いつつ、
またも襲い来る陣痛がこの身を拘束する。

こんなに早い感覚で波が来るなんて聞いていない、陣痛はもっと段階を踏むものだと書いてあった。
  なぜ私だけがこんなにも ーー

248 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:48:15 ID:b/f3j/KM0

抗えず両肩を抑えられながら私は外に出される。
息が苦しい。
顔を伝う脂汗が視界を塞ぎ、脳内だけが
世界を俯瞰で眺めているような感覚に陥る。

そして担架に乗せられる時、
私の視線の先で見えたのは二人の見知った顔。
身を寄せあい、仲睦まじく歩いているのは ーー


    ( ФωФ ('、`*川


(あれは…パート先だった店長と、ペニサスさん?)


私はといえば亡者に捕らえられ、
地獄へと連れていかれる最中。

なぜあの二人が…
ペニサスさん、貴女の旦那さんはロマネスクさんじゃないわよね…?
夫婦でもないのにそんなにくっつきあって
……ああ、あれが不倫ということか。
穢らわしい。
私は愛する夫から一時でもあんな風に思われ、彼女はといえば未来を誓った旦那ではなく、
店長の精子でヘラヘラと妊娠したの?
それが貴女の好きな言葉でいう努力の賜物?
勇ましいっていうのは不倫するスリルのこと?
バカみたい、自分の旦那を蔑ろにして…


……それでも、彼女の子供は無事に産まれるのかしら?
子共は天の授かり物って言葉は誰が造ったの?
まるで私の名字が文字通り馬鹿を見る代名詞。


「素直さん、入院先が見付かりましたよ!
流石病院まで向かいます!」

どうして私は…
私が……
私の夫が… ーー !!




『…その子は一体、誰の子モナ…?』

.

249 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:51:18 ID:b/f3j/KM0



《キャッキャッ》








《やっと出られた!》

250 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:52:20 ID:b/f3j/KM0


  《産ん"でくれてあ"りがとう、かあ"さん》


.

251 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/08/09(土) 01:53:56 ID:b/f3j/KM0
六本目

  (
   )
  i  フッ
  |_|


一枚めくれば容易く翻弄される弱い人達のようです

(了)
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